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2013年11月28日 (木)

般若寺 季節の花だより 11・28

《般若寺 季節の花だより》

嵐のような昨夜の雨ふりでした。今日はお天気は回復、しかし冬のような寒い日になるそうです。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・桜、南京はぜ、栗、もみじ、けやき、山吹:≪色づく≫

〔短歌〕

「底ふかく とよめる海(わた)の 蒼浪を

        真日うがち入れり 舟ゆのぞくも」

          木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「すすきより 低き雑木の 紅葉あり」高木晴子

〔和歌〕

「をかべなる はじのもみぢは 色こくて

         四方の木ずゑは 露の一しほ」

           新室町院御匣

「岡のほとりの櫨の紅葉は濃く色づいて、それ以外の木々の梢は、霧にほんの気持ちだけ染まった秋の色だ。」

・はじ=櫨。ハゼノキ。

・一しほ=一入染。染料に一回浸しただけの薄い色。

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より》

〈明王院 昭和十八年十一月

   十九日高野山明王院に於いて秘宝赤不動を拝す

   まことに希世の珍なりその図幽怪神異これに

   向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐

より将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足

る予はその後疾を得て京に還り病室の素壁に

面してその印象を追想し成すところ即ちこの

十一首なり〉

「もゆるひの ひかりゆゆしみ おのづから

         まなこふせけむ どうじこんがら」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草山」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》

後南朝の歴史を知るために:

『後南朝史論集』5

昨日に続いて富田村長の序文です。

「 自天王五百年忌の記念事業として、後南朝史を編纂、刊行することは、我が奈良県の出身にして後南朝史に造詣の深い瀧川博士の提唱に係り、私と私の前任者住川逸郎氏が、村民全体の意思を忖度して決定、立案したものであって、住川氏編纂会長として専ら事に当たり、苦心惨憺、終にこの偉業を達成せられた。編纂並びに執筆に当られた瀧川博士は、拮据黽勉、寝食を忘れ、短日月の裡に克くこの難業をなし遂げられた。私はこの両先輩の高邁なる識見と、異常なる努力とに対して、深い尊敬と篤い感謝とをささげる。また我が奈良県民の誇りとする日本学士院々長山田三良博士が、本書のために大簽を御染筆下さったことは、村民一同の光栄とするところであって、特に記して感謝の意を表する。

 我等が祖先が、五百年一日のごとき忠誠を後南朝に捧げたような真心と、堅固な志操とを以て、君国のために盡瘁せよというのが、我々村民が父祖より承け来った庭訓である。この意味において、南帝王の伝説と、後南朝の活歴史である御朝拝とは、実に我が川上村における教育の淵源であったといってよい。父祖の庭訓は、我が村民に独立不羈の精神を涵養せしめ、質実剛健の風を醸成せしめることに与って力があった。我が村民の伝承は、今や史学諸権威の科学的批判に堪え、その現実性が実証せられるに至った。村内の青年子女は、本書によって実証せられた父祖の庭訓をまもり、益々その志操を固め、華を去り、実に就いて、日本国の再建に努力せられんことを恨願して熄まない。

  昭和三十一年十二月二日

       奈良県吉野郡川上村々長

          富田鏡一  」

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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