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2015年12月

2015年12月31日 (木)

コスモス寺花だより 12・31

一年の最終日、大みそかになりました。今年も無事に過ごせ色々な活動ができたことをみ仏様に感謝いたします。新年は慈真和尚、忍性菩薩、興正菩薩の三祖師の記念の年になります。一層の精進を致したいと思いますので、皆様の同心合力を賜わりますようお願い申し上げます。

○水仙:≪五分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

今年は暖冬のため花は早く咲いています。お正月には満開になります。

〔俳句〕

「行年を かまはぬ顔や 小田の鶴」一茶

・訳:過ぎ行く年も気にしない風の顔だね。小さな田んぼの鶴。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》634

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白』

(こうしょうぼさつさんびゃくねんきぶがくまんだらくひょうはく)

西大寺圓秀律師作

◆於戯(ああ)、或は影像に向いては懐旧の膓を断ず(①)。又、聖跡(せいせき②)を詣しては恋慕の涙を流す。蓋し聞く、両部の極位、遮那内証(しゃなないしょう③)の深儀、三密の行業、即身頓悟の真路なり。剰(あまつさ)え又、七日不断の真言(④)は因円果満の肝要なり。造立供養の塔婆は仏梵一如の覚体(かくたい⑤)なり。

 

 懐旧の膓を断ず=昔をしのび懐かしむ思いを断つ。

 聖跡=興正菩薩が教化活動をされた寺院などの

 遮那内証=毘盧遮那仏のさとり

 七日不断の真言=光明真言土砂加持法会での光明真言読誦。

 覚体=さとりの当体。悟りそのもの。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出てい

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2015年12月30日 (水)

コスモス寺花だより 12・30

○水仙:≪五分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

今年は暖冬のため花は早く咲いています。お正月には満開になります。

〔俳句〕

「わんといへ さあいへ犬も とし忘れ」一茶

・訳:わんと言え、さあ言え、犬も年忘れ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》633

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白』

(こうしょうぼさつさんびゃくねんきぶがくまんだらくひょうはく)

西大寺圓秀律師作

 

◆然りと雖も東西遠近の末弟、かくの如き四恩(しおん①)等の経文を撿(けん②)して、本寺に帰符(きふ③)す。一分全分(いちぶんぜんぶん④)の道俗、法施(ほっせ⑤)を拾(あつ)め勝等の教詔(きょうしょう⑥)と為し、厚恩に報謝すべし。

 

 四恩=衆生がこの世で受ける四種の恩。心地観経では、父母の恩、国王の恩、三宝の恩の四つ。

 撿=しらべる。

 帰符=帰府。都に帰ること。

 一分全分=すべて。

 法施=仏の教え。

 教詔=教えをみことのりとする。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

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2015年12月29日 (火)

コスモス寺花だより 12・29

○水仙:≪五分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

今年は暖冬のため花は早く咲いています。お正月には満開になりそうです。

〔俳句〕

「のし餅や 皺手(しわで)の迹(あと)の ありありと」一茶

・訳:一面にのばした餅よ。皺の手の迹もはっきりと見える。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白』

(こうしょうぼさつさんびゃくねんきぶがくまんだらくひょうはく)

西大寺圓秀律師作

 

(本山西大寺の教化広報新聞「すずむし」に掲載される「興正菩薩行実年譜を読む 四」の原稿校正に時間を取られているので今日は休ませていただきます。)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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2015年12月28日 (月)

コスモス寺花だより 12・28

○水仙:≪五分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

今年は暖冬のため花は早く咲いています。お正月には満開になりそうです。

〔俳句〕

「鶏(にはとり)が 餅(もち)踏んづけて 通りけり」一茶

・訳:鶏がつきたての餅を踏んづけて、すまし顔で通っていった憎らしさよ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》632

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白』

(こうしょうぼさつさんびゃくねんきぶがくまんだらくひょうはく)

西大寺圓秀律師作

◆今遂に、世下りて心薄からしめ、正財(しょうざい①)は得難く、機は衰え法は逼られ(きはおとろえほうはせまられ②)て住持(じゅうじ③)に便り無し。所以(ゆえん)は内外の資縁(しえん④)は実に乏しく、進退の障礙(しんだいのしょうげ)尤(もっと)も多からん。

