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2015年11月

2015年11月30日 (月)

コスモス寺花だより 11・30

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「もろもろの 智者達何と いふ時雨」一茶

・訳:たくさんの知恵者たちは、今日の時雨を何というだろうか。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 振鉾(しんぼう①)。〔三節(せつ②)。〕

次 金(きん③)を打つ。〔引頭著座し、已後之を打つ。〕

次 楽を発す。〔十天楽(じってんらく④)、一越調(いちこつちょう⑤)。〕

次 供花。〔左右の舞人之を伝え、十弟子之を取り仏前に備(そな)う。〕

 

 振鉾=矛(ほこ)を振る。

 節=歌曲の調子、音調、ふし。

 金=磬。「きん」は「磬(けい)」の唐宋音。読経などで桴(ばち)で打ち鳴らす仏具。

 十天楽=唐楽で、曲名の由来は東大寺の講堂供養の日に、十人の天人が舞い降りて仏前に花を供えたことと伝える。

 一越調=雅楽六調子の一つ。壱越の音、すなわち洋楽の「ニ」の音(D)を主音とした音階。いちおつちょう、いちこちちょう、とも言う。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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2015年11月29日 (日)

コスモス寺花だより 11・29

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「さはつても 時雨さう也 ちちぶ山」一茶

・訳:さわってみただけで時雨になりそうだなあ。秩父の山。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》613

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 引頭、両師を引き、楽屋の左右を経て舞台の東階を登り、舞台の上に並び立つ。〔引頭、此の時両師を迎え、舞台左右の角に立つ。十弟子(じゅうでし①)は両師より退いて、右左の縁道に立つ。〕左右の一者はおのおの立ち還り、両師に向かう。臺奚婁(だいけいろう②)を奏す。奏畢って、引頭、両師を引き、西の階を降り両高座(こうざ③)の左右に立ち、両師の高座に登るを待つ。両師、礼盤に就き三礼〔中礼〕の後、おのおの高座に登る。〔十弟子、法具を前机に置き、高座の辺りに群立す。〕引頭は両師が高座に登りて後、幄屋(あくや④)に入りて著座す。楽人、楽を止め楽屋に入る。

 

 十弟子=釈迦如来の十大弟子にならって、大法会では導師に十人の従者がつく。人数が省略されることもある。

 臺奚婁=奚婁は奚婁鼓(けいろうこ)のことで、雅楽の楽器。首からひもで釣り下げ、バチで鼓面を打ち鳴らす。現在は舞楽の「一曲」だけに使用。台奚婁は台の上に置く形式のものであろうか。

 高座=釈尊が成道したとき坐っていたとされる金剛宝座にならい、法会の導師などが坐す一段高い座席。

 幄屋=天幕を張った仮屋。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月28日 (土)

コスモス寺花だより 11・28

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「三度くふ 旅もつたいな 時雨雲」一茶

・訳:二度の飯を食う旅は何とももったいないことだ。折しも時雨を告げる雲。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》612

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 衆僧、西の階を降りて、阿弥陀堂の前、幷に左右の廻廊に入り、着座す。

次 楽人、楽をやめ楽屋に入る。

次 両師(①)を迎える。〔行く時、引頭、舞人、楽人。引く時、舞人、楽人、引頭、導師、十弟子。〕引頭、舞人楽人を率いて、両師の所に向かう。楽を発す。〔秋風楽(しゅうふうらく②)。左右一奏一曲。〕

 

 両師=導師 西大寺長老、慈朝唯覚上人。呪願師 放生院住持、本芿坊深泉大徳。

 秋風楽=雅楽の唐楽。盤渉調の曲。四人舞。現在廃曲。長殿楽、寿春楽とも。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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2015年11月27日 (金)

コスモス寺花だより 11・27

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「義仲寺へ いそぎ候 はつしぐれ」一茶

・訳:芭蕉翁の眠っている義仲寺の時雨会へ間に合うように急ぎます。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》611

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 引頭、衆僧を率い惣門〔放生院〕より出づ。橋を経て平等院不開門(ふかいもん①)より入る。

右方は本堂幷に阿弥陀堂(②)の後ろを廻る。左方は本堂前の釣殿(つりどの③)を通る。左右の舞人楽人衆僧は楽屋の左右を経て、舞台の東階(とうかい④)を昇る。楽人舞人は舞台の左右の縁道(えんどう⑤)に列立(れつりゅう⑥)す。衆僧は舞台上において西に向いて折立つ(⑦)。此のとき楽やむ。伽陀(かだ⑧)二頌を誦す。〔敬礼天人大覚尊等、願以香花雲等の頌文(⑨)〕唱え訖って三礼。〔中礼(ちゅうらい⑩)。先ず引頭、次ぎ衆僧。〕

 

 不開門=あかずの門。ふだん使用していない門であろう。現在の存否は不明。

 本堂幷に阿弥陀堂=阿弥陀堂は鳳凰堂であろうと思われるが、本堂については不詳。

 釣殿=寝殿造りの場合、池の水辺にせり出した建物。

 東階=東の階段。

 縁道=舞台に沿って作られた縁の道。むしろを敷き、上に白い布を敷く場合もある。

 列立=列に並んで立つ。

 折立つ=狭い場所に大勢が立つ場合、列ではなく屏風折れに立ち並ぶ。

 伽陀=梵・ガーター。仏徳を讃嘆し教理を述べたもので、韻文で表される。諷誦、偈頌。

   誦文=「舎利講式」「往生講式」などの総礼伽陀。

中礼=起居せずに、立ったまま小揖(しょうゆう、腰を少し折って敬礼)すること。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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2015年11月26日 (木)

コスモス寺花だより 11・26

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「知た名の らく書見へて 秋の暮」一茶

・訳:旧友の落書きを見て懐かしくなった、秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》610

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆次 衆僧を迎え、舞人楽人左右に相別れ橋(①)を渡り、僧の集会所に向かう。〔放生院惣門(そうもん②)〕楽を発す。〔萬秋楽(まんじゅうらく③)、破(は④)。〕

次 左右の一者(いちのもの⑤)、一曲(いっきょく⑥)を奏す。

次 先ず楽人舞人。

 

