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2013年11月

2013年11月30日 (土)

般若寺 季節の花だより 11・30

《般若寺 季節の花だより》

霜月が終わり、明日からは師走です。暦どおり、きっちり霜が降りています。水たまりには薄氷が張っています。秋は遠ざかりつつあります。名残りの秋を求めてどこかへ出かけてみませんか。奈良は静かでいいですよ。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・桜、南京はぜ、栗、もみじ、けやき、山吹:≪色づく≫

〔短歌〕

「大き波 しばしは見えず 巌床ゆ

       いま打ちあげし 潮落ち来も」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「はじめての まちゆつくりと 寒椿」田中裕明

〔和歌〕

「みるままに もみぢ色づく 足引の

         山の秋風 さむくふくらし」

           侍従具定・風雅677

「見ているうちに、紅葉は赤くなって行く。山の秋風が、寒く吹いて(木の葉を染めて)いるらしいなあ。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈明王院 昭和十八年十一月

   十九日高野山明王院に於いて秘宝赤不動を拝す

   まことに希世の珍なりその図幽怪神異これに

   向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐

より将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足

る予はその後疾を得て京に還り病室の素壁に

面してその印象を追想し成すところ即ちこの

十一首なり〉

「いにしへの ひじりのまなこ まさやかに

         かくをろがみて ゑがきけらしも」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》

後南朝の歴史を知るために:

『後南朝史論集』7.

後南朝史編纂会々長住川逸郎氏の序文、続き。

「 しかし、歴史家でない私に歴史の編修ができるわけがない。そこで後南朝史の編纂には、奈良県出身の歴史家として令名ある国学院大学教授瀧川政次郎博士にお願いして、一切の計画を立ててもらうことにした。博士は、昭和二十三年十一月、熊沢寛道氏(熊沢天皇)と共に、川上村に来られたことがあったが、その時私は村長の職にあったので、博士とお近づきが出来、爾来親交をつづけてきたのである。博士は快く私の請いを容れ、本会の編纂主任として異常な努力をつづけられ、終にこの大著を勒成せられた。本書に執筆せられた方々は、いずれも史学の大家であって、現在日本の南北朝史の専門家は、殆どここに網羅されているといっても、決して過言ではない。これだけの名家を執筆陣に糾合することは、学界に声望ある博士にして初めて為し能うことであって、余人の企て及ばざるところである。博士自身も、又二大篇を草して、本書の首尾を飾られた。本書の成るは全く博士の尽力のお蔭であって、私は本会の会長として甚深の謝意を博士に表したい。

 本書の出版に当っては、川上村民諸賢の御支持と御援助を得た。先に『川上村史』を著された福島宗緒君並に本村古老の一人である八十七翁辰巳藤吉氏が、村民の気持ちを代表して、執筆陣に参加せられたことは、欣快の至りである。他郷に出て成功しておられる本村の出身者、及び全国に散布している奈良県人からも、物心両面の御援助を賜った。特に題簽を賜った日本学士院々長山田三良博士、及び格別の御配慮を賜った奥田良三知事、東京奈良県人会々長木村篤太郎氏の御厚意に対して、厚く感謝の辞を捧げる。」(つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月29日 (金)

般若寺 季節の花だより 11・29

《般若寺 季節の花だより》

今朝は冷え込みました。氷点下になった所が多いのではないでしょうか。いよいよ冬到来です。紅葉が進み、水仙の花が増えてきました。12月に見ごろを迎えるのは10年ぶりですね。それだけ今年の冬は早いのです。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・桜、南京はぜ、栗、もみじ、けやき、山吹:≪色づく≫

〔短歌〕

「うねり浪 前にわだかまる 巌床を

        おほひこえつつ 磯にむかへり」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「寺清浄 朝日清浄 冬紅葉」高田風人子

〔和歌〕

「そことしも ふもとは見えぬ 朝霧に

         残るもうすき 秋の山のは」

           権大納言内経・玉葉745

「そこがそうだ、とも、麓の方は見えないほど立ちこめた朝霧のために、上方に尾根の姿が残っているとはいっても、それも本当にうっすらとしか見えない、秋の季節の山の端のさまよ。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈明王院 昭和十八年十一月

   十九日高野山明王院に於いて秘宝赤不動を拝す

   まことに希世の珍なりその図幽怪神異これに

   向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐

より将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足

る予はその後疾を得て京に還り病室の素壁に

面してその印象を追想し成すところ即ちこの

十一首なり〉

「はべりたつ どうじがくちの とがりはの

         あなすがすがし としのへぬれど」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》

後南朝の歴史を知るために:

『後南朝史論集』6

富田村長の序文に続いて、後南朝史編纂会々長であった住川逸郎氏の文を紹介します。

「  序

 我々川上村に生まれた者は、子供の時から「なんておうさま」(南帝王様)のことは、よく聴かせられた。子供のことであるから、南帝王なる者が、日本歴史の上でどういう位置を占めるお方かは、勿論わからない。しかし、子供のときに敲き込まれた自天王尊崇の念は、今も私の潜在意識の中に生きている。

 長じて大学に学び、村政に携わるようになってからは、自天王がどういう人であり、後南朝がどんなものであるかということも、あら方理解できた。と同時に、これは一川上村、一北山村の郷土史に関する問題ではなく、日本歴史の本筋に関する大きな問題であることがわかった。しかし、私は歴史を専攷したわけでもなく、又郷土の歴史を丹念に調べる時間の余裕もないので、疑点は疑点として遺されたままで、これを世に顕彰することなどは思いもよらぬことであった。従って私は、だれか本格的な歴史家が、正確な史料に基づいて、後南朝史を書いてくれないものかと、常々思っていた。

 ことし昭和三十一年は、自天王が悲惨な御最後を遂げられた長禄元年から丁度五百年になるというので、川上村では去年の春ごろから自天王五百年忌を記念する事業のことが、寄り寄り相談せられた。よって私は、その記念事業には、本格的歴史家に依頼して、立派な後南朝史の書物を造り、これを自天王・忠義王のお墓に供えるのが、最も意義ある記念事業ではないかと考えるに至った。私のこの考えは、幸い村長はじめ村の長老たちの賛同を得たので、後南朝史編纂会なるものを設け、私がその会長となった。」(つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月28日 (木)

般若寺 季節の花だより 11・28

《般若寺 季節の花だより》

嵐のような昨夜の雨ふりでした。今日はお天気は回復、しかし冬のような寒い日になるそうです。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・桜、南京はぜ、栗、もみじ、けやき、山吹:≪色づく≫

〔短歌〕

「底ふかく とよめる海(わた)の 蒼浪を

        真日うがち入れり 舟ゆのぞくも」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「すすきより 低き雑木の 紅葉あり」高木晴子

〔和歌〕

「をかべなる はじのもみぢは 色こくて

         四方の木ずゑは 露の一しほ」

           新室町院御匣

「岡のほとりの櫨の紅葉は濃く色づいて、それ以外の木々の梢は、霧にほんの気持ちだけ染まった秋の色だ。」

・はじ=櫨。ハゼノキ。

・一しほ=一入染。染料に一回浸しただけの薄い色。

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈明王院 昭和十八年十一月

   十九日高野山明王院に於いて秘宝赤不動を拝す

   まことに希世の珍なりその図幽怪神異これに

   向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐

より将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足

る予はその後疾を得て京に還り病室の素壁に

面してその印象を追想し成すところ即ちこの

十一首なり〉

「もゆるひの ひかりゆゆしみ おのづから

         まなこふせけむ どうじこんがら」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》

後南朝の歴史を知るために:

『後南朝史論集』5

昨日に続いて富田村長の序文です。

「 自天王五百年忌の記念事業として、後南朝史を編纂、刊行することは、我が奈良県の出身にして後南朝史に造詣の深い瀧川博士の提唱に係り、私と私の前任者住川逸郎氏が、村民全体の意思を忖度して決定、立案したものであって、住川氏編纂会長として専ら事に当たり、苦心惨憺、終にこの偉業を達成せられた。編纂並びに執筆に当られた瀧川博士は、拮据黽勉、寝食を忘れ、短日月の裡に克くこの難業をなし遂げられた。私はこの両先輩の高邁なる識見と、異常なる努力とに対して、深い尊敬と篤い感謝とをささげる。また我が奈良県民の誇りとする日本学士院々長山田三良博士が、本書のために大簽を御染筆下さったことは、村民一同の光栄とするところであって、特に記して感謝の意を表する。

 我等が祖先が、五百年一日のごとき忠誠を後南朝に捧げたような真心と、堅固な志操とを以て、君国のために盡瘁せよというのが、我々村民が父祖より承け来った庭訓である。この意味において、南帝王の伝説と、後南朝の活歴史である御朝拝とは、実に我が川上村における教育の淵源であったといってよい。父祖の庭訓は、我が村民に独立不羈の精神を涵養せしめ、質実剛健の風を醸成せしめることに与って力があった。我が村民の伝承は、今や史学諸権威の科学的批判に堪え、その現実性が実証せられるに至った。村内の青年子女は、本書によって実証せられた父祖の庭訓をまもり、益々その志操を固め、華を去り、実に就いて、日本国の再建に努力せられんことを恨願して熄まない。

  昭和三十一年十二月二日

       奈良県吉野郡川上村々長

          富田鏡一  」

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月27日 (水)

般若寺 季節の花だより 11・27

《般若寺 季節の花だより》

特定秘密保護法案の衆議院採決に抗議します。この法案は国民の目、耳、口をふさぎ自由を奪うもので、現代版治安維持法です。そして戦争準備の法律です。日本はふたたび愚かな軍事独裁国家への道を進むのでしょうか。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・桜、南京はぜ、栗、もみじ、けやき、山吹:≪色づく≫

〔短歌〕

「わが舟を 揺りとほりゆく うねり浪

      断崖(きりぎし)の根に 打ち揚ぐる見ゆ」

      木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「御仏を ふかく蔵して 紅葉晴」今瀬剛一

〔和歌〕

「朝日さす いこまのたけは あらはれて

        きりたちこむる あきしのの郷」

          前参議実利・玉葉737

「朝日がさすにつれ、生駒山はくっきりと姿をあらわし、対照的にまだ深く霧が立ちこめている、秋篠の里よ。」

・いこまのたけ=生駒山。奈良県生駒市にある。

・あきしのの郷=秋篠の里。奈良市秋篠町。

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈明王院 昭和十八年十一月

   十九日高野山明王院に於いて秘宝赤不動を拝す

   まことに希世の珍なりその図幽怪神異これに

   向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐

より将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足

る予はその後疾を得て京に還り病室の素壁に

面してその印象を追想し成すところ即ちこの

十一首なり〉

「みなのわた かぐろきひかり かむさびて

         よさへひるさへ もゆるくりから」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》

後南朝の歴史を知るために:

『後南朝史論集』4.

