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2013年2月27日 (水)

般若寺 水仙花だより  2・27

 

◎水仙: ≪満開≫ 

・開花:2月~3月初旬

今が見ごろです。

この時期よく雪が降ります。春の雪は重いので

積れば花が倒れてしまいます。

お早目にお越しください。

・球根の数:1万~2万 

 

*雨。お昼頃上がるそうです。この雨は春をよぶ雨で今日は暖かいです。

道端の草の葉が日に日に大きくなってきました。梅の花がやっと咲いてきました。椿もこれからです。春は草木や昆虫が動き出し、身の回りでも自然の変化がよくわかる季節です。

 

〔短歌〕

「落葉松(からまつ)の 山をくだりて 水ひかる

      高原に出づ やや頭痛する」

        木下利玄・銀

〔俳句〕

「水仙花 しらみ初めたる 岬空」穴澤光江

〔和歌〕

「松の雪 消えぬやいづこ 春の色に

       都の野べは 霞みゆく比」

         前中納言定家・玉葉20

「古歌にいう、松に積った雪が消えない深山というのは一体どこの事だろう。やわらかい春の色調に、都の野辺が一面に霞んで行くこの頃よ。」

・参考:「み山には 松の雪だに 消えなくに

     都は野べの 若菜つみけり」(古今集19・読人しらず)

 

*『平家物語』を読む。

巻第九 「重衡生捕」(しげひらいけどり)の段、

「 本三位中将重衡卿(ほんざんゐ[]のちうじやうしげひらのきやう、清盛の五男、知盛の弟、母は時子、この時二十七歳)は、生田の森の副将軍にておはしけるが、其勢みな落ちうせて、只主従二騎になりたまふ。三位(の)中将其日の装束(しやうぞく)には、かち(褐)にしろう黄なる糸をもッて、むら(群)千鳥ぬうたる直垂(濃い藍色に黄色の糸でむら千鳥を鮮やかに刺繍したよろいひたたれ)に、紫すそご(裾濃)のよろいきて、童子鹿毛といふきこゆる名馬にのり給へり。めのと子(乳母の子)の後藤兵衛盛長(もりなが)は、しげ(滋)目ゆい(目結[めゆい]を細かくした絞り染め。目結は白い斑点をいくつも染め抜いた染め方で、鹿子絞[かのこしぼり]ともいう)の直垂に、ひ(緋)おどしの鎧きて、三位(の)中将の秘蔵せられたりける夜目なし月毛にのせられたり。梶原源太景季(かげすえ)・庄(の)四郎高家(たかいえ、児玉党の庄氏、忠家の弟)、大将軍と目をかけ、鞭あぶみをあはせておッかけたてまつる。汀にはたすけ(助)舟いくらもありけれども、うしろより敵(かたき)はおッかけたり、のがるべきひまもなかりければ、湊河(神戸市長田区で海に注ぐ川。この付近に当時戦死した平家の武士の墓が多い)・かるも河(神戸市長田区を流れる細流)をもうちわたり、蓮の池(長田区にあった池)をば馬手(めて、右手)にみて、駒の林を弓手(ゆんで。左手)になし、板屋ど(いたやど、須磨区内に板宿の町名あり)・須磨をもうちすぎて、西をさいてぞ落ちたまふ。究竟(くッきやう)の名馬にはのり給へり、もみふせたる馬共(走り疲らされた源氏の馬ども)おッつくべしともおぼえず、ただのびにのびければ(やたらに距離が隔たるものだから)、梶原源太景季、あぶみふンばり立ちあがり、もしやと遠矢によッぴいてゐたりけるに、三位中将馬のさうづ(三頭)をのぶか(箆深)にゐさせて(後足の上部の骨に矢を深く射られて)、よはるところに、後藤兵衛盛長、わが馬めされなんずとや思ひけん、鞭をあげてぞ落ち行きける。三位中将是をみて、〈いかに盛長、何来(としごろ)日ごろさはちぎらざりしものを(そのような契りではなかったではないか)。我を捨てていづくへゆくぞ〉との給へ共、空(そら)きかずして(わざと聞かないふりをして)、鎧につけたるあかじるし(赤印、平家のしるし)かなぐりすて、ただにげにこそ逃げたりけれ。三位中将敵は近づく、馬はよはし、海へうちい(入)れ給ひたりけれ共、そこしもとをあさにて(そこがよりによって遠浅で)しづむべきやうもなかりければ、馬よりおり、鎧のうは(上)帯(よろいの上にまとう帯)きり、たかひも(よろいの胸板についていて、よろいを肩に釣る紐)はづし、物具(もののぐ、甲冑、具足)ぬぎすて、腹をきらんとし給ふところに、梶原よりさきに庄四郎高家、鞭あぶみをあはせて馳せ来たり、いそぎ馬より飛びおり、〈まさなう候(自害してはいけません)、いづくまでも御共仕(おんともつかまつ)らん〉とて、我馬にかきのせたてまつり、鞍のまへわ(前輪、人がまたがる所の前が高くなった部分)にしめつけ、わが身はのりかへに乗ッてぞかへりける、

 後藤兵衛はいきながき究竟の馬にはのッたりけり、そこをばなく逃げのびて、後には熊野法師、尾中(おなかの)法橋(ほつきやう)をたのんでゐたりけるが、法橋死して後、後家の尼公(にこう)訴訟のため京へのぼりたりけるに、盛長とも(供)してのぼッたりければ、三位中将のめのと子にて、上下にはおほく見しられたり。〈あなむざん(無慚)の盛長や(ああ恥知らずの盛長だ)、さしも不便(ふびん)にし給ひしに(重衡があんなに可愛がっておられたのに)、一所でいかにもならずして(命を捨てることをせず)、思ひもかけぬ(われわれの考えもしなかった)尼公の共したるにくさよ〉とて、つまはじきをしければ(非難の意を表わしたものだから)、盛長もさすがにはづかしげにて、扇をかほにかざしけるとぞ聞えし。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈鐘楼 昭和十八年三月〉

 三月十四日二三子とともに東大寺に詣づ客殿の廊下より望めば焼きて日なほ浅き嫩草山の根わづかに青みそめ陽光やうやく熙々たらむとすれども梢をわたる野風なほ襟に冷かにしてかの洪鐘の声また聞くべからずことに寂寞の感ありよりて鐘楼に到り頭上にかかれる撞木を撫しつつこの歌を作る

「ひびきなく かかるこのかね みほとけの

         おほきこわねと きくべきものを」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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