 橋=宇治橋。

 放生院惣門=橋寺放生院の外構えの大門。正門。

 万秋楽=雅楽の曲名。唐楽、盤渉調の大曲。六人または四人で舞う。百済国から婆羅門僧正が伝えた。曼荼万秋楽。まんずらく、まんじゅらく、ばんしゅうらく、出世成道楽ともいう。

 破=雅楽の曲を、静から動へ、緩から急へ、の変化を「序・破・急」の三段階で表す。

 一者=楽所(がくそ)の職階の一つ。勾当の別称で、左楽と右楽にそれぞれ一人ずつ定めた最高の技芸者。

 一曲=雅楽の雑舞の一つ。諸寺勅会法事のときなどに、行列の道行に舞うもの。楽には鳥向楽(ちょうこうらく)や慶雲楽(きょううんらく)を用い、二人で舞う。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月25日 (水)

コスモス寺花だより 11・25

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「膝抱て 羅漢顔して 秋の暮」一茶

・訳:膝を抱いて、羅漢さんのような顔をして、秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》609

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆次 巳一点(みいってん①) 集会の鐘を打つ。〔四十下(しじゅうげ②) 二反。〕

次 集会乱声〔楽屋(がくや③)を催し乱声。〕

次 衆僧七百口、香炉を取り、集会所に群立(ぐんりゅう④)す。〔引頭(いんとう⑤)、手文(てぶみ⑥)を以って人数を挍(はか)る。〕

次 楽人楽屋の前に立ち、調子(ちょうし⑦)を吹く。〔盤渉調(ばんしきちょう⑧)。〕

 

 巳一点=今の午前九時から九時半まで。

 四十下=喚鍾の叩き方。

 楽屋=楽人の奏楽所。

 群立=行道するために並び立つ。

 引頭=法会の時、衆僧を先導する役の者。

 手文=法会に参列する衆僧の名簿帳。

 調子=音律の高低を調える。

 盤渉調=雅楽の唐楽、六調子の一つ。盤渉(洋楽のロ音)の音高を宮(きゅう、主音)とする律旋の調子。冬の調子といわれる。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月24日 (火)

コスモス寺花だより 11・24

○コスモスは終わりました。

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いています。

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「一人通る と壁にかく 秋の暮」一茶

・訳:ひとりで通った、と壁に書く秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》608

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆先(まず) 寅一点(とらいってん①)に、 神分(じんぶん②)乱声(らんじょう③)。

 

次 張文(ちょうぶん④)を集会所(しゅうえしょ⑤)の左右に押す。〔放生院釈迦堂(ほうじょういんしゃかどう⑥)の庭を以って其の所と為す也。〕

 

 寅一点=今の午前三時から三時半まで。

 神分=法会に先立ちその土地の神祇に擁護を請い、般若心経などを読誦して法施を行う儀式。

 乱声=雅楽で、主として舞人の出に奏する曲。拍子にとらわれずに吹く横笛に太鼓、鉦鼓を合奏し、乱れた声に聞こえる。

 張文=はりぶみ。法会の式次第、配役などを衆僧に知らせる張り紙。

 集会所=法会の前に導師、職衆、随喜衆などが一堂に集まる場所。

 放生院釈迦堂=宇治の雨宝山放生院の現本尊は弘安年間作の重要文化財・地蔵菩薩であり脇仏には室町時代の釈迦如来像も祀られる。釈迦堂がどこにあったかはわからないが、かつて清凉寺式の釈迦如来を本尊とするお堂が存在したのであろう。また堂前の庭に六百人の衆僧と楽人を収容できるだけの広い境内であったと思われる。(現住職、黒木英雄師談)

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月23日 (月)

コスモス寺花だより 11・23

○コスモスは終わりました。

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いています。

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「鬼の寝た 穴よ朝から 秋の暮」一茶

・訳:鬼の寝穴だよ。薄暗くて朝からまるで秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》607

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩一百年忌願文』

(こうしょうぼさついちひゃくねんきがんもん)

◆若しくは若讃の侶(じゃくさんのりょ①)に供(くう)じ、凡心(ぼんしん②)を転じて仏身と化す。一礼一瞻(いちらいいっせん③)の人は、山壽(さんじゅ④)を延べ海福(かいふく⑤)を保つ。上は有頂(うちょう⑥)を窮め、下は無辺(むへん⑦)に達す。恒沙(ごうしゃ⑧)の功徳は法界(ほっかい⑨)に均しく廻る。

 

康応(こうおう⑩)元年三月二十五日   仏弟子沙門深泉敬って白す。

 

 若讃の侶=仏の徳をたたえる梵讃をとなえる若い僧侶。

 凡心=煩悩に束縛され苦しみ迷う凡夫の心。

 一礼一瞻=ひとたび礼拝し、ひとたび仰ぎ見ること。

 山寿=山のように大きな寿命。

 海福=海のように深いしあわせ。

 有頂=有頂天。三界のうち、有(存在)の世界の頂(最上)である色究竟天をさす。

 無辺=無辺際。広大ではてしのないこと。

 恒沙=恒河沙。恒河(ガンジス川)の砂の意。無限の数量のたとえ。

 法界=意識の対象となるすべてのもの。全世界。

 康応元年=後小松天皇の北朝年号。西暦一三八九年。

(おわり)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月22日 (日)

コスモス寺花だより 11・22

○コスモスは終わりました。

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いています。

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

 

〔俳句〕

「青空に 指で字を書く 秋の暮」一茶

・訳:青空に指で字を書く、秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》606

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩一百年忌願文』

(こうしょうぼさついちひゃくねんきがんもん)

◆聰明なる皇帝は滲漉(しんろく①)を八荒(はっこう②)に布(し③)き、文武の臣僚は福禄(ふくろく④)を千載(せんざい⑤)に全うす。重ねて扶桑州(ふそうしゅう⑥)の静かなるを請う。悉く驪栗(りりつ⑦)上世(じょうせい⑧)の風に帰し、菜葉(さいよう⑨)は基(もとい)堅くして、遥かに龍花下生(りゅうげげしょう⑩)の暁を期す。伏して願わくは、斯の法会を営み先霊に酬い奉る。覚月は彌(いよいよ)般若の城に耀き、慧日は鎮(とこしな)えに真如の境を照らす。

 