本論集刊行時の川上村村長富田鏡一氏の序文です。

「  序

 ことし昭和三十一年十二月二日、我が川上村々民のひとしく崇敬おく能わざる、尊秀王自天勝公の五百年忌を迎えるに際して、後南朝史編纂会が組織せられ、五百年忌記念事業の一つとして『後南朝史論集』が編纂せられ、学術的価値高き論考を満載せる一巨冊が、堅緻なる装丁の下に、東京の新樹社より出版せられるに至ったことは、私の最も欣快とするところである。この書が世に出ることによって、王の世系は初めて明らかとなり、吉野の奥地、我が川上村、及び隣村上北山村の地に、南朝が再興せられた経緯も明瞭となり、また後南朝史の日本史上に占める地位も、正しく認識せられることとなろう。

 私はいま此の書を、自天勝公の霊が永久にとどまりいます村内金剛寺の尊秀王御墓の御前に、恭しく捧げ奉る。赫々たる皇孫にして鎖尾流離し、僅かに生をこの川上の深山窮谷に保ち、遂に赤松残臣の凶刃に斃れられた尊秀王在天の霊は、定めし此の書を享けて、冤魂を慰められたことを確信する。王の為めに誠忠を捧げ、孤軍奮闘した我等の祖先川上郷士及び北山郷士・熊野八荘司・公文等の宿憤も、これに依って霽れ得たことと思う。

古人の動破せるごとく、文章は経国の大業であって、我が川上村民祖先等が、尊秀王の為に尽くした忠誠義烈を顕揚し、その後南朝を護持した勲績を後昆に伝えるには、修史に如くものはない。講師は春秋を著して、乱臣賊子の心膽を寒からしめたというが、我々はこの史を修することによって、日本民族のバックボーンが、いかに強靭なものであるかを中外に知らしめ得たと思う。一寸の虫にも五分の魂の語があるごとく、我々の祖先は、必衰の運命をものともせず、この弾丸黒子の地に拠り、肝脳塗にまみれて五百年、克く後南朝に対する孤忠を守ってきた。一戦に敗れただけで、朝には米につき、夕には蘇に頼る現代の軽薄子は、本書を読んで愧死すべきであろう。川上村は日本国の川上村であり、後南朝は日本国の朝廷である。本書編纂主任瀧川政次郎博士は、このひろい見解に立って、本書を編纂せられた。後南朝史は、ひとり我が川上村民の私すべきものではない。隣村上北山村々民の祖先である北山郷士を初めとして、伊勢・紀伊・和泉等の国々の人々が、後南朝のために忠勤を抽んでられたことは、本書の叙述によって闡明せられた。本書の編纂は、日本の史学界に貢献せんとする川上村の記念事業であって、川上村を天下に喧伝するための私的事業ではない。私は、この書がひとり我が川上村民のみならず、ひろく日本全国の国民に読まれることを心から冀う。」(つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

 

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2013年11月26日 (火)

般若寺 季節の花だより 11・26

《般若寺 季節の花だより》

快晴です。今日はボランティア会「まほろば」の作業奉仕があります。毎年この時期に境内の清掃に来てくださいます。多いときは30人を超える人数になり庭の隅々まできれいにして頂けます。外の世界が清らかになれば内面の心もすがすがしく清らになります。お掃除は尊い作業です。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・桜、南京はぜ、栗、もみじ、けやき、山吹:≪色づく≫

〔短歌〕

「うねり浪 舟を揺りすぎ まなかひに

        たかまり行ける その真蒼さよ」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「櫨(はぜ)の実の しずかに枯れて をりにけり」日野草城

〔和歌〕

「衣うつ よその里人 なれをしぞ 

あはれとおもふ 秋の夜さむに」

        民部卿為定・風雅672 

「衣を打つ、遠くの知らぬ里の里人よ。お前をしみじみといとおしく思うことだよ、この秋の夜寒にその音を聞いて。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。》

〈明王院 昭和十八年十一月

   十九日高野山明王院に於いて秘宝赤不動を拝す

   まことに希世の珍なりその図幽怪神異これに

   向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐

より将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足

る予はその後疾を得て京に還り病室の素壁に

面してその印象を追想し成すところ即ちこの

十一首なり〉

「くりからの たがみにまける たつのをの

         かぐろきひかり うつつともなし」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》

後南朝の歴史を知るために:

『後南朝史論集』3

昨日の続きです。

「 この嘉吉の変は、『看聞御記』を初めとして、当時の公家の日記に均しく記載されていることであって、この史実を抹殺することは不可能である。然るに水戸の『大日本史』はこれを述べず、明治の政府当路者亦皇国史観に囚われて、これを一般国民に知らしめなかったから、後南朝史は、終戦の時まで日本の秘史として専門家以外の人には知られなかった。故に「後南朝史」と銘打った書物が刊行せられたのは、本書を以て嚆矢とする。ただし、昭和十七年に、帝国学士院で編纂刊行せられた『帝室制度史』第五篇神器篇は、神器転伝史上の異変として、嘉吉の変を原史料を挙げてくわしく述べている。」

この後、文章は「熊沢天皇」問題を述べる。瀧川氏は熊沢氏を偽皇胤と断じて一蹴されているが、その根拠がもう一つ分からない。南朝末裔を伝承してきた家伝を、天皇を詐称したからと言ってすべて否定するのはどうかと思う。伝承はそれなりに尊重してもいいのではないか。特に熊沢寛道(ひろみち)氏の先代、熊沢大然(ひろしか)氏が明治天皇に熊野宮信雅王の顕彰を上奏請願したことは伝承史料に基づいたものであり、意味のあることではないのか。瀧川氏の論調は現皇室尊重のあまり感情的になっているように思える。南朝の末裔は途絶した、というのが瀧川氏の主張であるが、果たしてそうなんだろうか。川上村井光(いかり)の伊藤氏などは、又別個の末裔伝承を持っておられるようです。大虐殺による全滅でもない限り人脈血脈は続くものです。中抜きで続けます。

「 熊沢天皇問題も、今や忘却の淵に投げ入れられんとしつつあるが、一時は新聞雑誌を賑わした大きな事件であった。そのカラ騒ぎの起った原因は、後南朝の史実が一般国民に知らされていないことにあったと思う。爰に至って私は「臭い物には蓋をしろ」という明治の文教政治家の愚をさとった。私が川上村の記念事業を輒(たやす)く引受けたのは、後南朝史を一般国民に知らしめたいという念願があったからである。しかし『後南朝史論集』は発行部数が少ない上に、もともと自天王五百年忌の記念事業として川上村で刊行したものであるから、川上村の人々に行き渡っただけで、一般読書人の手に渡らなかった。故に爾来二十五年、本書が古本屋の目録に載ったことは一回もない。故に私は本書の再刊を望んでいたが、この度各方面の諒解を取りつけて原書房から之を再刊することが出来たのは、私の大いなる喜びとするところである。

 昭和五十六年一月吉日

          瀧川政次郎識す」

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

 

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2013年11月25日 (月)

般若寺 季節の花だより 11・25

《般若寺 季節の花だより》

今朝は曇り空、予報ではお天気は下り坂で、日中は雨のようです。この時期の雨は冷たい時雨(しぐれ)と呼ぶのでしょうか。本日25日は月例の文殊菩薩御縁日、当寺では午後一時半より法要を勤めます。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・桜、南京はぜ、栗、もみじ、けやき、くぬぎ、山吹:≪色づく≫

〔短歌〕

「この日晴れ 一天すめり わが舟を

         揺りてはすぐる 蒼うねりかも」

           木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「燃えしあと 散るほかはなき 櫨ならむ」稲垣きくの

〔和歌〕

「山ぢには 人やまどはん 河霧の 

たちこぬさきに いざわたりなん」

          貫之・玉葉732

「山道では(この秋霧のために)人が迷うことだろう。この河も、霧が立ってこないうちに、さあ早く渡ろう。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈明王院 昭和十八年十一月

   十九日高野山明王院に於いて秘宝赤不動を拝す

   まことに希世の珍なりその図幽怪神異これに

   向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐

より将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足

る予はその後疾を得て京に還り病室の素壁に

面してその印象を追想し成すところ即ちこの

十一首なり〉

「うつせみは あけにもえつつ くりからに

         みはりてしろき まなこかなしも」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》

後南朝の歴史を知るために:

