« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »

2016年12月

2016年12月31日 (土)

コスモス寺花だより   12・31

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪満開≫

冬の庭に咲く稀少な花、水仙は見ごろを迎えました。

観音石仏の足下が清浄な純白の花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

 

花期:12月~2月 お正月には満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙や 白き障子の とも移り」松尾芭蕉

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

*今年は今日でおしまいになります。一年間「花だより」をご愛読たまわりましてありがとうございました。明年も続けてまいりますのでよろしくご指導ご鞭撻をお願いいたします。

「法門無辺誓願学 菩提無上誓願証」

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「冬枯や 親に放れし 馬の顔」一茶

訳:冬枯れの淋しい風景よ。親馬に放れた子馬の心細げな顔。 

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》821  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

【思圓上人度人行法結夏記】(鏡慧記)

(しえんしょうにんどにんぎょうぼうけつげき)

 

〔思円上人(しえんしょうにん①)度人(どにん②)行法(ぎょうぼう③)結夏(けつげ④)の記〕

 

 思円上人=叡尊師の仮名(房名)が思円房(しえんぼう)であることから敬称とされた。

 度人=人を教化(きょうけ)すること。衆生済度。

 行法=仏道修行。修法。

 結夏=夏安居を結ぶこと。度人行法の日数、年数。

 

◆【授菩薩通受戒座数幷人数

自嘉禎二年丙申。至正応三年庚寅。一化五十五年也。自初至文永四年丁卯七月。九百二十六座三万百五十八人。

 右記録。奉納般若寺文殊御身。】

 

〔菩薩通受の戒(ぼさつつうじゅのかい①)を授ける座数(ざすう②)ならびに人数。

嘉禎二年(③)丙申より、正応三年(④)庚寅に至る、一化(いっけ⑤)五十五年也。

初めより文永四年(⑥)丁卯七月に至る。九百二十六座三万百五十八人。

 右記録を、般若寺文殊の御身(おんみ⑦)に奉納す。〕

 

 菩薩通受戒=菩薩の戒(大乗戒)は三聚浄戒(摂律儀戒、摂善法戒、摂衆生戒)であり、その受戒法には摂律儀戒(四分律に依る。比丘は二百五十戒を具足戒、満分戒とする。)のみを単受する別受と、三聚戒を総受する通受の方法がある。興正菩薩は菩薩戒を授けるのに通受を用いた。

 座数=授戒会を開いた回数。

 嘉禎二年=かてい。一二三六年。ひのえさる。

 正応三年=しょうおう。一二九〇年。かのえとら。

 一化=一生涯における化導、教化。

 文永四年七月=ぶんえい。一二六七年。ひのとう。

『感身学正記』によれば、この年に般若寺本尊丈六文殊像が完成し、七月二十五日から二十八日まで開眼供養が行なわれた。それに先立つ二十二日に、本尊が坐る蓮華座の中に菩薩七衆三万百五十八人の受戒名帳と所々殺生禁断等状五十六通が納められた。

 般若寺文殊御身=『感身学正記』によれば、七月廿日、四角三重厨子(黒漆者。金銅金物。棟居宝形。)を構え、その上層に仏舎利、妙法蓮華経、阿弥陀経、般若心経、最勝王経、梵字心経一千巻、宝筐印陀羅尼一千遍、五字八字等真言一万遍、炎光所安十六尊真言各一千遍、漢字般若理趣経が納入され、下二層には大般若経六百巻が納入された。二十二日、本尊を獅子座に本居し、厨子を御身の内に納め、御身の前裏に五字八字両界等種字曼荼羅を図し奉った。(種字は予が書き奉る。一字三礼。)そのほか比丘比丘尼発菩提心願文七十五通、本尊造営の間の奉加帳等、結縁の緇素貴賎面々奉納の仏像経巻も胎内に納められた。

 

◆【自文永四年八月朔日。至正応三年七月廿四日。一千四百五十三座六万七千五百五十二人。

首尾都合二千三百七十九座九万七千七百十人之内。出家五衆一千六百九十四人之内。比丘七百八十四人。比丘尼四百四十二人。式叉尼百人。沙弥二百五十人。沙弥尼百十八人。在家二衆九万六千十六人。】

 

〔文永四年八月朔日(①)より、正応三年七月廿四日(②)に至る、一千四百五十三座六万七千五百五十二人。

首尾都合(しゅびつごう③)二千三百七十九座九万七千七百十人之内。出家五衆(しゅっけごしゅう④)一千六百九十四人之内。比丘(びく⑤)七百八十四人。比丘尼(びくに⑥)四百四十二人。式叉尼(しきしゃに⑦)百人。沙弥(しゃみ⑧)二百五十人。沙弥尼(しゃみに⑨)百十八人。在家二衆(ざいけにしゅう⑩)九万六千十六人。〕

 

 文永四年八月朔日=般若寺の丈六文殊開眼供養が文永四年(一二六七)七月二十七日に終わり、翌月八月一日から新たに菩薩戒を授けた人数を数える。

 正応三年七月二十四日=興正菩薩御入滅の正応三年(一二九〇)の八月二十五日の一月前まで授戒が行なわれた。

 首尾都合=初めから終わりまでの合計。

 出家五衆=出家得道した五種類の僧と尼。

 比丘=出家して具足戒(二百五十戒)を受けた男性。

 比丘尼=出家して具足戒(三百四十八戒)を受けた女性。

 式叉尼=式叉摩那(しきしゃまな)。比丘尼となるための準備の修行をしている沙弥尼。十八歳から二十歳までの二年間に、不婬、不偸盗、不非時食、不飲酒の六法戒を守る。

 沙弥=十戒は受けているがまだ具足戒を受ける年齢(二十歳)に達していない僧。

 沙弥尼=出家して十戒は守ってはいるが、まだ具足戒を受けていない女性。やがて比丘尼となる入門修行の者。

 在家二衆=梵語で優婆塞(うばそく、在俗の男性信者)と優婆夷(うばい、在俗の女性信者)、訳して近住(ごんじゅう)、近事(ごんじ)。五戒を守る。

 

◆【別受具足戒日数幷人数

戒壇六箇所。家原寺。西大寺。東大寺。招提寺。淨住寺。海龍王寺。自寛元三年。至正応二年。首尾四十五年也。都合七十三箇日之内。大僧四十六箇度(日ヵ)百八十三番。受者五百二十八人。和尚(上ヵ)百六十一度。羯磨百八十二番。大尼二十九箇日。一百三番。受者三百四人。和上四度一衆受之。羯磨四百五番。証明十九度。戒壇三箇所。西大寺。招提寺。海龍王寺。本法一向法華寺。

自建治元年。至正応二年。首尾十五箇年。新受重受都合八百三十二人。】

 

〔別受具足戒(べつじゅぐそくかい①)の日数幷(ならびに)人数。

 

戒壇六箇所(かいだんろっかしょ②)。家原寺(えばらじ③)。西大寺(さいだいじ④)。東大寺(とうだいじ⑤)。招提寺(しょうだいじ⑥)。淨住寺(じょうじゅうじ⑦)。海龍王寺(かいりゅうおうじ⑧)。

寛元三年より正応二年に至る。首尾四十五年なり。都合七十三箇日の内。大僧(だいそう⑨)は四十六箇度(日)百八十三番。受者は五百二十八人。和尚(上、わじょう⑩)は百六十一度。羯磨(こんま⑪)は百八十二番。大尼(だいに⑫)は二十九箇日。一百三番。受者は三百四人。

和上は四度、一衆これを受く。羯磨は四百五番。証明(しょうみょう⑬)は十九度。戒壇は三箇所。西大寺。招提寺。海龍王寺。本法(ほんぽう⑭)は一向に法華寺(ほっけじ⑮)。建治元年より正応二年に至る(⑯)。首尾十五箇年。新受重受(しんじゅじゅうじゅ⑰)は都合八百三十二人。〕

 