 

 正財=寺院活動を維持する主たる財源、喜捨による布施。

 機は衰え法は逼られ=仏道修行の機縁はおとろえ、仏法の衰微がさしせまってくる。

 住持=仏法をたもちまもること。

 資縁=仏道修行のたすけとなる生活上の物資。

 進退の障礙=所領をたもつのに障害となること。

(つづく)

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

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2015年12月27日 (日)

コスモス寺花だより 12・27

22日から昨日まで本ブログをお休みさせていただきました。私の体の老化現象により腹部外科の手術を受けまして椅子に座ることも禁じられていました。少し回復したので再開させていただきます。)

○水仙:≪五分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

今年は冬の天候異変で花は早く咲いています。お正月には満開になってしまいそうです。

〔俳句〕

「我宿へ 来さうにしたり 配り餅」一茶

・訳:我が宿へも来そうにな気配がしたよ。配り餅。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》631

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白』

(こうしょうぼさつさんびゃくねんきぶがくまんだらくひょうはく)

西大寺圓秀律師作

◆加之(くわうるに)、大日如来の垂跡(すいじゃく①)、太神宮(だいじんぐう②)の御託宣(ごたくせん③)を何ぞ疑わんや。釈迦善逝(ぜんぜい④)の応化(おうげ⑤)、三笠山の御示現(おんじげん⑥)、誰か怪しまん。之に依りて七衆(しちしゅう⑦)忽ちに恢弘(かいこう⑧)し、門葉(もんよう⑨)鎮(とこしなえ)に繁昌す。

 

 垂迹=仏菩薩が衆生を済度する目的で、仮に神や人間の姿となって現れること。

 太神宮=伊勢の皇大神宮(内宮)。天照大神のこと。

 御託宣=神のお告げ。

 善逝=如来十号の一つ。迷いの世界を去って、悟りの彼岸におもむき、再び迷いの生死海には戻ってこないことを言う。

 応化=仏菩薩が世の人を救うために、時機に応じて、いろいろなものに姿を変えて現れること。応現。

 御示現=仏菩薩が衆生済度のために、種々に身を変えてこの世に現れること。現化(げんけ)。

 七衆=仏教教団を形成する七種類の修行者、信者。比丘、比丘尼、沙弥、沙弥尼、式叉摩那、優婆塞、優婆夷。

 恢弘=広く大きくすること。

 門葉=同じ教えのもとに集まった一門の衆。

(つづく)

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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2015年12月21日 (月)

コスモス寺花だより 12・21

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

〔俳句〕

「妹が子は 餅負ふ程に 成にけり」一茶

・訳:恋人の子どもは餅を背負う年になったなあ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白』

(こうしょうぼさつさんびゃくねんきぶがくまんだらくひょうはく)

西大寺圓秀律師作

 

≪緊急の所要に付きお休みいたします。24日頃再開予定。≫

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

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2015年12月20日 (日)

コスモス寺花だより 12・20

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

〔俳句〕

「あこが餅 あこが餅とて 並べけり」一茶

・訳:わたしの餅わたしの餅と言って並べているんだよ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》630

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白』

(こうしょうぼさつさんびゃくねんきぶがくまんだらくひょうはく)

西大寺圓秀律師作

◆伝え聞く、当寺は称徳天皇(しょうとくてんのう①)の御願にして行雅僧正(ぎょうがそうじょう②)の旧跡なり。粤(ここ)に叡尊上人は御遺告(ごゆいごう③)の金言(きんげん)に依り、すでに絶えたる三聚円満の戒法(さんじゅうえんまんのかいほう④)を再興し、瑜伽論の真文(ゆがろんのしんもん⑤)を開き、将に則ち自誓受具(じせいじゅぐ⑥)の大願を成就せんとす。是を以って、忝(かたじけな)くも一天四海の大導師(いってんしかいのだいどうし⑦)、濁世末代の生身仏(じょくせまつだいのしょうしんぶつ⑧)、の詔詞(しょうし⑨)を得る。

