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2013年2月 2日 (土)

般若寺 水仙花だより  2・2

 

◎水仙: ≪三分咲き≫ 

・開花:2月~3月上旬

今年は寒さのため一か月ほど遅れています。

・球根の数:1万~2万 

 

*昨夜の雨も上がり今朝は温い朝となりました。前日に比べ10度ほど高い気温です。先ほどの気象情報では、暖かい南風が入り、三月下旬から四月上旬の気候となっているそうです。

 水仙の花は昨日から三分咲きになっていますが、この春の陽気で一気に見ごろから満開へと進みそうです。ロウバイは花開き、梅の莟もふくらんできました。福寿草やフキノトウもつぼみをつけだしました。みんな春を待ちかねていたのでしょう。自然界に誘われるように人間も動きが活発になっています。

 

〔短歌〕

「汽車に寝て 三河あたりか 大霜に

        早出の百姓 道ゆくが見ゆ」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「水仙の 凍れる花に 夜明けたり」伊丹さち子

〔和歌〕

「ささの葉の うへばかりには ふりをけど

         道もかくれぬ 野べのうす雪」

           藤原朝定・風雅815

「笹の葉の上だけには降り置いているけれど、道もかくれない程度の、ほのかな野の薄雪よ。」

 

*『平家物語』を読む。

「河原合戦」の段、

「 大将軍九郎義経、軍兵共にいくさをばせさせ、院御所のおぼつかなきに(法皇の御所が心配になるので)、主語し奉らんとて、まづ我身ともにひた甲(よろいかぶとに身を固めること)五六騎、六条殿へ馳せまいる。御所には大膳大夫成忠、御所の東の築垣の上にのぼッて、わななくわななくみまはせば、しら旗ざッとさしあげ、武士ども五六騎のけかぶとにたたかいなッて(かぶとが後ろに傾くこと。敵と戦う時にはこの反対に前に傾けて身を守る姿勢をとる。ここは奮戦したそのままの姿でとりあえず駈けつけた状況)、射向けの袖(よろいの左の袖)ふきなびかせ、くろ煙けたててはせまいる。成忠〈又木曽がまいり候。あなあさまし(さあ大変だ)と申しければ、今度ぞ世のうせはてとて、君も臣もさはがせ給ふ。成忠かさねて申しけるは、〈只今はせまいる武士どもは、笠印のかはッて候。今日都へ入る東国の勢と覚え候〉と、申しもはてねば、九郎義経門前へ馳せまいッて、馬よりおり、門をたたかせ、大音声をあげて、〈東国より前兵衛佐頼朝が舎弟、九郎義経こそまいッて候へ。あけさせ給へ〉と申しければ、成忠あまりのうれしさに、つゐ垣よりいそぎおどりおるるとて、腰をつき損じたりけれども(腰を地につけ損じて)、いたさはうれしさにまぎれておぼえず(痛さを感じなかった)、は(這)うはうまいッて此の由奏聞しければ、法皇大きに御感あッて(感心の意を表して)、やがて門を開かせて入れられけり。」

 九郎義経其日の装束には、赤地の錦の直垂(ひたたれ)に、紫すそごの鎧きて、鍬形うッたる甲(鍬形はかぶとの前立[まえだて]の一種。かぶとの眉庇[まびさし]の上から角のように突き出たもの。)の緒しめ、黄金づくりの太刀をはき、きりう(切斑、矢の羽で、白に数条の黒い斑紋のあるもの)の矢おひ、しげ藤の弓の鳥打(とりうち、弓の中程から少し下の左手で握るところ)を、紙をひろさ一寸ばかりにきッて、左まきにぞまいたりける。今日の大将軍のしるしとぞみえし。法皇は中門の連子より叡覧あッて、〈ゆゆしげなるもの共哉(頼もしそうな者どもだな)。みな名乗らせよ〉と仰せければ、まづ大将軍九郎義経、次に安田三郎義定、畠山庄司次郎重忠、梶原源太景季、佐々木四郎高綱、渋谷馬允重資とこそ名のッたれ。義経具して、武士は六人、鎧はいろいろなりけれども(よろいのおどしは様々な色であるが)、つらだましゐ(面魂、強い精神が現れた顔つき)事がら(骨柄)いづれもおとらず。大膳大夫成忠仰せを承って、九郎義経を大床(おほゆか、寝殿造の庇間の広いもの)のきはへ召して、合戦の次第をくはしく御尋ねあれば、義経かしこまッて申しけるは、〈義仲が謀反の事、頼朝大きにおどろき、範頼・義経をはじめとして、むねとの(主だった)兵物(つはもの)三十余人、其勢六万余騎をまいらせ候。範頼は勢田よりまはり候が、いまだまいり候はず。義経は宇治の手(手は一方面の軍隊)を攻めおといて、まづ此の御所守護のために馳せ参じて候。義仲は河原をのぼりに(賀茂河原を北に行って)落ち候つるを、兵物(つはもの)共におはせ候ひつれば(追討をいいつけましたから)、今は定めてうッとり候ひぬらん〉と、いと事もなげにぞ申したる。」

(つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈山光集・観音院 東大寺観音院にいたり

前住稲垣僧正をおもふ〉

「てらにはの ひるはしづけし みづみてて

         いしにすゑたる みんげいのかめ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古都の風景と文化財が破壊されます。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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