 別受具足戒=菩薩戒の三聚浄戒の内、摂律儀戒(四分律の七衆戒)だけを別して受ける受戒法。単受とも言う。

 戒壇六箇所=東大寺と唐招提寺の戒壇は奈良時代に設立。家原寺、西大寺、淨住寺、海龍王寺は新たに設立された。

 家原寺=大阪堺市。行基菩薩の生家を寺としたと伝える。

 西大寺=奈良市。真言律宗の本山。

 東大寺=奈良市。奈良時代に鑑真和尚が戒律を伝来し、戒壇院が国家公認の戒壇となった。三戒壇の中心。

 招提寺=唐招提寺。奈良市。鑑真和尚が戒壇を開設したと伝える。

 淨住寺=京都市。葉室定嗣が開基し興正菩薩が開山となった。

 海龍王寺=奈良市。興正菩薩が戒壇を開く。

 大僧=比丘。男性の正式の僧侶。比丘は具足戒(二百五十戒)を受ける。ここは比丘受戒のこと。

 和上=律宗の一山一寺の僧衆を率いる長老。受戒式で授戒師を勤める。

 羯磨=羯磨師。受戒者に代わって受戒の意思を表白し、承認を問う。白二羯磨、白四羯磨の形式がある。

 大尼=比丘尼。女性の正式の僧侶。比丘尼は具足戒(三百四十八戒)を受ける。ここは比丘尼受戒のこと。

 証明=証明師。受戒が成立したことを証明する七人の大僧(尼)。

 本法=比丘尼の受戒。

 法華寺=奈良市。総国分尼寺。

 建治元年より正応二年に至る=一二七五年から一二八九年まで。

 新受重受=初めて受戒する人と重ねて受戒する人。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

 

| | コメント (0)

2016年12月29日 (木)

コスモス寺花だより   12・29

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪五分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

今年の水仙は雨が多いせいか、暖冬のためか、

花の丈が長いです。

花期:12月~2月 お正月には満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙や 白き障子の とも移り」松尾芭蕉

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「焚(たく)ほどは 風がくれたる おち葉哉」一茶

訳:焚く分ほどの落ち葉は、風が運んできてくれたよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》819  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大寺中興思円上人行業記』(凝然著)

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【上人住西大寺。昌興戒法。四律五論之聖典。懸赫日而光朗。三大五部之祖文。瑩珠玉而色鮮。南山之峯。三観風涼。西湖之涯。十業月円。山東相州之義門。嵩嶽鎮国之理路。禅定弘法之戸。江東雙林之窓。】

 

〔上人は西大寺に住して、戒法を昌興(しょうこう①)す。四律五論(しりつごろん②)の聖典、赫日(かくじつ③)に懸って光朗(あきら)かなり。三大五部(さんだいごぶ④)の祖文は、珠玉を瑩(みが)いて色鮮やかなり。南山(なんざん⑤)の峯に三観(さんがん⑥)の風涼しく、西湖(せいこ⑦)の涯(はて)に十業(じゅうごう⑧)の月円(まど)かなり。山東相州(さんとうそうしゅう⑨)の義門、嵩嶽鎮国(すうがくちんこく⑩)の理路、禅定弘法(ぜんじょうこうぼう⑪)の戸、江東双林(こうとうそうりん⑫)の窓、〕

 

 昌興=さかんにおこす。

 四律五論=四律は十誦律、四分律、五分律、摩訶僧祇律。五論は毘尼母論、摩得勒伽論、善見論、薩婆多論、明了論。

 赫日=かがやく日。

 三大五部=道宣の著作。三大部は、『四分律刪繁補闕行事鈔』『四分律刪補随機羯磨疏』『四分律含注戒本疏』。五大部はこれに『四分律拾毘尼義鈔』『四分比丘尼鈔』

 南山=終南山。道宣律師が住した山。

 三観=「南山三観」。道宣律師の観法。性空観、相空観、唯識観。

 西湖=浙江省杭州市の西にある湖。景勝の地。

 十業=十善業。不殺生、不偸盗、不婬、不妄語、不両舌、不悪口、不綺語、不貪欲、不瞋恚、不邪見。

 山東相州=山東は中国崋山以東の地。相州は河南省臨漳県の西。

 嵩嶽鎮国=嵩山の鎮国寺に住した定賓律師のこと。法礪の相部宗を受け、その旧疏を宣揚す。

 禅定弘法=坐禅をして心を静めること、弘法は仏法を弘めること。

 江東雙林=江東は長江の下流南岸地方。雙林は沙羅双樹の林。

 

◆【凡厥疏鈔章記之所釈。図録集儀之所説。玄奘飜伝之体業。義浄訳持之教典。無不尋窮。皆悉学盡。】

 

〔凡そ厥の疏鈔章記(しょしょうしょうき①)の所釈、図録集儀(ずろくしゅうぎ②)の所説、玄奘飜伝(げんじょうほんでん③)の体業(たいごう④)、義浄訳持(ぎじょうやくじ⑤)の教典、尋窮(じんきゅう⑥)せずということ無し。皆悉く学び盡せり。〕

 

 疏鈔章記=疏は書籍の注釈。鈔は写し、抜き書き。章は首尾がそろい意義のまとまっている文章のひとくぎり。記は経書の注解。

 図録集儀=図を加えた記録、また資料として図を集めた書物。

 玄奘飜伝=唐の訳経三蔵、玄奘が翻訳せる。七十五部千三百余巻を飜ず。

 体業=業績、経典。

 義浄訳持=唐の訳経僧、義浄。五十六部三百三十余巻を翻訳。

 尋窮=たずねきわめること。

 

◆【何況菩薩律蔵。不共戒宗。括諸解而無二。貫衆釈而帰一。通別二受。極賾於教綱。化制両輟。盡旨於律綱。義林一章。栄詳体之珍葉。靑丘数軸。散輔行之妙蕚。受隨之法事。唯在茲。智解抜群。是生知之才也。】

 

〔何ぞいわんや、菩薩の律蔵(ぼさつのりつぞう①)、不共の戒宗(ふぐのかいしゅう②)は、諸解(しょげ③)を括(くく)って二つ無し。衆釈(しゅうしゃく④)を貫いて一に帰す。通別の二受(つうべつのにじゅ⑤)は賾(さく⑥)を教綱(きょうこう⑦)に極め、化制の両轍(けせいのりょうてつ⑧)は旨を律綱(りっこう⑨)に盡す。義林一章(ぎりんいちじょう⑩)は詳体(しょうたい⑪)の珍葉を栄う。青丘(せいきゅう⑫)の数軸は、輔行(ふぎょう⑬)の妙蕚(みょうがく⑭)を散らす。受隨(じゅずい⑮)の法事は唯茲に在り。智解(ちげ)抜群にして、是れ生知の才(しょうちのさい⑯)也。〕

 

 菩薩律蔵=菩薩戒(大乗戒)。

 不共の戒宗=小乗戒そのままではなく(不共)、独自に大乗の教えに則り解釈された戒律の宗。南山律宗。

 諸解=諸の解釈。諸師の説。

 衆釈=多くの注釈。

 通別二受=通受と別受。三聚浄戒(菩薩戒)を総じて受戒する方法と三聚のうち摂律儀戒をを単独で受戒する方法。

 賾=おくぶかい道理。

 教綱=教えのおおもと。

 化制の両轍=南山律宗の教相判釈。化教と制教。化教は衆生の性質、能力に応じて教化することで、定と慧にもとづく教義をさす。制教は戒律を説く律蔵の教え。

 律綱=律宗の大綱。基本。

 義林一章=『大乗法苑義林章』(大正蔵四五)。唐の慈恩大師窺基の著。法相唯識の教学書。第一一の「表無表章」に戒律の問題を説く。

 詳体=興正菩薩撰の『表無表章詳体文集』。『義林章』の「表無表章」を注釈する。「表無表」を解釈し、戒体の得捨、律儀を詳解する。

 青丘=新羅の太賢。

 輔行=太賢撰の『梵網経古迹記』『菩薩戒本宗要』に興正菩薩が注釈を加え『梵網経古迹記輔行文集』『菩薩戒本宗要輔行文集』を著した。

 妙蕚=著作を花の蕚に例える。

 受隨=受体随行。比丘が初めて戒を身に受けることを受といい、それ以後戒体に随って如法に戒行し身心を慎んで行動するを随という。

 生知の才=生まれながらの知的能力。

 

◆【識量絶倫。乃天与の徳也。兼包之性。無並肩之人。貫括之能。無参肘之者。開敷不懈。講通無輟。終南虬文累遍数。而講弘諸師別章。対衆縁而宣演。昼聚徒属説法。夜坐静室凝慮。聴徒成市。帰族如林。】

 

