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2016年6月

2016年6月26日 (日)

コスモス寺花だより 6・26

 

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」の〈満開〉からセンセーション、シーシェル、サイケなどの大きな花を咲かせる種類の〈見ごろ〉へと移ってきました。背丈は130150センチ。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪見ごろ≫睡蓮の原生種。

〇秋海棠:≪つぼみ≫

 

〔俳句〕

「痩蛍(やせほたる) ふはりふはりと ながらふも」一茶

訳:痩せた蛍がふわりふわりと風に流されて行っても、なんにもならないのに。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈帝室博物館にて〉

「こんでいの ほとけうすれし こんりょうの

       だいまんだらに あぶのはねうつ」

(金泥の仏薄れし紺綾の 大曼荼羅に虻の羽打つ。)

・金泥=きんでい。金粉を膠で溶かし絵画や写経に用いる。

・紺綾=紺地のあやぎぬ。

〈西大寺の四王堂にて〉

「まがつみは いまのうつつに ありこせど

       ふみしほとけの ゆくへしらずも」

(禍罪は今の現に在り越せど 踏みし仏の行方知らずも。)

・禍罪=わざわい。邪鬼のこと。

・今の現=現在、実際に存在していること。

・有越す=経過してきたこと。

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》767

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

【于時。四條天皇御宇嘉禎二年丙申九月四日。四人律匠。依大乗三聚通受之法。自誓受戒。上人即其一也。厥時如法律師(行ヵ)不異仏世更興。如説戒儀。不耻聖代重起。四人法匠。各有所栖。】

 

〔時に、四条天皇(①)御宇、嘉禎二年(かていにねん②)丙申九月四日、四人の律匠(よにんのりっしょう③)、大乗三聚通受(だいじょうさんじゅうつうじゅ④)の法に依り、自誓受戒(じせいじゅかい⑤)す。上人即ち其の一(ひとり)也。厥(そ)の時、如法の律行は仏世(ぶっせ⑥)に異ならずして更に興る。如説の戒儀は、聖代(しょうだい⑦)に耻(は)じずして重ねて起こる。四人の法匠、各おの栖(す)む所有り。

 

 四條天皇=在位、貞永元~仁治三年(一二三二-四二)。

 嘉禎二年=西暦一二三六年。

 四人律匠=円晴、有厳、覚盛、叡尊。

 大乗三聚通受=大乗仏教の修行者である菩薩のたもつべき戒。摂律儀戒、摂善法戒、摂衆生戒の三種類の戒(三聚浄戒)を通じて(同時に)受けること。

 自誓受戒=十師(三師七証)による従他受に対して自らが誓いを立て仏菩薩から戒を受ける受戒方法。

 仏世=仏在世。

 聖代=聖なる帝の時代、すなわち鑑真和尚が来朝して如法授戒を伝えた孝謙天皇の時代。

(つづく)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然(ぎょうねん)大徳が興正菩薩御入滅の年、正応三年(1290)九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記したものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめてあり、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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2016年6月24日 (金)

コスモス寺花だより 6・24

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫センセーション、シーシェル、サイケなどの大きな花を咲かせる種類。背丈は150センチ近いのもあります。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪見ごろ≫睡蓮の原生種。

〇秋海棠:≪つぼみ≫

 

〔俳句〕

「わんぱくや 縛られながら よぶ蛍」一茶

訳:わんぱくものだなあ。悪さをして縛られていながらも蛍を呼んでいる。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈帝室博物館にて〉

「こんでいの ほとけうすれし こんりょうの

       だいまんだらに あぶのはねうつ」

(金泥の仏薄れし紺綾の 大曼荼羅に虻の羽打つ。)

・金泥=きんでい。金粉を膠で溶かし絵画や写経に用いる。

・紺綾=紺地のあやぎぬ。

〈西大寺の四王堂にて〉

「まがつみは いまのうつつに ありこせど

       ふみしほとけの ゆくへしらずも」

(禍罪は今の現に在り越せど 踏みし仏の行方知らずも。)

・禍罪=わざわい。邪鬼のこと。

・今の現=現在、実際に存在していること。

・有越す=経過してきたこと。。

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》766

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

【自爾已来三百余年。律水枯竭。無受隨之潤。戒燈滅已。増業惑之暗。罪障不簡軽重。苦果定無所疑。闡提悲願。由此而発。興法誓約。所以而立。至鳥羽天皇御宇保安三年壬寅。実範大徳新造戒壇法式。泊順徳天皇御宇建暦元年辛未。解脱上人更敷律蔵講席。学解漸昌。而持行未全。談吐頻興。而専精難得。】

 

〔爾る自り已来、三百余年。律水(りっすい①)枯竭(こけつ②)して受隨(じゅずい③)の潤い無し。戒燈(かいとう④)滅し已む。業惑(ごうわく⑤)の暗を増し、罪障は軽重を簡ばず。苦果は定めて疑う所無し。闡提の悲願(せんだいのひがん⑥)、此れに由りて発す。興法の誓約、所以にして立つ。鳥羽天皇の御宇、保安三年壬寅(⑦)に至り、実範大徳(じっぱんだいとく⑧)新たに戒壇法式(かいだんほっしき⑨)を造る。順徳天皇御宇、建暦元年辛未(⑩)に泊まりて、解脱上人(げだつしょうにん⑪)更に律蔵の講席(こうせき)を敷く。学解(がくげ⑫)漸く昌んなり、しかるに持行(じぎょう⑬)は未だ全きからず。談吐(だんと⑭)頻りに興る、しかるに専精(せんせい⑮)は得難し。

