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2013年3月

2013年3月31日 (日)

般若寺 春の花だより  3・31

[般若寺 春の花だより]

 

《今咲いている花》

・わびすけ、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・桜、椿、桃:≪満開≫3月末~4月初め

・山吹、利休梅:≪咲きはじめ≫3月末~4月中旬

《これから咲く花》

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*弥生、三月も今日で終わります。桜の花は満開で、四月はいつごろまで花がもつでしょうか、桜が終わっても当寺では山吹の花が咲き、春を彩ってくれます。

 

「携帯電話基地局(電波タワーの電磁波)問題」⑩

昨日、地主さんである牧場へ行き経過を聞きました。向うの会社から人が来て、鉄塔の撤去をすると言ったそうです。会社の側で工事の段どりがつき次第、ということでいつかは明言しませんが4月中にと答えたそうです。先ずは一安心ですが、確かな文書ではありませんのでまだ警戒は解けません。

午後から、電磁波問題に取り組んでおられるジャーナリストの黒藪哲哉氏とメールの交換をしたあとに、奈良におられる「電磁波・環境関西の会」代表の泉泰通氏が来訪され、いろいろお話をうかがいました。泉さんは京都大学の工学部出身で、荻野晃也先生に教えを享けられたようです。各地の例を話された中に、奈良の西大寺駅前のビルの上に建った基地局を撤去させた話は印象的です。一人の若い女性が自治会長へ日参して危険性を説得し、幼稚園や周りの人を巻き込んでとうとう撤去に成功されたのです。一人でも信念を持って運動すれば、岩をも動かすことができるのです。 私たち宗教人こそ信念を持って先頭に立ってやらねばならないということを、教えていただいたように思います。不惜身命、不退転法輪の覚悟です。

 

〔短歌〕

「朝じめり 藪の接骨木(にはとこ) 芽はおほく

        皮ぬぎてをり ねむごろに見む」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「咲き満ちて こぼるる花も なかりけり」高濱虚子

〔和歌〕

「山桜 この夜のまにや さきぬらし

      朝けの霞 色にたなびく」

        伏見院御製・玉葉136

「山桜は、この一晩の間に、すっかり咲いてしまったらしい。早朝の霞が、今朝は花の色になってたなびいているよ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「海道下」の段、

「 彼宿の長者(遊女のかしら)ゆや(熊野)がむすめ、侍従がもとに其夜は宿せられけり。侍従、三位中将を見たてまッて、〈昔はつてにだに思ひよらざりしに(人づてにだって私の好意をお知らせすることができなかったのに)、けふはかかるところに入らせ給ふ不思議さよ(何と思いがけないことでしょう)〉とて、一首の歌をたてまつる。

〈旅のそらはにふ(埴生)のこやの いぶせさに

ふるさといかに こひしかるらん〉

(御旅行中のこのあばら家のむさ苦しいにつけ、どんなに故郷を恋しくお思いでしょう。)

三位中将返事には、

〈故郷(ふるさと)も恋しくもなし たびの空

宮こもつゐの すみかならねば〉

(旅にある私は故郷が恋しいとも思わない。その都も最後の安住の地ではないのだから)

中将〈やさしうもつかまッたる物かな。この歌のぬしはいかなる物やらん〉と御尋ありければ、景時畏まッて申しけるは、〈君はいまだしろしめされ候はずや。あれこそ(この歌の主こそ)八嶋の大臣殿(おほいどの、平宗盛)当国のかみでわたらせ給ひし時(宗盛は十三歳で平治元年から一か月、駿河守であった)、めされまいらせて(都に召され申し上げて)、御最愛にて候しが、老母をこれにとどめ置き、しきりにいとまを申せども、給はらざりければ、比はやよひのはじめなりけるに、

〈いかにせん 宮この春も おしけれど

なれし吾妻の 花やちるらん〉

(下の句:見なれた東国[駿河国]の花が散るだろうとよんで、裏に馴れ親しんだ老母が死ぬかもしれない意をかくした。)

と仕りて、いとまを給はッてくだりて候し、海道一(東海道一)の名人にて候へ〉とぞ申しける。宮こを出でて日数ふれば、やよひもなか半すぎ、春もすでにくれなんとす。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈法華寺温室懐古〉

「からふろの ゆげのおぼろに ししむらを

         ひとにすはせし ほとけあやしも」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月30日 (土)

般若寺 春の花だより  3・30

[般若寺 春の花だより]

 

《今咲いている花》

・わびすけ、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・桜、椿、桃:≪五分咲き≫3月末~4月初め

・山吹、利休梅:≪咲きはじめ≫3月末~4月中旬

《これから咲く花》

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*昨日、今日は暖かい朝です。今、霜をおそれながらコスモス苗を庭に植え付けています。15センチまで伸びたのもありこれから毎日作業が忙しくなります。

 

「携帯電話基地局(電波タワーの電磁波)問題」⑨

きのうは変化なし。業者の返答がどうなったのかを牧場へ聞きに行くも、留守。また今日行きます。

電磁波問題、電波タワー問題についての書籍を再掲いたします。

『危ない携帯電話―プロブレムQ&A』荻野晃也著、緑風出版発行、2007

『あぶない! あなたのそばの携帯基地局』黒藪哲哉著、花伝社発行、2010

それと昨日手に入れたのは、

『見えない汚染「電磁波」から身を守る』古庄弘枝著、講談社発行、2010

このうち黒藪さんは「MEDIA KOKUSYO」と言うネットジャーナルを主宰されます。そして荻野さんは京都大学で原子核物理学を専攻され教官を勤められ、原子力をはじめ広く環境問題に取り組まれ「電磁波」の危険性を市民に啓蒙し、携帯会社とも戦っておられる頼もしい学者です。一昨日、電磁波問題のネットワークに加盟し、両先生からアドバイスと励ましをいただき、支援を約束していただきました。そして奈良と京都で撃退した実績を持つ方々からも電話があり、副住職が助言を聞いていました。たのもしい助っ人がたくさんできました。いざとなれば携帯業者とも掛け合いましょうと申し出ていただきました。心強く感謝いたします。

電磁波の怖さをもっと市民国民に広めたいです。

 

〔短歌〕

「錨下り 汽船(ふね)はぱつたり おともなし

       すなはち艀 近きよりきたる」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「さまざまの 事おもひ出す 桜かな」松尾芭蕉

〔和歌〕

「みるままに 軒ばの花は さきそひて

         春雨かすむ をちの夕ぐれ」

           永福門院右衛門督・風雅145

「見ているうちに、軒端の花は咲き加わって行って、春雨の中にはるかに遠景は霞んでいる、夕暮の風情よ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻十 「海道下」(かいだうくだり)の段、

「 さる程に、本三位中将をば、鎌倉の前兵衛佐頼朝、しきりに申されければ、〈さらばくださるべし〉とて、土肥次郎実平が手より、まづ九郎御曹司(義経)の宿所へわたしたてまつる。同三月十日、梶原平三景時に具せられて、鎌倉へこそくだられけれ。西国より生捕にせられて宮こへかへるだに口惜しきに、いつしか又関の東へおもむかれけん心のうち、をしはかられて哀れ也。

 四宮河原になりぬれば、ここはむかし、延喜第四の王子蝉丸の関の嵐に心をすまし、琵琶をひき給ひしに、博雅(はくが、源博雅、醍醐天皇の皇孫)の三位と云ひし人、風の風の吹く日もふかぬ日も、雨のふる夜もふらぬ夜も、三とせがあひだ、あゆみをはこび、立ち聞きて、彼の三曲をつたへけんわら屋の床のいにしへも、おもひやられてあはれ也。逢坂山をうちこえて、勢田の唐橋駒もとどろにふみならし、ひばりあがれる野路のさと、志賀の浦浪春かけて、霞にくもる鏡山、比良の髙根を北にして、伊吹の嵩も近づきぬ。心をと(留)むとしなけれども、荒れて中々やさしきは、不破の関屋の板びさし、いかに鳴海の塩ひがた(干潟)、涙に袖はしほれつつ、彼の在原のなにがしの、唐衣きつつなれにしとながめけん、三河の国八つ橋にもなりぬれば、蜘手に物をと哀れ也。浜名の橋をわたり給へば、松の梢に風冴えて、入江にさはぐ浪の音、さらでも旅の物うきに、心をつくす夕まぐれ、池田の宿(古くは天竜川の西岸にあった宿駅)にもつきたまひぬ。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌

〈法華寺温室懐古〉

「ししむらは ほねもあらはに とろろぎて

         ながるるうみを すひにけらしも」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

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2013年3月29日 (金)

般若寺 春の花だより  3・29

[般若寺 春の花だより]

 

《今咲いている花》

・わびすけ、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・桜、椿、桃:≪五分咲き≫3月末~4月初め

・山吹、利休梅:≪咲きはじめ≫3月末~4月中旬

《これから咲く花》

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*昨日、寺の通常入口に立てる石碑を注文しました。正面は「南朝御聖蹟 般若寺」、側面は「後醍醐天皇 大塔宮護良親王」「文観上人 般若寺本性房」、背面は「七月二十三日大塔宮薨去御命日 護持会建之」です。後醍醐天皇勅願の御本尊をはじめ南朝ゆかりの宮様、御僧侶を顕彰いたします。

 

「携帯電話基地局(電波タワー)の電磁波問題」⑧

電波タワーから発せられる強力な電磁波は人体にさまざまな悪影響を生じていることが全国で報告されています。そして情報交流のためのネットワークが作られています。しかしまだまだ国民の間に関心を持たれていません。その原因は新聞テレビなどのマスメディアが報道しないことです。新聞は携帯電話会社と手を組んでネット上で記事を有料配信しています。テレビは原発事故以来電力会社からのCMが無くなり、ケータイのCMが激増しています。犬まで動員です。これでは国民はクチコミしかありません。しかしクチコミは確実に人の心を動かせます。一人ひとりが電磁波の恐怖を口にしてください。お寺の住職方は檀信徒様に電磁波の話をしてください。人の命を守るのは宗教人の使命です。電磁波問題は新しく、「人類最後の最大公害」です。人間滅亡の道を食い止めましょう。

 

 

〔短歌〕

「川の面の 昼ひそけかり 舟の腹

        ぴたぴたたたく 小波ひさしも」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「日と空と いづれか溶くる 八重桜」渡辺水巴

〔和歌〕

「木々の心 花ちかからし 昨日けふ

        世はうすぐもり 春雨のふる」

          永福門院・玉葉132

「木々の心は、花咲く時の近いことを予感しているらしい。昨日今日、世間一帯は薄曇って、あたたかい春雨が降っているよ。」

・木々の心=木々が本来的に持っている心。

・ちかからし=「近かるらし」の約。

・補説:自らの心の働きを重んずるとともに、木にも花にも、雲にも雨にも、冬にも春にもそれぞれの心があることを認め、敬虔にこれをうけいれるのが、京極派の自然観の大きな特色である。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「戒文」の段、

「 御布施とおぼしくて、年ごろつねにおはしてあそばされける(いつも遊びにいっておられた)さぶらひ(侍)のもとにあづけおかれたりける御硯を、知時してめしよせて、上人にたてまつり、〈これをば人にた(賜)び候はで、つねに御目にのかかり候はんところにおかれ候て、それがしが物ぞかしと御覧ぜられ候はんたびごとに、おぼしめしなずらへて(これを私自身に思いなぞらえて)、御念仏候べし。御ひまには、経をも一巻御廻向候はば、しかるべう候べし(お暇の時にはお経の一巻なりとも手向けて下されば、私は本当に嬉しいでしょう。)〉なンど、なくなく申されければ、上人とかうの返事にも及ばず、これをとッてふところにいれ、墨染の袖をしぼりつつ、なくなくかへり給ひけり。この硯は、親父入道相国砂金をおほく宋朝の御門へたてまつり給ひたりければ、返報とおぼしくて、日本和田(清盛は摂津の和田の岬で万燈会を催し、またその付近に経の島を築いて航海の便を図った。このどちらかにより[和田の平大相国]と呼ばれたのだろう)の平大相国のもとへとて、おくられたりけるとかや。名をば松蔭とぞもうしける。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈法華寺本尊十一面観音〉

「ふぢはらの おほききさきを うつしみに

あひみるごとく あかきくちびる」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年3月28日 (木)

般若寺 春の花だより  3・28

[般若寺 春の花だより]

 

《今咲いている花》

・わびすけ、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・桜、椿、桃:≪五分咲き≫3月末~4月初め

・山吹、利休梅:≪咲きはじめ≫3月末~4月中旬

《これから咲く花》

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*昨日は試験的にコスモスの苗を定植しました。霜でダメになるかも知れないので百本余りです。これがうまく行くようだったら徐々に増やしていきます。あわてたらだめです。苗のままで置けるうちは最後まで温存しておきます。

桜、桃が見ごろになると山吹もつづきます。

 

「携帯電話基地局(電波タワー)問題」⑦

動きなし。電磁波による心臓ペースメーカーの誤作動は怖いです。電車や病院では携帯電話の使用は禁じられています。それでは電波タワーから発せられる電磁波はどうすればいいのでしょうか。防護服もありますが、日常生活では使えません。心臓周辺に当てる防護パッドもあります。当寺へ参詣の方々や信者さんにもペースメーカーを内蔵している人もおられます。また「電磁波過敏症」と言う症候群もあります。頭痛、耳鳴り、めまい、などの症状が出ます。皆さんまさかお寺の横から電磁波が飛んで来るなんて想像もできないことです。危険な電波塔はお断りです。ケータイの便利さの裏にはリスク有りです。

 

〔短歌〕

「時ならぬ 午後のくらさよ 二階より

        黒雲の此方の 木の芽を見るも」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「一花だに 散らざる今の 刻止まれ」林翔

〔和歌〕

「狩人の あさふむをのの 草わかみ

       かくろへかねて きぎす鳴く也」

         俊恵法師・風雅126

「狩人が朝早く踏み分ける野原の草はまだ若々しく短いものだから、かくれるにもかくれかねて、雉は鳴いているようだ。」

・あさふむをの=万葉詠「朝伏す小野」から転訛した語か。

・参考:「さ男鹿の 朝伏す小野の 草若み

     かくろひかねて 人に知らゆな」(万葉2267

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「戒文」の段、(3/23のつづき)