〔識量(しきりょう①)は絶倫(ぜつりん②)、すなわち天の与えたる徳也。兼包(けんぼう③)の性は肩を並ぶるの人無し。貫括(かんかつ④)の能、参肘(さんちゅう⑤)の者無し。開敷(かいふ⑥)を懈(おこた)らず、講通(こうつう⑦)するに輟(とど)むること無し。終南の虬文(しゅうなんのきゅうぶん⑧)は遍数を累(かさ)ねて講弘し、諸師の別章(べっしょう⑨)は衆縁に対して宣演(せんえん⑩)す。昼は徒属(とぞく⑪)を聚(あつ)めて法を説き、夜は静室に坐して凝慮(ぎょうりょ⑫)す。聴徒は市を成し、帰族(きぞく⑬)は林の如し。〕

 

 識量=識見と度量。

 絶倫=人なみはずれてすぐれている。群を抜いている。

 兼包=あわせつつむ。包容力。

 貫括=人々を束ねる。統括力。

 参肘=同等の能力をもつ。

 開敷=教えを説きひろめること。

 講通=講義してあまねく行き渡らせる。

 終南の虬文=道宣律師の戒律書。

 別章=律宗諸師の個別の著作物。

 宣演=のべひろめる。

 徒属=弟子たち。

 凝慮=深く考える。

 帰族=帰依する人々

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。


Img_1856

| | コメント (0)

2016年12月28日 (水)

コスモス寺花だより   12・28

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪五分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

今年の水仙は雨が多いせいか、暖冬のためか、

花の丈が長いです。

花期:12月~2月 お正月には満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙や 白き障子の とも移り」松尾芭蕉

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「焚(たく)ほどは 風がくれたる おち葉哉」一茶

訳:焚く分ほどの落ち葉は、風が運んできてくれたよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》819  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大寺中興思円上人行業記』(凝然著)

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【上人住西大寺。昌興戒法。四律五論之聖典。懸赫日而光朗。三大五部之祖文。瑩珠玉而色鮮。南山之峯。三観風涼。西湖之涯。十業月円。山東相州之義門。嵩嶽鎮国之理路。禅定弘法之戸。江東雙林之窓。】

 

〔上人は西大寺に住して、戒法を昌興(しょうこう①)す。四律五論(しりつごろん②)の聖典、赫日(かくじつ③)に懸って光朗(あきら)かなり。三大五部(さんだいごぶ④)の祖文は、珠玉を瑩(みが)いて色鮮やかなり。南山(なんざん⑤)の峯に三観(さんがん⑥)の風涼しく、西湖(せいこ⑦)の涯(はて)に十業(じゅうごう⑧)の月円(まど)かなり。山東相州(さんとうそうしゅう⑨)の義門、嵩嶽鎮国(すうがくちんこく⑩)の理路、禅定弘法(ぜんじょうこうぼう⑪)の戸、江東双林(こうとうそうりん⑫)の窓、〕

 

 昌興=さかんにおこす。

 四律五論=四律は十誦律、四分律、五分律、摩訶僧祇律。五論は毘尼母論、摩得勒伽論、善見論、薩婆多論、明了論。

 赫日=かがやく日。

 三大五部=道宣の著作。三大部は、『四分律刪繁補闕行事鈔』『四分律刪補随機羯磨疏』『四分律含注戒本疏』。五大部はこれに『四分律拾毘尼義鈔』『四分比丘尼鈔』

 南山=終南山。道宣律師が住した山。

 三観=「南山三観」。道宣律師の観法。性空観、相空観、唯識観。

 西湖=浙江省杭州市の西にある湖。景勝の地。

 十業=十善業。不殺生、不偸盗、不婬、不妄語、不両舌、不悪口、不綺語、不貪欲、不瞋恚、不邪見。

 山東相州=山東は中国崋山以東の地。相州は河南省臨漳県の西。

 嵩嶽鎮国=嵩山の鎮国寺に住した定賓律師のこと。法礪の相部宗を受け、その旧疏を宣揚す。

 禅定弘法=坐禅をして心を静めること、弘法は仏法を弘めること。

 江東雙林=江東は長江の下流南岸地方。雙林は沙羅双樹の林。

 

◆【凡厥疏鈔章記之所釈。図録集儀之所説。玄奘飜伝之体業。義浄訳持之教典。無不尋窮。皆悉学盡。】

 

〔凡そ厥の疏鈔章記(しょしょうしょうき①)の所釈、図録集儀(ずろくしゅうぎ②)の所説、玄奘飜伝(げんじょうほんでん③)の体業(たいごう④)、義浄訳持(ぎじょうやくじ⑤)の教典、尋窮(じんきゅう⑥)せずということ無し。皆悉く学び盡せり。〕

 

 疏鈔章記=疏は書籍の注釈。鈔は写し、抜き書き。章は首尾がそろい意義のまとまっている文章のひとくぎり。記は経書の注解。

 図録集儀=図を加えた記録、また資料として図を集めた書物。

 玄奘飜伝=唐の訳経三蔵、玄奘が翻訳せる。七十五部千三百余巻を飜ず。

 体業=業績、経典。

 義浄訳持=唐の訳経僧、義浄。五十六部三百三十余巻を翻訳。

 尋窮=たずねきわめること。

 

◆【何況菩薩律蔵。不共戒宗。括諸解而無二。貫衆釈而帰一。通別二受。極賾於教綱。化制両輟。盡旨於律綱。義林一章。栄詳体之珍葉。靑丘数軸。散輔行之妙蕚。受隨之法事。唯在茲。智解抜群。是生知之才也。】

 

〔何ぞいわんや、菩薩の律蔵(ぼさつのりつぞう①)、不共の戒宗(ふぐのかいしゅう②)は、諸解(しょげ③)を括(くく)って二つ無し。衆釈(しゅうしゃく④)を貫いて一に帰す。通別の二受(つうべつのにじゅ⑤)は賾(さく⑥)を教綱(きょうこう⑦)に極め、化制の両轍(けせいのりょうてつ⑧)は旨を律綱(りっこう⑨)に盡す。義林一章(ぎりんいちじょう⑩)は詳体(しょうたい⑪)の珍葉を栄う。青丘(せいきゅう⑫)の数軸は、輔行(ふぎょう⑬)の妙蕚(みょうがく⑭)を散らす。受隨(じゅずい⑮)の法事は唯茲に在り。智解(ちげ)抜群にして、是れ生知の才(しょうちのさい⑯)也。〕

 

 菩薩律蔵=菩薩戒(大乗戒)。

 不共の戒宗=小乗戒そのままではなく(不共)、独自に大乗の教えに則り解釈された戒律の宗。南山律宗。

 諸解=諸の解釈。諸師の説。

 衆釈=多くの注釈。

 通別二受=通受と別受。三聚浄戒(菩薩戒)を総じて受戒する方法と三聚のうち摂律儀戒をを単独で受戒する方法。

 賾=おくぶかい道理。

 教綱=教えのおおもと。

 化制の両轍=南山律宗の教相判釈。化教と制教。化教は衆生の性質、能力に応じて教化することで、定と慧にもとづく教義をさす。制教は戒律を説く律蔵の教え。

 律綱=律宗の大綱。基本。

 義林一章=『大乗法苑義林章』(大正蔵四五)。唐の慈恩大師窺基の著。法相唯識の教学書。第一一の「表無表章」に戒律の問題を説く。

 詳体=興正菩薩撰の『表無表章詳体文集』。『義林章』の「表無表章」を注釈する。「表無表」を解釈し、戒体の得捨、律儀を詳解する。

 青丘=新羅の太賢。

 輔行=太賢撰の『梵網経古迹記』『菩薩戒本宗要』に興正菩薩が注釈を加え『梵網経古迹記輔行文集』『菩薩戒本宗要輔行文集』を著した。

 妙蕚=著作を花の蕚に例える。

 受隨=受体随行。比丘が初めて戒を身に受けることを受といい、それ以後戒体に随って如法に戒行し身心を慎んで行動するを随という。

 生知の才=生まれながらの知的能力。

 

◆【識量絶倫。乃天与の徳也。兼包之性。無並肩之人。貫括之能。無参肘之者。開敷不懈。講通無輟。終南虬文累遍数。而講弘諸師別章。対衆縁而宣演。昼聚徒属説法。夜坐静室凝慮。聴徒成市。帰族如林。】

 

