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2013年2月16日 (土)

般若寺 水仙花だより  2・16

 

◎水仙: ≪満開≫ 

・開花:2月~3月上旬

今が見ごろです。雪が積れば花が倒れますので

それまでにお越しください。

・球根の数:1万~2万 

 

*晴。きのうは仏教の開祖、お釈迦様が涅槃(御入滅)された日で、釈尊の遺徳を偲び各宗各寺で「涅槃会」(ねはんえ)または「常楽会」(じょうらくえ)が厳修されたことでしょう。日本では飛鳥時代に元興寺で始まり、奈良の興福寺の涅槃会が有名でした。真言宗では「涅槃講式」という声明が唱えられます。これは鎌倉時代、華厳の明恵上人が作られました。原文は漢文ですが、唱えるときは読み下して和文になります。曲節があるので聞いていてもお経というより邦楽の謡のようです。涅槃は梵語で「ニルバーナ」、煩悩が吹き消された状態を言います。涅槃の本質は「常、楽、我、浄」で表されるところから常楽会という名がついています。この涅槃講式に「羅漢講式」「遺跡講式」「舎利講式」を加えて「四座講式」と言います。いずれも明恵上人の御作です。

なお二月十五日は旧暦ですので三月に法要を勤められることも多いです。

 

〔短歌〕

「とく寝ねばや 夕方宿より あふぎつる

          彼の高山を 明日は越えんに」

            木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙の 束抱いて身の 透けてきし」柴田佐知子

〔和歌〕

「野べに出でて 今日ひきつれば 時わかぬ

          松のすゑにも 春はきにけり」

            中務・風雅11

「野原に出て、今日、初日の出に引きぬいて来たのを見れば、季節にかかわらぬ常緑の松の葉先にも、新しい春は来たことだよ。」

・時わかぬ=時節を区別せぬ。松には紅葉・落葉のことがないのでいう。

 

*『平家物語』を読む。

「一二之懸」(いちにのかけ)の段、

「 六日の夜半ばかりまでは、熊谷・平山搦手にぞ候ける。熊谷次郎、子息の小次郎を呼うでいひけるは、〈此手は、悪所をおとさんずる時に、誰さきといふ事もあるまじ(この部隊に居ては、鵯越の悪所を下る時に誰が先駆けということもなくなるだろう)。いざうれ(さあお前)、是より土肥がうけ給てむかうたる(土肥実平が引き受けて進んでいる)播磨路へむかうて、一の谷のまッさきかけう〉どいひければ、小次郎「しかるべう候。直家もかう(この[かう]は今とちがって相手の言うことをさしている)こそ申したう候つれ。さらばやがてよせさせ給へ〉と申す。熊谷〈まことや平山も(たしか平山も)此手にあるぞかし。うちこみのいくさ(大勢で一緒にする戦)このまぬ物也。平山がやう(様子)見てまいれ〉とて、下人をつかはす。案のごとく平山は熊谷よりさきにて出で立ちて、〈人をば知らず、季重にをいては一引きもひくまじゐ物を、ひくまじゐ物を(この季重[自分の事]に限って、戦になったら一歩も引かないぞ)〉とひとり言をぞし居たりける。下人(平山の下人)が馬を飼うとて(馬に草を食わせながら)、〈にッくい馬の長食らいかな〉とて、うちければ、〈かうなせそ、其馬の名ごりも今宵ばかりぞ〉とて、うッたちけり(馬で出発した)。下人走りかへッて、いそぎ此よし告げたりければ、〈さればこそ(思った通りだった)〉とて、やがて是もうち出でけり。熊谷はかちのひたたれ(濃い藍色のよろい直垂)に、あか皮おどしの鎧(あかね[草の名]で染めた革でおどしたよろい)きて、紅のほろ(母衣または保呂と書く。ほろきぬともいう。布製の袋のようなもので、背中に背負って敵の矢を防いだ)をかけ、ごんだ栗毛といふきこゆる名馬にぞのッたりける。小次郎はおもだか(沢潟も葉を模様化したもの)を一しほすッたる(染料の中に一回だけ漬けて着色する)直垂に、ふしなはめの鎧(節縄目、白・薄青・紺の三色を縄を並べたような波状の模様に染めたかわでおどしたよろい)きて、西楼といふ白月毛(しらつきげ、月毛は白に赤褐色がまじった馬の毛色。白月毛は白みの勝った月毛)なる馬にのッたりけり。旗さし(馬に乗ってよろいの背に旗指物[戦陣で目印に用いる小旗]をさした兵士)はきぢん(きくじんともいう。黄色を帯びた青色)の直垂に、小桜を黄にかへいたる鎧(小さな桜を藍の地色から黄色く染め抜いた革でおどしたよろい)きて、黄河原毛(河原毛は白に黄赤が混じった毛色。黄河原毛は黄色の勝った河原毛)なるうまにぞのッたりける。おとさんずる谷をば弓手にみなし、馬手へあゆませゆく程に(義経の一隊が落すであろう絶壁を左手に見ながら、自分は右の方に馬を歩ませていくと)、としごろ人もかよはぬ田井の畑(神戸市須磨区内で、古道が通っていた)といふふる道をへて、一の谷の波うちぎはへぞ出でたりける。一谷ちかく塩屋(神戸市垂水区の海岸で三の谷の西)といふ所に、いまだ夜深かりければ、土肥次郎実平、七千余騎でひかへたり。熊谷は浪うちきはより、夜にまぎれて、そこをつッとうちとほり、一谷の西の木戸口にぞおしよせたる。その時はいまだ敵の方にもしづまりかへッてをともせず。御方一騎もつづかず。熊谷次郎子息小次郎をようでいひけるは、〈我も我もと、先に心をかけたる(一番乗りをねらっている)人々はおほかるらん。心せばう直実ばかりとは思ふべからず。すでによせたれども、いまだ夜のあくるを相待ちて、此辺にもひかへたるらん、いざなのらう〉どて、かいだて(楯を並べて垣のようにしたもの)のきはにあゆませより、大音声をあげて、〈武蔵国住人、熊谷次郎直実、子息小次郎直家、一谷先陣ぞや〉とぞ名のッたる。平家の方には〈よし、音なせそ。敵に馬の足をつからさせよ。矢だねをゐ尽させよ〉とて、あひしらふ(相手になる)ものもなかりけり。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集より、奈良愛惜の歌。

『山光集』

〈大仏讃歌 昭和十八年三月〉

「みほとけの うてなのはすの かがよひに

         うかぶ三千 だいせんせかい」

『鹿鳴集』

〈南京新唱 奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈同 東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈同 東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古都の風景と文化財が破壊されます。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。Img_1703

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