 

 称徳天皇=孝謙天皇が重祚された御名。聖武天皇と光明皇后の間に生まれられた女帝。

 行雅僧正=不詳。

 御遺告=弘法大師の遺告。弟子たちに戒律を重視することを告げられた。

 三聚円満の戒法=摂律儀戒、摂善法界、摂衆生戒(饒益有情戒)の三種からなる菩薩戒。

 瑜伽師地論=瑜伽行唯識を説く論書。弥勒または世親の作とされる。この論の「菩薩地」に菩薩戒が説かれる。

 自誓受具=自誓して菩薩戒を受け、その上で摂律儀戒として「四分律」(具足戒)を別受すること。

 一天四海の大導師=天下、全世界の教導者。仏と同等の導師。

 濁世末代の生身仏=濁り汚れた人間の世、五濁悪世の末法の世における生き仏。

 詔詞=亀山法皇の院宣。後伏見天皇の綸旨に依る興正菩薩号勅諡の詞。

(つづく)

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

 

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2015年12月19日 (土)

コスモス寺花だより 12・19

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

〔俳句〕

「庵(いほ)の夜は 餅一枚の 明り哉」一茶

・訳:庵の夜は、餅の一枚が灯のように明るく照らし出してくれるなあ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》629

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白』

(こうしょうぼさつさんびゃくねんきぶがくまんだらくひょうはく)

西大寺圓秀律師作

◆夫れ以(おもんみ)るに、澄澄(ちょうちょう)たる真如の性海(しんにょのしょうかい)は、隨縁利物(ずいえんりぶつ)の月を浮かべ、峨峨(がが)たる菩提の覚山は機興即生(きこうそくしょう)の華を鮮やかにす。

 

 澄澄=澄み渡っているさま。

 真如の性海=真如は一切存在の真実のすがた。性海は悟りのすべてである真如の深く広いことを海にたとえたもの。

 隨縁利物=縁に随って衆生を利益すること。

 峨峨=高くそびえているさま。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年12月18日 (金)

コスモス寺花だより 12・18

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

〔俳句〕

「高砂の やうな二人や 餅をつく」一茶

・訳:高砂の爺婆(じじばば)のように共白髪の爺と婆二人が餅をついている。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》628

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白』

(こうしょうぼさつさんびゃくねんきぶがくまんだらくひょうはく)

西大寺圓秀律師作

 

◆敬って真言教主大日如来両部界会諸尊聖衆、

惣じては盡空法界一切三宝の境界に白して言さく。

方に今、南部州(なんぶしゅう①)扶桑朝(ふそうちょう②)西大寺寶塔院(ほうとういん③)現前の諸徳大衆ら、両部曼荼の密壇を錺(かざ)り、舞楽呂律(りょりつ④)の法会を設け、無想清浄の蘋繁(ひんぱん⑤)を捧げ、般遮于瑟(はんしゃうし⑥)の梵莚(ぼんえん⑦)を刷(かいつくろ)う。

 

 南部州=南閻浮提(なんえんぶだい)。梵・ジャンブドゥビーパ。須弥山をめぐる四洲の一つで南方海上にある大陸で人間の住む世界。南贍部洲(なんせんぶしゅう)、南浮とも言う。

 扶桑朝=日本。

 宝塔院=興正菩薩が西大寺へ入寺した際の活動拠点は、奈良時代創建伽藍の東塔を中心にした区域であった。

 呂律=音楽の旋律、呂の音と律の音。声明をいう。

 蘋繁=供え物。

 般遮于瑟=梵・パンチャバールシカ。五年会と訳される。五年ごとに設ける大斎会。一切の人を受容して遮らない無遮会。

 梵莚=法会。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

 

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2015年12月17日 (木)

コスモス寺花だより 12・17

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

〔俳句〕

「椋鳥(むくどり)と 人に呼ばるる 寒哉」一茶

・訳:椋鳥と他人に呼ばれる寒さよ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》627

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆引頭    西大寺     栄義坊仙秀大徳

       同寺      淵妙坊義春大徳

堂達             理圓坊  大徳

綱維             深光坊行盛大徳

               正道坊英空大徳

奉行             淨願坊良耀大徳

               圓道坊叡空大徳

衆僧            六百余人〔衲衆二百余口、二十夏已上。〕

楽頭

 