 滲漉=水がしたたり落ちるさま。

 八荒=国の八方の果て。全世界。

 布く=治める。しろす。

 福禄=幸いと封禄。

 千載=千年。長い年月。

 扶桑州=日本。

 驪栗=黒栗毛の馬。名馬とされる。

 上世=かみつよ。上古、上代。

 菜葉=青菜の葉。盛んなさま。

 龍樹下生=弥勒菩薩がこの世にくだって龍華樹の下で説法し衆生を済度すること。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月21日 (土)

コスモス寺花だより 11・21

○コスモスは終わりました。

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いているのがあります。

見ごろは12月~2月、2万本

〔俳句〕

「江戸江戸と えどへ出(いづ)れば 秋の暮」一茶

・訳:江戸・江戸と、江戸へ行けばいいことがありそうだと出て行ってみたものの、さびしい秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》605

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩一百年忌願文』

(こうしょうぼさついちひゃくねんきがんもん)

◆観(かんがみ)るに夫れ、滾々(こんこん①)たる長河に桃花の浪は遠く漲(みなぎ)る。渺々(びょうびょう②)たる両岸、楊柳の橋は斜めに横たう。斯の名区(めいく③)に臨み、誰か勝地(しょうち④)と謂わざらんや。弟子は久しく当院に住し、済度利生(さいどりしょう⑤)の縁を結ぶ。普く同門に勧め、報恩謝徳の信(まこと)を伸(の)ぶ。先ず善根を擎(けい⑥)し、恭(うやうや)しく叡算(えいさん⑦)を祝す。

 

 滾々=水がさかんに流れるさま。

 渺々=広くはるかなさま。

 名区=景色などで有名な土地。名勝の地。

 勝地=形勝の地。

 済度利生=衆生済度、利益衆生。

 擎=ささげる。かかげる。

 叡算=天子の年齢。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月20日 (金)

コスモス寺花だより 11・20

〇コスモス:≪終わり≫ 

ながいながいコスモスの秋が終わりました。今年はお天気にも恵まれ美しい花が二か月にわたり咲きつづけました。コスモスには御苦労さまでしたとねぎらいの言葉を、また花を愛でなんども足を運んでいただいたご参詣のみなさまにも御礼のことばを申し上げます。また来年も春咲き、夏咲き、秋咲きと長いシーズンに挑戦したいと思います。ご支援ご鞭撻をお願いいたします。

「コスモスの 花群がりて はつきりと

光をはじく つめたき日ぐれ」木下利玄

 

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いているのがあります。

見ごろは12月~2月、2万本

〔俳句〕

「あはう鶴 のたりのたりと 秋の暮」一茶

・訳:おろかなばか鶴が、のたりのたりと歩む秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》604

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩一百年忌願文』

(こうしょうぼさついちひゃくねんきがんもん)

◆桐絲竹管(とうしちくかん①)の音は春風に和みて激切(げきせつ②)なり。霓裳羽衣(げいしょううい③)の状は、夕陽(せきよう④)に対し周旋(しゅうせん⑤)す。迺(すなわ)ち西大寺尊老(そんろう⑥)に屈(くっ⑦)して唱導師(しょうどうし⑧)と為す。律家の棟梁、釈氏の眼目なり。快く舌端の辨(はなびら)を開き、塔中の声を想得す。善哉善哉(ぜんざいぜんざい⑨)。感ずべし仰ぐべし。本末の緇徒(しと⑩)、雲の如く集まる。清浄の梵音(ぼんおん⑪)、泉の如く流れる。

 

 桐絲竹管=桐絲は和琴などの弦楽器、竹管は篳篥、笛などの管楽器。

 激切=はげしく音を立てること。

 霓裳羽衣=薄い虹のような衣裳、はごろものような衣服。

 夕陽=夕日。

 周旋=ぐるぐるめぐる。

 尊老=長老。西大寺長老、慈朝唯覚上人。

 屈=丁重に招請する。

 唱導師=唱導を行い、法会の首席をつとめる僧。導師。

 善哉善哉=ほめたたえる語。よきかな、よいかな。

 緇徒=緇は黒い衣、僧侶のこと。

 梵音=ボンノンとも。読経の声。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月19日 (木)

コスモス寺花だより 11・19

〇コスモス:≪ほぼ終わり≫ 

 

「コスモスの 花群がりて はつきりと

光をはじく つめたき日ぐれ」木下利玄

 

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いているのがあります。

見ごろは12月~2月、2万本

〔俳句〕

「活(いき)て又 逢うや秋風 秋の暮」一茶

・訳:生きていてこそ逢うのだ。秋風も秋の暮も。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》603

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩一百年忌願文』

(こうしょうぼさついちひゃくねんきがんもん)

◆以って寵章(ちょうしょう①)を開く。或は河橋を建て、駱駅(らくえき②)の行客(こうかく③)を通ず。或は石塔を立て、鱗介(りんかい④)の群生(ぐんじょう⑤)を救う。化縁(けえん⑥)すでに終りて、寂滅を楽とす。方に今、彼の百年の追福を擬(なぞら)えて、来る八月の忌陰(きいん⑦)を弔う。宇縣橋(うけんきょう⑧)を修営し石塔婆を供養す。之を勤行し奉るは、駄都(だと⑨)の行法幷に光明真言の行法、おのおの一千座。

 

 寵章=天子が特別に恩寵をあたえたしるし。菩薩号の宣旨文。

 駱駅=人馬、車の往来が絶え間なく続くこと。

 行客=道をゆく人。旅客。

 鱗介=魚や貝類。

 群生=衆生。生きとし生けるもの。

 化縁=教化の縁。

 忌陰=御命日。年忌。

 宇縣橋=宇治川に懸る橋。宇治橋。

 駄都=梵・ダートゥ。体、性と訳される。仏舎利をまつる卒塔婆をいう。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月18日 (水)

コスモス寺花だより 11・18

〇コスモス:≪ほぼ終わり≫ 

 

「コスモスの 花群がりて はつきりと

光をはじく つめたき日ぐれ」木下利玄

 

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いているのがあります。

見ごろは12月~2月、2万本

〔俳句〕

「ゑいやつと 活(いき)た所が 秋の暮」一茶

・訳:えいやっとふんばって活きてきたところが、秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》602