 

 律水=律宗の命脈。

 枯竭=枯れてなくなる。

 受隨=戒を受けることと戒行を修すること。

 戒燈=戒のともし火。

 業惑=悪業と煩悩。

 闡提の悲願=大悲心を以って一切衆生を救おうとする菩薩は己の成仏は期さない。

 保安三年=西暦一一二二年。

 実範大徳=参議藤原顕実の第四子。興福寺へ入寺し、法相宗、真言宗、天台宗、律宗のほか、晩年は浄土教をも兼学した。中川寺成身院を開基す。

 戒壇法式=『東大寺戒壇院受戒式』

 建暦元年=西暦一二一一年。

 解脱上人=藤原通憲(信西)の孫。興福寺へ入寺し法相宗を学び戒律の復興をめざした。晩年は笠置寺、海住山寺に住した。解脱房貞慶。

 学解=学問上の深い知識や見識。

 持行=持戒と実行。

 談吐=談論における言葉。

 専精=一つのことに精神を集中し深めること。

(つづく)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然(ぎょうねん)大徳が興正菩薩御入滅の年、正応三年(1290)九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記したものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめてあり、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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2016年6月22日 (水)

コスモス寺花だより 6・22

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」の〈満開〉からセンセーション、シーシェル、サイケなどの大きな花を咲かせる種類の〈見ごろ〉へと移ってきました。背丈は150センチ近いのもあります。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇秋海棠:≪つぼみ≫

 

〔俳句〕

「行け蛍 とくとく人の よぶうちに」一茶

訳:行け蛍、早く早く、人がよんでいるうちに。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈帝室博物館にて〉

「こんでいの ほとけうすれし こんりょうの

       だいまんだらに あぶのはねうつ」

(金泥の仏薄れし紺綾の 大曼荼羅に虻の羽打つ。)

・金泥=きんでい。金粉を膠で溶かし絵画や写経に用いる。

・紺綾=紺地のあやぎぬ。

〈西大寺の四王堂にて〉

「まがつみは いまのうつつに ありこせど

       ふみしほとけの ゆくへしらずも」

(禍罪は今の現に在り越せど 踏みし仏の行方知らずも。)

・禍罪=わざわい。邪鬼のこと。

・今の現=現在、実際に存在していること。

・有越す=経過してきたこと。。

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》765

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

【開受隨両相(之)畝。歎戒行之墜堕。分止作二持之衢。昔 人王第四十六代孝謙天皇御宇天平勝宝七年乙未。大唐揚州鑑真和尚。遠渡滄波。創伝戒律。其後法進。如宝。継踵秉御。道淨常詮。受(苟)弘持。八宗澤異。同沐戒水。二蔵路区。倶耀律燈律燈。然世漸澆漓。人稍淡薄。三学未必遍歴。二持厥跡如無。

 

〔受隨両相の(じゅずいりょうそうのうね①)を開く。戒行の墜堕(かいぎょうのついだ②)を歎(なげ)き、止作二持の衢(しさにじのく③)を分つ。昔、人王第四十六代孝謙天皇御宇天平勝宝七年乙未(④)、大唐揚州鑑真和尚(⑤)、遠く滄波(そうは⑥)を渡り、創めて戒律を伝う。其の後、法進(ほうしん⑦)、如宝(にょほう⑧)、踵(きびす)を継いで秉御(へいぎょ⑨)す。道淨、常詮、受芍(苟ヵ)弘持す。八宗の澤異なるとも、同じく戒水に沐す。二蔵(にぞう⑩)は路(みち)区(くぎ)るとも、倶に律燈(りっとう)を耀かす。然れば世は漸く澆漓(ぎょうり⑪)にして、人は稍(しだいに)淡薄(たんぱく)なり。三学(さんがく⑫)は未だ必ずしも遍歴せず。二持(にじ⑬)は厥(そ)の跡、無きが如し。〕

 

 受隨両相の畝=比丘が初めて戒体を受けて吾身に具えるを受といい、後にその戒体に随って如法に戒行を修するを隨という。受と隨の両方のかたちを畑の畝にたとえる。

 戒行の墜堕=戒の実行が墜落して行われなくなっていること。

 止作二持の衢=止持(悪をなさないこと)と作持(善をなすこと)の分かれ道。

 天平勝宝七年乙未=西暦七五五年。

 鑑真和尚=日本律宗の祖。揚州大明寺の僧。戒師召請に入唐していた栄叡(ようえい)、普照の請いに応じて六度の候回を経て来日する。唐招提寺を建て戒律の根本道場とする。

 滄波=あおい波。大海原。

 法進=唐の僧、鑑真に随って来日。鑑真の東大寺戒壇院創建をたすけ、戒壇院、唐禅院をついだ。七〇九-七七八.

