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2013年5月

2013年5月31日 (金)

般若寺 季節の花だより 5・31

 

《いま咲いている花》

○初夏咲コスモス:≪五分咲き≫5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、90㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には1mをこえ人の背丈ほどの高さになります。秋に比べて花数は少ないですが花は大きく葉は青々しています。

 センセーション、ピコティ、シーシェル、ソナタ、サイケ、ローズボンボン、スノーパフ、ベルサイユなど種類も多種多彩です。

 

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

・睡蓮、ヒツジ草:≪咲きはじめ≫夏らしい花です。これから初秋まで咲きます。

○山アジサイ:≪五分咲き≫小さな手毬花、額花が色づいています。

・アジサイ:≪つぼみ≫6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」55

 笠置寺城:

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 これをこそ珍事と騒ぐところに、同じき十三日備後国より早馬打たせて、「桜山四郎入道(備後国一宮の吉備津神社の神主であろうとされる備後の名族)、同じき一族錦の御旌を挙げ、当国一宮を城郭として立て籠もる間、近国の逆徒馳せ加わって、その勢七百余騎国中を打ち靡かし、あまつさへ他国へ打ち超えんと企て候ひける。夜を日に継いで討手を下されずば、御大事に及ぶべし。御油断あるべからず」とぞ告げたりける。

 前には笠置の城強くして、国々の大勢(たいぜい)日夜責むれどもいまだ落ちず、後(うしろ)には楠木・桜山の逆徒等大いに起って、使者日に急を告げ、南蛮北狄(南蛮は河内の楠木、北狄は北国の反北条勢力をさす)すでに乱れたり。東夷西戎(東夷は東国の反北条勢力、西戎は備後の桜山氏をいうか)もいかがあらんずらんと、六波羅の北方駿河守範貞(元弘元年の探題は南方北条時益、北方北条仲時であり、当時範貞は探題でない)、安き心もなかりけり。〉

(この段終わり)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」

《 「電磁波の危険」を考える市民の集い 》

 全国各地で携帯電話基地局の設置があいついでいます。それにともなって周辺住民の皆さんに、多くの健康障害が発生していると言われています。真相はどうなのか。ご一緒に考える機会になれば幸いです。

○お話しする人:「電磁波・環境関西の会」代表 泉 泰通 氏(奈良市西登美ヶ丘在住)

○とき:67日(金)午後2時~4時頃まで

○ところ:奈良若草公民館

・主催:(仮称)「電磁波の危険」から健康被害を守る奈良の会 準備会

・問い合わせ先:0742-22-6387(般若寺)

 

〔短歌〕

「せせらぎの こぼこぼこもる 落窪を

         たわみおほへる 木いちごの花」

           木下利玄・一路

〔俳句〕

「紫陽花や 白より出でし 浅みどり」渡辺水巴

〔和歌〕

「さなへとる たのもの水の あさみどり

         すずしき色に 山かぜぞ吹く」

           前参議忠定・玉葉353

「早苗を取り植える、田の表面に張った水は浅く、そこに早苗の浅緑の葉がなびいて、いかにも涼しげな色に見えるように、山風が吹いている。」

・あさみどり=水の浅い事に、早苗の色の「浅緑」をかける。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十一 「遠矢」(とほや)の段、

「 戦いは遠矢の応酬から始まり、一時は源氏が劣勢だった。しかし、源氏の勝利を予言する種々の奇蹟が現じて平家の士気は衰え、四国九州の平氏はみな源氏に寝返った。平家は退くところを失った。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈山田寺の址にて〉

「やまでらの さむきくりやの ともしびに

         ゆげたちしらむ いものかゆかな」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺の近く、正倉院、東大寺、春日山にも近い「中ノ川・東鳴川」の地に、奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          

 建設候補地は奈良市側ではありますが、京都府の浄瑠璃寺まで数百メートルという真近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突(計画の高さ80m)から煙が吐き出されることになれば、奈良側からの古都の歴史景観は台無しです。若草山が噴火したように見えます。若草山々上は風向きによっては煙の中です。

そして当尾の里、浄瑠璃寺は日本の、世界の至宝であるのに、平安時代の神聖な浄土庭園と国宝の堂塔、仏像文化財が排煙にまみれることになります。

このような事態は、考えるのもおぞましい最悪無謀な、日本文化の破壊です。奈良市の策定委員会と市長は計画を即刻撤回すべきです。

この地域は、いにしえの平城山丘陵でもあります。歴史ゆたかな青垣の山々に心癒され愛惜する人がどれだけ大勢いることか、為政者は思いを致すべきです。ごみ工場移転を推進した人達は歴史に悪名を残すことになります。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。

奈良市当局へ手紙や電子メール、電話などで反対、抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里の浄瑠璃寺様、岩船寺様を支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

 

*「泉川 いくみかの原 過ぎぬとも

       夏は思はぬ 衣かせ山」

『最勝四天王院障子和歌』262の慈円大僧正の歌です。

前に紹介した古今集の歌、

「都出でて今日みかの原泉川 川風寒し衣かせ山」をふまえています。

本歌は寒い季節で衣服を貸してほしい、重ねたいというのに対し、夏の季節はみかの原(三日)を幾日経ようとも衣を貸してほしいとは思いませんよ、鹿背山よ。作者の慈円は関白の藤原忠通の子息で天台座主を四度務めた高僧。歌人として有名ですが歴史書『愚管抄』を書いた学僧でもある。

 後鳥羽上皇や慈円僧正のような当代きっての教養人が愛した泉川、瓶の原、鹿背山。

木津市長さん、ごみ焼却場建設で日本民族の宝、文化遺産を壊さないでください。鹿背山破壊は貴市が進めている恭仁京保存と矛盾しませんか。

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2013年5月30日 (木)

般若寺 季節の花だより 5・30

 

《いま咲いている花》

○初夏咲コスモス:≪五分咲き≫5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には1mをこえる高さになります。秋に比べて花数は少ないですが花は大きく葉は青々しています。

 センセーション、ピコティ、シーシェル、ソナタ、サイケ、など種類も多種多彩です。

 

・スイカズラ:≪満開≫ 白と黄色の甘い香りのする花です。

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

・睡蓮、ヒツジ草:≪咲きはじめ≫初夏らしい花です。

○山アジサイ:≪五分咲き≫小さな手毬花、額花が色づいています。

・アジサイ:≪つぼみ≫6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」54.

 笠置寺城:本性房の活躍

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 かくて十余日経ける程に、同じき十一日河内国より早馬を打つて、「楠木兵衛正成といふ者、主上に憑(たの)まれ進(まゐ)らせて旌(はた)を挙ぐる間、志ある物は同心し、志なき物は東西に逃げ隠れ、やがて国中の民屋(みんをく)を追捕して己が館の上なる赤坂城に城郭を構へ、兵粮手の定(手の及ぶだけ、力のありったけの意)運び入れて、官軍五百余騎立て籠る。御退治延引あらば、事難儀に及び候ふべし。急ぎ御勢を向けらるべし。」とぞ申しける。

(こうして十数日が過ぎたころ、同じ月の十一日に河内国から早馬の使者が六波羅に現れ、「楠木兵衛正成という者が、帝から頼まれなさって旗揚げをしたので、志ある者は味方になり、志のない者は東西に逃げ隠れし、楠木はすぐに河内の国中の民家を没収して、自分の館の上にある赤坂山に城郭を構え、兵糧を手の及ぶ限り運び入れて、官軍五百余騎が立て籠もっております。御討伐が遅くなりますと、厄介なことになりましょう。急いでご軍勢をさし向けられますよう」と言上した。) 〉(つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」55

《 「電磁波の危険」を考える市民の集い 》

 全国各地で携帯電話基地局の設置があいついでいます。それにともなって周辺住民の皆さんに、多くの健康障害が発生していると言われています。真相はどうなのか。ご一緒に考える機会になれば幸いです。

○お話しする人:「電磁波・環境関西の会」代表 泉 泰通 氏(奈良市西登美ヶ丘在住)

○とき:67日(金)午後2時~4時頃まで

○ところ:奈良若草公民館

・主催:(仮称)「電磁波の危険」から健康被害を守る奈良の会 準備会

・問い合わせ先:0742-22-6387(般若寺)

 

〔短歌〕

「日かげれば 若葉はくもり この見ゆる

         景色の気持ち とみにしかはりつ」

           木下利玄・一路

〔俳句〕

「額咲くや 渓とて岩の 苔衣」尾崎迷堂

〔和歌〕

「あやめふく かやが軒ばに 風過ぎて

         しどろにおつる むらさめの露」

           後鳥羽院御製・玉葉345

「五月の節句のために菖蒲の葺いてある、茅葺の貧しい小家の軒端に風が吹き過ぎて、急に乱れてしたたり落ちる、たまっていた五月雨の雫よ。」

・しどろに=秩序なく乱れて。

・詞書:百首御歌の中に=遠島百首。承久の乱で配流された後鳥羽院が隠岐で詠んだ百首。

 

*『平家物語』を読む。

巻十一 「鶏合壇浦合戦」(とりあはせだんのうらかっせん)の段、

「 義経は周防に渡り範頼の軍に合した。熊野の湛増、伊予の河野通信も源氏の味方になった。源平が矢合せする日になって、義経と梶原との間に血闘が起こりかけたが、人々がやっとおしとどめた。」

「 源平の舟は接近した。源氏は舟の数こそ多いが、海戦を得意とする平家に押され気味である。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈山田寺の址にて〉

「くさふめば くさにかくるる いしずゑの

         くつのはくしやに ひびくさびしさ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺の近く、正倉院、東大寺、春日山にも近い「中ノ川・東鳴川」の地に、奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          

 建設候補地は奈良市側ではありますが、京都府の浄瑠璃寺まで数百メートルという真近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突(計画の高さ80m)から煙が吐き出されることになれば、奈良側からの古都の歴史景観は台無しです。若草山が噴火したように見えます。山上は風向きによっては煙の中です。

そして当尾の里、浄瑠璃寺は日本の、世界の至宝であるのに、平安時代の神聖な浄土庭園と国宝の堂塔、仏像文化財が排煙にまみれることになります。

このような事態は、考えるのもおぞましい最悪無謀な、日本文化の破壊です。奈良市の策定委員会と市長は計画を即刻撤回すべきです。

この地域は、いにしえの平城山丘陵でもあります。歴史ゆたかな青垣の山々に心が癒され愛惜する人がどれだけ大勢いることか、為政者は思いを致すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。

奈良市当局へ手紙や電子メール、電話などで反対、抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里の浄瑠璃寺様、岩船寺様を支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

 

*「泉川 いくみかの原 過ぎぬとも

       夏は思はぬ 衣かせ山」

『最勝四天王院障子和歌』262の慈円大僧正の歌です。

前に紹介した古今集の歌、

「都出でて今日みかの原泉川 川風寒し衣かせ山」をふまえています。

本歌は寒い季節で衣服を貸してほしい、重ねたいというのに対し、夏の季節はみかの原(三日)を幾日経ようとも衣を貸してほしいとは思いませんよ、鹿背山よ。作者の慈円は関白の藤原忠通の子息で天台座主を四度務めた高僧。歌人として有名ですが歴史書『愚管抄』を書いた学僧でもある。

 後鳥羽上皇や慈円僧正のような当代きっての教養人が愛した泉川、瓶の原、鹿背山を壊さないで。

 

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2013年5月29日 (水)

般若寺 季節の花だより 5・29

 

《いま咲いている花》

○初夏咲コスモス:≪三分咲き≫5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には1mをこえる高さになります。秋に比べて花数は少ないですが花は大きく葉は青々しています。

 センセーション、ピコティ、シーシェル、ソナタ、サイケ、など種類も多種多彩です。

○春咲コスモス:≪盛りを過ぎました≫ 千本程。   

・スイカズラ:≪満開≫ 白と黄色の甘い香りのする花です。

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

・睡蓮、ヒツジ草:≪咲きはじめ≫初夏らしい花です。

○山アジサイ:≪五分咲き≫小さな手毬花、額花が色づいています。

・アジサイ:≪つぼみ≫6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」53

吉野郡川上村の後南朝御聖蹟をご紹介します。まず奈良から川上村へは、桜井経由で行くのが分かりやすいです。私は高円山から田原をへて名阪国道の針インターを越え榛原大宇陀へ出ました。山道ですが空いています。370号線から吉野町169線へ入り、大滝ダムの堰堤をこえれば川上村役場です。役場のならびに道の駅「杉の湯川上」と湯盛温泉「ホテル杉の湯」という施設があります。そこから少し行くと真新しいモダンな建物が二つ並んでいます。一つは「森と水の源流館」という展示施設です。川上は吉野川の川上、源流地です。奈良県と和歌山県の水道水はここから生まれています。もう一つは「川上総合センターやまぶきホール」です。ここの二階に教育委員会があり、応接室へお邪魔しました。中でお待ちいただいたのは、川上村教育長の弓場さんと村会議員の塩谷さんです。先日の南朝顕彰碑建碑式の時お越しいただく予定だった方が都合悪く欠席されたので、記念の資料集などをお届けしたかったのです。弓場さんも塩谷さんも後南朝の末裔で南帝の御廟のあるお寺、金剛寺での「朝拝式」を守っておられる家柄だそうです。川上村は昔に比べ人口が減少しています。伊勢湾台風で大被害が出たのとダムに水没した村落の人たちが村を離れられたそうです。七千人あった人口が二千人足らずになっています。お聞きすると、「朝拝式」も三カ所であったのを一カ所に合同しておられるとか、神社も山奥に散在していたのを合祀されたとか、いろいろ変遷があるようです。私が初めて知ったのは、ここには大塔宮ゆかりの「大塔神社」があるそうです。この日は聖蹟はどこも行けなかったので日を改めて巡拝したいと思います。頂いた「哀しくもロマンあふれる後南朝」というパンフレットによると、「後南朝の歴史を訪ねて」として各所の由緒説明が詳しく載っています。

○神之谷(こうのたに):金剛寺、河野御所跡、朝拝式、自天王の御遺品。

○神之谷(こうのたに):自天親王神社。

○三之公(さんのこう):カクシ平(行宮跡)。

○東川(うのかわ):住吉神社。

○北塩谷(きたしおたに):大西助五郎の碑。

○寺尾(てらお):御首載(のせ)石。

○高原(たかはら)南帝王の森。

○伯母谷(おばたに):橘将監(たちばなしょうげん)の墓。

川上村は山また山の山国です。西に大峰山、最高峰は大普賢岳(1780m)。南に大台ケ原、経ヶ峰(1529m)。東は三重県大台町の台高山脈と、紀伊半島の屋根に当たる地域です。今から六百年近く前、高貴なお方が山暮らしに耐え南朝の復権を願って住まわれた地、そして御子孫の方々が今も誇りをもって由緒を受け継いでおられることに心から敬意を払いたいと思いました。

 みなさま一度川上村を訪ねて下さい。夏場はキャンプ、釣り堀、バーベキュー、川遊びなどができるそうです。涼しいですよ。

秋には紅葉の中を御聖蹟めぐりはいかがですか。

案内パンフを般若寺へ送っていただけるようです。届いたらお知らせします。

 

*「携帯基地局と電磁波問題」54

今度こういう講演と意見交換の会合があります。

『「電磁波の危険」を考える市民の集い』

 全国各地で携帯電話基地局の設置があいついでいます。それにともなって周辺住民の皆さんに、多くの健康障害が発生していると言われています。真相はどうなのか。ご一緒に考える機会になれば幸いです。

○お話しする人:「電磁波・環境関西の会」代表 泉 泰通 氏(奈良市西登美ヶ丘在住)

○とき:67日(金)午後2時~4時頃まで

○ところ:奈良若草公民館

・主催:(仮称)「電磁波の危険」から健康被害を守る奈良の会 準備会

・問い合わせ先:0742-22-6387(般若寺)

 

〔短歌〕

「ゆきめぐる 楢若葉山 下草に

        洩れ日ちらちら 揺れさだまらぬ」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「紫の さまで濃からず 花菖蒲」久保田万太郎

〔和歌〕

「みわ河の 水せき入れて やまとなる

        ふるのわさ田は さんへとるなり」

          従二位行家・玉葉351

「三輪川の水を塞き止め、導き入れて、大和の布留の早植えの田は、早苗を取り植えているようだ。」

・参考:「佐保川の 水をせき上げて 植ゑし田を

      刈れる早飯は ひとりなるべし」(上句尼、末句家持・万葉1635

 

*『平家物語』を読む。

巻第十一 「志度合戦」(しどかつせん)の段、

「 平家は志度の浦に退いたが、そこをも支えられず、どことも知らず海上を逃れていった。義経は平家に味方していた阿波教能をごまかして、降参させた。渡辺にいた梶原以下二百余艘の源氏も屋島に到着した。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈笠置山にのぼりて〉

「のびやかに みちによりふす このいはの

         ひとならましを われをろがまむ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺の近く、正倉院、東大寺、春日山にも近い「中ノ川・東鳴川」の地に、奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          

 建設候補地は奈良市側ではありますが、京都府の浄瑠璃寺まで数百メートルという真近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突(計画の高さ80m)から煙が吐き出されることになれば、奈良側からの古都の歴史景観は台無しです。若草山が噴火したように見えます。山上は風向きによっては煙の中です。

そして当尾の里、浄瑠璃寺は日本の、世界の至宝であるのに、平安時代の神聖な浄土庭園と国宝の堂塔、仏像文化財が排煙にまみれることになります。

このような事態は、考えるのもおぞましい最悪無謀な、日本文化の破壊です。奈良市の策定委員会と市長は計画を即刻撤回すべきです。

この地域は、いにしえの平城山丘陵でもあります。歴史ゆたかな青垣の山々に心が癒され愛惜する人がどれだけ大勢いることか、為政者は思いを致すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。

奈良市当局へ手紙や電子メール、電話などで反対、抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里の浄瑠璃寺様、岩船寺様を支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

 

*「泉川 いくみかの原 過ぎぬとも

       夏は思はぬ 衣かせ山」

『最勝四天王院障子和歌』262の慈円大僧正の歌です。

前に紹介した古今集の歌、

「都出でて今日みかの原泉川 川風寒し衣かせ山」をふまえています。

本歌は寒い季節で衣服を貸してほしい、重ねたいというのに対し、夏の季節はみかの原(三日)を幾日経ようとも衣を貸してほしいとは思いませんよ、鹿背山よ。作者の慈円は関白の藤原忠通の子息で天台座主を四度務めた高僧。歌人として有名ですが歴史書『愚管抄』を書いた学僧でもある。

 後鳥羽上皇や慈円僧正のような当代きっての教養人が愛した泉川、瓶の原、鹿背山を後世に残しましょう。良識ある木津川市民の皆さんお願いしますよ。

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2013年5月28日 (火)

般若寺 季節の花だより 5・28

 

《いま咲いている花》

○初夏咲コスモス:≪三分咲き≫5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には1mをこえる高さになります。秋に比べて花数は少ないですが花は大きく葉は青々しています。

 センセーション、ピコティ、シーシェル、ソナタ、サイケ、など種類も多種多彩です。

○春咲コスモス:≪盛りを過ぎました≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に赤白ピンクの大きな花が鮮やかです。

・梅花うつ木、定家カズラ、スイカズラ:≪満開≫ 純白の甘い香りのする花です。

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

・睡蓮、ヒツジ草:≪咲きはじめ≫初夏らしい花です。

○山アジサイ:≪咲きはじめ≫小さな手毬花が色づいてきました。額花も開花。

 

《これから咲く花》

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」

昨日、奈良県吉野郡川上村の教育委員会を訪れ、後南朝の末裔の方々にお会いしました。山道を車で往復120㎞ほど走ったのでちょっと疲れました。ご報告は明日にいたします。あしからず。

 

*「携帯基地局と電磁波問題」(休みます)

 

〔短歌〕

「夜あがりの 瑠璃蒼空を 走る雲

        かろやかにして ここだはしるも」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「うきぐさの 花のあはれや 業平忌」奈良鹿郎

〔和歌〕

「五月まつ 花のかほりに 袖しめて

        雲はれぬ日の 夕ぐれの雨」

藤原景綱・玉葉341

「五月を待つ花、昔の人を偲ぶ橘の香に袖を深々と薫らせて、雲の垂れこめて晴れぬ一日を過ごした夕暮の、静かな雨の風情よ。」

・袖しめて=袖に香りをしみこませて。

・夕ぐれの雨=空気の湿っている時に物の香がよく薫ることをふまえて表現。

 

