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2013年2月22日 (金)

般若寺 水仙花だより  2・22

 

◎水仙: ≪満開≫ 

・開花:2月~3月初旬

今が見ごろです。

雪が積れば花が倒れてしまいますので

それまでにお越しください。

・球根の数:1万~2万 

 

*晴。今日は朝九時から「奈良ボランティアガイドの会」の皆さまが境内の整美作業にこられます。昨年に続いてのご奉仕です。予定では15名の方がご参加です。庭の整美といってもまだ草も生えていないので、コスモスの苗床づくりをしていただこうかと考えています。約千鉢のプランターを駐車場に並べる作業です。これは少人数では辛い仕事ですが、大勢でやれば半日もあれば出来ます。寒い時期でも暖かくなります。

少しずつ春に向かっての準備ができてていきます。

 

〔短歌〕

「燈籠に ほのあかるめる 石だたみ

       ふみふみあゆみ 宵宮をめぐる」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙の 琴線を張り つむるかな」安達風越

〔和歌〕

「ゆふづくひ かすむすゑのに 行く人の

         すげのわがさに 春風ぞ吹く」

           順徳院御歌・風雅25

「傾く夕日が霞んで見える野の果てを、はるかに行く人の菅笠に、春風が吹いているよ。」

・すゑの=遠く続く野。

・参考歌:「三室山 紅葉散るらし 旅人の 

     菅の小笠に 錦織りかく」(金葉集263・経信)

 

*『平家物語』を読む。

「坂落」の段、

「 御曹司(義経)城郭遥かに見わたいておはしけるが、〈馬共おといてみん〉とて、鞍をおき馬をおいおとす。或は足をうちおッて、ころんでおつ、或はさうゐ(相違)なく(無事に)落ちて行くもあり。鞍をき馬三疋、越中前司が屋形(仮の宿所、当時の城では仮屋程度のもので寝起きしていた)のうへに落ちつゐて、身震いしてぞ立ちたりける。御曹司是を見て〈馬共はぬしぬしが心得ておとさうにはそんずまじゐぞ(それぞれの持ち主が注意して下りさせるならばけがはしまいぞ)。くはおとせ(そら落せ)、義経を手本にせよ〉とて、まづ三十騎ばかり、まッさきかけておとされけり(最初に三十騎ほど、その中でも義経がまっ先を駈けてお落しになった)。大勢みなつづゐておとす。後陣におとす人々のあぶみのはな(先端)は、先陣の鎧甲にあたる程なり。小石まじりのすなごなれば、ながれおとしに二町ばかりざッとおといて(人を乗せた馬がその崖を流れるように二丁程ざーっとすべり下りて)、壇なるところにひかへたり(途中で一段平らになっている所で一息ついた)。それよりしもをみくだせば、大磐石の苔むしたるが、つるべ落としに(釣瓶を落とすように、垂直に)十四五丈ぞくだッたる。兵共ここぞ最後と申して(兵士らはいよいよ最後だと言って)あきれてひかへたるところに(途方にくれて止まっていると)、佐原十郎義連(よしつら)すすみ出て申しけるは、〈三浦の方で我等は鳥ひとつ立てても(鳥一羽を追うのにでも)、朝夕かやうの所をこそはせありけ(こういう所ばかり駈け歩いて、平地なんか歩かないよ)。三浦の方の馬場や〉とて、まッさきかけておとしければ、兵共みなつづゐておとす。ゑいゑい声をしのびにして(えいえいという掛け声を忍び声にして)、馬に力をつけておとす。余りのいぶせさに(あまり気持ちが悪いので)、目をふさいでぞおとしける。大方人のしわざとは見えず(人間わざとはまったく思われない)。ただ鬼神の所為とぞみえたりける。おとしもはてねば(下り終わらないうちから)、時をどッとつくる。三千余騎が声なれど、山びここたへて十万余騎とぞ聞こえける。村上の判官代康国(やすくに)が手より火を出し、平家の屋形、かり屋をみな焼払ふ。折節風ははげしし(丁度その時は風は烈しかったし)、くろ煙おしかくれば、平氏の軍兵共余りにあはてさはいで(周章狼狽して)、若しや助かると前の海へぞおほく馳せいりける。汀にはまうけ船(予備の船)いくらもありけれども、われさきに乗らうど、舟一艘には物具したる者共が四五百人、千人ばかり込み乗らうに、なじかはよかるべき(ぎっしり乗って行こうというのでは、どうしてよかろうか)。汀よりわづかに三町ばかろおしい出ひて、目のまへに大船三艘しづみにけり。其の後は〈よき人(身分のよい人)をばのす共、雑人共をばのすべからず〉とて、太刀長刀で薙がせけり。かくする事とはしりながら、のせじとする船に取りつき、つかみつき、或は腕うちきられ、或は肘うちおとされて、一谷の汀にあけ(朱)になッてぞなみふし(並伏)したる。能登守教経は、度々のいくさに一度も不覚せぬ人の(思わぬ失敗をしなかった人だが。[][にもかかわらず]の意)、今度はいかがおもはれけん、うす黒といふ馬にのり、西を指いてぞ落ち給ふ。播磨国明石浦より船に乗って、讃岐の八嶋へわたり給ひぬ。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集より、奈良愛惜の歌。

『山光集』

〈大仏讃歌 昭和十八年三月〉

「あまぎらす みてらのいらか あさにけに

         をちかたびとの かすみとやみむ」

『鹿鳴集』

〈南京新唱 奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈同 東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈同 東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古都の風景と文化財が破壊されます。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。Img_1983

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