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩一百年忌願文』

(こうしょうぼさついちひゃくねんきがんもん)

◆三獣の営(さんじゅうのいとなみ①)を求めて彼の因を感じ、功能(こうのう②)を捨てず。得難くして称するものか。伏して惟(おもん)みるに、興正菩薩は武将の家(③)より出で毘尼の室(びにのしつ④)に入り、通別二受(つうべつにじゅ⑤)の説を再興す。五朝の帝師(⑥)に備え、久しく蘊界三科(うんかいさんか⑦)の談を闡(ひら)き、四衆の弟子(⑧)を度す。加之(くわうるに)、正安に菩薩の称号の勅宣(⑨)を稟(う)け奉る。

 

 三獣の営=『優婆塞戒経』に出るたとえ話。三獣渡河(さんじゅうとが)。声聞、縁覚、菩薩の三乗の修行に浅深があることを動物が川を渡ることに例える。兎は水に浮かび河底に足が届かない、馬は時々足を河底に着けるが浮かんでいることが多い、象は常に河底を踏んで川を渡る。悟りの浅深を動物に例えている。三獣(三乗)はそれぞれに修行の営みをすることをいう。

 功能=ききめ。よい結果を生じさせるはたらき。菩薩行による結果、すなわち仏果(さとり)。

 武将の家=木曽義仲の末裔。

 毘尼の室=毘尼は毗奈耶(梵・ビナヤ)。律と訳される。四分律にもとずく南山律宗(唐の道宣が祖)のこと。

 通別二受=通受と別受。摂律儀戒(四分律による具足戒)と摂善法戒と摂衆生戒を総じて受けるのが通受。摂律儀戒のみを単受するのが別受。

 五朝の帝師=五代の天皇の戒師。

 蘊界三科=一切法(物質界と精神界の存在)の三分類。五蘊(色・受・想・行・色蘊)と十二処(眼・耳・鼻・舌・身・意根の六根と色・声・香・味・触・法境の六境)、十八界(六根、六境に眼・耳・鼻・舌・身・意識の六識を加える)を言う。

 四衆の弟子=出家の四衆。比丘、比丘尼、沙弥、沙弥尼。

 勅宣=勅命の宣旨。正安二年(一三〇〇)に興正菩薩を諡号される。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月17日 (火)

コスモス寺花だより 11・17

〇コスモス:≪ほぼ終わり≫ 

当寺ではまだ少しだけ花は残っています。この時期、コスモスの花は珍しいですからいつまでも咲かせてあげたいです。

今年の紅葉の季節は雨が多いです。山の方は終っているところもあって近場に人気が集まっています。特に京都は異常な人出ですね。有名なお寺は門前に行列ができるそうです。京都はいいなあ、行ってみたいけどやっぱり奈良にしとこ、雨の日はそんな気分になりますな。

 

「こすもすよ 強く立てよと 云ひに行く

女の子かな 秋雨の中」与謝野晶子

 

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いているのがあります。

見ごろは12月~2月、2万本

〔俳句〕

「なかなかに 人と生れて 秋の暮」一茶

・訳:人として生まれたからこそかえって秋の暮のさびしさを味わえるのだ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》601

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩一百年忌 願文』

(こうしょうぼさついちひゃくねんきがんもん)

◆夫れ塔婆といっぱ、三世諸仏の宗廟(そうびょう①)、一切衆生の福田(ふくでん②)。釈迦多宝の二如来(③)、半座を虚空界の月に分かち、提謂波利(だいいはり④)の二長者は崇基(すうき⑤)を摩竭國(まがこく⑥)の雲に搆える。沙を聚め磶を扶く(すなをあつめせきをたすく⑦)の功は尚お無量。塵を遠ざけ垢を離れしむるの益はまた広大なり。一鷹の投下(いちようのとうか⑧)に及びて其の徳を旌(あらわ)す。

 

 宗廟=みたまや。仏の遺骨である仏舎利をまつる建物。

 福田=田が作物を生ずるように、供養することにより福徳を生ずる対象。

敬田(三宝)、恩田(父母など)、悲田(貧苦者)の三福田。

 釈迦多宝の二如来=『法華経‐見宝塔品』には釈尊が説法されるとき多宝塔の多宝如来が半座を譲られた故事。

 提謂波利=『提謂波利経』(だいいはりきょう)。仏が成道の後、商人の兄弟である提謂(梵・トラプシャ)と波利(梵・バッリカ)に五戒や十善の教えを説かれたのが在家に対する初説法であったとされる。中国撰述の経。

 崇基=高い基礎。

 摩竭国=摩竭提国(マガダ国)。釈尊の時代、中インドの十六大国中最も強大な国であった。ビンビシャラ王、アジャセ王が釈尊を外護した。

 沙を聚め磶を扶く=砂を集め建物のいしずえを作ること。

 一鷹の投下=一羽の鷹が降下することに例える。出典不詳。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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2015年11月16日 (月)

コスモス寺花だより 11・16

〇コスモス:≪ほぼ終わり≫ 

ほとんどが枯れ枝となりました。しかしまだ、少しだけ花が咲き残っていますので完全に終わりではありません。この時期、一輪の花でも珍しく貴重ですからいつまでも咲かせてあげたいです。

 

「こすもすよ 強く立てよと 云ひに行く

女の子かな 秋雨の中」与謝野晶子

 

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いているのがあります。

見ごろは12月~2月、2万本

〔俳句〕

「松島や 一こぶしづつ 秋の暮」一茶

・訳:松島のことが思われるなあ。握りこぶし一つずつの秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》600

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩一百年忌諷誦文』

(こうしょうぼさついちひゃくねんきふうじゅもん)

◆右、興正菩薩といっぱ、律家(りっけ①)再興の祖師、聖朝追贈(しょうちょうついぞう②)の大士(だいし③)なり。来る秋、正しく百年の忌に当たると雖も、今日一基の塔を供養するに預かる。龍象(りゅうぞう④)の徒、西より東より来集す。絃管(げんかん⑤)の曲、左に在り右に在りして諧(かい⑥)に臨む。伶倫(れいりん⑦)は四曼(しまん⑧)の庭に列を成す。唱師(しょうし⑨)は音を三下の磬(さんげのけい⑩)に合わす。法会は美を盡し、功徳は無辺なり。