 如宝=唐の僧、胡の人。鑑真に随って来日し、東大寺戒壇院で受戒。鑑真の跡を継いで唐招提寺長老となる。

 秉御=しっかりと手にとり、たくみに操ること。

 二蔵=経蔵、論蔵。

 澆漓=世が末となって道徳が衰え、人情が薄くなること。

 三学=戒(戒律)学、定(禅定)学、慧(智慧)学

 二持=止持戒と作持戒。

(つづく)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然(ぎょうねん)大徳が興正菩薩御入滅の年、正応三年(1290)九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記したものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめてあり、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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2016年6月20日 (月)

コスモス寺花だより 6・20

 

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」の〈満開〉からセンセーション、シーシェル、サイケなどの大きな花を咲かせる種類の〈見ごろ〉へと移ってきました。背丈は150センチ近いのもあります。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇秋海棠:≪つぼみ≫

 

〔俳句〕

「おおさうじ(ぢ)や 逃げるがかちぞ やよ蛍」一茶

訳:おおそうだ、逃げるが勝ちだ、なあ蛍よ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》764

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

【海湛智潮。騰無竭之教波。泉沸慧水。流靡窮之辨(辯)河。顕密二宗。捜賾無遺。金胎両部。奮底有験。上人自謂。菩提薩埵之妙行。興法利生為本。自行化他之悪業。止悪修善為先。故悲律教之廃替。】

 

〔海は智潮(ちちょう①)を湛(たた)え、無竭の教波(むけつのきょうは②)を騰(あ)ぐ。和泉(いずみ)は慧水(けいすい③)を沸(わか)し、靡窮の辨(辯ヵ)河(びきゅうのべんが④)を流す。顕密の二宗は、捜賾(そうさく⑤)を遺すこと無し。金胎の両部は、奮底(ふんてい⑥)の験(しるし)あり。上人みずから謂う、菩提薩埵の妙行は興法利生(こうぼうりしょう⑦)を本となし、自行化他(じぎょうけた⑧)の悪業(浄業ヵ)といえども止悪修善(しあくしゅぜん⑨)を先となす。ゆえに律教(りっきょう⑩)の廃替(はいたい⑪)を悲しむ。〕

 

 智潮=潮の如き智慧。

 無竭之教波=尽きることない波のような仏のおしえ。

 慧水=智慧の水。

 靡窮之辯河=弁説で道理を明らかにすることが川のようで窮まることがないこと。

 捜賾=奥深い道理をさがし求めること。

 奮底=奥底をふるい、明らかにすること。

 興法利生=釈尊の正しい教えを興し、衆生を利益すること。

 自行化他=上求菩提、下化衆生。自らを高め、他者を教化する菩薩行。

 止悪修善=悪行を止め、善行を修すること。

 律教=釈尊が誡められた戒律の教え。律宗。

 廃替=すたれおとろえること。

(つづく)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

18日の「中川寺成身院を学ぶ会」の講演会は晴天にも恵まれ、多数のご参加を得て成功裏に終えることができました。講師の冨島義幸先生の中身の濃いお話と、お聞きいただく皆様の熱意が伝わるとても良い講演会でした。主催した者として深く感謝申し上げます。

 

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2016年6月19日 (日)

コスモス寺花だより 6・19

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」の〈満開〉からセンセーション、シーシェル、サイケなどの大きな花を咲かせる種類の〈見ごろ〉へと移ってきました。背丈は150センチ近いのもあります。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇夾竹桃:≪満開≫

 

〔俳句〕

「手枕や ぼんの凹より とぶ蛍」一茶

訳:手枕している気楽さよ。ぼんのくぼから、飛び立つ蛍。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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2016年6月18日 (土)

コスモス寺花だより 6・18

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

 

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」の〈満開〉からセンセーション、シーシェル、サイケなどの大きな花を咲かせる種類の〈見ごろ〉へと移ってきました。背丈は150センチ近いのもあります。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇夾竹桃:≪満開≫

 

〔俳句〕

「さくさくと 飯(めし)くふ上を とぶ蛍」一茶

訳:さくさくと飯を食っている上を飛んでいる蛍。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》763

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

【四曼両界(之)薗。開始覚修生之華。三部五智之林。結本有平等之菓。十住心之高梢。栄塵数眷属之枝葉。四重釈之沈室。輝無尽(量)交映之珠玉。遮情山峯。払三妄之惑塵。表徳洞内。顕四身之智財。】

 

〔四曼両界(しまんりょうがい①)の薗に、始覚修生(しかくしゅしょう②)の華を開く。三部五智(さんぶごち③)の林に、本有平等(ほんうびょうどう④)の果を結ぶ。十住心(じゅうじゅうしん⑤)の高梢に、塵数眷属(じんすうけんぞく⑥)の枝葉を栄う。四重釈(しじゅうしゃく⑦)の深室に、無尽(量ヵ)交映(むりょうこうえい⑧)の珠玉を輝かし、情山の峯(じょうざんのみね⑨)を遮りて三妄の惑塵(さんもうのわくじん⑩)を払う。徳を洞内(とくをとうない⑪)に表し、四身の智財(ししんのちざい⑫)を顕わす。〕

 

 四曼両界=曼荼羅のこと。曼荼羅は輪円具足の意で、一切の相を色相、形象、名称、動作の四つによって示したことから「四曼」という。両界は金剛、胎蔵の両界曼荼羅。

 始覚修生=始覚は発心修行し、次第に迷いを捨て悟りをひらくこと(本覚に対する語)。修生は修行によって得ること(自然法爾に対する語)。

 三部五智=三部は胎蔵曼荼羅における蓮華部、金剛部、仏部の総称。仏の大定、大智、大悲の三徳を表す。五智は大日如来が備え持つ五種の智慧の総称。法界体性智、大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智。