〔識量(しきりょう①)は絶倫(ぜつりん②)、すなわち天の与えたる徳也。兼包(けんぼう③)の性は肩を並ぶるの人無し。貫括(かんかつ④)の能、参肘(さんちゅう⑤)の者無し。開敷(かいふ⑥)を懈(おこた)らず、講通(こうつう⑦)するに輟(とど)むること無し。終南の虬文(しゅうなんのきゅうぶん⑧)は遍数を累(かさ)ねて講弘し、諸師の別章(べっしょう⑨)は衆縁に対して宣演(せんえん⑩)す。昼は徒属(とぞく⑪)を聚(あつ)めて法を説き、夜は静室に坐して凝慮(ぎょうりょ⑫)す。聴徒は市を成し、帰族(きぞく⑬)は林の如し。〕

 

 識量=識見と度量。

 絶倫=人なみはずれてすぐれている。群を抜いている。

 兼包=あわせつつむ。包容力。

 貫括=人々を束ねる。統括力。

 参肘=同等の能力をもつ。

 開敷=教えを説きひろめること。

 講通=講義してあまねく行き渡らせる。

 終南の虬文=道宣律師の戒律書。

 別章=律宗諸師の個別の著作物。

 宣演=のべひろめる。

 徒属=弟子たち。

 凝慮=深く考える。

 帰族=帰依する人々

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

| | コメント (0)

2016年12月27日 (火)

コスモス寺花だより   12・27

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪三分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

今年の水仙は雨が多いせいか、暖冬のためか、

花の丈が長いです。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「うつくしき素足の冬の来りけり

ちらほらと咲く水仙の花」与謝野晶子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「焚(たく)ほどは 風がくれたる おち葉哉」一茶

訳:焚く分ほどの落ち葉は、風が運んできてくれたよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》818  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大寺中興思円上人行業記』(凝然著)

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【開受隨両相(之)畝。歎戒行之墜堕。分止作二持之衢。昔人王第四十六代孝謙天皇御宇天平勝宝七年乙未。大唐揚州鑑真和尚。遠渡滄波。創伝戒律。其後法進。如宝。継踵秉御。道淨常詮。受苟弘持。八宗澤異。同沐戒水。二蔵路区。倶耀律燈律燈。然世漸澆漓。人稍淡薄。三学未必遍歴。二持厥跡如無。

 

〔受隨両相の(じゅずいりょうそうのうね①)を開く。戒行の墜堕(かいぎょうのついだ②)を歎(なげ)いて、止作二持の衢(しさにじのく③)を分つ。昔、人王第四十六代孝謙天皇御宇天平勝宝七年乙未(④)、大唐揚州鑑真和尚(⑤)、遠く滄波(そうは⑥)を渡り、創めて戒律を伝う。其の後、法進(ほうしん⑦)、如宝(にょほう⑧)、踵(きびす)を継いで秉御(へいぎょ⑨)す。道淨、常詮、受苟(こう⑩)弘持す。八宗(はっしゅう⑪)の沢は異なるとも、同じく戒水に沐す。二蔵(にぞう⑫)は路(みち)区(くぎ)るとも、倶に律燈(りっとう)を耀かす。然れば世は漸く澆漓(ぎょうり⑬)にして、人は稍(やや)淡薄(たんぱく⑭)なり。三学(さんがく⑮)は未だ必ずしも遍歴せず。二持(止持、作持)は厥(そ)の跡、無きが如し。〕

 

 受隨両相の畝=比丘が初めて戒体を受けて吾身に具えるを受といい、後にその戒体に随って如法に戒行を修するを隨という。受と隨の両方のかたちを畑の畝にたとえる。

 戒行の墜堕=戒の実行が墜落して行われなくなっていること。

 止作二持の衢=止持(悪をなさないこと)と作持(善をなすこと)の大道。

 天平勝宝七年乙未=西暦七五五年。きのとひつじ。

 鑑真和尚=日本律宗の祖。揚州大明寺の僧。戒師召請に入唐していた栄叡(ようえい)、普照の請いに応じて六度の航海を経て来日する。唐招提寺を建て戒律の根本道場とする。

 滄波=あおい波。大海原。

 法進=唐の僧、鑑真に随って来日。鑑真の東大寺戒壇院創建をたすけ、戒壇院、唐禅院をついだ。西暦七〇九-七七八.

 如宝=唐の僧、胡の人。鑑真に随って来日し、東大寺戒壇院で受戒。鑑真の跡を継いで唐招提寺長老となる。

 秉御=しっかりと手にとり、たくみに操ること。

 苟=かりそめに、いやしくも、まことに、の意あるも、意味不詳。

 八宗=法相、華厳、三論、俱舎、成実、律の南都六宗に天台、真言の新渡の二宗を加える。

 二蔵=経蔵、論蔵。

 澆漓=世が末となって道徳が衰え、人情が薄くなること。

 淡薄=淡くうすいこと。

 三学=戒(戒律)学、定(禅定)学、慧(智慧)学

 

◆【自爾已来三百余年。律水枯竭。無受隨之潤。戒燈滅已。増業惑之暗。罪障不簡軽重。苦果定無所疑。闡提悲願。由此而発。興法誓約。所以而立。至鳥羽天皇御宇保安三年壬寅。実範大徳新造戒壇法式。順徳天皇御宇建暦元年辛未。解脱上人更敷律蔵講席。学解漸昌。而持行未全。談吐頻興。而専精難得。】

 

〔しかるより已来、三百余年。律水(りっすい①)枯竭(こけつ②)して受隨(じゅずい③)の潤い無し。戒燈(かいとう④)滅已(きえはてて)、業惑(ごうわく⑤)の暗を増す。罪障は軽重を簡ばず。苦果は定めて疑う所無し。闡提の悲願(せんだいのひがん⑥)、此れに由って発(おこ)り、興法の誓約、所以(ゆえん)にして立てり。鳥羽天皇の御宇、保安三年壬寅(⑦)に至って、実範大徳(じっぱんだいとく⑧)新たに戒壇法式(かいだんほっしき⑨)を造る。順徳天皇御宇、建暦元年辛未(⑩)に洎(およ)んで、解脱上人(げだつしょうにん⑪)更に律蔵の講席(こうせき)を敷く。学解(がくげ⑫)漸く昌んなれども、持行(じぎょう⑬)は未だ全きからず。談吐(だんと⑭)頻りに興れども、専精(せんせい⑮)は得難し。

 

 律水=律宗の命脈。

 枯竭=枯れてなくなる。

 受隨=戒を受けることと戒行を修すること。

 戒燈=戒のともし火。

 業惑=悪業と煩悩。

 闡提の悲願=大悲心を以って一切衆生を救おうとする菩薩は己の成仏は期さない。

 保安三年=西暦一一二二年。みずのえとら。

 実範大徳=参議藤原顕実の第四子。興福寺へ入寺し、法相宗、真言宗、天台宗、律宗のほか、晩年は浄土教をも兼学した。中川寺成身院を開基す。

 戒壇法式=『東大寺戒壇院受戒式』

 建暦元年=西暦一二一一年。かのとひつじ。

 解脱上人=藤原通憲(信西)の孫。興福寺へ入寺し法相宗を学び戒律の復興をめざした。晩年は笠置寺、海住山寺に住した。解脱房貞慶。

 学解=学問上の深い知識や見識。

 持行=戒律の保持と実行。

 談吐=談論のときの口から出すことばや、そのおもむき。

 専精=一つのことに精神を集中し深めること。

 

◆【于時。四條天皇御宇嘉禎二年丙申九月四日。四人律匠。依大乗三聚通受之法。自誓受戒。上人即其一也。厥時如法律師不異仏世更興。如説戒儀。不耻聖代重起。四人法匠。各有所栖。】

 

〔時に、四条天皇(①)御宇、嘉禎二年(かていにねん②)丙申九月四日、四人の律匠(よにんのりっしょう③)、大乗三聚通受(だいじょうさんじゅうつうじゅ④)の法に依って、自誓受戒(じせいじゅかい⑤)す。上人即ち其の一(ひとり)也。厥(そ)の時、如法の律師は仏世(ぶっせ⑥)に異ならずして更(あらたま)り興り、如説の戒儀は、聖代(しょうだい⑦)に耻(は)じずして重ねて起こる。四人の法匠、各おの栖(す)む所有り。

 