康応元年己巳(つちのと)卯月(うつき)十日之を記す。 

通別兼受比丘英源〔通三十七夏(げ①) 別二十七夏(②)〕

 

 通三十七夏=通受、三聚浄戒を通(総)じて受ける菩薩戒を受戒してから三十七歳の夏安居(げあんご)を経たことを表す法﨟。(通常は二十歳で受戒するので生年五十七歳か。)

 別二十七夏=別受、三聚浄戒のうち、摂律儀戒(四分律の戒、比丘の場合二百五十戒)を別(単つだけ)して受戒すること。二十七歳の夏数(法﨟)

(終わり)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

 

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2015年12月16日 (水)

コスモス寺花だより 12・16

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

〔俳句〕

「ひいき目に 見てさへ寒き 天窓(あたま)哉」一茶

・訳:ひいき目で見ても、寒そうに禿げた頭だなあ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》626

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆  惣礼伽陀 大覚寺住持 淨色坊十算大徳

        西大寺 尊瑜坊  大徳

  讃    西大寺   良密坊理秀大徳 

       同寺    隆泉坊耀尊大徳

  唄師   西大寺   妙基坊作誉大徳

  散花   淨住寺住持 寂密坊興守大徳

       西大寺   慧春坊善通大徳

  梵音   長福寺住持 妙運坊智源大徳

  錫杖   西大寺   教印坊慈英大徳               

       同寺    宗観坊舜英大徳

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

Dsc05064

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2015年12月15日 (火)

コスモス寺花だより 12・15

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

〔俳句〕

「ウス壁に づんづと寒が 入にけり」一茶

・訳:薄い壁にずんずどんどんと寒さが入り込んできたなあ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆ 右康応(こうおう①)元〔己巳(つちのとみ)〕三月廿五日。興正菩薩一百年忌を追賁(ついひ②)し奉る。

正当(しょうとう③)は八月廿五日なり。

今預(こんよ④)、奉執行のもの也。

 

  導師 西大寺長老 慈朝唯覚(じちょうゆいがく⑤)上人

  呪願師  放生院住持 本芿坊深泉(ほんじょうぼうしんせん⑥)大徳(だいとく⑦)

 

  1. 康応元=北朝年号。後小松天皇の代。一三八九年。

  2. 追賁=死後に供養してその功徳を飾ること。追善。

  3. 正当=正しく忌日に当たること。

  4. 今預=今、前もって。あらかじめ。

  5. 慈朝唯学=唯学房慈朝、西大寺第十七代長老。

  6. 本芿房深泉=実名(じつみょう)の読みはジンセンかも。慈朝和上を継いで西大寺第十八代長老となる。

  7. 大徳=ダイトコとも。高徳の僧。律宗における比丘、比丘尼への敬称。位牌にも使われる。

(昨日の文に補注して再掲)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

 

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2015年12月14日 (月)

コスモス寺花だより 12・14

 

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

〔俳句〕

「しなのぢの 山が荷になる 寒さ哉」一茶

・訳:信濃路の山を見上げると山が思い荷物のように聳えている。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》625

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆ 右康応(こうおう①)元〔己巳(つちのとみ)〕三月廿五日。興正菩薩一百年忌を追賁(ついひ②)し奉る。

正当(しょうとう③)は八月廿五日なり。

今預(こんよ④)、奉執行のもの也。

 

  導師 西大寺長老 慈朝唯覚(じちょうゆいがく)上人

  呪願師  放生院住持 本芿坊深泉(ほんじょうぼうしんせん)大徳(だいとく⑤)

 

 康応元=北朝年号。後小松天皇の代。一三八九年。

 追賁=死後に供養してその功徳を飾ること。追善。

 正当=正しく忌日に当たること。

 今預=今、前もって。あらかじめ。

 大徳=ダイトコとも。高徳の僧。律宗における比丘、比丘尼への敬称。位牌にも使われる。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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コスモス寺花だより 12・14