*『平家物語』を読む。(休みます)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈木津川の岸に立ちて〉

「みわたせば きづのかはらの しろたへに 

         かがやくまでに はるたけにけり」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺の近く、正倉院、東大寺、春日山にも近い「中ノ川・東鳴川」の地に、奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          

 建設候補地は奈良市側ではありますが、京都府の浄瑠璃寺まで数百メートルという真近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突(計画の高さ80m)から煙が吐き出されることになれば、奈良側からの古都の歴史景観は台無しです。若草山が噴火したように見えます。山上は風向きによっては煙の中です。

そして当尾の里、浄瑠璃寺は日本の、世界の至宝であるのに、平安時代の神聖な浄土庭園と国宝の堂塔、仏像文化財が排煙にまみれることになります。

このような事態は、考えるのもおぞましい最悪無謀な、日本文化の破壊です。奈良市の策定委員会と市長は計画を即刻撤回すべきです。

この地域は、いにしえの平城山丘陵でもあります。歴史ゆたかな青垣の山々に心が癒され愛惜する人がどれだけ大勢いることか、為政者は思いを致すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。

奈良市当局へ手紙や電子メール、電話などで反対、抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里の浄瑠璃寺様、岩船寺様を支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

 

*「泉川 川波しろく 吹く風に

      夕べ涼しき 鹿背山の松」

これは新古今集を編纂し承久の乱で隠岐の島へ配流された後鳥羽上皇の御製歌です。

京都に造られた「最勝四天王院」において催された歌会を撰集した「障子和歌」の261番に出ています。「夏の夕方、鹿背山の松林の下に立つと、すぐそばを流れる木津川の川面に白波がたって、涼しい川風が吹いて来るよ」と、風趣豊かな泉川と鹿背山を詠んでおられます。この鹿背山を壊さないでください、木津川市のみなさんにお願いします。

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2013年5月27日 (月)

般若寺 季節の花だより 5・27

 

《いま咲いている花》

○初夏咲コスモス:≪三分咲き≫5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には1mをこえる高さになります。秋に比べて花数は少ないですが花は大きく葉は青々しています。

 センセーション、ピコティ、シーシェル、ソナタ、サイケ、など種類も多種多彩です。

○春咲コスモス:≪盛りを過ぎました≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に赤白ピンクの大きな花が鮮やかです。

・梅花うつ木、定家カズラ、スイカズラ:≪満開≫ 純白の甘い香りのする花です。

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

・睡蓮、ヒツジ草:≪咲きはじめ≫初夏らしい花です。

○山アジサイ:≪咲きはじめ≫小さな手毬花が色づいてきました。額花も開花。

 

《これから咲く花》

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」52

 笠置寺城:本性房の活躍

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 南都般若寺より巻数の使(くわんじゅ、祈祷で読誦した経の巻名や度数を書いた目録を祈祷の施主に届ける使者)に参りたるける本性房(ほんじやうばう)といふ大力の律僧(りつそう)

(律宗の僧。律宗は奈良時代鑑真が日本に伝えた、南都六宗の一つ。鎌倉時代、叡尊らによって復興され、般若寺は西大寺末の真言律宗である。)

これを見て、「折伏(しゃくぶく、煩悩や迷妄をおさえ、悪人や悪法をくじき伏せること)の利は大悲の方便なれば、などかこれを助けざるべき」とて、

(悪人折伏の効用は、仏が慈悲をもって衆生を救う手段であるから、敗軍[まけいくさ]の官軍をどうして助けずにいてよいことがあろう、と言って)

褊衫(へんざん、律宗の法衣。)の袖を結んで肩に懸け、木戸より外に進み出でて、大磐石(だいばんじゃく、大きな岩)のありけるを、鞠の勢(せい、大きさ)に引き欠き引き欠き、二、三十連打(つづけうち)にぞ投げたりける。

(そこにあった大岩を鞠の大きさに砕きながら、二、三十続けざまに投げつけた。)数万の寄手ども、楯の板を微塵に打ち砕いて、些(すこ)しもこの石に当る者は、死傷せずといふ事なし。されば、東西の坂には馬・人いやが上に落ち重なッて、深き谷も埋もれて、尸(しかばね)は路溪(ろけい)に漂へり。

(数万の寄せ手は楯の板を粉々に打ち砕かれ、少しでもこの石に当った者は、皆死んだり怪我をしたのである。そのため、東西の坂には馬も人も次から次へと落ち重なり、深い谷もそのために埋まって、道という道は屍であふれたのである。)

 されば、古津川の流れ血になって、紅葉の影を行く水も紅深きに異ならず。これより後は、寄手雲霞の如しといへども、城をせめんといふ物独りもなし。ただ城の四方の山々に、谷を隔て尾を超えて、遠攻めにこそしたりけれ。

(そこで、木津川の流れは血に染まって、まるで岸辺の木々の紅葉の影が川面に色濃く映っているようである。この後は、寄せ手は雲霞のような大軍でありながら、城を攻めようとする者は一人もいない。もっぱら城を囲む四方の山々に、谷を隔て尾根を越えた遠い場所にいて、城を取り囲むのだった。)〉

 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」53

2.携帯電話基地局から身を守る

 「電磁波から身を守る」ために必要な対策の「基本中の基本」は、「電磁波を浴びない(被曝時間をできるだけ少なくする)」「電磁波の発生源から離れる(距離をとる)」の二点だ。ところが、それができにくいのが、家の近くに基地局が建ったときだ。一日の疲れを癒し、体力の回復をはかるために睡眠をとる場所、そのもっとも安全であるべき住宅が、24時間、365日、電磁波にされされ続けることになるからだ。基地局の電磁波から命を守るための対策は、大きく分けて、次の四つの場合があるだろう。

 基地局建設の「情報を入手」したとき、「稼働していない」とき。

 知らない間に基地局が建設され、すでに稼働しているとき。

 反対運動をしたが、建設されてしまったとき。

 まだ基地局は建設されていないとき。

 

〔短歌〕

「路のべゆ 木深く飛びし 山の鳥

         しばらくきけど 音もこそせね」

      木下利玄・一路

〔俳句〕

「枇杷熟れて 古き五月の あしたかな」加藤楸邨

〔和歌〕

「暮れかかる そとものを田の 村雨に

         すずしさそへて とる早苗かな」

           前大納言公泰・風雅349

「暮れかかる頃、家の裏手の稲田に村雨が降りかかる、その涼しさに更に涼しさを加えるように、取り植えて行くさわやかな緑の早苗よ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十一 「弓流」(ゆみながし)の段、

「 舟の上では与一の妙技に感心した男が舞を舞ったところ、与一はこれをも射殺した。平家の景清らが浜にあがったので、源氏は応戦したが、三穂屋十郎が甲のしころをちぎられてしまった。」

「 平家は舟の上、源氏は馬を海中に乗り入れて戦っているうちに、義経は弓を落としたが、その弓の弱いことを恥じて危険を冒してとって帰った。源氏は三日間不眠不休、そんな時に夜討ちをかけられれば大変だった。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈畝傍山をのぞみて〉

「ちはやぶる うねびかみやま あかあかと

         つちのはだみゆ まつのこのまに」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺の近く、正倉院、東大寺、春日山にも近い「中ノ川・東鳴川」の地に、奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          

 建設候補地は奈良市側ではありますが、京都府の浄瑠璃寺まで数百メートルという真近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突(計画の高さ80m)から煙が吐き出されることになれば、奈良側からの古都の歴史景観は台無しです。若草山が噴火したように見えます。山上は風向きによっては煙の中です。

そして当尾の里、浄瑠璃寺は日本の、世界の至宝であるのに、平安時代の神聖な浄土庭園と国宝の堂塔、仏像文化財が排煙にまみれることになります。

このような事態は、考えるのもおぞましい最悪無謀な、日本文化の破壊です。奈良市の策定委員会と市長は計画を即刻撤回すべきです。

この地域は、いにしえの平城山丘陵でもあります。歴史ゆたかな青垣の山々に心が癒され愛惜する人がどれだけ大勢いることか、為政者は思いを致すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。

奈良市当局へ手紙や電子メール、電話などで反対、抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里の浄瑠璃寺様、岩船寺様を支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

 

*「泉川 川波しろく 吹く風に

      夕べ涼しき 鹿背山の松」

これは新古今集を編纂し承久の乱で隠岐の島へ配流された後鳥羽上皇の御製歌です。

京都に造られた「最勝四天王院」において催された歌会を撰集した「障子和歌」の261番に出ています。「夏の夕方、鹿背山の松林の下に立つと、すぐそばを流れる木津川の川面に白波がたって、涼しい川風が吹いて来るよ」と、風趣豊かな泉川と鹿背山を詠んでおられます。この鹿背山を壊さないでください、木津川市のみなさんにお願いします。

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2013年5月26日 (日)

般若寺 季節の花だより 5・26

 

《いま咲いている花》

○初夏咲コスモス:≪咲きはじめ≫5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には1mをこえる高さになります。秋に比べて花数は少ないですが花は大きく葉は青々しています。

 センセーション、ピコティ、シーシェル、ソナタ、サイケ、など種類も多種多彩です。

○春咲コスモス:≪満開・少し盛りを過ぎました≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に赤白ピンクの大きな花が鮮やかです。

・梅花うつ木、定家カズラ:≪満開≫ 純白の甘い香りのする花です。

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

・睡蓮:≪咲きはじめ≫初夏らしい花です、ヒツジ草はまだです。

○山アジサイ:≪咲きはじめ≫小さな手毬花が色づいてきました。額花も開花。

 

《これから咲く花》

・黄ショウブ、スイカズラ:5月下旬

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」51

 笠置寺城

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 かかるところに、山田太郎四郎重綱(しげつな、尾張国山田郡山田出身の武士、足助氏と同族。)、二人の御方(みかた)を乗り超えて塀に付かんとするところに、甲の手辺(てへん、兜の天辺。鉢の中央上部。頭が蒸れないように天辺の座に穴が開けてあるが、古い時代ほどその孔が大きい。)射られて引き退く。おめき喚(さけ)んで責め戦ふ矢叫(やさけび)の音(矢を射あうときに敵味方が発する声、また矢を射当てたときに射手があげる声。)、時(鬨)の声、しばらくも(すこしも)止む時なければ、太山(たいざん、泰山。中国山東省奉安けんの北にある山)も崩れて海となり、坤軸(こんじく、地軸。大地の中心を貫く想像上の軸)も折れてたちまちに地に沈むとぞ覚えたる。晩景になりければ、寄手いよいよ重なつて持楯(もちだて、手に持って使う楯)を突き寄せ突き寄せ関(きど)の逆木(さかもぎ、逆茂木。敵の侵入を防ぐために、枝や茨などのトゲのある木の枝を逆立てて、垣根のようにしたもの)を乗り超え乗り超え攻め入りける間、官軍利を失つて些(すこ)し散つて見えけるところに、

(夕方になると、寄せ手はますます多くなって、持ち楯を立て並べ立て並べし、木戸口の逆茂木を乗り越え乗り越え城中に攻め入ったので、官軍は劣勢になって、すこし散り散りばらばらになりかけたところに、)〉

 

23日の顕彰碑除幕式啓白文:後半の分

また同年八月後醍醐天皇笠置寺に皇居を遷され

大塔宮など天皇方が籠城せらる 世に言う元弘の変なり

 その時幕府勢の大軍に向かいて足助次郎重範の強弓

並びに般若寺本性房の大力による奮戦ありと伝ふ

ひと月の防戦も武運拙く夜襲に敗れ 後醍醐帝天皇を

始め尊澄法親王並びに公卿武将方落ち行かれるも敵軍に

捕われ 後醍醐帝の隠岐配流をはじめ各々処断を蒙られる

その中にあって一人大塔宮は当山へ落ちのびられ 敵の

探索を受けたれども 堂内にありし大般若経唐櫃に潜まれ危難を脱せられる 仏神の御加護の賜物と言われる 

後刻 宮は熊野へ落ち行かれ吉野山で再起討幕の兵を挙げられ所願を成就せらる。

 件の事蹟は後日の建武中興への礎となり 

歴史に名をとどむるところなり

しかれども後醍醐天皇の建武の親政三年で潰え

皇居を吉野へ遷座せられ南朝を開かるることとなる

元亨より星霜経ること六百八十九年に当たる本年

建武の中興を成し遂げさらに南朝の基を築かれた

後醍醐天皇 大塔宮護良親王 

文観上人 本性房の御事蹟御遺徳を偲び

御聖蹟顕彰の碑を建てるものなり

願わくは 此の功徳を以て聖王後醍醐天皇尊儀を

はじめ奉り 建武中興の先徳御尊霊各位

 等正覚を成ぜられ密厳浄土に遊戯せられんことを

併せて 天長地久 四海安寧 万邦平和 興隆仏法を

祈念し奉る

乃至法界 平等利益

時に平成二十五年五月二十三日

南都真言律宗 法性山 般若寺住持沙門 明奎房良任 

敬って白す

 

*「携帯基地局と電磁波問題」

 

〔短歌〕

「岨(そば)みちの 蕨折りため ゆきしかば

           手つめたしも 山のさ霧に」

             木下利玄・一路

〔俳句〕

「梅の身の 朝曇りせるは しづかなり」水原秋桜子

〔和歌〕

「あはれにも ともにふしみの 里にきて」

         かたらひあかす ほととぎす哉

           皇太后宮大夫俊成・玉葉336

「いとしい事には、「人と共に臥す」という名を持った伏見の里に、私と一しょにやって来て、一晩中やさしい鳴き声を聞かせてくれる、まるで恋人のような時鳥よ。」

・ふしみ=伏見。山城の歌枕。京都市伏見区。「臥し見」と音の通うところから、恋人と共寝するイメージと重ねて用いられる。

・詞書:伏見にて、近聞郭公といふことを読み侍りける

『長秋詠藻』127.伏見にて相知れる僧の宝筐経に詩歌供養すとて、近聞郭公といふ心を詠みけるに。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十一 「那須与一」の段、

〈 与一鏑をとッてつがひ、よッぴいてひやうとはなつ。小兵といふぢやう十二束三ぶせ、弓はつよし、浦ひびく程長鳴して、あやまたず扇のかなめぎは一寸ばかりをいて、ひィふつとぞゐきッたる(ピューッ、ブスッと射切った)。鏑は海へ入りければ、扇は空へぞあがりける。いばしは虚空にひらめきけるが、春風に一もみ二もみもまれて、海へさッとぞ散ッたりける。夕日のかかやいたるに、みな紅の扇の日いだしたるが、白波のうへにただよひ、うきぬしづみぬ(浮いたり沈んだり)ゆられければ、奥(おき)には平家ふなばたをたたいて感じたり(ほめたたえた)、陸(くが)には源氏ゑびら(矢をさして背に負うもの)をたたいてどよめきけり。〉 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈香具山にのぼりて〉

「いにしへを ともらひかねて いきのをに

         わがもふこころ そらにただよふ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺の近く、正倉院、東大寺、春日山にも近い「中ノ川・東鳴川」の地に、奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          

 建設候補地は奈良市側ではありますが、京都府の浄瑠璃寺まで数百メートルという真近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突(計画の高さ80m)から煙が吐き出されることになれば、奈良側からの古都の歴史景観は台無しです。若草山が噴火したように見えます。山上は風向きによっては煙の中です。

そして当尾の里、浄瑠璃寺は日本の、世界の至宝であるのに、平安時代の神聖な浄土庭園と国宝の堂塔、仏像文化財が排煙にまみれることになります。

このような事態は、考えるのもおぞましい最悪無謀な、日本文化の破壊です。奈良市の策定委員会と市長は計画を即刻撤回すべきです。

この地域は、いにしえの平城山丘陵でもあります。歴史ゆたかな青垣の山々に心が癒され愛惜する人がどれだけ大勢いることか、為政者は思いを致すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。

奈良市当局へ手紙や電子メール、電話などで反対、抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里の浄瑠璃寺様、岩船寺様を支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

 

*「泉川 川波しろく 吹く風に

      夕べ涼しき 鹿背山の松」

これは新古今集を編纂し承久の乱で隠岐の島へ配流された後鳥羽上皇の御製歌です。

京都に造られた「最勝四天王院」において催された歌会を撰集した「障子和歌」の261番に出ています。「夏の夕方、鹿背山の松林の下に立つと、すぐそばを流れる木津川の川面に白波がたって、涼しい川風が吹いて来るよ」と、風趣豊かな泉川と鹿背山を詠んでおられます。この鹿背山を壊さないでください、木津川市のみなさんにお願いします。

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2013年5月25日 (土)

般若寺 季節の花だより 5・25

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開・少し盛りを過ぎました≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に赤白ピンクの大きな花が鮮やかです。

○初夏咲コスモス:≪咲きはじめ≫5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には1mをこえる高さになります。

・梅花うつ木、定家カズラ:≪満開≫ 純白の甘い香りのする花です。

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

・睡蓮:≪咲きはじめ≫初夏らしい花です、ヒツジ草はまだです。

○山アジサイ:≪つぼみ≫小さな手毬花が色づいてきました。

 

《これから咲く花》

・黄ショウブ、スイカズラ:5月下旬

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」50

 笠置寺城

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 遥かなる谷一つ隔てて、二町余りが外に引(ひか)へたる荒尾九郎(あらおくろう、尾張国知多郡荒尾出身の武士か)、鎧の栴檀の板(鎧の右肩から胸につける板、栴檀の板)、右の脇まで射徹(いとほ〉して、矢鏃(やじり)紅(くれなゐ)にそめてぞ出でたりける(血に染まった鏃が突き出た)。一矢なれども究竟(くつきやう)の所を、しかも精兵(せいびやう)に徹されて(たった一矢ではあったが、急所を、しかも強弓の射手に射通されて)、荒尾馬より倒(さかしま)に落ちて、起きも直らで死にけり。舎弟弥五郎、これを敵(かたき)に見せじと矢面に立ち陰(かく)して、楯の端(はづ)れより進み出でて申しけるは、「足助殿の御弓勢(ゆんぜい)、日来奉(ひごろうけたまは)りし程はなかりけり。ここを遊ばし候へ」と、物具の仁(さね、札。鉄または革で作った小さい板)の程試みんと欺きて、弦走(つるばしり、鎧の胴の正面から左脇にかけての部分。普通、弓の弦が当るのを防ぐために染皮を用いる。)を扣(たた)いてぞ立つたりける。足助これを聞いて、「この者の云いひ様、いかさま鎖に腹巻かをかさねてればぞ、先の矢を見ながら、ここを射よ、とは敲くらん。(この者の言い様は、きっと鎧の下に鎖帷子を着ているか、腹巻を重ねて着込んでいるからにこそ、先の矢を見ながら、ここを射よと胴を叩くのであろう。)

 もしさもあらば、鎧の上は箆(の)砕け、鏃折れて通らぬ事もあるべし。甲の真向(まつかう)を射たらんに、などか砕けて透(とほ)らざらんや」と思案して、胡籙(えびら)より金神頭(かなじんどう、鏃の一種。長さ5、6センチで、鏑矢荷に似て、先を平らに切った形。多くは木製だが、これは鉄製のもの)を一つ抜き出して鼻油引きて鎧の高紐(たかひぼ、鎧の肩の綿上[わたがみ]と胸板をつなぐ紐。よろいが弦に触れないようにはずした。)を推しはづし、十三束三臥(じふさんぞくみつぶせ)、先よりもなほ引きしぼりて、弦音高く切つてはなつに、矢所(やどころ)さらに違(たが)はずして、荒尾弥五郎が甲の真向の金物の上二寸ばかり射砕きて、眉間の只中、沓巻(くつまき、矢竹の、鏃をつけた所に糸を巻き付けた部分)責めて立つたれば、二言とも謂はず、兄弟同じ枕に倒れ重なつてぞ臥しにける。〉 (つづく)

 

