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2013年1月

2013年1月31日 (木)

般若寺 水仙花だより  1・31

 

◎水仙: ≪二~三分咲き≫ 

・開花:2月~3月。今年は一か月ほど遅れ気味。

・球根の数:1万~2万 

 

*今日は睦月(むつき)、一月の最後の日。明日からは如月(きさらぎ)、二月が始まります。「きさらぎ」は「生更ぎ」の意で、草木が芽吹いて更生することを言います。もちろんこれは旧暦ですから新暦に直すと三月の事です。新暦は季節がずれてしまいます。たとえば三月三日の「ひなまつり」に桃の花を供えますが、これは四月の花です。七月七日の「たなばた」は梅雨のさなかで天の川は見えません。ということで二月に節分、立春が来てもまだまだ寒い日があり、季節は冬です。まあ気分だけでも春を迎えることにしましょうか。

 

〔短歌〕

「日の出頃 街道の霜 真白に

        からからつづく 百姓の車」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙も 水仙の香も 立ちてをり」斉藤和子

〔和歌〕

「はつ雪の 窓のくれ竹 ふしながら 

        をもるうは葉の ほどぞ聞ゆる」

         前中納言定家・風雅812

「初雪の降る、窓辺の呉竹よ。寝ながら聞けば、積もる雪になびき伏しつつ、次第に雪の重みが上葉に加わって行く様子が、竹のきしむかすかな音として聞えるよ。」

・ふしながら=「竹」の縁語「節」に、「臥し」「伏し」をかける。

 

*『平家物語』を読む。

「宇治河先陣」の段、

「佐々木あぶみふンばりたちあがり、大音声をあげて名のりけるは、〈宇多天皇より九代の後胤、佐々木三郎秀善が四男、佐々木四郎高綱、宇治河の先陣ぞや。われと思はん人々は高綱に組めや〉とて、おめいてかく。畠山五百余騎でやがてわたす。むかへの岸より山田次郎がはなつ矢に、畠山馬の額をのぶか(箆深)に射させて、弱れば、河中より弓杖(ゆんづえ)をつゐておりたッたり。岩浪甲の手さき(かぶとの吹返し[しころの先端の折り返された部分]の前方)へざッと押し上げけれども、事ともせず、水の底をくぐッて、むかへの岸へぞつきにける。上がらんとすれば、うしろに物こそむずとひかへたれ(背後から何かがむずとひっつかんだ)。〈た(誰)そ〉と問えば、〈重親(しげちか、大串次郎孝保の子、武蔵七党の横山党に属す)〉とこたふ。〈いかに大串か〉。〈さン候〉。大串次郎は畠山には烏帽子子(ゑぼしご、元服の時の加冠者を烏帽子親と言い、冠を加えられた方を烏帽子子という)にてぞありける。〈あまりに水がはやうて、馬はおしながされ候ひぬ。力およばで、つきまいらせて候(仕方がないからあなたにつかまって来ました)〉といひければ、〈いつもわ(我)殿原は、重忠が様なるものにこそたすけられんずれ〉といふままに、大串をひッさげて、岸のうへへぞ投げあげたる。ただなをッて(真直ぐに立って)、〈武蔵国の住人、大串次郎重親、宇治河かちたちの先陣ぞや〉とぞ名のッたる。敵も味方も是を聞いて、一度にどッとぞわらひける。其後畠山のりかへに(乗換の馬)のッてうちあがる。魚綾の直垂(ぎょれうのひたたれ、麹塵色[きくじんいろ]ともいい、あるいは色の名でなく波に魚の紋のある綾織ともいう。直垂はよろいひたたれ。)に火おどしの鎧きて、連銭葦毛なる馬に黄覆輪(きんぶくりん)の鞍をいてのッたる敵の、まッさきにすすんだるを、〈ここに駈くるはいかなる人ぞ。なのれや〉といひければ、〈木曽殿の家の子に、長瀬判官代重綱〉となのる。畠山〈けふのいくさ神いははん(今日の軍神への供え物にしてやろう)〉とて、をしならべてむずととッて引き落し、頸ねじきッて、本田次郎が鞍のとッつけ(鞍の輪につけた紐、その紐を頭髪の根元に通して鞍に結び付ける)にこそつけさせけれ。これをはじめて、木曽殿の方より宇治橋かためたる勢共、しンばしささへて防ぎけれども、東国の大勢みな渡いて攻めければ、散々にかけなされ、木幡山・伏見をさいてぞ落ち行きける。勢田をば稲毛三郎重成がはからふにて、田上御の瀬をこそわたしけれ。(一方、範頼の軍勢が向かった勢田のほうめんでは、稲毛三郎重成の計略で田上供御の瀬の付近で瀬田川を渡った。田上は瀬田川東岸の地名、田上供御の瀬は瀬田橋から約一里かりゅうで、大戸川[田上川ともいう]のごうりゅうする所。)」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・春日野にて〉

「うつくしき ひとこもれりと むさしのの

         おくかもしらず あらしふくらし」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古都の風景と文化財が破壊されます。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

   日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。Img_1383

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2013年1月30日 (水)

般若寺 水仙花だより  1・30

 

◎水仙: ≪二分咲き≫ 

・開花:1月~2月。一か月ほど遅れています。

・球根の数:1万~2万 

 

*今朝はめずらしく+3度となっています。これからお昼には10度まで上昇するそうです。水仙の花は柔らかい春めいた日ざしの中、次々花を開き二分から三分咲きへと進んでいます。週末に近づくと3月の気候になることもある、との気象予報です

 昨日は久しぶりに京都へ行きました。国立博物館の特別展『国宝十二天像と密教法会の世界展』と併設の『方丈記成立八百年記念展』です。方丈記は最古の写本(自筆との説あり)が見られ、密教絵画の精粋がずらりと展覧され豪勢でした。とくに真言律宗本山西大寺所蔵の十二天画像は迫力満点でした。解説には、「御七日御修法」に用いられた最初の画幅ではないかとあり、御法神が十天から十二天に発展した最古の作品になるとのことです。東寺の分と比べると西大寺の作品の雄大さがわかります。惜しむらくは、お顔の部分が剥落して不鮮明なことです。以前に田中譲画伯が模写復元された作品が愛知県の大学美術館に展観されているそうですからぜひ拝見したいです。京博の同展は211日までです。平安時代の密教世界、御七日御修法の全体像を知ることが出来ます。

 

〔短歌〕

「風すさぶ 外の面(とのも)をきけば 冬木の枝

      しなふうなりの 徹(とほ)りてきこゆ」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙や 筧の水の 一筋に」平田紀美子

〔和歌〕

「さえこほる 雲ははれゆく 朝明けの

         日かげにみがく 雪の山のは」

           一条内大臣(一条内経)・玉葉952

「冷たく氷ついたようだった雲が晴れて行く明け方、さして来る日光を反射して磨きあげたように輝く、雪に覆われた山の端よ。」

 

*『平家物語』を読む。

「宇治川先陣」の段、

「 比は睦月廿日あまりの事なれば、比良のたかね、志賀の山、むかしながら([ながら]に志賀の山の別名[長等山]をかける)の雪もきえ、谷々の氷うちとけて、水は折ふしまさりたり。白浪おびたたしうみなぎりおち、瀬まくら大きに瀧鳴ッて、さかまく水もはやかりけり。夜はすでにほのぼのとあけゆけど、河霧ふかく立ちこめて、馬の毛も鎧の毛もさだかならず。ここに大将軍九郎御曹司、河のはたにすすみ出(いで)、水のおもてをみわたして、人々の心をみんとやおもはれけん、〈いかがせん、淀・いもあらゐへやまはるべき、水の落ち足をやまつべき〉との給へば、畠山、其比はいまだ生年二十一になりけるが、すすみいでて申けるは、〈鎌倉にてよくよく此川の御沙汰は候しぞかし。しろしめさぬ海河の、俄にできても候はばこそ。此河は近江の水海(みずうみ)の末なれば、まつともまつとも水ひ(干)まじ。橋をば又誰かわたいてまいらすべき。治承の合戦に、足利又太郎忠綱は、鬼神で渡しけるか、重忠瀬ぶみ仕らん〉とて、丹の党(丹治党、武蔵七党の一)をむねとして、五百余騎ひしひしとくつばみをならぶるところに、平等院の丑寅、橘の小島が崎より武者二騎ひッ駆けひッ駆けいできたり。一騎は梶原源太景季、一騎は佐々木四郎高綱也。人目には何とも見えざりけれども、内々は先に心をかけたりければ(二人とも内心では先陣を心に期していたので)、梶原は佐々木に一段(当時の長さ、六間)ばかりぞすすんだる。佐々木四郎〈此河は西国一の大河ぞや。腹帯(はるび)ののびてみえさうぞ。しめ給へ〉といはれて、梶原さもあるらんとや思ひけん。左右のあぶみをふみすかし(足を開いて馬の腹から少し離して)、手綱をうまのゆがみにすて(馬のたてがみに投げかけ)、腹帯をといてぞしめたりける。そのまに佐々木はつと馳せ抜いて、河へざッとぞうちいれたる。梶原たばかられぬとや思ひけん、やがて続ゐてうちいれたり。〈いかに佐々木殿、高名せうどて不覚し給ふな。水の底には大綱あるらん〉といひければ、佐々木太刀をぬき、馬の足にかかりける大綱どもをばふつふつとうちきりうちきり、いけずきといふ世一(当世第一の)馬にはのッたりけり、宇治河はやしといへども、一文字にざッとわたいてむか(向)への岸にうちあがる。梶原がのッたりけるする墨は、河なかよりのためがた(箆撓、矢の竹を撓めたような形)に押しなされて、はるかのしもよりうちあげたり。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京続唱・春日野にて〉

「をとめらが ものがたりゆく ののはてに

         みるによろしき てらのしろかべ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

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2013年1月29日 (火)

般若寺 水仙花だより  1・29

 

◎水仙: ≪二分咲き≫ 

・開花:1月~2月。一か月ほど遅れています。

・球根の数:1万~2万 

 

*寒い朝でした。顔が冷たくて五時ごろ目が覚めましたが、ラジオを聞きながら布団をかぶって夜明けを待ちました。ラジオの気象情報では明日から寒さも緩み昼間は10何度かまで気温が上がり春めいて来るとのことです。

九州の方では、椿と梅の開花が見られたそうです。

 水仙は年末から開花しているのになかなか見ごろに向かってくれません。ここ一週間の気温が変化をもたらしてくれるかもしれません。

 

〔短歌〕

「夕寒の 空気頬(ほ)をさす 葉をふるへる

       桐畑の向うの 空あかくやけて」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙の 低く匂へる 夕日かな」金田和子

〔和歌〕

「雪やこれ はらふたかまの 山風に

        つれなき雲の 峯にのこれる」

          後鳥羽院御歌・風雅811

「雪だったのか、これは。吹き払う高間山の山風にもかかわらず、何事もないかのように、白雲が、峯に残っていると見えるのは。」

・たかまの山=大和の歌枕、高間山。髙天山とも。奈良県・大阪府・和歌山県の境をなす葛城山系の一峯、金剛山。桜の名所。

・つれなき=反応のない。変化のない。

 

*『平家物語』を読む。

巻第九 「生ずきの沙汰」(いけずきのさた)の段、

 都の公家と屋島の平家とは殺風景な正月を迎えた。義仲が平家追討に出ようとしていると、範頼と義経の大軍が迫って来たので、義仲は東方の護りを固めた。

 頼朝は梶原景季(かげすえ)に摺墨(するすみ)という馬を、佐々木高綱(たかつな)に生食(いけずき)という馬を与えた。高綱はいけずきを盗んで来たのだといつわったが、、景季には何となく腑に落ちない。

「宇治川先陣」(うぢがわのせんじん)の段、

「 佐々木四郎が給はッたる御馬は、黒栗毛(黒みがかった栗毛で、たてがみ・尾に暗赤色のまじったもの)なる馬の、きはめてふとうたくましゐが、馬をも人をもあたりをはらッてくひければ、いけずきとつけられたり。(馬にでも人にでもかみつき、傍に寄せ付けないので。[いけずき][すく][食う]

八寸の馬とぞきこえし。([八寸]はヤキと読む方がよい。馬の前足の先から肩までが四尺八寸あるもの。馬のたけは四尺を標準とし、それ以上を一寸二寸と数える)梶原が給はッたるする墨も、きはめてふとうたくましきが、まことに黒かりければ、する墨とつけられたり。(黒栗毛に対して本当の黒だった。[する墨][する][摺る]または[刷る]で、絹や布に模様をつけること)いづれもおとらぬ名馬也。

 尾張国より大手・搦手二手にわかッてせめのぼる。大手の大将軍、蒲御曹司範頼、あいともなふ人々、武田太郎・鏡美次郎・一条次郎・板垣の三郎・稲毛三郎・はんがへの四郎・熊谷次郎・猪俣小平六を先として、都合其勢三万五千余騎、近江国野路・篠原にぞつきにける。搦手の大将軍は九郎御曹司義経、おなじくともなふ人々、安田三郎・大内太郎・畠山庄司次郎・梶原源太・佐々木四郎・糟屋藤太・渋谷右馬允・平山武者どころをはじめとして、都合其勢二万五千余騎、伊賀国をへて宇治橋のつめにぞをしよせたる。宇治も瀬田も橋をひき、水のそこには乱ぐゐうッて、大綱はり、さかも木つないでながしかけたり。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京続唱・帝室博物館にて〉

「いかでわれ これらのめんに たぐひゐて

         ちとせののちの よをあざけらむ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

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2013年1月28日 (月)

般若寺 水仙花だより  1・28

 

◎水仙: ≪二分咲き≫ 

・開花:1月~2月。寒さのため一か月遅れています。

・球根の数:1万~2万 

 

*けさの奈良はうっすらと雪化粧。境内から見える東の若草山は山焼きの後の黒い芝が真っ白になっています。奈良では雪はめずらしく、冬から春への季節の移ろいの中で見られる大自然のたまものです。これから三月にかけて何度も降ります。一月はあと数日、月が替われば節分、春節です。旧暦ではこれからお正月を迎えます。