 

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

〔俳句〕

「しなのぢの 山が荷になる 寒さ哉」一茶

・訳:信濃路の山を見上げると山が思い荷物のように聳えている。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「我(が)を忘るべきこと。

 授戒の時のお説法に云う。我を引く心は一々に(いちいちに)仏性(ぶっしょう)を隠すもの也。」

・我=我利。我執。

・一々に=一つ残らず。ことごとく。

・仏性=仏としての本性、本質。仏となる可能性、因子。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》625

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆ 右康応(こうおう①)元〔己巳(つちのとみ)〕三月廿五日。興正菩薩一百年忌を追賁(ついひ②)し奉る。

正当(しょうとう③)は八月廿五日なり。

今預(こんよ④)、奉執行のもの也。

 

  導師 西大寺長老 慈朝唯覚(じちょうゆいがく)上人

  呪願師  放生院住持 本芿坊深泉(ほんじょうぼうしんせん)大徳(だいとく⑤)

 

 康応元=北朝年号。後小松天皇の代。一三八九年。

 追賁=死後に供養してその功徳を飾ること。追善。

 正当=正しく忌日に当たること。

 今預=今、前もって。あらかじめ。

 大徳=ダイトコとも。高徳の僧。律宗における比丘、比丘尼への敬称。位牌にも使われる。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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2015年12月13日 (日)

コスモス寺花だより 12・13

○水仙:≪三分咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲いています。

〔俳句〕

「生残(いきのこ)り 生残りたる 寒(さむさ)かな」一茶

・訳:しぶとく生き残っている証拠だ、なんともいえぬほどの寒さよ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》624

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 両師、高座を下り、両高座の中央において三礼す。〔中礼。〕礼畢って、堂前に出で、左右の座に著す。十弟子、法具を取り、両師の辺に置く。

次 金を打つ。〔両師、高座を下り訖って、即打つ。〕

次 入調(じゅちょう①)。〔左右匝り、舞を供す。〕

次 舞了る。衆僧三礼。〔中礼。〕

次 還列。〔楽屋において楽を発す。還城楽(げんじょうらく②)、破(は③)。〕

 

 入調=楽曲で、調子に合うこと。また、調子に合わせること。

 還城楽=カンジョウラクとも。雅楽。左方(唐楽)。太食(たいじき)調。古楽。一人舞。胡人の扮装に朱の仮面をつけ、桴(ばち)を持ち作り物の蛇を捕えて舞う。見蛇楽(げんじゃがく)。

 破=再出。雅楽で、曲の構成単位およびその様式(曲風)の名称。拍子が細かくなり、ゆるやかな速度(延調子)で演奏される。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

Dsc05535

Dsc05540

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2015年12月12日 (土)

コスモス寺花だより 12・12

○水仙:≪咲きはじめ≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「合点して 居ても寒いぞ 貧しいぞ」一茶

・訳:十分に承知していても寒いぞ貧しいぞ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

(今日もお休みさせていただきます。)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年12月11日 (金)

コスモス寺花だより 12・11

○水仙:≪咲きはじめ≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「貧家

寒き夜や 我が身をわれが 不寝番(ねずのばん)」一茶

・訳:寒い夜だなあ。寝ないで自分でわが身の番をしていないと凍えてしまいそう。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

(きょうは本山西大寺で出される伝道広報誌「すずむし」へ行実年譜記事を寄稿するため、五万七千字の原稿を推敲していて時間がとれませんでした。本日はお休みさせていただきます)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

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2015年12月10日 (木)

コスモス寺花だより 12・9

12・9

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》622

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 導師作法、神分(じんぶん①)、表白(ひょうはく②)。〔香炉を取る。〕

次 願文(がんもん③)を読む。

次 堂達(どうだつ④)、諷誦文(ふじゅもん⑤)を導師に進ず。

次 洪鐘(こうしょう⑥)を撃つ。〔三下〕 

次 導師、諷誦文。

次 発願(ほつがん⑦)。〔四弘(しぐ⑧)、仏名(ぶつみょう⑨)、教化(きょう⑩け)、常の如し。教化の時、如意を取る。〕

 