23日の除幕式啓白文:前半の分

南朝御聖蹟顕彰碑除幕式啓白の文

敬って真言教主 大日如来 両部界会 諸尊聖衆

別しては 本尊聖者 大聖文殊 蓮華部中 諸大眷属

惣じては仏眼所照微塵刹土の一切三宝境界に啓して言さく

 伏して惟るに 当山般若寺は舒明天皇元年の開創にして

天平七年聖武天皇王城鬼門鎮護のため伽藍を整え

般若寺の寺号を定め勅願寺に加えらる

爾来学問寺の法灯を伝えるも

治承四年平家南都攻めの回禄ありて全山焼亡す

時遷りて建長年間観良上人十三重大石塔を建立し

伽藍再興を企て天平の輪奐を回復す

文永四年に至りては西大寺興正菩薩叡尊長老

造顕せらるる丈六文殊菩薩像の開眼供養を致され

同六年には真言律宗一門を上げて生活困窮者救済のため無遮の大会を執行し文殊菩薩衆生済度の本誓に倣う

さらに元亨四年三月七日経蔵秘仏八字文殊菩薩騎獅像

造立せらる 現本堂御本尊なり

本像は昭和三十六年学術調査により発見されたる

体内銘文により

文観上人殊音師の発願にして 願文には

法界衆生発菩提心

金輪聖主御願成就の御為と記され

後醍醐天皇の御親政実現即ち建武中興の御祈願仏と判明す

八字文殊菩薩とは聖典『文殊師利法寶陀羅尼経』に曰く

一切の十善を行ずる国王を擁護して

意の如く寿命長遠を得せしめ

 福徳果報は無比にして逾(いよいよ)勝り

諸方の兵甲ことごとく皆休息し

国土は安寧に王の所有として

常に増長を得しめん と

金輪聖王の聖徳を称え擁護する菩薩なり

同年九月天皇方の討幕計画が発覚する正中の変起こり

関係者処罰さるるも後醍醐天皇には累及ばず

 しかれども元弘元年五月に至り

 

*「携帯基地局と電磁波問題」(休みます)

 

〔短歌〕

「み吉野の おくへこころざす 岨さむみ

        よこぎりあへず 霧のしまきを」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「花茨 かぶさりかかる 野水かな」高濱虚子

〔和歌〕

「あやめつたふ 軒のしずくも たえだえに

         晴れまにむかふ五月雨の空」

           院冷泉・風雅347

「葺いた菖蒲を伝って落ちる軒の雨滴も絶え間がちになって、晴れ間が見えそうになって来る、五月雨の空よ。」

 

*『平家物語』を読む。(休みます)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈香具山にのぼりて〉

「はるののの ことしげみかも やまかげの

         くはのもとどり とかずへにつつ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*木津川市の鹿背山(かせやま)は、奈良時代に一時期都があった恭仁京(くにきょう)の左京(都の東部、旧加茂町)と右京(都の西部、旧木津町)を隔てる中央部に当たります。恭仁京の宮城は左京の木津川北部に置かれていたので、平城京などと比べると変則的な都城設計になっています。鹿背山はいわば都の中央の甘南備山(かんなび、神が住まうお山)であり、川沿いには「瓶の原(みかのはら)離宮」もありました。奈良時代の大宮人は平城京にはなかった水辺のある都住まいを楽しまれたことでしょう。

 木津川市の市長さんへ提言します。ごみ焼却場をやめて現代版「みかのはら離宮」、市民のための離宮を作り歴史公園として全国発信されたらどうでしょうか。拍手喝采を得られますよ。もっと積極的に歴史的自然景観を活用すべきです。

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2013年5月24日 (金)

般若寺 季節の花だより 5・24

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開・少し盛りを過ぎました≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に赤白ピンクの大きな花が鮮やかです。

○初夏咲コスモス:≪咲きはじめ≫5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には1mをこえる高さになります。

・梅花うつ木:≪満開≫ 純白の香りのする花です

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

・睡蓮:≪咲きはじめ≫初夏らしい花です、ヒツジ草はまだです。

○山アジサイ:≪つぼみ≫小さな手毬花が色づいてきました。

 

《これから咲く花》

・黄ショウブ、スイカズラ、定家カズラ:5月下旬

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」49

昨日の南朝顕彰碑建碑除幕式は天候にも恵まれて多くの参会者を迎え式典を成功裏に終えることができました。ここに参会者の御名を掲載して御礼に代えたいと思います。

南朝御聖蹟般若寺顕彰碑除幕式

平成二十五年五月二十三日

〔御参会者名簿〕 

真言宗智山派 笠置寺 小林慶範 長老

真言律宗総本山西大寺 法務執事 酒部浩明 根聖院住職

真言律宗宗務長 浄瑠璃寺 佐伯快勝 住職

真言律宗 岩船寺 植村幸雄 住職 

真言律宗宗議会議長 荘厳浄土寺 松村隆誉 住職

浄土宗吉田寺 山中真悦 住職

氷室神社 大宮守人 宮司

大塔会南朝歴史研究会 菊井一之 理事長

川井あや子 理事

小林佐代子 理事

吉野郡川上村後南朝の御末裔 岡西 氏

              西本 氏

手貝町弁才天・八鉄神社奉賛会代表 横田利孝氏

奈良阪町自治会副会長・奈良豆彦神社翁舞保存会

 村田昌三氏

般若寺町自治会副会長 田中 氏

般若寺美咲会代表 加藤悦子氏

         長谷川千亜紀氏

         伊賀勝手神社 瀧野 宮司

中ノ川成身院遺跡の保存顕彰を考える会 厚井弘志氏

般若寺護持会会員 水本弘美氏

榊隆氏、

菜畑維氏

立堀照美氏

般若寺信徒総代 奥城佐傳氏、

奥城節氏

黒石材店    黒康晴氏

奈良新聞社   藤井博信氏

 

*「携帯基地局と電磁波問題」52

1.携帯電話から身を守る

(タ)国に対して求めること

○携帯電話会社に「SAR値を表示すること」を義務づける。

SAR値の値は「生体組織1g当たり」「局所ピーク」のものとする。

SAR値はガイドラインではなく、法規制基準とする。

SAR値は「その年にもっとも厳しい数値を定めた国」のものを参考にし、同等またはそれ以上の数値を採用する。

○「予防原則」にのっとり、国民に携帯電話のリスクを周知させる。

16歳以下の子どもに携帯電話の使用を禁止し、携帯電話会社に対して「子ども向け携帯電話の広告・販売をすること」を禁止する。

 

〔短歌〕

「向つ峰(むかつを)の 桙(ほこ)杉むらを 襲ふ雨

風あし疾(はや)み たたなはる見ゆ」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「朴の花 しばらくありて 風渡る」高野素十

〔和歌〕

「ほととぎす 鳴きつる雲を かたみにて

         やがてながむる 有明の空」

           式子内親王・玉葉332

「ちょうどあの実定詠のように、時鳥の鳴いた、そのあたりの雲をその声のかたみとも思って、そのままじっと眺めている、有明月の空よ。」

・参考:「時鳥 鳴きつる方を ながむれば

        ただ有明の 月ぞ残れる」(千載161、実定)

 

*『平家物語』を読む。 (休みます)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈香具山にのぼりて〉

「かぐやまの こまつかりふせ むぎまくと

         をのうつひとの あせのかがやき」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

 

*木津川市の鹿背山(かせやま)は、奈良時代に一時期都があった恭仁京(くにきょう)の左京(都の東部、旧加茂町)と右京(都の西部、旧木津町)を隔てる中央部に当たります。恭仁京の宮城は左京の木津川北部に置かれていたので、平城京などと比べると変則的な都城設計になっています。鹿背山はいわば都の中央の甘南備山(かんなび、神が住まうお山)であり、川沿いには「瓶の原(みかのはら)離宮」もありました。奈良時代の大宮人は平城京にはなかった水辺のある都住まいを楽しまれたことでしょう。

 木津川市の市長さんへ提言します。ごみ焼却場をやめて現代版「みかのはら離宮」、市民のための離宮を作り歴史公園として全国発信されたらどうでしょうか。拍手喝采を得られますよ。さすれば木津川市の将来展望は明るいです。

もっと積極的に歴史的自然景観を活用すべきです。ああもったいなや。

 

 

 

 

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2013年5月23日 (木)

般若寺 季節の花だより 5・23

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開・少し盛りを過ぎました≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に赤白ピンクの大きな花が鮮やかです。

○初夏咲コスモス:≪咲きはじめ≫5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には1mをこえる高さになります。

・梅花うつ木:≪満開≫ 純白の香りのする花です

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

・睡蓮:≪咲きはじめ≫初夏らしい花です、ヒツジ草はまだです。

○山アジサイ:≪咲きはじめ≫小さな手毬花が色づいてきました。

 

《これから咲く花》

・黄ショウブ、スイカズラ、定家カズラ:5月下旬

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」48

本日、午後から「南朝御聖蹟般若寺」顕彰碑の建碑除幕式を執り行います。

参会者25人ほどのささやかな式典となりますが、当寺の歴史に大きな一ページを書き加えることになる大事な出来事となりそうです。式典の次第を掲載いたします。一般ご参加も歓迎いたします。

南朝御聖蹟般若寺顕彰碑 除幕式次第

平成二十五年五月二十三日 午後一時半開始

・開式のことば司会般若寺美咲会 加藤悦子氏

法要

・導師 洒水

・除幕  信徒総代 奥城佐傳ご夫妻

・奠供 四智讃 

・導師啓白文奉読

・般若心経      一巻

・文殊菩薩真言二種  各七反

五字呪   おん・あらはしゃのう

八字呪   おん・あくびらうんきゃしゃらくだん

・各尊霊霊名     各三反

帰命後醍醐天皇尊儀

帰命大塔宮護良親王尊霊

南無文観上人

南無般若寺本性房

南無当山先師尊霊

南無当山勧請伊勢春日八幡三所大明神

・廻向文―願以此功徳・・・

・参会者ご紹介  (別紙)

・来賓祝辞

鹿鷺山笠置寺 小林慶範長老

真言律宗宗議会議長 荘厳浄土寺住職 松村隆誉和尚

大塔会南朝歴史研究会理事長 菊井一之氏

・住職謝辞

閉式のことば般若寺護持会 水本弘美氏

(式典の前日準備に追われたので太平記の続きは休みます)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」(休みます)

 

〔短歌〕

「みよしのの うら谷さむく 霧しまき

       繁(し)み立つ杉の 梢(うれ)こぞり鳴る」

           木下利玄・一路

〔俳句〕

「水晶の 念珠に映る 若葉かな」川端茅舎

〔和歌〕

「とふ人も なき故郷の たそがれに

        我のみなのる ほととぎす哉」

          待賢門院堀川・風雅342

「尋ねて来る人もない古い我が家の夕暮時に、あの拾遺集の歌ではないが、自分だけは声高く名のりをあげる時鳥だなあ。」

・なのる=時鳥が高く鳴くこと。その声が「ホトトギスカ、ホトトギス」と聞きなされる所からいう。

・参考:「足引の 山時鳥 里なれて

      たそがれ時に なのりすらしも」(拾遺集1076・保親)

 

*『平家物語』を読む。

巻第十一 「那須与一」の段、

〈 矢ごろ(矢を射当てるのに適当な距離)すこし遠かりければ、海へ一段ばかりうち入れたれども、猶扇のあはひ(自分と扇との間〉七段ばかりはあるらんとこそ見えたりけれ。比は二月十八日の酉の剋ばかりの事なるに(午後六時ごろのことでもはや薄暗かった上に)、おりふし北風はげしくて、磯うつ浪もたかかりけり。船はゆりあげゆりすゑただよへば、扇もくしにさだまらずひらめいたり。おきには平家船を一面にならべて見物す。陸(くが)には源氏くつばみをならべて是を見る。いづれもいづれも晴ならずといふ事ぞなき。与一目をふさいで、「南無八幡大菩薩、我が国(宗高の生国下野国)の神明、日光権現宇都宮(日光の二荒山神社の別宮)、那須のゆぜん大明神(温泉神社、湯前とも)、願わくはあの扇のまンなかゐさせてたばせ給へ。是をゐ(射)そんずる物ならば、弓きりおり自害して、人に二たび面をむかふべからず。いま一度本国(生国下野国)へむかへんとおぼしめさば、この矢はづさせ給ふな」と、心のうちに祈念して、目をみひら(開)ひたれば、風もすこし吹きよはり、扇もゐ(射)よげにぞなッたりける。〉 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈香具山にのぼりて〉

「かぐやまの かみのひもろぎ いつしかに

         まつのはやしと あれにけむかも」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

 

*木津川市の鹿背山は万葉の昔から和歌に詠まれていますが、平安時代には京都のみやこ人にとっては山紫水明、風光明媚な古京、ふるさとでした。

古今和歌集には読み人知らずとして次の歌が出ています。

「みやこ出でて きょう瓶の原 泉川

        かは風寒し 衣かせ山」(古今408

・瓶の原=みかのはら。木津川北岸の恭仁宮跡の辺り。「三日」をかける。

・泉川=木津川。北の狛山と南の鹿背山に挟まれた辺りは川幅が狭まり、景色は抜群に良く、日本の原風景と言って良いでしょう。

・かせ=鹿背山に「貸せ」と「重ね」をかける。

「都を出発して今日で三日目のみかの原にいると、泉川の川風が寒く身にしみる。川の向こうに聳える鹿背山よ、着物を重ねたいので貸しておくれ。」

こんな素晴らしい日本のふるさとをごみ焼却場で汚さないでほしいです。

木津川市々長さん、どうして鹿背山でなければならないのですか。全国の歴史と古典文学愛好の士は反対していますよ。

 

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2013年5月22日 (水)

般若寺 季節の花だより 5・22

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に赤白ピンクの大きな花が鮮やかです。

・梅花うつ木:≪満開≫ 純白の香りのする花です

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、スイカズラ、定家カズラ:5月下旬

○初夏咲コスモス:≪咲きはじめ≫5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には1mをこえる高さになります。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」47

 笠置寺城

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 その外(ほか)櫓の上、小間(さま)の陰には、射手(いて)と覚(おぼ)しき者ども、弓の弦を飡(く)ひ湿(しめ)し、矢結(やたばね)を解いて推し寛(くつろ)げ、

(矢たばね革のこと。箙[えびら]にさした矢を束ねて固定するための革紐を解いて矢を広げることをいう。)

中指(なかざし、箙にさした、上差[うわざし、鏑矢か雁股]以外の矢、普通の矢)に鼻油引いて、閑(しづ)まりかへつて待ち懸けたり。その勢ひ決然として、あへて責むべき様なかりければ(静まり返って合図を待ち構えていた。城兵の勢いは覚悟を決めた様子がありありとして、とても攻めかかれそうにもなかったので)、寄せ手一万余騎これを見て、進退ともに谷(きは)まりしかば、心ならず支えたり。

 ややしばらくあつて、木戸の上なる櫓より狭間板(さまいた)を八文字に押し開きて高らかに申しけるは、「三川国(みかはのくに)の住人、足助二郎重憲(あすけのじろうしげのり、他本に次郎重範。三河国加茂郡足助荘[愛知県東加茂郡足助町]の住人。清和源氏満政流、鳥羽上皇武者四天王の一人源重実の三代の孫重長[足助氏祖]の五代の後胤貞親息。

『尊卑分脈』に「後醍醐院御穏謀之時、勅宣に応じて参候す。最初の専一たり。元弘元年八主上御出奔の後、六波羅に召捕られ、六条河原に於いて斬首せられ了んぬ。」とある。『太平記鈔』天野信景「塩尻」にその伝記を載せる。一族の多くは宮方として活躍した。)、かたじけなくも一天の君(天下全体に君である人。天皇)に頼まれ進(まゐ)らせて、この城の一の関(きど)を堅めたり。(恐れ多くも帝のお頼みを受け、この城の第一の木戸口を固めておる。)

 前陣に進んだる旌(はた)は、美濃・尾張の人々の旌と見るは僻目か。

(前陣に進んで来た旗は、美濃・尾張の人々の旗と見るが、まちがいか。)

十善の君(十善は殺・盗・淫・妄語・綺語・悪口・両舌・貪・嗔・痴の十悪を犯さないことをいう。十善の徳によって天子になった者の意)の御座ある城なれば、六波羅殿ぞ御向ひあらんずらんと心得て、御儲(まう)けに(おもてなしに)大和鍛冶(大和国奈良の東大寺門前手掻郷にいた鍛冶職)どもの打ち沫(すま)したる鏃(やじり)ども少々試み給へ(心を込めて鍛えた矢じりを少々受けてもらいたい)」と云ふままに、

(当時奈良には刀の名工が多かったことは『類聚名物考』に鏃鍛冶として、天国柳葉、弘村鶴觜、文殊包永などの名が見えることからうかがえる。)

三人張(さんにんばり、三人で張る強弓。二人が弓幹を押したわめ、一人が弦を掛ける。弓の改良があり木と竹を合せて強くした。)の弓に十三束二臥(じゅうさんぞくふたつぶせ、一束一伏矢の長さの単位。一束は親指以外の指四本の幅、一伏は指一本を伏せた幅。標準の矢幅は十二束、ここの長さは非常に長い矢幅である)征矢(そや、戦陣に使う矢。鏃は剣尻・柳葉・鳥下・丸根という円形棒状で、先に刃をつけたものを使う。)、箆(の)かづき(箆は鏃が矢竹に接する部分。鏃が箆の中に入って潜[かず]く意)の上まで引き懸けて忘るるばかり引きしぼり、ひやうと切って放ちける。〉 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」51

1.携帯電話から身を守る

(ヨ)交通機関に対して求めること

○全車を「携帯電話の電源OFF車両」にする。(横浜市営地下鉄は「全車OFF」・名古屋市営地下鉄は「混雑時のみOFF」)

○「優先席」付近では「携帯電話の電源OFF」を徹底させる。

優先席であることがよくわかるようなデザインにし、スペースをたくさんとる。

○「携帯電話の電源OFF車両」を導入する(阪急電車は20037月から、全ての路線で、始発から終電まで、各一両ずつ導入。)

○駅構内の電磁波汚染の改善をする(過剰な基地局を撤去する)。

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「よし野山 青杉しみ立つ 裏谷(うらだに)ゆ

        霧をうら濃(ご)に 吹く嵐かも」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「薔薇の香か 今ゆき過ぎし 人の香か」星野立子

〔和歌〕

「かくばかり 雨のふらくに ほととぎす

         うの花やまに 猶かなくらん」

           人麿・玉葉318

「こんなにもひどく雨が降っているのに、時鳥は卯の花の咲く山に、まだ鳴いているらしいな。」

 

*『平家物語』を読む。(休みます)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈香具山にのぼりて〉

「はにやまと ひとはなげくを ふみさくむ

         わがうげぐつに かみはさやらず」

・はに=黄赤色の粘土。

・ふみさくむ=踏みさくむ。難義しつつ踏み分けていく。

・うけぐつ=穿靴。はき古して穴のあいたはきもの。

さやる=障る。さわる、触れる。差支えが生ずる。

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*昨日、この前ハイキングに行った木津川市の鹿背山地区の区長さんと副区長さんがお見えになり、御当地でのごみ焼却場建設反対運動についてアドバイスを求められました。あの有名な和歌の歌枕である鹿背山の北麓に工場計画があり、住民の間では反対意見が多数であるのに、木津川市は強引に推し進めようとしているとのことです。奈良市の場合と同じでそこが歴史的にも、景観上も、自然保護の観点からも、住環境の悪化という点からも不適切であるにもかかわらず安易に選定したようです。一方で木津川市は恭仁京跡を町おこしに利用しようとしています。鹿背山は旧京の重要な一部です。法華寺野という地名は国分尼寺から来ています。寺の遺跡を壊すのでしょうか。ごみ焼場建設と恭仁京保存による名前売り出しをしようとする市の都市プランは矛盾しているのではないでしょうか。今後とも鹿背山地区の愛郷の士を応援したいですね。がんばってください。

 

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2013年5月21日 (火)

般若寺 季節の花だより 5・21

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に赤白ピンクの大きな花が鮮やかです。

・梅花うつ木:≪満開≫ 純白の香りのする花です

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、スイカズラ、定家カズラ:5月下旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には15mの高さになります。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊻

 笠置寺城

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 さる程に、九月二日卯の刻(午前六時ごろ)に、四方の寄手(よせて)相近づいて同時に時を揚げければ、天地もうごくばかりなり。