『後南朝史論集』2

全体の紹介に入る前に、瀧川政次郎氏の「再版の序」を紹介します。

「 本書の初版が刊行せられてから、既に二十五年を経過した。この書は私が若い日の情熱を傾けて監修したものである。始めは私ひとりで書きおろすつもりであったが、当時はまだ後南朝史の権威者である渡辺世祐先生や、南朝史の専門史家である中村直勝氏が御健在であったので、それらの方々に執筆を依頼して、後南朝史の論集とすることにした。今やそれらの大家が物故せられたばかりか、私の後輩で私が題目を与えて執筆せしめた今井啓一、佐藤虎雄の両君までが、亡き数に入った。今この再版を見てくれる執筆者は、福尾猛市郎、村田正志、近藤喜博の三君のみとなった。

 本書は、奈良県吉野郡川上村々長富田鏡一氏の序にあるごとく、南帝と呼ばれた後南朝の人主自天王の五百年忌を記念して、前村長住川逸郎氏が後南朝史編纂会なるものを組織し、その出版に関する一切の企画を私に託せられたものである。私がその委嘱を快く引受けたのは、終戦直後、我れに皇位継承権ありと称して世間を騒がした「熊沢天皇」を葬らんとして、私が一生懸命に後南朝の歴史を調べ上げたところであったからである。

 後南朝というのは、南北朝合一以後に興った南朝のことであって、吉野の奥川上村、北山村を本拠とし、後亀山上皇が吉野に潜幸せられてから、応仁文明の大乱が治まるまでの六十余年間、細々と続いた朝廷である。水戸の『大日本史』は、南北朝合一を以て筆を止め、その後大覚寺統、持明院統のあらそいはなかったことにしているが、大覚寺統は、合一のときの講和条件である両統迭立の事が実現せられないことを慨し、北朝の天子の代替わりごとに反乱を起こした。その最も激しいものは、嘉吉三年(西紀1443)九月廿三日の夜、南朝の遺臣等百数十人は御所に火をかけて乱入し、三種の神器を奪って、比叡山に拠った一件である。比叡山延暦寺の僧徒はこれに味方せず、南朝の遺臣等は室町幕府の軍勢に攻め立てられて忽ち壊滅したが、楠二郎なる者、神璽を背負うて吉野の奥に落ちのびた。これより神璽南山に在ること十六年、御花園天皇はその間皇位を正しうすることが出来なかったのである。」

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月24日 (日)

般若寺 季節の花だより 11・24

《般若寺 季節の花だより》

晴れ、各地の紅葉の名所は今年最高の人出で、京都では寺院の門前に入山を待つ人の行列ができているそうです。もちろん駐車場も満杯。皆さん秋の最期を散りゆく紅葉に名残りを惜しんでおられるのでしょうか。しかし紅葉は12月まで続きます。ちょっと寒くなりますが、奈良は冬が一番いいという方もあります。静寂が古代への夢を育んでくれるからと。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・桜、南京はぜ、栗、もみじ、けやき、山吹:≪色づく≫

〔短歌〕

「断崖(きりぎし)ゆ 裂けくつがへり 落ちしまま

  巌(いはほ)つみかさなれり 海潮(わたしほ)の中に」

      木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「堂塔の 影を正して 冬に入る」中川宋淵

〔和歌〕

「難波がた 浦さびしさは 秋ぎりの

        たえまにみゆる 海士(あま)のつり舟」

          二条院参川内侍・風雅669

「難波潟を見渡して、その浦の景色で特に心にしみて淋しく思われるものは、海面を覆う秋霧の絶え間にたまたま見える、漁師の釣舟の姿だよ。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈明王院 昭和十八年十一月

   十九日高野山明王院に於いて秘宝赤不動を拝す

   まことに希世の珍なりその図幽怪神異これに

   向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐

より将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足

る予はその後疾を得て京に還り病室の素壁に

面してその印象を追想し成すところ即ちこの

十一首なり〉

「うつせみの ちしほみなぎり とこしへに

         もえさりゆくか ひとのよのために」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》

後南朝の歴史を知るために:

『後南朝史論集』紹介 1

再版本の刊記

「後南朝史論集

  昭和56730日 新装版第1刷 定価5,000

  〔復刻原本昭和31年新樹社刊〕

編者 後南朝史編纂会

監修 瀧川政次郎

発行者 成瀬恭

発行所 原書房

 160 東京都新宿区新宿12513

  電話・代表033540685 振替・東京5151594

  印刷・平河工業社/製本・水出製本」

目次の前に、監修者の瀧川政次郎氏による再版序と、原本の序が二文あります。一つは奈良県吉野郡川上村々長、富田鏡一氏のもの、もう一つは後南朝史編纂会々長、住川逸郎氏のものです。昭和3112月2日の日付です。

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月23日 (土)

般若寺 季節の花だより 11・23

《般若寺 季節の花だより》

快晴、今日は勤労感謝の日。働ける健康に感謝します。

今日明日は紅葉狩りには絶好の日和でしょう。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)、南天、烏瓜、かなめの実≪色づく≫

・桜、南京はぜ、栗、もみじ、けやき、山吹:≪色づく≫

〔短歌〕

「岩鼻を 舟がめぐれば あらはれし

       向ひの磯に 波の寄る見ゆ」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「葛の葉の 吹きしづまれば 静なり」高濱虚子

〔和歌〕

「夕暮の 庭すさまじき 秋風に

       きりの葉おちて 村雨ぞふる」

         永福門院・玉葉725

「夕暮の庭を荒涼と吹きわたる秋風に、桐の葉が落ち、その上に音立てて気まぐれな村雨が降るよ。」 

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈明王院 昭和十八年十一月

   十九日高野山明王院に於いて秘宝赤不動を拝す

   まことに希世の珍なりその図幽怪神異これに

   向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐

より将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足

る予はその後疾を得て京に還り病室の素壁に

面してその印象を追想し成すところ即ちこの

十一首なり〉

「ひとのよの つみといふつみの ことごとく

         やきほろぼすと あかきひあはれ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》

後南朝の歴史を知るために:

後醍醐天皇から後亀山天皇までの南朝の歴史はよく知られていますが、それ以後の後南朝のことはまだまだ世に知られていません。先だって、吉野郡川上町発行の『哀しくもロマンあふれる後南朝』というパンフレットを紹介しました。

川上村では昭和31年に『吉野皇子五百年忌記念 後南朝史論集』という論文集を刊行していて、「後南朝研究」の教科書的な著作となっています。ただ、発行部数が少なかったのと、ほぼ村の関係者のみに配布されたので、村の外ではあまり読まれていないようです。

そこで、監修者の瀧川政次郎氏が尽力して、昭和56年に原書房から再刊されました。しかし、これとても広く世に知られたとは言い難い状態です。私は古本で、初版本と再販本を手に入れ大事にしています。今でも古本では七千円程度で売られています。まだ手に入りますから関心のある方はお求めになられることをお奨めします。明日からこの本を序文や目次などから紹介したいと思います。

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月22日 (金)

般若寺 季節の花だより 11・22

《般若寺 季節の花だより》

今朝は冬のように冷え込みました。晴天による放射冷却でしょうか。いいお天気です、どこかへ出かけたくなりますね。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実、南天、かなめ:≪色づく≫

・桜、南京はぜ、栗、もみじ、けやき、山吹:≪色づく≫

〔短歌〕

「岩鼻を めぐれば外の 海(わたつみ)の

       大あをうねりに 舟のりおりす」

      木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「一雨に 濡れたる草の 紅葉かな」日野草城

〔和歌〕

「あさあらしの 峯よりおろす 大井河

         うきたる霧も 流れてぞ行く」

          前大納言為兼・風雅666

「朝嵐が峯から吹きおろす大井川よ。川面に浮いた霧も、風のために(川水と同様に)流れて行くよ。」

・あさあらしの=実景に加えて、「あらしの峯」に「嵐山」の地名を暗示する。

・大井河=嵐山のふもとを流れる大堰川。

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈明王院 昭和十八年十一月

   十九日高野山明王院に於いて秘宝赤不動を拝す

   まことに希世の珍なりその図幽怪神異これに

   向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐

より将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足

る予はその後疾を得て京に還り病室の素壁に

面してその印象を追想し成すところ即ちこの

十一首なり〉

「さかもとの よがはのたきの いはのへに

         ひとのみしとふ くしきおもかげ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》(休みます)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月21日 (木)

般若寺 季節の花だより 11・21

《般若寺 季節の花だより》

落葉樹の色づきが目立ってきました。桜は赤い葉が散っている最中、クリの木が葉が黄色くなってきました。ナンキンはぜも赤くなっています。梅やケヤキも色づいています。いちょう、くぬぎ、山吹はまだ青いです。そんな中で南天、かなめ、モチノキ、烏瓜の赤い実が鮮やかです。今日は晴です。風もなさそう。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

〔短歌〕

「岩鼻を 一つめぐれば 浦かくれ

       秋凪ぎ海の ふくれうねれり」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「野に山に 報恩講の あかりかな」前田普羅

〔和歌〕

「おもひいれぬ 人の過ぎ行く 野山にも

         秋はあきなる 月やすむらん」

          前中納言定家・玉葉646

「深く物を思はぬ人が、何の気もなく過ぎて行く野山にも、秋は秋らしく、人生の感慨を誘う月が澄んでいることだろうなあ。(自分ならそういう風景を、何も思わず眺めることはできないだろうが)」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より、奈良愛惜の歌。》