 本有平等=本有(ほんぬ)は本来固有の性徳。本来的に平等であること。

 十住心=心の十種の在り方を段階づけたもの。凡夫の心から始まり密教の心を最高のものとする。

 塵数眷属=ちり、ほこりの数ほど多くの仏の教えを受ける者。

 四重釈=四重秘釈。顕教の六合釈に対する密教の解釈法。第一重浅略釈、第二重深秘釈、第三重秘中深秘釈、第四重秘秘中深秘釈。

 無量交映=無量の光が照り輝く。

 情山の峯=山のような大きな欲望、感情。

 三妄の惑塵=三つの妄執から生じる大きな煩悩、修行のさまたげ。

 徳を洞内=すぐれた才能や立派な人格を心の洞のうちに表す。

 四身の智財=四種法身の智慧のたから。金剛頂経等に説く、自性身、受用身、変化身、等流身。

(つづく)

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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2016年6月17日 (金)

コスモス寺花だより 6・17

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

 

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」という種類が〈満開〉を迎えています。背丈は130150センチほどで、大きさは普通サイズですが、花は数多く群集して咲き見栄えがします。他の種類も〈見ごろ〉。シーシェル、サイケ、センセーション、ビッキーなど。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇夾竹桃:≪満開≫

 

〔俳句〕

「行け蛍 手のなる方へ なる方へ」一茶

訳:飛んで行け蛍よ。手の鳴る方へ。手の鳴る方へ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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2016年6月15日 (水)

コスモス寺花だより 6・15

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」という種類が〈満開〉を迎えています。背丈は130150センチほどで、大きさは普通サイズですが、花は数多く群集して咲き見栄えがします。他の種類も〈見ごろ〉。シーシェル、サイケ、センセーション、ビッキーなど。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇夾竹桃:≪満開≫

 

〔俳句〕

「念仏の 口からよばる 蛍哉」一茶

訳:念仏を唱えている、その同じ口から呼ばれた蛍よ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》762

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

【然間六大法性之体。仰帰路而深解。三密瑜伽之業。開入門而大獲。即身大悟者。上人之内行也窮契合於法界之宮。当体頓証者。和上之眞杲也罄冥合(会)於仏智之都】

 

〔然る間、六大法性(ろくだいほっしょう①.)の体は、仰いで路に帰し深く解す。三密瑜伽(さんみつゆが②)の業は、開いて門に入り大いに獲(ぎゃく)す。即身に大悟するは上人の内行(ないこう③)なり。窮めて法界の宮(ほっかいのみや④)に契合(けいごう⑤)す。当体頓証(とうたいとんしょう⑥)は和上の真杲(しんこう⑦)なり。罄(みな)仏智(ぶっち⑧)の都に冥合(みょうごう⑨)す。

 

 六大法性=六大は宇宙の万象を形づくるとされる六種の根本要素。地・水・火・風・空・識をいう。法性は一切の存在、現象の真の本性、万有の本体。不改不変の真理。

 三密瑜伽=行者の三密が如来の三密と相応融和すること。また真言の行法をいう。

 内行=習熟するもの。専門家。

 法界の宮=全宇宙を法の現れと見る。真如そのもの。

 契合=ぴったりと合うこと。統一融合すること。

 当体頓証=あるがまま、そのままの本性がたちどころに悟りに達すること。

 真杲=真に明らかなさま。高いさま。

 仏智=仏の智慧。その真智正で円満な智慧。無上正智。

 冥合=冥々のうちに合一すること。知らず知らずに一つになること。

(つづく)

 

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

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2016年6月14日 (火)

コスモス寺花だより 6・14

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」という種類が〈満開〉を迎えています。背丈は130150センチほどで、大きさは普通サイズですが、花は数多く群集して咲き見栄えがします。他の種類も〈見ごろ〉。シーシェル、サイケ、センセーション、ビッキーなど。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇夾竹桃:≪満開≫

 

〔俳句〕

「手枕や 小言(こごと)いふても 来る蛍」一茶

訳:手枕してまんじりともしないでいるよ。小言を言ってもせめて来る蛍。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。 

 

●右偏為慕徳結縁只志之所之不顧 

人嘲烈(列ヵ)二百五十句擬二百五十戒只

纔読口不行身可斬(慙)可慙可悲可悲〔云々〕

 

〔右は偏に慕徳(①)の結縁のためにして、ただ志の之くところ。人の嘲りを顧みず、二百五十句を列して二百五十戒(②)に擬(なぞら)える。ただ恨むらくは、纔(わずか)に口に読んで身に行わざること。慙(は)ずべし、慙ずべし。悲しむべし悲しむべし。云々。〕

 

 慕徳=忍性師の遺徳を慕うこと。

 二百五十戒=正式の僧である比丘が受け保つべき四分律の比丘戒の数。

(終わり)                                        

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934Img_6731

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2016年6月12日 (日)

コスモス寺花だより 6・12

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」という種類が〈満開〉を迎えています。背丈は130150センチほどで、花数多く群集して咲いています。他の種類も〈見ごろ〉。シーシェル、サイケ、センセーション、ビッキーなど。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇夾竹桃:≪満開≫

 