「〈[專称名号至西方](善導の往生礼讃の日中偈の一句)と尺して、専ら名号を称すれば、西方にいたる。[念念称名常懺悔](善導の般舟讃の句)とのべて、念々に弥陀を唱ふれば、懺悔する也とおしへたり。[利剣即即是弥陀号](般舟讃の句)をたのめば、魔閻ちかづかず。(弥陀の名号は煩悩を絶つ鋭い剣であるという意)[一声称念罪皆除](般舟讃の句)と念ずれば、罪みなのぞけりと見えたり。(一声でも念仏を唱えれば罪が除かれるという意)浄土宗の至極、おのおの略を存じて、大略これを肝心とす。ただし往生の得否は信心の有無によるべし。(けれども、往生の成否は、これを信じるか信じないかにかかっているのです。)ただふかく信じてゆめゆめ疑ひをなし給ふべからず。若しこのおしへをふかく信じて、行住坐臥時処諸縁をきらはず、三業四威儀において(行く・止まる・坐る・臥すという日常の四つの場合において、時と所のあらゆる機会をえらばず、三業[身・口・意による行為]四威儀[上の行住坐臥をいう]の間に)、心念口称(心に念仏し、口に称名を唱えること)をわすれ給はずは、畢命(ひつみやう)を期として、この苦域の界をいでて、彼の不退の土に往生し給はん事(命が終わる時に、苦界であるこの現世を脱して、再びこの世に帰らないでよいという、彼の極楽にお生まれになることは)、何の疑ひかあらんや〉と教化し給ひければ、中将なのめならず悦びて、〈このつゐでに戒をたもたばやと存じ候は、出家仕り候はではかなひ候まじや〉と申されければ、〈出家せぬ人も、戒をたもつ事は世のつねのならひ也〉とて、額にかうぞりをあてて、そる真似をして、十戒(仏門に入って剃髪したばかりの僧、沙弥に授けられる戒。不殺生・不偸盗・不淫・不妄語・不飲酒・離華鬘等・離歌舞等・離高広大牀・離非時食・離金銀宝物の十戒)をさづけられければ、中将随喜の涙をながひて、これをうけたもち給ふ。上人もよろづ物あはれにおぼえて、かきくらす心地して、なくなく戒をぞ説かれける。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈海龍王寺にて〉

「ふるてらの はしらにのこる たびびとの

         なをよみゆけど しるひともなし」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月27日 (水)

般若寺 春の花だより  3・27

[般若寺 春の花だより]

 

《今咲いている花》

・わびすけ、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・桜、椿、桃:≪五分咲き≫3月末~4月初め

・山吹、利休梅:≪咲きはじめ≫3月末~4月中旬

《これから咲く花》

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*今年は桜が十日ほど早く咲いています。それに合わせるように、レンギョウ、椿、桃、利休梅、山吹と春の花が一斉に咲きだしました。そのわりに寒い日が多いです。夏と冬が交互にやって来ているようです。初夏咲きのコスモス苗が大きくなってきたので、今日はすこし苗床から庭に植え替えて見ようかと思います。但し、霜の害があるので、いまはビニール・トンネルの中でしか育ちません。大事に保護してやる必要があります。

 

「携帯電話基地局(電波タワー)問題」⑥

昨日はまだ動きはありません。それでこちらから地権者を訪ねました。お話ができ、電波タワー建設は白紙撤回を業者に通告したことを確認しました。ここまでの経緯をお聞きすると、業者は周辺の住民にタワーの説明をしたうえで合意を得て着工するという約束だったので信用したんだそうです。そしてタワーから出る電波については詳しい説明はなく、ただ便利になり地元に貢献するようなことを言っていたようです。やっぱり地権者にもまた自治会にもうそを言い、電波の怖さが知られていないうちに強行したのです。これは全国の携帯基地局設置のマニュアル、常套手段の様です。今後は地権者だけでなく住民ぐるみで業者と対決することを提案し、もしも違約金などを要求してきたら、私たちにも報告してくださいと申し出ました。

それにしてもこんなにひどいことが野放しになっているなんて、無法地帯なんでしょうか、この国は。大企業のやりたい放題がまかり通り、儲けのために国民が滅亡の道を歩まされているなんて情けない国です。日本人よ、目覚めましょう。国家滅亡の道を止めましょう。

 

〔短歌〕

「をさなきが 枕外して まひるまに

        熟睡(うまい)を寝ぬる 息づかひはも」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「夕暮の 久しきままに 糸桜」中村汀女

〔和歌〕

「しられずも 心のそこや 春になる

         時なる比と 花のまたるる」

           伏見院御製・玉葉128

「気の付かないうちに、心の奥底が春の気分になっているのかしら。我知らず、もう咲く頃だな、と花が待たれるよ。」

・時なる=時がそれになる。準備ができ、時節がととのう。

 

*『平家物語』を読む。

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈海龍王寺にて〉

「しぐれのあめ いたくなふりそ こんどうの

          はしらのまそほ かべにながれむ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月26日 (火)

般若寺 春の花だより  3・26

[般若寺 春の花だより]

 

《今咲いている花》

・わびすけ、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・桜、椿:≪三分咲き≫3月末~4月初め

・山吹、利休梅:≪咲きはじめ≫3月末~4月中旬

《これから咲く花》

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*「携帯電話基地局(電波タワー)問題」⑤

昨日は動きがありませんでした。地権者から業者に設置取りやめの交渉をしてくれているはずですが、業者は織り込み済みで契約問題で拒否するかもしれません。

一方こちらは市役所へ建築物の確認申請と景観問題を調べに行ったのですが、案の定、法の網をくぐっていました。まず奈良市には電波塔に関して何ら規制条例はなく、建築確認でも高さ15メートル以下は無届でも許され、景観もこの高さは市街地では規制を受けないなど、規制を潜り抜けています。プロのやり口といえばそうでしょうが、突然建てられた方はたまったものではありません。国民の無知状態につけこんだ悪質なやり方です。地権者も騙されています。資産価値は暴落、健康被害、命にかかわる恐怖の電磁波は何百メートルも飛ぶのですから、殺人電波と言ってもいいでしょう。ひどい話です。

いい本が手に入りました。

『あぶない!あなたのそばの携帯基地局』(黒藪哲哉著、花伝社発行、2010刊、1500円税別)です。少し読んだだけでも大問題であることが分かります。日本は何とおくれた国なんでしょう。基地局設置、操業の法的根拠である電波防護指針を比べると中国の91倍、イタリアの60倍、フランス(パリ)の600倍、オーストリアの1000万倍ゆるやかな基準、日本はほとんど野放し状態です。それどころか国は国中に電波網をはりめぐらすユビキタス社会を推進し、事業者を保護しているのです。こんな状態では病人が続出し保険制度が破たん、もっとひどくなれば人口減少を加速し、国が滅びます。便利さと引き換えに日本国滅亡の道を歩んでいます。殺人電磁波発生タワーには一人一人が抵抗することが必要です。泣き寝入りは許されません。この国の未来のために。マスメディアさん目覚めて下さい。テレビも新聞も見る人がいなくなりますよ。

 

〔短歌〕

「海のいろ あをくつめたし 甲板の

        春日のてりに のぼせて居れば」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「まさをなる 空よりしだれ ざくらかな」富安風生

〔和歌〕

「なにとなく 庭の梢は かすみ深けて

        入るかたはるる 山のはの月」

          永福門院・風雅124

「何とはなしに、庭の木々の梢はほんのりと霞んで夜は更けまさり、入ろうとする西の空は晴れてくっきりと見える、山の端近い月よ。」

 

*『平家物語』を読む。

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈地獄谷にて〉

「いはむろの いしのほとけのに いりひさし

         まつのはやしに めじろなくなり」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年3月25日 (月)

般若寺 春の花だより  3・25

[般若寺 春の花だより]

 

《今咲いている花》

・わびすけ、椿、さざんか、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・桜:≪二三分咲き≫3月末~4月初め

・山吹:≪つぼみ≫3月末~4月中旬

《これから咲く花》

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*「携帯電話基地局(電波タワー)問題」④

昨夜、この原稿を書き上げた後、当町自治会長から電話があり、私の代わりに副住職が出ました。会長が直接植村牧場へ行ってここまでの事態を説明し、近隣住民の反対の声を届けてくれました。それに対し、牧場側ではやはり業者からは良い話ばかりしか聞かされず、タワーに数々の問題がある事や反対の声を知らなかったとのことで、明日業者に白紙に戻すように伝えると返事があったそうです。しかし撤回を聞いて業者がどう出るかは、まだわかりません。油断はできませんが、牧場とは元に戻って仲良くできればいいなあとの期待とぬか喜びに終わるか、の半信半疑の状態です。今回の事で、私は不惜身命(ふしゃくしんみょう)愛山護法(あいざんごほう)の念の大切さを知りました。これからも日々精進します。

この間(かん)、般若寺が南朝の聖蹟であることを強烈に意識しました。戦前には「南朝の聖蹟巡拝」の札所にもなっていた寺です。御本尊は後醍醐天皇ご勅願の文殊菩薩さまです。そして戦前の教科書には「般若寺の御危難」と言う話がのり、小学唱歌「大塔宮」の第一番に「般若寺あわれ」と歌われています。大塔宮護良親王の聖蹟でもあり、また般若寺本性房は元弘の戦いで笠置寺にのぼり、まさしく身命を賭して後醍醐帝の為に戦い殉じた勤王の僧でした。般若寺は日本人の愛国心をはぐくむ聖地でした。それ故この般若寺をないがしろにする輩は不逞の輩、亡国の徒と言うべきです。私は悠久1350年の法灯を誇りに思います。この聖なる寺を破壊する者には身命を賭して戦い、日本文化聖蹟の絶対護持を貫くこと、これは住職の大任を授けられたものの使命と肝に銘じています。かの文観上人が後醍醐天皇の勅命を受けて行じた八字文殊法、仏法に仇する怨敵調伏の法にならいます。

今日は勅願御本尊八字文殊菩薩さまの御縁日ですから、調伏法の八字文殊呪を魂魄甚深に祈祷したいと思ます。

 

○携帯基地局の問題点再掲

1.電磁波よる人体への障害(三種類の電磁波があり、その中の一つは長期被曝により細胞遺伝子が破壊され、脳障害、発ガン、奇形児、生殖機能喪失が発生し人類の死滅をもたらすので、「人類最後の環境公害」と呼ばれています。他の二種では、頭痛、めまい、耳鳴り、鼻血、不眠症等々の症状をおこします。いずれにしろ恐怖の電波です。)

2.倒壊の危険(台風、地震など。先日京都府で倒れるはずのない風車が倒壊した。今回の物は人家の2メートル横に立てられます。アンテナは風を受けるので、ち切れ飛ぶ恐れもある。)

3.落雷誘発(20メートルを超えないと避雷針はつけないそうですから無し。この辺は高台で雷多発地帯)

4.美観を損なう(古都の歴史的景観破壊、般若寺の全否定)

5.テレビ、パソコンへの影響(受信障害、誤作動)

6.精神的ストレス増加(まだ建っていないうちから影響が出ている。各家の皆さん不眠症。)

7.周辺地価の下落(資産価値消滅。こんな恐ろしい所にはだれも住みたくないでしょうから、買い手がつかない。)

携帯基地タワーは住民の生存権、財産権を侵害し、日本人の精神文化や聖地を破壊する元凶です。

建設の関係企業を列挙すると、

1.「日本アンテナ」

2.「サンワコムシスエンジニアリング」

3.「イー・モバイル」

4.「ソフトバンク」です。

ソフトバンクの孫さん、高句麗僧が建てた般若寺を全否定するようなことを、あなたの傘下企業が実行することをどう思われますか。

 

〔短歌〕

「水兵は ひさしぶりにて ふむ地(つち)か

       歩毎におこる 靴音よろし」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「山桜 雪嶺天に 声もなし」水原秋桜子

〔和歌〕

「ながむれば そこはかとなく かすむ夜の

         月こそ春の けしきなりけれ」

法皇(後宇多院)御製・玉葉124

「じっと眺め出していると、物みな定かでなくほのかに霞んでいる夜の月こそは、春そのものをあらわしているような風情であるよ。」

 

*『平家物語』を読む。(しばらくお休みすることになりそうです)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈香薬師を拝して〉

「ちかづきて あふぎみれども みほとけの

         みそなはすとも あらぬさびしさ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年3月24日 (日)

般若寺 水仙花だより  3・24

[般若寺 春の花だより]

 

《今咲いている花》

・わびすけ、椿、さざんか、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・桜:≪咲きはじめ≫3月末~4月初め

・山吹:≪つぼみ≫3月末~4月中旬

《これから咲く花》

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*寒い朝です。当寺の桜はまだほんの咲きはじめ。春日野の氷室神社のしだれ桜は今満開で毎日大勢の人出です。

*まだまだ「携帯電話基地局」の問題はつづきます。なんとか工事は中断させていますが、いつ強行突破されるか分からないので油断できません。この業者は相当悪質です。「近隣住民は同意した」とウソ、デマを町内へ振りまいています。業者は電磁波の危険性などおくびにも出しませんから地主にも説明していないのかもしれません。

電磁波について調べていると、『危ない携帯電話』(荻野晃也著、緑風出版、2007刊)に出会い、早速購入し学習しています。日本ではマスコミが取り上げない(スポンサーがこわい)ので国民も政治家も関心が低い。先進国では毎日ニュースになり、電波タワーが中止に追い込まれることが多い。アメリカは85%のタワー建設が立往生しているのに比べ、我が日本では10%程度、とのことです。住民の意識も低く電磁波の怖さに無頓着です。

 本によると、電磁波は300メートル飛び、最も危険なのは100~150メートルの地帯です。先進国では居住地から300離れないと建てられないのが常識です。

 

○携帯基地局の問題点

1.電磁波による人体への障害(長期被曝により、ガン、頭痛、耳鳴り、鼻血、脳障害の発生など細胞遺伝子が破壊される影響顕著)

2.倒壊の危険(台風、地震など。先日京都府で倒れるはずのない風車が倒壊した)

3.落雷誘発(20メートルを超えないと避雷針はつけないそう)

4.美観を損なう(古都の歴史的景観破壊、般若寺の全否定)

