« コスモス寺花だより 3・14 | トップページ | コスモス寺花だより 3・16 »

2015年3月15日 (日)

コスモス寺花だより 3・15

般若寺 春の花だより

〇水仙:≪おわり近し≫ 

〇白梅:≪見ごろ≫

「白梅や 父に未完の 日暮あり」櫂未知子

○紅梅:≪見ごろ≫

「夕ぐれの 紅梅を見に 戻りゆく」鈴木六林男

〇わびすけ:≪見ごろ≫

○椿:≪咲きはじめ≫

○れんぎょう:≪咲きはじめ≫

「行き過ぎて 尚連翹の 花明り」中村汀女

春咲きコスモス 

・花期:5~6月

・本数:3万本

・種類:赤白ピンクのセンセーションを主として12品種

*当寺のHPに紹介されている『弥勒の道プロジェクト』さんが、奈良市のごみ焼却場を中ノ川地区へ移転した場合、古都の景観がいかに壊されるかをシミュレートした写真を公開されました。いちどご覧ください。

実範上人・中川寺跡・弥勒道と焼却場問題に関する詳しく美しいチラシを作成されました。当寺で配布中。

〔短歌〕

〈木蓮の雪〉

「木蓮の 枝高ければ ふる雪の

      風あてつよく 花ゆれやまず」

       岡麓・庭苔

〔俳句〕

「梅さけど 鶯なけど ひとり哉」一茶

・訳:梅が咲いても鶯が鳴いてもひとりぽっちだなあ。

〔和歌〕

「さらに又 嵐ぞつらき 梅が枝の

       花ゆゑ待ちし 人に訪(と)はれて」

        関白左大臣・新葉和歌集40

「ほかの時よりも一層嵐の仕打ちを薄情だと思うのだよ。梅の花を見せようと思って来訪を待っていた人に、まさに散ってしまったその後に来訪されて。」

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

         みちのまはにに あしあやまちそ」

・ならさか=大和と山城を隔てる東西の丘陵地、奈良山を越える坂道。

・じやうるり=浄瑠璃。薬師如来のお浄土、東方薬師瑠璃光浄土のこと。

・まはに=真埴。赤土。

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

         こさめなかるる はるはきにけり」

・いしのほとけ=京街道の千坊坂に面して立つ夕日地蔵。

・おとかひ=頤。したあご。

〈東京にかへりて後に〉

「ならやまを さかりしひより あさにけに

         みてらみほとけ おもかげにたつ」

・さかる=離る。遠ざかる。

・あさにけに=朝に日に。け(日)は朝に対して昼間をいう。

 「面影にたつ御寺御仏」はいつまでもこのままでたいせつに残しておきたいものです。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む・改訂版》363

『西大勅謚興正菩薩行実年譜』 巻中 

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷ)

◆同七年三月二十二日、算計し奉る七百十三粒〔十二粒は新たに分散、今四十五粒は細砕の内、擇勢分増(たくせいぶんぞう①)、之を加え奉る〕。水晶筒に移納し奉る。正嘉元年六月二十四日、計り奉る七百十一粒〔二粒隠没(いんもつ②)〕。弘長二年閏七月二十二日、十粒を取り分け東塔に奉納す。文応二年正月二十六日、計り奉る七百三十六粒。同四年正月十七日、算し奉る一千粒〔十一粒は新たに分散、今二百五十三粒は細碎の内、擇勢分増、之を加え奉る〕。此の日、今の水晶筒に移入し奉る。同七年正月廿日(原本;廿五)、僧衆尼衆相共に勘計し奉る。二千七十三粒也〔十六粒は新たに分散、今一千五十七粒は細碎、御舎利勢分、皆増を勘算して之を計る。故に之を加え奉る〕。凡そ細砕一粒の御舎利、次第に分散して未だ三十箇年に満たざるに、已に二千余粒に及ぶ。其の間来去(らいきょ③)は機(き④)に隨い、多少は時に依る。或いは跂々(ぎぎ⑤)として盤中を廻り、或いは離々(りり⑥)として匙端(したん⑦)に垂れる。末世の奇特(きとく⑧)、何事かかくの如し。仍ち證験(しょうけん⑨)に備えんが為め、粗(ほぼ)大概(たいがい⑩)を記す。之を亀鏡(きけい⑪)と為し疑殆(ぎたい⑫)を貽(のこ)すこと勿れ。

 文永七年庚午正月 日   西大寺衆首金剛佛子叡尊記 】已上記文

 

 擇勢分増=勢いよく分かれて増えたものをえらぶ。

 隠没=あとかたなくきえてなくなる。

 来去=行ったり来たりすること。増減。

 機=きざし、おり。機会。

 跂々=虫がはって歩くように。

 離々=垂れるさま。

 匙端=さじの先端。

 奇特=キドクとも。特にすぐれて珍しいこと。

 証験=あかし。しるし。

 大概=あらまし。

 亀鏡=キキョウとも。よりどころとなる模範。証拠、亀鑑。

 疑殆=うたがい恐れること。

(つづく)

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本全国の古都奈良を愛する人たちは、奈良市クリーンセンター(ごみ焼却場)を「中ノ川・東鳴川」地区に建設することに反対しています。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので、毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。移転推進者はこれだけあっても「なにもないところ」と言うのでしょうか。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*仲川げん奈良市長の第一期目の選挙マニフェストは、「大型ハコもの公共事業をゼロベースで見直す」でした。これは窮乏逼迫した奈良市財政の立て直しを目指すものではなかったのでしょうか。何百億円もの巨費を要する「ごみ焼却場移転計画」を見直し、将来の市民負担を軽減する施策を期待させるものだったはずです。

そして二期目の選挙公約、政策ビジョンは

「世界から尊敬される国際観光経済都市NARA」です。

さらに『ならしみんだより9月号』には「二期目の就任にあたって」というあいさつ文で抱負が述べられています。その結びは、

「 新たな4年間では、歴史や文化・自然環境にも恵まれた、奈良市の素晴らしい魅力や資源を最大限に引き出し、世界の中における奈良の価値向上に取り組みたいと思いますので、市民の皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。

仲川げん」

という文章になっています。

立派な「お言葉」です。「世界から尊敬される」「世界の中における奈良の価値向上」、と高いこころざしが示され、古都奈良の現在と将来を託す市長にふさわしく、たのもしい限りです。仲川市長には御祝儀として「言行一致」という言葉を御進呈いたします。この政治モラルを守って市政に邁進していただきたいですね。

しかし、歴史ある名刹寺院のすぐそばにゴミ焼却場をつくって、はたして「世界から尊敬される観光都市奈良」と言えるのでしょうか。もう一度、移転が必要かどうかの出発点に戻って考えていただきたいですね。仲川市長さん、おねがいします。

*現候補地へのごみ焼却場建設反対を表明した団体

「奈良市東部地区自治連合協議会」「東里地区自治連合会」「鼓阪校区自治連合会」「青山町自治会」「木津川市当尾区五ヶ寺連合会」「真言律宗三ヶ寺連合会」「奈良市ごみ焼却場建設問題を考える会」

*この問題を詳しく知りたい方は、

ホームページ『奈良市クリーンセンターの課題と新しい奈良の創造』をご覧ください。本計画の問題点が的確にまとめられています。HP「般若寺」にリンクあり。現地の事については『弥勒の道プロジェクト』が大変参考になり、また貴重な動画が見られます。人の歩かないような道を自転車で踏破しておられます。

 

|

« コスモス寺花だより 3・14 | トップページ | コスモス寺花だより 3・16 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« コスモス寺花だより 3・14 | トップページ | コスモス寺花だより 3・16 »