 今の世の中うっとうしいことが多いですが気分一新とまいりましょう。

 

〔短歌〕

「楢の木の 枯葉ふれあふ 音すなり

       冬山日なたは 人のぼせしむ」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「ひもとけば 水仙の香で ありにけり」稲畑廣太郎

〔和歌〕

「さゆる日の しぐれの後の 夕山に

         うす雪ふりて 雲ぞ晴れ行く」

           前大納言為兼・玉葉944

「しんしんと冷える日の時雨の過ぎたあとの夕暮の山に、さらりと薄雪が降って、かえって雲は晴れて行く。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第九 目録

 「生ずきの沙汰」(いけずきのさた)、「宇治川先陣」(うぢかはのせんぢん)、「河原合戦」(かはらがつせん)、「木曽最期」(きそのさいご)。「樋口被討罰」(ひぐちのきられ)、「六ヶ度軍」(ろくかどのいくさ)、「三草勢揃」(みくさせいぞろへ)、「三草合戦」(みくさがつせん)、「老馬」(らうば)、「一二之懸」(いちにのかけ)、「二度之懸」(どのかけ)、「坂落」(さかおとし)、「越中前司最期」(ゑつちゆうのせんじさいご)、「忠度最期」(ただのりのさいご)、「重衡生捕」(しげひらいけどり)、「敦盛最期」(あつもりのさいご)、「知章最期」(ともあきらのさいご)、「落足」(おちあし)、「小宰相身投」(こざいしょうみなげ)。

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京続唱・帝室博物館にて〉

「かべにゐて ゆかゆくひとに たかぶれる

         ぎがくのめんの はなふりにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古都の風景と文化財が破壊されます。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月27日 (日)

般若寺 水仙花だより  1・27

 

◎水仙: ≪二分咲き≫ 

・開花:おくれています。2月~3月上旬

・球根の数:1万~2万 

 

*昨晩の若草山の山焼きは無事終わりました。奈良では春を呼ぶ大きな行事が三つあります。先ずは「若草山の山焼き」、次は「節分会」、そして「東大寺二月堂お水取り」です。節分が過ぎれば暦の上では「立春」春です。しかし今年は格別な寒さですから春は遠いかもしれません。

 今日は風もおさまって天気は快晴、水仙の見ごろにはまだ早いですが透き通る冬の空気を堪能できます。

 

〔短歌〕

「冬山は ぬくとくもあるか 裸木の

      しじに枝くむ 下は日だまり」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙の 一輪づつや 六地蔵」兼藤教子

〔和歌〕

「ゆふべより あれつる風の さえさえて

         夜ふかき窓に 霰をぞ聞く」

           伏見院新宰相・風雅805

「夕方から荒れていた風が、ますます烈しく冷たくなって行って、夜の更けた窓に、強く当たる霰の音を聞くよ。」

 

*『平家物語』を読む。

「法住寺合戦」の段、

「 木曽佐馬頭、平家の方へ使者を奉りて、〈宮こへ御のぼり候へ。ひとつになッて東国せめむ〉と申したれば、大臣殿(おほいとの、宗盛)はよろこばれけれども、平大納言(時忠)・新中納言(知盛)〈さこそ世すゑにて候とも、義仲にかたらはれて(仲間に引き入れられて)宮こへ帰りいらせ給はむこと、しかるべうも候はず。十善帝王三種の神器を帯してわたらせ給へば(我々の方には十善の帝王が三種の神器を所持して厳然とひかえておられるのだから)、[甲をぬぎ、弓をはづいて降人に是へまいれ]とは仰せ候べし〉と申されければ、此の様を御返事ありしかども、木曽もちゐ奉らず。松殿入道殿許へ木曽をめして(入道した松殿が自分の許に木曽を召して)〈清盛公はさばかりの悪行人たりしかども、稀代の(世に稀な)大善根をせしかば、世をもをだしう(世をも無事平穏に)二十余年たもッたりしなり。悪行ばかりで世をたもつ事はなきものを。させるゆえなくとどめたる人々の官ども、皆ゆるすべき〉よし仰せられければ、ひたすらの荒ゑびすのようなれども(義仲は一途の荒くれのように見えたが)、したがひ奉りて、解官したる人々の官どもゆるしたてまつる。松殿の御子師家(もろいえ、基房の子、12歳)のとのの、其時はいまだ中納言中将にてましましけるを、木曽がはからひに、大臣摂政になし奉る。おりふし大臣あかざりければ、徳大寺左大将実定公の、其比内大臣でおはしけるを借りたてまッて、内大臣になし奉る。いつしか人の口なれば、新摂政殿をばかるの(借るに軽を含む)大臣とぞもうしける。

 同十二月十日、法皇は五条内裏をいでさせ給ひて、大膳大夫成忠が宿所六条西洞院へ御幸なる。同十三日歳末の御修法(みしほ、毎年、宮中で歳末に行われる仏事)ありけり。其次叙位除目おこなはれて、木曽がはからひに、人々の官どもおもふさまになしをきけり。平家は西国に、兵衛佐は東国に、木曽は宮こに張りおこなふ。前漢・後漢の間、王莽が世をうちとッて、十八年おさめたりしがごとし。四方の関関皆とぢたれば、おほやけの御調物(みつぎもの)をもたてまつらず。私の年貢ものぼらねば、京中の上下の諸人、ただ(まったく)少水の魚にことならず。(法句経の喩え、日に日に命が縮むことをいう)あぶなながら年暮れて、寿永も三とせになりにけり。」

 (巻第八終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・菩薩戒会の夜唐招提寺にて〉

「のきひくき さかのみどうに ひとむれて

         にはのまさごに もるるともしび」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古都の風景と文化財が破壊されます。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月26日 (土)

般若寺 水仙花だより  1・26

 

◎水仙: ≪二分咲き≫ 

・開花:おくれています。1月~2

・球根の数:1万~2万 

 

*今朝は晴れていますが非常に寒いです。低温、強風、雪と真冬に逆戻り。この冬空はしばらく続くそうです。

 奈良では今日夕方から「若草山山焼き」があります。強風の場合中止になることがあります、今日はどうでしょうか。よく見える所はどこも人と車でいっぱいになります。当寺からは山の頂上部の焼けているのが見えますが、残念ながら夜間は閉門中ですから入れません。あしからず。この近くでは多聞山城址の若草中学校の近くからが一番の眺望スポットですね。

 

〔短歌〕

「おきわたす 今朝の大霜 日を浴びて

        野山の光 いときらびやか」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「山茶花や 金箔しずむ 輪島塗」水原秋桜子

〔和歌〕

「すゆる夜の 氷のうへに ゐるかもは

         とけてねられぬ ねをのみや鳴く」

           平宗直・玉葉941

「ひどく冷えこむ夜、氷の上にうずくまっている鴨は、こう寒くてはとても安心してゆっくり寝られないというので、あんなに鳴いてばかりいるのだろうか。」

・とけて=「うちとけて」「くつろいで」の意に「氷」の縁語「とけて」をかける。

 

*『平家物語』を読む。

「法住寺合戦」の段、

「 同十一月二十三日、三条中納言朝方(ともかた、藤原朝隆の子。法皇の近臣)卿をはじめとして、卿相雲客四十九人が官職をとどめておッこめ奉る。平家の時は四十三人をこそとどめたりしに、是は四十九人なれば、平家の悪行には超過せり。

 さる程に、木曽が狼藉しづめむとて、鎌倉の前兵衛佐頼朝、舎弟蒲の冠者範頼・九郎冠者義経をさしのぼせられけるが、既に法住寺殿焼き払ひ、院うちとり奉りて天下くらやみになッたるよし聞えしかば、左右なうのぼッて軍すべき様もなし(軽率に上京して戦のしようもない)。是より関東へ子細を申さむとて、尾張国熱田大郡司が許におはしけるに、此の事うッたへんとて、北面に候ける宮内判官公朝・藤内左衛門時成、尾張国に馳せ下り、此の由一々次第にうッたへければ、九郎御曹司(義経)〈是は宮内判官の関東へくだらべきにて候ぞ。子細知らぬ使いはかへしとはるるとき不審の残るに(反問された時に疑点が残るから)〉との給へば、公朝鎌倉へ馳せ下る。軍におそれて下人ども皆落ちうせたれば、嫡子の宮内所公茂(きんもち)が十五になるをぞ具したりける。関東にまひッて此のよし申しければ、兵衛佐大きにおどろき、〈まづ鼓判官知康が不思議の事申しいだして(常識では考えられないこと[公家でありながら兵を集めて義仲を討とうということ]を申し上げて)、御所をも焼かせ、高僧貴僧をもほろぼしたてまッたるこそ奇怪なれ。知康においては既に違勅の者なり。めしつかはせ給はば、かさねて御大事いでき候なむず〉と、宮こへ早馬をもッて申されければ、鼓判官陳ぜんとて、よをひについで馳せ下る。兵衛佐〈しやつに目な見せそ、あひしらゐなせそ(あの男に会うな。相手になるな)〉とのたまへども、日ごとに兵衛佐の舘へ向かふ。終に面目なくして、宮こへ帰り上りけり。後には稲荷の辺なる所に、命ばかり生きてすごしけるとぞ聞えし。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京続唱・菩薩戒会の夜唐招提寺にて〉

「よもすがら かいゑのかねの ひびきよる

         ふるきみやこの はたのくさむら」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古都の風景と文化財が破壊されます。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと。

国のまほろばです。

日本の聖地をこわすような無知の輩は、必ずや神仏の冥罰を蒙ることになるでしょう。

民族の宝をたいせつに守ってゆきましょう。

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年1月25日 (金)

般若寺 水仙花だより  1・25

 

◎水仙: ≪二分咲き≫ 

・開花:おくれています。1月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*きょうは御本尊文殊菩薩様の御縁日、初文殊です。

菩薩の知恵を一切衆生に御授与していただけますように、午後一時半より厳修勤行いたします。煩悩充満の濁世に知恵の光明を輝かし、あまねく佛徳をおめぐみください。

 

〔短歌〕

「畑みち 霜解けの水気 土にしみ

      真昼の冬日の まともにはあつき」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「侘助の ひとつの花の 日数かな」阿波野青畝

〔和歌〕

「空さむみ 雪気もよほす 山風の

        雲のゆききに 霰ちるなり」

          前中納言為相女・風雅800

「空が寒々として、雪の気配を運んで来る山風によって雲が行きかうにつれ、折々ぱらぱらと霰が散るのが聞える。」

 

*『平家物語』を読む。

「法住寺合戦」(ほうぢゆうじがつせん)の段、

 法住寺殿を守護した源仲兼は家の子仲頼も敵に討たれ、主従三騎で摂政基通を宇治に送ってから河内国に落ちのびた。この合戦で明雲大僧正・円慶法親王も死んだが、特に明雲の死は法皇に打撃を与えた。

「あくる廿日、木曽佐馬頭六条川原にうッ立ッて、昨日きるところの頸ども、かけならべて記ひたりければ、六百三十余人也。其中に明雲大僧正・寺の長吏円慶法親王の御頸もかからせ給ひたり。是を見る人涙をながさずといふことなし。木曽其勢七千余騎、馬の鼻を東へむけ、天も響き大地もゆるぐ程に、時をぞ三ヶ度つくりける。京中又さはぎあへり。但し是は悦びの時とぞ聞えし。

 故少納言入道信西の子息宰相(参議と同じ)長教、法皇のわたらせ給ふ五条のだいりにまいッて、〈是は君に奏すべき事があるぞ。あけてとをせ〉とのたまへども、武士共ゆるしたてまつらず。力をよばである小屋(せうをく)に立ち入り、俄に髪そりおろし法師になり、墨染めの衣袴きて、〈此の上はなにかくるしかるべき、入れよ〉との給へば、其時ゆるし奉る。御前へまいッて、今度うたれ給へるむねとの人々の事どもつぶさに奏聞しければ、法皇涙をはらはらとながさせ給ひて、〈明雲は非業の死に(前世の業によらず、現世の災難によって死ぬこと。[死に]はここでは名詞)すべきものとはおぼしめさざりつる物を。今度はただわがいかにもなるべかりける御命にかはりけるにこそ〉とて、御涙せきあへさせ給はず。

 木曽、家子郎等召しあつめて評定す。〈そもそも義仲、一天の君にむかひ奉りて軍には勝ちぬ。主上にやならまし、法皇にやならまし。主上になろうど思へ共、童にならむもしかるべからず。法師にならむもをかしかるべし。よしよしさらば関白にならう〉ど申せば、手かきに具せられたる大夫房覚明申しけるは、〈関白は大職冠の御末、藤原氏こそならせ給へ。殿は源氏でわたらせ給ふに、それこそ叶ひ候まじけれ〉。〈其上は力をよばず〉とて、院の御厩の別当にをしなッて、丹波国をぞ知行しける。院の御出家あれば法皇と申す、主上のいまだ元服もなき程は、御童形にてわたらせ給ふをしらざりけるこそうたてけれ。前関白松殿の姫君とりたてまッて、軈て松殿の聟にをしなる。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・唐招提寺にて〉

「あまぎらし まだきもくるる せうだいの

         にはのまさごを ひとりふむかな」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古都の風景と文化財が破壊されます。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。これをこわす無知の輩は神仏の冥罰をうけることになります。民族の宝をたいせつに守りましょう。

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月24日 (木)

般若寺 水仙花だより  1・24

 

◎水仙: ≪二分咲き≫ 

・開花:おくれています。1月~2

・球根の数:1万~2万 

 

*雨が続いたおかげで水仙の花もようやく動き出しました。つぼみは早くから付いていたのにじっと止まったままでしたが、春を感じたのかようやく開きだしました。このまま少し寒さが緩んでくれたら一気に見ごろ、満開へと進むと思います。同時に梅もつぼみが大きくなってきました。今年は水仙、梅、蝋梅の競演となりそうです。約一か月の遅れですから二月中は満開状態となるでしょう。