5.テレビ、パソコンへの影響

6.精神的ストレス増加(まだ建っていないうちから影響出る)

7.周辺地価の下落(資産価値低下)

携帯基地タワーは住民の生存権、生活権、財産権を侵害し、日本人の精神文化や聖地を破壊する悪徳企業のシンボルでしょう。

 

〔短歌〕

「街裏の 川に出て見れば 倉庫の壁

       夕ましろさの 水にうつれり」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「なつかしき 鐘の蓮如忌 曇りかな」大谷句佛

〔和歌〕

「さびしさは 花よいつかの ながめして

         かすみにくるる 春雨の空」

           前大納言為兼・風雅117

「つくづく淋しさが身にしみるのは、〈花よ、いつ咲くのか〉という思いを抱いてぼんやり遠くを見やっているうち、霞にとざされて次第に暮れて行く、春雨の降る空の風情であるよ。」

 

*『平家物語』を読む。(昨日は気持ちが昂って読めませんでした、あしからず)。

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈香薬師を拝して〉

「みほとけの うつらまなこに いにしへの

         やまとくにばら かすみてあるらし」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年3月23日 (土)

般若寺 水仙花だより  3・23

[般若寺 春の花だより]

《今咲いている花》

・わびすけ、椿、さざんか、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・桜:≪咲きはじめ≫3月末~4月初め

・山吹:≪つぼみ≫3月末~4月中旬

《これから咲く花》

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*今朝は曇り空。いよいよ桜の花が咲き出しました。

昨日も「携帯電話基地局」アンテナ塔のことで一日つぶれました。ご近所のおうちへ基地局の問題点を記したリーフを配り、電磁波がいかに人体にとって恐ろしいものか、大きな電波でなくとも長い期間照射を受ければ細胞の遺伝子が壊され、さまざまな病気が発生し、癌の発生が高くなります。

中には奇形の問題も生じ、子々孫々に禍根を残すことなどを説明しました。しかし降ってわいたような電磁波被曝問題なので、理解がむつかしいです。ご近所まわりの後、抗議のポスター張りをしていると、工事請負会社「日本アンテナ」の社員が来て何か話しだそうとしたので、即座に「撤去をせよ」と強く迫ると、案の定「住民説明会」を持ち出してきました。そこで若しやっても「妥協の余地はない、直ちに撤去」ときっぱり言うとそのまま引き上げました。この問題は、電磁波だけではなく、当寺にとっては景観問題が重要です。拝観者からは「あれは何」「煙突かな」「けしからんものを建てとるな」と抗議の声が出たのも当たり前です。古都奈良の花の名所を求めて来ておられるのに、異様なな構築物が目に入り、景観が台無しになっているのを見て憤慨しておられます。まさしく古都の景観破壊の現場です。この携帯基地局を調べてみると、工事実施は「日本アンテナ」、その上に「サンワコムシスエンジニアリング」があり、発注者は「イー・モバイル」さらに上には「ソフトバンク」がありました。事業拡張のためには強引な工事をさせているのだと思います。その強引さは日本の文化破壊を頓着なくやります。東京の白金台にあった「般若苑」を跡形もなく消し去ったのは有名な話です。般若寺から移築されていた桃山時代の客殿は跡形なく消されました。古い日本文化を保存する気はさらさらありません。こんどは「般若寺」をつぶしに来ているのでしょうか。これらの業者は日本文化を破壊し住民の命をないがしろにしてもなんともない非情な人たちなのでしょうか。ゆるせません。

 

〔短歌〕

「海峡の 夜浪荒しも 船室に

       骨壺守りて 眼をおとし居り」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「山寺や 撞きそこなひの 鐘霞む」与謝蕪村

〔和歌〕

「あさなぎに ゆきかふ舟の けしきまで

         春をうかぶる 波のうへ哉」

           前中納言定家・玉葉119

「早朝の穏やかに凪いだ海面を往来する舟の様子までも、〈春〉そのものを浮かべているように見える。波の上の景色よ。」

 

*『平家物語』を読む。(今回は注釈を入れていません)

巻十 「戒文」の段、

「〈南都炎上の事、王命といひ、武名といひ、君につかへ、世にしたがふはう(法)のがれがたくして、衆徒の悪行をしづめんがためにまかりむかッて候し程に、不慮に伽藍の滅亡に及び候ひし事、力及ばぬ次第にて候へども、時の大将軍にて候し上は、せめ一人に帰すとかや申し候なれば、重衡一人が罪業にこそなり候ぬらめと覚え候。かつうはか様に人知れずかれこれ恥をさらし候も、しかしながらそのむくひとのみこそおもひしられて候へ。いまはかしらをそり、戒をたもちなんとして、ひとへに仏道修行したう候へども、かかる身にまかりなッて候へば、心に心をもまかせ候はず、けふあすとも知らぬ身の行くゑにて候へばいかなる行を修して、一業たすかるべしともおぼえぬこそくちをしう候へ。つらつら一生の化行をおもふに、罪業は須弥よりもたかく、善業は微塵ばかりも蓄へなし。かくてむなしく命おはりなば、火穴湯の苦果、あへて疑いなし。ねがはくは、上人慈悲ををこしあはれみを垂れて、かかる悪人の助かりぬべき方法候者、示し給へ〉。其時上人涙に咽んで、しばしは物ものたまはず。良久しうあッて、〈誠に受け難き人身を受けながら、むなしう三途にかへり給はん事、かなしんでも猶あまりあり。しかるをいま穢土を厭ひ、浄土をねがはんに、悪心を捨てて善心を発しまさん事、三世の諸仏もさだめて随喜し給ふべし。それについて、出離の道まちまちなりといへども、末法濁世の機には、称名をもッてすぐれたりとす。心ざしを九品にわかち、行を六字につづめて、いかなる愚智闇鈍のものも唱ふるに便りあり。罪ふかければとて、卑下し給ふべからず、十悪五逆廻心すれば往生をとぐ功徳すくなければとて望を絶つべからず、一念十念の心を致せば来迎す。〉」

 (つづく)

 

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈新薬師寺の金堂にて〉

「たびびとに ひらくみどうの しとみより

         めきらがたちに あさひさしたり」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年3月22日 (金)

般若寺 水仙花だより  3・22

[般若寺 春の花だより]

《今咲いている花》

・わびすけ、椿、さざんか、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・桜:≪つぼみ≫3月末~4月初め

・山吹:≪つぼみ≫3月末~4月中旬

《これから咲く花》

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*今、当寺周辺で重大な問題が持ち上がりました。それは突然、当寺と境を接する駐車場敷地に「携帯電話基地局」を建て始めたのです。寺とは1メートル、民家とは5メートルの至近距離です。高さ15メートルの鉄塔が立ち、アンテナを取り付けようとしています。昨日ご近所の方々が心配して集まられ、誰が立てているのか、隣地の承諾がないのに強行は許せないと皆んなが怒っておられます。運営会社は「イー・モバイル」で、下請の「サンワコムシスエンジニアリング」「日本アンテナ」が工事をしています。調べてみると「基地局」は全国で問題化しており、住民との間で問題を引き起こし立ち往生することが多いそうです。今回のものも業者は近隣の住民の承諾をとらずに、地権者とだけ話をつけ強行した形になっています。基地局が引き起こす問題は

1.電磁波による人体への障害(長期被曝により、ガン、頭痛、耳鳴り、鼻血、脳障害の発生など遺伝子が破壊される影響顕著)

2.倒壊の危険(台風、地震による)

3.落雷誘発

4.美観を損なう(古都の歴史的景観破壊)

5.テレビ、パソコンへの影響

6.精神的ストレス増加

7.周辺地価の下落(資産価値低下)

などです。この損害の責任は設置運営会社と地権者に及びます。関係者には再考を促したいです。

 

〔短歌〕

「重なれる 枝葉さびしも さきに入りし

        鳥はこの樹を 蓋さりけむ」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「初蝶の 一途に吾に 来るごとし」橋本多佳子

〔和歌〕

「みどりこき 霞のしたの 山の端に

         うすき柳の 色ぞこもれる」

           花園院御歌・風雅91

「緑が一入濃い、深い霞の下に沈んでいる山の穂。そこには、芽吹いたばかりの薄緑の柳の色がこもっているのだ。」

・みどりこき=霞の色は「緑」であるとされる。その霞が深く立ちこめている意。柳の「薄き」緑と対照させる。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「戒文」(かいもん)の段、

「 三位中将(重衡)これをきいて(請文の内容を聞いて)、〈さこそはあらんずれ。いかに一門の人々わるくおもひけん(勿論そういう返事だろう。平家の人々はどんなに私を悪く思っているだろう)〉と後悔すれどもかひぞなき。げにも重衡卿一人ををしみて、さしもの我朝の重宝三種の神器をかへ(返)しい(入)れたてまつるべしともおぼえねば、この御請文のおもむきは、兼てよりおもひまう(設)けられたりしかども(重衡にだって前もって予想されていたのだけれども)、いまだ左右を申されざりつる程は、なにとなういぶせくおも(思)はれけるに(まだ諾否を言って来ない間は何か心が晴れないという程度であったが)、請文すでに到来して、関東へ下向せらるべきにさだまりしかば、なんのたのみもよは(弱)りはてて、よろづ心ぼそう(すべてあてにしていた気持ちが弱りきって、何事につけても気がめいるように思われ)、宮この名残も今更おしうぞおもはれける。三位中将、土肥次郎をめして〈出家をせばやと思ふはいかがあるべき〉との給へば、実平このよしを九郎御曹司に申す。院御所へ奏聞せられたりければ、〈頼朝に見せて後こそ、ともかうもはからはめ(頼朝に会わせた後ならば何とでもはからおう)。只今は争(いかで)かゆるすべき〉と仰せければ、此のよしを申す。〈さらば年ごろちぎりたりし聖に、今一度対面して、後生の事を申し談ぜばやとおもふはいかがすべき〉との給へば、〈聖を誰と申し候ふやらん〉。〈黒谷(比叡山西塔の別所)の法然房(源空、浄土宗の開祖)と申す人なり〉。〈さてはくるしう候まじ〉とて、ゆるしたてまつる。中将なのめならず悦びて、聖を請じたてまッて、なくなく申されけるは、〈今度生きながらとらはれて候けるは、ふたたび上人の見参にまかり入るべきで候けり(もう一度、あなた様にお目通りできると因縁があったのでしょう)。さても重衡が後生、いかがし候べき。身の身にて候し程は(わが身が人並みの身の上であった間は)、出仕にまぎれ、政務にほだされ(出仕に取りまぎれ、政務にしばられて)、驕慢の心のみふかくして、かつて当来の昇沈をかへりみず(ふりかえって、未来[来世]でのわが身の浮き沈みを考えなかった)。況や運つき(平家の運命が傾き)、世みだれてよりこのかたは、ここにたたかひ、かしこにあらそひ、人をほろぼし、身をたすからんとおもふ悪心のみ遮りて(悪心ばかりにさまたげられて。悪心は仏道へ進むのをさまたげる心。善心の反対)、善心はかつて発(をこ)らず。〉」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈高畑にて〉

「かうやくし わがをろがむと のきひくき

         ひるのちまたを なづさひゆくも」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月21日 (木)

般若寺 水仙花だより  3・21

[般若寺 春の花だより]

 

《今咲いている花》

・わびすけ、椿、さざんか、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・山吹:≪つぼみ≫3月下旬~4月中旬

《これから咲く花》

・桜:3月末ごろ

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*晴。初夏の陽気からから一転、冬に戻ったようで今朝は寒いです。この春は気候が急変するので自然界も異変があります。花はどんどん入れ替わって行きます。もうすぐ桜が咲きそうで、山吹の花もつられて咲くかもしれません。今年の花は早く咲いて早く終わるのが特徴となりそうです。45月はどうなるのか心配です。

 

〔短歌〕

「この樹は今 鳥かくせりと おもひつつ

         真下より見る 枝葉のうらを」

           木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「新しき 杖まゐらする 彼岸かな」尾崎紅葉

〔和歌〕

「さほ姫の うちたれがみの 玉柳

        ただ春風の けづるなりけり」

          前中納言匡房・玉葉92

「春の女神佐保姫の長く垂れた髪のような美しい柳よ、それは(人が手を触れるのも憚られて)ただ春風が、櫛でとかすように静かに吹きなびきかしているのだ。」

・けづる=くしけづる。髪を櫛でとかす。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「請文」の段、

「 今月十四日の院宣、同二十八日讃岐国八嶋の磯に到来。謹以承るところ件の如し。

 ただしこれにつゐてかれを案ずるに(この院宣を拝見して、考えてみますと)、通盛(みちもり)卿以下当家数輩、摂州一の谷にして既に誅せられおはンぬ。何ぞ重衡一人の寛宥を悦ぶべきや。夫れ我君は、故高倉院(後白河法皇の皇子、安徳天皇の父帝)の御譲りをうけさせ給ひて、御在位すでに四ヶ年、政と堯舜の古風をとぶらふところに(政治を執るに当っては、堯と舜の古い道を求めておられましたが。堯・舜は中国古代の聖天子)、東夷北狄(東と北の野蛮人、頼朝義仲の類をいう)党をむすび、群をなして入洛のあひだ(都に入ったものですから)、且は幼帝母后(安徳天皇と建礼門院)の御なげき尤もふかく、且は外戚近臣(外戚も近臣も平家一門を指す)のいきどをりあさからざるによッて、しばらく九国に幸ず。還幸なからんにおいては(安徳天皇が都へお帰りにならない以上)、三種の神器いかでか玉体をはなちたてまつるべきや。それ臣は君をもッてこころとし、君は臣をもッて体とす。君やすければすなはち臣やすく、臣やすければすなはち国やすし。君かみにうれふれば臣しもにたのしまず。心中に愁へあれば体外によろこびなし。曩祖(なうそ、先祖)平将軍貞盛(国香の子、鎮守府将軍)、相馬小次郎将門(良将の子、貞盛とは従兄弟)を追討せしよりこのかた、東八ヶ国をしずめて子々孫々につたへ、朝敵の謀臣を誅罰して、代々世々にいたるまで朝家(皇室)の聖運をまもりたてまつる。しかれば則亡父故太政大臣、保元・平治両度の合戦の時、勅命ををも(重)うして、私の命をかろ(軽)うす。ひとへに君の為にして、身のためにせず。就中彼の頼朝が謀反によッて、頻りに誅罰せらるべきよし仰せ下さるといへども(後白河法皇が御命令になったけれども)、故入道相国慈悲のあまり申しなだめられしところ也(法皇に申し上げてゆるしていただいた)。しかるに昔の洪恩をわすれ、芳意を存ぜず(頼朝は平家の昔の大きな恩を忘れ、われわれの好意を悟らず)、たちまちに狼羸(らうるい、狼のように痩せた体)の身をもッて猥に蜂起の乱をなす。愚のはなはだしき事申してあまりあり。早く神明の天罰をまねき、ひそかに敗跡の損滅を期する者歟(かれ自身で亡ぼされて、なくなってしまうことを望んでいるようである)。夫れ日月は一物の為にそのあきらかなることをくらうせず。明王は一人がためにその法をまげず。一悪をもッて其善をすてず、小瑕をもッて其功をおおふ事なかれ(帝王たる者は臣下に小さな欠点があってもその者の功績を忘れてはいけないという意)、且は当家数代の奉公、且は亡父数度の忠節、思食忘れずは君かたじけなく四国の御幸あるべき歟(このことを後白河法皇が覚えておられるならば、恐れ多くも安徳天皇が四国に行かれることが起こったろうか)。時に臣等院宣をうけ給はり、ふたたび旧都にかへッて会稽の恥をすすがん(この時、われらは法皇から頼朝追討の院宣をいただき、再び都に帰って会稽の恥をすすぎたいと思います)。若し然らずは、鬼界(薩摩国南方の諸島)・高麗・天竺・震旦にいたるべし。悲しき哉、人王八十一代の御宇にあたッて、我朝神代の霊宝、つうぃにむなしく異国のたからとなさん歟。よろしくこれらのおもむきをもッて、しかるべき様に洩し奏聞せしめ給へ(取次の者から法皇に申し上げさせて下さい)。宗盛誠恐頓首謹言