〈白雪 昭和十八年十一月

   十九日高野山を下る熱ややたかければ学生の

   み河内観心寺に遣りわれひとり奈良のやどり

に戻りて閑臥す〉

「すめろぎの くにたたかふと かすがなる

         やまべのさるの しらずかもあらむ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》176

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈 軍散じて翌(つぎ)の日、隅田・高橋京中を馳せ廻つて、ここかしこの堀・溝に倒れ居たる手負・死人の頸どもを取り集めて、六条河原に掛け双(なら)べたるその数、八百七十三あり。敵これまで多く討たれざれども、軍もせぬ六波羅勢ども、我が高名(こうみやう)したりといはんとて、在家人(ざいけにん、民家の住人。庶民)の頸どもをかり頸(その人のものらしく見せかけた偽の首)にして、さまざま名を書き付けて出だしたりける頸どもなり。その中に赤松入道円心と札を付けたる頸五つあり。いづれも見知りたる人なかりければ、同じようにぞ掛けたりける。京童部(きょうわらんべ)これを見て、「頸を借りたる人は、利子(りこ、利息)を付けて返すべし。赤松入道分身して、敵の尽きぬ相なるべし」と、口々にこそ笑ひけれ。〉

・訳:( 合戦が終わった翌日のこと、隅田・高橋は京中を走りまわって、あちらこちらの堀や溝に倒れていた負傷者や死者の首をかき集め、六条河原にかけ並べたが、その数は八百七十三個あった。敵はこれほど多くは討たれなかったのであるが、合戦もしない六波羅の軍勢が、自分は手柄をたてたと言おうとして、庶民の首などを偽首にして、さまざまな名前を書きつけて差し出した首であった。それらの中には赤松入道円心という名札をつけた首が五つあった。しかし、そのいずれも見知った人がいなかったので、皆同じように獄門にかけならべたのであった。京童たちはこれらの首を見て、「首を借りた人は、利子をつけて返すがよい。赤松入道は分身の術を使って姿をあらわし、敵は尽きることのない運勢をしているようだ」と、口々に言って笑うのだった。)

(この段終り)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月20日 (水)

般若寺 季節の花だより 11・20

《般若寺 季節の花だより》

今朝は晴、最近のお天気は急変します。晴、曇り、雨と一日の間になんでもあり、そして寒いです。京都では夜間の紅葉鑑賞が真っ盛り、でも奈良と同じように寒いでしょうね。東福寺、清水寺、永観堂、真如堂、嵐山、大原、どこでもきれいなお寺の紅葉が見られます。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・山吹、いちょう、くぬぎ、けやき:≪青葉≫

〔短歌〕

「昼たけて 舟にひらける 弁当の

       握飯(むすび)真白に 日の光りあり」

        木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「しずけさに たたかふ蟹や 蓼の花」石田波郷

〔和歌〕

「霧ふかき つま木のみちの 帰るさに

        声ばかりして くだる山人」

          権中納言俊実・風雅663

「霧の深い、薪取りの山路の帰り道に、声ばかり聞えて姿は見えず、下りて行く山人達よ。」

・つま木のみち=爪木(薪にする小枝)を取るために通う山道。

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より、奈良愛惜の歌。》

〈白雪 昭和十八年十一月

   十九日高野山を下る熱ややたかければ学生の

   み河内観心寺に遣りわれひとり奈良のやどり

に戻りて閑臥す〉

「とりはてて ひとつのかきも なきにはの

         なににしぬびて あそぶさるかな」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》175

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈「両人の振る舞ひ、いつもの事なれども、ことさら今夜の合戦に旁(かたがた)手を下し、命を捨てられずは、叶ふまじとこそ覚えつれ」と再三御感(ぎょかん)あつて、賞翫(しやうぐわん)せらる。その夜やがて臨時の宣下あつて、河野九郎対馬守になされて御剣を下され、陶山次郎をば備中守になされて、寮の御馬(宮廷の馬寮で飼育した馬)を下されければ、これを聞き見る武士ども、「あはれ、弓矢の面目(めんぼく、名誉)や」と、あるいはうらやみ、あるいは猜(そね)みて、その名天下に知られり。〉

・訳:(「河野・陶山両人の活躍はいつものことではあるが、特に今夜の合戦ではともに自ら戦い、命を投げ出す覚悟でなければ、勝利はえられなかったものと思う」と、帝は繰り返しおほめになって、お言葉をくだされた。その夜すぐに臨時の任命の宣旨がくだされて、河野九郎を対馬守に任じて御剣を賜わったので、これを見聞きする武士たちは、「ああ、武門の名誉よ」と、ある者はうらやみ、またある者はねたましく思って、二人の名は天下に知れわたった。)

(つづく)

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月19日 (火)

般若寺 季節の花だより 11・19

《般若寺 季節の花だより》

夕べも雨でした。今朝は晴れ間の見える曇り空、寒くなりそうです。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・山吹、いちょう、くぬぎ、けやき:≪青葉≫

〔短歌〕

「舟は沖へ うねりは磯へ 空の下(もと)に

      行きちがひ行きちがひ 浦わ漕ぎ出づ」

        木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「花びらの 欠けて久しき 野菊かな」後藤夜半

〔和歌〕

「初瀬山 ひばらがあらし かねのこゑ

       夜ふかき月に すましてぞ聞く」

         従三位為子・玉葉644

「初瀬山の、檜原を渡る嵐、古寺の鐘の声を、夜更けの月に照らされた、澄み切った雰囲気の中で聞くよ。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より、奈良愛惜の歌。》

〈白雪 昭和十八年十一月

   十九日高野山を下る熱ややたかければ学生の

   み河内観心寺に遣りわれひとり奈良のやどり

に戻りて閑臥す〉

「かすがのの もりのこぬれを つたひきて

         さるなくらしも やどのふるには」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》(休みます)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

 

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2013年11月18日 (月)

般若寺 季節の花だより 11・18

《般若寺 季節の花だより》

昨晩の雨は上がったようです。今日は曇りがちのお天気。明日には又雨と、なかなか秋晴は続きません。昨日の美咲会の活動は参加者は五人で、寺の者二人と共同作業で十三重石塔の周りなどを片付けていただきました。境内はすっきりしました。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・山吹、いちょう、くぬぎ、けやき:≪青葉≫

〔短歌〕

「秋半ば 稀なる凪ぎの 日うららに

       渡り鳥見ゆ 磯崎のうへ」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「雑草の 実の吹き飛ぶに 目を細め」川端茅舎

〔和歌〕

「おくみえぬ はやまのきりの 曙に

         ちかき松のみ のこる一むら」

           前中納言為相・風雅661

「奥は全く見えないまでに立ちこめた、端山の朝霧の中の曙の一時、近い所にある松だけが、残って一むら見えているよ。」

・はやま=端山。人里近い山。連山の端の、平地に接する低い山。

 

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より、奈良愛惜の歌。》

〈白雪 昭和十八年十一月

   十九日高野山を下る熱ややたかければ学生の

   み河内観心寺に遣りわれひとり奈良のやどり

に戻りて閑臥す〉

「もりかげの やどのながやに ひとりねし

         まくらにちかき もののひとこゑ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》174

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈かくては軍の勝負いつあるべきとも覚えざりけるところに、河野と陶山とが勢五百余騎、大宮を下りに打つて、後をつつまんと廻りける勢に後陣を破られて、寄手若干(そこばく)討たれにければ、赤松わづかの小勢になつて、山崎を指して引き返す。河野・陶山勝つに乗り、作道(つくりみち、東寺の西側の辻、四塚から南へ伏見区鳥羽までの直路)の辺りまで追つ懸けけるが、赤松動(やや)もすれば取つて返さんとする勢ひを見て、「軍はこれまでぞ、さのみ長追ひなせそ」とて、鳥羽殿(鳥羽離宮)の前より引き返し、虜(いけどり)二十余人・頸七十三捕つて、切先に貫いて、緋(あけ)になつて六波羅へ馳せ参る。主上(光厳天皇)は御廉(ぎょれん)を巻かせ叡覧あり。両六波羅はしき皮に座して検知せらる。〉

・訳:(このままでは合戦の勝負はいつ決まろうとも思われなかったところに、河野と陶山の軍勢五百余騎が大宮通を南に向かって進撃し、背後を包囲しようと迂回した陶山勢に後陣を破られて、寄せ手の赤松勢は多く討たれたので、わずかの軍勢になつて山崎をめざして退却した。

 河野・陶山の軍勢は勝った勢いに乗じて作道のあたりまで追跡したが、赤松勢がどうするかと反撃しようとするその勢いを見て、「合戦はこれまでだ。そんなに深追いするな」と、鳥羽離宮の前から引き返し、二十余人の生け捕りと頸七十三を取って切っ先に刺し貫き全身に血を浴びて、六波羅に駆け戻った。光厳帝は御座所の御簾を巻かせて河野たちを御覧になった。また両六波羅殿は敷皮の上に座って、これらを実検した。)  (つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月17日 (日)

般若寺 季節の花だより 11・17

《般若寺 季節の花だより》

快晴、今週末は二日続いておだやかな日和です。そろそろ紅葉の名所は行楽客であふれていることでしょう。当寺では「美咲会」のボランティア作業があります。コスモスの枯草を片付けていただく予定です。お天気は上々、仕事ははかどるでしょう。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・山吹、いちょう、くぬぎ、けやき:≪青葉≫

〔短歌〕

「遠浅の 浜に寄り来て 波ひくし

       渚の砂に 這ひひろがれる」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「烏瓜 枯れなむとして 朱を深む」松本澄江