 きのうの毎日新聞奈良版で般若寺の水仙が紹介されました。今年の報道第一号です、毎日の記者様ありがとうございました。

 

〔短歌〕

「旭たかみ ややにあまねき あたたかさ

       みちわる凍土(いてつち) つぶやきとくる」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「下むきに 咲きそる花や 寒椿」星野立子

〔和歌〕

「朝日さす 氷のうへの うすけぶり

        まだはれやらぬ よどのかはぎし」

      後京極摂政太政大臣(後京極良経)・玉葉934

「朝日がさして、川面に残った氷の上に薄煙が立ちのぼる。まだ夜の闇の晴れ切らない、淀の川岸の朝景色よ。」

・よど=山城の歌枕。淀。京都府淀町、また長岡京市あたりの、宇治川・木津川・桂川の合流地点一帯。

 

*『平家物語』を読む。

「鼓判官」(つづみはうぐわん)の段、

 法皇が鼓判官知康の議を容れて義仲の追討を計られたところ、源氏の武士までも法皇に加勢した。義仲は信濃勢六七千騎をもって法皇の御所に押し寄せようとする。

 法住寺殿の軍兵は義仲に攻められては一たまりもなく、味方に付いた公家武家からは多数の死者を出した。義仲は法皇を五条内裏に、天皇を閑院殿に押し籠めた。

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京続唱・唐招提寺にて〉

「せきばくと ひはせうだいの こんだうの

         のきのくまより くれわたりゆく」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月23日 (水)

般若寺 水仙花だより  1・23

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月~2

・球根の数:1万~2万 

 

*いま境内の庭に野鳥の姿が増えてきました。大きいのも小さいのも、尾が長いのも短いのもいてとりどりです。色は黒、茶、緑がかったもの、黄色や白がまじったのもいて多彩です。残念ながら名前はわかりません。冬の間、えさを求めて山から里へ下りて来たのもいるでしょうし、渡り鳥で北国へ帰る準備の体力づくりに忙しいのもいるでしょう。人がいてもすぐ近くまで下りてきてくれます。小鳥は姿も声もかわいいです。しかし最近、雀の数が少なくなりました。いちばん身近な小鳥でやかましいぐらいに鳴いていたのに、とんと姿を見せません。何か異変が起きているのでしょうか。

 

〔短歌〕

「西空の 夕焼けに立つ 冬木の枝

      繁(しじ)に黒しも 大地すでに凍て」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「冬梅の 唯一輪の 日向かな」高濱年尾

〔和歌〕

「木ずゑには ゆふあらしふきて さむき日の

         雪気(ゆきげ)の雲に 雁なき渡る」

           伏見院御歌・風雅798

「木々の梢には夕嵐が吹いて寒い日の雪を催す雲の中に、雁が鳴きつつ渡って行くよ。」

 

*『平家物語』を読む。

「妹尾最期」(せのをさいご)の段、

 義仲は当時源氏に生け捕られていた妹尾太郎に案内をさせて山陽道に赴いた。妹尾は生国の備中に近づくと付近の武士をかり集めて寝返りを打ち、源氏の先発隊を殺した挙句、壮烈な討死をとげた。

「室山」(むろやま)の段、

「 さる程に、木曽殿は備中国万寿の庄(ますのしょう、今の倉敷市内)にて勢ぞろへして、八嶋へ既によせむとす。其間の都の留守にをかれたる樋口次郎兼光、使者をたてて、〈十郎蔵人殿(源行家)こそ殿のましまさぬ間に、院の切人(きりうと)して(法皇のお気に入りを介して)、やうやうに讒奏(ざんそう)せられ候なれ(さまざまにあなたを悪く申し上げています)。西国の軍をば暫くさしをかせ給ひて、いそぎのぼらせたまへ〉と申しければ、木曽〈さらば〉とて、夜を日につゐで馳せ上る。十郎蔵人あしかりなんとや思ひけむ、木曽にちがはむと(義仲に顔をあわせまいと)丹波路にさしかかッて、播磨国へ下る。木曽は摂津国をへて、宮こへいる。

 平家は又木曽うたんとて、大将軍には新中納言知盛卿・本三位中将重衡、侍大将には、越中次郎兵衛盛嗣・上総五郎兵衛忠光・悪七兵衛景清・都合其勢二万余人、千余艘の舟に乗り、播磨の地へおし渡りて、室山(室津港の背後の丘陵)に陣をとる。十郎蔵人、平家といくさして木曽と中なをりせんとやおもひけむ、其勢五百余騎で室山へこそをしよせたれ。平家は陣を五つにはる。一陣越中次郎盛嗣二千余騎、二陣伊賀平内左衛門家長二千余騎、三陣上総五郎兵衛・悪七兵衛三千余騎、四陣本三位中将重衡三千余騎、五陣新中納言知盛卿一万余騎でかためらる。

 十郎蔵人行家五百余騎でおめいてかく。一陣越中次郎兵衛盛嗣、しばらくあいしらうようにもてなひて(相手になるように見せかけて)、中をさッとあけてとをす。二陣伊賀平内左衛門家長、同じうあけてとをしけり。三陣上総五郎兵衛・悪七兵衛、ともにあけてとをしけり。四陣本三位中将重衡卿、是もあけて入れられけり。一陣より五陣まで兼て約束したりければ、敵を中にとりこめて、一度に時をどッとぞつくりける。十郎蔵人今は遁るべき方もなかりければ、たばかられぬと思ひて、面も振らず(顔を横にも向けないで)、命もおしまず、ここを最後とせめたたかふ。平家の侍ども、〈源氏の大将にくめや〉とて、我先にと進めども、さすが十郎蔵人にをしならべてくむ武者一騎もなかりけり。新中納言のむねと頼まれたりける紀七左衛門・紀八衛門・紀九郎なンどいふ兵(つはもの)ども、そこにて皆十郎蔵人にうちとられぬ。かくして十郎蔵人、五百余騎がわづかに三十騎ばかりにうちなされ、四方はみな敵なり。御方は無勢なり、いかにしてのがるべしとは覚えねど、おもひきッて雲霞の如くなる敵の中をわッて通る。されども我が身は手ををはず、家子郎党二十余騎大略手負ひて、播磨国高砂より舟に乗り、をし出ひて和泉国にぞ付にける。それより河内へうちこえて、長野城にひッこもる。平家は室山・水嶋二ヶ度のいくさに勝ちてこそ、いよいよ勢はつきにけれ。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・折にふれてよめる〉

「ふじのねの そこついはねに もゆるひの

         あかきこころは しるひともなし」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年1月22日 (火)

般若寺 水仙花だより  1・22

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月~2

・球根の数:1万~2万 

 

*今朝は雨。お昼ごろまで降りそうです。春を呼ぶ雨となってくれればいいなあと期待します。草木のみどりが輝いています。

 

〔短歌〕

「冬空の 西夕焼けす つづきわたる

      大根畑の さ緑明りて」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「早梅に 一人立ち見る 静心」星野立子

〔和歌〕

「たび枕 ふしみの里の 朝ぼらけ

       かりたのしもに たづぞなくなる」

         式子内親王・玉葉932

「旅の仮寝をする、伏見の里の夜明方の景色よ。稲の刈り株の並ぶ田にまっ白に霜が置き、鶴の鳴く声が聞こえて来るようだよ。」

 

*『平家物語』を読む。

「猫間」(ねこま)の段、

 鎌倉の頼朝とは反対に都の義仲は甚だ評判が悪い。義仲を訪ねた猫間中納言は相手の不作法ゆえ、用事も言わずに帰ってしまった。また牛車の乗り方を知らないで、牛飼い・雑色にまで馬鹿にされた。

「水嶋合戦」(みづしまがつせん)の段、

「 平家は讃岐の八嶋にありながら、山陽道八ヶ国、南海道六ヶ国、都合十四箇国をぞうちとりける。木曽佐馬頭是をきき、やすからぬ事なりとて、討手をさしつかはす。うつての大将には矢田判官代義清、侍大将には信濃国の住人海野の弥平四郎行広、都合七千余騎、山陽道へ馳せ下り、備中国水嶋がと([]は瀬戸、水門[みなと][]で海などの狭くなった所をいう。)に舟を浮かべて、八嶋へ既に(もう少しで)よせむとす。

 同閏十月一日(ひとひのひ)、水嶋がとに小船一艘いできたり。海人舟釣舟かと見るほどに、さはなくして、平家方より朝(牒)の使い舟なりけり。是を見て源氏の舟五百余艘干しあげたるを、おめきさけむでおろしけり。平家は千余艘でおしよせたり。平家の方の大手の大将軍には新中納言知盛卿、搦め手の大将軍には能登守教経なり。能登殿のたまひけるは、〈いかに者共、いくさをばゆる(ゆるやか)に仕るぞ。北国のやつばらに生け捕られむをば、心うしとはおもはずや。御方の舟をば組めや〉とて、千余艘がとも綱・へづなを組み合わせ(舟の後部の綱と前部の綱をつなぎ合わせること)、中にむやゐをいれ(もやひを入れる、舟と舟をしっかり繋ぎ止める)、歩みの板をひきならべひきならべわた(渡)ひたれば、舟のうへは平平たり。源平両方時つくり、矢合せして、互いに舟どもおしあはせてせめたたかふ。遠きをば弓でゐ、近きをば太刀できり、熊手にかけてとるもあり、とらるるもあり、引組んで海に入るもあり、さしちがへてしぬるもあり。思ひ思ひ心心に勝負をす。源氏の方の侍大将海野の弥平四郎うたれにけり。是を見て大将軍矢田の判官代義清主従七人小舟に乗りて、真前にすすンで戦ふ程に、いかがしたりけむ、船ふみしずめて皆死にぬ。平家は鞍をき馬を舟のうちにたてられたりければ、舟さしよせ、馬どもひきおろし、うちのりうちのりおめいてかけければ、源氏の勢、大将軍はうたれぬ、われさきにとぞ落ち行きける。平家は水嶋のいくさに勝ちてこそ、会稽の恥をば雪(きよ)めけれ。(これまでの戦敗の恥をそそいだ。中国の越王勾践が呉王夫差に会稽山で敗れたが後に復讐した故事による。)」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・折にふれてよめる〉

「さきををる もものしたみち ひたすらに

         くだちもゆくか よるのをすぐに」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

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2013年1月21日 (月)

般若寺 水仙花だより  1・21

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月~2

・球根の数:1万~2万 

 

*寒い中でもロウバイの莟がすこし黄色味を帯びてきました。ロウバイは中国原産なので唐梅ともいい、蝋細工のように半透明で光沢があります。それで「蝋梅」と書くこともありますが、また臘月(ろうげつ、旧暦十二月をいう)に咲くところから「臘梅」と書くこともあります。

「臘梅の 光沢といふ 硬さかな」山上樹実雄

 

〔短歌〕

「冬空の 西夕焼けて くきやかに 

富士連山を 磨ぎ出しにけり」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「葉牡丹に うすき日さして 来ては消え」久保田万太郎

〔和歌〕

「冬ふかき 谷のした水 をとたえて

        氷のうへを はらふ木がらし」

恵助法親王・風雅794

「冬が深まった、谷陰を流れる水は氷結して流れの音が絶え、氷の張りつめた川面の上を払うように木枯の風が吹く。」

 

*『平家物語』を読む。

「征夷将軍院宣」の段、

「左史生申しけるは、〈今度泰定も名符(みやうぶ、尊敬または服従を表すために奉る書状)まいらすべう候が、御使で候へば、先づ罷り上りて(いったん京に帰って、それからすぐに)、やがてしたためてまいらすべう候。おとと(弟)で候史の大夫(太政官の大史で位が五位の者)重能(しげよし)もその義を申し候〉。兵衛佐わらッて、〈当時頼朝が身として、各々の名符おもひもよらず(皆さまの名符をいただくことなどは考えてもおりません。頼朝の謙遜の意を表す言)さりながら、げにも申されば、さこそ存ぜめ(本当にそうおっしゃるならば、私[頼朝]もそのつもりでおりましょう)。〉とぞの給ひける。やがて今日上洛すべきよし申しければ、けふばかりは逗留あるべしとてとどめらる。

 次の日兵衛佐の舘へ向かふ。萌黄の糸威の腹巻一両、しろうつくッたる(銀で飾った)太刀一振、しげどうの弓、野矢そへてたぶ。馬十三疋ひかる。三疋に鞍をいたり。家子郎党十二人に、直垂・小袖・大口・馬鞍にをよび、荷掛駄(荷をつけた馬)三十疋ありけり。鎌倉出の宿より鏡の宿(滋賀県竜王町に在)にいたるまで、宿宿に十石づつの米ををかる。たくさんなるによッて、施行にひきけるとぞ聞えし。(あまりに多いので、貧困者への施し物にしたという話である)」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・折にふれてよめる〉

「ありわびぬ ほとけいまさば をろがまむ

         やむとしもなき よるのまくらに」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月20日 (日)

般若寺 水仙花だより  1・20

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月~2

・球根の数:1万~2万 

 

*きょうは「大寒」。いちばん寒い日です。でも奈良では久しぶりに氷が張っていません。少し曇っているからでしょうか。

ことしの「寒」は全体に節気の通りの寒になっています。

風邪が流行っていますからご用心、ご用心。

 

〔短歌〕

「夕野かへる 百姓の引く 力車

        くきやかに積めり 濡れ大根を」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「明るさは 海よりのもの 野水仙」稲畑汀子

〔和歌〕

「とこさえて ねられぬ冬の よをながみ

         またるるかねの をとぞつれなき」

           章義門院・玉葉931

「床の中まで冷えこんで、寝られない冬の夜は特別に長くて、早く明けないかと待たれる暁の鐘の音は、無情にも一向に聞こえて来ない。」

 