 神分=法会で神祇に擁護を請い般若心経などを読誦して法施をすること。

 表白=導師が法会の趣旨を書いた文を仏前で読み上げて参会者に告げ知らせる。

 願文=仏事を修する時、願意を記した文を読む。

 堂達=法会で会行事の下で導師、呪願師に願文呪願文を渡す役僧。七僧の一人。

 諷誦文=主に追善供養のために、三宝衆僧に布施する意や法会の趣旨などを記して捧げる文章。

 洪鐘=大きなつりがね。

 発願=願をおこすこと。

 四弘=四弘誓願。衆生無辺誓願度、煩悩無量誓願断、法門無尽誓願学、仏道無上誓願証。総願ともいう。

 仏名=本尊、祖師の名を唱え祈願する声明曲。

 教化=教導利益の意を表す章句で、声明で唱えられる賛歌。四句を基本にして八句、十二句の漢文体、和文体がある。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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コスモス寺花だより 12・10

○水仙:≪咲きはじめ≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「旅の皺 御覧候へ ばせを仏」一茶

・訳:旅で刻まれた皺をご覧ください。芭蕉仏様。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》623

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 堂達、諷誦文を返し取る。呪願師(じゅがんし①)高座の前へ到り、呪願を乞う。

次 呪願師、香炉を取り、呪願を唱える。

次 堂達、仏前に向かい読を披(ひら)き、少揖(しょうゆう②)して退去す。

次 導師説法す。〔香炉を置き、如意(にょい③)を取る。〕

次 六種廻向。〔如意を置き、香炉を取る。〕

次 楽を発す。〔千秋楽(せんしゅうらく④)、盤。〕

 

 呪願師=祈願の法語を唱える役の僧。

 少揖=小さくおじぎする。会釈。

 如意=説法・読経の時、導師が手に持つ仏具。先端が巻き曲がって蕨の形をしている。

 千秋楽=唐楽、新楽黄鐘調と盤渉調の小曲。舞はない。後三条天皇の大嘗会に監物頼吉が作ったという。千歳楽、せんじゅらく。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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2015年12月 8日 (火)

コスモス寺花だより 12・8

今日は仏教の開祖、釈迦牟尼仏陀が悟りを開かれた「成道」(じょうどう)の日です。各地で二千五百年前の釈尊を偲び「成道会」が勤修されます。

そして日本の不幸の始まり、太平洋戦争開戦となった「マレー半島攻撃」「ハワイ真珠湾奇襲」の日です。昭和16年(1941)、本日未明の宣戦布告なき開戦でした。

この国が不幸とならないよう、次の開戦が無いことを祈ります。

○水仙:≪咲きはじめ≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「しぐるるは 覚期(悟)の前か ひとり坊」一茶

・訳:時雨の頃に旅しているのは覚悟する前か、ひとりの坊主。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》621

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 梵音(ぼんのん①)。〔頭(とう②)は香炉を持ち、余は華籠(けこ)を持つ。〕

次 金を打つ。〔梵音畢り、即打つ。舞台を降りるを待たず。〕

次 舞を供す。〔延喜楽(えんぎらく③)乎。〕

次 錫杖(しゃくじょう④)。〔頭は錫杖を持ち、自余は花筥(けこ)を持つ。〕

次 楽を発す。〔恒破乎。〕

次 金を打つ。〔楽畢り、即打つ。〕

 

 梵音=声明、清浄な音声で四箇の法要で仏法僧の徳をたたえる意の歌唱。散華の次に唱える。

 頭=声明の曲のあたま、かしら。曲の最初の句を発声する役の僧を指す。

 延喜楽=右方の舞で、文の舞の代表曲の一つ。四人舞。前奏曲として「意調子」が奏され、次に高麗壱越(こまいちこつ)調の当曲(舞楽の中心となる曲)が奏され、鳥甲(とりかぶと)、襲(かさね)装束の舞人が登台して舞を舞う。法会においては、梵音衆の昇楽(のぼりがく)として用いられる。

 錫杖=四箇法要の一つ。偈を唱え一節の終りごとに錫杖を振ることからいう。三条錫杖と九条錫杖がある。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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2015年12月 7日 (月)