   寿永三年二月二十八日   従一位平朝臣宗盛が請文

とこそかかれたれ。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈高畑にて〉

「たびびとの めにいたきまで みどりなる

         ついぢのひまの なばたけのいろ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月20日 (水)

般若寺 水仙花だより  3・20

[般若寺 春の花だより]

《今咲いている花》

・水仙: ≪ほぼ終わり≫

・梅:白梅≪ほぼ終わり≫、

豊後梅、紅梅≪終わり近し≫

・わびすけ、椿、さざんか、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・山吹:≪つぼみ≫3月下旬~4月中旬

《これから咲く花》

・桜:3月末ごろ

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*曇り、今にも降りそうな空模様です。

今日は彼岸の中日、各地の寺院では彼岸会(ひがんえ)が営まれます。彼岸会の由来とされるのが『観無量寿経』に説かれる「日想観」(にっそうかん)です。浄土教では浄土往生のための十六種の観法があるとされ、その第一に数えられています。西に向かって沈む太陽を観察すれば、西方の阿弥陀如来の浄土を観想することができ西方往生がかなうと説かれます。中国浄土教の祖である善導大師は太陽が真西に沈む春分・秋分の日が日想観に最適の日とされました。

大阪の四天王寺の西門は極楽浄土への入り口に当たるといわれ、鎌倉時代に鎌倉極楽寺の忍性菩薩が巨大な石鳥居を建てられ今も残っています。

 「山の端に 宝珠のまるき 彼岸かな」阿波野青畝

 「彼岸会の 若草色の 紙包」    岡本眸

 

〔短歌〕

「これやこの 三人の吾子の 墓どころ

         土のしめりに 身をかがめけり」

           木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「日も真上 春分の日を よろこべば」林翔

〔和歌〕

「みるままに しづえの梅も 散りはてぬ

         さもまちどをに さく桜かな」

           和泉式部・風雅90

「見ているうちにもう、下枝に残っていた梅の花もすっかり散ってしまった。まあ、これから先どんなにか待ち遠しい思いをさせたうえで、やっと咲くだろう桜よ。(早く咲いておくれ)」

・しづえの梅=下枝の梅。上枝から咲き散り、わずかに残った花。

・さも=いかにも。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「請文」の段、

「 新中納言知盛の意見(意見は諌める意)に申されけるは、〈三種の神器を都へかへし入れたてまッたりとも、重衡をかへし給はらん事ありがたし(期待できないことですよ)。ただはばかりなくその様を御請文に申さるべうや候らん(ひたすら遠慮なくその訳を請文に書くべきでありましょう)〉と申されければ、大臣殿〈此儀尤もしかるべし(この意見が一番理窟に合っている)〉とて、御請文申されけり。二位殿はなくなく中将の御かへり事かきたまひけるが、涙にくれて筆のたてどもおぼえねども(筆のおろし所も分からなかったが)、心ざしをしるべにて(むすこへの愛情に導かれて)、御文こまごまとかいて、重国にた(賜)びにけり。北方大納言佐殿は、ただなくより外の事なくて、つやつや御かヘリ事もしたまはず(一向御返事も書かれない)。誠に御心のうちさこそは思ひ給ふらめと、おしはかられて哀れ也。重国も狩衣の袖をしぼりつつ、なくなく御まへをまかりたつ。平大納言時忠は、御坪のめし次花方をめして、〈なんぢは花方歟〉。〈さん候〉。〈法皇の御使におほくの浪路をしのいでこれまでまひりたるに、一期が間のおもひでひとつあるべし(一生涯の思い出になることが一つあるとよかろう)〉とて、花方がつら(頬)に〈浪方〉といふやいじるし(焼印)をぞせられける。宮こへのぼりたりければ、法皇これを御らんじて、〈よしよしちからおよばず。浪かたともめ(召)せかし(人々は今後は浪方となり呼んでやれ)〉とて、わらはせおはします。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈帝室博物館にて〉

「こんでいの ほとけうすれし こんりょうの

         だいまんだらに あぶのはねうつ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月19日 (火)

般若寺 水仙花だより  3・19

 

[般若寺 春の花だより]

《今咲いている花》

・水仙: ≪終わり近し≫

・梅:白梅≪終わり近し≫、

豊後梅、紅梅≪満開≫

・わびすけ、椿、さざんか、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

・山吹:≪つぼみ≫3月下旬~4月中旬

《これから咲く花》

・桜:3月末ごろ

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

笠置寺訪問記(五)

小林御住職のお話では、笠置寺は江戸時代には四カ寺の子院があったそうですが、現在は福寿院だけが残り笠置寺の事務所兼庫裏となっているそうです。そういえば奥ノ院墓所に福寿院と刻まれた墓石がいくつもありました。この庫裏建物は前のものは阪神大震災の時、大きな被害があって建て替えられたそうです。新築のきれいな応接間で長らくお話をうかがい、そこで出た解脱上人ゆかりの「般若台」遺跡へ向かうことにしました。御住職は境内の高台にある毘沙門堂までお送りいただきました。本当に篤い愛山護法の念を持たれた御住職です。歓待ありがとうございました。

毘沙門堂から南東に500メートルほど行くと、囲みの中に広場があり30センチ角の石が数十個並べてあるのが見えました。これが解脱上人が建てられた名高い「般若台六角堂」の跡です。そこに設置された説明板によると、昭和50年から2年がかりで発掘調査があり、「六角堂」「鐘楼」「住坊」の遺構が確認されています。南都興福寺から笠置寺へ入られた上人は、建久5年(1194)、後鳥羽天皇の勅宣により般若台を創建し、六角堂などの建物を建立しそこに居を構え修学にいそしまれたようです。一段下に住坊があったようで、行き来するのに階段があるのですが、上の方は自然石の大岩を加工して石階としてありました。そこを歩いてみて、おそらく上人もこの階を上り下りしておられたことを思うと感慨深く敬慕の念が心に満ちてきました。いま庫裏の近くに保存されている重要文化財の梵鐘は東大寺を再建された重源さんが寄進されたもので、元はこの般若台の鐘楼にかけられていたそうです。

解脱上人の釈迦信仰をものがたる和歌が記されていましたので、これを紹介してこの訪問記を終えることにします。縄田氏には一日大層お世話になりましてありがとうございました、一言御礼まで。

「我ゆかん ゆきて守らん 般若台

   釈迦の御法(みのり)の あらん限りは」解脱貞慶

・御住職に『笠置寺 激動の1300年-ある山寺の歴史』という本を頂戴しました。著者は小林義亮氏(慶範師の弟さん)、文芸社発行、2011年第二刷刊、定価1800円(税別)。

・小林慶範師は1998年に住職を慶昭師に譲られていますので前住職となります。

 

〔短歌〕

「軍艦の 腹のひれたる 蒼波を

       わが艀(はしけ)ゆも うつつに見たり」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「沈丁の はげしく降りて 降り足りぬ」中村汀女

〔和歌〕

「うちわたす さほのかはらの 青柳も

         今は春べと もえにけるかも」

           坂上郎女・玉葉87

「遥かに見晴らす、広々とした佐保河の河原の柳も、今こそは春になったとばかり、青々と萌え出たことだなあ。」

・うちわたす=端から端まで届かせる意。見渡す。

・さほ=大和の歌枕。春の女神が住むとされる佐保の地を西へ流れる佐保川は、般若寺のある平城山の南ふもとを流れる川。春日山を源流とし平城京を貫流し大和川となる。

・「坂之上」の地名は佐保川から般若寺へのぼる奈良坂の途中にあると、近世の地誌には記される。

・春べ=春の頃。

・出典:万葉集1433、大伴坂上郎女柳歌二首

「うちあぐる さほのかはらの あをやぎは

        いまははるべと なりにけるかも」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「請文」(うけぶみ)の段、

「 大臣殿(おほいとの、平宗盛)・平大納言(へいだいなごん、平時忠)のもとへは院宣のおもむきを申し給ふ(院宣の意味のことを申し入れられた)。

二位殿へは御ふみこまごまとかいてまいらせられたり。〈いま一度御らんぜんと(私の顔をもう一度御覧になろうと)おぼしめし候はば、この世にてげんざんに入るべしとも覚え候はず(現世ではもう母上様にお目通りができそうにも思われません)〉なンどぞかかれたる。二位殿はこれをみ給ひて、とかうのこともの給はず、ふみをふところに引き入れて、うつぶしにぞなられける。まことに心のうち、さこそはをはしけめとおしはかられて哀れなり。

さる程に、平大納言時忠卿をはじめとして、平家一門の公卿殿上人よりあひ給ひて、御請文のおもむき僉議せらる(院宣に対する請文の内容について相談した。請文は院宣への返答書)。二位殿は中将のふみをかほにおしあてて、人々のなみゐたまへるうしろの障子(ふすま障子、唐紙)をひきあけて、大臣殿の御まへにたをれふし、なくなくの給ひけるは、〈あの中将が京よりいひをこしたる事のむざんさよ(何て痛ましいのだろう)。げにも心のうちにいかばかりの事を思ひいたるらん。ただわれにおもひゆるして(私に免じて)、内侍所を宮こへかへし入れたてまつれ〉との給へば、大臣殿〈誠に宗盛もさこそは存じ候へども、さすが世のきこへもいふかひなう候(それではやはり[何としても]世間への評判も好ましくない。三種の神器を敵に渡せば、諸国の武士に対してにらみがきかなくなるだろうという理窟である)。且は頼朝がおもはん事もはづかしう(一方、頼朝の思惑を考えてもていさいが悪い)候へば、左右なう内侍所をかへし入れたてまつる事はかなひ候まじ。其のうへ、帝王の世をたもたせ給ふ御事は、ひとへに内侍所の御ゆへ也(天子が位にあるというのは、ひたすら神器の有無にかかっているのです)。子のかなしいも様にこそより候へ(母上が子供をかわいがるのも、事と次第によりますよ)。且は中将一人に、余の子ども、したしゐ人々をば、さておぼしめしかへさせ給ふべき歟(ほかの子供や親族全体の不利益をそのように一人の重衡と交換なさいますか)〉と申されければ、二位殿かさねてのたまひけるは、〈故入道におくれて後は、かた時も命いきてあるべしともおもはざりしかども、主上かやうにいつとなく旅だたせたまひたる御事の御心ぐるしさ(主上[安徳天皇]がこのようにいつ果てるか分からないたびにおられることのお気の毒さ[を早く解消し])、又君をも御代にあらせまいらせばや(君[宗盛]をも世に時めかせたい)なンどおもふゆへにこそ、いままでもながらへてありつれ。中将一の谷で生どりにせられぬとききし後は、肝たましゐも身にそはず。いかにしてこの世にていま一度あひみるべきとおもへども、夢にだにみえねば、いとどむねせきて(胸がつまって)、湯水ものどへ入れられず。いまこのふみをみて後は、いよいよ思ひやりたる方もなし(ますます悲しみの晴らしようがありません)。中将世になき物ときかば、われも同じみちにおもむかんと思ふ也。ふたたび物をおもはぬさきに、ただわれをうしなひ給へ(私が二度目の悲しみ[一度目の悲しみは重衡が捕われたこと]をしない前に、早く殺してください)〉とて、おめきさけび給へば、まことにさこそは思ひ給ふらめと哀れにおぼえて、人々涙をながしつつ、みな伏し目にぞなられける。」

(つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈帝室博物館にて〉

「つといれば あしたのかべに たちならぶ

         かのせうだいの だいぼさつたち」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月18日 (月)

般若寺 水仙花だより  3・18

 

[般若寺 春の花だより]

 

《今咲いている花》

・水仙: ≪終わり近し≫

・梅:白梅≪終わり近し≫、

豊後梅、紅梅≪満開≫

・わびすけ、椿、さざんか、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

《これから咲く花》

・桜:3月末ごろ

・山吹:4月上旬~中旬

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*けさは曇り。今日の気温は五月下旬ごろのものだそうです。

笠置寺訪問記(四)