〔和歌〕

「すみのぼる たかねの月は 空はれて

         山もとしろき 夜はの秋霧」

           従三位宣子・玉葉642

「澄み切った月が昇って行く高い峰の上は、空が清らかに晴れて、対照的に山のふもとには白々と夜深い秋霧が立ちこめている。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より、奈良愛惜の歌。》

〈白雪 昭和十八年十一月

   十九日高野山を下る熱ややたかければ学生の

   み河内観心寺に遣りわれひとり奈良のやどり

に戻りて閑臥す〉

「みゆきふる かうやおりきて こもりねし

         ならのやどりの よひのともしび」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》173

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈大敵を謀るに勢久しからざれば、郎等四騎みな処々にて打たれぬ。筑前守は懸け隔てられぬ。則祐ただ一騎になつて、七条を西へ大宮を下りに落ち行きけるところに、印具(いぐ)尾張守(伊具氏は北条義時息の有時を祖とし、陸奥国伊具荘を所領とする。)の郎等八騎追ひ懸けて、「敵ながらも、やさしく覚え候ふ物かな。誰人にておはするぞ。御名乗り候へ」と問ひければ、則祐馬を閑かに打つて、「身不肖に候へば、名乗り申すとも御存知あるべからず候ふ。ただ頸を取つて、人々に見せられ候へ」と云ふままに、敵近付けば返し合はせ、敵引けば馬を歩ませ、二十余町が間、敵八騎が中に打ちつれて、心閑かにぞ落ち行きける。西八条の寺の前を南へ打ち出でければ、信濃守範資(のりすけ)・筑前守貞範三百余騎、羅生門の前なる水のせせらぎに馬の足をひやし、敗軍の兵を集めんと、旗打ち立ててひかへたり。則祐これを見て、諸鐙を合はせ(もろあぶみ、馬を速く駆けさせるため、左右のあぶみを同時にあおること)て馳せ入りければ、追つかけつる八騎の敵ども、「よき敵とみつる物を、つひに討ち漏しぬる安からずさよ」といふ声聞えて、馬の鼻をぞ引き返しける。しばらくあれば、七条河原・西朱雀にて懸け散らされたる兵ども、ここかしこより馳せ集まつて、また三千余騎になりにけり。赤松、その兵を東西の小路よりすすませ、七条辺にてまた時の声を揚げたりければ、六波羅勢六千余騎、六条院を後にあて、追つ返しつ二時ばかりぞせめ合うたり。〉

・訳:(しかし、大敵を相手に戦っても、その勢いは長くは続かないものだから、家来四騎は皆あちこちで討たれた。則祐は筑前守とは引き離されてしまった。則祐はただ一騎になって、七条を西へ大宮通を南へ逃げて行くと、伊具尾張守の家来八騎がおいすがってきて、「敵ながらも立派だと思われるお方だ。どなたでいらっしゃるか。お名乗りください。」と尋ねたので、則祐は馬を静かに歩ませて、「つまらぬ者でござるから、名乗り申したとて、ご存知あるまい。ただ首を取って、人にお見せくだされ」と言いながら、敵が近づくと反撃し、敵が後退すると馬を進め、二十余町の距離を敵八騎に取り囲まれて、落ち着きはらって退却して行った。西八条の寺の前を南をついと出たところ、信濃守範資・筑前守貞範ら三百余騎が、羅城門の前を流れるせせらぎで馬の足を冷やしながら、敗軍の兵たちを集めようと、赤松の旗を立ててたむろしていた。則祐はこの様子を見て、両鐙を合わせて駆け込んだので、追いかけてきた八騎の敵たちの、「よい敵と見えたのに、とうとう討ち漏らしてしまった無念さよ」という声が聞えて、彼らは馬を返して行った。しばらくすると、七条河原や西朱雀で、六波羅勢に蹴散らされた兵たちが、ここかしこから馳せ集まって、再び三千余騎の軍勢となった。赤松円心はその兵たちを東西の小路から進ませ、七条あたりでまた鬨の声を揚げたので、六波羅勢六千余騎は六条院を背にして、追いつ返しつ、四時間ほど攻め合った。)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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般若寺 季節の花だより 11・16

《般若寺 季節の花だより》

快晴、今週末は二日続いておだやかな日和です。そろそろ紅葉の名所は行楽客であふれていることでしょう。当寺では「美咲会」のボランティア作業があります。コスモスの枯草を片付けていただく予定です。お天気は上々、仕事ははかどるでしょう。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・山吹、いちょう、くぬぎ、けやき:≪青葉≫

〔短歌〕

「遠浅の 浜に寄り来て 波ひくし

       渚の砂に 這ひひろがれる」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「烏瓜 枯れなむとして 朱を深む」松本澄江

〔和歌〕

「すみのぼる たかねの月は 空はれて

         山もとしろき 夜はの秋霧」

           従三位宣子・玉葉642

「澄み切った月が昇って行く高い峰の上は、空が清らかに晴れて、対照的に山のふもとには白々と夜深い秋霧が立ちこめている。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より、奈良愛惜の歌。》

〈白雪 昭和十八年十一月

   十九日高野山を下る熱ややたかければ学生の

   み河内観心寺に遣りわれひとり奈良のやどり

に戻りて閑臥す〉

「みゆきふる かうやおりきて こもりねし

         ならのやどりの よひのともしび」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》173

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈大敵を謀るに勢久しからざれば、郎等四騎みな処々にて打たれぬ。筑前守は懸け隔てられぬ。則祐ただ一騎になつて、七条を西へ大宮を下りに落ち行きけるところに、印具(いぐ)尾張守(伊具氏は北条義時息の有時を祖とし、陸奥国伊具荘を所領とする。)の郎等八騎追ひ懸けて、「敵ながらも、やさしく覚え候ふ物かな。誰人にておはするぞ。御名乗り候へ」と問ひければ、則祐馬を閑かに打つて、「身不肖に候へば、名乗り申すとも御存知あるべからず候ふ。ただ頸を取つて、人々に見せられ候へ」と云ふままに、敵近付けば返し合はせ、敵引けば馬を歩ませ、二十余町が間、敵八騎が中に打ちつれて、心閑かにぞ落ち行きける。西八条の寺の前を南へ打ち出でければ、信濃守範資(のりすけ)・筑前守貞範三百余騎、羅生門の前なる水のせせらぎに馬の足をひやし、敗軍の兵を集めんと、旗打ち立ててひかへたり。則祐これを見て、諸鐙を合はせ(もろあぶみ、馬を速く駆けさせるため、左右のあぶみを同時にあおること)て馳せ入りければ、追つかけつる八騎の敵ども、「よき敵とみつる物を、つひに討ち漏しぬる安からずさよ」といふ声聞えて、馬の鼻をぞ引き返しける。しばらくあれば、七条河原・西朱雀にて懸け散らされたる兵ども、ここかしこより馳せ集まつて、また三千余騎になりにけり。赤松、その兵を東西の小路よりすすませ、七条辺にてまた時の声を揚げたりければ、六波羅勢六千余騎、六条院を後にあて、追つ返しつ二時ばかりぞせめ合うたり。〉

・訳:(しかし、大敵を相手に戦っても、その勢いは長くは続かないものだから、家来四騎は皆あちこちで討たれた。則祐は筑前守とは引き離されてしまった。則祐はただ一騎になって、七条を西へ大宮通を南へ逃げて行くと、伊具尾張守の家来八騎がおいすがってきて、「敵ながらも立派だと思われるお方だ。どなたでいらっしゃるか。お名乗りください。」と尋ねたので、則祐は馬を静かに歩ませて、「つまらぬ者でござるから、名乗り申したとて、ご存知あるまい。ただ首を取って、人にお見せくだされ」と言いながら、敵が近づくと反撃し、敵が後退すると馬を進め、二十余町の距離を敵八騎に取り囲まれて、落ち着きはらって退却して行った。西八条の寺の前を南をついと出たところ、信濃守範資・筑前守貞範ら三百余騎が、羅城門の前を流れるせせらぎで馬の足を冷やしながら、敗軍の兵たちを集めようと、赤松の旗を立ててたむろしていた。則祐はこの様子を見て、両鐙を合わせて駆け込んだので、追いかけてきた八騎の敵たちの、「よい敵と見えたのに、とうとう討ち漏らしてしまった無念さよ」という声が聞えて、彼らは馬を返して行った。しばらくすると、七条河原や西朱雀で、六波羅勢に蹴散らされた兵たちが、ここかしこから馳せ集まって、再び三千余騎の軍勢となった。赤松円心はその兵たちを東西の小路から進ませ、七条あたりでまた鬨の声を揚げたので、六波羅勢六千余騎は六条院を背にして、追いつ返しつ、四時間ほど攻め合った。)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月16日 (土)

般若寺 季節の花だより 11・17

《般若寺 季節の花だより》

水仙がちらほら咲きはじめ、蕾がたくさんついています。冬が早まりそうです。

〇水仙:≪咲きはじめ≫例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。開花予想;11月下旬~2月上旬

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・山吹、いちょう、くぬぎ、けやき:≪青葉≫

〔短歌〕

「温みつつ 日の透く波の 浜におち

        砂の濁りを たててゐるかな」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「うつむきて 拾ふ木の実の 名を知らず」高濱虚子

〔和歌〕

「はとのなく すぎの木ずゑの うす霧に

         秋の日よはき 夕暮の山」

           院一条・風雅653

「鳩の鳴く声の聞こえる、杉の梢にかかる薄霧を通して、秋の日が弱くさす、夕暮れの山の景色よ。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈白雪 昭和十八年十一月