(東西南北の寄せ手は城に近づいて鬨[とき]の声をあげたので、天地も動くほどのどよめきであった。)

 流鏑(かぶら)の声を発しては左右の旅(たむろ、軍兵の駐屯する所)を調(ととの)ぶれども、城中は静まりかへつて時の声をも合わせず、当の矢をも射ざりけり。かの笠置の城と申すは、山高くして一片の白雲を埋(うづ)み、谷深くして万仞(ばんじん)の青岩路を遮る。

(この笠置の城というのは、山が高くそびえて、一ひらの白雲が峰を隠し、谷が深くて苔むし、切り立った岩が道をさえぎっている。)

攀折(つづらをり)なる道を廻って登る事十八町、岩をきって堀とし、石を畳んで屏(へい)とせり。(岩を削って堀を作り、石を積み重ねて城壁としていた。)

されば、たとひ防ぎ戦はずともたやすく登ることを得がたし。

 されども、城中鳴りを静めて、人ありとも見えざりければ、敵はや落ちたりと心得て(城中の敵はすでに逃げたのだと思い込んで)、四方の寄せ手一万余騎、葛の葛(くずのかづら、ツタのカズラ)に取り付き、岩の上を伝ひて、一の木戸口(城の一番外の出入り口。一の木戸、二の木戸、三の木戸という。)、二王堂(笠置寺の仁王門)の辺りまでぞ襄(あが)りける。ここにて一息(ひといき)を休め、城中をきつと見上げたれば、錦の御旌(にしきのみはた、赤地の錦に日月を左右に配して金銀で刺繍するか、描いた旗。承久の乱[1221]の時に、後鳥羽上皇が官軍の大将に授けた旗が最初といわれている。)

に月日を金銀にて付けたるが、白日に耀(かがや)いて燦然(さんぜん)たるその陰に、透間もなく冑(よろ)ふたる武者三千余人、甲(かぶと)の星(兜の鉢の鉄片を継ぎ合わせるために打った鋲[びょう]の頭)を耀かし、冑(よろい)の袖(鎧の肩をおおう部分)を列(つら)ねて、雲霞の如く並び居たり。〉

 

*「携帯基地局と電磁波問題」(休みます)

 

〔短歌〕

「おく山は このおそ春も 冷ゆるなり

        残れる桜に 霧のつゆ凝る」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「日当りて 金色垂るる 棕櫚の花」五十嵐播水

〔和歌〕

「なをざりに 山時鳥 なきすてて

        われしもとまる 杜(もり)のした陰」

          前中納言定家・風雅339

「心にも入れず、山時鳥は一声鳴いたきり飛び去ってしまって、私の方だけが立ちつくしてその余韻を味わっている、森の木の下陰よ。」

・なをざりに=特別に関心を払わずに。いいかげんに。

 

*『平家物語』を読む。(休みます)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈吉野の山中にやどる〉

「ふるみやの まだしきはなの したくさの

         をばながうれに あめふりやまず」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

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2013年5月20日 (月)

般若寺 季節の花だより 5・20

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に赤白ピンクの大きな花が鮮やかです。

・梅花うつ木:≪満開≫ 純白の香りのする花です

・花菱草、矢車草:≪満開≫ 黄色と青色が調和しています。

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、スイカズラ、定家カズラ:5月下旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、70㎝ほどになっています。花が咲きそろう頃には15mの高さになります。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊺

 笠置寺城

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 高橋・小早川、初度の軍(いくさ)をし損じて、笠置の城は勝つに乗ると聞えしかば、国々の勢馳せ集まつて、難義なる事もこそあれ、時日を換えず押し寄せよとて、両検断宇治にて四方の手分けをして、同じき九月二日笠置の城へ発向す。南の手には五畿内五箇国の兵、その勢四千六百余騎、光明山(東大寺の別所、光明山寺のあった所。京都府相楽郡山城町綺田の東)のうしろの山を廻つて搦手(からめて、城の背面)へぞ廻しける。北の手には山陰道(せんおんだう)八箇国の兵を率(そつ)して、都合その勢一万五千騎、梨間(なしま、京都府城陽市奈島)の宿の端(はづ)れより市野辺山(いちのべやま、城陽市市辺の東の低い山)の麓を廻って、追手(おほて、城の正面)へぞ向かひける。東の手には東海道十五箇国の内、伊賀・伊勢・尾張・三川(みかわ)・遠江(とほたふみ)勢、これも一万五千騎、伊賀路を廻って金山(かなやま、位置不明)超えに押し寄する。西の手には山陽道八箇国の勢三万余騎、古津川のはたを上(のぼ)り、岸の上なる岨道(そはみち、険しい山道。険路。)を二手に分けて押し寄する。四方四、五里がその間、尺地(せきち、わづかな地)も残さず充満(みちみち)たり。〉 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊿

1.携帯電話から身を守る

(カ)携帯電話会社に求めること

○販売時に、携帯電話の本体とパッケージに、SAR値を表示する。

○携帯電話を販売するときは、タバコのように、携帯電話を使うことのリスクを、だれにもわかるようにわかりやすく表示し、イヤホンマイクなどとセットで販売する。

○技術的に可能な限りSAR 値の小さい機種を開発する。

16歳以下向けの携帯電話広告を行わない。

 

〔短歌〕

「これやこの 雲井の桜 霧をふくみ

       五百枝(いほえ)の花の 冷えびえ白し」

         木下利玄・一路

〔俳句〕

「花つけて 野蒜の先や ややたわむ」すみ女

〔和歌〕

「月だにも 心つくさぬ 山のはに

        まつよひ過ぐる ほととぎす哉」

          前大納言為氏・玉葉311

「月でさえも気をもませずに山の端に姿を見せたのに、その山の端に声がするかと待っている夕暮を過ぎても、ちっとも鳴かない時鳥だなあ。」

・心つくさぬ=心づくしをさせない。いらいらと待ちかねさせない。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十一 「那須与一」の段、

〈 一定つかまつらんずる仁に仰せ付らるべうや候らん、と申す。判官大きにいかッて、「鎌倉をたッて西国へおもむかん殿原は、義経が命をそむくべからず。すこしも子細を存ぜんひとは、とうとう是よりかへらるべし」とぞの給ひける。与一かさねて辞せばあしかりなんとや重いけん、「はずれんはしり候はず、御定で候へばつかまッてこそみ候はめ」とて、御まへを罷り立ち、黒き馬のふとうたくましゐに、小ぶさの鞦(しりがい)かけ、まろぼやすッたる鞍をいてぞのッたりける。弓とりなをし、手綱かいくり、みぎはへむひてあゆませければ、みかたの兵(つはもの)どもうしろをはるかに見をくッて、「此の若物一定つかまつり候ひぬと覚え候」と申しければ、判官もたのもしげにぞ見給ひける。〉

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈吉野の山中にやどる〉

「あまごもる やどのひさしに ひとりきて

         てまりつくこの こゑのさやけさ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

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2013年5月19日 (日)

般若寺 季節の花だより 5・19

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花が咲きそろっています。

・梅花うつ木:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、スイカズラ、定家カズラ:5月下旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、50㎝ほどになっています。1mをこえると咲き出します。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊹

 笠置寺城

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 また命ばかり助かる者も、馬物具(うまもののぐ、一人の武士に必要な馬とその他の武具)を捨て赤はだかになつて、白昼に京へ逃げ上る。見苦しかりし有様なり。これを見て、いかなる者かしたりけん、平等院の橋爪(はしづめ、橋際)に一首の歌を札に書きてぞ立てたりける。

 古津川のせぜの岩浪はやければ

     かけて程なく落つる高橋

(かけて=「馬を駆けて」と「橋を架けて」とを掛ける。木津川の浅瀬浅瀬に見えている岩を越えて流れる波は速いので、架けてもすぐに落ちてしまう高い橋よ。高名にはやって抜け駆けしてもすぐに追い落とされた高橋であることだ)

 高橋が抜け懸けを聞いて、引かば入れかへて高名せんと、跡に次(つづ)いて寄せける小早川も、一度に皆追い立てられて、宇治にて引きたりと聞えてければ、また札を立てそへて、

 かけもえぬ高橋落ちて行く水に

       浮名を流す小早川哉

(架けても架けることのできない高橋が流れて行く速い川水に、醜態をさらしながら流れて行く小早川であることよ。抜け駆けしても失敗した高橋と同様に小早川も追い落とされたことよ)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」(休みます)

 

〔短歌〕

「葉ざくらよ 雨間の雫 地をうてり

        花どき過ぎて かくはしづけき」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「白と見し 黄と見し花の 忍冬」前内木耳

〔和歌〕

「ほととぎす 横雲かすむ 山のはの

        在明の月に 猶ぞかたらふ」

          式子内親王・風雅333

「時鳥は、横雲がほのぼのと霞んで明けて来る山の端に残る、有明の月を惜しんで、今もまだやさしく語りかけるように鳴いているよ。」

 

*『平家物語』を読む。(休みます)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈吉野の山中にやどる〉

「みよしのの やままつがえの ひとはおちず

         またまにぬくと あめはふるらし」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。           最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

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2013年5月18日 (土)

般若寺 季節の花だより 5・18

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花が咲きそろっています。

・梅花うつ木:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、スイカズラ、定家カズラ:5月下旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、50㎝ほどになっています。1mをこえると咲き出します。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊸

 笠置寺城

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 かかりしかば、笠置の官軍どもも都へ責め上るの由、閭巷(りょかう、ちまた、民間)の説(せい)耳を驚かしけるところに、

(このような次第で、笠置の官軍どもが都へ攻めのぼるという風説が世間の人々を驚かせたところに)

九月一日六波羅の両検断(幕府が刑事犯人の検察・断罪を行う役所、巡察・警備・拷問・決罰を司った)、糟谷三郎宗秋(相模国中郡糟谷荘出身の武士、六波羅南方探題の検断を勤めた有力家人)・隅田二郎左衛門(紀伊國伊都郡隅田荘出身の武士、隅田党の一族、六波羅北方探題の検断を勤めた有力家人)、五百余騎にて宇治の平等院へ打ち出でて、軍勢の着倒をぞ付けたりける。(軍勢の到着を記録し始めた)これにおり(そのために)、諸国の軍勢ども引きも切らず馳せ集まりける間、十万余騎になりにけり。さらばやがて明日巳の刻(午前十時)に押し寄せて、矢合はせをすべしと定めたりけるを、高橋大四郎(又四郎範時か)・小早川安芸守(安芸国沼田本荘領有)抜け懸けして独り高名に備へんとや思ひけん、一族わづかの勢にて笠置の城へぞ押し寄せたる体(てい)、誠にゆゆしくぞ見えたりける(まことに勇ましく見えた)。城に立て籠もるところの官軍は、さまで大勢ならねども、勇気いまだ撓(たゆ)まず、天下の機を呑んで(天下の変化する潮時をとらえて)回天の力を出ださん(時勢を一変させる力)と思へる兵どもなりければ、何かは些(すこ)しも猶予あるべき(どうして少しのためらいもあろうか)。敵の小勢なるを見て笠置の麓に帰って、五百余騎を二手に分けて、高橋・小早川が勢を取り籠め、一人も余さじとぞ責めたりける。高橋・小早川、戦(いくさ)に屈して引きけるが、古津川(こつがは、木津川)の逆巻く水に追ひ浸(ひた)れて、誅(う)たるる物その数を知らざりけり。〉

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊾ 

1.携帯電話から身を守る

(ワ)「携帯電話から命を守るために」行いたいこと

自分で行うこと

SAR値の小さい携帯電話の機種を選ぶ。

○乗り物の中では携帯電話は使わない。

○通話中は、同じ側の耳に携帯電話を当て続けない。ときどき、左右で変える。

16歳以下(成長期の子どもたち)に、携帯電話は使わせない。

○妊娠中はお腹の近くで携帯電話を使わない。使わせない(胎児を電磁波にさらさない)。

○口の中から電磁波のアンテナとなる歯科金属を取り除く。

 

〔短歌〕

「淨らかに みささぎどころ うちしめれり

        葉桜雨の やみ間冷えつつ」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「雛芥子の 花触れ合うて 散りにけり」森井空洞子

〔和歌〕

「われききて 人にはつげん ほととぎす

         思ふもしるく まづここになけ」

           躬恒・玉葉

「私が最初に聞いて、人に知らせようよ、時鳥よ。こんなに思う期待にこたえて、先ず一番先にここで鳴いておくれ。」

・しるく=現実にあらわして。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十一 「那須与一」の段、

〈 与一其比は廿ばかりのおの子(男)也。かちに、あか地の錦をもッておほくびはた袖いろえたる直垂に、萌黄おどしの鎧きて、足じろの太刀をはき、きりふの矢の、其日のいくさにゐて少々のこッたりけるを、かしらだかにおひなし、うすぎりふに鷹の羽はぎまぜたるぬた目のかぶらをぞさしそへたる。しげどうの弓脇にはさみ、甲をばぬぎたかひもにかけ、判官の前に畏まる。「いかに宗高、あの扇のまンなかゐて、平家に見物せさせよかし」。与一畏て申しけるは、「ゐおほせ候はん事は不定に候。射損じ候ひなば、ながきみかたの御きずにて候べし。」〉

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈吉野の山中にやどる〉

「はるさむき やまのはしゐのさむしろに

         むかひのみねの かげのよりくる」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

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2013年5月17日 (金)

般若寺 季節の花だより 5・17

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花が咲きそろっています。

・梅花うつ木:≪五分咲き≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

「愛らしき金のさかづきさしあげて

      日のひかりくむ花菱草よ」木下利玄

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、スイカズラ、定家カズラ:5月下旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、50㎝ほどになっています。1mをこえると咲き出します。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊷

 笠置寺城

『太平記』巻第三 「六波羅勢笠置を責むる事」

〈 さる程に、主上笠置に御座あつて、近国の勢どもを食(め)さるる由京都へ聞えければ、山門の大衆また力を得て六波羅へ寄する事もやあらんずらんとて、佐々木太夫判官時信を大津へさし向けて、防兵にぞ置かれける。これもなほ少勢なるべしとて、丹波国の住人久下(くげ、元来は武蔵国大里郡久下出身の私市党の一族で、丹波国氷上郡久下[現兵庫県氷上郡山南町]の武士)・中沢(丹波国多紀郡大山荘[現兵庫県多紀郡丹南町]の地頭。建武二年には、同郡の波々伯部[ははかべ]氏、氷上郡の久下氏と連合し幕府軍と戦った)

の一族等をさし副えて、八百余騎、大津の宿に陣をぞ取りたりけり。〉

(つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊽

1.携帯電話から身を守る

(ワ)「携帯電話から命を守るために」行いたいこと

自分で行うこと

○携帯電話(コードレスホン)を使うときは、頭やからだからできるだけ離して使う。

○携帯電話(コードレスホン)を使うときは3分以内にする。

○携帯電話は、電磁波の弱いところでは、使わない。

○ズボンのポケットやお腹の近くなど、「生殖器」の近くに携帯電話を入れない。○寝るときは、携帯電話の電源を切る。切らないときは、頭から離したところに置く。(つづく)

 

〔短歌〕

「葉ざくら雨 やみ間をぐらく 静かなり

         塔の尾陵の 石段を上る」

           木下利玄・一路

〔俳句〕

「摘みし手に 踊子草を をどらせて」稲畑汀子

〔和歌〕

「ほととぎす まつ夜のかずは かさなれど

         声はつもらぬ 物にぞ有りける」

           俊頼朝臣・風雅329

「時鳥は、来るのを待つ夜の数は随分重なるけれど、声はその分だけたまって、(いよいよ来た夜に一遍に)沢山鳴くというわけではない物なのだなあ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十一 「那須与一」の段、

〈 判官、後藤兵衛実基をめして、「あれはいかに」との給へば、「ゐよとにこそ候めれ。但し大将軍矢おもてにすすんで、傾城(美人のこと)を御らんぜば、手だれ(熟練者)にねらうて射落せとのはかりこととおぼえ候。さも候へ、扇をば射させらるべうや候らん」と申す。「射つべき仁はみかたに誰かある」との給へば、「上手どもいくらも候なかに、下野国の住人、那須太郎資高(すけたか、藤原道兼の子孫で下野国那須に住した)が子に、与一宗高こそ小兵(こひょう、体が小さいこと)で候へども、手利きで候へ。」「証拠はいかに」との給へば、「かけ鳥(賭け鳥)なンどあらがうて(射ることを競争して)、三に二は必ず射おとす物で候」。「さらばめせ」とてめされたり。〉

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈吉野塔尾御陵にて〉

「すめろぎの こころかなしも ここにして

         みはるかすべき のべもあらなくに」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*昨日、「奈良市のごみ問題を考える会」主催のハイキングがありました。お天気も良く20人を超える参加者でした。旧中ノ川寺成身院の御仏像であった薬師如来さまを拝観してきました。平安時代の作ですから中ノ川寺創建当時の御像です。場所は京都府木津川市鹿背山(かせやま)地区の西念寺様で、田辺住職より詳しいお話をうかがうことができました。西念寺はもともと鹿背山寺(かせやまでら)、または鹿山寺(ろくせんじ)といって奈良時代からの古い由緒を伝えているそうです。いつから中ノ川寺の仏像がここに祀られたのかは、東大寺の古文書でわかるそうです。応仁の乱の文明年間、中ノ川寺が炎上したことを記録しているので、その頃だろうと考えられる。西念寺の裏山は鎌倉時代に築かれた山城、鹿背山城があり興福寺の出城であったそうです。中ノ川寺も興福寺の末寺でしたから、焼失を免れた仏像の一体を縁故の寺である当寺へ移されたのではないか、ということです。そんなに大きくはありませんが、おだやかな表情で均整のとれた平安時代のすぐれた作です。のびやかな指先が印象的でした。日光月光の脇侍菩薩は室町時代の追加作で極彩色が鮮やかです。光背が失われているのが惜しまれます。きっと繊細な宝相華紋の美しいものだったでしょう。

寺の裏山はいまも戦国時代に松永久秀が改築した城跡が保存され、定期的に発掘調査がなされています。また機会を見て城跡へも行ってみたいです。

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2013年5月16日 (木)

般若寺 季節の花だより 5・16

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花が咲きそろっています。

・梅花うつ木:≪五分咲き≫

・花菱草、矢車草、グラジオラス、金鳳花:≪満開≫

「愛らしき金のさかづきさしあげて

      日のひかりくむ花菱草よ」木下利玄

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、スイカズラ、定家カズラ:5月中旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、50㎝ほどになっています。1mをこえると咲き出します。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊶

笠置寺城

『太平記』巻第三 「先帝笠置臨幸の事」

〈 正成宣旨の趣を拝見して、「不肖の身上聞(じやうぶん、主君[ここは天皇]の耳に入ること)に達する事、生前の面目何事かこれに過ぐべし」、と思ひければ、是非の思案にも及ばず、やがてまづ笠置の皇居へぞ参りたりける。主上、万里小路中納言藤房卿を以て仰せ出だされけるは、「東夷征罰の事、正成を頼み思し召す子細あって、勅宣を下さるるところに、時剋を遷さず馳せ参るの条、叡感浅からざるところなり。そもそも、天下草創の事、いかなる謀(はかりごと)を運(めぐ)らしてか、勝つことを一時に決して治を四海に致すべき、所存を残さず奏し申すべし」と勅を下されしかば、

(「幕府征伐に関して、正成を頼みにお思いなされる理由があって、勅使を建てたところ、汝が時を移さず馳せ参じたことは、帝の大いにお喜びなされるところである。ところで、天下統一の業を始めるについて、どのような方策をめぐらせば、勝利を一気に決し、天下を泰平にしうるか、思うところを残らず申し上げよ」というお言葉であった。)

正成畏(かしこ)まつて申しけるは、「東夷近日の大逆ただ天の譴(せめ)を招き候ふ上、衰乱の弊(つひえ)に乗つて天誅を致されんに、何の子細か候ふべき。ただし、天下草創の功は武略・知謀の二つにて候ふ。もし勢を併せて戦はば、六十余州の兵を集めて武蔵・相模の両国に対すとも、勝つを得がたし。もし謀を以て争ひ戦はば、東夷の武力(ぶりき)ただ利を摧(くだ)き堅(けん)を破る事、欺くに易くして懼(おそ)るるに足らざるところなり。合戦の習ひにて候へば、一旦の勝負をば必ずしも御覧ずべからず。正成一人いまだ生きてありと聞し食し候はば、聖運はつひに開くべしと思し召し候へ」と頼もし気に勅答申して、正成は河内へぞ帰りにける。〉