解脱上人の墓塔をあとにして笠置寺の伽藍へ向かいました。来た道を戻り車の所へ帰れば楽なんですが、目の前に弥勒大石仏が見えていて寺からの昔の道が残っているのに、やり過ごすことはもったいないので難関の道を行くことにしました。しかしこれは大変な道、けもの道同然です。あまり人が歩いていないようで、風倒木があり落葉は厚く積もっています。雨でも降れば道が滝となって土を抉り取っていくでしょう。場所によっては崖にへばりつき幅20センチほどの所を蟹の横歩きのように行かなければなりません。私は下りで足が滑って二回もしりもちをつきました。でも来てよかったです。道端に出張っている岩には石仏が彫られていてそれを巡拝できるように道があります。全部で10体ほどあり、ほとんどが室町時代の作です。この時代には奥ノ院への道は仏巡りの聖なる道であったのでしょう。いったん谷底へ出て鉄板の橋を渡りそこから登りです。道端にビニールパイプが引いてあり、寺の上水をこの谷底からくみ上げているそうです。山寺の暮らしは大変なことが分かります。340分かけてやっと寺にたどり着いたころは足がくたくたで息も荒くなっていました。道は寺の納骨堂の横に出てきました。寺へ出る途中に石垣が積まれた平たんな地があり、かつて多くの住坊があったことが分かります。境内へ出ると御住職の小林慶範師が出迎えて下さいました。八十年配の御老僧にもかかわらず大変お元気でかくしゃくとしておられます。庫裏へ案内していただき笠置寺のことを懇切丁寧にご説明いただきました。実は私は若僧のころ笠置寺を拝観し、その時も御老僧にご案内していただいたことがありました。その方はおそらく現住職さんの御先代さんであったと思います。45年を経て再び御親交をいただけるなんて幸甚の至りです。笠置寺は「元弘の乱」の時、後醍醐天皇が御山に籠城し幕府勢と戦ったため、戦いのさ中、攻め手側から火が放たれ全山焼亡し、飛鳥時代創建の御本尊弥勒大石仏も被災し尊像は剥落してしまいました。今、新技術であるレーザー光によってデジタル復元が為されています。先日、「文化財復元センター」(大隈剛由代表)から復元ポスターを頂戴しました。巨大な弥勒仏が再現されています。笠置大弥勒佛を写したもので現存のものは、室生川の対岸の磨崖仏「大野寺弥勒佛」、岩船寺近くの「弥勒の辻」磨崖仏、それから大和文華館所蔵の「笠置曼荼羅」画像等で弥勒佛の偉容がうかがえます。それにしても尊像が失われたことは本当に惜しまれます。石造りであっても戦火で文化財は亡びます。いつの時代も戦争は有ってはならないことです。

 (つづく)

 

〔短歌〕

「黒雲は おつかぶされり 片空の

       日光(ひかり)に射られ 雹落ち来る」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「来しかたや 馬酔木咲く野の 日のひかり」水原秋桜子

〔和歌〕

「雨はるる 風はおりおり 吹きいれて

        こすもまにほふ 軒の梅がえ」

          永福門院内侍・風雅88

「雨の晴れ方に吹く風は、折々部屋の中まで吹き入れて、簾の間から匂って来る、軒の梅の枝からの芳香よ。」

・こす=小簾。簾の美称。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「八嶋院宣」(やしまゐんぜん)の段、

「 さるほどに、平三左衛門重国、御坪のめしつぎ花方(はなのかた)、八嶋にまいッて院宣をたてまつる。おほいとの以下一門の月卿雲客よりあひ給ひて、院宣をひらかれけり。

 一人聖体(いちじんせいてい、上御一人と聖帝)、北闕の宮禁(北闕は宮城の北門から転じて宮城を言う、宮禁も同意義)をいでて、諸州に幸じ、三種の神器、南海・四国にうづもれて数年をふ、尤も朝家のなげき(皇室の心配事)、亡国の基也。抑彼の重衡卿は、東大寺焼失の逆臣也。すべからく頼朝朝臣申請(まうしうく)る旨にまかせて(頼朝朝臣の申し出に従って)、死罪におこなはるべしといへども、独り親族にわかれて、已にいけどりとなる。籠鳥雲を恋ふるおもひ、遥かに千里の南海にうかび(籠の鳥が雲を恋うるような重衡の思いは、遥かかなたの四国の空に飛んでいるだろう。)、帰雁友を失ふ心、さだめて九重の中途に通(とう)ぜんか(友を失った帰雁にも似た重衡の心は、九重の雲を隔てた屋島の地に通っているだろう。九重は屋島の内裏とする説もある)。しかれば則三種の神器をかへし入れたてまつらんにおひては、彼の卿を寛宥せらるべき也(ゆるし釈放するでしょう)。者(てへれば)院宣かくのごとし(然れば上皇の仰せは以上の通りである)。仍て執達(しつたつ)件の如し(よってこの仰せをこのように取り次ぎます)。

  寿永三年二月十四日  大膳大夫成忠(なりただ)がうけ給はり」

  進上平大納言(平時忠)殿へ

とぞかかれたる。

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈帝室博物館にて〉

「ほほゑみて うつつごころに ありたたす

         くだらぼとけに しくものぞなき」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月17日 (日)

般若寺 水仙花だより  3・17

 

[般若寺 春の花だより]

《今咲いている花》

・水仙: ≪終わり近し≫

・梅:白梅≪終わり近し≫、

豊後梅、紅梅≪満開≫

・わびすけ、椿、さざんか、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

《これから咲く花》

・桜:3月末ごろ

・山吹:4月上旬~中旬

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*笠置寺訪問記(三)

 笠置寺奥ノ院の北側一番奥まったところに貞慶解脱上人の五輪塔があります。形は八角形の基壇があって、檀上は板状の石を張っています。自然石を荒く割って使っているので素朴な感じです。基壇上の五輪塔は普段見慣れている鎌倉時代の完成形に比べると、全く異質な五輪塔に見えます。高さは基壇を含めて2メートル弱、塔身は1,5メートル位でしょうか。石材は花崗岩で、笠置山の石です。五輪各部四面に大きな梵字が彫られています。下から「地・水・火・風・空」を表わす梵字「ア・バ・ラ・カ・キャ」と、雄渾な薬研彫(やげんぼり、断面が楔形になる)です。一番下の地輪部は埋もれているのではなく厚みが薄いのです。後世の五輪塔を見慣れていると、少し変な感じですが決してバランスは崩れていません。水輪の丸は球形ではなく上下の接地面が大きいので安定感があります。火輪もいいですね、軒先は垂直に立ちあがり、屋根のそりも絶妙な反り具合です。さらに風空輪の宝珠形はどっしりとしていて後の時代のものにはない安定感を持っています。一言、素晴らしい、です。

 塔の前で簡単なお経を唱えさせていただきました。理趣経百字偈、弥勒佛御真言、光明真言などです。

 縄田氏によると、ここから笠置寺の本尊弥勒大石仏が見えるんですよ、ということで茂みの中を木の枝や根につかまりながら少し下ると、木立の間から大石仏の上半身が垣間見えました。以前はもっとよく見えたそうですが、植林の杉檜が大きくなってだんだん視界が悪くなっているそうです。解脱上人の時代だともっとよく見えて、谷に霧でもかかれば雲海の中から弥勒仏が下生してこられるように見えるでしょう。上人は弥勒の下生(仏滅後56億年経つとこの世に出て衆生済度される)までここにお眠りになっておられるのでしょう。あとで御住職に聞くと、上人はこの場所に居を構え執筆に専念されたそうです。そういえば栂ノ尾の明恵上人も山の上の樹木の上で座禅しておられる画像があります。真摯な仏教者が俗塵を逃れて修行するには、ここは最高の場所でしょう。

 (つづく)

 

〔短歌〕

「鍬の刃の 土間(つちま)の石に 或(ある)はふれ

        畑のかわきに 春日あつしも」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「紅梅の りんりんとして 蕾かな」星野立子

〔和歌〕

「なにとなく さへづる山の 鳥のねも

         もののあはれは 春の明けぼの」

           寂蓮法師・玉葉86

「特に何の鳥ともなくさえずりかわしている、山の小鳥の声々を聞くにつけても、物のあわれは秋の夕暮ではなく、春の曙にこそしみじみと感じられるよ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「内裏女房」の段、

「 やや久しうあッて中将の給ひけるは、〈西国へくだりし時、今一度みまいらせたう候ひしかども、おほかたの世のさはがしさに、申すべきたよりもなくてまかりくだり候ひぬ(全般的に世間が騒然としていたので、お便りを上げる方法もないままに、西国にいってしまいました)。其後はいかにもして御ふみをもまいらせ、御かへり事をもうけ給はりたう候ひしかども、心まかせぬ旅のならひ、あけくれのいくさにひまなくて、むなしくとし月をおくり候ひき。いま又人しれぬありさまをみ候ふは、ふたたびあひみたてまつるべきで候ひけり(今また捕虜の身という大変な憂き目にあっておりますのも、あなたにもう一度お目にかかる運命だったのでしょう)〉とて、袖をかほにおしあてて、うつぶしにぞなられける。たがひの心のうち、おしはかられてあはれ也。かくてさ夜もなか半(ば)になりければ、〈この比は大路の狼藉に候ふに、と(疾)うとう(大路は物騒ですから早くお帰りなさい[重衡の言])〉とてかへしたえまつる。車やりいだせば(車を動かしかけると)、中将別れの涙ををさへて、なくなく袖をひかへつつ(女房の袖を捉えて)、

 〈逢うふことも 露の命も もろともに

こよひばかりや かぎりなるらん〉

(あなたに会うことも、露のようにはかない私の命が続くのも、両方とも今夜だけで最後でありましょう。)

女房なみだををさへつつ、

 〈かぎりとて たちわかるれば 露の身の

君よりさきに きえぬべきかな〉

(これが最後の別れと思ってお別れするのですから、露のようにはかない私の身はあなたより先に消えて死んでしまいましょう。)

 さて女房は内裏へまいり給ひぬ。其後は守護の武士どもゆるさねば、ちからおよばず(守護の武士たちが面会を許してくれないから、仕方なしに)、時々御文ばかりぞかよひける。此の女房と申すは、民部卿入道親範(ちかのり)のむすめ也。みめかたち世にすぐれ、なさけふかき人也。されば中将、南都へわたされて(連れていかれ)きられ給ひぬときこえしかば、やがてさまをかへ(ただちに姿を変えて出家をし)、こき墨染にやつれはて、彼の後世菩提をとぶらはれけるこそ哀れなれ。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈帝室博物館にて〉

「くわんおんの せにそふあしの ひともとの

         あさきみどりに はるたつらしも」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

*掲載の笠置寺関連の写真は奈良市在住写真家、菜畑維氏提供。

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2013年3月16日 (土)

般若寺 水仙花だより  3・16

[般若寺 春の花だより]

《今咲いている花》

・水仙: ≪終わり近し≫

・梅:白梅≪終わり近し≫、

豊後梅、紅梅≪満開≫

・わびすけ、椿、さざんか、レンギョウ:≪満開≫

・沈丁花、ラッパ水仙≪満開≫

《これから咲く花》

・桜:3月末ごろ

・山吹:4月上旬~中旬

・空木:5月上旬

・山アジサイ:5月下旬

・初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬

 

*笠置寺訪問記(二);薄暗い森林を抜けたところは、尾根状の斜面で墓石が林立していました。僧侶の墓石と在家のものが混在し、時代は江戸時代から現代にいたるものが大半です。中に大きな五輪塔が二基あって周りに室町・戦国期と思われる舟形宝篋印塔や五輪塔もあります。しかし全体に荒れ果てていて倒れたままのものも多いです。在家のもので立派な戒名がついた江戸期の墓石は「大倉家」と書かれたものが目につきました。あとで笠置寺の住職に聞いたところ、伏見の酒蔵で日本一のメーカーである「月桂冠」の大倉家の御先祖だそうです。確か大倉家は「笠置屋」を屋号とし奈良の清水通りで酒蔵を創め、江戸時代に伏見へ移転して成功したそうです。笠置寺の奥ノ院にお墓があるなんて驚きでした。ここにある多くの在家墓は、住職の話では「寺垣内」という信徒さんだそうです。笠置寺は本来檀家寺ではありませんから、一種の「寺ざむらい」として寺領を管理した家柄であったのでしょう。それにしても不便ではあるが由緒ある笠置寺奥ノ院に御先祖が眠っておられることは信徒さんとしては大変な誇りでしょう。多くの墓石を横にみて奥の方へ行くと、大きなお地蔵さん二体がお迎えしてくれます。高二メートルほどあり、箱形の石がん佛で、屋根部分も残っています。縄田氏によると南北朝期の作とのこと。お地蔵さんの奥に解脱上人の墓塔がありました。拝見できて感激でした。我が真言律宗の宗祖叡尊上人は貞慶さんから見て孫弟子に当たります。貞慶さんは興福寺に律学道場として「常喜院」を開かれ、叡尊さんらはそこで律宗を学ばれたのです。

 (つづく)

 

〔短歌〕

「川の面に 舟ひそけかり 下つ瀬の

        遠き瀬の音を ここにききつつ」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「水仙を ちひさく束ね 妹見舞ふ」深川知子

〔和歌〕

「軒の梅は 手枕ちかく 匂ふなり

        窓のひまもる 夜半の嵐に」

          前大納言尊氏・風雅86

「軒に咲く梅は、閨にいる私の手枕のすぐ近くで匂うようだよ。窓の隙間から吹き入る、夜半の強風にその香が誘われて来て。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「内裏女房」の段、

「右馬允(むまのぜう、知時)〈これにも思はれけるものを(この女房の方でも)〉といとをしうおぼえて、〈物申さう(呼びかけの語、御免下さい)〉どいへば、〈いづくより〉ととひ給ふ。〈三位中将殿より御文の候〉と申せば、年ごろははぢてみえ給はぬ女房の(年ごろは世にはじらって、人に会おうとしなかった女房であったが)、せめての思ひのあまりにや(切ない思いがあふれたのであろうか)、〈いづらやいづら(どこに、どこに)〉とてはしりいでて、手づからふみをとッてみ給へば、西国よりとられてありしありさま、けふあすともしらぬ身のゆくゑなンこまごまと書きつづけ、おくには一首の歌ぞありける。

〈涙河 うき名をながす 身なりとも

いま一たびの 逢(あふ)せともがな〉

(涙にくれて悲しい評判を人に知られたあげくに死んでいく私ではあるが、死ぬ前に一度だけあなたと会う機会がほしいものだ。)

