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2012年4月25日 (水)

般若寺 春の花だより   4・25

 

◎初夏のコスモス(早咲種):13品種。5万本。≪5月末~7月≫

・チョコレートコスモス ≪57月≫

◎山吹:一重咲、八重咲、白山吹 ≪満開≫

・八重桜、椿、シャガ、利休梅、シキミ、グミ、≪満開≫

・矢車草、牡丹、花菱草、紫雲ラン、鉄線、空木、

            山アジサイ、黄菖蒲、 ≪5月≫

・紫陽花、未草、 ≪6月≫

*春爛漫の中、きょうは当寺の御本尊文殊菩薩さまのご縁日で、午後1時半より「文殊会式」(もんじゅえしき)を営みます。午前中は諸々の所願成就を祈る御祈祷とご先祖の菩提を祈る塔婆供養を行います。今年は久しぶりに護摩供もありますのでにぎやかになりそうです。

「みほとけの めぐみもふかき 般若台

ももの願ひを かなへたまわむ」般若寺御詠歌

当寺文殊菩薩の霊験譚を一つ。

鎌倉時代の正安2年(1300)東大寺の門前てがい郷に住んでいた刀鍛冶の包永(かねなが)が良い刀を作りたくて般若寺の文殊さまへ願をかけ日参していたところ、ある夜一人の童子があらわれて刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。そのおかげで素晴らしい名刀が出来上がりました。

包永はその名刀を持って般若寺へお礼参りしたとき、寺の住持からその童子は文殊の化身であり信心の深さを見た文殊さまが助けられたのだと諭され、寺から「文殊四郎包永」(もんじゅしろうかねなが)の名を授けられたのです。以後、子孫は代々文殊四郎包永を名乗っています。

現在寺には刀は伝わりませんが、文殊家の系図が残っています。戦国時代、奈良と堺を支配した松永久秀の時、文殊家は堺へ移住させられ刀と鉄砲の鍛冶師として活躍したそうです。文殊家はいま全国に散らばっていますが、奈良には一軒だけ「文殊庵飯田家」として存続しておられます。

〔短歌〕

「大地(おほつち)に 陽炎粘(かげろうねば)し 春の日の

わがみち行きの ほとほと倦(う)める」

木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「散りたまる 花や般若の 紙の向き」向井去来

〔和歌〕

「なにとなく みるにも春ぞ したはしき

しばふにまじる 花の色々」

後伏見院御歌・風雅291

「何という事なしに、見るにつけて暮れて行く春が惜しまれる。芝生にまじり咲く、名も知れぬ花の色とりどりの姿よ。」

・参考歌「なにとなき 草の花さく 野べの春 雲にひばりの 声ものどけき」

     永福門院・風雅132

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