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2016年8月

2016年8月31日 (水)

コスモス寺花だより 8・31

 

〔花ごよみ〕

〇秋咲コスモス:花期 9月下旬~11月 15万本 20種類

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪見ごろ≫睡蓮の原生種。

〇秋海棠:≪満開≫300株。ベゴニアの一種で中国原産。江戸時代に日本へもたらされ全国広まる。今では山林に自生しているところもあるほどなじみのある夏の花。日蔭を好む。ピンク色と白色がある。葉は変形のハート形で涼しげな浅緑色。

 

〔俳句〕

「夕顔や サモナキ国に 笛を吹(ふく)」一茶

訳: 夕顔の花が咲いているよ。これと言ってとりえのない国に笛を吹く。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈高円山をのぞみて〉

「あきはぎは そでにはすらじ ふるさとに

       ゆきてしめさむ いももあらなくに」

(秋萩は袖には擦らじ古里に 行きて示さむ妹もあらなくに)

 

〈滝坂にて〉

「かきのみを になひてくだる むらびとに

       いくたびあひし たきさかのみち」

(柿の実を荷ひて下る村人に 幾たび遇いし滝坂の道)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》775

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【東域渺茫。山野分路。西国遼遠。江海凌波。北邦致朝宗之礼。南界作府集之事。所居之寺。常徒数百。所往之処。無不帰敬。門人不少。資輩是多。或湛智海而撃波瀾。或聳徳山而栄林木。】

 

〔東域は渺茫(びょうぼう①)として、山野路を分かつ。西国は遼遠(りょうえん②)にして、江海(こうかい③)は波を凌(しの)ぐ。北邦(ほくほう④)は朝宗の礼(ちょうそうのれい⑤)を致し、南界(なんかい⑥)は府集の事(ふしゅうのじ⑦)を作(な)す。居する所の寺、常に徒は数百。往く所の処にて帰敬(ききょう⑧)せずということ無し。門人少なからず。資輩(しはい⑨)是れ多し。或は智海(ちかい⑩)を湛(たた)え、波瀾(はらん⑪)を撃つ。或は徳山(とくざん⑫)を聳(そび)え、林木(りんぼく⑬)を栄(さか)う。〕

 

 渺茫=広々として果てしないこと。

 遼遠=はるか遠いこと。

 江海=川と海。

 北邦=北の国。

 朝宗之礼=春と夏に諸侯や群臣が天子に拝謁すること。河川が集まって海に流れ込むこと。

 南界=南の世界。

 府集之事=都のように人が集まることを云う。

 帰敬=帰依恭敬の意。

 資輩=弟子たち。

 智海=智慧は海のように深く広く大きいこと。

 波瀾=大小の波。

 徳山=仏道修行で具わった徳は山のように高いこと。。

 林木=人材を樹木に例える。

(つづく)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然(ぎょうねん)大徳が興正菩薩御入滅の年、正応三年(1290)九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記したものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめてあり、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

来年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(1217年生。後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれています。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

 

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2016年8月30日 (火)

コスモス寺花だより 8・30

 

〔花ごよみ〕

〇秋咲コスモス:花期 9月下旬~11月中旬 15万本 20種類

*昨夜はまとまった雨がふりました。コスモスを始めすべての草木が生き返ったようです。今年のコスモスの開花はおくれて10月上旬が満開になるでしょう。

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪見ごろ≫睡蓮の原生種。

〇秋海棠:≪見ごろ≫300株。ベゴニアの一種で中国原産。江戸時代に日本へもたらされ全国に広まる。今では山林に自生しているところもあるほどなじみのある夏の花。日蔭を好む。ピンク色と白色がある。葉は変形のハート形で涼しげな浅緑色。

○百日紅:≪見ごろ≫

 

〔俳句〕

「夕顔の 花めで給へ 後架神(こうかがみ)」一茶

訳: 夕顔の花を慈しみなさい便所の神様よ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈高円山をのぞみて〉

「あきはぎは そでにはすらじ ふるさとに

       ゆきてしめさむ いももあらなくに」

(秋萩は袖には擦らじ古里に 行きて示さむ妹もあらなくに)

 

〈滝坂にて〉

「かきのみを になひてくだる むらびとに

       いくたびあひし たきさかのみち」

(柿の実を荷ひて下る村人に 幾たび遇いし滝坂の道)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然(ぎょうねん)大徳が興正菩薩御入滅の年、正応三年(1290)九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記したものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめてあり、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれています。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