女房これをみ給ひて、とかうの事もの給はず、ふみをふところにひき入れて、ただなくより外の事ぞなき。やや久しうあッて、さてもあるべきならねば(そう泣いてばかりもいられないので)、御かへり事あり。心ぐるしういぶせくて(いたましく思い、心がふさいで)、二とせををくりつる心のうちをかき給ひて、

  〈君ゆへに われもうき名を ながすとも

そこ(底)のみくず(水屑)と ともになりなん〉

(あなたのために私も悲しい評判を世間に知られようとも、あなたと一緒に水底のくずになりとう思います。水屑となるとは死ぬこと。)

知時もッてまいりたり。守護の武士ども、又〈見まいらせ候はん(お手紙を拝見しましょう)〉と申せば、みせてンげり。〈くるしう候まじ〉とてたてまつる(手紙を重衡に差上げた)。三位中将これをみて、いよいよ思ひやまさり給ひけん、土肥次郎にの給ひけるは、〈年来(としごろ)あひ具したりし女房(長年夫婦であった女房)に、今一度対面して、申したき事のあるはいかがすべき〉とのたまへば、実平(さねひら)なさけあるおのこ(男)にて、〈まことに女房なンどの御事にてわたらせ給ひ候はんは、なじかはくるしう候べき(本当に御婦人などのことであられるならば、何の差支えがありましょう)〉とてゆるしたてまつる。中将なのめならず悦びて、人に車か(借)ッてむかへにつかはしたりければ、女房とりもあへずこれにのッてぞおはしたる。ゑん(縁、今の濡れ縁)に車をやりよせて、かくと申せば、中将車よせにい(出)でむかひ給ひ(車寄せまで出向いていって)、〈武士どもの見たてまつるに、おりさせ給ふべからず〉とて、車の簾をうちかづき(牛車の後部の御簾を肩にかけるようにして、車中に半身を乗入れたのであろう)、手に手をとりくみ、かほにかほをおしあてて、しばしは物もの給はず、ただなくより外の事ぞなき。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈興福寺をおもふ〉

「わぎもこが きぬかけやなぎ みまくほり

         いけをめぐりぬ かささしながら」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月15日 (金)

般若寺 水仙花だより  3・15

 

○水仙: ≪終わり近し≫

○梅:白梅、豊後梅は満開。紅梅は五分咲き。

○わびすけ、ねこやなぎ、さざんか、さんしゅゆ:満開、

 

*晴。けさは真冬の寒さです。

昨日は朝から南山城の笠置寺と海住山寺、鹿背山不動寺へ行きました。これらの名刹は以前に何度も訪れてはいたのですが、昨年、高名な貞慶解脱上人(じょうけいげだつしょうにん)の八百年御遠忌に当たり、奈良国立博物館で特別展覧会がありました。その時手にした図録に上人のお墓の五輪塔が出ていたので、ぜひお参りしたいと思っていたところ、当寺へよく来られる石造美術研究家の縄田雄一氏がご案内してくださるとのことで出かけることになりました。

 お墓のある場所は笠置寺の南東方向にあり、寺からだといったん深い谷を下り、さらに谷底から登ることになります。寺の向かいの尾根の頂上が「奥ノ院」になっています。これは大変きつい行程になるので、今回は南の柳生方面から入ることにしました。こちらからだとゴルフ場へ行く道が利用でき、ある程度まで自動車が入れました。縄田氏はいつもはバイクで奥ノ院近くまで入られるようですが、この日は途中に車を置いて山道を歩くことになり、先導案内してくれました。道は木の枝や落ち葉が積った幅2メートルほどの地道です。途中の分かれ道に標識は何もなく、案内者がないと行き着けそうにありません。20分ほど登るとお墓らしいものが木立の中に見えてきました。(明日につづく)

 

〔短歌〕

「軍艦の てつのふなべり まみを占め

       蒼ぐろなみに 艀(はしけ)ゆらぐも」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「出棺に 水仙の芽の 竝びたる」中原道夫

〔和歌〕

「みねの霞 ふもとの草の うす緑

        野山をかけて 春めきにけり」

          永福門院・玉葉84

「峰にかかる春霞、麓の原に萌え出た若草の薄緑色よ。野山にわたってすっかり春らしくなったなあ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「内裏女房」の段、

「 三位中将の年ごろめしつかはれける侍に、木工右馬允知時といふものあり。八条女院(鳥羽天皇の皇女暲子)に候ひけるが、土肥次郎がもとにゆきむかッて(出かけていって)、〈これは中将殿に先年めしつかはれ候ひしそれがし(某)と申す物にて候が、西国へも御共仕るべきよし存じ候ひしかども、八条女院に兼参(二所に出仕すること)の物にて候あひだ、ちからおよばでまかりとどまッて候が、けふ大路でみまいらせ候へば、目もあてられず(お気の毒で直視もできず)、いとをしう思ひたてまつり候。しかるべう候者(さうらはば)(しても悪くないならば)、御ゆるされを蒙りて、ちかづきまひり候ひて、今一度見参にいり、昔がたりをも申して、なぐさめまいらせばやと存じ候。させる弓矢とる身で候はねば(私は大したゆみやとりでないので)、いくさ合戦の御供を仕りたる事も候はず、ただあさゆふ祗候せしばかりで候ひき。さりながら、猶おぼつかなうおぼしめし候者(まだ不安だとお思いならば)、腰の刀をめしおかれて、まげて御ゆるされを蒙り候はばや〉と申せば、土肥次郎なさけあるおのこにて、〈御一身ばかりは何事か候ふべき(あなたお一人なら何の不都合がありましょう)。さりながらも(そうだけれども。下に[念のために刀を預けて下さい]が省略される)〉とて、腰の刀をこ(乞)ひとッて入れてンげり(知時を重衡の部屋に入れてやった)。右馬允(むまのぜう)なのめならず悦びて、いそぎまいッてみたてまつれば、誠に思ひ入れ給へるとおぼしくて(重衡はすっかり思い込んでおられるらしく)、御すがたもいたくしほれかへッてゐたまへる御ありさまをみたてまつるに、知時涙もさらにおさへがたし。三位中将もこれを御覧じて、夢に夢みる心地して(夢の中でさらに夢を見ている)、とかうの事ものたまはず。ただ泣くより外の事ぞなき。やや久しうあッて、昔いまの物語どもし給ひて後、〈さてもなんぢして物いひし人は、いまだ内裏にとやきく(それにしても、お前に取持ってもらって交際していた彼女はまだ内裏に勤めているといううわさか)〉。〈さこそうけ給はり候へ(私はそう聞いております)〉。〈西国へくだりし時、ふみをもやらず、いひおく事だになかりしを、世々の契はみないつはりにてありけりと思ふらんこそはづかしけれ(現世のほかに来世も一緒にと言った私の約束はみなうそだったと彼女が思っているだろうと思うと、私はたまらなくなる)。ふみをやらばやと思ふは(私は手紙をやりたいと思うよ)。たづねてゆきてんや(お前、彼女をたずねてくれるだろうか)〉との給へば、〈御ふみを給はッてまいり候はん〉と申す。中将なのめならず悦びて、やがて書いてぞた(賜)うだりける(すぐに手紙を書いて知時に渡した)。守護の武士ども〈いかなる御ふみにて候やらん。いだしまいらせじ(手紙を見せないと、あなたをここからお出しできません)〉と申す。中将〈みせよ〉との給へば、みせてンげり。〈くるしう候まじ〉とてとらせけり([差支えないでしょう]といって手紙を返した)。知時もッて内裏へまいりたりけれども、ひるは人めのしげければ、そのへんちかき小屋に立ち入りて日をくらし、局の下口([つぼね]は女房が内裏で賜っている部屋。[しもぐち]は裏口)へんにたたずンできけば、この人のこゑとおぼしくて、〈いくらもある人のなかに、三位中将しもいけどりにせられて(よりによってこの三位中将が生け捕られ)、大路をわたさるる事よ。人はみな奈良を焼きたる罪のむくひといひあへり。中将もさぞいひし。〈わが心におこッてはやかねども(自分の発案で焼いたのではないが)、悪党おほかりしかば(部下に悪い者がたくさんいたので)、手ン手に火をはなッて、おほくの堂塔をやきはらふ。末の露本のしずくとなるなれば、われ一人が罪にこそならんずらめ(葉末の露が集まって、大きな幹のしずくになるということだから、部下の行為は私一人の罪になるだろう)〉といひしが、〈げにさとおぼゆる〉とかきくどき、さめざめとぞ泣かれける。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈興福寺をおもふ〉

「はるきぬと いまかもろびと ゆきかへり

         ほとけのにはに はなさくらしも」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月14日 (木)

般若寺 水仙花だより  3・14

 

○水仙: ≪終わり近し≫

・開花:2月~3月上旬

・花数:1万本 

○梅:白梅は満開。豊後梅、紅梅は五分咲き、

○侘助、猫柳、山茶花、山茱萸:満開、

 

*昨夜の雨も上がり今朝はうす曇り、ひんやりとした朝です。春先はお天気が急変します。着るものでの調節が要ります。

今年の「般若寺コスモス栽培計画」がまとまりました。

先ずは、早咲きのコスモスですが、

「初夏に咲くコスモス」

・開花予定:5月下旬~7月上旬

・種類:15種類

・花数:3万本

秋本番のコスモスは、

「秋咲きコスモス」

・開花予定:9月下旬~11月上旬

・種類:35種類

・花数:10万本

 

〔短歌〕

「この湾の 波の最中(もなか)に 軍艦の

        入り来て場を占め さ揺らぎもせず」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「水仙の 咲き継いでゐ 更地かな」水谷ひさ江

〔和歌〕

「梅が香は まくらにみちて 鶯の

        こゑよりあくる 窓のしののめ」

          前大納言為兼・風雅84

「梅の薫りは、枕のあたり一ぱいに匂って、鶯の声を先立てて明けて来る、窓の暁の光よ。」

・しののめ=東雲。夜明け方に東の空の白む頃。またその光。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「内裏女房」(だいりにょうぼう)の段、

「 同十四日、いけどり本三位中将重衡卿(ほんざんゐのちうじやうしげひらのきやう)、六条を東へわたされけり。小八葉の車(車の箱に八葉蓮華の紋をつけた車、網代車の一種、四位五位の者が乗る)に先後の簾(車の前後に垂れている御簾)をあげ、左右の物見(左右の物見の窓)をひらく。土肥次郎実平、木蘭地(むくらんぢ)の直垂に小具足ばかりして(よろいの小手・すね当て・脇楯などの小道具だけを着けて)、隨兵(ずいひやう)三十余騎、車の先後にうちかこンで守護したてまつる。京中の貴賤これをみて、〈あないとをし、いかなる罪のむくひぞや。いくらもまします君達(きんだち)のなかに、かくなり給ふ事よ(重衡だけがこういう目にお会いになった)。入道殿にも二位殿(清盛とその妻二位の尼、時子)にも、おぼえの御子(おんご)にてましまひしかば(お気に入りの御子息でいらっしゃいましたから)、御一家の人々も重き事に思ひたてまつり給ひしぞかし。院へも内へもまひ(参)り給ひし時は、老たるも若きも、ところををき、もてなしたてまつり給ひし物を。これは南都をほろぼし給へる伽藍の罰にこそ〉と申しあへり。河原(賀茂川の六条河原)までわたされて、かへッて、故中御門藤中納言家成卿(かせいのきやう、藤原家保の子)の八条堀河の御堂にすゑたてまッて、土肥次郎守護したてまつる。

 院御所より御使に蔵人左衛門権佐定長(さだなが)、八条堀河へむかはれけり。赤衣(せきい、アカギヌともよむ。五位の者が着る朝服で袍が緋色である。)にて剣笏(けんしゃく、剣と笏を持つのは正装)をぞ帯したりける。三位中将は紺村滋(こむらご)の直垂に、立烏帽子ひきたてておはします。日ごろは何とも思はれざりし定長を、いまは冥途にて罪人共が冥官に逢へる心地ぞせられける(冥官は閻魔王庁の役人)。仰せ下されけるは(法皇が仰せ下されたことは)、〈八嶋へかへりたくは、一門のなかへ言ひ送ッて、三種の神器(しんぎ)を宮こへかへさるべしとの御気色で候(重衡を屋島へに帰してやろうという法皇の御意向であります。)〉と申す。三位中将申されけるは、〈重衡千人万人が命にも、三種の神器をかへまいらせんとは、内府(内大臣宗盛)以下一門の物共、一人もよも申し候はじ。もし女性にて候へば、母儀の二品なんどやさも申し候はんずらん(私の母の二位の尼などは神器をお返ししようと言うでしょうが)。さは候へども、居ながら院宣をかへしまいらせん事、其おそれも候へば(この場で即座に法皇の御命令を御辞退申すことは、はばかりもありますから)、申しおくッてこそみ候はめ(御命令を屋島に取り次いでみましょう)〉とぞ申されける。御使は平三左衛門重国(しげくに、重衡の烏帽子子か)、御坪の召次(めしつぎ、上皇に仕えて雑事を勤めるもの)花方とぞきこえし。私のふみはゆるされねば、人々のもとへも詞にて事づけ給ふ。北方大納言佐殿(きたのかただいなごんのすけどの、大納言藤原邦綱の女輔子。佐は典侍[ないしのすけ]と書いてスケとよむ)へも御詞にて申されけり。〈旅のそらにても、人はわれになぐさみ、我は人になぐさみたてまつりしに(あなたは私に慰められ、私はあなたに慰められたが)、ひき別れて後、いかにかなしうおぼすらん。〈契りはくちせぬ物(夫婦の縁はこの世だけでなくならない。夫婦の縁は二世[現世と来世]にわたると当時は考えられていた。)〉と申せば、〈後の世にはかならずむ(生)まれ逢ひたてまつらん〉と、なくなくことづけ給へば、重国も涙ををさへてたちにけり。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈平城宮懐古〉

「いくたびを われまたきたり このをかの

         みくさのうへに ものおもはめや」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

 

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。Img_2452

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2013年3月13日 (水)

般若寺 水仙花だより  3・13

 

○水仙: ≪見ごろ≫ 

 ・満開の盛りはこえましたが花はまだ沢山あります。

・開花:2月~3月上旬

・花数:1万本 

○梅:白梅は満開。豊後梅、紅梅は五分咲き、

○侘助、猫柳、山茶花、山茱萸:満開、

 