 仍って諷誦を修する所、件(くだん)の如し。 

 

 律家=律宗。

 聖朝追贈=朝廷が没後に贈る諡号。

 大士=菩薩。

 龍象=立派な僧侶。

 絃管=琵琶、琴などの弦楽器と笛などの管楽器。雅楽。

 諧=調子。調和。ここでは階(きざはし)か。

 伶倫=楽人。

 四曼=四種曼荼羅の略。密教によって荘厳された。

 唱師=声明を唱える配役。

 三下の磬=磬は古代の楽器。玉石または金属製でつるして打ち鳴らすもの。三下は打ち方。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でした。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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2015年11月15日 (日)

コスモス寺花だより 11・15

〇コスモス:≪終わり近し≫ 

紅葉の真っ盛りなのに、今日も雨です。週末になると天気が崩れています。

今日はフランスパリで起きた無差別テロで犠牲になられた数百人の霊に哀悼の意を捧げたいと思います。しかし暴力に酬いるに暴力をもってすれば際限がありません。原因があって結果が生じています。シリア、イラクの人達の悲劇がフランスの悲劇を引き起こしていることを忘れてはなりません。報復ではなく人類の英知を集めた平和的解決をねがいます。

 

「こすもすよ 強く立てよと 云ひに行く

女の子かな 秋雨の中」与謝野晶子

 

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いているのがあります。

見ごろは12月~2月、2万本

〔俳句〕

「行秋を ぶらりと大の男哉」一茶

・訳:晩秋のなかを、なすこともなくぶらりと歩いてゆく大の男よ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》599

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治石塔供養法会勧化状』

(うじせきとうくようほうえかんげじょう)

*宇治の塔の島にある十三重石塔は興正菩薩が建立したものですが、後に洪水で壊れたのを修復再建し、菩薩の百年忌を迎える春に平等院を会場にして、七百人の比丘衆が集い法会を営んだ。その法会の勧化状、放生院住持本芿房深泉の勧進。

◆設(たと)い、五合の陳(ごごうのちん①)たりとも、以って嫌うべからず。設い一介の草(いっかいのそう②)たりとも、以って棄つるべからず。洪は繊より起こり(こうはせんよりおこり③)、高は下の基を以ってす(こうはかのきをもってす④)の謂(いい)なり。然れば則ち同心の儕(どうしんのさい⑤)は現に十種の勝利(じゅっしゅのしょうり⑥)を獲る。興善の彙(こうぜんのい⑦)は当に万劫の塵労(まんごうのじんろう⑧)を洗うべし。仍って勧進を唱うる所、件の如し。

 

 嘉慶二年(かけいにねん⑨)十二月 日   勧進沙門深泉敬白 

 

 五合の陳=陳はことばを述べること。五合は一升の半分。不十分な言葉、陳言。 

 一介の草=草は草稿。一介は芥に通じ、わずかの意。短いわずかな草稿。

 洪は繊より起こり=洪は大きい、おおみず。繊は糸すじ。洪水は細い水のすじが集まって起こることを言う。

 高は下の基を以ってす=高殿も下部の基礎がなければ立たないことを言う。

 同心の儕=思い、志を同じくする仲間。

 十種の勝利=十種類のすぐれたご利益(りやく)。

 興善の彙=善法、善行をおこす言葉のあつまり。法語。

 万劫の塵労=万劫はきわめて長い年月。塵労は煩悩のこと。穢れているから塵といい、身心を疲れさせるから労という。

 嘉慶二年=南北朝末期、北朝、後小松天皇の代の年号、西暦千三百八十八年。

(おわり)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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2015年11月14日 (土)

コスモス寺花だより 11・14

〇コスモス:≪終わり近し≫ 

 

「こすもすよ 強く立てよと 云ひに行く

女の子かな 秋雨の中」与謝野晶子

 

○水仙:≪つぼみ≫ 早くも、ちらほら咲いているのがあります。

見ごろは12月~2月、2万本

 

〔俳句〕

「天広く 地広く秋も ゆく秋ぞ」一茶

・訳:天がひろびろとして広く、地もはるかにひろがり、過ぎ去って行く秋だぞ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》598

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治石塔供養法会勧化状』

(うじせきとうくようほうえかんげじょう)

*宇治の塔の島にある十三重石塔は興正菩薩が建立したものですが、後に洪水で壊れたのを修復再建し、菩薩の百年忌を迎える春に平等院を会場にして、七百人の比丘衆が集い法会を営んだ。その法会の勧化状、放生院住持本芿房深泉の勧進。

◆そもそも又、明年は即ち彼の菩薩の一百年忌、故に法会を設けんと欲す。もって追福(ついふく①)に備える。只望むは、長幼尊卑(ちょうようそんぴ②)、遠近緇素(えんきんしそ③)は、報恩謝徳(④)の志を戮(あわ)せ、仏に供し僧に施すの資(もとで)を投ず。

 

 追福=亡くなった人の冥福をいのること。追善。

 長幼尊卑=年長者、若い人、地位の高い人、普通の人。

 遠近緇素=遠くの人、近くの人、出家者、在俗の人。

 報恩謝徳=法恩に報い、法徳に感謝すること。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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2015年11月13日 (金)

コスモス寺花だより 11・13

〇コスモス:≪終わり近し≫ 

 

「こすもすよ 強く立てよと 云ひに行く

女の子かな 秋雨の中」与謝野晶子

 

○水仙:≪つぼみ≫見ごろは12月~2月、2万本

〔俳句〕

「梟(ふくろふ)の 一人きげんや 秋の暮」一茶

・訳:ふくろうが一人だけご機嫌だなあ。秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》597

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治石塔供養法会勧化状』

(うじせきとうくようほうえかんげじょう)

*宇治の塔の島にある十三重石塔は興正菩薩が建立したものですが、後に洪水で壊れたのを修復再建し、菩薩の百年忌を迎える春に平等院を会場にして、七百人の比丘衆が集い法会を営んだ。その法会の勧化状、放生院住持本芿房深泉の勧進。