コスモス寺花だより 12・7

○水仙:≪咲きはじめ≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「捨てられし 姥(うば)の日じや やら村時雨」一茶

・訳:今日が捨てられた姥の日だというのだろうか。冷たくひとしきり降る時雨。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》620

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 左右の一者(いちのもの)、更に舞台に登る。鼓舞、舞い終わり楽屋に入る。

次 唄師、本座に複(復)す。

次 金を打つ。〔鼓舞畢り、舞台を降り訖って、即打つ。〕

次 楽を発す。〔慶雲楽(きょううんらく①)乎。〕

次 讃。〔頭は鈸(はつ②)を持つ。自余は華籠(けこ)を持つ。最末は鐃(どう③)を持つ也。〕

次 金を打つ。〔讃畢りて、鈸を突き畢り、即打つ。〕

次 楽を供す。〔萬歳楽(まんざいらく④)乎。〕

 

 慶雲楽=唐楽、平調の曲。中曲、新楽、舞無し。慶雲年間(七〇四-七〇七)に伝えられたので、この曲名がある。

 鈸=銅鈸。銅製皿型の楽器。真中にひもをつけてあり、両手で合わせて鳴らす。

 鐃=どら(銅鑼)。

 萬歳楽=唐楽、平調の曲。六人または四人舞。めでたい文の舞として、武の舞の「太平楽」とともに即位礼、その他の賀宴に用いる。まざいらく。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

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2015年12月 6日 (日)

コスモス寺花だより 12・6

○水仙:≪咲きはじめ≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「桃青霊神(とうせいれいじん) 託宣(たくせん)に曰(いは)く はつ時雨」一茶

・訳:桃青霊神のお告げであらせられるぞ「はつ時雨」。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》619

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆右方は南の廻廊の中を通り、阿弥陀堂の後ろを廻り、西北の角に輪を作る。左方の末坐に付き、池北の楽屋の後ろを経て、橋の北頬を渡り、孤嶋の塔、北東南西を廻る。折り返し、橋の南頬を渡り、楽屋の後ろ、池の南を経て、阿弥陀堂の南廻廊の中を通り、舞台の西階の際に至り、左右同時に舞台へ昇る。

東階より降り、台の左右を経て、左方は折り返し池の北を経て、北廻廊に入り著座す。右方は折り返し池の南を経て、南廻廊に入り著座す。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

 

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2015年12月 5日 (土)

コスモス寺花だより 12・5

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「椋鳥の 釣瓶(つるべ)おとしや はつ時雨」一茶

・訳:灰褐色のムクドリが釣瓶落としのように飛び去って行く。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》618

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆行道は一匝(いっそう①)、先ず左方は池の北を経て、楽屋の後ろに輪を作る。楽屋の北を廻って舞台東階の際に至り、左右同時に舞台の東階を昇る。

西階より降り、左方は北廻廊の中を通り、池の北、楽屋の後ろを経て、橋の北頬を渡り、孤嶋の塔の北東南西を廻る。

折り返り、橋の南頬(みなみほほ②)を渡る。楽屋の後ろ池の南を経て、阿弥陀堂の南廻廊の中を通り、舞台の西階の際に至る。

 一匝=一めぐり。

 南頬=ホオとも。橋の南側の渡り部分。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

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2015年12月 4日 (金)

コスモス寺花だより 12・4

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「むら時雨 山から小僧 ないて来ぬ」一茶

・訳:ひとしきり激しく降って通り過ぎる時雨、山から小僧が泣いて来たのだ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》617

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 楽人、楽屋の前に出で、調子を吹く。調子畢って、散華師発音(ほっとん①)す。楽人、楽を発す。〔鳥向楽(ちょうこうらく②)。〕舞人楽人、左右に相分れる。衆僧の中央を経て、舞台の西階を降る。

 

 発音=散華声明で頭人(とうにん)が最初の句の頭(とう)を出すこと。

 鳥向楽=雅楽、唐楽盤渉調の曲。現在の雅楽曲の中には含まれていない。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

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2015年12月 3日 (木)