 

*二月堂の「お水取り」も終わって、奈良は春本番となります。

この時期、春の旬のお菓子がお店に並んでいます。よもぎの葉をいれた草餅、蓬餅、桜の葉でつつんだ桜餅が和菓子の定番です。山の幸としては、今ならフキノトウ、タラの芽、これからは蕨、つくし、木の芽、タケノコ、菜の花などがあります。海の幸では、ホタルイカ、しらす等、いづれも春を味覚で感じさせてくれます。

「草餅を 焼く天平の 色に焼く」有馬朗人

「三つ食へば 葉三片や 桜餅」 高濱虚子

「少しさめ 薄紫の 蜆汁」   中嶋秀子

 

〔短歌〕

「をさなければ 樒の枝に とりそへて

         よき色花を 手向けけるかな」

           木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「水仙の 海に挑んで 咲きつづく」塩川雄三

〔和歌〕

「梅の花 くれなゐにほふ 夕暮に

       柳なびきて 春雨ぞふる」

         前大納言為兼・玉葉83

「梅の花が紅に艶やかに匂っている夕暮に。柳の緑の糸が風になびいて、静かに春雨が降っている。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「首渡」の段、

「 三位中将もかよふ心なれば、〈宮こにいかにおぼつかなくおもふらん(都では私のことをどんなに心配しているだろう)。頸どもの中にはなくとも、水におぼれてもしに、矢にあたッてもうせぬらん。この世にある物とはよもおもはじ。露の命の未だながらへたると知らせたてまつらばや(露のようにはかない命がまだ続いていると、都にお知らせしよう。北の方に対しても敬語を用いる)〉とて、侍一人したてて(侍を一人遣わして)宮こへのぼせられけり。三の文をぞかかれける。まづ北方への御ふみには、〈宮こにはかたきみちみちて、御身ひとつのおきどころだにあらじに、おさなき物どもひき具して、いかに悲しうおぼすらん。これへむかへたてまッて(この地にお迎え申上げて)、ひとところでいかにもならばやとは思へども、我身こそあらめ、御ため心ぐるしくて(私一人なら暮らすことも我慢できるが、あなたという段になればとてもお気の毒で、お呼びできません)〉なンどこまごまとかきつづけ、おくに(手紙の最後に)一首の歌ぞありける。

〈いづくとも しらぬ逢ふせの もしほ草

かきをく跡を かたみとも見よ〉

(いつどこで、また会うきかいがあるか分からない藻塩草のような私が書くこの手紙の筆跡を私の形見と思ってみて下さい。藻塩草には手紙の意をも含めている。[かく]は藻塩草の縁語[掻く][書く]とを言いかける。)

 おさなき人々の御もとへは、〈つれづれをばいかにしてか慰み給ふらん。いそぎむかへとらんずるぞ〉と、こと葉もかはらずかいてのぼせられけり。この御ふみどもを給はッて、つかひ宮こへのぼり、北方に御文まいらせたりければ、今さら又なげきかなしみ給ひけり。つかひ四五日候て、いとま申す。

 北方なくなく御返事かき給ふ。若君姫君筆を染めて、〈さて父御前の御返事はなにと申すべきやらん〉ととひ給へば、〈ただともかうも、わ御前たちの思はんやうに申すべし〉とこその給ひけれ。〈などやいままでむかへさせ給はぬぞ。あまりに恋しく思ひまいらせ候。とくとくむかへさせ給へ〉と、おなじこと葉にぞかかれたる。この御ふみどもを給はッて、つかひ八嶋にかへりまいる(屋島に帰って、維盛の御前に出た)。三位中将、まづおさなき人々の御文を御らんじてこそ、いよいよせんかたなげにはみえられけれ(ますますたまらなそうな様子になられた)。〈抑これより穢土を厭ふにいさみなし(今となっては、この現世を捨てて、出家をする気持もなくなった)。閻浮愛執の綱つよければ、浄土をねがふも物うし(現世にいる妻子への愛着の綱がこんなに強くては、出家して極楽往生を願うのも嫌になった)。ただこれより山伝ひに宮こへのぼッて、恋しきものどもをいま一度みもし、見えての後([見も、見えてもしての後]の意)、自害をせんにはしかじ〉とぞ、なくなくかたり給ひける。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈平城宮懐古〉

「ひさかたの つきひはるけき おほみやの

         かれたるしばに ものもひやまず」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月12日 (火)

般若寺 水仙花だより  3・12

 

○水仙: ≪見ごろ≫ 

 ・満開の盛りはこえましたが花はまだ沢山あります。

・開花:2月~3月上旬

・花数:1万本 

○梅:白梅は満開、豊後梅は五分咲き、紅梅は三分咲き

○侘助、猫柳、山茶花:満開、

 

*今朝は無風快晴、冷えこみました。日中はまた20度近くまで気温上昇するそうです。

 今日は東大寺二月堂の「修二会」通称「お水取り」の最終日、「結願」(けちがん)の「おたいまつ」です。近年は初日、「開白」(かいはく)から毎日たいまつは奉納されているようですが、本来は今日ですから数は多くなります。参拝者が多く、二月堂下だけでは収容できないのであちこちに待機所を作り順番に入れ替えしておられるようです。大変こみ合っています。

 おたいまつの火の粉を浴びると一年無病息災と信じられ近くへ行く人もいますが、衣服髪の毛が焦げますからご用心を。火の粉に気をとられるよりも御本尊観音様へしっかり信心をとどけることですね。

 

〔短歌〕

「死にたくは なかりけんものを 手足冷え

         息絶えきては 生きらるべしや」

           木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「ちひろ画の 少女のいたり 野水仙」芦川まり

〔和歌〕

「さきぬれば 大宮人も うちむれぬ

         梅こそ春の にほひなりけれ」

           前大僧正慈鎮・風雅76

「咲くというと、宮廷人達も集って楽しむ。梅こそは春の栄華そのものであることだなあ。」

・大宮人=宮中に仕える人。

・にほひ=華やかに目立つもの。精粋。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「首渡」の段、

「 小松の三位中将維盛卿の若君、六代御前につきたてまッたる斎藤五、斎藤六、あまりのおぼつかなさに(気がかりなので)、さまをやつして(誰かわからぬように姿をみすぼらしくして)みければ、頸どもは見知りたてまッたれども(大路を渡される首がだれのであるかは見ればよく分かったが)、三位中将殿の御頸は見え給はず。されどもあまりにかなしくえ、つつむにたへぬ(押えるに押えられない)涙のみしげかりければ、よその人目もおそろしさに、いそぎ大覚寺へぞまひりける。

 北方〈さて、いかにやいかに〉ととひ給へば、〈小松殿の君達には、備中守殿(師盛)の御頸ばかりこそみえさせ給ひ候ひつれ。其外はそんぢやうその頸、その御頸(どこの誰の首、かれの首)〉と申しければ、〈いづれも人のうへともおぼえず(どなたの首にしても他人の身の上とは思われません)〉とて、涙にむせび給ひけり。ややあッて、斎藤五涙ををさへて申しけるは、〈この一両年はかくれゐ候ひて、人にもいたくみしられ候はず(私はこの一、二年隠れていたために、町に出ても人にそれほどは見つかりませんでした)〉。いましばらくも見まいらすべう候つれども、よにくはしう案内しりまいらせたる物の申し候つるは(もうしばらくなりと首を見ているとよかったのですが、合戦の様子をたいそう詳しく知っている者が言ったことによりますと)、〈小松殿の君達は、今度の合戦には、播磨と丹波のさかゐで候なる(境であると申します)みくさ(三草)の山をかためさせ給ひて候ひけるが、九郎義経にやぶられて、新三位中将殿(資盛)・小松少将殿(有盛)・丹後侍従殿(忠房)は播磨の高砂(兵庫県の加古川の河口)より御舟にめして、讃岐の八嶋へわたらせ給ひて候也。何として離れさせ給ひて候けるやらん、御兄弟の御なかには、備中守殿ばかり一谷にてうたれさせ給ひて候〉と申すものにこそ逢ひて候つれ。

〈さて小松三位中将殿の御事はいかに〉ととひ候つれば、〈それはいくさ以前より大事の御いたはり(重い御病気)とて、八嶋に御渡候あひだ(屋島に滞在しておられたので)、このたびはむかはせ給ひ候はず〉と、〈こまごまとこそ申し候つれ〉と申しければ、〈それもわれらが事をあまりにおもひなげき給ふが、病となりたるにこそ、風の吹くひは、けふもや舟にのり給ふらんと肝をけし、いくさといふ時は、ただいまもや討たれ給ふらんと心をつくす。ましてさやうのいたはりなんどをも、たれか心やすうもあつかひたてまつるべき(いわんやそんな御病気などに対しても、誰が安心のゆくように看病してあげられるかしら)。くはしうきかばや〉との給へば、若君・姫君、〈など、なんの御いたはりとは問はざりけるぞ(どうして、お前は何の御病気かたずねなかたのか)〉とのたまひけるこそ哀れなれ。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈平城宮懐古〉

「あるときは からびとさびて すごろくの

         さいふりけらし みやびとのとも」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月11日 (月)

般若寺 水仙花だより  3・11

 

◎水仙: ≪満開≫ 

・開花:2月~3月上旬

今が見ごろです。お早目にお越しください。

・球根の数:1万~2万 

○梅:白梅は満開、豊後梅は五分咲き、紅梅は三分咲き

○侘助、猫柳、山茶花:満開、

 

*晴。昨日の強い雨風がおさまり、今日は穏やかなお天気になりました。朝は霜がおり薄氷が張っていました。お天気は急転しもとの三月に戻ったようです。それにしてもここ数日は暑かったです。初夏の陽気を先取りしたようでした。

 水仙の花は遅く咲いた分だけ長持ちしています。でもあんなに温度が高いと花はいつまでも持ちません。あとからの梅の花に追われているようで、いつまで咲いていてくれるやら予測できません。。

 

〔短歌〕

「がらがらを 振りあきぬれば 振りすさび

         つむりを打ちて 泣きし吾子はも」

           木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「花終わり 水仙の葉を 一束に」亀井香草

〔和歌〕

「白妙の 色はまがひぬ あわ雪の

       かかれる枝の 梅の初花」

         法皇御製(後宇多院)・玉葉60

「まっ白な色で、どれがどれだか見分けがつかなくなってしまったよ。やわらかな雪のかかった枝に咲く、梅の初花は。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「首渡」(くびわたし)の段、

「 寿永三年二月七日(にんぐわつなぬかのひ)、摂津国一の谷にて討たれし平氏(へいじ)の頸ども、十二日に宮こへ入る。平家にむすぼほれたる人々(平家に縁が結ばれている人々)は、我方(わがかた)ざまにいかなるうき目をか見んずらんと(自分たちにとっても、どんな災難がまちかまええいるだろうと)、なげきあひかなしみあへり。なかにも大覚寺(京都市右京区嵯峨にある真言宗の寺)にかくれゐ給へる小松三位中将維盛(これもり)卿の北の方、ことさらおぼつかなく思はれける(特に不安にお思いになった)。〈今度一谷にて一門の人々のこりすくなううたれ給ひ、三位中将(しげひら)といふ公卿一人、いけどりにせられてのぼるなり〉ときき給ひ、〈この人はな(離)れじ物を(こちらの人[維盛]にまちがいない)〉とて、ひきかづきてぞふし給ふ。或女房のいできて申しけるは、〈三位中将殿と申すは、これの御事にてはさぶらはず(こちら様のご主人のことではありません)。本三位中将殿(重衡)の御事なり〉と申しければ、〈さては頸どもの中にこそあるらめ(それなら夫は斬られた首の中にあるのでしょう)〉とて、なを心やすうもおもひ給はず。

 同十三日、大夫判官仲頼(なかより、文徳源氏。大夫判官は検非違使五位尉。)、六条河原にいでむかッて、頸どもうけとる。東洞院の大路を北へわあして獄門の木にかけらるべきよし、蒲冠者範頼・九郎冠者義経奏聞す。法皇、この条いかがあるべからん(この件はどう始末したものだろう)とおぼしめしわづらひて、太政大臣・左右の大臣・内大臣・堀河大納言忠親(ただちか)卿に仰せあはせらる。五人の公卿申されけるは、〈昔より卿相の位にのぼる物の頸、大路をわたさるる事先例なし。就中(なかんづく)此輩(ともがら)は、先帝(安徳天皇)の御時、戚里(せきり、漢の時代に高祖と姻戚関係のものが住んだ所)の臣(外戚に当たる臣)として久しく朝家につかうまつる。範頼・義経が申状(願い出たこと)、あながち御許容あるべからず(めったにお許しになってはいけません)〉と、おのおの一同に申されければ、渡さるまじきにてありけるを、範頼・義経かさねて奏聞しけるは、〈保元の昔をおもへば、祖父為義があた、平治のいにしへを案ずれば、ちち義朝がかたき也。君(後白河法皇)の御いきどをりをやすめあてまつり、父祖の恥をきよめんがために、命を捨てて朝敵を滅ぼす。今度平氏の頸ども大路をわたされずは、自今以後なんのいさみあッてか凶賊をしりぞけんや〉と、両人頻りにうッたへ申すあひだ、法皇ちからおよばせ給はで、つゐにわたされけり。見る人いくらといふかずをしらず。帝闕に袖をつらねしいにしへは(彼ら平家が昔朝廷に仕えて、礼服の袖を連ねていた時には)、おぢをそるる輩おほかりき。巷にかうべをわたさるる今は、あはれみかなしまずといふ事なし。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈平城宮懐古〉

「あるときは まなこしひたる たうそうに

         ものたまはりて ねぎらはせしむ」

・たうそう=唐僧、鑑真和上のこと。

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年3月10日 (日)

般若寺 水仙花だより  3・10

 

◎水仙: ≪満開≫ 

・開花:2月~3月初旬

今が見ごろです。お早目にお越しください。

・球根の数:1万~2万 

○梅:白梅は満開、豊後梅は五分咲き、紅梅は三分咲き

○侘助、猫柳、山茶花:満開、

 