 四條天皇=在位、貞永元~仁治三年(一二三二-四二)。

 嘉禎二年=西暦一二三六年。ひのえさる。

 四人律匠=円晴、有厳、覚盛、叡尊。

 大乗三聚通受=大乗仏教の修行者である菩薩のたもつべき戒。摂律儀戒、摂善法戒、摂衆生戒の三種類の戒(三聚浄戒)を通じて(同時に)受けること。

 自誓受戒=十師(三師七証)による従他受に対して自らが誓いを立て仏菩薩から戒を受ける受戒方法。

 仏世=仏在世。

 聖代=聖なる帝の時代、すなわち鑑真和尚が来朝して如法授戒を伝えた孝謙天皇の時代。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

| | コメント (0)

2016年12月26日 (月)

コスモス寺花だより   12・26

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪三分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

今年の水仙は雨が多いせいか、暖冬のためか、

花の丈が長いです。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「うつくしき素足の冬の来りけり

ちらほらと咲く水仙の花」与謝野晶子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「猫の子が ちよいと押へる おち葉哉」一茶

訳:猫の子がちょっと押さえた落ち葉だね。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》818  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大寺中興思円上人行業記』(凝然著)

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

*この行業記は、東大寺戒壇院の凝然大徳が興正菩薩御入滅後二十三日目にあたる、正応三年九月十八日に上梓したもの。文章は偈文に近い文体で、短い中に菩薩の御生涯を的確にまとめ、非常に格調高い歎徳文となっている。

凝然師(一二四〇~一三二一)は鎌倉時代の南都随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える書物を著し、大半が失われるも、『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』など著名な書物が今に残る。

 

*原文は【】内に、読み下し文は〔〕内に入れ、注釈は①②③で標示した。なお原文は奈良国立文化財研究所刊の『西大寺叡尊伝記集成』と西大寺蔵の写本を校合し、更に私見を交えて勘校した。

 

◆【西大寺思円上人行業記】

 

〔西大寺思円上人(しえんしょうにん①)の行業記(ぎょうごうき②)〕

 

 思円上人=叡尊師は房名(字・あざな、仮名・けみょう)を思円房という。上人は智徳を備え、仏道の修行に励み、深大な慈悲心をそなえている高僧。

 行業記=仏道修行の業績を記した文章。

 

◆【西大寺住持伝法沙門叡尊上人者。中興戒法之宏匠。弘通密教之雄首也。神機冲邈。識量明敏。志操雅正。行業高卓。聞一達十得少通多。】

 

〔西大寺思円上人の行業の記

西大寺の住持(じゅうじ①)、伝法沙門(でんぼうしゃもん②)叡尊上人(えいそんしょうにん③)は、中興戒法の宏匠(ちゅうこうかいほうのこうしょう④)、弘通密教の雄首(ぐつうみっきょうのゆうしゅ⑤)なり。神機冲邈(しんきちゅうばく⑥)にして、識量明敏(しきりょうめいびん⑦)なり。志操雅正(しそうがせい⑧)にして、行業高卓(ぎょうごうこうたく⑨)なり。一を聞いて十に達し、少を得て多に通ず。〕

 

 住持=寺を統括する役をつとめる僧のこと。住持職(じゅうじしき)、住職。

 伝法沙門=法門(法灯)を相伝する僧。沙門は勤息(ごんそく)と訳され、善をすすめ悪をやめる意。

 叡尊上人=上人の敬称は通常、房名(仮名)につけられることが多く、浄土宗の源空を法然上人と称するように、叡尊師は「思円上人」と呼称されることもあり、どちらも正しいと思われる。

 中興戒法の宏匠=嘉禎二年の東大寺における自誓受戒に始まり、家原寺での別受受戒などの戒律復興の大導師であることをいう。

 弘通密教の雄首=菩薩流(西大寺流)の真言密教を広めた雄々しくすぐれたる頭首であることをいう。

 神機冲邈=不思議霊妙なはたらきは深遠で広大であること。

 識量明敏=学識と心の広さがあり、賢くてさとりの早いこと。

 志操雅正=志はかたく気高く正しいこと。

 行業高卓=仏道修行のおこないは崇高ですぐれていること。

 

◆【幼年落髪之後。隨師早入法林。壮齢染衣以来。尋友久遊教海。遂開秘蔵備見霊宝。】

 

〔幼年に落髪(らくはつ①)の後、師に隨って早く法林(ほうりん②)に入り、壮齢に染衣(ぜんね③)以来、友を尋ね久しく教海(きょうかい④)に遊ぶ。遂に秘蔵(ひぞう⑤)を開き、備(つぶさ)に霊宝(れいほう⑥)を見る。〕

 

 落髪=剃髪。出家得度して仏門に入ること。十七歳のとき、上醍醐金剛王院で円明房恵操の下で剃髪出家した。

 法林=仏の教え、仏法の林。

 染衣=僧衣、法衣を着ること。ここでは密教の修行を始めること。

 教海=真言密教の教えを海にたとえる。

 秘蔵=秘めたる宝蔵。ここでは密教の法蔵・経蔵のこと。

 霊宝=霊妙な宝物。密教の奥義・教法。

 

◆【然間六大法性之体。仰帰路而深解。三密瑜伽之業。開入門而大獲。即身大悟者。上人之内行也窮契合於法界之宮。当体頓証者。和上之眞杲也罄冥合(会)於仏智之都】

 

〔然る間、六大法性(ろくだいほっしょう①.)の体は、帰路を仰いで深く解(さと)り、三密瑜伽(さんみつゆが②)の業は、門を開き入りて大いに獲(え)たり。即身大悟は上人の内行(ないこう③)なり。契合(けいごう④)を法界の宮(ほっかいのみや⑤)に窮(きわ)む。当体頓証(とうたいとんしょう⑥)は和上の真果(しんか⑦)なり。冥合(みょうごう⑧)を仏智(ぶっち⑨)の都に罄(つく)す。〕

 

 六大法性=六大は宇宙の万象を形づくるとされる六種の根本要素。地・水・火・風・空・識をいう。法性は一切の存在、現象の真の本性、万有の本体。不改不変の真理。

 三密瑜伽=行者の三密が如来の三密と相応融和すること。また真言の行法をいう。

 内行=習熟するもの。

 契合=ぴったりと合うこと。統一融合すること。

 法界の宮=全宇宙を法の現れと見る。真如そのもの。

 当体頓証=あるがまま、そのままの本性がたちどころに悟りに達すること。

 真果=真の覚り。仏果。

 冥合=冥々のうちに合一すること。

 仏智=仏の智慧。真正で円満な智慧。無上正智。

 

◆【四曼両界(之)薗。開始覚修生之華。三部五智之林。結本有平等之菓。十住心之高梢。栄塵数眷属之枝葉。四重釈之沈室。輝無尽(量)交映之珠玉。遮情山峯。払三妄之惑塵。表徳洞内。顕四身之智財。】

 

〔四曼両界(しまんりょうがい①)の薗には始覚修生(しかくしゅしょう②)の華を開き、三部五智(さんぶごち③)の林には本有平等(ほんうびょうどう④)の果を結び、十住心(じゅうじゅうしん⑤)の高き梢に塵数眷属(じんすうけんぞく⑥)の枝葉を栄う。四重釈(しじゅうしゃく⑦)の深き室に無尽(量ヵ)交映(むりょうこうえい⑧)の珠玉を輝かす。遮情(しゃじょう⑨)の山の峯には三妄の惑塵(さんもうのわくじん⑩)を払い、表徳(ひょうとく⑪)の洞の内には四身の智財(ししんのちざい⑫)を顕わす。〕

 

 四曼両界=曼荼羅のこと。曼荼羅は輪円具足の意で、一切の相を色相、形象、名称、動作の四つによって示したことから「四曼」という。両界は金剛、胎蔵の両界曼荼羅。

 始覚修生=始覚は発心修行し、次第に迷いを捨て悟りをひらくこと(本覚に対する語)。修生は修行によって得ること(自然法爾に対する語)。

 三部五智=三部は胎蔵曼荼羅における蓮華部、金剛部、仏部の総称。仏の大定、大智、大悲の三徳を表す。五智は大日如来が備え持つ五種の智慧の総称。法界体性智、大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智。