*『平家物語』を読む。

「征夷将軍院宣」の段、

「若宮の拝殿にして、泰定に酒をすすめらる。斎院次官親義(ちかよし、中原氏)陪膳(はいぜん)す。五位一人役送(やくそう、饗応の座に物を運ぶ役の)をつとむ。馬三疋ひかる。一匹に鞍をいたり。大宮(藤原多子)のさぶらひたッし工藤一臈祐経(すけつね、一臈は武者所一臈[院の下北面の武士のかしら]。工藤氏は藤原為憲の子孫。狩野介として伊豆国の名家であるので、接待役に選ばれた)是をひく。古き萱屋をしつらうて、いれられたり。あつ綿のきぬ二両(二反を一両という)、小袖十重、長持ちに入れてまうけたり。紺藍摺白布千反をつめり。盃飯ゆたかにして美麗なり。

 次の日兵衛佐の舘へむかふ。内外に侍(侍所の略、一族郎党の控え所)あり、ともに十六間なり。外侍には家子郎党肩をならべ、膝を組みてなみうぃたり。内侍には一門源氏上座して、末座に大名小名なみゐたり。源氏の座上に泰定をすへらる。ややあッて寝殿へ向かふ。ひろ廂に紫縁の畳をしひて、泰定をすへらる。うえには高麗縁の畳をしき(白地の綾に黒紋のある縁。当時の畳は部屋の一部分にだけしいた。)、御簾たかく上げさせ、兵衛佐どの出られたり。布衣(ほうい、布製無紋の狩衣)立烏帽子也。貌(かほ)大きに、せいひ(低)きかりけり。容貌悠美にして、言語分明(げんぎょふんみゃう、言葉になまりがない)也。〈平家頼朝が威勢におそれて宮こをおち、その跡に木曽の冠者、十郎蔵人うちいりて、わが高名がほに官加階を思ふ様になり、おもふさまに国をきらひ申す条、奇怪なり。奥の秀衡が陸奥守になり、佐竹四郎高義が常陸介なッて候とて、頼朝が命に従わず。急ぎ追討すべきよしの院宣を給はるべう候(早く追討せよという院宣をいただきたい)。〉

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・仏伝をよみて〉

「みほとけを やどしまつりて くさのとの

         あかつきやみに かしぐかゆかな」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年1月19日 (土)

般若寺 水仙花だより  1・19

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月~2

・球根の数:1万~2万 

 

今日が御忌日にあたられる御上人二人。

*明恵上人は承安3年(1173)紀伊の国に生まれ、幼くして両親を失い、9歳で京都高雄の神護寺にのぼり文覚上人の門に入った。奈良京都で修学し34歳の時、後鳥羽上皇より栂ノ尾の地を賜り高山寺を建て、華厳宗興隆の道場とされた。寛喜4年(123260歳で入寂。

上人の歌にたいへんユニークなものがあります。

「あかあかや あかあかあかや あかあかや

         あかあかあかや あかあかや月」(明恵上人集)

上人の遺訓には「人は阿留辺幾夜宇和(あるべきようは)と云ふ七文字を持つべきなり」とあります。

「明慧忌や 紅葉の枯れ葉 踏み詣づ」大谷句佛

 

*覚如上人は文永7年(1270)、親鸞聖人の娘の覚信尼が日野広綱に嫁いで生まれた覚恵の子として誕生、親鸞さんのひ孫になります。覚如は覚信尼によって整備された大谷廟堂を本願寺と改め、一世を親鸞、二世を善鸞の子、如信、自らを三世と定められた。本願寺、浄土真宗の基を築かれ『報恩講式』『親鸞伝絵』『口伝鈔』等を著された。

観応2年(135182歳で入寂。

「覚如忌や ことに尊き 口伝鈔」大谷句佛

 

〔短歌〕

「濡れ白き 大根の光沢(つや)に さし弱る

       冬の夕日の 匂ひやかなり」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「青空の 端に出されし 福寿草」千葉皓史

〔和歌〕

「吹きさゆる あらしのつての 二こゑに

         またはきこえぬ あかつきのかね」

前大納言為兼・風雅786

「冷たく吹きつのる嵐にのって来た、ただ二声ののち、もうそれ以上は聞えない、暁の鐘の音よ。」

・あらしのつて=「伝て」は「仲介」。あらしのおかげでもたらされた物。

・またはきこえぬ=風向きが変って聞えなくなった趣。

 

*『平家物語』を読む。

「征夷将軍院宣」(せいいしやうぐんのゐんぜん)

「 さる程に鎌倉の前右兵衛佐頼朝(さきのうひょうゑのすけよりとも)、ゐながら(鎌倉に居たままで)征夷将軍の院宣を蒙る。御使は左史生中原泰定(さししゃうなかはらのやすさだ)よぞ聞えし。十月十四日関東へ下着。兵衛佐の給ひけるは、〈頼朝年来勅勘を蒙りたりしかども、今武勇の名誉長ぜるによッて、ゐながらゐながら征夷将軍の院宣を蒙る。いかんが私で(一個人の家で)うけとり奉るべき。若宮(鶴岡八幡宮の若宮)の社にて給わらん〉とて、若宮へまいり向かわれけり。八幡は鶴が岡にたたせ給へり。地形石清水(いはしみず)にたがはず、廻廊あり、楼門あり、つくり道十余町見くだしたり。〈そもそも院宣をば誰してか受け取り奉るべき〉と評定あり。〈三浦介義澄(みうらのすけよしずみ、三浦氏は坂東八平氏の一で相模国の名家)してうけとり奉るべし。その故は、八か国に聞えたりし弓矢とり、三浦平太郎為嗣(ためつぎ、後三年の役源義家に従軍した)が末葉也。其上父大介(おほすけ)は、君の御ために命をすてたる兵(つはもの)なれば、彼の義明(義澄の父)が黄泉の迷暗をてらさむがため〉とぞ聞えし。

 院宣の御使泰定は、家子二人、郎等十人具したり。院宣をばふぶくろ(文書を入れて伝送する袋)に入れて、雑色が頸にぞかけさせたりける。三浦介義澄も家子二人、郎等十人具したり。二人の家子は、和田三郎宗實・比企の藤四郎能員なり。十人の郎党をば大名十人して、俄に一人づつしたてけり。三浦の介が其日の装束には、褐(かち)の直垂に(濃い紺色のよろいひたたれ)、黒糸威の鎧きて、いか物づくりの大太刀はき、二十四さいたる大中黒の矢をひ、しげどうの弓脇にはさみ、甲をぬぎ高ひもにかけ、腰をかがめて院宣うけとる。

泰定〈院宣うけとり奉る人はいかなる人ぞ、名のれや〉といひければ、三浦介とは名乗らで、本名を三浦の荒次郎義澄とこそなのッたれ。院宣をば、らん箱(御覧に供える文書を入れる箱)に入れられたり。兵衛佐に奉る。ややあッて、らん箱をば返されけり。重かりければ、泰定是をあけて見るに、沙金百両いれられたり。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・大和のさるかたにて〉

「みずがめの ふたのひびきも うつろなる

         てらのくりやの くれかぬるころ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月18日 (金)

般若寺 水仙花だより  1・18

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月~2

・球根の数:1万~2万 

 

*きょうは初観音。観音様の最初の御縁日です。

明日の119日は三人の著名な僧の御忌日、御命日です。まずは平安初期の僧で、百人一首の次の歌で知られる僧正遍照です。

「天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ

   をとめの姿 しばしとどめむ」

弘仁7年(816)、大納言良岑安世(よしみねのやすよ)の子として生まれる。桓武天皇の孫。比叡山に出家、京都花山の元慶寺を開基し、僧正になられた。古今集に17首入集され「六歌仙」の一人に数えられる。家集に『遍照集』がある。

 「宇治醍醐 かすみそめたり 遍照忌」名和三幹竹

あとのお二人は明恵上人と本願寺第三世の覚如上人です。明日の御忌日にご紹介します。

 

〔短歌〕

「かた太の 練馬大根 ひたさるる

       野川の水は よどめりくろく」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「雑踏に しるべの顔や 初観音」稲垣きくの

〔和歌〕

「よ船こぐ せとのしほあひに 月さえて

        をじまが磯に 千鳥しばなく」

          勝命法師・玉葉928

「夜通し船を漕いで行く瀬戸の、潮の流れの変わり目に、一入月が冴えわたり、雄島の磯で千鳥がしきりに鳴いている。」

・しほあひ=潮合。潮が満ち引きする頃合。

・をじまが磯=陸奥の枕詞、雄島が磯。宮城県松島湾内の小島の一、雄島の岩礁。

 

*『平家物語』を読む。

「緒環」の巻。

「 豊後国は刑部卿三位頼資(よりすけ)卿の国なりけり。子息頼経朝臣(よりつねのあつそん)を代官にをかれたり。京より頼経のもとへ、平家は神明にもはなたれたてまつり、君にも捨てられまいらせて、帝都をいで、波の上にただよふ落人となれり。しかるを、鎮西の者共がうけとッて、もてなすなるこそ奇怪なれ。当国においては従ふべからず。一味同心して追出すべきよし、の給ひつかはされたりければ、頼経朝臣是を当国の住人、緒方三郎維義(これよし)に下知す。」

 維義は日向の高知尾明神である大蛇が里の女に生ませた男子の子孫であるが、土地の武士をたくさん味方につけていた。

「大宰府落」(だざいふおち)の段、

 平家はかつて平家が維義に施した恩誼を解いてこれを懐柔しようとするが、維義はかえって平家を九州から追おうとする。

 平家は大宰府を出て山中海岸をさまよい、豊後の柳ヶ浦から船に乗り、讃岐の屋島にたどりつき、ここに粗末な皇居を作った。重盛の三男清経は柳ヶ浦に投身した。 

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・鹿の鳴くをききて〉

「しかなきて ならはさびしと しるひとも

         わがもふごとく しるといはめやも」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

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2013年1月17日 (木)

般若寺 水仙花だより  1・17

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月~2

・球根の数:1万~2万 

 

*水仙はまだ咲きません。先日の雨で少し変化が見えるかなと思ったのですが。サザンカも今年は花が少ないです。早春の花であるロウバイはつぼみが小さいですし、梅やフキノトウ、福寿草もおくれそうです。毎日が格別の寒さです、春は遠いですね。

 

〔短歌〕

「小流れの 澄める淀みに 近々と

       物洗ひ場は ひくくなりゐる」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「なかなかに 墨濃くならず 水仙花」右城暮石

〔和歌〕

「かねのをとに あくるか空と おきてみれば

          霜夜の月ぞ 庭しづかなる」

            後伏見院御歌・風雅784

「鐘の音を聞いて、もう明けるのか、空は、と思って起きてみると、(夜はまだ深く)霜の降るような寒夜の月が、庭を静かに照らしているばかりだ。」

・あくるか空=「明くるか、空」。口語的な珍しい表現。

・おきて=「起きて」であるが「霜」の縁語「置きて」を響かせる。

 

*『平家物語』を読む。

「緒環」の段、

「御宝殿の御戸をしひらきゆゆしくけだかげなる御こゑにて、

〈よのなかの うさには神も なきものを

なにいのるらん 心づくしに〉

(世の憂さを神も助けることはできないが、何に心を尽して祈っているのだろうか。[うさ]に宇佐を、[心づくし]に筑紫を言いかける。)

大臣殿(おほいどの)うちおどろき(目が覚めて)、むねうちさはぎ、

〈さりともと おもふ心も むしのねも

よはりはてぬる 秋の暮かな〉

(まだ何とかなるだろうと思う私の心も、あの鳴く虫の音も、この秋の夕方にはともに弱り果ててしまった。『千載集』にみえる俊成の歌)

といふ古歌をぞ心ぼそげに口ずさみ給ひける。

 さる程に九月も十日余りになりにけり。荻の葉むけの夕嵐、ひとりまろねの床の上、かたしく袖もしほれつつ(おぎの葉をなびかせて夕べの風が吹き、独り着のみ着のままで寝ている床の上では妻と別れて独り敷いている袖も涙にしおれがちで)、ふけ行く秋のあはれさは、いづくもとはいひながら、旅の空こそ忍びがたけれ。九月十三夜は名を得たる月なれども、その夜は宮こを思ひいづる涙に、我から曇りて(空が曇るのでなく、自分の涙に曇って)さやかならず。九重の雲のうへ、久方の月におもひをのべしたぐひも、今の様におぼえて、薩摩守忠度(さつまのかみただのり)

〈月を見し こぞのこよひの 友のみや

宮こにわれを おもひいづらむ〉

(去年の今夜、私と一緒に月を見た友だけは、都で私を思い出していてくれるだろう。)

修理大夫経盛(しゅりのだいぶつねもり)

〈恋しとよ こぞのこよひの 夜もすがら

ちぎりし人の おもひ出られて〉

(去年の今夜、一晩中私とちぎり合った人が自然に思い出されて、何と恋しいことだろう。)

皇后宮亮経正(くわうごうぐうのすけつねまさ)

〈わけてこし 野辺の露とも きえずして

おもはぬ里の 月を見るかな〉。

(都から野辺の露をふみわけてここまで落ちのびて来たが、その露のように消え果てもしないで、思いがけない里で月を見ていることだ。)

(つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・鹿の鳴くをききて〉

「しかなきて かかるさびしき ゆふべとも

         しらでひともす ならのまちびと」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年1月16日 (水)

般若寺 水仙花だより  1・16

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:12月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*きのうの「小正月」(こしょうがつ)で正月も終わりました。この日は陰暦では望月(満月)なので望正月(もちしょうがつ)を祝って餅をついたそうです。

また注連飾りなどを焼きます。これを「どんど焼き」とか「左義長」と言います。奈良では少し前まで「若草山山焼き」がありました。近年は成人の日に合わせているようで、今年は雨で中止でした。

 

〔短歌〕

「澄みくろみ 冬川真水の 流るるに

        男洗ひおとす 大根の土を」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「つややかに かたまりうれて 青木の実」岡崎莉花女

〔和歌〕

「さほがはに あそぶちどりの さよふけて

         その声きけば いねられなくに」

           よみ人しらず・玉葉923

「佐保川に群れ遊んでいる千鳥よ、夜が更けて、その可憐な声を聞けば、私は眠れなくなってしまうものを。」

・出典=万葉集1124

 