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2016年8月21日 (日)

コスモス寺花だより 8・21

 

〔花ごよみ〕

〇秋咲コスモス:花期9月~11月 15万本 20種類

*今年の花は高温と少雨のため開花が遅れるでしょう。少し雨が欲しいです。

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪見ごろ≫睡蓮の原生種。

〇秋海棠:≪見ごろ≫300株。ベゴニアの一種で中国原産。江戸時代に日本へもたらされ全国に広まる。今では山林に自生しているところもあるほどなじみのある夏の花。日蔭を好む。ピンク色と白色がある。葉は変形のハート形で涼しげな浅緑色。

○百日紅:≪満開≫

 

〔俳句〕

「恋をせよ 恋をせよせよ 夏のせみ」一茶

訳: 恋をしなさい、恋をしなさいと夏の蝉。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈高円山をのぞみて〉

「あきはぎは そでにはすらじ ふるさとに

       ゆきてしめさむ いももあらなくに」

(秋萩は袖には擦らじ古里に 行きて示さむ妹もあらなくに)

 

〈滝坂にて〉

「かきのみを になひてくだる むらびとに

       いくたびあひし たきさかのみち」

(柿の実を荷ひて下る村人に 幾たび遇いし滝坂の道)

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然(ぎょうねん)大徳が興正菩薩御入滅の年、正応三年(1290)九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記したものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめてあり、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれています。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

 

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2016年8月17日 (水)

コスモス寺花だより 8・17

 

〔花ごよみ〕

〇秋咲コスモス:花期9月~11月 15万本 20種類

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪見ごろ≫睡蓮の原生種。

〇秋海棠:≪見ごろ≫300株。ベゴニアの一種で中国原産。江戸時代に日本へもたらされ全国に広まる。今では山林に自生しているところもあるほどなじみのある夏の花。日蔭を好む。ピンク色と白色がある。葉は変形のハート形で涼しげな浅緑色。

○百日紅:≪満開≫赤と白

*七月末ごろからの日照りは夕べの雨で解消されたようです。お盆も終わり、季節は秋に向かいます。まだまだ暑さは続くでしょうが、日照時間は日に日に短くなっています。コスモスの花は真夏にもちらほら咲いていましたからこの雨で一気に背丈を伸ばしつぼみをつけてくると思われます。

 

〔俳句〕

「せみ鳴や 笠のやうなる 鳰(ひほ)の海」一茶

訳: 蝉が鳴いているよ。笠のような琵琶湖で。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈香薬師を拝して〉

「みほとけの うつらまなこに いにしへの

       やまとくにばら かすみてあるらし」

(御仏の虚ら眼に古えの 大和国原霞てあるらし。)

 

「ちかづきて あふぎみれども みほとけの

       みそなはすとも あらぬさびしさ」

(近づきて仰ぎ見れども御仏の みそなわすともあらぬ寂しさ。)

・みそなはす=「みそこなわす(見行)」の変化した語。「見る」の尊敬語。ご覧になる。

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》774

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【太上天皇作受法之敬。国母太后致稟戒之礼。三公俱受訓誘之事。百官並以服膺之儀。射山之前無不蒙誉。紛水之辺無流美。況又五畿之境七道之間。問律者不少。訪道之輩甚多。】

 

〔太上天皇(だじょうてんのう①)は受法の敬(うやまい②)を作し、国母太后(こくもたいこう③)は稟戒(ひんかい④)の礼を致す。三公(さんこう⑤)は倶に訓誘(くんゆう⑥)の事を受け、百官は並びに服膺(ふくよう⑦)の儀を以ってす。射山(しゃざん⑧)の前に誉を蒙(こうむ)らずということ無し。紛水(ふんすい⑨)の辺に美を流さざるということ無し。況や又、五畿(ごき⑩)の境、七道(しちどう⑪)の間に、律を問う者少なからず。道を訪(と)うの輩(ともがら)甚だ多し。〕

 