(「幕府の最近の悪逆の行いは、必ず天罰をこうむるでございましょうから、幕府の衰え乱れたのに乗じて天に代って罰を加えることに、何の困難がございましょう。そうは申しましても、天下統一の業には、武略と知謀の二つが必要です。もし武力をぶつけて戦う場合には、日本全国六十余州の武士を集めて、幕府方の武蔵・相模に国の勢に対抗するとしても、打ち勝つことは難しいでしょう。しかし、もし策略をめぐらしてぶつかり合戦するならば、幕府の武力はただ鋭利な武器を砕き、堅い甲冑を打ち破るだけで、計略にかけやすく恐れるに足らぬところです。勝ち負けは合戦の常でございますので、一度の勝敗だけでお考えくださいませんように。正成一人がまだ生きているとお聞きなさいますならば、帝のご運は最後には開けるものとお考えください」と、頼もしげにお答えして、正成は河内へと帰って行った。) 〉

(この段終わり)

*「携帯基地局と電磁波問題」(休みます)

 

〔短歌〕

「春日野の 瑠璃空の下 杉が枝に

        むらさき妙なり 藤の垂り花」

          木下利玄・一路

〔俳句〕

「桐の花 日かげを為すに 至らざる」高濱虚子

〔和歌〕

「月かげの もるかと見えて 夏木立

        しげれる庭に さける卯花」

          前中納言経親・玉葉306

「月光がさい込むのかと見えるほどに、夏の木立の透間もなく茂った庭に咲いている、まっ白な卯の花よ。」

・夏木立=夏のよく茂った木立。月影の洩る余地もないにもかかわらず、卯の花が咲いて月光に見まがう意。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十一 「那須与一」(なすのよいち)の段、

〈 さる程に、阿波・讃岐に平家をそむいて、源氏を待ちける物ども、あそこの峯、ここの洞より、十四五騎、廿騎、打ち連れ打ち連れまいりければ、判官程なく三百余騎にぞなりにけり。「けふは日くれぬ、勝負を決すべからず」とて引退く処におきの方より尋常にかざッたる小舟一艘、みぎはへむいてこぎよせけり。磯へ七八段ばかりになりしかば、舟をよこさまになす。「あれはいかに(何だろう、おかしいぞ)」と見る程に、舟のうちよりよはひ十八九ばかりなる女房の、まことにゆうにうつくしき(上品で美しい)が、柳のいつつぎぬに(表が白、裏が青の襲の色目、五枚重ね)、紅の袴きて、みな紅の扇の日出だしたる(真紅の地の中央に金色の日の丸をつけた扇)を、舟のせがい(舟の両舷に渡した板、舟棚)にはさみたてて、陸(くが)へむいてぞまねひたる。〉 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈吉野北六田の茶店にて〉

「みよしのの むだのかはべの あゆすしの

         しほくちひびく はるのさむきに」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

 

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2013年5月15日 (水)

般若寺 季節の花だより 5・15

 

《いま咲いている花》

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花が咲きそろっています。

・梅花うつ木:≪五分咲き≫

・花菱草、矢車草、グラジオラス、金鳳花:≪満開≫

「愛らしき金のさかづきさしあげて

      日のひかりくむ花菱草よ」木下利玄

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、スイカズラ、定家カズラ:5月中旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、50㎝ほどになっています。1mをこえると咲き出します。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊵

笠置寺城

『太平記』巻第三 「先帝笠置臨幸の事」

〈 御夢覚めて、主上つらつら御了簡あるに(よくよくお考えになり)、「そもそも、天の告げるところ由あるべし」と、文字に付けて御夢を卜(うらな)はせらるれば(漢字を当てて御夢を占いなされると)、木に南と書きたるは楠といふ字なり。その陰に南に向ひて座せよと二人の童子の教へつるは、朕二度南面の徳を治めんと天下の士を朝せしめんずるところを(私が再び天子の徳を治めて、国中の男を仕えさせようとするのを)、日光、月光の二童子(日光菩薩月光菩薩化身の二童子が)ここに天降って示されけりと、御夢を合はせられて、頼もしく思し食(め)しける。夜明けければ、当寺(笠置寺)の衆徒成就坊律師を食され、「もしこの辺に楠と謂へる武士やある」と御尋ねありければ、

律師畏(かしこ)まって、「いや、この辺(あたり)に左様の名字付きたる者ありとはいまだ奉(うけたまは)り及ばず候ふ。河内国金剛山の西にこそ、楠多聞兵衛正成(くすのきたもんひやうゑまさしげ)とて、弓矢を取ってさる物(すぐれた者)ありと人にも知られたる者は候ふなれ。

これは敏達天皇四代の孫、井手左大臣橘諸兄卿の後胤たりといへども、民間に下って年久し。これは彼が母若かりし時、志貴の毘沙門(朝護孫子寺の本尊毘沙門天、仏法を守護し福徳を授ける善神)に百日参詣して、ある夜錦帳(きんちやう)の内より、玉を給ふと夢に見て儲けたる子にて、童名をば多聞とは付けて候なり」とぞ答へ申しける。

主上具(つぶさ)に聞こし食して、「さては今夜(こよひ)の夢の告げはこれなりけり」と思し召しければ、やがて正成をぞ召されける。〉 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊼

(ヲ)神経膠腫も聴神経腫瘍も子どものリスクは5

 スウェーデンのオレボロ大学病院の教授、レナード・ハーデルさんは、20089月、「携帯電話と健康についての初の国際会議」で、次のような発表をした。

20歳前から携帯電話を使い始めた人は、中枢神経組織をサポートするグリア細胞のがん、神経膠腫が5倍になる」

「コードレス電話の使用も、若者が腫瘍にかかるリスクを4倍以上増加させ、より若いうちに携帯電話を使い始めた若者の聴神経腫瘍は約5倍になる」

 大人に比べて子どもの頭は小さく、頭蓋骨も薄いため、大人よりも子どもの方が、子どもよりも赤ん坊のほうが、マイクロ波によって、より頭の深部まで貫かれる。また、大人よりも、細胞分裂が盛んな若い人の脳のほうが、より深く傷つけられるのも、明らかな事実だ。

 マイクロ波は、水の分子に特に熱影響を与えやすいため、水分の多い子どもの小さな頭の中へ侵入して、ホット・スポット(熱集中)効果を示しやすい。

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「腕にからむ 紅き縮緬 つめたさと

         重さおもへば 君のいとしや」

           木下利玄・銀

〔俳句〕

「紫は 暗しと思ふ 鉄線花」下村梅子

〔和歌〕

「としをへて おなじ声なる ほととぎす

         きかまほしさも かはらざりけり」

           刑部卿頼輔・風雅317

「毎年々々年を重ねて、いつも同じ声の時鳥よ。こちらの聞きたいと思う気持ちも、いつも変わらないなあ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十一 「勝浦 付大坂越」(かつうら おおさかごえ)の段、

「 義経は土地の武士を捕えて、その部下を味方につけ、たちまち近所にある平家のとりでを攻略した。屋島の平家は千騎にすぎないと聞き、夜を徹して讃岐に向かった。」

「 義経は対岸の高松に火をつけ、屋島の城におし寄せた。あわてた平家が舟で沖にこぎ出ると、義経の軍勢が城門の前の波打ちぎわに現れたが、平家はそれを大軍と見誤った。」

巻第十一 「嗣信最期」(つぎのぶさいご)の段、

「 源氏はす早く屋島の内裏に火を放った。平家は教経を大将にして浜まで引返し、源平は激しく戦ったが、源氏は佐藤嗣信をはじめ多数の戦死者を出した。」

(つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈汽車中〉

「わさだかる をおめがともの かかふりの

         しろきをみつつ みちならにいる」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

 

 

 

 

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2013年5月14日 (火)

般若寺 季節の花だより 5・14

 

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・からたねおが玉、しゃが:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチ草:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

・グラジオラス、芍薬:≪満開≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月中旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

今、50㎝ほどになっています。1mをこえると咲き出します。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊴

笠置寺城

『太平記』巻第三 「先帝笠置臨幸の事」

〈 されば、かやうにては皇居の警固いかがあるべきと、主上思(おぼ)し食(め)し煩ひ給ひて、些(すこ)し真寐(まどろ)み御座(おは)しける御夢に、所は紫宸殿(いしいでん)の庭前かと覚えたる地に、大いなる常盤木ありて、緑陰茂りて南へ指したる枝ことに栄え蔓(はびこ)れり。その下に三公九卿(さんこうきうけい、古代中国の三公になぞらえ、太政大臣または内大臣と左右大臣。九つの高官、公卿のこと)位によつて列座す。南へ向きたる上座に御座(ござ)の畳を高く布(し)きて、いまだ座したる人もなし。主上御夢心治(ゆめここち)に、「誰を設けんための座席やらん」(いったい、誰を着かせるための座席なのだろう)と怪しみ思し食して、立たせ給ひたるところに、びんずら(角髪、童子の髪の結い方の一種。頭上で髪を分け、左右に垂らして結んだもの)結ふたる童子二人忽然として来たって、主上の御前に跪(ひざまづ)き、泪を袖に懸けて申しけるは、「一天下の間に(世の中全体)、しばらくも御身を蔵(かく)すべき所候はず。ただしあの木陰に南へ栄えたる枝の下に座席あり。これ御為に設けたる玉イ(戸+衣)にて候ふ。(それは帝のためにしつらえた玉座でございます)しばらくこれに御座候へ」と奏して、童子は遥かの天に登り去りにけり。〉 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊻

1.携帯電話から身を守る

(ル)携帯電話の電磁波から子どもを守る

内閣府の調査(20073月)によると、子どもの携帯電話の使用率は、次のようになっている。

  小学生(612歳) ―31

  中学生(1215歳) ―58

  高校生(1518歳 )―96

(*現在はもっと高い比率になっていると思われる)

 急激な携帯電話の普及の中で、子どもたちが犯罪に巻き込まれることを避けるため、また、携帯電話の有害サイトから子どもたちを守るために、文部科学省は国としては初めて「規制」を打ち出した。2009130日、「小中学校への持ち込みを原則禁止すべきだ」との指針を、全国の都道府県教育委員会に対して、通知した。

 福岡県芦屋町では20091202009120日、強制力がないものの、「町内の小中学生が携帯電話を持つことを原則禁止」する「こども・脱ケータイ宣言」を行った。また、石川県では、同年629日、全国で初めて、「小中学生の携帯電話所持規制」を決めた。条例を可決した(施行は20101月)。

 しかし、日本では、大阪など一部の自治体を除き、子どもたちに携帯電話所持を禁じる理由に、「健康への被害」を挙げている市町村はない。だが、からだへの悪影響から、特に、子どもの携帯電話使用に関して、警告を発している研究者は多い。(つづく)

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「のぼせたる 頬の紅(くれなゐ)の にくくして

         君に奪(と)らるる 我が心かな」

           木下利玄・銀

〔俳句〕

「ひもすがら 卯の花腐(くだ)し 茶を入るる」星野立子

〔和歌〕

「時やいつ 空にしられぬ 月雪の

        色をうつして さける卯の花」

          二品法親王覚助・玉葉305

「一体、季節はいつなんだろう。空では関知しない月や雪の色をそっくりそのままにまねて、盛りに咲いている卯の花よ。(今は夏か秋か、それとも冬なのか)」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「高野御幸」(こうやごかう)の段、

「 白川上皇が天竺に如来が現れたので説法を聞きにいこうと仰せられた時に、大江匡房が高野山の弘法大師こそ生身の如来であると説いたので、高野行幸が行われた。」

巻第十一 「逆櫓」(さかろ)の段、

「義経が平家討伐の決意を法皇に申し上げた。八嶋の平家は不安な日々を送っている。義経は摂津の渡辺に、範頼は神崎に舟を集めて、出陣の用意をしている。」

「 梶原景季が舟に逆櫓をつけようと建議して、義経と激しく口論した。義経は舟子を脅迫するようにして、わずか五隻、強風を利して、四国の阿波国に急行した。」

・逆櫓=船尾を先にして舟を漕ぎ進めること。また、そのために逆向きに取り付ける櫓。

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈汽車中〉

「やまとぢの るりのみそらに たつくもは

         いづれのてらの うへにかもあらむ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

 

 

 

 

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2013年5月13日 (月)

般若寺 季節の花だより 5・13

 

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・からたねおが玉、しゃが、紫雲らん:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチ草:≪満開≫

・花菱草、矢車草、芍薬:≪満開≫

・グラジオラス:≪満開≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月中旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊳

笠置寺城

『太平記』巻第三 「先帝笠置臨幸の事」

〈 元弘元年八月二十七日、主上笠置へ臨幸なって、本堂を皇居とぞなされける。(笠置寺の本尊は自然石に刻んだ弥勒菩薩像[15,7]で、元弘の合戦で焼けながらも現存。像の前に、読経・礼拝のために設けられた十余間に及ぶ回廊状の礼堂があったことは「笠置曼荼羅」[大和文華館]に描かれている。また『吾妻鏡』元久元年四月十日条に、「笠置解脱上人ノ使者去比参着ス。当寺ニ於イテ礼堂ヲ建ツベキノ間、将軍家ノ御奉加ヲ申ス所也」と、礼堂再建のことが見える。)

始め一両日の程は、武威に恐れて参仕する人独りもなかりけるが、東坂本の軍(いくさ)に六波羅勢打ち負け、海東を始めとして数輩打死すと聞きしかば、

(「八月二十八日、海東備前左近大夫将監、其勢十七騎東坂本ニ於イテ合戦ヲ致シ、主従十六騎打死ニシ了ル」[光明寺残篇]。「山法師も戦ひなどして、海東とかやいふつは物討たれにけり」[増鏡・巻十五・むら時雨]

当寺の衆徒を始めとして、近国の兵(つはもの)どもここかしこより馳せ参ること、引きもきらざりけれども、いまだ名字もあり、若党の百騎とも打たせたる物は一人も参らざりけり。

(近国の武士たちがあちらこちらから馳せ参ずることは、絶間がなかった。しかしそうはいっても、勇名が知られ、屈強の若者を百騎ほども従えた武将はまだ一人も参集しなかった。)〉

 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」(休みます)

 

〔短歌〕

「やや疲れ 膝くづしつつ 窓による

        顔の上気(のぼせ)の にくき女よ」

          木下利玄・銀

〔俳句〕

「うの花の 絶間たたかん 闇の門」 去来

〔和歌〕

「あふひ草 かざす卯月の 時鳥

        人のこころに まづかかりつつ」

          前大納言為家・風雅314

「葵草をかけて飾る賀茂祭の季節、四月になると、時鳥の(もうやって来るはずとの)期待は、(頭や袖にかかる葵鬘よりも)人の心に先ずかかることだよ。」

・葵草なら頭や袖にかかるが、時鳥の初声は早く聞きたいと心にかかるもの、との洒落。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「三日平氏」(みつかへいじ)の段、

「 一人残った舎人の武里が維盛の遺書をもって屋島に帰ったので、人々は今までの維盛に対する誤解がとけ、悲しみを新たにした。」

「頼盛が頼朝からしばしば招かれて、鎌倉に下った。彼は頼朝はじめ関東の大名小名の歓待を受け、金持ちになって帰京した。」

「 伊賀伊勢の平氏が蜂起して近江に侵入したが、たちまち亡ぼされた。維盛の北の方が使いを屋島にやって夫の死をはじめて知り、出家してその後世をとぶらった。」

巻第十 「藤戸(ふぢと)」の段、

「 都落ちしてから一年のちの平家は、今や四国の地を保つにすぎない。都では後鳥羽上皇が三種の神器なしで即位式を上げ、範頼義経がそれぞれ任官した。」

「 範頼が平家追討のために都を出発、平家は備前の児島に陣をとっているが、源氏は五丁の海峡が渡れない。佐々木盛綱が土地の男から浅瀬を聞き出したが、かれは聞くだけ聞いてからその男を殺してしまった。」

「 平家が源氏をおびき寄せようとするのにつけこんで、盛綱に続いて源氏の三万騎が島に渡り、終日戦ったあげく、平家を海上に退けた。」

「 都では大嘗会が行なわれ、源氏も供奉を勤めたが、人民疲労の際とてほんの形式だけであった。範頼は遊女を集めて遊び暮らしているので、平家もひと息ついている。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈室生寺にて〉

「みほとけの ひぢまろらなる やははだの

         あせむすまでに しげるやまかな」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月12日 (日)

般若寺 春の花だより  5・12

 

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・からたねおが玉、しゃが、紫雲らん、大てまり:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチ草:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

・グラジオラス:≪咲きはじめ≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月中旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊲

 大塔宮尊雲法親王(護良親王)が比叡山を出でてどのように落延びられたか、太平記と増鏡では少し違うことを伝えています。まず『太平記』を見ると、

「山門衆徒等心替りの事」の段によると、

〈 上林坊阿闍梨豪誉(ごうよ)元より武家に心を通はししかば、大塔宮の執事、安居院(あぐゐ)の法印澄俊(ちょうしゅん)を虜(いけど)つて、六波羅へ出す。

(安居院憲実息。唱導名人の澄憲の四代の孫。大塔宮の執事は殿法印良忠であるから、この人は妙法院=尊澄法親王[宗良]の執事とすべき。法印は僧侶の最高位で、僧正に相当の[法印大和尚位]の略か。)

 これを始めとして、一人二人落ち失せける間、今は光林坊の源存(げんそん)律師、妙光坊の小相模(こさがみ)、中坊悪大輔(なかのぼうあくたいふ)なんどが外は、落ち留まる衆徒もなかりけり。

 かくてはいかでか山門にも忍ぶべきとて、両門跡(尊雲法親王、尊澄法親王)は、八王子(社)に大篝火を焚かせ、大勢の籠りたる由を見せられて、戸津(とづ)の浜より小舟に召され、残り留まる衆徒ばかり召し具せられ、石山までぞ落ちさせ給ひける。いかさま、君の御行末をも尋ね承り、重ねて計略をも廻らすべければ、両門主一所に趣かせ給はん事しかるべからずとて、妙法院は笠置を差して趣き給へば、大塔宮は熊野の方を志し、南都へとて趣かせ給ひけり。〉

(小学館版『太平記』より)

このように『太平記』では、二人の法親王は別々に行動し、尊澄法親王は笠置へ、尊雲法親王は熊野へ行くため南都へと向かわれたとしている。

しかし一方『増鏡』巻第十五の「むら時雨」には、

〈 かかれども、御門笠置におはしますよし、程なく聞えぬれば、はかられ奉りにけるとて、山の衆徒もせうせう心がはりしぬ。

 宮々も逃げ出で給ひて笠置へぞまうで給ひける。〉

(岩波書店版『増鏡』より)

とあり、両法親王がともに笠置山へやって来られたと記している。どちらを信じるかはむつかしいところですが、『増鏡』の方が成立年代(1338年―1376年の間と推定)が古く、潤色が少ないので信憑性が高いとされ、現在の歴史研究では史料として採用されることが多いです。

 結論としては、大塔宮尊雲法親王(護良親王)は笠置寺の御醍醐天皇の皇居へ入られたことになりなす。

 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊺

1.携帯電話から身を守る

(ヌ)メガネは金属でないものを

この女性の例のように、口の中の歯科金属がアンテナとなって、「電磁波を引き寄せている」人は多い。体調が気になる人は、口の中のアマルガムを除去すると体調が改善するかもしれない。ただし、アマルガムは水銀を含む「毒物」なので、きちんと口の中などを防御した上で行わないと、水銀が流れ出し、かえって体調をこわす原因になる。電磁波と金属の関係がわかり、防御態勢をとったうえで、処置のできる歯科を選びたい。

 また、携帯電話を使うとき、メガネやピアスなど、金属でできたものが近くにあると、それらが電磁波を引き寄せる(吸収する)こともあるので、気をつけたい。特に、携帯電話を使う側の耳に付けているピアスなどは、金属でないもののほうが好ましい。