  その朝金剛峰寺の霊宝館にて大師の絵像に対して〉

「すがしくも はなやぎてこそ おはしけれ

         につたうしやもん へんぜうこんがう」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》172

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈 筑前守貞範(さだのり)・律師則祐兄弟は、始めて桂川を渡しつる時の合戦に、逃ぐる敵を追つて、続く御方のなきをも知らず、ただ主従六騎にて、竹田をのぼりに法性寺大路へかけのぼりて、六条河原へ打ち出でて、六波羅の西の門前に引かへ、続く御方のあらばすぐに六波羅の舘へ懸け入らんとぞ待つたりける。東寺より寄せつる御方、はや戦ひ負けて引き返しけりと覚えて、東西南北に敵より外はなかりけり。さらばしばらく敵に紛れてや御方を待たんと、六騎の人々みな笠符(かさじるし)をかなぐり捨て、一所に引き隔つるところに、隅田・高橋打ち廻つて、「いかさま赤松が勢どもなほ御方にまぎれてこの中にあると覚ゆるぞ。河を渡しつる敵なれば、馬物具(うまもののぐ)の濡れぬはあるべからず。それをしるしにして、組み討ちにうて」と呼ばはりける間、貞範も則祐も、なかなか敵にまぎれんとせばあしかりぬべしと思ひて、兄弟六騎、轡(くつばみ)を並べて、どっとをめいて敵二千騎が中へ颯(さつ)と懸け入り、ここに名乗り、かしこに紛れて、相戦ふ。敵これ程に小勢なるべしとは思ひ寄るべき事ならねば、入り乱れて、同士討ちをする事数刻なり。〉

 

・訳:(筑前守貞範・帥律師則祐兄弟は、最初に桂川を渡ったときの合戦で、逃げる敵軍を追って進み、後に続く味方のいないことも知らず、ただ主従六騎で竹田から北へ、法性寺の大路を駆けて通り、六条河原へ出て、六波羅館の西の門前に馬を止め、続く味方があれば、そのまま六波羅館へ攻め込もうと待っていた。しかし、東寺から攻め寄せてきた味方は、早くも合戦に敗れて後退したらしく、四方八方に敵以外は誰もいなかった。それならばしばらくの間、敵の中に紛れ込んで、味方の勢を待とうと、六騎の人々は皆笠符をひきちぎって捨て、一か所に集って六波羅軍と離れていると、隅田・高橋がまわってきて、「どうやら赤松の連中がまだ味方に紛れて、この中にいるらしいぞ。川を渡った敵だから、馬や甲冑が濡れていないはずがない。それを目印に組み討ちにして討ち取れ」と大声で叫んだので、貞範も則祐も、敵軍の中に紛れ込もうとすればかえって悪い結果になるだろうと判断して、兄弟六騎、馬の首をそろえて、わっと大声をあげて、敵二千騎の中へさっと駆け入り、こちらで名乗りあちらで敵兵に紛れて戦った。敵は相手がこれほど小勢だろうとは考えつくはずもないことなので、入り乱れて、同士討ちをすることが数十分も続いた。)    (つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月15日 (金)

般若寺 季節の花だより 11・15

《般若寺 季節の花だより》

今日は雨です。天気予報では午後からは雨は上がるそうです。毎日日替わりのお天気が続きます。冬の花、水仙は水をもらって背を伸ばしています

〇水仙:≪咲きはじめ≫例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。開花予想;11月下旬~2月上旬。花数;3万本ほどが境内のあちらこちらで咲きます。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・山吹、いちょう、くぬぎ、けやき:≪青葉≫

〔短歌〕

「磯崎の 切り通しに入り ひやびやし

      海沿ひ秋陽(あきひ)に 歩きつかれつ」

       木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「訪ふ人に 山門鎖さず 冬安居」稲畑汀子

〔和歌〕

「高砂の 尾上はれたる 夕暮に

       松のはのぼる 月のさやけさ」

         中務卿宗尊親王・玉葉637

「高砂の山の頂がくっきりと晴れて見える夕暮に、松の葉越しにのぼって来る月の光の清らかなことよ。」

・高砂=播磨の歌枕。兵庫県高砂市。松とともに詠まれる。

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈白雪 昭和十八年十一月

  その朝金剛峰寺の霊宝館にて大師の絵像に対して〉

「しづけさの はなにあるごと こんどうの

         五こたにぎりて おはしますかも」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》171

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈 さる程に、隅田・高橋が大勢、わづかなる小勢に追い立てられて、返さんとすれども叶はず。朱雀をのぼりに、内野(うちの、平安京大内裏跡。中世には荒廃して野原となり、朱雀大路が貫通するようになっていた)をさして引くもあり、七条を東へ京中へ向つて引くもあり、馬に放れたる者は心ならず返し合はせて、死ぬるもあり。陶山これをみて、「あまりに長事(ながごと)して、御方の弱りし出だしたらんも由なし。今は懸け合はせん」と申せば、河野、「子細にや及ぶ」と云ふままに、両勢一手になつて、敵の大勢の中へ懸け入り、時移るまでぞ闘ひたる。四武の衝陣(しぶのしょうじん、四方へ繰り出す武士が団結して速やかに敵陣を突き破る戦法)、堅きを砕きて、百戦の勇力変に応ぜしかば、寄手またこの陣の軍にも打ち負けて、寺戸(京都府向日市寺戸町。長岡寺があった。)を西へ引き返す。〉

・訳:( 一方、隅田・高橋の大軍勢は、赤松方の小勢に追い立てられて、押し返そうとしてもできず、朱雀大路を北へ、内野をめざして退却する者もあり、また七条を東へ、京の町へ向って逃げる者もあった。馬を失った者の中には、心ならずも引き返して戦い、死ぬ者もいた。陶山はこの様子を見て、「あまりに長く見物していて、味方が弱くなっても都合が悪い。もう攻め込もう」と言ったので、河野は、「もちろんだ」と答えるや否や、両軍は合流して敵の大軍勢の中に駆け入り、数時間にわたって戦った。勇猛果敢な四陣の隊形が敵の堅陣を突き破り、百戦練磨の融資が臨機応変に対処したので、寄せ手はまたこの方面の合戦でも敗れて、寺戸を西へ向かって退却した。) (つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月14日 (木)

般若寺 季節の花だより 11・14

《般若寺 季節の花だより》

晴れたおかげか、奈良はこの秋一番の冷え込み、最低気温は3度でした。冬のような寒さです。これで紅葉もようやく進みそうです。北国は大雪とのこと、短い秋は終わってしまったのでしょうか。

・野菊:≪みごろ≫

・まゆみ(檀):≪色づく≫

・水仙:≪つぼみ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

〔短歌〕

「ここの浦に よらぬ蒸気歟 沖つ辺に

         煙なびかせ ぽつつり見ゆる」

           木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「噴水の 燦たり樹々は いま黄ばむ」石田波郷

〔和歌〕

「やま里に ありあけの月を ながめても

        猶やしられぬ 秋のあはれは」

          選子内親王家中務・風雅640

「(あなたは春の曙がいいとおっしゃいましたが)今、山里で有明の月を眺めていらしても、まだおわかりにならないでしょうか、秋のあわれが春以上のものであると事が。(きっと今は、秋の方をひいきになさるでしょうよ。)」

・詞書:「大斎院選子内親王の女房達が、春秋の情趣はどちらが勝るかと争いました時に、中将が[春の曙はやはり秋よりすぐれている]などと主張しましたが、その中将が秋の頃山里に籠っておりました時に、言ってやりました歌。」

・中将=斎院長官、源為理の女、作者中務の姉。

・猶やしられぬ=春に味方した姉に対し、「秋の山里で寝覚めの月を見ても、まだ秋の情趣がわかりませんか」と妹が戯れに問いかけたもの。

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より。》

〈白雪 昭和十八年十一月

  十八日室生を出で当麻を経て高野山に登り明

  王院に入るかねて風邪の心地なりしを翌朝目

  さむれば薄雪降りしきて塔廟房舎みな白し我

  が齢も大師を過ぐることすでに一歳なればお

  もひ更に深し〉

「いませりし よはひはこぞと すぎはてし

         わがころもでに ゆきなふりそね」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》170

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈河野と陶山と、一所に合うては両所に分れ、両所に分れてはまた一所に合ひ、七、八度が程ぞ揉みたりける。長途に疲れたる歩立(かちだ)ちの武者ども、駿馬の兵に懸け悩まされ、討たるる者その数を知らず。手負(ておひ)を捨て、道を要(よこぎ)つて、散り散りになつて引き返す。陶山・河野,逃ぐる敵には目もかけず、「西の七条辺の合戦も、何とあるらん、心元なきに」とて、七条河原をすじかひに(斜めに移動すること)西へ打つて、七条大宮に引(ひか)へ朱雀(しゆしやか)の方の合戦を見遣りければ、隅田・高橋が三千余騎、高倉左衛門佐・小寺・衣笠が二千余騎に懸け立てられて、馬の足をぞ立てかねたる。河野これを見、「かくては御方うたれぬと覚ゆるぞ。いざや打つてかからん」と云ひけるを、陶山留めて申しけるは、「この陣の軍いまだ決せざる先に、力を合はせて御方を助けたりとも、隅田・高橋が口のにくさは、我が高名(かうみやう)にぞ云はんずらん。しばらく置いて、事のやうを御覧ぜよ。敵たとひ勝つに乗るとも、いか程の事かあるべし」とて、見物してこそ居たりけれ。〉