〔俳句〕

「そよそよと 世直し風や とぶ蛍」一茶

訳:そよそよと世直しの風が吹いてくるよ。それにのって飛ぶ蛍。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。 

 

●逐使壽算八十七 通受夏﨟六十一 七月十二子入滅

 延慶第三冬十月 小比丘澄名謹誌

〔逐(お)って使(あげ)ると、壽算(じゅさん①)は八十七、通受夏﨟(つうじゅげろう②)は六十一。七月十二子(ね③)に入滅せらる。延慶第三(えんきょうだいさん④)の冬十月、小比丘澄名(ちょうめい⑤)謹んで誌す。〕

 

 壽算=寿命。生年の年齢。

 通受夏﨟=通受受戒に依り比丘となり、毎年の夏安居を経験した年齢。夏安居一回を経て一夏、夏﨟一歳と数える。

 子=七月十二日子の刻に入滅された。

 延慶第三=延慶三年(一三一〇)。忍性菩薩御入滅後満七年に当たる。

 澄名=詳細は不明であるが、恐らく忍性菩薩の直弟子であろう。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

 

 

 

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2016年6月11日 (土)

コスモス寺花だより 6・11

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」という種類が〈満開〉を迎えています。背丈は130150センチほどで、大きさは普通サイズですが、花は数多く群集して咲き見栄えがします。他の種類も〈見ごろ〉。シーシェル、サイケ、センセーション、ビッキーなど。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇夾竹桃:≪満開≫

 

〔俳句〕

「門の蛍 たづぬる人も あらぬ也」一茶

訳:家の門には蛍が飛び交うが、訪ねて来る人はいないのだ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》761

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

【幼年落髪之後。隨師早入法林。壮齢染衣以来。尋友久遊教海。遂開秘蔵備見霊宝。】

〔幼年に落髪(らくはつ①)の後、師に隨いて早く法林(ほうりん②)に入る。壮齢に染衣(ぜんね③)以来、友を尋ね久しく教海(きょうかい④)に遊ぶ。遂に秘蔵(ひぞう⑤)を開き、備(ことごと)く霊宝(れいほう⑥)を見る。〕

 

 落髪=剃髪。出家得度して仏門に入ること。十七歳のとき、上醍醐金剛王院で円明房恵操の下で剃髪出家した。

 法林=仏の教え、仏法の林。

 染衣=僧衣、法衣を着ること。ここでは密教の修行を始めること。

 教海=真言密教の教えを海にたとえる。

 秘蔵=秘めたる宝蔵。

 霊宝=霊妙な宝物。

(つづく)

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。 

 

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

 

 

 

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2016年6月10日 (金)

コスモス寺花だより 6・10

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」という種類が〈満開〉を迎えています。背丈は130150センチほどで、大きさは普通サイズですが、花は数多く群集して咲き見栄えがします。他の種類も〈見ごろ〉。シーシェル、サイケ、センセーション、ビッキーなど。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇夾竹桃:≪満開≫

〔俳句〕

「馬の屁に 目覚て見れば 飛ぶほたる」一茶

訳:馬の屁に驚いて目覚め、うつろな目で見ると蛍が飛んでいる。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

【西大寺住持伝法沙門叡尊上人者。中興戒法之宏匠。弘通密教之雄首也。神機冲邈。識量明敏。志操雅正。行業高卓。聞一達十得少通多。】

 

〔西大寺の住持(じゅうじ①)、伝法沙門(でんぼうしゃもん②)叡尊上人(えいそんしょうにん③)は、中興戒法の宏匠(ちゅうこうかいほうのこうしょう④)、弘通密教の雄首(ぐつうみっきょうのゆうしゅ⑤)なり。神機冲邈(しんきちゅうばく⑥)、識量明敏(しきりょうめいびん⑦)、志操雅正(しそうがせい⑧)、行業高卓(ぎょうごうこうたく⑨)なり。一を聞いて十に達し、少を得て多に通ず。〕

 

 住持=寺を統括する役をつとめる僧のこと。住持職(じゅうじしき)、住職。

 伝法沙門=法門(法灯)を相伝する僧。沙門は勤息(ごんそく)と訳され、善をすすめ悪をやめる意。

 叡尊上人=上人の敬称は房名(仮名)につけられることが多いが、叡尊師は法名(実名)にもつけられる。

 中興戒法の宏匠=嘉禎二年の東大寺における自誓受戒に始まり、家原寺での別受受戒などの戒律復興の大導師であることをいう。

 弘通密教の雄首=菩薩流(西大寺流)の真言密教を広めた雄々しくすぐれたる頭首であることをいう。

 神機冲邈=不思議霊妙なはたらきは深遠で広大であること。

 識量明敏=学識と心の広さがあり、賢くてさとりの早いこと。

 志操雅正=志はかたく気高く正しいこと。

 行業高卓=仏道修行のおこないは崇高ですぐれていること。

(つづく)

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。 

 

●遺誡慇懃着大衣 口誦秘明手結印 端座不動対釈尊 

〔遺誡(ゆいかい①)して慇懃(いんぎん②)に大衣(だいえ③)を着し、口に秘明(ひみょう④)を誦し手に印(いん⑤)を結ぶ。端座不動(たんざふどう⑥)にして、釈尊(しゃくそん⑦)に対す。〕

 