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「思ひつめ わがかなしみの ほそるなり

        新芽に靄の ひゆる夕方」

          木下利玄・銀

〔俳句〕

「築地草 春闌けたれば 咲く薊」水原秋桜子

〔和歌〕

「卯花の ちらぬかぎりは 山里の

       このしたやみも あらじとぞ思ふ」

         前大納言公任・玉葉302

「卯の花の散らないうちは、その白さに映えて、山里でも木の下闇なんてものはないだろうと思うよ。」

・卯花=落葉灌木ウツギの花。初夏に白い五弁の花の群がり咲くさまが、月光や雪にたとえられる。

・このしたやみ=夏、枝葉が茂り木の下が暗いこと。またその場所。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「維盛入水」の段、

「 なかにも第十八の願には、〈設我得仏、十方衆生、至心信楽、欲生我国、乃至十念、若不生者、不取正覚〉と説かれたれば、一念十念のたのみあり。ただふかく信じて、ゆめゆめ疑ひをなし給ふべからず。無二の懇念を致して、若しは十反、若しは一反も唱給ふ物ならば、弥陀如来、六十万億那由多恒河沙の御身をつづめ、丈六八尺の御かたちにて、観音勢至無数の聖衆、化佛菩薩、百重千重に囲繞し、伎楽歌詠じて、只今極楽の東門をいでて来迎し給はんずれば、御身こそ蒼海の底に沈むとおぼしめさるとも、紫雲のうへにのぼり給ふべし。成仏得脱してさとりをひらき給はん事、還来穢国度人天、すこしも疑ひあるべからずとて、鐘うちならしてすすめたてまつる。中将しかるべき善知識かなとおぼしめし、忽ちに妄念をひるがへして、高声に念仏百反ばかりとなへつつ、「南無」と唱ふる声とともに、海へぞ入り給ひける。兵衛入道も石童丸も、同じく御名をとなへつつ、つづゐて海へぞ入りにける。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈室生寺にて〉

「ささやかに にぬりのたふの たちすます

         このまにあそぶ やまざとのこら」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月11日 (土)

般若寺 春の花だより  5・11

 

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・からたねおが玉、しゃが、紫雲らん、大てまり:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチ草:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

・グラジオラス:≪咲きはじめ≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月中旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㊱

『太平記 巻第二』(長谷川端校注訳、小学館刊、1994

「主上御出奔師賢卿天子の号の事」

元弘の変:

〈 やがて北山松嶺寺(本ブログ㉚にてふれています)といふ処を御所になし、主上臨幸の由をば披露せで、衆徒の心を伺ひ給へば、この比慈宝顕宝、尊勝院西室の院主にて、関東の一族なりしかば(北条氏一門か)、彼の権威に恐れて、与力の衆徒も少なかりしかば、かくては南都の皇居叶ふまじかりけりとて、次の日二十六日、和束(わつか)の鷲峰山(じゅぶうせん、金胎寺)へ入らせ給ひけり。ここはまた山深く里遠くして、何事の計略も叶ふまじければとて、同じき二十七日、潜幸の儀式を引きつくろひ、南都の衆徒少々召し具せられ、笠置の岩屋へ臨幸なる。あさましかりし事どもなり。〉

 一方。師賢卿が後醍醐天皇の身代わりとなって比叡山へ登られたところ、叡山衆徒は六千人集まり東坂本で六波羅勢を打ち破った。

 そして衆徒たちが東塔院への臨幸を促そうと皇居に参列した。すると、

〈その折節深山下風(みやまおろし)烈しくて、御簾を吹き上げたるに、竜顔を拝し奉りたれば、主上にては御座(ましま)さで、尹大納言師賢卿(ゐんのだいなごんもろかたきょう)の、天子の袞衣(こんい、袞竜の御衣の略、天皇の礼服)着し給へるにてぞありける。大衆らこれを見て、「天狗の所行か」と、興を醒ます。〉

 山門衆徒の心変わりを察知された尊雲法親王、尊澄法親王、両親王は比叡山を脱出し笠置へ向かわれるのである。

 (つづく)                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊹

二日前、ここに連載引用させていただいている古庄弘枝様から新著作の御本を頂戴いたしましたのでご紹介いたします。同封のお手紙によると、当寺へもお越しいただいているようで、寺のことをよく知っておられます。

 古庄弘枝 著

『携帯電話亡国論―携帯電話基地局の電磁波「健康」汚染』

 藤原書店 刊行

 2013430日 発行

 定価 本体2,000円+税

本の帯には、

「ひどい耳鳴、めまい、頭痛、不整脈、不眠、鼻血・・・・

        電磁波汚染が

われわれの全生活を包囲している‼

 国民一人に一台以上(普及率1080%)、爆発的に普及する、〈ケータイ〉〈スマホ〉。その基地局はマンションの上、幼稚園や小学校の近くにも増えつづける。

町じゅう、駅なか、家庭の〈無線LAN〉アクセスポイント。〈モバイル基地局〉、そして全国で〈スマートメーター〉(電気使用量を電磁波で送信)導入が決定。「圏外」のない生活=便利!?四六時中電磁波にさらされ、健康が冒されている。」

とあります。電磁波の危険についての最新のデーター満載です。ぜひお読みください。

 

〔短歌〕

「つつましく 君は小さき 手をあらふ

         好きなその手が おとなしく濡る」

           木下利玄・銀

〔俳句〕

「阿弥陀堂 閉ざして雨の 金鳳華」長谷川史郊

〔和歌〕

「うすぐもる 青葉の山の 朝あけに

         ふるとしもなき 雨そそくなり」

           権大納言公宗・風雅311

「薄曇りの、青葉に包まれた山の明け方に、降るとも見えない雨が細かに降りそそいでいるようだ。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「維盛入水」の段、

「 就中(なかんづく)に、出家の功徳莫大なれば、先世の罪障みなほろび給ひぬらん。たとひ人あッて七宝の塔をたてん事、たかさ三十三天にいたるとも、一日の出家の功徳には及ぶべからず。たとひ又百千歳の間百羅漢を供養したらん功徳も、一日の出家の功徳には及ぶべからずと説かれたり。つみふかかりし頼義、心のたけきゆへに往生とぐ。させる御罪業ましまさざらんに、などか浄土へまいり給はざるべき。其上当山(熊野本宮)権現は本地阿弥陀世来にてまします。はじめ無三悪趣の願より、おはり得三宝忍の願にいたるまで、一々の誓願、衆生化度の願ならずといふ事なし。」

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈三輪の金屋にて路傍の石仏を村娘の礼するを見て〉

「みみしふと ぬかづくひとも みわやまの

         このあきかぜを きかざらめやも」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月10日 (金)

般若寺 春の花だより  5・10

 

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・からたねおが玉、しゃが、紫雲らん、大てまり:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチ草:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

・グラジオラス:≪咲きはじめ≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月中旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㉟

連載の『太平記』「元弘の変」を休みます。

じつは昨日、御聖蹟めぐりに出かけました。寺へ帰ったのが夜だったので本を読めませんでした。昨日の報告をします。

最初は、後醍醐天皇が笠置寺を脱出され、河内の楠木正成の元へと落ち行こうとされた道を自動車でたどりました。三日後に敵に捕らわれた地点とされる京都府井手町有王と云うところまでです。まず笠置の少し西にある木屋峠を和束町へ向かいました。木津川をはなれた途端、細くてけわしい上り坂になります。人家はまったくありません。向うから車が着たら行き来できない狭さにひやひやしながら峠まで達しました。国道163号線から府道62号線に入っています。下りになり「杣田」を通り和束川の「下河原」と云う家数の多い平地に出ました。さらに北へ出て、府道321号線となる脇道に入り、「白栖」、「内勘定」、「毘沙門寺」を経ると木屋峠以上の山道です。家はありません。道から南をふり返ると、茶畑の向うに山並ばかりです。南山城地方にもこんな山岳地帯があることを初めて知りました。登って行く道端の茶畑は斜面に立っていられないぐらいの急傾斜です。有名な和束茶はこんな危険な斜面で作られていることに驚きました。作業されるお茶農家の御苦労がしのばれました。それにしても宮殿生活しか経験のない後醍醐天皇は何と過酷な山道を落ちて行かれたのでしょう。今は自動車が通れますが、かつては人一人通るだけの杣道だったでしょうから、敵の目を欺くためにわざとこのような難関路をえらばれたのでしょうか.

山を登りきると今度は急な逆落しのような下り坂です。そしてだいぶ下った所にある大正池を過ぎ、有王山の麓にある「有王」と云う小さな集落に出ると、井手小学校有王分校というかわいい学校がありました。今は使われていませんが、小さな校舎と狭い校庭が大切に残されています。そのすぐ近くの道端に石碑が立っていました。通称「松の下露の碑」と呼ばれています。碑の表には「後醍醐天皇御舊蹟」とあり、裏には太平記に載せられる天皇の和歌が刻まれています。

「指て行笠ぎの山を出しより

    雨が下には隠家もなし」

(笠の下とも頼んでやって来た笠置山を出てからは、もう天が下に雨を避ける隠れ家もない。)

従者は藤房、季房の二人だけだったそうです。しかも疲労困憊の状態で囚われの身となられたのです。御いたわしいことです。

 有王をあとにして、次は大塔の宮の名の由来とされる法勝寺八角九重大塔の跡を訪ねることにしました。法勝寺をネットで調べると、京都市平安京創生館という施設に法勝寺の伽藍を復元した模型が展示されていることを知ったので、そこを訪ねました。場所は中京区丸太町通七本松西入ル聚楽廻松下町の京都市生涯学習総合センター一階にあります。平安京のパノラマ模型があり、発掘された瓦を多数展示しています。そして解説ビデオで法勝寺大塔の発掘の様子が見られました。なんと所在地は、岡崎公園の動物園内です。真ん中ほどに観覧車がありその周囲を発掘されたようです。高さ81メートルもある巨大な八角形の九重の塔です。残っておれば平安京一番の高層建築です。形もユニークです。そして初重の下には大きな裳腰があったので十重の塔に見えます。それと発掘でわかったのは、檜皮葺と推測されていたのが、実際は瓦ぶきであったそうです。法勝寺は塔の外に金堂、講堂、九体阿弥陀堂、五大堂、八角円堂の愛染堂などの大伽藍がありました。なにしろ院政時代きっての実力者であった白河法皇の御願寺であったから平安京最大の寺院でありました。

 岡崎公園の動物園へ行きました。案の定、観覧車の周囲には大塔の痕跡はありません。ただ法勝寺の説明板だけが立っていました。それにしても大塔宮はどの辺に門室を構えられたのでしょうか。まったく判りません。絵図によると、大塔は引き入れられた泉水の池の中に浮かぶように立っていたようです。法勝寺は大きな寺ですから寺内に多くの坊舎があったのでしょう。今はキリン、ゴリラ、ライオンなど異国の動物たちの園舎が立ち並んでいます。

 動物園を出て北側の道に住宅の石垣があり、それがかつての金堂の位置と大きさを示しているそうです。むろん石垣は後世のものですが。

 岡崎公園内には院政期の六カ寺、六勝寺の跡があります。一カ寺でも残っておればよかったのにと、惜しまれてなりません。

奈良への帰り道、「伏見桃山御陵」をお参りしました。近くまでは何度も来ているのですが御陵は初めてです。こんもりした伏見山の中にあります。南正面から行くと、目の前に石段の壁です。こんな石段見たこともありません。圧倒されます。どうしようか迷った挙句、意を決して上りました。330段以上ありました。上りきったら息切れで座り込んでしまいました。誰が思いついたのか分かりませんが明治天皇の威厳演出効果抜群です。皆さんここを上られたことおありでしょうか、、一度御参詣あれ。(おわり)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」(休みます)

 

〔短歌〕

「足袋ぬげば 春の皮膚(はだへ)と 我が素足

         もつれあふこそ わりなかりけれ」

           木下利玄・銀

〔俳句〕

「君ゆくや 柳みどりに 道長し」与謝蕪村

〔和歌〕

「うすみどり まじるあふちの 花みれば

         面かげにたつ 春の藤波」

           永福門院・玉葉301

「薄緑の若葉にまじる、紫の楝の花を見ると、ありありと目の前に見るように思い浮かべられる、過ぎ去った春の藤の花房よ。」

・あふち=楝。センダンの古名。初夏、樹上に小さな薄紫の花を群がり咲かせる。

 

*『平家物語』を読む。(休みます)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈弘福寺の僧と談りて〉

「よをそしる まづしきそうの まもりこし

         このくさむらの しろきいしずゑ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月 9日 (木)

般若寺 春の花だより  5・9

 

○春咲コスモス:≪満開≫ 千本程。

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・からたねおが玉、しゃが、紫雲らん、大てまり:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチ草:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月中旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㉞

『太平記 巻第二』(長谷川端校注訳、小学館刊、1994

「主上御出奔師賢卿天子の号の事」

元弘の変:

 〈 まづ南都の東南院

(東大寺内の一院で門跡寺。貞観17[875]聖宝が開基。当時の僧正は関白太政大臣鷹司基忠息の聖尋。東大寺百十九代別当、東寺一長者。)

へ人を遣られて、御輿など食(召)され、御乗輿にて入らせ給ふ。この僧正と申すは、故円光院の禅定殿下の御息にて、御叔父前大僧正聖忠

(東大寺別当、東寺一長者聖忠は聖尋の兄。元応元年[1319]没)

と申しし御弟子なり。真言は三宝院(醍醐寺の主院。聖尋が流れを継いだ大僧正聖忠は醍醐寺座主でもあった。)

の正流にて、五相成身(密教で、通達菩提心・修菩提心・成金剛心・証金剛心・仏身円満の五相の観を行って、金剛界大日如来の身を成就することをいう。)の秘奥を極め、顕宗(密教に対していう、南都六宗)は三論の法灯として、八不正観の深理に達し給ひける。

(人々が抱いている、消滅・去来・一異・断常の八つの迷いの執念を破って、あらわれてくる八不[不生、不滅、不去、不来などの八つの否定]の正観をいう。三論宗では八不を究極の真理の姿を説くものとして尊重した。)

されば大法秘法の公請(くじやう、朝廷から法会または講論に招かれること)には多くの闍梨(阿闍梨、高僧)の選に応じ、清涼紫宸の論場に、久しく証誠(しょうじょう)の職(しき)に居(きょ)し給ふ。

(証誠師。大法会で行われる論議の際、問者と答者がそれぞれ言うところを批判する役の名。証義者とも。)

東大寺の別当、醍醐寺の座主ともに兼ねて朝家の講宴をもつぱらにし給へば、等閑(なほざり)の儀あらじとて、今この大儀をも頼まれ仰せけるとかや。〉

 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊸

1.携帯電話から身を守る

(リ)口の中に電磁波のアンテナとなる金属は入れない (㊷の続き)

〈 ある50代の女性は、「ふらついて電車にの乗れない」ということで、彼の元を訪れた。当時はヨボヨボとしか歩けず、15cmの峡段差も、床などに両手をつかないと上り下りできないほどだった。口の中にはいくつかの歯科金属が入っていた。

 藤井さんが電源を入れた携帯電話を彼女の胸のあたりに近づけていくと、彼女は、携帯電話が80㎝まで近づいたところで、心臓がドキドキし、「気持ち悪くなった」という。そこで、アルミホイルで彼女の口の周りを覆った。すると、ふらつかずに歩け、手をつかずに、段差もスムーズに上り下りできるようになった。

 アルミホイルで口の周りを覆った状態なら、携帯電話を胸から5㎝のところまで近づけても「大丈夫」ということになった。つまり、彼女のふらつきの原因は、口の中の金属にあることがわかった。

 O-リングテストで検査をし、どの歯が電磁波を集めているのかを調べ、そこに詰められたアマルガムを除去した。すると、アルミホイルのカバーなしで、スタスタと歩けるようになった。O-リングテスト(正式名「バイ・ディジタルO-リングテスト」)とは、1970年代に医師の大村恵昭さんによって「発見」された診断法。指で作った輪(O-リング)が開きやすいかどうかで、病気の診断をはじめ、薬の有効性などを調べる方法。 〉

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「我が顔に 青き光を 受けながら

藪かげ草の 肌身をのぞく」

          木下利玄・銀

〔俳句〕

「花の鹿 たまたま角を かざし来る」渡辺水巴

〔和歌〕

「夏あさき みどりの木だち 庭とをみ

        雨ふりしむる 日ぐらしの宿」

          前大納言為兼・風雅310

「夏もまだ浅い、緑鮮やかな木立が、庭を奥深く見せて、雨が一面に降りしきっている、終日垂れこめて過ごす私の家よ。」

・庭とをみ=庭遠み。庭を遠く見せて。木が繁って植込みの陰影が深くなった趣。

*『平家物語』を読む。

巻第十 「維盛入水」の段、

「 等覚・十地(等覚は菩薩の中の最上位、十地はそれに次ぐ菩薩の位。佛に次ぐ菩薩の位の者でもやはり生死の法則には従うという意)、なを生死のおきてにしたがふ。たとひ君長生のたのしみにほこり給ふとも、この御なげきはのがれさせ給ふべからず。たとひ又百年のよわひをたもち給ふとも、この御恨みはただおなじ事とおぼしめさるべし。第六天の魔王といふ外道(六欲天の第六を他化自在天といい、その王即ち自在天王を魔王ともいう。外道は仏教以外の教え、またその教えを奉ずるもの)は、欲界の六天をわがものと領じて、なかにも此の界の衆生の生死をはなるる事をおしみ(欲界に住んでいる衆生。欲界の衆生は情欲、色欲、食欲、淫欲を起こすといわれる。その衆生が生死の世界を離れて悟りを得ようとすると、魔王はこれを妨げるために種々と誘惑するのである)、或は妻となり、或は夫となッて、これをさまたぐるに、三世の諸仏は一切衆生を一子の如くにおぼしめして、極楽浄土の不退の土に進め入れんとし給ふに、妻子といふものが、無始曠劫よりこのかた生死に流転するきづななるがゆへに、仏は重ういましめ給ふ也。さればとて御心弱うおぼしめすべからず。源氏の先祖伊予入道頼義は、勅命によッて奥州のゑびす貞任・宗任をせめんとて、十二年があひだに人の頸をきる事一万六千人、山野の獣、江河の鱗、其いのちをたつ事いく千万といふかずをしらず。されども終焉の時、一念の菩提心(心深い求道心)ををこししによッて、往生の素懐をとげたりとこそうけ給はれ。」 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈橘寺にて〉

「くろごまの あさのあがきに ふませたる

         をかのくさねと なづさひぞこし」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月 8日 (水)

般若寺 春の花だより  5・8

 

○春咲コスモス:≪五分咲き≫

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・からたねおが玉、しゃが、紫雲らん、大手鞠:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチソウ:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月中旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㉝

『太平記 巻第二』(長谷川端校注訳、小学館刊、1994

「主上御出奔師賢卿天子の号の事」

元弘の変:

〈「逆臣君を犯し奉らんと欲する時、しばらくその難を遁れ、かへつて国を保つは、前蹤皆佳例(せんしょうみなかれい)にて候ふものを、いはゆる重耳(ちょうじ)は翟(てき)に奔り、大王豳(ひん)に行く。ともに王業(おうげふ帝王の事業。天子が国土・人民を治める大業をいう)をなして、子孫無窮に光栄す。

(賊徒らが君主を襲い奉ろうとするときに、しばらくその危難を逃れ、そうすることで国を安泰に保つことは、先例が皆めでたい例でございます。世に言われているところでは、重耳は讒言を恐れて翟に逃げ、周の大王は戎狄の攻撃を避けて豳に移りました。そして、ともに建国の大業を成就して、子孫はとこしえに栄光に輝いております。)