 太上天皇=亀山上皇

 受法の敬=仏法、特に真言密教の教えを受けるについての敬い。

 国母太后=天皇の母。皇太后。

 稟戒=受戒の礼。五戒または八斎戒を受けたもつこと

 三公=中国の官名。天子を補佐する最高の地位にある三人。

 訓誘=教え導く。

 服膺=他人の戒め・命令などをしっかりと心にとどめて忘れないこと。

 射山=「藐姑射(はこや)の山」の略を音読した語。上皇の御所。

 紛水=不詳。

 五畿=五畿内。大和、山城、和泉、河内、摂津。

 七道=東海道、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、南海道、西海道の総称。

(つづく)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然(ぎょうねん)大徳が興正菩薩御入滅の年、正応三年(1290)九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記したものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめてあり、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれています。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

○当山からは

御本尊八字文殊師利菩薩騎獅像(重要文化財)が出開帳されます。

(側面から拝めるのはこの機会しかありません。寺の本堂では厨子の中です。)

期間は726日から811日まで。そのほかには丈六文殊の造立願文、文殊縁起、脇侍の太刀と手首、獅子の踏み蓮華石などが出陳されます。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

 

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2016年8月 5日 (金)

コスモス寺花だより 8・5

〔花ごよみ〕

コスモス(秋咲き):花期9月~11月 15万本 20種類

お盆が過ぎれば早い種類は咲き出します。

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪見ごろ≫睡蓮の原生種。

〇秋海棠:≪見ごろ≫300株。ベゴニアの一種で中国原産。江戸時代に日本へもたらされ全国に広まる。今では山林に自生しているところもあるほどなじみのある夏の花。日蔭を好む。ピンク色と白色がある。葉は変形のハート形で涼しげな浅緑色。

○百日紅:≪満開≫

 

〔俳句〕

「母恋し 恋しと蝉も 聞ゆらん」一茶

訳:「母恋し」「母恋し」と蝉も聞いているのだろうね。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈香薬師を拝して〉

「みほとけの うつらまなこに いにしへの

       やまとくにばら かすみてあるらし」

(御仏の虚ら眼に古えの 大和国原霞てあるらし。)

 

「ちかづきて あふぎみれども みほとけの

       みそなはすとも あらぬさびしさ」

(近づきて仰ぎ見れども御仏の みそなわすともあらぬ寂しさ。)

・みそなはす=「みそこなわす(見行)」の変化した語。「見る」の尊敬語。ご覧になる。

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》773

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【欲鎖彌堅。孔芳還早。欲仰更高。儒風何比。不恨世属末法。唯貴時遇龍驎。無思処在辺隅。喜希見鸞鳳。八極台上。催龍顔之叡感。九重城内。騰象首之祥威。】

 

〔欲の鎖は彌(いよいよ)堅く、孔芳(こうほう①)は還って早し。欲仰(よくごう②)は更に高く、儒風(じゅふう③)は何に比べん。世の末法に属するを恨まず、唯だ時の龍驎(りゅうりん④)に遇えるを貴ぶ。處は辺隅(へんぐう⑤)に在るを思うこと無く、希(まれ)に鸞鳳(らんぽう⑥)に見(まみ)えることを喜ぶ。八極(はっきょく⑦)の台上に龍顔(りゅうがん⑧)の叡感(えいかん⑨)を催し、九重(ここのえ⑩)の城内に象首(しょうしゅ⑪)の祥威(しょうい⑫)を騰(あ)ぐ。〕

 

 孔芳=孔子の名声。

 欲仰=評判を願い求めること。

 儒風=儒教の学風。

 龍驎=龍や優れた馬をいい、りっぱな指導者。

 辺隅=都から遠く離れた土地。国の片隅。

 鸞鳳=鸞鳥と鳳凰。君子のたとえ。

 八極=四方(東西南北)と四隅(乾坤艮巽)。全世界。

 龍顔=天子の顔。

 叡感=天子が感心なさること。

 九重=宮中。禁中。

 象首=仏陀、釈尊。

 祥威=吉祥のいきおいあること。

(つづく)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然(ぎょうねん)大徳が興正菩薩御入滅の年、正応三年(1290)九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記したものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめてあり、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれています。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

○当山からは

御本尊八字文殊師利菩薩騎獅像(重要文化財)が出開帳されます。

(側面から拝めるのはこの機会しかありません。寺の本堂では厨子の中です。)

期間は726日から811日まで。そのほかには丈六文殊の造立願文、文殊縁起、脇侍の太刀と手首、獅子の踏み蓮華石などが出陳されます。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

 

 

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2016年8月 1日 (月)

コスモス寺花だより 8・1

 