・訳:(河野と陶山とは一か所に集ってはまた二方に分れ、二方に分れてはまた一か所に出会い、七度も八度も敵軍に攻め込んで行った。播磨からの長い旅に疲れた徒歩の兵たちは、駿馬に乗った兵たちに追い回されて、討たれる者はその数が分からなかった。負傷した味方を捨て、わき道にそれて、ちりじりになって退却した。陶山と河野とは、逃げる敵には目もくれず、「西七条あたりの合戦もどうなっているだろう、心配だ」と七条河原を斜めに突っ切り、西へ馬を馳せ、七条大宮通に馬を止めて朱雀方面の合戦を見やったところ、隅田・高橋の三千余騎が高倉左衛門佐・小寺・衣笠の二千余騎に攻めたてられて、騎馬の隊形を整えかねていた。河野はこの様子を見て、「これでは味方が討たれてしまうぞ。さあ、敵に討ってかかろう」と言ったところ、陶山は河野を押しとどめてこう言った。「この陣の合戦がまだ勝負を決しないうちに、我らが力を合わせて味方を助けたとしても、隅田・高橋は口がうまいから、勝利を自分の手柄として言うだろう。もうしばらく放っておいて、成り行きを御覧なさるがよい。敵がたとえ勝った勢いに乗じても、大したことはあるまい」というわけで、河野・高橋勢は高みの見物をしていたのであった。) (つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月13日 (水)

般若寺 季節の花だより 11・13

《般若寺 季節の花だより》

今朝は雲の合間に青空が見えています。すっきりしない空模様、昨日も雨が降りました。今年は雨の多い11月です。

・野菊:≪みごろ≫

・まゆみ(檀):≪色づく≫

・水仙:≪つぼみ≫

・さざんか(山茶花):≪つぼみ≫

・サフラン:≪昨日の雨でしぼみました≫

〔短歌〕

「潮くらき 潜戸の洞を くぐり来て

        かへる大蘆の 浜のさやけさ」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「空也忌や 死土産なる 玉の数珠」素風郎

〔和歌〕

「久かたの 月ぞさやけき 百敷の

        大宮人や あくがれぬらむ」

          従二位家隆・玉葉635

「月が澄んで明るいことだ。優雅な宮廷人たちは、さぞや古歌をさながらに、うかれ出て遊んでいることだろう。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈白雪 昭和十八年十一月

  十八日室生を出で当麻を経て高野山に登り明

  王院に入るかねて風邪の心地なりしを翌朝目

  さむれば薄雪降りしきて塔廟房舎みな白し我

  が齢も大師を過ぐることすでに一歳なればお

  もひ更に深し〉

「ときもなく ふりくるゆきか くさまくら

         たびのころもは あつからなくに」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》(休みます)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月12日 (火)

般若寺 季節の花だより 11・12

《般若寺 季節の花だより》

冬のような寒波襲来で一気に冷え込んできました。今年の秋は変ですね、夏のような暑さが続いたり、雨も多いし、さらに急に冬がやってきたりと、あわただしい秋です。

・野菊:≪みごろ≫

・まゆみ(檀):≪色づく≫

・水仙:≪つぼみ≫

・さざんか(山茶花):≪つぼみ≫

・サフラン:≪見ごろ≫

〔短歌〕

「磯遠み ひたすら寄れる うしほ波

       舟のへさきに 裂けてちるかも」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「ばせを忌や 伊賀の干そば みのの柿」 梅室

〔和歌〕

「ふかき山に すみける月を みざりせば

         おもひ出もなき 我身ならまし」

           西行法師・風雅614

「深い山にひとり澄んでいた月を見るという体験がなかったならば、この世に生きた事の思い出もない我が身だったろうになあ。(その折の深い感動こそは、私の人生の意義であったのだ)」

・ふかき山に=山家集詞書によれば、大峯山の深仙宿(奈良県下北山村)での詠。その名が「深山」に通じる所から地名を暗示する。

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より、奈良愛惜の歌。》

〈霜葉 昭和十八年十一月(室生寺)

  この日寺中に泊し夜ふけて同行の学生のため

に千年の寺史を説くこれより風邪のきざし著し〉

「さけのむと ひそかにいでし やまでらの

         かどのをばしに かぜひきにけむ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》169

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈 夜に入りては、両六波羅は七条河原に打つ立つて、近付く敵を相待ちたる。この大勢をみて、あぐんでや思ひけん、ただここかしこに走り散って火をかけ、時の声をつくるばかりにて、同じ陣にひかへたり。両六波羅これを見て、「いかさま、敵は小勢なりと覚ゆるぞ。馳せ向つて追ひ散らせ」とて、隅田・高橋に三千余騎を相副へて、八条口へ指し向けらる。河野九郎左衛門尉・陶山次郎に二千余騎をさしそへて、蓮華王院へぞ向けられける。陶山、河野に向つて申しけるは、「何ともなき取り集め勢に交はりて軍をせば、なまじひに足まとひになつて、懸け引きも自在なるまじ。いざ、六波羅よりさし向けられたる勢をば八条河原辺に引かへさせて、時の声を揚げさせ、我等は手勢を引つ勝(すぐ)つて、蓮華王院の東より、敵の中へ懸け入り、蛛手(くもで)・十文字に懸け破り、弓手・馬手に相受けて、追物射(おふものい、犬追物を射るように)に射てくれ候はん」と申しければ、河野、「しかるべし」と同じて、外様の勢二千余騎をば塩小路の道場の前にさし遣はし、河野勢三百余騎・陶山勢百五十騎は引き分けて、蓮華王院の東へぞ廻りける。相図の程にもなりければ、八条河原の勢時の声を揚げたるに、敵これに立ち合はせんと、馬を西頭に立てて相待つところに、陶山・河野四百余騎、思ひもよらぬ後より、時をどつと作つて大勢の中へかけ入り、東西南北に懸け破りて、敵を一所に打ちよらせず、追つ立て追つ立て責め戦ふ。〉

・訳:( 夜になって、両六波羅殿は七条河原に出陣して、近づく敵を待ち迎えた。六波羅の大軍勢を見て、敵の赤松方もやはり嫌気をおぼえたのか、ただあちらこちらに走り散って火を放ち、鬨の声をあげるだけで、同じ陣地にとどまっていた。両六波羅殿はこの様子を見て、「どうやら敵は小勢らしく思われるぞ。こちらから攻撃して追い散らせ」と、隅田・高橋に三千余騎をつけて、八条口へ向かわせた。また、河野九郎左衛門尉・陶山次郎に二千余騎をつけて、蓮華王院へ差し向けた。陶山が河野に向かって言うことには、「どうしようもない寄せ集めの軍勢に交じって合戦をすると、なまじ足手まといになって、駆け引きも自由になるまい。さあ、六波羅殿からさし向けられた軍勢は八条河原のあたりに控えさせて、鬨の声をあげさせ、我等は手勢を選りすぐって、蓮華王院の東から敵軍の中に駆け入って、蜘蛛手・十文字に敵を駆け破り、左右に追い散らして、犬追物のように射てくれようではないか」と言ったので、河野も、「それがよい」と賛成して、身内以外の軍勢二千余騎を、塩小路の時宗道場の前へ派遣し、河野勢三百余騎と陶山勢百五十騎は二千余騎とは分れて、蓮華王院の東側へとまわった。打ち合わせの時刻になったので、八条河原の軍勢が鬨の声をあげると、敵軍はこれに対抗しようと、馬の首を西に向けて待ちかまえたところへ、陶山・河野の四百余騎が、思いもかけない背後から、鬨の声をどっとあげて大軍勢の中へ駆け入り、赤松方を四方八方に駆け破って、一か所に集らせず、追い立て追い立てして攻め戦った。)  (つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月11日 (月)

般若寺 季節の花だより 11・11

《般若寺 季節の花だより》

『白鳳秘仏阿弥陀如来像特別公開』は今日で終了です。九月の終わりごろからの長期間でしたが、大変盛況でした。初めてという方と再訪と云う方と半分づつだったのではないでしょうか。特に正倉院展期間中は遠来の方が多いでした。奈良はこれから晩秋、徐々に静けさが戻ってきます。

・コスモス:≪終りました≫

・野菊:≪みごろ≫

・まゆみ(檀):≪色づく≫

・水仙:≪つぼみ≫

・さざんか(山茶花):≪つぼみ≫

・サフラン:≪見ごろ≫

〔短歌〕

「波のうねり 低まれる時 はつはつに

         海つ巌床 頂き見ゆる」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「紅葉せり 松その上に 枝を垂れ」水原秋桜子

〔和歌〕

「わたつうみの とよはた雲に いりひさし

         こよひの月夜 すみあかくこそ」

          天智天皇御製・玉葉629

「海のかなたに旗のようになびく美しい雲に、赤々と入日がさし、今夜の月夜はさぞや清らかに明るいだろうと思われるよ。」

・とよはた雲=豊旗雲。旗雲(旗のようになびく雲)の美称。

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より、奈良愛惜の歌。》

〈霜葉 昭和十八年十一月(室生寺)