とかく御思案に及ばば、夜も深け候ひなん。早々臨幸を南都へ御急ぎ候へ」とて、三種神器を取って御車をさしよせ、下簾より出衣(いだしぎぬ)見せて(牛車の前後の簾の内側に掛ける長い布から女房や童のように袖、裾などを出して)、女房車の体にて、陽明門(大内裏十二門の一つ。東面中央の待賢門の上方にある。ただし、ここは富小路内裏なので、代わりのもんをいう。)より成し奉る。門の守護の武士ども、御車を推して尋ね申しけるを(お車を押しとどめて尋問したので)、藤房・季房供奉して、「中宮の夜にまぎれ、北山殿へ行啓なるぞ」(中宮が夜にまぎれて、御父上の北山殿へ行啓なさるのだ)と宣(のたま)ひければ、「さては」(それではどうぞ)とて、御車をぞ通しける。一宮中務卿親王(尊良親王)、按察使大納言公敏(きんとし、左大臣洞院実泰息、公賢の弟)、源中納言具行(ともゆき、右中将北畠師行息、)、六条少将忠顕(ただあき、権中納言六条有忠息、左中将、参議、忠顕より千種を称す)、大膳大夫重康(しげやす、大膳職の長官)、蔵人判官清藤、楽人兼秋(豊原清秋息)、随人久武(秦氏。随身は貴人外出の際に護衛として従った近衛の舎人)など、三条河原にて追ひ付き奉る。田中の明神(高野川が賀茂川と合流する旧愛宕郷田中村の社)の御前にて御車を止められ、張輿(はりごし)に召し替えさせ奉る。(お車をやめて張り輿にお乗換なさったが)されどもにはかの事なれば、駕輿丁(かよちやう、貴人の輿をかつぐ者)もなくて、重康、久武など、手々に御輿を仕る(かついだ)。供奉の諸卿、衣冠を解いで折烏帽子に直垂を着し、七大寺詣する京家の青侍(公卿奉公の若侍)などの、女性を具足したる体(てい)に見せ、跡より追手や懸かるらんと、肝心(きもこころ)もなくて(ひやひやしながら)行く程に、古津(こづ、木津)の地蔵(木津川市上狛にある泉橋寺の地蔵堂、本尊の丈六石造地蔵尊は般若寺の真円上人が造立。)過ぎさせ給ひける時、夜はほのぼのとぞ明けたりける。ここにて朝餉の供御(くご、)を進(まい)らせたりけれども、はかばかしくも聞こし食されず。

(ここで帝に朝食をお進め申し上げたけれども、はかばかしくお召し上がりにならなかった。)〉

 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊷

1.携帯電話から身を守る

(リ)口の中に電磁波のアンテナとなる金属は入れない 

 携帯電話を胸に近づけるだけで、「ふらつく」「めまいがする」「動悸がする」「圧迫感がある」という人は、口の中の歯科金属がアンテナになって、電磁波を集めている可能性が高い。例えば、歯の詰め物に使われる水銀の入った「アマルガム」や、インプラントに使われているチタンなどの金属。

 神戸市で歯科医院を開業している歯科医・藤井佳朗さんの元には、原因不明の「体調不良」で悩む人が訪れるが、歯科金属を取り除くことで、症状が改善に向かう人が多いという。(つづく)

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「山王の 桜しらみて 夕ぐれの

       ものはかなさに 我が身のひたる」

         木下利玄・銀

〔俳句〕

「杉垣に 山吹咲ける 裏戸哉」正岡子規

〔和歌〕

「大井川 いはなみはやく 春くれて

       いかだのとこに 夏ぞきにける」

         皇太后宮大夫俊成女・玉葉297

「大井川の水が岩波を立てて早く流れ行くように、早くも春は終わって、木材を流し下す筏の上に、夏がやって来たよ。」

・大井川=山城の歌枕。大堰川。京都市西京区嵐山の麓を流れる桂川の部分名。丹波から流す筏、また鵜飼、紅葉の名所。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「維盛入水」の段、

「 まことにさこそはおぼしめされ候らめ。高きもいやしきも、恩愛の道はちからおよばぬ事也(愛情というものは、人の力で左右できないものです)。なかにも夫妻は一夜の枕をならぶるも、五百生の宿縁と申し候へば(五百度生まれかわる前から結ばれている縁)、先世の契あさからず。盛者必滅、会者定離はうき世の習ひにて、候也。末の露もとのしずくのためしあれば、たとひ遅速の不同はありとも、おくれさきだつ御別れ、つゐになくてしもや候べき。彼の離山宮の秋の夕べの契も、つゐには心をくだくはしとなり(あの山宮での七夕になぞらえた玄宗と楊貴妃との約束も、ついには心を悲しませるきっかけとなり)、甘泉殿の生前の恩も、をはりなきにしもあらず(漢の武帝が李夫人の生前の姿を甘泉殿に描かせたというが、その愛情とても終わりがないことではない)。松子(しやうし)・梅生(ばいせい)、生涯の恨みあり(赤松子、梅福は漢の仙人。松子梅生にも死の悲しみはある)。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

観心寺の本尊如意輪観音を拝して〉

「なまめきて ひざにたてたる しろたへの

         ほとけのひぢは うつつともなし」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月 7日 (火)

般若寺 春の花だより  5・7

 

○春咲コスモス:≪五分咲き≫

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・からたねおが玉、しゃが、紫雲らん、大手鞠:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチソウ:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月中旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㉜

『太平記 巻第二』(長谷川端校注訳、小学館刊、1994

「主上御出奔師賢卿天子の号の事」

元弘の変:

〈 「かつ京都の敵をも遮り止(とど)め、また、衆徒の心をも伺ひ見候はんために、近臣を一人天子の号を許され、今夜ひそかに山門へ登せられ候へ。

(近臣一人に帝の称号を許可なさり、今宵ひそかに叡山へ登らせてください)

臨幸の由を披露仕って候はば、武家の輩定めて山門をぞ責め候はんずらん。さるほどならば、衆徒も我が山を思ふ故に、身命を軽んじて防ぎ戦ひ候ふべし。逆徒(幕府軍)力尽き、合戦数日に及ばば、畿内の官軍を食(め)され、すべて京都を攻められんに、兇徒の誅戮(ちゅうりく)疑ひあるべからず。国家の安危、天下の治乱、ただこの一挙にて候ふ」と、委細に奏し申されけり。

 主上具(つぶさ)に聞こし食(め)されて、あきれさせ給へるばかりにて、何の御沙汰にも及ばざりけるを、

(帝はこの奏上を漏れなくお聞きなされて、ぼう然としておられるばかりで、何の決定もなさらなかった)

 尹(ゐん)大納言師賢(もろかた。内大臣花山院師信息。権大納言兼弾正尹。後醍醐天皇の生母談天門院と師賢の母(藤原忠継の孫女)が叔母・姪の関係にあったことから、天皇の側近となった。笠置城没落後、武家方に捕えられ、下総国(千葉県)へ流され、千葉貞胤に預けられた。)、万里小路(までのこうじ)中納言藤房(後醍醐天皇の寵臣で、建武政権の腐敗を正すべく諫言し、いれられず、「俄に遁世す」(尊卑分脈)。宮廷人の理想像として描かれている)、舎弟季房(すえふさはこの時、後醍醐天皇に随行していない)、御前に候はれけるが、「この事いかが」と、仰せられけるを、(「このことはどうするべきであろう」とおっしゃったので)藤房卿進んで申されけるは、〉

 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊶

1.携帯電話から身を守る

(チ)使用は必要最低限に

 車内で、通話をしていなくても、電源が入っていれば、携帯電話から電磁波は放射されており、電源を切らない限り、危険は回避できない。

 ペースメーカーを入れている人や、電磁波過敏症の人には、電車が「凶器の箱」となる。前者の場合、安全のためには、「携帯電話端末をペースメーカー装着部位から22cm程度離すこと」という公的「指針」があるが、電車など密閉された金属の箱の中では、必ずしも成り立たない。反射した電磁波が、ペースメーカーを直撃する可能性もあるからだ。

 ある電磁波過敏症の人の場合、満員電車より、ガラガラ電車の方が怖いという。ある一人の人が通話を始めたとたん、電磁波は人のいない車内で反射を繰り返し、エネルギーを蓄えて、より強力な波となって、襲いかかってくるという。そのとき、その人は、腹部が刃物で突き刺されかのように痛みだし、「いても立ってもいられない」状態になるという。電車の中では、「他人の痛み」に思いをはせ、携帯電話の電源は切るようにしたい。

 また、必要以上に携帯電話で話したり、メールをしたりすることは、基地局の近くに住む、携帯電話の恩恵を全く受けない赤ん坊や、携帯電話を使わない人たちの健康を脅かすことになる。基地局からは24時間、365日、電磁波が放射されているが、携帯電話を使う人が多くなればなるほど、その電磁波強度は強くなるからだ。

 自分の健康と他人の健康を守るために、携帯電話の使用は必要最低限にとどめたい。

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「足ひろげ 男ををどる 彼の女こそ

       こよひのむねを いたがゆくすれ」

         木下利玄・銀

〔俳句〕

「茶づくりの 香にむせぶまで 寄りて見つ」馬場移公子

〔和歌〕

「時しらぬ 里は玉河 いつとてか

       夏のかきねを うづむしら雪」

         前中納言定家・風雅308

「季節をわきまえない里は玉河のさとだ。一体今を何時であると思ってか、夏の垣根を埋めているまっ白な雪よ。(それは盛りの卯の花なのだ)」

・玉河=摂津の歌枕、三島玉川。大阪府高槻市南部を流れる。卯の花で有名。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「維盛入水」の段、

「 おのが一つらひきつれて、今はとかへる雁が音の、越路をさしてなきゆくも、ふるさとへことづけせまほしく、蘇武が胡国の恨みまで、おもひのこせるくまもなし。(雁が北国をさして飛んでいくのを見ても、故郷の妻子への便りをことづけたく、また蘇武が仮に手紙を托した悲しみに至るまで、思いやらないことはなかった)〈さればこは何事ぞ。猶妄執のつきぬにこそ〉とおぼしめしかへして、西にむかひ手をあはせ、念仏し給ふ心のうちにも、〈すでに只今をかぎりとは(今が自分の最期の時である)、都にはいかでかしるべきなれば、風のたよりのことづて(言伝)も、いまやいまやとこそまたんずらめ。つゐには隠れあるまじければ(自分が死んだことは最後には知れることだろうから)、此の世になきものと聞いて、いかばかりかなげかんずらん〉なンど思ひつづけられ給へば、念仏をとどめて、合掌をみだり(合掌している手をくずし)、聖(ひじり、瀧口入道)にむかッての給ひけるは、〈あはれ人の身に妻子といふ物をばもつまじける物かな。此の世にて物をおもはするのみならず、後世菩提のさまたげとなりけるくちおしさよ。只今もおもひいづるぞや。かやうの事を心中にのこせば、罪ふかからんなるあひだ(深いと聞いているので)、懺悔する也〉とぞのたまひける。聖もあはれにおぼえけれども、われさへ心よはくてはかなはじ(自分までが気が弱くなっては、維盛の入水はできなくなる)とおもひ、涙をしのごひ、さらぬていにもてないて申しけるは、」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈観心寺の本尊如意輪観音を拝して〉

「さきだちて そうがささぐる ともしびに

         くしきほとけの まゆあらはなり」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月 6日 (月)

般若寺 春の花だより  5・6

 

○春咲コスモス:≪五分咲き≫

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・椿、しゃが、紫雲らん、大手鞠:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチソウ:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪満開≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月上旬

○初夏咲コスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㉛

『太平記 巻第二』(長谷川端校注訳、小学館刊、1994

「主上御出奔師賢卿天子の号の事」

元弘の変:

元弘元年(1331)八月二十三日、幕府の軍勢が大挙して上洛す。

〈「今度東使の上洛は、主上を遠国へ遷し奉り、大塔宮を失ひ奉るべきためなり」と、ことさら山門に披露ありしかば、八月二十四日夜に入って、大塔宮よりひそかに御使を以て主上へ申されけるは、「関東兵使上洛の事は、皇居を遠国に遷し奉り、尊雲を死罪に行ひ候はんためにぞ候ふなる。されば、かやうにて御座の事は叶ふべからず候ふ。(ですから、このままで都にいらっしゃることはよくありません)今夜の程に急ぎ南都の方へ臨幸成し候へ。その故は、禁裏用害の窟(きはめ)にあらず、官軍馳せ参ぜんに遑(いとま)あらず。

(その理由は、皇居は要害を備えた城郭ではなく、また官軍が馳せ参じるには時間がないからです)

 兇徒皇居に襲ひ来たらば、防ぎ戦うに利なく、知謀を廻らすに便りなかるべし。〉

 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊵

1.携帯電話から身を守る

(ト)乗り物の中では電源を切る

 電磁波は「距離」をとればとるほど「安全」だ。しかし、空間が金属によって閉ざされた密閉空間であれば、その中では、いくら距離をとっても、安全にはならない。例えば、電車の中、電磁波は、窓の部分から一部は出ていくが、ほとんどは車体の金属に当たって、反射と重複を繰り返す。

 東北大学大学院理学研究科の助手(2002年当時)本堂毅さん(熱物理学専攻)は、列車内に携帯電話が複数あるとき、重複と反射によって発生する平均電力密度を求める計算式を導き出した。例えば、ある車両で、04W の電磁波を出す携帯電話を50人の人が1台ずつ持つと、車両内の総出力の合計は20W 。これを計算式に当てはめると、車内の電力密度が、ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)が定める国際基準値(900MHzで「450μW/㎠」、18GHzで「900μW/㎠」)の数倍にもなることがわかった。

 ラッシュ時は、1車両に約300人が乗ることや、携帯電話を使う人が90%いることを考えると、電車の中の電波密度は、どれほどの高さになるのか、空恐ろしいほどだ。まさに、電子レンジの中に閉じ込められたようなものだ。

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「この君の ふところぬくき にほひより

        われつつむらむ この母らしさは」

          木下利玄・銀

〔俳句〕

「青空へ ふくれあがりて 茶山なる」富安風生

〔和歌〕

「春はすて まだ時鳥 かたらはぬ

       けふのながめを とふ人もがな」

         式子内親王・玉葉296

「春は捨て去り、まだ時鳥は親しげに鳴いてもくれぬ、今日の私のつれづれの物思いを、尋ねて来る人があってほしいなあ。」

・かたらはぬ=「かたらふ」は特に時鳥の声低く鳴く地鳴きをいう。「話を交わす」「親しく語る」意をかける。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「維盛入水」(これもりのじゅすゐ)の段、

「 三の山の参詣事ゆへなくとげ給ひしかば、浜の宮と申す王子の御まへより、一葉の舟に掉さして、万里の蒼海にうかび給ふ。はるかの沖に山成りの嶋といふ所あり。それに舟をこぎよせさせ、岸に上がり、大きなる松の木をけづッて、中将銘跡を書きつけらる。〈祖父太政大臣平朝臣清盛公、法名淨海、親父内大臣左大将重盛公、法名淨蓮、三位中将維盛、法名淨圓、生年二十七歳、寿永三年三月二十八日、那智の奥(おき)にて入水す〉と書きつけて、又奥へぞこぎいで給ふ。思ひきりたる道なれども、今はの時になりぬれば、心ぼそうかなしからずといふ事なし。比は三月二十八日の事なれば、海路はるかにかすみわたり、あはれをもよほすたぐひ也。ただ大方の春だにも、くれ行く空は物うきに、況やけふをかぎりの事なれば、さこそは心ぼそかりけめ。奥の釣舟の浪にきえ入るやうにおぼゆるが、さすがしづみもはてぬをみ給ふにも、我が身のうへとやおぼしけん。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈河内国磯長御陵にて太子をおもふ〉

「やまとより ふきくるかぜを よもすがら

         やまのこぬれに ききあかしつつ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月 5日 (日)

般若寺 春の花だより  5・5

《今咲いている花》

○山吹 :終わりました。

○春咲コスモス:≪五分咲き≫

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・牡丹、椿、しゃが、紫雲らん、藤、大手鞠:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチソウ:≪満開≫

・花菱草、矢車草:≪五分咲≫

 

《これから咲く花》

○山アジサイ:≪つぼみ≫

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月上旬

○初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㉚

『元弘の変』 後醍醐天皇 笠置寺御遷御のこと

岡見正雄著『太平記(一)』補注250〔南都の東南院へ入せ給ふ〕

〈 猶、神田本や毛利本、天正本等の異本には後醍醐帝が東南院僧正を頼った時、北山松嶺寺と云う所を御所にして衆徒の心を窺った所、西室の顕宝僧正(慈宝顕宝とも)は尊勝院西室の院主で関東の一族であったから与力する衆徒も少なかったので翌廿六日に和束の鷲峰山へ入られたとあり、異本系に帝の御所にしたという北山松嶺寺は、東大寺の近く、般若坂の辺を北山というから、その近くの寺院であったか。(*新井孝重著『楠木正成』によれば、後醍醐帝は東大寺の兵力だけでなく、奈良坂北山宿の軍事力を期待して宿内の寺に宿泊したのであろうと言う。奈良坂北山宿は京都清水坂と畿内を二分する本宿として多くの末宿の非人法師達を軍事力として組織化しており、文観上人の影響下にあったという。今、松嶺寺の跡は分からない。解脱房貞慶が北山宿の依頼により、曼荼羅堂勧進の文章を作っている。)

 猶、東大寺雑集録巻十二にはこの際の記述があり、元弘日記なる書を引用して、元弘三年七月二十五日主上は東南院へ御幸あるべきをかねて宣下し、八月二十四日深夜御幸の沙汰があり、東南院からは執行寛宝法印が泉河迄迎え申したが、西室と尊勝院と不和であった為鷲峰山に入御し、更に笠置寺へ移られたとある。この文献は信用し難い点もあるが、東大寺の衆徒が一致していなかった事は事実であったろう。〉

 (この項終わり)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」(休みます)

 

〔短歌〕

「春の夜の あまきうるほひ こそばゆく

        指尖(ゆびさき)に来て くちづけをする」

          木下利玄・銀

〔俳句〕

「山吹の 散りそめて皆 散りにけり」正岡子規

〔和歌〕

「ほととぎす まつとせしまに 我がやどの

池の藤なみ うつろひにけり」

           従二位家隆・風雅307

「(あの古今集の読人しらず詠のような気持ちで)時鳥を待っていた間に、私の家の池の上に波のように咲きかかった藤の花は、色があせてしまった。」

・参考:「我が宿の池の藤波咲きにけり

      山時鳥いつか来鳴かむ」(古今135・読人しらず)

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「熊野参詣」の段、

「 面目たぐひすくなうぞみえし。かたえの殿上人(維盛と同輩の殿上人)、いかばかり浦山しうおもはれけん。内裏の女房達のなかには、〈深山木のなかの桜梅とこそおぼゆれ〉(大勢の殿上人の中の維盛は深山木の中の楊梅のように思われます)なンどいはれ給ひしひとぞかし。只今大臣の大将待ちかけ給へる人とこそ見たてまつりしに(維盛という方はもうすぐ大臣で近衛大将になることが期待できる人だと拝見したのに)、けふはかくやつれはて給へる御ありさま、かねてはおもひよらざッしをや(以前には想像もできなかったことであるよ。)。うつればかはるよのならひとはいひながら、哀れなる御事かな、とて、袖をかほにおしあててさめざめとなきければ、いくらもなみゐたりける那智ごもりの僧どもも、みなうち(裏)衣の袖をぞぬらしける。」

 (この段終わり)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

当麻寺に役小角の木像を見て〉

「あしびきの やまのはざまの いはかどの

         つららににたる きみがあごひげ」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月 4日 (土)

般若寺 春の花だより  5・4

《今咲いている花》

○山吹 :ほぼ終わり。今年の花は例年に比べて豪華で長く咲きました。また来年の花を楽しみに育てていきます。

○春咲コスモス≪五分咲き≫

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・牡丹、椿、しゃが、紫雲らん、藤、大手鞠:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチソウ:≪満開≫

・花菱草、矢車草≪五分咲≫

○山アジサイ:≪つぼみ≫

 

《これから咲く花》

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月上旬

○初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㉙

『元弘の変』 後醍醐天皇 笠置寺御遷御のこと

岡見正雄著『太平記(一)』補注250〔南都の東南院へ入せ給ふ〕

〈 又法隆寺別当次第には、

 公家物怪。天下兵乱。同年(元徳三・元弘元年)八月二十四日当帝京ヲ御出。次日東大寺東南院入御。同日輪塚ヘ入御、同二十七日笠置寺入御。日本国動乱之始是也。同九月二十八日笠置寺堂塔拝殿石像坊中悉消失了(憲信僧正条)

とあり、隅田文書には、

 笠置寺輪塚両所間 兇徒等楯籠之由有其聞不廻時尅馳向 

可抽合戦忠之状 如件

 元弘元年九月二日 (北条仲時)(花押)