 本有平等=本有(ほんぬ)は本来固有の性徳。本来的に平等であること。

 十住心=心の十種の在り方を段階づけたもの。凡夫の心から始まり密教の心を最高のものとする。

 塵数眷属=ちり、ほこりの数ほど多くの仏の教えを受ける者。

 四重釈=四重秘釈。顕教の六合釈に対する密教の解釈法。第一重浅略釈、第二重深秘釈、第三重秘中深秘釈、第四重秘秘中深秘釈。

 無量交映=無量の光が照り輝く。

 遮情=迷情、つまり誤ったものの見方を遮遣(否定)することによって、消極的に真智に導くのを遮情という。

 三妄の惑塵=三つの妄執から生じる大きな煩悩、修行のさまたげ。

 表徳=真如にそなわる功徳、つまりものの真実の相、状態などを直接に表現することによって、積極的に真智を得させるのを表徳という。

 四身の智財=四種法身の智慧のたから。金剛頂経等に説く、自性身、受用身、変化身、等流身。

 

◆【海湛智潮。騰無竭之教波。泉沸慧水。流靡窮之辨(辯)河。顕密二宗。捜賾無遺。金胎両部。奮底有験。上人自謂。菩提薩埵之妙行。興法利生為本。自行化他之悪業。止悪修善為先。故悲律教之廃替。】

 

〔海は智潮(ちちょう①)を湛(たた)えて、無竭の教波(むけつのきょうは②)を騰(あ)げ、泉(いずみ)は慧水(けいすい③)を沸(わか)して、靡窮の辨(辯ヵ)河(びきゅうのべんが④)を流す。顕密の二宗は、賾(さく⑤)を捜して遺(のこ)すこと無く、金胎の両部は、奮底(ふんてい⑥)の験(しるし)あり。上人みずから謂く、菩提薩埵の妙行は興法利生(こうぼうりしょう⑦)を本となし、自行化他(じぎょうけた⑧)の悪業(浄業ヵ)といえども止悪修善(しあくしゅぜん⑨)を先となす。ゆえに律教(りっきょう⑩)の廃替(はいたい⑪)を悲しんで、〕

 

 智潮=潮の如き智慧。

 無竭之教波=尽きることない波のような仏のおしえ。

 慧水=智慧の水。

 靡窮之辯河=弁説で道理を明らかにすることが川のようで窮まることがないこと。

 賾=奥深い道理。をさがし求めること。

 奮底=奥底をふるいたて、明らかにすること。

 興法利生=釈尊の正しい教えを興し、衆生を利益すること。

 自行化他=上求菩提、下化衆生。自らを高め、他者を教化する菩薩行。

 止悪修善=悪行を止め、善行を修すること。

 律教=釈尊の誡め、戒律の教え。律宗。

 廃替=すたれおとろえること。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

| | コメント (0)

2016年12月25日 (日)

コスモス寺花だより   12・25

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪三分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

今年の水仙は雨が多いせいか、暖冬のためか、

花の丈が長いです。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「うつくしき素足の冬の来りけり

ちらほらと咲く水仙の花」与謝野晶子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「猫の子が ちよいと押へる おち葉哉」一茶

訳:猫の子がちょっと押さえた落ち葉だね。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》817  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大勅諡興正菩薩行実年譜附録目録』

巻之上

〇西大寺中興思円上人行業記(正応三年九月十八日 凝然

〇思円上人度人行法結夏記(正応三年十月九日 鏡慧記)

〇興正菩薩伝(出 元亨釈書明律篇)

〇興正菩薩講式(元亨二年八月 阿一草)

〇興正菩薩行状畧頌 附影像瞻礼頌文(建武二年七月二十五日 信尊記)

〇興正菩薩分衣表白

〇護国院年始不動行法表白

〇宇治石塔供養法会勧化状(嘉慶二年十二月 深泉)

〇興正菩薩一百年忌諷誦文

〇同 願文(康応元年三月二十五日 深泉)

〇宇治孤嶋石塔供養式(康応元年四月十日 英源記)

〇興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白(円秀記)

〇同諷誦文(天正十七年八月二十五日)

〇同願文

〇同三百五十年忌表白(全理記)

〇同四百年忌舞楽曼荼羅供表白

〇同諷誦文(元禄二年八月二十五年)

〇同願文

 

巻之下

〇京師報恩教寺仏牙舎利縁起(延宝六年二月十五日)

〇京兆報恩寺仏牙記(出 洗雲集)

〇宇治紀事(出 艸山集)

〇西大寺光明真言縁起

〇同光明真言甄録

〇西大寺官符宣(嘉元元年十一月二日)

〇河州向原寺官符宣(弘安四年五月廿六日)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

| | コメント (0)

2016年12月24日 (土)

コスモス寺花だより   12・24

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪2~3分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「うつくしき素足の冬の来りけり

ちらほらと咲く水仙の花」与謝野晶子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「猫の子が ちよいと押へる おち葉哉」一茶

訳:猫の子がちょっと押さえた落ち葉だね。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》817  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大勅諡興正菩薩行実年譜附録目録』

巻之上

〇西大寺中興思円上人行業記(正応三年九月十八日 凝然

〇思円上人度人行法結夏記(正応三年十月九日 鏡慧記)

〇興正菩薩伝(出 元亨釈書明律篇)

〇興正菩薩講式(元亨二年八月 阿一草)

〇興正菩薩行状畧頌 附影像瞻礼頌文(建武二年七月二十五日 信尊記)

〇興正菩薩分衣表白

〇護国院年始不動行法表白

〇宇治石塔供養法会勧化状(嘉慶二年十二月 深泉)

〇興正菩薩一百年忌諷誦文

〇同 願文(康応元年三月二十五日 深泉)

〇宇治孤嶋石塔供養式(康応元年四月十日 英源記)

〇興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白(円秀記)

〇同諷誦文(天正十七年八月二十五日)

〇同願文

〇同三百五十年忌表白(全理記)

〇同四百年忌舞楽曼荼羅供表白

〇同諷誦文(元禄二年八月二十五年)

〇同願文

 

巻之下

〇京師報恩教寺仏牙舎利縁起(延宝六年二月十五日)

〇京兆報恩寺仏牙記(出 洗雲集)

〇宇治紀事(出 艸山集)

〇西大寺光明真言縁起

〇同光明真言甄録

〇西大寺官符宣(嘉元元年十一月二日)

〇河州向原寺官符宣(弘安四年五月廿六日)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

Img_1616

| | コメント (0)

2016年12月23日 (金)

コスモス寺花だより   12・23

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪2~3分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「うつくしき素足の冬の来りけり

ちらほらと咲く水仙の花」与謝野晶子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「ちる木の葉 渡世念仏 通りけり」一茶

訳:散る木の葉、その中を渡世念仏者が通り過ぎて行ったよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》817  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大勅諡興正菩薩行実年譜附録目録』

巻之上

〇西大寺中興思円上人行業記(正応三年九月十八日 凝然

〇思円上人度人行法結夏記(正応三年十月九日 鏡慧記)

〇興正菩薩伝(出 元亨釈書明律篇)

〇興正菩薩講式(元亨二年八月 阿一草)

〇興正菩薩行状畧頌 附影像瞻礼頌文(建武二年七月二十五日 信尊記)

〇興正菩薩分衣表白

〇護国院年始不動行法表白

〇宇治石塔供養法会勧化状(嘉慶二年十二月 深泉)

〇興正菩薩一百年忌諷誦文

〇同 願文(康応元年三月二十五日 深泉)

〇宇治孤嶋石塔供養式(康応元年四月十日 英源記)

〇興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白(円秀記)

〇同諷誦文(天正十七年八月二十五日)

〇同願文

〇同三百五十年忌表白(全理記)

〇同四百年忌舞楽曼荼羅供表白

〇同諷誦文(元禄二年八月二十五年)

〇同願文

 

巻之下

〇京師報恩教寺仏牙舎利縁起(延宝六年二月十五日)

〇京兆報恩寺仏牙記(出 洗雲集)

〇宇治紀事(出 艸山集)

〇西大寺光明真言縁起

〇同光明真言甄録

〇西大寺官符宣(嘉元元年十一月二日)

〇河州向原寺官符宣(弘安四年五月廿六日)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

| | コメント (0)

2016年12月22日 (木)

コスモス寺花だより   12・22

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪2~3分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「うつくしき素足の冬の来りけり

ちらほらと咲く水仙の花」与謝野晶子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「ちる木の葉 渡世念仏 通りけり」一茶

訳:散る木の葉、その中を渡世念仏者が通り過ぎて行ったよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》817  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大勅諡興正菩薩行実年譜附録目録』

巻之上

〇西大寺中興思円上人行業記(正応三年九月十八日 凝然

〇思円上人度人行法結夏記(正応三年十月九日 鏡慧記)