◆塔影は鎮(とこしなえ)に水文(すいもん①)に写り、遠く河海江湖(かかいこうこ②)の間に流る。鳥獣魚龞(ちょうじゅうびょべつ③)の類は善縁(ぜんえん④)に触るる所、罪障は悉く除かれる。抜苦の方便は済生(さいせい⑤)の大本(おおもと⑥)なり。然れども延文(えんぶん⑦)の洪水、暴起して浮図(ふと⑧)の旧基(きゅうき⑨)半ば傾く。遺弟の懇誠(こんせい⑩)を合せ先師の弘願(こうがん⑪)を扶く。再興の願い竟(おわ)るといえども、未だ供養の儀を遂げず。

 

 水文=水紋。水面に起こる波紋。

 河海江湖=河と海。江湖は川と湖、世の中、世間、天下。

 鳥獣魚龞=とり、けだもの。魚龞は魚とすっぽん、水中にすむ動物の総称。。

 善縁=善い因縁。仏道の縁となるもの。

 済生=命をすくうこと。済度衆生。

 大本=根本。

 延文=北朝、後光厳天皇の年号(一三五六-一三六〇)。宇治川洪水については不詳。

 浮図=塔、卒塔婆。仏陀、仏寺、僧侶にも用いる。

 旧基=もとの十三重石塔の基台。

 懇誠=ねんごろで誠実なこと。まごころのこもっているさま。

 弘願=大願。誓願。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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2015年11月12日 (木)

コスモス寺花だより 11・12

〇コスモス:≪終わり近し≫ 

往く秋を惜しむように名残のコスモスが咲いています。先日の雨ときのう今日の寒さの中でも花は稟と咲いています。人の一生もこうありたいものです。終焉を花と咲いて散っていければ最高です。日々精進、独立不羈。

 

「こすもすよ 強く立てよと 云ひに行く

女の子かな 秋雨の中」与謝野晶子

 

○水仙:≪つぼみ≫見ごろは12月~2月、2万本

《秘仏公開》は昨日で終わりました。大勢のご参詣を給わりまして有難うございました。仏様は来春(429日から510日まで)までお休みになります。

 

〔俳句〕

「一つなくは 親なし鳥よ 秋の暮」一茶

・訳:ひと声鳴くのは、親がいない鳥だよ。さびしい秋の暮。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》596

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治石塔供養法会勧化状』

(うじせきとうくようほうえかんげじょう)

*宇治の塔の島にある十三重石塔は興正菩薩が建立したものですが、後に洪水で壊れたのを修復再建し、菩薩の百年忌を迎える春に平等院を会場にして、七百人の比丘衆が集い法会を営んだ。その法会の勧化状、放生院住持本芿房深泉の勧進。

◆爰に宇治河網代(あじろ①)は所々に殺生を営む。昼夜を舎(お)かず念々(ねんねん②)造悪の罪は傷嗟(しょうしゃ③)に堪えず。弘安(こうあん④)に忝くも禁遏(きんあつ⑤)の勅宣(ちょくせん⑥)降る。先師は消除の秘策を廻らし、長河の上、孤嶋の中に五丈十三重の支提(しだい⑦)を立つ。五智(ごち⑧)十三会(じゅうさんえ⑨)の秘密を表す。

 

 網代=川の瀬に設ける魚取りの設備。数百の杭を網を引く形に打ち並べ、杭に経緯を入れ、その終端に筌(うけ)などを備えた簗(やな)のようなもの。古来、宇治川の網代が有名

 念々=念は梵・クシャナ(刹那)の訳。一瞬一瞬。刻刻。

 傷嗟=悲しみなげくこと。

 弘安=『行実年譜』弘安七年(千二百八十四)正月廿一日の記事に見える。

 禁遏=おしとどめやめさせること。

 勅宣=勅命の宣旨。みことのり。

 支提=梵・チャイティア。塔。

 五智=大日如来の持つ五種の智慧。

 十三会=大日経に基づく胎蔵曼荼羅にまとめられた仏の世界が十三大院とされる。(現図曼荼羅では四大護院は入らず十二院となる。)

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

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2015年11月11日 (水)

コスモス寺花だより 11・11

〇コスモス:≪終わり近し≫ 

 

「こすもすよ 強く立てよと 云ひに行く

女の子かな 秋雨の中」与謝野晶子

 

○水仙:≪つぼみ≫見ごろは12月~2月、2万本

《秘仏公開》白鳳阿弥陀仏と天平薬師仏の特別御開扉は本日で終了いたします。9月からの約二か月、コスモスの花とともに大きな人気を集め、多い時にはお堂からあふれるばかりの大盛況でした。同時に二尊佛の特別御朱印も並んでいただくほどでした。お薬師様は40年ぶりに里帰りされたのですが、来年からも時々お帰り願いたいですね。

 

〔俳句〕

「団栗(どんぐり)の 寝んねんころり ころり哉」一茶

・訳:どんぐりの寝んねんころりころり、ねんころり。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。

修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》595

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治石塔供養法会勧化状』

(うじせきとうくようほうえかんげじょう)

*宇治の塔の島にある十三重石塔は興正菩薩が建立したものですが、後に洪水で壊れたのを修復再建し、菩薩の百年忌を迎える春に平等院を会場にして、七百人の比丘衆が集い法会を営んだ。その法会の勧化状、放生院住持本芿房深泉の勧進。

◆伏して惟(おもんみ)れば、興正菩薩(こうしょうぼさつ)といっぱ、三界五有(さんがいごう①)の大士(だいし②)、一天四海(いってんしかい③)の導師なり。戒光(かいこう④)を南都に耀かし、梵刹(ぼんせつ⑤)を西大に建つ。自性覚智(じしょうかくち⑥)の水を湛え、爾れば弘誓(ぐぜい⑦)の海深し。本有法然(ほんぬほうねん⑧)の空は蒼然(そうぜん⑨)として功徳の山は(高く)聳ゆ。聖朝五代(しょうちょうごだい⑩)の戒師、律家一宗の碩老(せきろう⑪)なり。

 

 三界五有=三界は欲界、色界、無色界。五有は二十五有。有は有情としての存在。果を招く業、あるいは業の果としての存在をいう。欲界に、四悪趣・須弥山をめぐる四洲・六欲天の十四。色界に、四禅天・大梵天・無想天・五淨居天の七。無色界に、四天あり。都合二十五有ある。

