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2013年2月12日 (火)

般若寺 水仙花だより  2・12

 

◎水仙: ≪見ごろ:八分咲き≫ 

・開花:2月~3月上旬

寒さのため開花が遅れました。

今が見ごろです。

・球根の数:1万~2万 

 

*連休は良いお天気にめぐまれ、当寺は水仙の花を観賞する参詣者でにぎわいました。今年はなかなか咲かなかったのですがようやく見ごろとなりました。いま境内には花の香りがただよっています。石ぼとけさまが花に囲まれほほえんでおられます。夕方まではお天気も持ちそうですが夜には雨です。

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

        こさめなかるる はるはきにけり」八一

 

〔短歌〕

「このままに 真冬をとほす 常盤木の

         葉は青ぐろく ぢぢむさくあるも」

           木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙の 香りが留守の 家守る」柴田正子

〔和歌〕

「ここのへや 玉しく庭に むらさきの

         袖をつらぬる 千代の初春」

           皇太后宮大夫俊成・風雅2

「ここ、宮中では。球を敷きつめたような美しい庭に、紫色の位袍の袖を連ねて公卿殿上人が立ち並んでいる。それこそは千年も変わらない初春の、めでたい光景だ。」

・ここのへ=九重。宮中。皇居。

・むらさきの袖=束帯の袍の袖。衣服令により、古く一位深紫、二・三位朝紫、四位深緋以下の位袍の定めがあったが、10世紀末頃から、四位以上は紫になぞらえて黒を用いるように変化した。これを文飾としては「紫の袖」という。

 

*『平家物語』を読む。

「三草合戦」(みくさがつせん)の段、

 三草山の西には資盛(すけもり)が三千余騎を率いて陣取っていたが、義経はただちに夜討ちによって打ち破った。

「 平家の方にはその夜夜討に寄せんずるをば知らずして、〈いくさは定めて明日のいくさであらんずらん。いくさにもねぶ(眠)たいは大事のことぞ。よう寝ていくさせよ〉とて、先陣はをのづから用心するもありけれども、後陣のもの共、或は甲を枕にし、或は鎧の袖・ゑびらなどをまくらにして、前後もしらずぞふしたりける。夜半ばかり、源氏一万騎おしよせて、時をどッとつくる。平家の方にはあまりにあはてさはいで、弓とるものは矢をしらず、矢をとるものは弓をしらず、馬にあてられじと、なかをあけてぞとほしける(敵の馬に蹴られまいとして、中を開けて馬を通した)。源氏は落ち行くかたきをあそこにおッかけ、ここにおッつめせめければ、平氏の軍兵やにわに五百余騎うたれぬ。手おふものどもおほかりけり。大将軍小松の新三位中将・同少将・丹後侍従、面目なうや思はれけん、播磨国高砂より船にのッて、讃岐の八嶋へ渡り給ひぬ。備中守は平内兵衛・海老次郎を召し具して、一谷へぞまいられける。」

「老馬」(らうば)の段、

「 大臣殿は安芸右馬助能行(よしゆき)を使者で、平家の君達(きんだち)のかたがたへ、〈九郎義経こそ三草の手を責めおと(落)ひて、すでにみだれ入り候なれ。山の手は大事に候。おのおの向かはれ候へ。〉との給ひければ、みな辞し申されけり。能登殿(能登守教経)のもとへ〈たびたびの事で候へども、御へん向かはれ候ひなんや〉との給ひつかはされたりければ、能登殿の返事には、〈いくさをばわが身ひとつの大事ぞと思ふてこそよう候へ(戦というものは、我が身にとっての一大事だと真剣に考えて、初めて立派になしとげられるのです)。かり(狩)すなどり(漁)なンどのやうに、足だち(足の立つ所、足場)のよからう方へは向かはん、悪しからう方へは向かはじなンど候はんには、いくさに勝つ事よも候はじ。いくたびでも候へ、こはからう方(手ごわい方)へは教経うけ給はッてむかひ候はん。一方ばかりはうちやぶり候べし。御心やすうおぼしめされ候へ〉と、たのもしげにぞ申されける。大臣殿なのめならず悦びて、越中前司盛俊を先として、能登殿に一万余騎をぞつけられける。兄の越前三位通盛卿あひぐして山の手をぞかため給ふ。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集より、奈良愛惜の歌。

『山光集』

〈歌碑 昭和十七年四月〉

「いしぶみに きざめるうたは みほとけの

         にはにはべりて のちのよもみむ」

『鹿鳴集』

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古都の風景と文化財が破壊されます。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。Img_1638

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