 遺誡=訓戒を後人にのこすこと。遺訓。

 慇懃=心をこめて丁寧に。

 大衣=三衣(さんね)の一つで僧伽梨衣(そうぎゃりえ)。九条から二十五条までの最も大きな袈裟(けさ)。

 秘明=明は真言、陀羅尼をいう。愚闇を除くという意味。秘密の真言が何かは不明。

 印=印契(いんげい)。印は標識の意。仏菩薩の悟りや誓願の内容を示す。

 端座不動=正座。結跏趺坐(けっかふざ)して揺るがないこと。

 釈尊=釈迦牟尼世尊。極楽寺の御本尊は清凉寺式釈迦如来像であるが、ここに云う釈迦像は長老房の室に掛けられた画像であろう。

 

 

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

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2016年6月 9日 (木)

コスモス寺花だより 6・9

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪満開≫「美色コスモス」という種類が〈満開〉を迎えています。背丈は130150センチほどで、大きさは普通サイズですが、花は数多く群集して咲き見栄えがします。他の種類も〈見ごろ〉。シーシェル、サイケ、センセーション、ビッキーなど。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〇夾竹桃:≪満開≫

〔俳句〕

「蟾(ひき)どのの 妻や待らん 子鳴らん」一茶

訳:蟾蜍(ひきがえる)どのの妻が待っているだろう。子どもが鳴いているだろう。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

原文:【西大寺思円上人行業記】

読み下し文:〔西大寺の思円上人(しえんしょうにん①)の行業記(ぎょうごうき②)

 

 思円上人=叡尊は法名(ほうみょう、実名^じつみょう)。房名(ぼうめい、字^あざな・仮名^けみょう)を思円房という。上人は智徳を備え、仏道の修行に励み、深大な慈悲心をそなえている高僧。遁世僧である高僧への敬称。

 行業記=仏道修行の業績の記録。

(つづく)

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。 

 

●嘉元元六二十三 子時一寝病不癒 貴賎問訊終不断 

〔嘉元元年(①)六(月)二十三(日)、子の時(ねのとき②)一たび病に寝(いね)て癒(い)えず。貴賎(きせん③)の問訊(もんじん④)、ついに絶えず。〕

 

 嘉元元年=西暦一三〇三年。

 子の時=現在の午前零時頃、その前後二時間。

 貴賎=身分の高きも低きも。

問訊=訪問すること。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化


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2016年6月 7日 (火)

コスモス寺花だより 6・7

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪見ごろ≫「美色コスモス」という種類は〈満開〉を迎えています。背丈は130センチほどですが、花数は多く、群集していると見栄えがします。他の種類も〈見ごろ〉。シーシェル、サイケ、センセーションなど。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〔俳句〕

「蟾(ひき)どのの 妻や待らん 子鳴らん」一茶

訳:蟾蜍(ひきがえる)どのの妻が待っているだろう。子どもが鳴いているだろう。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然大徳が菩薩御入滅の年、正応三年九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記されたものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめられ、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。 

 

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

 

 

 

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2016年6月 6日 (月)

コスモス寺花だより 6・6

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪見ごろ≫「美色コスモス」という種類は〈満開〉を迎えています。背丈は130センチほどですが、花数は多く、群集していると見栄えがします。他の種類も〈見ごろ〉。シーシェル、サイケ、センセーションなど。

花期:5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〔俳句〕

「大蟾(おほひき)は 隠居気どりや うらの藪」一茶

訳:大きな蟾は、隠居を気取っているようだ。裏の藪で。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の下

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『西大寺毎年七日七夜不断光明真言勤行式』

(さいだいじまいねんなぬかななよふだんこうみょうしんごんごんぎょうしき)

 

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。 

 

●三十七年当寺住 下洛以後五十二 自行化他満足已

〔三十七年(①)を当寺に住まう。下洛(げらく②)以後は五十三(③)。自行も化他(じぎょうけた④)も満足し已む。〕

 

 三十七年=文永四年(一二八七)より嘉元元年(一三〇三)まで。

 下洛=都(ここでは南都奈良)から地方へ行くこと。

 五十三=建長四年(一二五二)筑波山の三村山へ入ってから五十三年。

 自行化他=上求菩提下化衆生、興法利生(こうぼうりしょう)と同義。仏道修行により自己を高め、衆生を教化利益すること。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

 

 

 

 

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2016年6月 4日 (土)

コスモス寺花だより 6・4

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪見ごろ≫「美色コスモス」という種類は早くも〈見ごろ〉を迎えています。背丈は130センチほどですが、花数は多く、群集していると見栄えがします。他の種類は〈咲きはじめ〉シーシェル、サイケ、センセーションなど。

見頃は5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〔俳句〕

「ゆうぜんと して山を見る 蛙かな」一茶

訳:悠然として山を見据えている、ひき蛙よ。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。 

 

●亘橋一百八十九 作道七十一ヶ所 三十三所堀井水 

六十三所殺生禁 浴室病屋非人所 各立五所体苦辛

〔橋を亘(わた・渡①)すこと、百八十九。道を作ること、七十一ヶ所。三十三所に井水(せいすい②)を掘る。六十三所に殺生を禁(③)ず。浴室(④)、病屋(⑤)、非人所(ひにんじょ⑥)はおのおの五所に立て、苦辛(くしん⑦)を休める。〕

 