〇興正菩薩伝(出 元亨釈書明律篇)

〇興正菩薩講式(元亨二年八月 阿一草)

〇興正菩薩行状畧頌 附影像瞻礼頌文(建武二年七月二十五日 信尊記)

〇興正菩薩分衣表白

〇護国院年始不動行法表白

〇宇治石塔供養法会勧化状(嘉慶二年十二月 深泉)

〇興正菩薩一百年忌諷誦文

〇同 願文(康応元年三月二十五日 深泉)

〇宇治孤嶋石塔供養式(康応元年四月十日 英源記)

〇興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白(円秀記)

〇同諷誦文(天正十七年八月二十五日)

〇同願文

〇同三百五十年忌表白(全理記)

〇同四百年忌舞楽曼荼羅供表白

〇同諷誦文(元禄二年八月二十五年)

〇同願文

 

巻之下

〇京師報恩教寺仏牙舎利縁起(延宝六年二月十五日)

〇京兆報恩寺仏牙記(出 洗雲集)

〇宇治紀事(出 艸山集)

〇西大寺光明真言縁起

〇同光明真言甄録

〇西大寺官符宣(嘉元元年十一月二日)

〇河州向原寺官符宣(弘安四年五月廿六日)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

 

| | コメント (0)

2016年12月21日 (水)

コスモス寺花だより   12・21

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪2~3分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「其にほひ 桃より白し 水仙花」松尾芭蕉

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「跡とりや 大根一本 負(せな)におひ」一茶

訳:跡取り息子だねえ。大根一本を背中に背負って帰って行く。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》816  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著)

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【猛勢智火惑焼千薪。兼達瑜伽。博通唯識。三性二諦之奥堂。懸鏡玉而光麗。五重百法之霊苑(薗)。飾華蕚而色鮮。製作繁広。事亘顕密。開済慇懃義遍化制。何況済度六趣之願。傚大聖而深起。】

 

〔猛盛(もうせい)の智火(ちか)は千薪(せんしん①)を惑焼(或焼ヵ、こくしょう②)す。兼ねて瑜伽(ゆが③)に達し、博く唯識(ゆいしき④)に通ず。三性二諦(さんしょうにたい⑤)の奥堂(おうどう⑥)には鏡玉(きょうぎょく⑦)を懸けて光麗(うるわ)しく、五重百法(ごじゅうひゃくほう⑧)の霊苑(薗ヵ、れいえん⑨)には華蕚(かがく⑩)を飾って色鮮やかなり。製作するところは繁広なり。事(じ⑪)は顕密(けんみつ⑫)に亘る。慇懃(いんぎん⑬)の義を開濟(かいさい⑭)し、化制(けせい⑮)を遍くす。何ぞ況や六趣(ろくしゅ⑯)を済度するの願は、大聖(だいしょう⑰)に傚(なら)いて深く起こし、〕

 

 千薪=千は多いこと、薪は煩悩のこと。多くの煩悩。

 或焼=或はいつも、つねにの意。智慧の火が煩悩をつねに焼きつくすこと。

 瑜伽=瑜伽行唯識。梵語でヨーガ、精神統一して禅定に入る修行。

 唯識=法相宗。唯識宗ともいう。

 三性二諦=唯識三性観と真俗二諦説。

 奥堂=一番奥にある大切なお堂。奥深い、究極の教えをさす。

 鏡玉=鏡や玉。光を放つかざり。

 五重百法=五重は五重唯識のこと。唯識三性観を修するのに浅から深に至るに五重ありという。百法は唯識宗に於いて世間出世間の万象を説明するに、俱舎宗七十五法に対して百法を数える。

 霊薗=唯識によるさとりの花薗。

 華萼=美しい花びらと蕚。

 事=ことがら。相対的な現象。

 顕密=顕教と密教。

 慇懃=心をこめて念入りにする。

 開濟=開は始める。濟は成しとげる。物事を始めて、それを成就すること。

 化制=化制二教。律宗の教相判釈。釈迦一代の教えは、経論の二蔵はひろく因果の道理正邪の区別を説き道俗を化するので化教といい、戒律の一蔵は仏弟子の守るべき戒行を明らかにするで制教(行教とも)という。

 六趣=六道(地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天)

 大聖=釈迦如来。

 

◆【興隆三学之誓。継宏覚而大立。誘化之事。不可知数。導引之儀。豈得測乎。于時報齢九十。示疾処床。志操強悍。無有衰色。正応三年庚寅八月二十五日酉剋、奄焉終于西大寺。】

 

〔三学(さんがく①)を興隆するの誓い、宏覚(こうかく②)を継いで大いに立つ。誘化(ゆうけ③)の事は数を知るべからず。導引(どういん④)の儀は、豈に測ることを得んや。時に報齢(ほうれい⑤)九十にして疾(しつ⑥)を示して床に処すも、志操強悍(しそうきょうかん⑦)にして衰色(すいしょく⑧)有ること無し。正応三年(⑨)庚寅(かのえとら)八月二十五日酉尅(とりのこく⑩)、奄焉(えんえん⑪)として西大寺に終(しま)う。〕

 

 三学=悟りを開くために必ず修めなければならない三種の実践修行。戒(戒律)、定(禅定)、慧(智慧)。

 宏覚=大きな悟りを開いた人、すなわち釈尊のこと。

 誘化=いざない教化すること。

 導引=教えみちびくこと。

 報齢=年齢。数え年。

 疾=やまい。急病。

 志操強悍=仏道修行の志を固く強く守っていること。

 衰色=おとろえた顔かたち。また、様子。

 正応三年=西暦一二九〇年。

 酉剋=現在の午後六時ごろ。また、その前後二時間。

 奄焉=にわかに。

 

◆【跏坐縛印姿色鮮麗。道俗悲歎。遠近来問。傷訓導之忽缺。慟律炬之卒滅。沙羅林之風。更起哀聲。跋提河之浪。再出悲音而已。】

 

〔跏坐縛印(かざばくいん①)の姿色鮮麗(ししょくせんれい②)なり。道俗悲歎し遠近より来り問う。訓導(くんどう③)の忽缺(こっけつ④)を傷(いた)み、律炬(りっきょ⑤)の卒滅(そつめつ⑥)を慟(なげ)く。沙羅林(しゃらりん⑦)の風は更に哀声(あいせい⑧)を起こし、跋提河(ばつだいが⑨)の浪は再び悲音(ひおん⑩)を出だす而已(のみ)。〕

 

 跏坐縛印=結跏趺坐(けっかふざ)して禅定(ぜんじょう)の印を結ぶ。

 姿色鮮麗=すがた顔だちがあざやかでうるわしいこと。

 訓導=教えみちびくこと。

 忽缺=たちまちに消えること。

 律炬=戒律のともしび。

 卒滅=ただちに滅びること。

 沙羅林=釈尊が涅槃した沙羅の林。

 哀声=悲しみのこもった声や音。いかにも悲しそうな声や音。

 跋提河=古代インドのマラ国の首都クシナガラを流れる川。釈尊はこの川の西岸で涅槃した。

 悲音=悲しみいたむ音。

 

◆【上人行業無量。威徳無窮。若細記之。紙墨難及。略陳萬一。以結来縁矣。

 

于時正応三年庚寅九月十八日。東大寺戒壇院沙門凝然謹誌。】

 

〔上人の行業(ぎょうごう①)は無量にして威徳(いとく②)は窮まり無し。若し細かく之を記せば、紙墨(しぼく③)は及び難し。略して万の一つを陳べ、以って来縁(らいえん④)を結ばんとす。

 

   時に、正応三年(⑤)庚寅九月十八日  

       東大寺戒壇院沙門凝然 謹誌    〕

 

 行業=仏道の修行。

 威徳=おごそかでおかしがたい徳。威厳と人徳。

 紙墨=墨で書いたもの。文書。

 来縁=来世での結縁。

 正応三年=伏見天皇代の年号。西暦一二九〇年。

(おわり)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

| | コメント (0)

2016年12月20日 (火)

コスモス寺花だより   12・20

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪2~3分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「其にほひ 桃より白し 水仙花」松尾芭蕉

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「何として 忘れませうぞ かれ芒(すすき)」一茶

訳:どうして忘れることができましょうか。一緒に見た枯れ芒を。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》815

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著)