〔花ごよみ〕

〇秋咲コスモス:花期9月~11月 15万本 20種類

〇ヒツジ草、姫スイレン:≪見ごろ≫睡蓮の原生種。

〇秋海棠:≪見ごろ≫300株。ベゴニアの一種で中国原産。江戸時代に日本へもたらされ全国に広まる。今では山林に自生しているところもあるほどなじみのある夏の花。日蔭を好む。ピンク色と白色がある。葉は変形のハート形で涼しげな浅緑色。

○百日紅:≪満開≫

 

〔俳句〕

「嘴太(はしぶと)の 夢や見つらん 夜の蝉」一茶

訳: 嘴太鴉の夢でも見たのだろうか。突然鳴きだした夜の蝉。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈香薬師を拝して〉

「みほとけの うつらまなこに いにしへの

       やまとくにばら かすみてあるらし」

(御仏の虚ら眼に古えの 大和国原霞てあるらし。)

 

「ちかづきて あふぎみれども みほとけの

       みそなはすとも あらぬさびしさ」

(近づきて仰ぎ見れども御仏の みそなわすともあらぬ寂しさ。)

・みそなはす=「みそこなわす(見行)」の変化した語。「見る」の尊敬語。ご覧になる。

 

真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》772

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【受十戒具戒之者。幾二千人。受一分全分輩。将十万人。十重六八菩薩蔵。珠瓊煥爛。日月明朗。故戒行清潔。超雪霜之状。律徳皎徹。勝氷玉之体。】

 

〔十戒具戒(じゅっかいぐかい①)を受くるの者、幾二千人(きにせんにん②)。一分、全分を受くる輩は将(まさ)に十万人。十重六八(じゅうじゅうろくはち③)の菩薩(戒)蔵は、珠瓊(しゅけい④)煥爛(かんらん⑤)、日月明朗(めいろう⑥)たり。故に戒行清潔なること雪霜の状を超える。律徳(りっとく⑦)の皎徹(きょうてつ⑧)なること氷玉(ひょうぎょく)の体に勝る。〕

 

 十戒具戒=十戒は沙弥、沙弥尼が受ける戒。具戒は具足戒、比丘が受ける二百五十戒、比丘尼が受ける三百四十八戒。

 幾二千人=二千人ちかい人。

 十重六八=梵網経の十重戒と四十八軽戒。

 珠瓊=たま、珠玉。

 煥爛=光り輝くさま。

 明朗=あかるくさっぱりしている。

 律徳=戒律を善く守り高徳であること。

 皎徹=清く明るい。

(つづく)

 

*この行業記は東大寺戒壇院の凝然(ぎょうねん)大徳が興正菩薩御入滅の年、正応三年(1290)九月十八日、菩薩入滅後二十三日目に記したものです。文章は偈文に近い文体で短い中に菩薩の御生涯をまとめてあり、非常に格調高い歎徳文となっています。凝然師(1240-1321)は鎌倉時代の南都仏教随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作をものしたが、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』などが今に残る。

 

*〔忍性(にんしょう)菩薩御生誕八百年〕

今年は興正菩薩の高弟、忍性菩薩(後醍醐天皇により菩薩号を諡される)が奈良県三宅町の「屏風(びょうぶ)の里」で誕生されてから八百年という記念の年に当たります。真言律宗にとっては宗祖に次ぐ祖師であり、日本の社会救済事業の巨人と言える僧です。現代仏教が忘れてしまった衆生済度、菩薩行の実践を再興するためにも、先輩として学びたいお方です。真言律宗(本山西大寺)としては慶賛の事業は予定されていませんが、生誕地の屏風では、浄土宗の浄土寺さん(藤田能宏住職)が菩薩の尊像を造立中、さらに映画「忍性」(秋原北胤監督、和泉元弥主演)の製作が進行中です。そして奈良国立博物館では、菩薩が活動された鎌倉極楽寺から一山を挙げての『忍性展』(723日―919日)が行なわれます。般若寺としても、菩薩が若きころハンセン病者救済活動をされた地であることから、その業績や御遺徳を世に広めて行きたいと思っています。

○当山からは

御本尊八字文殊師利菩薩騎獅像(重要文化財)が出開帳されます。

(側面から拝めるのはこの機会しかありません。寺の本堂では厨子の中です。)

期間は726日から811日まで。そのほかには丈六文殊の造立願文、文殊縁起、脇侍の太刀と手首、獅子の踏み蓮華石などが出陳されます。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

 

 

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