 大士=すぐれた人。菩薩を指す。

 一天四海=天の下と四方の海。全世界。

 戒光=戒律の光、律宗が復興されたことを指す。

 梵刹=寺院の伽藍。

 自性覚智=自性は物それ自体の性質、本性。覚智はさとりの智恵。

 弘誓=大きな誓願。

 本有法然=本有は本来から具わっていること。法然は法爾と同じ。一切の存在はおのずから真理にかなっていること。

 蒼然=色のあおいさま。青々としている。

 聖朝五代=後嵯峨、後深草、亀山、後宇多、伏見、の五代の天皇。

 碩老=徳の高い長老。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

いま日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年11月10日 (火)

コスモス寺花だより 11・10

〇コスモス:≪終わり近し≫ 

天気が回復したらコスモスの枯れ枝を片付けにかかります。まだ花を残している苗はそのままにしておいてあげたいと思います。

「こすもすよ 強く立てよと 云ひに行く

女の子かな 秋雨の中」与謝野晶子

 

○水仙:≪つぼみ≫見ごろは12月~2月、2万本

《秘仏公開》白鳳阿弥陀仏と一時里帰りされている天平薬師仏が拝めます。11日まで。

《御朱印》絵入りの〈ぼさつの寺めぐり〉など五種類あります。〈白鳳仏〉〈天平仏〉は秘仏公開の期間限定です。

〔俳句〕

「栃の子や いく日転(ころ)げて 麓迄(ふもとまで)」一茶

・訳:栃の実よ、いったい幾日転がって行くのか麓まで。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

・九品=九品の阿弥陀仏、九体仏とも言う。

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。

修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》594

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治石塔供養法会勧化状』

(うじせきとうくようほうえかんげじょう)

*宇治の塔の島にある十三重石塔は興正菩薩が建立したものですが、後に洪水で壊れたのを修復再建し、菩薩の百年忌を迎える春に平等院を会場にして、七百人の比丘衆が集い法会を営んだ。その法会の勧化状、放生院住持本芿房深泉の勧進。

◆右まさに作仏(さぶつ①)の因は遮悪持善(しゃあくじぜん②)に如かず。宿植(殖)徳本(しゅくじきとくほん③)は、須らく力を与せ縁を結ぶにあり。先賢(せんけん④)はなお以って十方を扣(こう⑤)し、後愚(こうぐ)は独りに                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 ては成じ難きもの哉。夫れ塔婆というは、顕密の功能(こうのう⑥)異なると雖も、広大の利益は相同じ。之を比(なぞらえ)るに、五輪(ごりん⑦)の地水火風空の表示は、之を象(かたど)るに阿鎫覧含欠(あばんらんかんけん⑧)の相形。煒々(いい⑨)たる両尊(りょうそん⑩)においては半座の月を分かつに至る。巍々(ぎぎ⑪)たる崇搆(しゅうこう⑫)は中天の雲に湧く。之を仰ぐこといよいよ高し。得て称すること難し。

 

 作仏=仏となる。菩提を成ずること。

 遮悪持善=止悪作善。『七仏通戒偈』の「諸悪莫作(しょあくまくさ)、衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)、自淨其意(じじょうごい)、是諸仏教(ぜしょぶっきょう)」(もろもろの悪をなさず、すべての善を行い、自らの心を浄くせよ、これが諸仏の教えである。)仏教はこの一偈に尽きるとされる。

 宿植徳本=前世に善根を植えれば、結果としてすぐれた果をもたらすこと。徳本は功徳の本となる善法を言う。

 先賢=昔の賢人。

 扣=うつ。

 功能=よい結果を生じさせるはたらき、しるし。効験。

 五輪=宇宙の万物を構成する五要素、地水火風空の五大が一切の徳をそなえ、円輪周辺して欠けることがない。

 阿鎫覧含欠=アン・バン・ラン・カン・ケン。五輪の種字。

 煒煒=光り輝くさま。

 両尊=釈迦如来と多宝如来。『法華経―見宝塔品』によると、東方宝淨世界にいる多宝如来は、諸仏が法華経を説くとき、宝塔を出現させて説法を讃嘆することを誓った。釈迦が法華経を説いたとき出現した塔中の自分の座を半分譲って並坐したという。

 巍巍=高く大きいさま。

 崇搆=高く大きい構え。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉へ賛同を寄せられた、本山修験宗第四代管長・聖護院門跡五十二世門主の宮城泰年師のお言葉。

「里山もそこにある寺も自然環境を創りそして守っているものです。ことにこの地域は ! 立ち止まり検討し撤回するのが行政の仕事です。」

 

 

 

 

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2015年11月 9日 (月)

コスモス寺花だより 11・9

〇コスモス:≪終わり近し≫ 

きょうも雨模様。正倉院展は最終日です。奈良公園の木立はいつの間にか色づいて晩秋の景色です。奈良は正倉院展が終われば区切りがついたように静かになります。静かな奈良こそ奈良らしいのかもしれませんね。コスモスは最後の一花を咲かせています。

「こすもすよ 強く立てよと 云ひに行く

女の子かな 秋雨の中」与謝野晶子

 

○水仙:≪つぼみ≫見ごろは12月~2月、2万本

《秘仏公開》白鳳阿弥陀仏と一時里帰りされている天平薬師仏が拝めます。11日まで。

《御朱印》絵入りの〈ぼさつの寺めぐり〉など五種類あります。〈白鳳仏〉〈天平仏〉は秘仏公開の期間限定です。

〔俳句〕

「くやしくも 熟柿仲間の 坐につきぬ」一茶

・訳:悔しくも、熟柿にむしゃぶりつく老人仲間になってしまったことだ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「ある人のもとへ御返事に云う。

修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》593

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治石塔供養法会勧化状』

(うじせきとうくようほうえかんげじょう)

*宇治の塔の島にある十三重石塔は興正菩薩が建立したものですが、後に洪水で壊れたのを修復再建し、菩薩の百年忌を迎える春に平等院を会場にして、七百人の比丘衆が集い法会を営んだ。その法会の勧化状、放生院住持本芿房深泉の勧進。

◆勧進沙門(かんじんしゃもん①)深泉(じんせん②)敬って白す

 特(とく③)に請う。十方檀那(じっぽうだんな④)の助施(じょせ⑤)を蒙(こうむ)り、一基塔婆(いっきとうば⑥)の供養を遂げ、衆生利益の資(かて)に備え、先師を追賁(ついひ⑦)するの状(じょう⑧)。