*『平家物語』を読む。

「山門御幸」(さんもんごかう)の段、

 都を逃れた後白河法皇はいったん鞍馬に行かれ、さらに叡山を転々としてから義仲に護られて都に帰られた。二十年ぶりに源氏の白旗が翻る都で、法皇は義仲に平家の追討を命ぜられた。

 都にはなくなった高倉上皇の皇子が二人おられたが、弟の四の宮(後鳥羽天皇)が法皇のお気に召して即位と決まった。新帝の母は藤原信隆の女、側近者の機転で平家に伴われず都に踏留まっておられたのである。

「名虎」(なとら)の段、

 法皇の御所で除目(じもく、官を任ずる儀式)があり、義仲以下任官。平家は時忠ら三人を除いて官職を解かれた。西国の平家は大宰府に落着こうとするが、土地の武士は必ずしも従わない。

 昔、文徳天皇の死後、一の宮惟喬親王と二の宮惟仁親王とのどちらが皇位に即くかを相撲によって決することになったが、叡山の恵亮和尚の祈祷によって、二の宮がたの相撲取りが勝った。

 平家は四の宮の即位を知って残念がったが、時忠は三の宮・四の宮がおられなければ、高倉の宮の御遺子がせられただろうと言った。

「緒環」(をだまき)の段、

「 さる程に、筑紫には内裏つくるべきよし沙汰ありかども(話題になったけれども)、いまだ宮こも定められず。主上は岩戸の諸境大蔵の種直が宿所にわたらせ給ふ。人々の家々は野中田なかなりければ、あさの衣はうたねどもとをち(十市、大和の歌枕。「遠地」をかける)の里ともいッつべし(新古今集の式子内親王の歌〈ふりにけり山の端近く月さえて十市の里に衣うつ声〉による)。

 内裏は山のなかなれば、かの木の丸御殿(黒木造りの家。天智天皇が筑紫で住まれたという)もかくやとおぼえて、中々優なる方もありけり。まづ宇佐宮へ行幸なる。大郡司公道が宿所皇居になる。社頭は月卿雲客の居所になる。庭上には四国鎮西の兵(つはもの)ども、甲冑弓箭を帯して雲霞のごとくになみゐたり。古りにし朱の玉垣、再び飾るとぞ見えし。七日参籠のあけがたに、大臣殿の御ために夢想の告げぞありける。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・東大寺の某院を訪ねて〉

「おとなへば そうたちいでて おぼろげに

         われをむかふる いしだたみかな」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

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2013年1月15日 (火)

般若寺 水仙花だより  1・15

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*昨日の読みたい書籍の続き、これは読み返したい本ですが。

『日本の橋』保田與重郎、新学社

『近代朝鮮と日本』趙景達、岩波新書

『戦後史の正体』孫崎享、創元社

『ある明治人の記録』石光真人編著、中公新書

『北一輝』渡辺京二、ちくま学芸文庫

『西行和歌と仏教思想』金任仲、笠間書院

『中世法会文芸論』小峯和明、笠間書院

 

〔短歌〕

「武蔵野の 黒く柔かき 畑土(はたけつち)

かた太大根 葉の下にうづまる」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「万両の 実は沈み居る 苔の中」高濱虚子

〔和歌〕

「吹くとだに しられぬ風は 身にしみて

         影さえとおる 霜のうへの月」

           儀子内親王・風雅779

「吹いているとも気づかぬ程の風は、しんしんと身にしみて、光があくまでも冴えて冷たい、霜の上にさす月よ。」

・影さえとおる=光が冴え通る。「さえとお(ほ)る」は京極派好みの語。

・参考:「さえとほる 霜と月との 庭の面に

     ふけぬる後を 見る人もなし」(永福門院内侍・二十番歌合)

 

*『平家物語』を読む。

巻第八 目録

 「山門御幸」(さんもんごこう)、「名虎」(なとら)、「緒環」(をだまき)、「大宰府落」(だざいふおち)、「征夷将軍院宣」(せいいしやうぐんのゐんぜん)、「猫間」(ねこま)、「水嶋合戦(みずしまがつせん)、「妹尾最期」(せのをさいご)、「室山」(むろやま)。「鼓判官」(つづみはうぐわん)、「法住寺合戦」(ほふぢゆうじかつせん)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・奈良の町をあるきて〉

「まちゆけば しなのりはつの ともしびは

         ふるきみやこの つちにながるる」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年1月14日 (月)

般若寺 水仙花だより  1・14

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*今朝は雨の音で目が覚めました。屋根の瓦や木々の枝葉ににあたる音が聞こえる程ですからしっかりと降っています。久々の雨、潤いをもたらす雨です。

 きょうは外の作業ができないので読書三昧といきましょうか。じつは身の回りに新しく購入した書籍が山のように積みあがています。いわゆる積読になっているのが気になっていたところです。そんなに一気に読めるわけないのですが、今読んでみたい本。新刊では、

『64』横山秀夫、文芸春秋

『「尖閣問題」とは何か』豊下楢彦、岩波現代文庫

『共謀者たち』河野太郎・牧野洋、講談社

『逝きし世の面影』渡辺京二、平凡社ライブラリー

『日本書紀の虚構と史実』遠山美都男、洋泉社新書

それから古本で手に入れた、

『叡山浄土教の研究』佐藤哲英(百華苑1979)などです。

所蔵数万冊、気が遠くなります。まあ自分で読めなくとも般若寺蔵書として後代へ伝えておけば将来どなたかが読んでくださる、と考えれば安心です。

般若寺には元々『元版一切経五千巻』をはじめ万巻の書が備えられていたそうです。しかし明治維新の法難で大半を失いました。今ささやかながら「経蔵のある寺」を再興する努力をつづけています。

 

〔短歌〕

「冬空は 磨ぎすまされてあり 大根畑(だいこばたけ)

      さ緑さえて 遥に対す」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「千両の 実をこぼしたる 青畳」今井つる女

〔和歌〕

「あはぢ嶋 せとのしほ風 さむからし 

        つまどふ千鳥 声しきるなり」

          前参議経盛・玉葉922

「淡路島の瀬戸を渡る潮風が寒いらしいな。妻を求めて鳴く千鳥の声が頻りに聞こえるようだ。」

・経盛=平経盛(つねもり)、平忠盛の三男。安芸守などを歴任、正三位参議に昇った。『新勅撰集』『続後撰集』にも入集、笛の名手でもあった。

 

*『平家物語』を読む。

「福原都落」の段、

「 福原の旧里に一夜をこそあかされけれ。折節秋の始の月は、しもの弓はりなり。深更空夜(寂しい夜)閑かにして、旅ねの床の草枕、露も涙もあらそひて、ただ物のみぞかなしき。いつ帰るべし共おぼえねば、故入道相国の作りをき給ひし所々を見給ふに、春は花見の岡の御所、秋は月見の浜の御所、泉殿・松陰殿・馬場殿、二階の桟敷殿、雪見の御所、萱の御所、人々の舘共、五条大納言邦綱卿の承ッて造進せられし里内裏、鴦(をし)の瓦、玉の石だたみ、いづれもいづれも三とせが程に荒れはてて、旧苔道をふさぎ、秋の草門をとづ。瓦に松おひ、墻(かき)に蔦しげれり。䑓(うてな)傾きて苔むせり、松風ばかりや通ふらん。簾たえて閨(ねや)あらはなり、月影のみぞさし入りける。

 あけぬれば、福原の内裏に火をかけて、主上をはじめ奉りて、人々みな御舟にめす。都を立ちし程こそなけれども、是も名残はおしかりけり。海人のたく藻の夕煙、尾上の鹿の暁のこゑ、渚渚によする浪の音、袖に宿かる月の影、千草にすだく蟋蟀(しつそつ)のきりぎりす、すべて目に見え耳にふるる事、一つとして哀れをもよほし、心をいたましめずといふ事なし。昨日は東関(京都の東にある逢坂の関)の麓にくつばみをならべて十万余騎、今日は西海の浪に纜(ともづな)をといて七千余人、雲海沈沈として、青天既に暮れなんとす。孤島に夕霧隔て、月海上にうかべり。極浦(きょくほ、遠い水際。水平線のかなた。)の浪をわけ、塩にひかれて行く舟は、半天(なかぞら)の雲にさかのぼる。日かずふれば、都はすでに山川程を隔て、雲居のよそにぞなりにける。はるばる来ぬと思ふにも、ただ尽きせぬ物は涙也。浪の上に白き鳥の群れゐるを見給ひては、かれならん、在原のなにがしの、隅田川にてこととひけん、名もむつまじき都鳥にや哀れ也。(在原業平の歌、〈名にし負はばいざこととはむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと〉による)寿永二年(1183)七月二十五日に平家都を落はてぬ。」

(この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京新唱・奈良にて〉

「いにしへの ならのみやびと いまあらば

         こしのえみしと あをことなさむ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年1月13日 (日)

般若寺 水仙花だより  1・13

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*きょうは快晴、風もないので日中は暖かくなりそうです。夜からはお天気は下り坂、明日の成人の日は荒れ模様となりそうです。新成人の式典に参加される方にはお気の毒ですね。逆境にもめげない大人になってください。

 

〔短歌〕

「大き農家 わら葺門外(そと)の 白梅の

       道までにほひて この村しづか」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「臘梅や 薄雪庭を 刷きのこす」水原秋桜子

〔和歌〕

「あさぢふや のこる葉ずゑの 冬の霜

         をきどころなく 吹くあらしかな」

           前中納言定家・風雅771

「浅茅の生えた原を見れば、僅かに枯れ残った葉末に置く冬の霜さえ、とどまる所がないまでに烈しく吹く嵐だなあ。」

・をきどころなく=「霜の置く所もなく」の意に「どうしようもない程ひどく」の意をかける。

 

*『平家物語』を読む。

「福原落」の段、

「 福原の旧都について、大臣殿、しかるべき侍共、老少数百人めして仰せられけるは、〈積善の余慶家に尽き、積悪の余殃身に及ぶゆへに、神明にもはなたれ奉り、君にも捨てられまいらせて、帝都をいで旅泊にただよふ上は、なんのたのみかあるべきなれ共、一樹の陰にやどるも先世の契りあさからず。同じ流れをむすぶとも、多生(他生が正。今生に対し、過去・未来の生をいう。)の縁猶ふかし。いかに況や、汝等は一旦したがひつく門客(一時何かの都合で従うようになった新参の家来。一旦は一朝と同じ。)にあらず、累祖相伝の家人也。或は近親のよしみ他に異なるもあり、或は重代芳恩是ふかきもあり、家門繁昌の古は恩波によッて私をかへりみき(延慶本に[恩潤][願ひき]とあるのが解しやすい。平家の恩恵をこうむって、自分たちの繁栄することを願った)。今何ぞ芳恩をむくひざらんや。且は十善帝王、三種の神器を帯してわたらせ給へば、いかならん野の末、山の奥までも、行幸の御供仕らんとは思はずや〉と仰せられければ、老少みな涙をながいて申しけるは、〈あやしの鳥けだ物も、恩を報じ、徳をむく(報)ふ心は候なり。申し候はむや(言うまでもありませんでしょう)、人倫(人間)の身として、いかがそのことはりを存知仕り候はでは候べき。二十余年の間妻子をはぐくみ所従をかへりみる事、併しながら君(宗盛)の御恩ならずといふ事なし。就中(なかんづく)に、弓箭馬上に携はるならひ、ふた心あるをもッて恥とす。然れば則ち日本の外、新羅・百済・高麗・荊旦

(けいたん、契丹とも書き渤海国のこと)雲の果て、海の果てまでも、行幸の御供仕つて、いかにもなり候はん〉と、異口同音に申しければ、人々皆たのもし気にぞみえられける。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京新唱・奈良より東京の友に〉

「なべてよは さびしきものぞ くさまくら

         たびにありとも なにかなげかむ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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般若寺 水仙花だより  1・13

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*きょうは快晴、風もないので日中は暖かくなりそうです。夜からはお天気は下り坂、明日の成人の日は荒れ模様となりそうです。新成人の式典に参加される方にはお気の毒ですね。逆境にもめげない大人になってください。

 

〔短歌〕

「大き農家 わら葺門外(そと)の 白梅の

       道までにほひて この村しづか」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「臘梅や 薄雪庭を 刷きのこす」水原秋桜子

〔和歌〕

「あさぢふや のこる葉ずゑの 冬の霜

         をきどころなく 吹くあらしかな」

           前中納言定家・風雅771

「浅茅の生えた原を見れば、僅かに枯れ残った葉末に置く冬の霜さえ、とどまる所がないまでに烈しく吹く嵐だなあ。」

・をきどころなく=「霜の置く所もなく」の意に「どうしようもない程ひどく」の意をかける。

 

*『平家物語』を読む。

「福原落」の段、

「 福原の旧都について、大臣殿、しかるべき侍共、老少数百人めして仰せられけるは、〈積善の余慶家に尽き、積悪の余殃身に及ぶゆへに、神明にもはなたれ奉り、君にも捨てられまいらせて、帝都をいで旅泊にただよふ上は、なんのたのみかあるべきなれ共、一樹の陰にやどるも先世の契りあさからず。同じ流れをむすぶとも、多生(他生が正。今生に対し、過去・未来の生をいう。)の縁猶ふかし。いかに況や、汝等は一旦したがひつく門客(一時何かの都合で従うようになった新参の家来。一旦は一朝と同じ。)にあらず、累祖相伝の家人也。或は近親のよしみ他に異なるもあり、或は重代芳恩是ふかきもあり、家門繁昌の古は恩波によッて私をかへりみき(延慶本に[恩潤][願ひき]とあるのが解しやすい。平家の恩恵をこうむって、自分たちの繁栄することを願った)。今何ぞ芳恩をむくひざらんや。且は十善帝王、三種の神器を帯してわたらせ給へば、いかならん野の末、山の奥までも、行幸の御供仕らんとは思はずや〉と仰せられければ、老少みな涙をながいて申しけるは、〈あやしの鳥けだ物も、恩を報じ、徳をむく(報)ふ心は候なり。申し候はむや(言うまでもありませんでしょう)、人倫(人間)の身として、いかがそのことはりを存知仕り候はでは候べき。二十余年の間妻子をはぐくみ所従をかへりみる事、併しながら君(宗盛)の御恩ならずといふ事なし。就中(なかんづく)に、弓箭馬上に携はるならひ、ふた心あるをもッて恥とす。然れば則ち日本の外、新羅・百済・高麗・荊旦

