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2012年3月23日 (金)

般若寺 春の花だより   3・23

◎梅:白梅 ≪満開≫

紅梅 ≪満開≫

豊後梅 ≪見ごろ・7分咲き≫

・レンギョウ、山茱萸、沈丁花、黄色水仙≪見ごろ≫

◎山吹:黄色一重咲、黄色八重咲、白山吹≪花・4月中旬≫

・桜、椿、シャガ、紫雲ランなどは4

・矢車草、鉄線、などは5

・山アジサイ、アジサイ、早咲コスモスなどは6月見ごろ

*今日から「中の川」に残る石造文化財をご紹介していきます。

 《牛塚の石塔と石仏、伊勢参宮供養碑》

中の川には中世の人々の信仰を物語る石造文化財が多くあります。

まずは般若寺から東へ延びる旧伊賀伊勢道を2㌔ほど行ったところ、中の川の手前300メートルほどにある、通称「牛塚」(うしづか)と呼ばれる石塔と石仏とお伊勢参りの供養碑についてご紹介します。

・牛塚は伝承によれば、鎌倉時代、東大寺興福寺をはじめとした奈良の寺院復興に際し、資材を運搬するのに使役され斃れて行った牛を供養するために、塔を建て仏をまつったと言われています。般若寺の大石塔の石もこの道を運ばれました。笠置山系当尾の里が石材供給地であったからです。中の川からこの牛塚までは急な上り坂があり、上りきった高台に塔を建てたのでしょう。

きのう、何十年ぶりかで行ってみたのですが地形はあまり変化がなく、塔のある岡に立つと、北に展望が開け木津川あたりまでよく見える絶好の景色でした。

しかしあたりの不法投棄されたゴミには憤りを覚えました。

・塔は元は十三重石塔であったらしいのですが、今は10重目の笠石までしか残りません。総高333センチあります。軸石の四方仏は金剛界の梵字を刻みます。

(東―阿閦如来・ウーン字、南―宝生如来・タラーク字、

西―阿弥陀如来・キリーク字、北―不空成就如来・アーク字)

この字体は鎌倉時代特有の鋭い「薬研彫り」を見せ、大変美しい梵字です。

台石は80センチ四方、高45センチ、軸石は50センチの立方体、初重の笠石は76センチ四方で、軒下に垂木形を作り軒反りは力強く鎌倉の特徴を持ちます。

近年、修復を受けたのか、セメントの目地が見えます。しかし残念ながら四方仏の方位が90度づれていました。

・石塔の真下に南面して一体の石仏があります。高さ巾ともに150センチの板石造りの石龕の中に、高75センチ巾80センチの坐像の仏像です。前に出した両手は早くに失われ、頭部も30年前にはあったのが今は持ち去られなくなっています。ここは奈良県側か京都府側かわかりませんが、保存管理が行き届いていません。径65センチの円形光背もあり古風な作りの石仏です。かつては重い石を運んだ人も牛もこの地でしばしの休息を取っていたのかもしれません。ここから奈良へはなだらかな下り坂になる尾根道です。

・石塔のすぐ脇に高さ104センチ幅66センチの石碑があり表面には真ん中に「天照皇大神宮奉三十三度供養」に右左に「元和二年(1616)六月00」と刻まれ、上部に丸が二つあります。これは日月を表わし内宮外宮の伊勢大明神を意味します。この碑は伊勢参宮を33度果たした記念にこの牛塚へ供養奉納されたものです。約400年前のもので伊勢道の歴史を物語る貴重な信仰遺産です。

〔短歌〕

「一(ひと)むら雲 日をかげしたり 土白き

往還(おうくわん)のいろ 目にくらくなりつ」

木下利玄・一路

〔俳句〕

「摘草の 手を洗うなり うちそろひ」山口青邨

〔和歌〕

「あさなぎに ゆきかふ舟の けしきまで

春をうかぶる 波のうへ哉」

前中納言定家・玉葉119

「早朝の穏やかに凪いだ海面を往来する舟の様子までも、「春」そのものを浮かべているように見える、波の上の景色よ。」

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