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2013年11月18日 (月)

般若寺 季節の花だより 11・18

《般若寺 季節の花だより》

昨晩の雨は上がったようです。今日は曇りがちのお天気。明日には又雨と、なかなか秋晴は続きません。昨日の美咲会の活動は参加者は五人で、寺の者二人と共同作業で十三重石塔の周りなどを片付けていただきました。境内はすっきりしました。

〇水仙:≪咲きはじめ・ちらほら咲≫

例年は12月下旬から見ごろとなりますが、今年は開花が早まりそうです。

・野菊:≪みごろ≫

・さざんか(山茶花):≪咲きはじめ≫

・まゆみ(檀)の実:≪色づく≫

・山吹、いちょう、くぬぎ、けやき:≪青葉≫

〔短歌〕

「秋半ば 稀なる凪ぎの 日うららに

       渡り鳥見ゆ 磯崎のうへ」

         木下利玄・紅玉

〔俳句〕

「雑草の 実の吹き飛ぶに 目を細め」川端茅舎

〔和歌〕

「おくみえぬ はやまのきりの 曙に

         ちかき松のみ のこる一むら」

           前中納言為相・風雅661

「奥は全く見えないまでに立ちこめた、端山の朝霧の中の曙の一時、近い所にある松だけが、残って一むら見えているよ。」

・はやま=端山。人里近い山。連山の端の、平地に接する低い山。

 

*《秋艸道人、会津八一先生の歌集『鹿鳴集』『山光集』より、奈良愛惜の歌。》

〈白雪 昭和十八年十一月

   十九日高野山を下る熱ややたかければ学生の

   み河内観心寺に遣りわれひとり奈良のやどり

に戻りて閑臥す〉

「もりかげの やどのながやに ひとりねし

         まくらにちかき もののひとこゑ」

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこへて さかるとも

         ゆめにしみえこ わかくさのやま」

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

 「夢にまで見える若草」「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもたいせつに残しておきたいものです。

*《南朝御聖蹟を顕彰する》174

赤松勢、京都を攻める

『太平記』巻第八 「三月十二日合戦の事」

・本文:〈かくては軍の勝負いつあるべきとも覚えざりけるところに、河野と陶山とが勢五百余騎、大宮を下りに打つて、後をつつまんと廻りける勢に後陣を破られて、寄手若干(そこばく)討たれにければ、赤松わづかの小勢になつて、山崎を指して引き返す。河野・陶山勝つに乗り、作道(つくりみち、東寺の西側の辻、四塚から南へ伏見区鳥羽までの直路)の辺りまで追つ懸けけるが、赤松動(やや)もすれば取つて返さんとする勢ひを見て、「軍はこれまでぞ、さのみ長追ひなせそ」とて、鳥羽殿(鳥羽離宮)の前より引き返し、虜(いけどり)二十余人・頸七十三捕つて、切先に貫いて、緋(あけ)になつて六波羅へ馳せ参る。主上(光厳天皇)は御廉(ぎょれん)を巻かせ叡覧あり。両六波羅はしき皮に座して検知せらる。〉

・訳:(このままでは合戦の勝負はいつ決まろうとも思われなかったところに、河野と陶山の軍勢五百余騎が大宮通を南に向かって進撃し、背後を包囲しようと迂回した陶山勢に後陣を破られて、寄せ手の赤松勢は多く討たれたので、わずかの軍勢になつて山崎をめざして退却した。

 河野・陶山の軍勢は勝った勢いに乗じて作道のあたりまで追跡したが、赤松勢がどうするかと反撃しようとするその勢いを見て、「合戦はこれまでだ。そんなに深追いするな」と、鳥羽離宮の前から引き返し、二十余人の生け捕りと頸七十三を取って切っ先に刺し貫き全身に血を浴びて、六波羅に駆け戻った。光厳帝は御座所の御簾を巻かせて河野たちを御覧になった。また両六波羅殿は敷皮の上に座って、これらを実検した。)  (つづく)

 

*《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の心ある人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文では抱負が述べられています。その結びには、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが披瀝され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして世界から尊敬される観光都市奈良と言えるのでしょうか、よく考えてください。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。

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