隅田庄人々

なる文書があり、和束の鷲峰山金胎寺に帝が行幸した噂は九月始には六波羅の北条方に伝わっていたらしい。 〉

 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊴

1.携帯電話から身を守る

(ヘ)機種はSAR値の小さいものを選ぶ

 また、「携帯電話を販売するときには、イヤホンやヘッドセットと一緒でなければ販売してはいけない」という国もある。

が、日本では、まだ何も行われていない。

 インターネットで検索すると、いろんな人が、携帯電話のSAR値を比較したものを公開しているので、それを参考にするといいだろう。

 ちなみに、日本のSAR値に関する規制は、「全身SAR値で、0,08W/㎏」「局所SAR値で、2W /kg」以下となっている。

 SAR値には、「生体組織10g当たり」と「生体組織1g当たり」の2種類あるが、日本は「生体組織10g当たり」を採用している。「生体組織10g当たり」は、「直径3㎝の球」、「生体組織1g当たり」は「直径1,4㎝の球」に相当する。

「ホット・スポット効果」を考えたとき、その範囲は「直径0,5㎝の球以下」に絞られる可能性がある。そのため、「生体組織1g当たり」のSAR値の方が、より適切だろう。

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「年上の 女の愛に 身をつつみ

       あまゆるおもひ 春の夜に触る」

         木下利玄・銀

〔俳句〕

「山吹の 垣にとなりは なかりけり」正岡子規

〔和歌〕

「花鳥の あかぬわかれに 春くれて

       けさよりむかふ 夏山の色」

     入道前太政大臣(西園寺実兼)・玉葉293

「花や鳥との、名残尽きない別れをもって春が終わって、四月朔日今朝から心新たに相対する、さわやかな夏山の新緑よ。」

むかふ=対座する。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「熊野参詣」の段、

「 那智ごもりの僧共の中に、この三位の中将をよくよく見知りたてまッたるとおぼしくて、同行にかたりけるは、〈ここなる修行者をいかなる人やらんとおもひたれば、小松のおほいとのの御嫡子、三位中将殿にておはしけるぞや。あの殿のいまだ四位少将ときこえ給ひし安元の春比、法住寺殿にて五十御賀のありしに(安元二年[当時から八年前]の三月、後白河法皇の五十の賀が行なわれた)、父小松殿は内大臣の左大将にてまします、伯父宗盛卿は大納言の右大将にて、階下に着座せられたり。其の外三位中将知盛・頭の中将重衡以下一門の人々、けふを晴とときめき給ひて、垣代(かいしろ、部隊の下手に輪をなして並び笛を吹く者)に立ち給ひしなかより、此の三位中将、桜の花をかざして青海波をま(舞)うて出でられたりしかば、露に媚たる花の御姿、風に飜る舞の袖、地をてらし天もかかやくばかり也。女院より関白殿(女院は建春門院、関白は基房)を御使にて御衣をかけられしかば、父の大臣座をたち、これを給はッて右の肩にかけ、院を拝したてまつり給ふ(父重盛が座を立って御衣を関白から受け取って維盛の右の肩にかけた。維盛は御衣を肩にかけて法皇に拝礼をした)。〉」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈当麻寺に役小角の木像を見て〉

「おにひとつ ぎやうじやのひざを ぬけいでて

あられうつらむ ふたがみのさと」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月 3日 (金)

般若寺 春の花だより  5・3

《今咲いている花》

○山吹 :ほぼ終わり。今年の花は例年に比べて豪華で長く咲きました。また来年の花を楽しみに育てていきます。

○春咲コスモス≪三分咲き≫

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・牡丹、椿、しゃが、紫雲らん、藤、大手鞠:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチソウ:≪満開≫

・花菱草、矢車草≪五分咲≫

○山アジサイ:≪つぼみ≫

 

《これから咲く花》

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月上旬

○初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㉘

『元弘の変』 後醍醐天皇 笠置寺御遷御のこと

岡見正雄著『太平記(一)』補注250〔南都の東南院へ入せ給ふ〕

〈 東南院は南都東大寺の三論宗の本所とされた寺であった。しかし、醍醐の聖宝が院務となって以来、真言宗の僧が入り、東密との兼学が行なわれ、院家の尊勝院と共に歴代東大寺別当に任ぜられる者が多かった。この時の東南院僧正は百十九代東大寺別当の聖尋僧正。関白鷹司基忠の子で、東大寺百十一代、百十三代、百十六代別当聖忠僧正の弟で、文保三年(1319)聖忠の寂後に東南院を継ぎ、醍醐座主や東寺一長者にもなったが、元弘の乱後に遠流に処せられた(太平記巻四・笠置囚人死罪流刑事、東南院院務次第によれば元弘二年六月十九日長州に配流)。

 この時、元弘元年に後醍醐天皇が東大寺に行幸した事は興福寺略年代記の元弘元年条に、

 「後醍醐上皇八月二十四日夜竊(ひそかに)東大寺に行幸。 同二十六日暁和束に遷御。二十七日笠置寺に遷御し給ひ了。」 「九月関東大軍にて笠置を攻め破る。」とあり、

 (つづく)

 

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊳

1.携帯電話から身を守る

(ヘ)機種はSAR値の小さいものを選ぶ

携帯電話を使うとき、「距離」と「時間」に気をつける他に、携帯電話の機械本体から出る電磁波にも気をつけたい。本体から出る電磁波を避けるには、SAR値の小さい機種を選ぶことだ。SAR値は、からだに電磁波(エネルギー)がどれだけ熱量として吸収されるかを表わす単位。からだ全体に吸収される熱量を示すときは「全身SAR値」、脳や頭など、限定したからだの一部に吸収される熱量を示すときには「局所SAR値」が使われる。

 携帯電話の場合、機械本体から出る電磁波の強度は、「局所SAR値」で表示されている。イギリスやフランス、サンフランシスコ市(アメリカ)などでは、携帯電話を販売する際に、わかりやすくSAR値の表示をしたり、パッケージに表示するよう、奨励されたり、義務づけられている。

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「子供の頃 皿に黄を溶き 藍をまぜし

        かのみどり色に もゆる芽のあり」

          木下利玄・銀

〔俳句〕

「山吹や 折々はねる 水の月」正岡子規

〔和歌〕

「さくらいろの 衣にも又 わかるるに

         春をのこせる やどの藤波」

           式子内親王・風雅304

「(春に別れるばかりか)桜色に染めた美しい春着にもまあ別れてしまったのに、ひとり春の風情を残している、私の家の波のような藤の花よ。」

・さくらいろ=襲ねの色目。表白、裏は赤・濃紫など諸説ある。春の衣装の意でいう。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「熊野参詣」の段、

「 三重(一の滝がいわゆる那智の滝で、その上流400mに二の滝、さらに上流500mに三の滝がある)に漲りおつる滝の水、数千丈までよぢのぼり、観音の霊像は岩の上にあらはれて(青岸渡寺の縁起によると、天竺の裸形上人が那智の滝つぼで観音の坐像を得、これを祭ったのが同寺の起源である)、補陀落山(ふだらくせん、インドにある観音菩薩が住む山)ともいッつべし。霞の底には法華読誦の声きこゆ、霊鷲山(りやうじゅせん、釈迦が説教をしたインドにある町)とも申しつべし。抑々権現(那智飛龍権現、本地は千手観音)当山に跡を垂れさせましましてよりこのかた、我朝の貴賤上下歩みをはこび、かうべをかたむけ、たな心をあはせて、利生(りしやう)にあづからずといふ事なし(御利益をこうむらないものはない)。僧侶されば甍をならべ、道俗袖をつらねたり(だから、僧侶は庵を作って瓦屋根を並べ、出家も俗人も相たずさえて修行をしている)。寛和夏の比、花山の法皇十善の帝位をのがれさせ給ひて(寛和は花山天皇の時の年号。花山天皇は寛和二年の夏退位、冬に比叡山で受戒、それから熊野に籠られた)、九品の浄刹ををこなはせ給ひけん、御庵室の旧跡には(九品浄土への往生のための修行をなさったという庵室の旧跡)、昔をしのぶとおぼしくて、老木の桜ぞさきにける。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈当麻寺にて〉

「ふたがみの すそのたかむら ひるがへし

         かぜふきいでぬ たふのひさしに」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月 2日 (木)

般若寺 春の花だより  5・2

《今咲いている花》

○山吹 :ほぼ終わり。今年の花は例年に比べて豪華で長く咲きました。また来年の花を楽しみに育てていきます。

○春咲コスモス≪三分咲き≫

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・牡丹、椿、しゃが、紫雲らん、藤、大手鞠:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、ツルニチニチソウ:≪満開≫

・花菱草、矢車草≪五分咲≫

○山アジサイ:≪つぼみ≫

 

《これから咲く花》

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月上旬

○初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㉗

岡見正雄著『太平記(二)』補注巻十二「文観上人」の項、

「 そして、文観は硫黄島に流された事は醍醐寺新要録巻十四・座主次第篇の第六十四権僧正弘真の条に、

〈年 月 日 宣下 年 月 日去職、本ハ西大寺律僧、文勧(観)房上人号之、勧(観)音文殊、積功、経歳月、法験無双之仁也、依之、関東調伏御祈、自最初、被綸言、多年修之条、依令露脱、被処流刑畢‐油(硫)黄嶋、其後不幾、天化(下)一統之聖運開御ス、答彼上人之懇念之由、依叡信異他、帰依青於藍、然而大法秘法度々修之。東寺一長者 当寺座主 東大寺別当 報恩院管領之〉とあり、元弘の乱の直前、元徳三年(元弘元年、1331)五月に逮捕され、硫黄島に流され、建武の中興後、京都へ帰って文観の得意の時代が来るのであるが、今は省略する。太平記によると巻十二の、この条には後に〈孤独衰窮の身に成る〉とあり、正平十二年(1357)十月九日に河内長野市の天野山金剛寺の大門往生院で八十歳で寂したことが、同寺蔵の秘抄断簡奥書でわかるのであり、最後まで南朝側の人として数奇の運命を終えるのである。」

 (この項終わり)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊲

1.携帯電話から身を守る

(ホ)急増する「精子・精巣への影響」論文

「電磁波の生殖系への悪影響」に関心を持ち、長年、海外の論文などを調べてきた「電磁波環境研究所」の荻野晃也さんによると、「電磁波の精子への影響」について調べた最初の疫学研究は、1975年の「ラングラジャン論文」(ルーマニア)。「電力密度『100μW/㎠』のマイクロ波で、精子の密度が減少する」ことが明らかにされている。

 しかし、当寺は、熱上昇効果がないような弱い電磁波被曝であれば、「影響なし」とされていた。ところが、携帯電話の急激な普及にともなって、1990年ごろから、精子や精巣などに関する研究が急増しはじめた。

 荻野さんは1975年以降の「マイクロ波の精子・精巣などへの影響」について書かれた論文は31件、ほとんどが1999年以降のものだ。2007年以降に限ってみると、南都25件中22件が、携帯電話の電磁波について書かれたものだ。

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「我が顔を 雨後の地面に 近づけて

        ほしいままに はこべを愛す」

          木下利玄・銀

〔俳句〕

「山吹の 上にしだるる 柳かな」正岡子規

〔和歌〕

「夜もすがら おしみおしみて あか月の

         かねとともにや 春はつくらん」

           大僧正行慶・玉葉291

「夜中じゅう、行く春を惜しみ続けていて、夜明けを告げる鐘の音とともに、春は終わるのだろうか。」

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「熊野参詣」の段、

「 いづれもいづれもたのもしからずといふ事なし。夜ふけ人しづまッて、啓白(神仏に願い事をすること)し給ふに、父のおとど(重盛)のこの御前にて、〈命をめして後世をたすけ給へ〉と申されける事までも、おぼしめしいでて哀れ也。〈本地阿弥陀如来にてまします。摂取不捨の本願あやまたず、浄土へみちびき給へ〉と申されける。なかにも〈ふるさとにとどめおきし妻子安穏に〉といのられけるこそかなしけれ。うき世をいとひ、まことの道に入り給へども、妄執は猶つきずとおぼえて哀れなりし事共也。

 あけぬれば、本宮より舟にのり、新宮(新宮市にある速玉神社)へぞまいられける。かんのくら(神の倉)を拝み給ふに(速玉神社の背後の神倉山にある巨岩。神倉山にある神倉神社が古宮で、現在の平地にある速玉神社はこれに対する新宮だといわれる)、巌松たかくそびへて、嵐妄想の夢を破り、流水清くながれて、浪塵埃の垢をすすぐらんとも覚へたり。明日の社(新宮の摂社の一つ)ふしをがみ、佐野の松原(新宮市大字佐野の海岸で、古歌で名高い)さしすぎて、那智の御山(熊野那智神社)にまいり給ふ。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈当麻寺にて〉

「ふたがみの てらのきざはし あきたけて 

       やまのしずくに ぬれぬひぞなき」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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2013年5月 1日 (水)

般若寺 春の花だより  5・1

《今咲いている花》

○山吹 :ほぼ終わりました。今年の花は例年に比べて豪華で長持ちしたようです。また来年の花を楽しみに育てていきます。

○春咲コスモス≪三分咲き≫

   ソナタ、ビッキーという種類が咲いています。

低い背丈に大きな花です。

・牡丹、椿、しゃが、紫雲らん、藤、大手鞠:≪満開≫

・踊子草、金鳳花、きらんそう、ツルニチニチソウ:≪満開≫

・花菱草、矢車草≪咲きはじめ≫

○山アジサイ:≪つぼみ≫

 

《これから咲く花》

・黄ショウブ、梅花うつ木:5月上旬

○初夏咲きコスモス:5月下旬~7月上旬。15種類、3万本。

・アジサイ:6月上旬~6月下旬

*今日から五月、「さつき」のはじまりです。早苗月とも言います。五月晴(さつきばれ)、五月雨(さみだれ)、五月闇(さつきやみ)、これらは陰暦で梅雨の頃の季語です。

 

*「南朝御聖蹟を顕彰する」㉖

岡見正雄著『太平記(二)』補注巻十二「文観上人」の項、

〈 この般若寺の文殊像銘は正中の変と関係させて考えると興深く、

[般若寺の銘文には「奉為法界衆生発菩提心」とあり、続いて「金輪聖主御願成就」と記している。金輪聖主を元亨四年三月の時点で考えると、この年九月正中の変が生じているのに気付く。討幕の謀議発覚事件を端緒に建武中興へとレールがひかれていた。殊音の後醍醐帝・南朝との結び付きを念頭に入れると、金輪聖主こそ御醍醐帝であり、御願成就の御願は天皇親政であったはずである。この八字文殊像は殊音及び藤原兼光の後醍醐帝のための造像であったとかんがえられる](昭和37年月号『ミュージアム』133所収 杉山二郎「般若寺文殊菩薩像について」)。〉

 (つづく)

 

*「携帯基地局と電磁波問題」㊱

1.携帯電話から身を守る

(二)長時間の使用は「精子を傷つける」

 次に「時間」について見てみよう。「短ければ短いほど安全」ということはすでに述べた。

「携帯電話の使用時間と精子との相関関係」について調べた米国の「アガーワル論文」があるので、参考までに見てもらいたい。(参照図あり)「通話時間を短くすることがいかに大事か」ということが、よくわかる。

 一日4時間以上使うヘビーユーザーの場合、「運動する精子は半分以下の45%」「正常な形の勢氏は18%」となっている。

 電磁波のリスクに関する研究が早くから進んでいるロシアでは、放射線防護委員会が、「一回の通話時間は3分以内、次の通話まで15分以上の間隔をあけること」を勧告している。

[アガーワル報告2006]

A)携帯電話を全く使わない人 精子の数8589万個(1cc中) 運動している68% 正常な形40

B)2時間未満の人     同6903万個  同65%  同31

C)24時間未満の人    同5887万個  同55%  同21%

D)一日4時間以上の人    同5030万個  同45%  同18

(古庄弘枝著『見えない汚染「電磁波」から身を守る』より)

 

〔短歌〕

「西洋の 絵紙にて 幼馴染みなる

       空いろばなの みちばたに咲く」

         木下利玄・銀

〔俳句〕

「仏壇の 山吹散りし 茶湯かな」正岡子規

〔和歌〕

「夏きては ただひとへなる 衣手に

        いかでか春を たちへだつらむ」

          前大納言為家・風雅303

「夏が来たので衣更えして着た、たった一重の夏衣のせいで、どうして春をすっかり隔て切ってしまうのだろう。(名残惜しいことだ)」

・夏きては=「来て(着て)」「春(張る)」「立ち(裁ち)」と「衣」の縁語を連ねる。

・ただひとへなる=更衣により春から夏となる事に、薄い単(ひとえ)物一枚で春と夏とを偏えに峻別してしまう事をかける。

 

*『平家物語』を読む。

巻第十 「熊野参詣」(くまのさんけい)の段、

「 やうやうさし給ふ程に、日数ふれば、岩田河(今の田辺市付近で海に注ぐ川。今、富田川という。この川を遡って本宮に通じる、いわゆる中辺路が熊野詣の普通の経路である)にもかかり給ひけり。〈この河のながれを一度(ひとたび、一度でも)もわたるものは、悪業煩悩無始の罪障(始を窮めることのできない遠い罪障)き(消)ゆなる物を〉と、たのもしうぞおぼしける。本宮(ほんぐう、和歌山県田辺市本宮町本宮にある熊野坐神社、明治の水害で川の中洲から山上へ移転される)にまいりつき、證誠殿(せうじやうでん、本宮の第三殿で、主神たる素戔嗚尊が祭られる)の御まえにつゐゐ給ひつつ(ひざまずきなさって)、しばらく法施(ほつせ、神仏の前で経を読むこと)まいらせて、御山のやうををがみ給ふに、心も詞もおよばれず。大悲擁護の霞は、熊野山(ゆやさん)にたなびき(衆生を救い護る仏の慈悲深い心は霞となって熊野山にたなびき。熊野山は本宮の背後の山)、霊験無双の神明は、おとなし(音無)河に跡をたる(霊験が他に比類のない神が音無川の岸に仮の姿(本体は仏)を現わした。音無川は本宮の旧社地の前を流れて熊野川に合流する川。本宮の社殿は古く熊野・音無・岩田の三川の合流する川原にあったが、後に現在の山腹に移された)。一乗修行の岸には、感応の月くまもなく(成仏する唯一の教えである法華経の教えを修める川のほとりには神の感応の月がくまなく照り)、六根懺悔の庭には、妄想の露もむすばず(眼耳鼻舌身意の六根が犯した罪をざんげする社の庭には妄想の露も結ばれない)。」

 (つづく)

 

*秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。

〈二上山をのぞみて〉

「あまつかぜ ふきのすさみに ふたがみの

         をさへみねさへ かつらぎのくも」

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

 

*今、若草山の北麓、浄瑠璃寺や正倉院、東大寺、春日山に近い「中ノ川・東鳴川」に奈良市のごみ焼却場を建設するというとんでもない計画があります。          最近の奈良市長の発言によれば、第二候補地(東鳴川)を選定しようとしているようですが、ここは浄瑠璃寺まで数百メートルの直近の距離です。ここに焼却場ができ、高い煙突から煙が吐き出されることになれば、日本の宝、世界の宝である神聖な庭園風景と珠玉の文化財が破壊されます。これは最悪の無謀な選択です。策定委員会と市長は撤回すべきです。

悠久の大和、奈良の山々は日本人の心のふるさと、国のまほろばです。

日本のふるさと、国のまほろばを失えば日本人は亡国の民となってしまいます。

全国の日本文化を愛し、国を思う人々に訴えます。奈良市当局へ抗議の声を届けてください。今ならまだ間に合います。

そして当尾の里、浄瑠璃寺様、岩船寺様を励ましご支援してあげて下さい。

 

「やまとは 国のまほろば たたなづく

青垣やまごもれる やまとしうるはし」

  日本武尊(やまとたけるのみこと)・古事記

 

この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンター建設計画に関する課題について』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクされています。

*きたる516日に、旧中川寺成身院にあった薬師如来像を所蔵される木津川市鹿背山地区の「西念寺」様と「鹿背山不動尊」様を拝観するハイキングがあります。午後一時般若寺駐車場へ集合、自動車に乗り合わせて現地へ向かいます。4時過ぎには終わる予定です。ご希望の方は当日参加してください。

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