*今日は斑鳩町の清水山吉田寺(しみずさんきちでんじ)で月例の「十日念仏講」があります。御本尊丈六阿弥陀仏の御尊前で講の善男善女が集い「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えられます。吉田寺は浄土宗の寺ですが、開基は恵心僧都源信さんです。恵心僧都は比叡山で天台宗を研鑽し、『往生要集』を著わされ日本浄土教の祖と仰がれています。奈良仏教の中から浄土教を学ばれた中川寺成身院(なかのかわでらじょうしんいん)の実範上人も真言密教を学んだあと比叡山にのぼり、恵心僧都の浄土教の教えを享けておられます。奈良で生まれ比叡山へのぼられた恵心僧都と、京都で生まれ奈良の興福寺へ入り中川寺を建てられた実範上人が浄土教の教えでつながっているというのは何とも不思議な仏縁です。

 

〔短歌〕

「鼻の上に 少し皺よせ わが妻の

        いとしみし子は 死ににけるかも」

      木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「水仙の 昃り易さの 日射なる」鈴鹿野風呂

・昃は音で「そく」、訓で「かたむく」と読み、作者は日が傾く様から「かげり」と読んだのだろうか、めずらしい訓読みです。

〔和歌〕

「くれなゐの むめがえになく 鶯は

         こゑの色さへ ことにぞありける」

           俊頼朝臣・風雅75

「まっ赤な梅の枝に鳴く鶯は、声の色合さえ特別にすばらしいなあ。」

・こゑの色=声の味わい。「紅梅」によそえて特に「色」という。

・こと=格別。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 目録

「首渡」(くびわたし)、「内裏女房」(だいりにょうぼう)、「八嶋院宣」(やしまゐんぜん)、「請文」(うけぶみ)、「戒文」(かいもん)、「海道下」(かいだうくだり)、「千手前」(せんじゅのまへ)、「横笛」(よこぶえ)、「高野巻」(かうやのまき)、「維盛出家」(これもりのしゅっけ)、「熊野参詣」(くまのさんけい)、「維盛入水」(これもりのじゅすゐ)、「三日平氏」(みつかへいじ)、「藤戸」(ふぢと)、「高野御幸」(かうやごかう)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈平城宮懐古〉

「あるときは みちのくやまに さくはなの

         くがねいでぬと とよめきにけむ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

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2013年3月 9日 (土)

般若寺 水仙花だより  3・9

 

◎水仙: ≪満開≫ 

・開花:2月~3月初旬

今が見ごろです。お早目にお越しください。

・球根の数:1万~2万 

○その他の花:梅、侘助、猫柳、山茶花、

 

*このところの春の陽気は4月下旬の頃の気温になっているそうです。まだ桜も咲いていないというのに、異常な暖かさです。まあ一時の現象だと思いますが、人間界の現象とよく似ています。バブルははじけます、あまり喜んでばかりいると急転直下、転げるように下がっていきます。自然界では春の雪、春の遅霜がありますから油断禁物です。それでも今日も一日、冬を忘れて過ごせそうでありがたいです。

 

〔短歌〕

「何事も 今は甲斐なき 吾子なれば

       野辺に送らん いとなみするも」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「水仙花 父の形見の 俳句帳」馬場美智子

〔和歌〕

「うちなびき 春たちぬらし わが門の

         柳のうれに 鶯なきつ」

          柿本人麿・玉葉35

「春になったらしいなあ、我が家の門口の柳の枝で、鶯が鳴いたよ。」

・うちなびき=「春」の枕詞。春、草木が萌え出てなびく所からいう。

・うれ=草木の成長する先端。枝先。

 

*『平家物語』を読む。

巻第九 「小宰相身投」の段、

「 〈我こひは ほそ谷河の まろ木ばし

ふみかへされて ぬるる袖かな〉

(私の恋は細い谷川にかけられた丸木橋が人に何度も踏まれて水に濡れているように、文を返されては涙に袖を濡らしています。)

 女院、〈これは逢はぬを恨みたる文や。あまりに人の心づよきもなかなかあたとなる物を(かえって我が身の不幸になりますよ)〉。中ごろ(平安中期の貴族政権が安定していたころ)小野小町とて、みめかたち世にすぐれ、なさけの道ありがたかりしかば、見る人きくもの肝たましゐを痛ましめずといふ事なし。

されども心づよき名をや取りたりけん。はてには人の思ひのつもりとて、風をふせくたよりもなく、雨をもらさぬわざもなし。宿に曇らぬ月ほしを、涙にうかべ(こわれた屋根からもれて来る月と星の光を目に涙を浮かべて眺め)、野べのわかな、澤のねぜり(根芹)を摘みてこそ、つゆの命をばす(過)ぐしけれ。女院、〈是はいかにも(どう見ても)返しあるべきぞ〉とて、かたじけなくも御すずり召しよせて、身づから御返事あそばされけり。

〈ただたのめ ほそ谷河の まろ木橋

ふみかへしては おちざらめやは〉

(どうぞ細谷川の丸木橋を信頼してください。たとえ、か弱い橋であろうとも、人に踏まれたとて落ちるような気の弱いことは決してありませんから。)

むねのうちのおもひは富士のけぶりにあらはれ(彼女の胸中の思いは富士山から立ちのぼる煙のようにこの歌に現われ)、袖のうへの涙は清見が関の波なれや(袖にこぼれる涙は清見が関の波のように高く立っていた)。みめは幸いの花なれば(女子の容色というものは男性の愛情の目標になるものだから)、三位此女房をたまはッて、たがいひに心ざし浅からず。されば西海の旅の空、舟の中、浪の上のすまひまでも引き具して、ついにおなじみちへぞ赴むかれける(最後は時をおなじゅうしてあの世にいかれた)。

 門脇の中納言(教盛)は、嫡子越前の三位(通盛)、末子業盛にもをくれたまひぬ。いま頼みたまへる人とては、能登守教経、僧には中納言の律師仲快ばかりなり。故三位殿の形見とも此女房をこそ見給ひつるに、それさへかやうになられければ、いかが心ぼそうぞなられける。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈平城宮懐古〉

「あるときは かのとうざんの うばそくが

         ぢぶつのひかり さしいりにけむ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月 8日 (金)

般若寺 水仙花だより  3・8

 

◎水仙: ≪満開≫ 

・開花:2月~3月初旬

今が見ごろです。お早目にお越しください。

・球根の数:1万~2万 

○その他の花:梅、侘助、猫柳、山茶花、福寿草

 

*晴、きのうは気温が21度もあり少し汗ばむほどの陽気でした。寒さになれた体にはこの急変化はついていけません。気温上昇で水仙は全開状態です。花の香りも満開で、境内一面に芳香が充満しています。そして白梅につづき桃色の豊後梅も咲き出しました。春は急ピッチでやって来ています。小鳥たちもあわただしく動いています。今来ている中ではメジロが可愛いです。小さな体で少し長いくちばしをもち、侘助などの花の蜜を吸っています。人が近づいても逃げません。里の小鳥なので馴れているのでしょう。

 

〔短歌〕

「いとし子を 焼場にやると 親さびて

        好みし着物を きせにけるかも」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「潮の香を 海に返しぬ 野水仙」稲畑汀子

〔和歌〕

「梅がえに まづさく花ぞ 春の色を

        身にしめそむる 始なりける」

          皇太后宮大夫俊成・風雅71

「梅の枝にいちはやく咲く花こそは、いかにも春だ、という気分を身にしみて実感する、そのはじめであるよ。」

・春の色=春の雰囲気。「花」を受けて「色」と言い、「身に染(し)め」と続ける。

・参考:「春の色の 至り至らぬ 里はあらじ

    咲ける咲かざる 花の見ゆらむ」(古今93・読人しらず)

 

*『平家物語』を読む。

巻第九 「小宰相身投」の段、

「 さる程に、春の夜の月も雲井にかたぶき、かすめる空も明ゆけば、名残はつきせずおもへども、さてしもあるべき事ならねば、う(浮)きもや上がり給ふと故三位殿のきせなが(着背長)の一両(着背長は貴人のよろい。一両は一揃い)残りたりけるに引き纏ひ奉り、ついにうみにぞ沈めける。乳母の女房、今度はおくれ奉らじと、続ひて入らんとしけるを、人々やうやうに取りとどめければ、力およばず。せめてのせんかたなさにや(何もしないでいられない気持ちが極まった果てにだろうか)、手づから髪を鋏下し、故三位殿の御おとと(弟)、中納言律師仲快に剃らせ奉り、泣く泣く戒(佛戒)保つて、主の後世をぞとぶらひける。昔より男にをくるるたぐひ多しといへども、様を変ふるは常の習ひ、身を投ぐるまでは有がたき試し也。忠臣は二君に仕へず、貞女は二夫にまみえずとも、かやうの事をや申すべき。

 此女房と申すは、頭の刑部卿則方(のりかた)のむすめ、上西門院(鳥羽天皇の皇女で二条天皇の准母)の女房、宮中一の美人、名をば小宰相殿とぞ申しける。此女房十六と申しし安元の春のころ、女院(上西門院)法勝寺(白河天皇の建てた寺、六勝寺の一つ)へ花見の御幸ありしに、通盛の卿其時はいまだ中宮の亮(中宮職の次官)にて供奉せられたりけるが、此女房をただ一目見て、あはれと思ひそめけるより、そのおもかげのみ身にひしと立ちそひて、忘るるひまもなかりければ、はじめは歌をよみ、文を尽したまへ共(恋文を書けるだけお書きになったが)、玉づさ(章)のかずのみ積りて、取り入れ給ふ事もなし。すでに三とせになりしかば、通盛の卿今を限りの文(これが最後のつもりの手紙)を書いて、小宰相殿のもとへ遣はす。折節取り伝へたる女房にもあはずして(通盛の手紙をもった使いは、丁度その時にはいつも手紙の取次をする女房にも会えないで)、使ひ空しく帰りける道にて、小宰相殿は折節我が里(御所に対して自分の家を里という)より御所へぞまいり給ひける。使ひ空しう帰りまいらん事の本意なさに(何もしないで帰り、通盛の所に出るのが残念だったので)、御車のすだれの中へぞ投げ入れける。供のもの共に問ひ給へば(小宰相が御供の者たちに手紙の主を聞いてみられると)、〈知らず〉と申す。さて此文をあけてみたまへば、通盛の卿の文にてぞ有ける。車に置くべきやうもなし、大路に捨てんもさすがにて(さすがにできないで)、はかまの腰(袴の紐)にはさみつつ、御所へぞまいり給ひける。さて宮づかへし給ふほどに、所しもこそおほけれ(場所だって多いのに、それがよりによって)、御前に文を落とされたり。女院是を御覧じて、急ぎ取らせおはしまし、御衣の御たもと(袂)に引き隠させ給ひて、〈めずらしき物をこそもとめたれ。此主は誰なるらん〉と仰せければ、御前の女房達、よろずの神仏にかけて〈知らず〉とのみぞ申しあはれける(みなが申した)。その中に小宰相殿は顔うち赤めて、物も申されず。女院も通盛の卿の申すとは(通盛卿が小宰相に言い寄っているとは)かねてよりしろ(知)しめされたりければ、さて此文をあけて御覧ずるに、きろ(妓)のけぶり(妓女が炉にたく麝香の煙。ここは実際に麝香でなくてもよく、手紙にたき籠められた香のにおいを美しく形容したもの)の匂ひことに懐かしく、筆のたてど(立て所、筆使い)もよのつねならず、〈あまりに人の心づよきもなかなか今は嬉しくて〉なんど、こまごまと書ひて。奥には一首の歌ぞ有ける。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈平城宮懐古〉

「あるときは ないだうぢやうに こもりけむ

         ひびきすがしき そうじやうがこゑ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。        最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な古寺の風景と文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。

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2013年3月 7日 (木)

般若寺 水仙花だより  3・7

 

◎水仙: ≪満開≫ 

・開花:2月~3月初旬

今が見ごろです。お早目にお越しください。

・球根の数:1万~2万 

○その他の花:梅、侘助、猫柳、山茶花、福寿草

 

*晴、今日も暖かいです。昨日に続いて日中の気温は20度になるかもしれません。着る物を一気に二枚脱いでしまいました。この暖気はちょっとまだ早いような気がします。

 昨日は陽気に誘われて花の種まきをしました。花菱草(カリフォルニアポピー)と紅白の霞草です。これらは4月末から5月に咲きます。自生している矢車草などもあって、春は花の種類が豊富です。般若寺の名物、山吹は4月中旬から下旬が見ごろです。

 

〔短歌〕

「病める子に 心はかかり 夢に見つ

   うつつに思ひつ 安眠(やすい)しなさぬ」

      木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「水仙が 待合室の 人気者」松田克行

〔和歌〕

「雪と見て 花とやしらぬ 鶯の

        まつ程過ぎて なかずもあるかな」

          凡河内躬恒・玉葉34

「(まっ白な雪を、ただ)雪だと見て、花とは思わないのだろうか。鶯は、待つ日数も随分過ぎたのに、まだ鳴かないことだなあ。」

・参考:「春たてば 花とや見らむ 白雪の

      かかれる枝に 鶯ぞなく」(古今6・素性法師)

 

*『平家物語』を読む。

巻第九 「小宰相身投」の段、

「〈それは心にかはりてもをしはかり給ふべし(あなたなら私の心に代ってでも、私の悲しみを思いやってくだされるでしょう)。大かたの世のうらめしさにも、身をなげなンどいふ事はつねのならひ也(一般的な世の無常を感じた場合にも、身を投げようなどというのはいつもあることです[だから私の今のことばも心配しないで聞き流して下さい])。されども思ひ立つならば、そこに知らせずしてはあるまじきぞ(けれども、私が本当に身投げを思い立った時にはあなたにきっと言いますよ。小宰相が乳母をいつわって安心させた言である)。夜もふけぬ、いざや寝ん〉とのたまへば、めのとの女房、この四五日は湯水をだにはかばかしう御覧じ入れたまはぬ人の(ろくろく召し上がらない人であるのに)、かように仰せらるるは、まことに思ひ立ちたまへるにこそと悲しくて、〈相かまへて思し召したつならば、ちいろ(千尋)の底までも引きこそ具せさせ給はめ(いったん身投げを思い立たれたならば、きっと[相構えて]千尋の海の底までも私をお連れ下さるのですよ。