 亘=渡す。橋を架橋すること。

 井水=井戸水。井戸そのもの。

 殺生を禁ず=法令により一定の範囲を定めて、殺生を禁ずる。殺生禁断。

 浴室=風呂の設備を整え、入浴を布施として提供した。当時は蒸し風呂であり、上りには水船の水をかぶっていた。大和郡山市の洞泉寺には奈良北山から城の石垣用に運ばれてきた大きな石船と地蔵石仏が現存する。水をたたえる内面には四方仏の梵字が刻まれ、縁には石の地蔵菩薩を立てる溝状のほぞ穴が掘られ、地蔵に掛けた水が水船に戻って来るように造作され、入浴に宗教的な救済の意味を持たせている。

 病屋=鎌倉の極楽寺での療病院、施薬悲田院、病宿、亀ケ谷療病所、奈良の北山十八間戸や悲田院、四天王寺の悲田院、施薬院などが有名。

 非人所=非人と呼ばれた人々の集住する住居。寝処と食事を与える施設。

 苦辛=辛苦。苦しみ。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

 

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2016年6月 3日 (金)

コスモス寺花だより 6・3

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪見ごろ≫「美色コスモス」という種類は早くも〈見ごろ〉を迎えています。背丈は130センチほどですが、花数は多く、群集していると見栄えがします。他の種類は〈咲きはじめ〉シーシェル、サイケ、センセーションなど。

見頃は5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〔俳句〕

「三日月に 天窓(あたま)うつなよ ほととぎす」一茶

訳: 有頂天になって頭をぶつけるなよ。ほととぎす。

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》758

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の下

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『西大寺毎年七日七夜不断光明真言勤行式』

(さいだいじまいねんなぬかななよふだんこうみょうしんごんごんぎょうしき)

 

◆『文永七年庚午閏九月光明真言後の恒例衆議に云う』

 

一、 当年は延引す。正九閏月において之を行う。然りと雖も後後年においては閏月を以って行うべからず〔云々〕。

 

一、 昼夜を論ぜず、当番衆に於いては、房々の沙汰とし、房中の人数を注取し、勧めを催し参勤あるべし。殊に極時に於いては、まず番衆は後番衆を催すべし。〔云々〕

 

(以上を以って『西大勅諡興正菩薩行実年譜附録巻下』を終了します。

ただし巻上の分に読み下しをしたものの、語注を省いたものがありましたので補充をしていきたいと思います。)

 

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。

 

●馬衣幷惟(帷ヵ)与非人 都合三万三千領 

水田一百八十町 寄進聖跡三十二

〔馬衣(ばい①)ならびに帷(かたびら②)を非人(ひにん③)に与えること、都合(つごう④)三万三千領(りょう⑤)〕

 

 馬衣=うまぎぬ。馬の背を覆う布。

 帷=かたびら。とばり。車、棺の覆い布。

 非人=中世、社会体制の外に脱落・疎外された被差別民衆。ハンセン病などの病気や身体障害、飢饉などの理由によって、路頭を往還して乞食(こつじき)で生計を立てた人々。散在非人、宿の者、坂の者と呼ばれた。

 都合=合わせて。合計。

 領=衣類を数える助数詞。ひとかさね。ひとそろい。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

 

 

 

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2016年6月 2日 (木)

コスモス寺花だより 6・2

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪見ごろ≫「美色コスモス」という種類は早くも〈見ごろ〉を迎えています。背丈は130センチほどですが、花数は多く、群集していると見栄えがします。他の種類は〈咲きはじめ〉シーシェル、サイケ、センセーションなど。

見頃は5月末~7月初旬。5万本。

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種。

〔俳句〕

「それでこそ 御時鳥(おんほととぎす) 松の月」一茶

訳: それでこそほととぎす様だ。月に松のたとえもある。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》757

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の下

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『西大寺毎年七日七夜不断光明真言勤行式』

(さいだいじまいねんなぬかななよふだんこうみょうしんごんごんぎょうしき)

 

◆一、行道の時、足を畳にこすり引きずるべからざるの事。

先年、沙汰有るといえども、なお未だ止まらず。堅く之を禁ず〔云々〕。

 

◆一、後後年においては、今年の結願以後の集会評議の如し。定め置かれる事あれば、且つは之を書載し、すべからく後見に備うべし〔云々〕。

(つづく)

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。 

 

●伽藍草創八十三 百五十四堂供養 寺院結界七十九 塔婆建立二十基 二十五基塔供養 渡一切経十四蔵

〔伽藍を草創すること八十三。百五十四の堂を供養す。寺院を結界(けっかい①)すること七十九。塔婆を建立するは二十基。二十五基の塔を供養す。一切経(いっさいきょう②)十四蔵(じゅうよんぞう③)を渡(わた④)す。〕 

 

 結界=僧伽に属する僧尼の秩序をまもり、過失を犯させないため、作法を行って一定の地域を区切ること。摂僧界(大界と小界)、摂衣界、摂食界の三種あり。

 一切経=一切の経典。大蔵経とも。経律論の三蔵のほか釈疏を含む。この時代は宋版、元版が輸入されている。

 十四蔵=経典の全集を一切経蔵、または大蔵経といい、一蔵、二蔵と数える。

 渡す=購入して海を渡すこと。渡来、舶来させる。

 