 

 勧進沙門=勧進は勧化と同じ意で、元来人を進めて仏道に入らせ、善根功徳を積ませること。中世以降、日本では堂塔・仏像の造立修理などのために浄財寄進を勧めることを意味する。沙門は出家の修道者のこと。梵・シュラマナ、勤息と訳される。

 深泉=放生院住持。本芿房。詳細不明。

 特=とくに。ことに。ひとつだけ。

 十方檀那=諸所方々の檀那、施主。

 助施=助力の布施。

 一基塔婆=十三重石塔。

 追賁=没後に供養して其の功徳を飾ること。追善。

 状=かきつけ。上奏文、陳情書。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉へ賛同を寄せられた、本山修験宗第四代管長・聖護院門跡五十二世門主の宮城泰年師のお言葉。

「里山もそこにある寺も自然環境を創りそして守っているものです。ことにこの地域は ! 立ち止まり検討し撤回するのが行政の仕事です。」

 

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2015年11月 8日 (日)

コスモス寺花だより 11・8

〇コスモス:≪終わり近し≫ 

今日はせっかくの日曜なのに雨です。コスモスの花もこの雨で終わりを迎えるかもしれません。でも背の低いのは今も元気です。

「コスモスの 夜は一色に 花そむき」中村汀女

・開花時期:9月~11月 

○水仙:≪つぼみ≫見ごろは12月~2月、2万本

《秘仏公開》白鳳阿弥陀仏と一時里帰りされている天平薬師仏が拝めます。11日まで。

《御朱印》絵入りの〈ぼさつの寺めぐり〉など五種類あります。〈白鳳仏〉〈天平仏〉は秘仏公開の期間限定です。

〔俳句〕

「渋柿を はむは烏の まま子哉」一茶

・訳:渋柿を食べているのは、烏の中でも継子だなあ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺の秋〉

「みだうなる 九ぼんのひざに ひとつづつ

       かきたてまつれ ははのみために」

(御堂なる九品の膝に一つづつ 柿たてまつれ母の御為に)

*来年(西暦2016年平成28年)は真言律宗の祖師、忍性菩薩(にんしょうぼさつ)の生誕800年、信空慈眞和尚(しんくうじしんわじょう)の没後700年に当たります。お二人は叡尊師の高弟。忍性さんは鎌倉極楽寺に、慈真信空さんは西大寺奥ノ院に御廟塔があります。どちらも菩薩行に生涯をささげられた高僧です。

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事

ある人のもとへ御返事に云う。

修行の用意は事多くそうらえども、ただ多劫(たごう)なりとも衆苦(しゅうく)を恐れず、ひとすじに一切衆生を済度せんために、仏にならんと思いそうろうを上求心(じょうぐしん)と申す也。怨親平等(おんしんびょうどう)に哀れむ心ふかきを下化衆生(げけしゅじょう)と申しそうろう。この二つの心を発(おこ)して、さらにゆるぐ事なくて、縁にふれ境にしたがいていかにもして妄念(もうねん)をやめんと励みそうろうを仏道修行と申し候也。」

・多劫=長い時間

・衆苦=多くの苦労、苦しみ。

・上求心=さとりを求める向上心

・怨親平等=敵も味方もわけへだてなく、人として平等にあつかうこと

・下化衆生=広く人々をすくい導くこと

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》592

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『護国院年始不動行法表白』

(ごこくいんねんしふどうぎょうぼうひょうはく)

*護国院は西大寺の宝生護国院、初代長老は本照房性瑜(しょうゆ、住吉大社の津守氏の出)である。西大寺山内では別格の子院で亀山上皇の御臨幸があった。

◆況や又、九識(くしき①)はラン焔(②)を攅(さん③)し、無始よりの慳業(けんごう④)の塵を焼く。三密(さんみつ⑤)はバン流(⑥)を出だし、平等性の浄(清ヵ)浄水を混ず。摩尼(まに⑦)は明珠を性具(しょうぐ⑧)すと謂うべき也。何ぞ琢磨(たくま⑨)の精麁(せいそ⑩)に由る。菩提は本有(ほんぬ⑪)の潜龍(せんりゅう⑫)也。同じく心水の涇渭(けいい⑬)に在り。大聖無動の諸大眷属を仰ぎ請い、護法外部(ごほうげぶ⑭)の五類諸天(ごるいしょてん⑮)は本誓(ほんぜい⑯)を還念(げんねん⑰)し、妙供(みょうく⑱)を納受(のうじゅ⑲)し、普く有情をして増長寿福(ぞうちょうふくじゅ⑳)せしめたまえ。敬って白す。

 

 九識=アンマラ識(無垢識)。法相宗で第八識の阿頼耶識を色心縁起の根本とするのに対し、法性宗(華厳宗、天台宗等)でいう根本識、絶対無垢の真如とされ、如来蔵とも言う。

 ラン焔=ラン字の炎。五大中の火大、慧火の種字。

 攅=あつめる。

 慳業=物惜しみ、煩悩の一つ。

 三密=秘密の三業。身密、口密、意密。

 バン流=バン字は水。五大中の水大。智水の種字。

 摩尼=梵・マニ。如意宝珠、龍王の脳中から出たとされる。

 性具=本来具わっていること。

 琢磨=玉や石をみがくこと。人格をねりみがいて向上に努める。

 精麁=細かいことと粗いこと。

 本有=もともと存在すること。

 潜龍=隠れた龍。さとりは元々備わっているもの。

 涇渭=涇も渭も河の名。

 護法外部=金剛界における仏菩薩三十七尊の内衆を外護する外衆。外金剛部。

 五類諸天=外金剛部の二十天。他教の神が仏教に帰入したもので五種に分類される。

 本誓=因位に立てた衆生済度の誓願。

 還念=もとの祈念に還ること。

 妙供=おごそかな供物。

 納受=受け取ること。受納。

 増長寿福=寿福は長命で幸福なこと。増長は増大。

(終わり)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

*〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉へ賛同を寄せられた、本山修験宗第四代管長・聖護院門跡五十二世門主の宮城泰年師のお言葉。<