(けいたん、契丹とも書き渤海国のこと)雲の果て、海の果てまでも、行幸の御供仕つて、いかにもなり候はん〉と、異口同音に申しければ、人々皆たのもし気にぞみえられける。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京新唱・奈良より東京の友に〉

「なべてよは さびしきものぞ くさまくら

         たびにありとも なにかなげかむ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月12日 (土)

般若寺 水仙花だより  1・12

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*きょうから三連休です。お天気はまずまずで穏やかな日和です。

いつもの年だったら水仙の花は満開を迎えているはずなのに、今年はいまだ咲き始めの状態で止まっています。一体どうなっているのでしょうか。

先日の気象情報によれば、昨年末一か月の平均気温が平年に比べ5度近く低かったようで、これが開花を遅らせている原因ではないかと思われます。

この寒さも地球温暖化の一現象なのかもしれません。確か昨夏には、北極海の氷が大きく融けてしまって船が通れる時代が来るかもしれないというニュースがありました。氷が融けるときは周りの大気が冷たくなり寒気団が形成されるのでしょう。しばらくは寒い冬が続くかもしれません。そして異常に熱い夏も。これまでの季節感が通用しない時代がやって来ています。

 

〔短歌〕

「冬枯れの 桜木ゆすぶる 嵐雨

       硝子戸ゆ見る 今日なまあたたかく」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「口紅や 四十の顔も 松の内」正岡子規

〔和歌〕

「このゆふべ しほみちくらし 難波がた

         あしべのちどり こゑさはぐ也」

           後嵯峨院御製・玉葉920

「この夕暮、潮が満ちて来るらしい。難波潟の芦の茂っているあたりで、千鳥が声も騒がしく鳴いているようだ。」

 

*『平家物語』を読む。

「福原落」(ふくはらおち)の段、

「平家は小松三位中将維盛(これもり)卿の外は、大臣殿(おほいとの、宗盛)以下妻子を具せられけれ共、つぎざまの人(殿上人、二流どころの人)共はさのみひきしろふに及ばねば(そんなにまでぞろぞろ引連れもできないから)、後会其期をしらず、皆うち捨ててぞ落行きける。人はいづれの日、いづれの時、必ず立帰るべしと、其期を定めをくだにも久しきぞかし。況や是はけふを最後、只今かぎりの別れなれば、ゆくもとどまるも、たがゐに袖をぞぬらしける。相伝譜代のよしみ(先祖から代々家来であったという恩義)、年ごろ日ごろ、重恩いかでか忘るべきなれば、老いたるも若きもうしろのみかへりみて、先へは進みもやらざりけり。或は磯辺の浪枕、八重の塩路に日を暮らし、或は遠きをわけ、けわしきをしのぎつつ、駒に鞭打つ人もあり。舟に掉さす者もあり、思ひ思ひ心心に落ち行きけり。」

 (つづく)

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈奈良の戎市にて〉

「ささのはに たひつりさげて あをによし

         ならのちまたは ひとのなみうつ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月11日 (金)

般若寺 水仙花だより  1・11

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*鎌倉時代の高名な僧、明恵上人高弁(みょうえしょうにんこうべん)さんは多くの歌を残されましたが、仏教と詩歌との関係を簡潔に述べておられます。

『明恵上人遺訓』によれば。

「心の数寄(すき)たる人の中に、目出度き仏法者は、昔も今も出来(いできた)るなり。詩頌を作り、歌連歌にたづさはることは、あながち仏法にてはなけれども、かようの事にも心数寄ある人が、やがて仏法にもすきて、知恵もあり、やさしき心使ひもけだかきなり。」

と、詩歌になじむところから仏法に入ることもでき、知恵もすすみ、心根もやさしく気高くなることが出来ると説かれています。仏法者にとって詩歌は単なる趣味教養にとどまらず仏道そのものととらえられています。

「書きつくる 跡に光の かがやけば

   冥(くら)き道にも 闇ははるらむ」

       明恵上人・新勅撰和歌集624

(故人が書き付けた筆跡に、この光明真言が光り輝けば、冥土の闇路も明るく照ることでしょう。)

・光明真言=一切の罪業を除く真言

 

〔短歌〕

「風の来ぬ この蔵のかげ 雪しづかに

       まひ下りをり 見のあたたけさ」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙花 睡りの末の 息くるし」石田波郷

〔和歌〕

「空たかく すみとおる月は 影さえて

        しばふにしろき 霜の明けがた」

          前大納言実明女・風雅767

「空高く、あくまでも澄んだ月は光が氷るように冷たく、芝原に置いた霜に白々と反映している、明方の景色よ。」

 

*『平家物語』を読む。

「一門都落」(いちもんのみやこおち)

 池の大納言頼盛はいったん都を出たが鳥羽の南門から引返して、仁和寺の八条院の許に行ってしまった。頼朝が彼の母に助けられたので、今度は彼が頼朝を頼るつもりなのである。

 重盛の子息たちは六人揃って淀の付近で一行に追いついたので、平家の人々はほっとした。都を脱出した平家は公卿殿上人以下総勢七千余人であった。

「おのおのうしろをかヘリ見給へば、かすめる空の心地して、煙のみ心細く立ち上る。平中納言教盛(のりもり)卿

〈はかなしな ぬしは雲井にわかるれば

跡はけぶりと たちのぼるかな〉

(宿の主人が雲のかなたに別れ去ったので、その跡も煙となって空に立ち上がるとははかないことである。)

修理大夫経盛(つねもり)

〈ふるさとを やけ野の原に かへりみて

すゑもけぶりの なみぢをぞ行〉

(焼野が原になった故郷をふり返りながら、行く先も煙のような霞にかすんでいる波路に行くことである。)

まことに故郷をば一片の煙塵と隔てつつ、前途万里の雲路におもむかれん人々の心のうち、おしはかられて哀也。」

 肥後守貞能(さだよし)もまた平家に分かれて都に戻り、主君重盛の墓を掘って骨を高野に送り、かつて情をかけた宇都宮を頼って東国に落ちて行った。

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京新唱・平城京址の大極芝にて〉

「はたなかに まひてりたらす ひとむらの

         かれたるくさに たちなげくかな」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年1月10日 (木)

般若寺 水仙花だより  1・10

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*今朝はめずらしく氷がはっていません。曇っていて冷え込まなかったのでしょう。今日も土とたわむれる一日となりそうです。いま新しい種まき用培養土を作っています。みずごけを材料とするピートモス、ひる石を焼いたバーミキュライト、赤玉土を混合します。どれも乾いておれば非常に軽いので風があれば飛び散って作業できません。これからコスモス苗育成用のプランター鉢千個分を作ります。去年までは主に真砂土とバーク堆肥を使っていたので大変重く、作業してくださる皆さんから不評を買っていました。ただし今年の購入値段は以前の五倍に膨れ上がりました。それでも人件費と比べるとお安いものです。

さあ今年も美しい花を咲かせるためがんばります。

 

〔短歌〕

「冴えくもる 浅山ぶみの ほそきみち

        み雪一しきり 笹に音すも」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「福笹を かつげば肩に 小判かな」山口青邨

〔和歌〕

「浦風の さむくしふけば あま衣

       つまどふちどり なくねかなしも」

         中務卿宗尊親王・玉葉917

「浦風が寒く吹くと、海人の衣の褄も寒い。そして妻を求める千鳥の鳴く声が、悲しげに聞える。」

・あま衣=「浦」の縁で「海人」を出し、その衣の「褄」を「妻」にかける。

 

*『平家物語』を読む。

巻第七 「経正都落」(つねまさのみやこおち)の段。

 平経盛(つねもり、清盛の弟)の子息、経正(つねまさ)は幼時に仕えていた仁和寺の宮(覚性法親王)を訪れ、宮から拝領した琵琶の名器を返上した。寺の人々はみな名残を惜しんだが、中でも彼の師であった行慶法印は桂川まで見送って別れを悲しんだ。

「御室(仁和寺の宮、覚性法親王)哀れにおぼし召し、一首の御詠をあそばひてくだされけり。

〈あかずして わかるる君が 名残をば

   のちのかたみに つつみてぞをく〉

(飽かぬ別れをするあなたの記念としてこの琵琶を大切につつんでおきましょう。古今集八の読人知らずの〈あかずして別るる袖の白玉を 君がかたみとつつみてぞゆく〉による。)

経正御硯くだされて、

〈くれ竹の かけひの水は かはれども

   なをすみあかぬ みやの中(うち)かな〉

(呉竹の傍に引かれたかけひの清水の流れるように世の中は移り変わったが、この宮の中だけは私にとって永久に住み飽かない所です。住みと澄みをかける。)」

「経正幼少の時、小師(こじ、受戒してまだ師を離れない僧。当時稚児であった経正に対しては師匠格であった)でおはせし大納言法印行慶と申せしは、葉室大納言光頼卿の御子也。あまりに名残を惜しみて、桂河の端までうち送り、さてもあるべきならねは、其れよりいとまこうて泣く泣くわかれ給ふに、法印かうぞおもひつづけ給ふ。

〈あはれなり 老木(おいき)わか木の 山ざくら

をくれさきだち 花はのこらじ〉

(老木にせよ若木にせよ、山桜が結局早かれ遅かれすべて散っていくとはあわれな次第である。平家の人々の運命を桜にたとえたもの。)

経正の返事には、

〈旅ごろも 夜な夜な袖を かたしきて

おもへばわれは とをくゆきなん〉

(前途を想像すると、私は毎夜旅衣の袖を片方だけしいて〔妻と別れて独り寝ること〕、遠くまで行くことでしょう。)

 さて巻いて持たせられたる赤旗ざッとさし上げたり。あそこここに控えて待ち奉る侍共、あはやとて(それ、集まれ)馳せ集まり、その勢百騎ばかり、鞭をあげ駒を早めて、程なく行幸におッつき奉る。」

 (この段終わり)

「靑山之沙汰」(せいざんのさた)の段、

 経正が拝領した青山という琵琶はもと中国から渡来したもので、古くは唐の廉妾夫の亡霊がこれを弾いて村上天皇に秘曲を伝授するという奇蹟を現じた。この楽器を経正は宇佐八幡の神前で演奏したこともある。

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京新唱・平城宮址の大極芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

         うごくともなし ものもふらしも」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月 9日 (水)

般若寺 水仙花だより  1・9

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*しばらく晴天がつづいていましたが、けさは曇り空。薄い雲の中に針のように細い下弦の月が見えていました。これからまた寒気が南下して寒くなりそうです。風邪をひかないように気をつけましょう。

 

〔短歌〕

「雪どけの 水すひ飽ける 黒土の

       湯気まもり居り 昼餉に坐り」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙や 来る日来る日も 海荒れて」鈴木真砂女

〔和歌〕

「暮れかかる 日影はよそに なりにけり 

         ゆふ霜こほる もりの下草」

           前大僧正源恵・風雅766

「暮れかかる日ざしは、もうどこかに見えなくなってしまった。夕方の霜が凍りついている、森の下草の寒々とした姿よ。」

 

*『平家物語』を読む。

「忠度都落」の段、

「三位(俊成)是をあけてみて、〈かかる忘れ形見を給はりをき候ぬる上は、ゆめゆめそらくを存ずまじう候(この形見をけっしえ粗略にしようとは思いません)。御疑あるべからず。さえも只今の御わありこそ、情もすぐれてふかう、哀れもことに思ひ知られて(風流も一段と深く、移りやすい世の無常をしみじみと思い知られて)、感涙おさへがたう候へ〉との給へば、薩摩守(忠度)悦びて、〈今は西海の浪の底にしづまば沈め、山野にかばねをさらさばさらせ、浮世におもひをく事候はず。さらばいとま申して〉とて、馬にうちのり甲の緒をしめ、西をさいてぞあゆませ給ふ。三位うしろを遥かに見送ッて立たれたれば、忠度の声とおぼしくて、〈前途程遠し、思ひを雁山の夕べの雲に馳す(和漢朗詠集下、餞別の大江朝綱が渤海国の使者に送った送別の句を借りて、都落ちをする忠度が前途の困難を思いやったもの。雁山は中国山西省にある山の名。)〉と、たからかに口ずさみ給へば、俊成卿いとど名残惜しう覚えて、涙ををさへてぞ入給ふ。

 其の後世しづまッて、千載集を撰ぜられけるに、忠度のありし有様、言ひをきし言の葉、今更思い出でて哀れ也ければ、彼の巻物のうちにさりぬべき歌いくらもありけれ共、勅勘の人(天子からとがめを受けた人)なれば、名字をばあらはされず、故郷の花(故郷はむかし都であった所。この歌では天智天皇の都であった滋賀の都)といふ題にてよまれたりける歌一首ぞ、読人しらずと入れられける。

 〈さざなみや 志賀の都は あれにしを

むかしながらの 山ざくらかな〉

(「さざなみや」は志賀の枕詞。「ながら」は「昔ながら」と「長等山」とを言いかける。志賀の都は荒れ果ててしまったが、長等山の山桜は昔のままに美しく咲いている。)

其身朝敵となりにし上は、子細にをよばずといひながら(とやかく言える筋合いではないが)、うらめしかりし事共也(悲しいことだった)。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・三笠山にて〉

「やまゆけば もずなきさわぎ むさしのの

         にはべのあした おもひいでつも」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年1月 8日 (火)