  この日寺中に泊し夜ふけて同行の学生のため

に千年の寺史を説くこれより風邪のきざし著し〉

「このやまに だいしのゆかり おはさじと

         ことのしたより のどはれにけむ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》168

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈 日野中納言資名(すけな)・同じき左大弁宰相資明(すけあきら)、二人同車して内裏へ参り玉ひたれば、四門いたづらに開いて、警固の武士は一人もなし。主上南殿(なでん)に出御なつて、「誰か候ふ」と御尋ねあれども、衛府(えふ)・諸士の官、蘭台・金馬(らんだい・きんめ、蘭台は太政官の弁官の唐名。金馬は漢代の未王宮にあった金馬門の略。ここで学者が帝の詔を待ったことから、学才ある臣をいうか。)もいづちへか落ち行きたりけん、勾当の内侍(こうたうのないし、天皇に近侍し、奏請・伝宣を役とした女官)・上童(うへわらは、宮中や院御所で召し使われている少年少女。ここは女童であろう〉一人よりほかは、御前に候ふ者なかりけり。資名・資明二人御前に参じて、「官軍戦ひ弱くして、逆徒さし違へて、御所中へも乱入仕り候ひぬと覚え候ふ。急ぎ三種の神器を先立て、六波羅へ行幸なり候へ」と申されければ、主上やがて腰輿(えうよ)にめされて、二条川原より六波羅へ臨幸なる。その後、堀川大納言・坊城宰相以下、月卿雲客二十余人、路次に参着して供奉し奉る。これを聞こし食(め)し及んで、院(後伏見)・法皇(花園)・春宮(とうぐう、康仁親王)・皇后(徽安門院寿子内親王)・梶井二品親王(尊胤法親王)まで、皆六波羅へと御幸なる間、供奉の雲客・卿相(けいしゃう)、軍勢の中に交はりて、警蹕(先払いが声をかけてあたりをいましめること。「おお」「しし」「おし」など)の声頻りなれば、これさへ六波羅の仰天一方ならず。にはかに六波羅の北方(きたのかた)をあけて仙院(せんゐん、太上天皇の御所)・皇居となす。事の体(てい)騒がしかりし有様なり。〉

・訳:( 日野中納言資名・同左大弁宰相資明の二人が同じ牛車に乗って内裏へ参内なさると、内裏の四方の門はむなしく開いたままで、警固の武士は一人もいなかった。光厳天皇は紫宸殿にお出でになって、「誰かおるか」とお呼びになったけれども、衛府や諸役所の官人たちや太政官の弁官・文官も、どこへ逃げて行ってしまったのか、内侍所の三等官と殿上務めの童一人とを除いては、御前に伺候する者はいなかった。資名・資明の二人は帝の御前に参上して、「官軍は戦いが弱く、反逆者たちは官軍に代って、御所の中へ乱入して参ると思われます。急いで三種の神器を先立てて、六波羅へ行幸なさいますよう」と申し上げると、帝はすぐに御輿にお乗りになって、二条河原から六波羅へ臨幸なされた。その後、堀川大納言・三条大納言・鷲尾中納言・坊城宰相以下、公卿殿上人二十余人が臨幸の途中で参着し、お供申しあげた。帝の臨幸をお聞き及びになって、後伏見院・花園法皇・皇太子・皇后・梶井二品親王までが皆六波羅へ御幸なさったので、お供の公卿殿上人が軍勢の中に交り合い、先払いの声がしきりに聞えたので、これだけでも六波羅の驚きはひととおりではなかった。急遽、六波羅の北庁をあけて、仮の院御所や皇居とした。事の次第は取り込んでいた様子であった。)  (つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンク

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2013年11月10日 (日)

般若寺 季節の花だより 11・10

《般若寺 季節の花だより》

コスモスの枯枝を片付けると、群れとなった水仙の葉の間に薄紫の大きな花が咲いているではありませんか。その数、十余り、低い背ながら何もない庭では目立っています。これはサフランです。あやめ科の球根植物で花は薬や香料になるそうです。いつごろ植えられたかはわかりませんが、年々球根が増えているようです。

せっかくの日曜日なのに、今日は全国的に雨となるそうです。

・コスモス:≪終りました≫

・野菊:≪みごろ≫

・まゆみ(檀):≪色づく≫

・水仙:≪つぼみ≫

・さざんか(山茶花):≪つぼみ≫

〔短歌〕

「午后の海 潮満てるらん 往きに見し

        巌波かつぎ はつはつに見ゆ」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「椋鳥の こぼれの連れの 二三日」中村汀女

〔和歌〕

「くまもなく 閨のおくまで さし入りぬ

         むかひの山を のぼる月影」

           徽安門院・風雅585

「かくれる所もない程に、寝室の奥までさし入って来たよ、向かい側の山を昇って来た月の光が。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』より、奈良愛惜の歌。》

〈霜葉 昭和十八年十一月

   (室生寺)金堂なる十一面観音を〉

「うらわかく ほとけいまして むなだまも

         ただまもゆらに みちゆかすごと」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》167.

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈また八条・九条の間にも戦ひありと覚えて、汗馬(戦功をたてるため、汗をかいて働く馬。汗血馬)東西に馳せ違い、時の声天地を響かせり。ただ大の三災(さんざい、仏教でこの世の滅ぶときに起こるという火災・水災・風災。飢饉災・疾病災・刀兵災の小三災に対して大三災という。)一時に起こつて、世界ことごとく劫火(ごふくわ、世界の滅ぶ「壊劫」のときに起こる大火災)のために焼け失するかと疑はる。胸中の合戦は、夜半ばかりの事なれば、目指す(目当てをつける)とも知らぬ暗き夜に、時の声ここかしこに聞えて、勢の多少も軍立(いくさだち、軍勢の態勢、陣立て。また作戦を立てることや出陣をも意味する)の様も見分けざれば、何(いづく)へなにと向ひて、軍(いくさ)をすべしとも覚えず。京中の勢は、まづ六条河原に馳せ集まつて、あきれたる体(てい)にてひかへたり。〉

・訳:(また八条と九条との間でも合戦が行われたようで汗にぬれた馬が東西に馳せ違い、鬨の声が天地をとどろかせた。まるで仏教でいう三大災難が一時に起きて、この世の中はすべて猛火のために焼け失せるかと思われるほどであった。京中の合戦は夜中ごろの出来事だったので、何かで目ざす方向も分からない暗い夜に、鬨の声があちらこちらに聞えて、軍勢の多い少ないやその配置の様子も分からないので、両軍ともどこへどのように向かっていって合戦をしたらよいのか分からない。六波羅勢は、とりあえず六条河原に集結して、ただ呆然とたむろしていた。) (つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月 9日 (土)

般若寺 季節の花だより 11・9

《般若寺 季節の花だより》

南天、かなめ、からすうり、まゆみ、など木々の赤い実が目立つようになってきました。また名もない雑草も色付いています。これは「草もみじ」という季語になっています。そして桜となんきんはぜの葉は日に日に赤くなってきました。今日は晴れます。

・コスモス:≪終りました≫

・野菊:≪みごろ≫

・まゆみ(檀):≪色づく≫

・水仙:≪つぼみ≫

・さざんか(山茶花):≪つぼみ≫

〔短歌〕

「吾子の為に かさねし石を 洞の奥に

       のこしては来つ 背(うしろ)寂しも」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「人形が かざしてゆるる 笠の菊」水原秋桜子

〔和歌〕

「おぎの葉に かはりし風の 秋のこゑ

やがて野わきの 露くだく也」

           前中納言定家・玉葉627

「荻の葉に吹く音が変って、秋を告げた風の声であったが、それが早くも野分となって、草葉に置いた露をくだくようだよ。」

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より、奈良愛惜の歌。》

〈霜葉 昭和十八年十一月

   (室生寺)金堂なる十一面観音を〉

「しょくとりて むかへばあやし みほとけの

         ただにいますと おもほゆるまで」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》166

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈三千余騎の兵ども向ひの岸に打ち上り、死を一挙の中に軽くせんと進み勇める勢を見て、六波羅勢叶はじとや思ひけん、いまだ戦はざる先に、楯を捨て旗を引いて、作道(つくりみち)を北へ、東をさして引くもあり、竹田河原(伏見区竹田。下鳥羽の東、深草の西の賀茂川沿いの地)をのぼりに、法性寺大路(東山区本町通り九条河原の法性寺の傍を通り、大和方面に通じる道)へ落つるもあり。その道二十余町が間は、捨てたる甲・冑地に満ちて、馬蹄の塵に埋没せり。

 さる程に、西の七条の手、高倉少将の子息左衛門佐・小寺・衣笠の兵ども、はや京中へ責め入りたりとみえて、大宮・猪熊・堀川・油少路の辺(あたり)、五十余箇所に火を懸けたり。〉

・訳:(三千余騎の軍勢は対岸に駆けあがり、命を惜しまず一気に勝敗を決しようと勇み進む勢いを見て、六波羅勢はかなうまいと思ったのか、まだ戦わないうちから盾を捨て旗を巻いて、作道を北へ、東寺をめざして退却する者もあり、また、竹田河原をのぼって法性寺大路へ逃げて行く者もあった。その道筋二十余町の間は、捨てられた兜や鎧が地面に散乱し、馬の蹄の立てるほこりにむなしく覆われた。

 一方、西七条にいる赤松方の軍勢、高倉少将の子息左衛門佐や小寺・衣笠の兵たちは、すでに京都の町中へ攻め込んだと見えて、大宮大路・猪熊通・堀川通・油小路のあたり五十余か所に火を放った。)  (つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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2013年11月 8日 (金)

般若寺 季節の花だより 11・8

《般若寺 季節の花だより》

今朝の気温は10度を下回り少し寒いです。一日晴れの予報で、昼間は20度になりさわやかな秋空となるそうです。秋は深まり、晩秋の季節に入ってきました。当寺の境内では水仙が葉を伸ばし冬の準備をしています。例年ですと、12月下旬から翌年2月にかけて花を咲かせてくれます。今年の花は早くなりそうです。