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2013年2月24日 (日)

般若寺 水仙花だより  2・24

 

◎水仙: ≪満開≫ 

・開花:2月~3月初旬

今が見ごろです。

春雪が積れば花が倒れてしまいますので

お早目のお越しをおすすめします。

・球根の数:1万~2万 

 

*曇り、けさは薄氷でした。

最近、当寺で発行している般若寺に関する史料が人気を呼んでいます。大塔宮の『般若寺の御危難』、これは大正7年に作られ尋常小学校で使われた教科書の一節です。次は重要文化財の「笠卒塔婆」に刻まれた宋人石工、伊行末と子息行吉の事績を記した『笠塔婆銘文解読』。そして平安時代の末に起こった平家による南都焼き討ち事件を語る『平家物語・奈良炎上の段』で、本文に註を加えたものです。この三種はコピー代の30円、50円でお分けしています。さらにもう一つはお能の台本ともいえる『謡曲、笠卒塔婆』です。南都を炎上させた平重衡の亡霊が主役になっています。余り上演されることはないので大変珍しいと思います。こちらは紙が12枚ですので100円頂戴しています。日に数部程度の普及ですが、皆さまに般若寺、奈良、そして日本の歴史や伝統文化を御理解していただく一助になれば、と思い作りました。これからも新たな史料を増やしていきます。これらはすべて本ブログで書いたものをもとにしています。

 

〔短歌〕

「日のくれの 冬空映す お濠水

        風に皺めり さむけし寒けし」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙の 香を囲む距離 ありにけり」稲畑汀子

〔和歌〕

「ゆふぐれの 霞のきはに とぶ鳥の」

         つばさも春の 色にのどけき

           伏見院御歌・風雅26

「夕暮の、たなびく霞と空の境い目のあたりを飛ぶ鳥の翼も、いかにも春らしいやわらかな色合いを見せて、まことにのどかなことだ。」

・霞のきは=霞の際。層をなしてたなびく霞の色と空の色との接点。

 

*『平家物語』を読む。

「越中前司最期」の段、

「〈武蔵国住人、猪俣小平六則綱〉となのる。〈つらつら此の世間(よのなか)のありさまをみるに、源氏の御方(おんかた)は強く、平家の御方は負け色に見えさせ給ひたり。今は主の世にましまさばこそ(現に主君が世に栄えていて初めて)、敵のくびとッてまいらせて、勲功勧賞にもあづかり給はめ。理をまげて則綱たすけ給へ。御へんの一門なん十人もおはせよ(たとえ何十人おられようとも)、則綱が勲功の賞に申しかへて(あなた方の助命を私の勲功の賞を願い出ることに代えて)たすけ奉らん〉といひければ、越中前司大きにいかッて、〈盛俊身こそ不肖なれ共、さすが平家の一門なり。源氏たのまうどは思はず。源氏又盛俊にたのまれうどもよもおもはじ(源氏に属する貴殿も、平家であるこの私から助命を頼まれようとはまさか思うまい)。にッくい君が申し様哉〉とて、やがて頸をかかんとしければ、猪俣〈まさなや(けしからん)、降人の頸かくやうや候(首を切るという法がありますか)〉。越中前司〈さらばたすけむ〉とてひきおこす。まへは畠のやうにひあがッて、きはめてかたかりけるが、うしろは水田のごみ(泥水)深かりけるくろ(畔)のうへに、二人の者共腰うちかけていきづきゐたり。

 しばしあッて、黒革威の鎧きて月毛なる馬にのッたる武者一騎はせ来る。越中前司あやしげにみければ、〈あれは則綱が親しう候人見四郎と申す者で候。則綱が候をみてまうでくる(やってくる)と覚え候。くるしう候まじ〉といひながら、あれがちかづいたらん時に、越中前司にくんだらば、さり共おちあはんずらん(何ぼ何でも、一緒になってかせいしてくれるだろう)とおもひて待つところに、いち段ばかり近づいたり。越中前司初めはふたりを一目づつ見けるが、次第にちかうなりければ、馳せ来る敵をはたとまもッて(ぐっとにらみつけて)、猪俣をみぬひまに、ちから足をふんでつゐ立ちあがり、ゑいといひてもろ手をもッて、越中前司が鎧の胸板(よろいの胴の前面の最上部)をばぐッとつゐて、うしろの水田へのけに突きたをす(仰向けに突き倒した)。おきあがらんとする所に、猪俣うへにむずと乗りかかり、やがて越中前司が腰の刀をぬき、鎧の草摺ひきあげて、つかもこぶしもとおれとおれと三刀さいて頸をとる。さる程に人見四郎おちあふたり。か様の時は論ずる事もありと思ひ(人見四郎との間に功名争いがおこることもあろうかと思い)、太刀のさきに貫き、高くさし上げ、大音声をあげて、〈此の日ごろ鬼神と聞えつる平家の侍越中前司盛俊をば、猪俣小平六則綱がうッたるぞや〉となのッて、其日の高名の一の筆にぞ付きにける(筆頭に記録してもらった)。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集より、奈良愛惜の歌。

『山光集』

〈鐘楼 昭和十八年三月〉

 三月十四日二三子とともに東大寺に詣づ客殿の廊下より望めば焼きて日なほ浅き嫩草山の根わづかに青みそめ陽光やうやく熙々たらむとすれども梢をわたる野風なほ襟に冷かにしてかの洪鐘の声また聞くべからずことに寂寞の感ありよりて鐘楼に到り頭上にかかれる撞木を撫しつつこの歌を作る

「なつきそと かかれるかねを あふぎみて

         うでさしのべつ なにすともなく」

『鹿鳴集』

〈南京新唱 奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈同 東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈同 東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古都の風景と文化財が破壊されます。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。Img_2013

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