般若寺 水仙花だより  1・8

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:おくれています。1月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*昨日からの「平家物語を読む」は平忠度(たいらのただのり)の都落ちの段ですが、この話は唱歌の「青葉の笛」で有名です。「青葉の笛」の二番は、

「更くる夜半に 門を敲き

  わが師に託せし 言の葉あはれ

  今はの際まで 持ちし箙に

 残れるは〈花や今宵〉の歌」です。

忠度は一の谷の合戦で戦死します。このことは巻第九の「忠度最期」で語られ〈花や今宵〉の歌を残しています。「都落ち」では師の藤原俊成との別れの場面を描きます。落ちて行く忠度に対面する師俊成の心ばえにはほっとします。

 「青葉の笛」は明治39年(1908)の尋常小学唱歌第四学年上の部に入れられたもので、作詞は大和田建樹、作曲は田村虎蔵。原題は「敦盛と忠度」です。

 

〔短歌〕

「午(ご)に近く 雪どけざかりの あたたかさ

         厨(くりや)にものの 煮ゆる匂ひす」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙の ひとかたまりの 香をおもふ」黒田杏子

〔和歌〕

「かは千鳥 なれもやものは うれはしき

        ただすの森を ゆきかへりなく」

        皇太后宮大夫俊成・玉葉913 

「賀茂川の千鳥よ、お前も何か辛いことがあるのかね。糺の森を行ったり来たりしながら鳴いているは。」

・ただすの森=山城の枕詞、糺の森。下鴨神社神域の森。祭神御祖(みおや)神を糺(ただす)の神と称するところから言い、偽りを正す意をこめて用いる。

 

*『平家物語』を読む。

「忠度都落」の段、

「〈忠度〉と名のり給へば、〈おちうと(落人)帰り来たり〉とて、その内さはぎあへり。薩摩守馬よりおり、みづからたからかにの給ひけるは、〈別の子細候はず。三位殿に申べき事あッて、忠度がかへりまいッて候。門をひらかれず共、此きはまで立ちよらせ給へ〉との給へば、俊成卿(藤原俊成、千載集の選者。五条に宿所があった)〈さる事あるらん(訪ねて来る訳もあるだろう。忠度の来ることを予期していた俊成の口ぶり)其人ならばくるしかるまじ(その方ならば差支えない)。入れ申せ〉とて、門をあけて対面あり。事の体(てい)何となう(何かということもなく、すべてが)哀れ也。薩摩守の給ひけるは、〈年来(としごろ)申し承はッて後、をろかならぬ御事におもひまいらせ候へども(近年、歌のお教えをいただいてから、歌をつまらないものと思ってはおりませんが)、この二三年は、京都のさはぎ、国々のみだれ、併しながら当家の身の上の事に候(すべて当家の身の上に関したことです)間、粗略を存ぜずといへ共(歌を粗略に思いはしませんものの。ここは俊成を粗略に思はない意にも解せる)、つねにまいりよる事も候はず。君既に都を出でさせ給ひぬ。一門の運命はやつき候ひぬ。撰集のあるべき由(近く勅撰集がつくられるだろうとのこと)承はり候ひしかば、生涯の面目に、一首なり共御恩をかうぶらうど存じて候しに、やがて世の乱れいできて、その沙汰(勅撰集をえらべという命令)なく候条、ただ一身の歎きと存じ候。世しずまり候ひなば、勅撰の御沙汰候はんずらん。是に候巻物のうちに、さりぬべきもの候はば、一首なり共御恩を蒙りて、草の陰にてもうれしと存じ候はば、遠き御まもりでこそ候はんずれ(私は遠いあの世からあなたをお守りするでしょう)〉とて、日ごろ読みをかれたる歌共のなかに、秀歌とおぼしきを百余首書きあつめられたる巻物を、今はとてうッたたれける時、是をとッてもたれたりしが、鎧のひきあはせ(よろいの胴の合わせ目。よろいの場合は右脇で合わせる)より取りいでて、俊成卿に奉る」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・奈良に向かふ汽車の中にて〉

「あさひさす いなだのはえの しろかべに

         ひとむらもみじ もえまさるみゆ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月 7日 (月)

般若寺 水仙花だより  1・7

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:12月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*昨晩、ボードの上に水がこぼれて作動不能になり、夜分新しいのに替えてもらいようやく正常に作動できました。更新が遅れて申し訳ありませんでした。

不十分ながら更新いたします。

 

〔短歌〕

「へだてなき もの云ひかはし 街人等

        雪かきをせり 朝日の中に」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「吹くたびに 緑まさりて 七日粥」小沢初江

〔和歌〕

「をく霜は 閨までとおる 明けがたの

        枕にちかき かりのひと声」

          藤原為基朝臣・風雅764

「置く霜の冷たさは、寝室までしんしんと冷え通るような明方、寝覚めの枕の耳もとで聞えるような、雁の一声よ。」

 

*『平家物語』を読む。

「聖主臨幸」(せいしゅりんかう)の段、

 都は平家の放った火によって、一瞬にして焼野原と化した。当時、都に留め置かれていた畠山・小山田・宇都宮らはこの際切られるはずのところ、郷里に送還されることになったについては涙を流して感激した。

「忠度都落」(ただのりのみやこおち)の段、

「薩摩守忠度は、いづくよりや帰られたりけん、侍五騎、童一人、わが身共に七騎取って返し、五条三位俊成卿の宿所におはしてみ給へば、門戸をとぢて開かず。

(つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・奈良に向かう汽車の中にて〉

「かたむきて うちねむりゆく あきのよの

         ゆめにもたたす わがほとけたち」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

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2013年1月 6日 (日)

般若寺 水仙花だより  1・6

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:12月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*春の準備で先ずは土づくりから始めました。しかし朝方は土も凍りついて石のように固くなっていてスコップも歯が立ちません。お昼近くなって土が柔らかくなってから再開。

単純な肉体労働です。足でスコップを思い切り差し込み、土を持ち上げ裏返します。重いです。土の中から石ころを取出し、笹やツルの根を抜き取ります。足、腰、腕を使う全身運動ですから、冬場の体力づくりにもなり一石二鳥です。それにしても土まで凍るとは寒いですね。

 

〔短歌〕

「熊笹の 雪おとす音 ひむがしに

      真日の上りの ややに高かり」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙に 蒼き未明の 来てゐたり」島谷征良

〔和歌〕

「ひとめさへ 霜がれにける やどなれば

         いとどあり明の 月ぞさびしき」

           中務卿具平親王・玉葉912

「草木が霜枯れるだけでなく、訪れる人目さえ、あの古今集の歌のように絶えてしまったすまいだから、一人ここで見る有明の月は淋しいことだなあ。」

・参考 「山里は 冬ぞさびしさ まさりける

     ひとめも草も かれぬと思へば」(古今315、宗于)

 

*『平家物語』を読む。

「維盛都落」の段、

「中門の廊に出て、鎧とッて着、馬ひき寄せさせ、既に乗らんとし給へば、若公姫君走り出でて、父の鎧の袖、草摺に取りつき、〈是はさればいづちとて、わたらせ給ふぞ。我もまいらん。われもゆかん。〉と面々に慕ひ泣き給ふにぞ、うき世のきづなと覚えて、三位中将いとどせんかたなげ(悲しみに堪えない様子)には見えられける。

 さる程に、御弟新三位中将資盛(すけもり)卿・左中将清経・同少将有盛・丹後侍従忠房・備中守師盛兄弟五騎、乗りながら門のうちへ打入り、庭にひかへて、〈行幸は遥かにのびさせ給ひぬらん(遠くの方まで落ちのびなさったでしょう)。いかにや今まで〉と声々に申されければ、三位中将馬にうち乗っていで給ふが、猶ひッかへし、縁のきはへうちよせて(寝殿の縁のそばに馬を寄せて)、弓のはずで御簾をざッとかきあげ、〈是御覧ぜよ、おのおの。おさなき者共があまりにしたひ候を、とかうこしらへをかんと仕る程に、存の外の遅参(参るのが思いの外におくれました)〉との給ひもあへず泣かれければ、庭にひかへ給へる人々皆鎧の袖をぞぬらされける。

 ここに斎藤五、斎藤六とて、兄は十九、弟は十七になる侍あり。三位中将の御馬の左右のみづつき(くつわに手綱をとりつける所で、馬の口の両端からでている)にとりつき、いづくまでも御供仕るべき由申せば、三位中将の給ひけるは、〈をのれらが父斎藤別当北国へくだッし時、汝等が頻りに供せうどいひしか共、〈存ずるむねがあるぞ〉とて、汝らをとどめをき、北国へくだッて遂に討死したりけるは、かかるべかりける事を、ふるい者でかねて知りたりけるにこそ。あの六代をとどめて行くに、心やすう扶持すべき者のなきぞ。ただ理をまげてとどまれ〉との給へば、力をよばず、涙ををさへてとどまりぬ。北の方は、〈としごろ日比是ほど情なかりける人とこそ兼ねてもおもはざりしか〉とて、ふしまろびてぞなかれける。若公姫君女房達は、御簾の外までまろび出でて、人の聞くをもはばからず、声をはかりにぞおめきさけび給ひける。此の声々耳の底にとどまッて、西海のたつ浪のうへ、吹く風の音までも聞く様にこそ思はれけめ。

 平家都を落ち行くに、六波羅・池殿・小松殿・八条・西八条以下、一門の卿相雲客(けいしやううんかく、卿相は公卿、雲客は殿上人)の家々二十余ヶ所、付々の輩の宿所々々、京白河に四五万間の在家、一度に火をかけて皆焼払ふ。

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・たはむれに東京の友に送る〉

「あをによし ならのかしうま たかければ

         まだのらずけり うまはよけれど」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

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2013年1月 5日 (土)

般若寺 水仙花だより  1・5

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:12月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*きょうは「小寒」、寒の入りです。これから節分まで寒中となります。今朝はゆうべの放射冷却現象で冷えこみました。水鉢や防火水槽には厚い氷が張りつめています。

ことしの水仙の花は例年に比べ1週間ほど遅れています。もう見ごろになってもいい頃なのに、まだほんの一、二分咲き程度です。各地の有名な水仙名所もまだニュースに出てきません。どこともこの寒さにやきもきされていることでしょう。

 

〔短歌〕

「枝々の 雪おつる音 あひつげり

      はやき旭に むかへるこの森」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙が 水仙をうつ あらしかな」矢島渚男

〔和歌〕

「しもこほる 竹の葉分に 月さえて」

         庭しづかなる 冬のさよ中」

           今上(光明院)御歌・風雅762

「霜が氷りついている、竹の一葉一葉に月が冷たくさして、庭はしんと静かな、冬の夜半の趣よ。」

・葉分=一枚一枚の葉に配り分ける意。

 

*『平家物語』を読む。

巻第七 「維盛都落」(これもりのみやこおち)の段、

「平家の侍越中次郎兵衛盛嗣(もりつぎ、越中守平盛俊の子)是を承はッておひとどめまいらせんと頻にすすみけるが、人々に制せられてとどまりけり。

 小松三位中将維盛は、日ごろよりおぼしめしまうけられたりけれ共、さしあたッては(妻子と別れる日あろうことを平素から予期してはおられたけれども、いざ直面すると)悲しかりけり。北の方と申すは、故中御門新大納言成親(なりちか)卿の御むすめ也。桃顔露にほころび、紅粉眼に媚をなし、柳髪風にみだるるよそほひ、又人あるべしとも見え給はず。六代御前とて、生年十になり給ふ若公(わかぎみ)、その妹八歳の姫君おはしけり。此人々皆おくれじと慕日給へば、三位中将の給ひけるは、〈日ごろ申しし様に、われは一門に具して西国の方へ落ち行く也。いづくまでも具し奉るべけれ共、道にも敵待つなれば(待つということだから)、心やすう通らん事も有りがたし。たといわれうたれたりと聞き給ふ共、さまなンどかへ給ふ事(尼になるようなこと)はゆめゆめあるべからず。そのゆへは、いかならん人にも見えて、身をもたすけ、おさなき者共をもはぐくみ給ふべし。情けをかくる人もなどかなかるべき〉と、やうやうに慰め給へ共、北の方とかうの返事もし給はず、ひきかづきてぞ伏し給ふ。すでに発たんとし給へば、袖にすがッて、〈都には父もなし、母もなし

捨てられまいらせて後、又誰にかはみゆべきに、いかならん人にも見えよなンど承はるこそうらめしけれ。前世の契りありければ、人こそ憐み給ふ共、又人ごとにしもや情けをかくべき。いづくまでも伴ひ奉り、同じ野原の露とも消え、ひとつ底のみくづともならんとこそ契りしに、さればさ夜の寝覚めの睦言は、皆偽りになりにけり。せめては身ひとつならばいかがせん(私一人のことであるならば、この悲しみもあきらめましょう)、捨てられ奉る身のうさをおもひしッてもとどまりなん(あなたにすてられるわが身の悲しい運命をじっとあきらめて都にとどまりましょう)、幼き者共をば、誰にみゆづり、いかにせよとかおぼしめす。うらめしうもとどめ給ふもの哉〉と、且はうらみ且はしたひ給へば、三位中将の給ひけるは、〈誠に人(あなた)は十三歳、我は十五より見そめ奉り、火の中水の底へもともにいり、ともにしづみ、限りある別路(命に限りのある別れ路、死別)までも、をくれ先だたじとこそ申ししか共、かく心うきありさまにていくさの陣へおもむけば、具足し奉り(あなたをお連れ申して)、ゆくゑもしらぬ旅の空にて憂き目をみせ奉らんもうたてかるべし(感心したことではない)其上今度は用意も候はず。いづくの浦にも心やすう落ついたらば、それよりしてこそむかへに人をもたてまつらめ〉とて、おもひきッてぞたたれける。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・またある日〉

「いにしへに わがこふらくを かうべにこ

         おほさかにこと しずこころなき」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月 4日 (金)

般若寺 水仙花だより  1・4

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:12月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