●図画地蔵与男女 一千三百五十五 請来律宗三大部 一百八十六部也 戒本摺写与僧尼 三千三百六十巻

〔地蔵を図画して男女に与えること、一千三百五十五。請来(しょうらい①)せる律宗三大部(りっしゅうさんだいぶ②)は一百十六部なり。戒本(かいほん③)を摺写(しゅうしゃ④)して僧尼に与えること、三千三百六十巻。〕

 

 請来=外国(中国)から経典などを請い受けて持って来ること

 律宗三大部=南山律宗の祖、道宣の主著、『四分律刪繁補闕行事鈔』、『四分律刪補随機羯磨疏』、『四分律含注戒本疏』をいう。

 戒本=広律(四分律)の中から戒律の条文を抜粋したもの。「比丘戒本」「比丘尼戒本」「菩薩戒本」などがある。戒本には戒を説く根本であるという意味が込められる。

 摺写=木版による印刷。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

 

 

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2016年6月 1日 (水)

コスモス寺花だより 6・1

〔花ごよみ〕

〇初夏咲コスモス:≪見ごろ≫「美色コスモス」という種類は早くも〈見ごろ〉を迎えています。背丈は130センチほどですが、花数は多く、群集していると見栄えがします。他の種類は〈咲きはじめ〉シーシェル、サイケ、センセーションなど。

見頃は5月末~7月初旬。5万本。

〇桜うつぎ:≪満開≫

〇山アジサイ:≪見ごろ≫

〇あじさい:≪見ごろ≫

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪咲きはじめ≫睡蓮の原生種、未草は絶滅が危惧されている。

〔俳句〕

「我ら儀は 只やかましい 時鳥」一茶

訳: 私めでございますが、ただただやかましいだけの時鳥でございます。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良博物館即興〉

「ガラスどに ならぶ四はうの みほとけの

       ひざにたぐひて わがかげはゆく」

(ガラス戸に並ぶ四方の御仏の 膝に類いて我が影は行く)

・たぐふ=比、類。並ぶ、寄り添う。連れだつ。

〈春日野にて〉

「かすがのの しかふすくさの かたよりに

       わがこふらくは とほつよのひと」

(春日野の鹿伏す草の片寄に 我が恋うらくは遠つ世の人)

 

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の下

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

『西大寺毎年七日七夜不断光明真言勤行式』

(さいだいじまいねんなぬかななよふだんこうみょうしんごんごんぎょうしき)

(休)

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

『性公大徳譜』(しょうこうだいとくふ)鎌倉 極楽寺蔵

性公とは鎌倉時代、極楽寺長老として衆生済度の菩薩行に生涯をささげられた良観上人忍性菩薩(りょうかんしょうにんにんしょうぼさつ)のこと。忍性大徳一代の業績を年譜とする。作者は比丘澄名(ちょうみょう)、おそらく直弟子であろうと思われる。延慶三年(一三一〇)十月に完成したようで、忍性師の遷化(一三〇三)から七年目にあたり同時代の作といえる。文の体裁は七言を一句として二百五十句、文字数は全部で千七百五十字。比丘の具足戒、二百五十戒になぞらえる。忍性菩薩を知るための文献は師、叡尊興正菩薩に比して少なく、本年譜は貴重なもの。 

 

●八十七歳嘉元元 累日炎旱草不(木ヵ)枯 普授斎戒三万余 

一日摺写大般若 一渧不降経五日 清瀧祈誓捨身命 小虵出現甘雨降

〔八十七歳、嘉元元(①)。累日(るいじつ②)炎旱(えんかん③)にして草木枯れる。あまねく斎戒(さいかい④)を三万余に授け、一日(いちじつ⑤)大般若(だいはんにゃ⑥)を摺写(しゅうしゃ⑦)すれども、一渧(いってい⑧)も降らずして五日を経る。清滝(せいりょう⑨)に身命を捨てんことを祈誓するに、小虵(しょうじゃ⑩)出現して甘雨(かんう⑪)降る。〕

 

 嘉元元=西暦一三〇三年。

 累日=連日、積日。

 炎旱=炎暑の干ばつ。

 斎戒=八斎戒。在家信者が守るべき八つの戒。殺生、偸盗、邪婬、妄語、飲酒をしない。大きく広い床で寝ない。身を飾ったり歌舞音曲になじまない、正午を過ぎて食事しない。月に六回の六斎日にはこの八斎戒を守り信仰生活にはげむ。

 一日=ある日。

 大般若=大般若経六百巻。

 摺写=版木によって刷る。

 一渧=一滴。

 瀧=清瀧権現。空海によって唐から持ち帰られた密教の護持神。上醍醐の清瀧権現が有名。

 小虵=小さい蛇。

 甘雨=甘露の雨。恵みの雨。

 

 

 

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

*奈良歴史文化講演会のご案内

奈良にもあった平安文化

中川寺成身院を学ぶ―まぼろしの平安密教寺院中川寺成身院とは ⁉

講師:冨島義幸先生(京都大学大学院工学研究科准教授・日本建築史)

演題:中川寺成身院の仏教空間とその意義

日時:平成28618日(土)午後130分~330

会場:奈良市手貝町会議所・東大寺転害門北100

聴講:無料。収容定員80人(先着順)。

主催:中川寺成身院を学ぶ会

問い合わせ:般若寺 ℡0742226287 

奈良歴史遺産市民ネットワーク ℡0742233934

 

 

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