コスモス寺花だより 12・3

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「はつ時雨 俳諧流布の 世也けり」一茶

・訳:はつしぐれ俳諧が流布する世であるなあ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》616

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 大行道。〔預二人は舞台の昇階の左右に居り、衆僧之を登らんとする時、次第に花籠(けこ①)を賦(ふ②)す。〕

 先ず散花師(さんげし③)二人、左右の幄屋より出で、おのおの池の南〔右〕北〔左〕を経て、東階より舞台の上に登り、西の端に並立す。

次に、左右の引頭、衆僧を率いて相従う。

 

 華籠=法会のとき、散華の仏具として用いる、花を容れる器。竹製、金属製で飾りの紐をつける。はなざら、はなかご、けろうと言う。

 賦=配る。与える。

 散華師=法会で散華をつかさどり、声明の頭を出す役割の僧。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2015年12月 2日 (水)

コスモス寺花だより 12・2

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「念入て しぐれよ藪も 翁塚」一茶

・訳:特に念を入れて時雨なさいよ。その藪も翁の塚。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

 

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

(本日、大阪で講演を依頼され、準備の都合でこの欄お休みいたします)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

 

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2015年12月 1日 (火)

コスモス寺花だより 12・1

○水仙:≪ちらほら咲き≫ 

「真中(まんなか)の小さき黄色のさかづきに

         甘き香もれる水仙の花」木下利玄

見ごろは12月~2月、2万本。

おもに観音石仏の尊前に咲きます。

〔俳句〕

「死にべたと 山や思はん 夕時雨」一茶

・訳:上手に死なないと山は思うだろうね。夕方の時雨。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂から浄瑠璃寺へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えん日は 道の真埴に足過ちそ)

・まはに=真埴。赤土。

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

 

*興正菩薩(こうしょうぼさつ)の御教誡

「修行用意の事(前出文のつづき)

西方をねがい候とも、ただ弥陀の悲願をふかく念じて、浄土の依正(えしょう)を心にかけて、今生よりちりばかりも妄念(もうねん)をやむべきと覚えそうろう。

十六想観(じゅうろくそうかん)品々に候へども、ただ妄念をやめて心性(しんしょう)を静めんとしたる方便と覚えそうろう。怨みを怨みと思い、親しきを親しきと別くるが妄念の根本にて候なり。よくよく心得てあるべきと覚えそうろう。」

・弥陀の悲願=阿弥陀仏が衆生をすくい取って見捨てないこと。摂取不捨。

・依正=依報(えほう)と正報(しょうほう)。まさしく過去の業(ごう)の報いとして受けた心身そのものを正報といい、その心身のより所となる一切の環境を依報という。

・妄念=迷いの心。迷妄の執心。

十六想観=阿弥陀仏の身や姿を想いうかべることによって、浄土に生まれることができるとし、これに十六種の観法が説かれる。

・心性=こころ。精神。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》615

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『宇治孤嶋石塔供養式』(うじことうせきとうくようしき)

康応元年(一三八九)三月廿五日に、放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁と十三重石塔修復完遂を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

◆次 金を打つ。〔伝(奠)供(てんぐ①)畢り、即打つ。〕

次 楽を発す。〔宗明楽(そうめいらく②)、盤(ばん③)。〕

次 唄師(ばいし④)、左右より舞台に登り、坐具(ざぐ⑤)を敷き三礼〔中礼〕し、著座す。

次 金を打つ。〔唄師、座位に著せば、即打つ。〕

 

 伝供=奠供とも。法会の最初に導師の洒水を見て発音(ほっとん)四智梵語、大日讃、本尊の讃を唱えながら本尊聖衆に供物を捧げるのでこの名がある。三讃を唱えるのが本義であるが、略の時は四智梵語一讃とする。

 宗明楽=唐楽、盤渉調、中曲、新楽、舞なし。

 盤=盤渉調。

 唄師=大法会で、四箇の法要の一つである梵唄の任に当り、如来唄などを歌詠する役の僧。

 坐具=僧の所持すべき六物の一つ。坐臥する時に敷く、長方形の麻布製の敷物。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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