1月4日、今日が仕事始めのところが多いようです。学校の新学期は来週からでしょう。年の初めで今月は行事が多いです。7日は七草粥、8日は初薬師、5日、10日はえべっさん(恵比寿)、14日は成人の日、若草山の山焼き、16日は初閻魔、18日は初観音、21日は初大師、25日は初文殊、初天神、28日は初不動、そのほか初寅の日には毘沙門天参り、初巳の日には弁財天参りがあります。

 

〔短歌〕

「大雪の よべ降りしかば 家人と

      朝餉に寄りて しみらにしたし」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「咲くままに 水仙畦に 乱れたり」高濱年尾

〔和歌〕

「風のをとの はげしくわたる 梢より

         むら雲さむき 三日月のかげ」

           永福門院・玉葉909

「風の音がはげしく通り過ぎて行く梢の間から、むら雲の中にいかにも寒々と鋭く光る三日月の姿が、見えかくれするよ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第七 「主上都落」の段、

「明れば七月二十五日也。漢天既にひらきて、雲東嶺にたなびき(天の川のかかっている空は早くも明け始め、雲は東山の峰にたなびいて)、あけがたの月しろくさえて、鶏鳴又いそがはし。夢に堕にかかる事はみず。一とせ都うつりとて俄にあはたたしかりしは、かかるべかりける先表(ぜんべう、前兆。前ぶれ。)共今こそおもひしられけれ。

 摂政殿(藤原基通)も行幸に供奉して御出(ごしゅつ)なりけるが、七条大宮にてびんづらゆひたる童子(古代の男子の髪の結い方、この童子は春日神社の使である)の御車の前をつッと走りとおるを御覧ずれば、彼の童子の左の袂に、春の日といふ文字あらはれたる。春の日とかいてはかすがとよめば、法相擁護(ほっそうおうご、興福寺の法相宗を守る)の春日大明神、大職冠(たいしょくはん、中臣鎌足)の御末をまもらせ給ひけりと、たのもしうおぼしめすところに、件の童子の声とおぼしくて、

 〈いかにせん 藤のすゑ葉の かれゆくを

ただ春の日に まかせてやみん〉

(藤の末葉、即ち藤原氏の子孫が離れて行く〔離れと枯れをかける〕のをどうしたものだろう。春の日、即ち春日の神〔藤原氏の氏神〕にまかせてもらえないだろうか)

 御供に候進藤左衛門尉高直(たかなふ)ちかうめして、〈つらつら事のていを案ずるに、行幸はなれ共御幸もならず。ゆく末たのもしからずおぼしめすはいかに〉と仰せければ、御牛飼に目を見あはせたり。やがて心得て御車をやりかへし、大宮をのぼりに、飛ぶが如くにつかまつる。北山の辺知足院へ入らせ給ふ。」

 (この段終わり

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈南京余唱・またある日〉

「あまごもる ならのやどりに おそひきて

さけくみかはす ふるきともかな」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年1月 3日 (木)

般若寺 水仙花だより  1・3

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:12月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*新春を迎え年の初めにすることを、「初〇〇」、「〇〇初め」と言います。初詣から始まって初夢、初日の出、初湯、初笑い、掃初め、書初め、初売り、初荷、初釜、初稽古、などたくさんあります。寺でも、初護摩、初薬師、初観音、初不動などと言います。新年は心もあらたまって新鮮な境地で仏様に向き合えます。今年はお天気がいいので御参詣の方は多いです。

 

〔短歌〕

「ひろびろと 雪晴れわたり 空あをし

        きららけきかもよ 今朝の旭子」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙や 日は中空に かかりたる」高濱虚子

〔和歌〕

「秋見しは おれとばかりの 萩がえに

        霜のくち葉ぞ ひとは残れる」

          徽安門院一条・風雅759

「秋見たのはこれだったのだろうか、と疑われるばかりの、すがれ果てた萩の枝に、霜に当たって朽ちた葉がたった一葉だけ、わずかに残っている。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第七 「主上都落」の段、

「 さる程に、法皇都の内にもわたらせ給はずと申す程こそありけれ、京中の騒動なのめならず(申すや否や、京中の騒ぎは一通りではなくなった)。況や平家の人々のあはてさはがれけるありさま、家々に敵の打入りたり共、かぎりあれば、是には過ぎじとぞ見えし。日ごろは平家院をも内をもとりまいらせて、西国の方へ御幸行幸をもなし奉らんと支度せられたりしに、かく打ち捨てさせ給ひぬれば(法皇がこのように平家をお捨てになってしまったので)、たのむ木のもとに雨のたまらぬ心地ぞせられける。〈さりとては(それでも)行幸ばかりなり共なしまいらせよ〉とて、卯の剋(午前六時)ばかりに既に行幸の御輿よせたりけらば、主上は今年六歳、いまだいとけなうましませば、なに心もなうめされけり。国母建礼門院御同輿にまいらせ給ふ。内侍所(ないしどころ)、神璽、宝剣(神鏡以下の三種の神器)わたし奉る。〈印鑰(ゐんやく、天子の正印と諸司の蔵の鍵)、時札(ときのふだ、清涼殿の小庭に立てて時刻を知らせたもの)、玄上、鈴鹿(げんじやう、すずか、玄上は琵琶、鈴鹿は和琴の名で、ともに皇室に伝わっている名器)なンどもとり具せよ〉と平大納言下知せらせけれども、あまりにあはてさはいでとりおとす物ぞおほかりける。日の御座御剣(ござのぎょけん、清涼殿の昼御座[ひのおまし]に置かれてあった剣)なンどもとりわすれさせ給ひけり。やがてこの時忠卿、内蔵頭信基、讃岐中将時実三人ばかりぞ、衣冠にて供奉せられける。近衛づかさ、御綱のすけ、甲冑をよろい弓箭を帯して供奉せらる。七条を西へ、朱雀を南へ行幸なる。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈観仏三昧 三月堂にて〉

「びしやもんの おもきかかとに まろびふす

          おにのもだえも ちとせへにけむ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年1月 2日 (水)

般若寺 水仙花だより  1・2

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:12月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*お天気にめぐまれたお正月です。お参りに来られる皆さまもさわやかな笑顔の方が多いです。おみくじやお守りを賜ばっておられる方々の真剣なまなざしには、今年に何かかけておられる決意の様子がうかがえます。新年の無事安穏であらんことを祈ります。

 

〔短歌〕

「日の出前 厚くつもれる 雪に向き

       部屋の障子の 明かるしずもり」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙を 遠ざかるとき 近づく香」稲畑汀子

〔和歌〕

「山がつの あさけのこやに たくしばの

        しばしとみれば 暮るる空哉」

          前中納言定家・玉葉908

「山人が、朝早く小屋で焚いている柴の煙のために、暫くの間曇っているのだな、と思っているうちに、(冬の日は短く)早くも暮れて行く空よ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第七 「主上都落」の段、

「 その夜法皇をば内々平家のとり奉て、都の外へ落行くべしといふ事を聞し召されてやありけん(法皇はお聞きになったのであろう)按察大納言資賢卿(あぜちのだいなごんすけかたのきょう)の子息、右馬頭資時(むまのかみすけとき)ばかり御供にて、ひそかに御所を出でさせ給ひ、鞍馬(天台宗の鞍馬寺がある)へ御幸なる。人是をしらざりけり。平家の侍橘内左衛門尉季康(きちないざえもんのぜうすゑやす)といふ者あり。さかざか(賢々)しきおのこにて、院にも召しつかはれけり。其夜しも法住寺殿に御とのゐして候けるに、つねの御所の方、世にさはがしうざざめきあひて、女房達しのびねになきなンどし給へば、何事やらんと聞くほどに、〈法皇の俄にみえさせ給はぬは。いづ方へ御幸やらん〉といふ声にききなしつ。〈あなあさまし(さあ大変だ)〉とて、やがて六波羅へ馳せまいり、大臣殿に此の由申しければ、〈いで、ひが事でぞあるらん〉との給ひながら、ききもあへず、いそぎ法住持殿へ馳せまいッて見まいらせ給へば、げにみえさせ給はず。御前に候はせ給ふ女房達、二位殿丹後殿以下一人もはたらき給はず(どこに行かれたのか一人も姿が見えない)。〈いかにやいかに〉と申されけれども、〈われこそ御ゆくゑ知り参らせたれ〉と申さるる人一人もおはせず、皆あきれたるよう也けり(途方にくれた有様だった)。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈観仏三昧 東大寺にて〉

「おほてらの ひるのともしび たえずとも 

         いかなるひとか とはにあらめや」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

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般若寺 水仙花だより  1・2

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:12月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*お天気にめぐまれたお正月です。お参りに来られる皆さまもさわやかな笑顔の方が多いです。おみくじやお守りを賜ばっておられる方々の真剣なまなざしには、今年に何かかけておられる決意の様子がうかがえます。新年の無事安穏であらんことを祈ります。

 

〔短歌〕

「日の出前 厚くつもれる 雪に向き

       部屋の障子の 明かるしずもり」

        木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙を 遠ざかるとき 近づく香」稲畑汀子

〔和歌〕

「山がつの あさけのこやに たくしばの

        しばしとみれば 暮るる空哉」

          前中納言定家・玉葉908

「山人が、朝早く小屋で焚いている柴の煙のために、暫くの間曇っているのだな、と思っているうちに、(冬の日は短く)早くも暮れて行く空よ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第七 「主上都落」の段、

「 その夜法皇をば内々平家のとり奉て、都の外へ落行くべしといふ事を聞し召されてやありけん(法皇はお聞きになったのであろう)按察大納言資賢卿(あぜちのだいなごんすけかたのきょう)の子息、右馬頭資時(むまのかみすけとき)ばかり御供にて、ひそかに御所を出でさせ給ひ、鞍馬(天台宗の鞍馬寺がある)へ御幸なる。人是をしらざりけり。平家の侍橘内左衛門尉季康(きちないざえもんのぜうすゑやす)といふ者あり。さかざか(賢々)しきおのこにて、院にも召しつかはれけり。其夜しも法住寺殿に御とのゐして候けるに、つねの御所の方、世にさはがしうざざめきあひて、女房達しのびねになきなンどし給へば、何事やらんと聞くほどに、〈法皇の俄にみえさせ給はぬは。いづ方へ御幸やらん〉といふ声にききなしつ。〈あなあさまし(さあ大変だ)〉とて、やがて六波羅へ馳せまいり、大臣殿に此の由申しければ、〈いで、ひが事でぞあるらん〉との給ひながら、ききもあへず、いそぎ法住持殿へ馳せまいッて見まいらせ給へば、げにみえさせ給はず。御前に候はせ給ふ女房達、二位殿丹後殿以下一人もはたらき給はず(どこに行かれたのか一人も姿が見えない)。〈いかにやいかに〉と申されけれども、〈われこそ御ゆくゑ知り参らせたれ〉と申さるる人一人もおはせず、皆あきれたるよう也けり(途方にくれた有様だった)。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈観仏三昧 東大寺にて〉

「おほてらの ひるのともしび たえずとも 

         いかなるひとか とはにあらめや」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年1月 1日 (火)

般若寺 水仙花だより  1・1

 

◎水仙: ≪咲きはじめ≫ 

・開花:12月中旬~2

・球根の数:1万~2万 

 

*新春おめでとうございます。本年もどうぞよろしくおねがい申し上げます。

今年は「みずのとみ」(癸巳)の年です。仏暦2556年、平成25年、西暦2013年に当たります。

「目出度さも ちう位なり おらが春」小林一茶

朝方はだいぶ冷え込みましたが、まずは穏やかな元旦です。 各地の有名な神社仏閣は初詣でさぞやにぎわっていることでしょう。当寺では除夜の鐘のにぎわいが去り静寂の朝を迎えました。

 

〔短歌〕

「昼の雪 こもらふ部屋の 障子の紙

      しめらに鳴るを ながめてゐるも」

       木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙に 鏡のごとき 塗机」勝本昌子

〔和歌〕

「入あひの ひびきををくる 山風に

        もろき木の葉の をとぞまじれる」

          権大納言公宗・風雅757

「入相の鐘の響をのせて吹いて来る山風の中に、力弱く散り落ちて舞う、木の葉の音がまじって聞える。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第七 「主上都落」の段、

「帝都冥利の地、鶏鳴いて安き事なし。(白氏文集による。帝都は人々が名誉と利益を追う所であって、鶏が鳴く頃から誰もゆっくり休んでいない。)おさまれる世だにもかくの如し。況や乱れたる世にをいてをや。吉野山の奥のおくへも入りなばやとはおぼしけれ共、諸国七道悉くそむきぬ。いづれの浦かおだ(穏)しかるべき。三界無安猶如火宅(さんがいむあんゆにょくはたく、『法華経喩品』三界は安きことなく、なお火宅の如し)とて、如来の金言一乗の妙文なれば、なじかは少しも違ふべき。

 同七月二十四日のさ夜ふけがたに、前内大臣宗盛公、建礼門院のわたらせ給ふ六波羅殿へまいッて申されけるは、〈此の世中のあり様、さりともと存じ候ひつるに、いまはかうにこそ候めれ。ただ都のうちでいかにもならんと、人々は申しあはれ候へども、まのあたり憂き目を見せまいらせんも口惜しく候へば、院をも内をもとりたてまつりて(法皇も天子様をもお連れ申し上げて)、西国の方へ御幸行幸(ごこうぎゃうこう、御幸は法皇、行幸は天皇が行かれること)をもなしまいらせてみばやとこそ思ひなッて候へ〉と申されければ、女院〈今はただともかうも、そこのはからひにてあらんずらめ(あなたの計らい通りにしましょう)〉とて、御衣の御袂にあまる御涙せきあへさせ給はず。大臣(おほい)殿も直衣(なをし)の袖しぼるばかりに見えられけり。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈観仏三昧・昭和十四年十月 十七日東大寺にて〉

「おほてらの ひるのおまへに あぶらつきて

         ひかりかそけき ともしびのかず」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や東大寺、春日山にも近い「中ノ川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である古都の景観と文化財が破壊されます。

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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