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【欲鎖彌堅。孔芳還早。欲仰更高。儒風何比。不恨世属末法。唯貴時遇龍驎。無思処在辺隅。喜希見鸞鳳。八極台上。催龍顔之叡感。九重城内。騰象首之祥威。】

 

〔鎖(とざ)さんと欲するは彌(いよいよ)堅く、孔芳(こうほう①)は還って㫗(あつ)し。仰がんと欲するはさらに高し。儒風(じゅふう②)も何ぞ比せん。世の末法に属すことを恨まず、唯だ時に龍驎(りゅうりん③)に遇うことを貴ぶ。辺隅(へんぐう④)に処在するを思うこと無く、希(まれ)に鸞鳳(らんぽう⑤)を見ることを喜ぶ。八極(はっきょく⑥)の台上に龍顔(りゅうがん⑦)の叡感(えいかん⑧)を催し、九重(ここのえ⑨)の城内に象首(しょうしゅ⑩)の祥威(しょうい⑪)を騰(あ)ぐ。〕

 

 孔芳=大きな名声、ほまれ。

 儒風=儒者のならわし。

 龍驎=龍や優れた馬をいい、りっぱな指導者。

 辺隅=都から遠く離れた土地。国の片隅。

 鸞鳳=鸞鳥と鳳凰。君子のたとえ。

 八極=四方(東西南北)と四隅(乾坤艮巽)。全世界。

 龍顔=天子の顔。

 叡感=天子が感心なさること。

 九重=宮中。禁中。

 象首=仏陀、釈尊。

 祥威=吉祥のいきおいあること。

 

◆【太上天皇作受法之敬。国母太后致稟戒之礼。三公俱受訓誘之事。百官並以服膺之儀。射山之前無不蒙誉。紛水之辺無流美。況又五畿之境七道之間。問律者不少。訪道之輩甚多。】

 

〔太上天皇(だじょうてんのう①)は受法の敬(うやまい②)を作(な)したまう。国母太后(こくもたいこう③)は稟戒(ひんかい④)の礼を致したまう。三公(さんこう⑤)は倶に訓誘(くんゆう⑥)の事を受け、百官は並びに服膺(ふくよう⑦)の儀を以ってす。射山(しゃざん⑧)の前に誉を蒙(こうむ)らざること無し。紛水(ふんすい⑨)の辺に美を流さずということ無し。況や又、五畿(ごき⑩)の境、七道(しちどう⑪)の間に、律を問う者少なからず。道を訪(と)うの輩(ともがら)甚だ多し。〕

 

 太上天皇=亀山上皇

 受法の敬=仏法、特に真言密教の教えを受けるについての敬い。

 国母太后=天皇の母。皇太后。

 稟戒=受戒の礼。五戒または八斎戒を受けたもつこと

 三公=中国の官名。天子を補佐する最高の地位にある三人。

 訓誘=教え導く。

 服膺=他人の戒め、命令などをしっかりと心にとどめて忘れないこと。

 射山=「藐姑射(はこや)の山」の略を音読した語。上皇の御所。

 紛水=不詳。中国の川の名前か。

 五畿=五畿内。大和、山城、和泉、河内、摂津。

 七道=東海道、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、南海道、西海道の総称。

 

◆【東域渺茫。山野分路。西国遼遠。江海凌波。北邦致朝宗之礼。南界作府集之事。所居之寺。常徒数百。所往之処。無不帰敬。門人不少。資輩是多。或湛智海而撃波瀾。或聳徳山而栄林木。】

 

〔東域は渺茫(びょうぼう①)として、山野路を分かつ。西国は遼遠(りょうえん②)として、江海(こうかい③)は波を凌(しの)ぐ。北邦(ほくほう④)は朝宗の礼(ちょうそうのれい⑤)を致し、南界(なんかい⑥)は府集の事(ふしゅうのじ⑦)を作(な)す。居する所の寺、常に徒は数百。所往の処にて帰敬(ききょう⑧)せずということ無し。門人は少なからず。資輩(しはい⑨)はこれ多し。或は智海(ちかい⑩)を湛(たた)えて、波瀾(はらん⑪)を撃つ。或いは徳山(とくざん⑫)を聳(そび)えて、林木(りんぼく⑬)を栄(さか)う。〕

 

 渺茫=広々として果てしないこと。

 遼遠=はるか遠いこと。

 江海=川と海。

 北邦=北の国。

 朝宗之礼=春と夏に諸侯や群臣が天子に拝謁すること。河川が集まって海に流れ込むこと。

 南界=南の世界。

 府集之事=都のように人が集まることを云う。

 帰敬=帰依恭敬の意。

 資輩=弟子たち。

 智海=智慧は海のように深く広く大きいこと。

 波瀾=大小の波。

 徳山=仏道修行で具わった徳は山のように高いこと。。

 林木=人材を樹木に例える。

 

◆【在于関東。在于鎭西。居寺中焉居畿内。末寺数千。源出昆山。叢(裔)院若干。本生葱(香)嶺。各弘律法。俱開戒宗。】

 

〔関東(かんとう①)に在り、鎭西(ちんぜい②)に在り、寺中(じちゅう③)に居(ご)し、畿内(きない④)に居す。末寺数千、源(みなもと)は昆山(こんざん⑤)より出ず。叢院(そういん⑥)若干、本は葱嶺(そうれい⑦)より生ず。おのおの律法(りっぽう⑧)を弘め、倶に戒宗(かいしゅう⑨)を開く。〕

 

 関東=鈴鹿の関、不破の関、愛発(あらち)の関の三関以東の地。ここでは鎌倉をさすか。

 鎭西=九州。

 寺中=西大寺の中。

 畿内=五畿内(山城、大和、河内、和泉、摂津の国)。都の周辺。

 昆山=中国江蘇州昆山市。同じ江蘇州の揚州市には鑑真和尚ゆかりの文峰寺がある。

 叢院=叢は草むら。多くの寺院。

 葱嶺=中央アジアのパミール高原。

 律法=律蔵に説かれた釈迦の教え。

 戒宗=戒律の宗。律宗。

 

 

◆【又伝法灌頂之者。彼此其数亦多。並開密蔵。互輝光暉。上人伝持密教。大飛精美。秉御戒法。高播声誉。定慧精研。経論譜練。平等心水。影浮万像(象)。】

 

〔又、伝法灌頂(でんぼうかんじょう①)の者、彼此(ひし②)その数亦多し。並びに密蔵(みつぞう③)を開き、互いに光輝(こうき④)を耀(かがや)かす。上人、密教を伝持して大いに精美(せいび⑤)を飛ばす。戒法を秉御(へいぎょ⑥)して、高く声誉(せいよ⑦)を播(あ)ぐ。定慧(じょうえ⑧)を精研(せいけん⑨)し、経論を譜練(ふれん⑩)す。平等心(びょうどうしん⑪)の水影に万像(まんぞう⑫)を浮かべる。

 

 伝法灌頂=真言密教で、密法を修行したすぐれた行者に対して、阿闍梨の位をつぐことを許すための灌頂。密教の法を伝えるため頭頂に大日如来の五智法水を灌ぐ儀式。

 彼此=かれもこれも。

 密蔵=密教の経蔵。

 光輝=ひかりかがやくこと。また、光。かがやき。

 精美=すぐれて美しいこと。純粋ですぐれていること。

 秉御=しっかり守り統御する。

 声誉=一世の誉れとなること。

 定慧=禅定と智慧。仏教の三学、戒定慧のうち瞑想の定学と慧学。

 精研=くわしく研究すること。

 譜練=順序だてて習練する。

 平等心=仏菩薩の、一切衆生を差別することなく平等に愛する慈悲心。

 万像=あらゆる事物。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

| | コメント (0)

2016年12月19日 (月)

コスモス寺花だより   12・19

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪2~3分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「其にほひ 桃より白し 水仙花」松尾芭蕉

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「限りある 身とな思そ 浮ね鳥」一茶

訳:限りがある辛い身だと思いなさるな、浮寝鳥。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》814

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著)

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【何況菩薩律蔵。不共戒宗。括諸解而無二。貫衆釈而帰一。通別二受。極賾於教綱。化制両輟。盡旨於律綱。義林一章。栄詳体之珍葉。靑丘数軸。散輔行之妙蕚。受隨之法事。唯在茲。智解抜群。是生知之才也。】

 

〔何ぞいわんや、菩薩の律蔵(ぼさつのりつぞう①)、不共の戒宗(ふぐのかいしゅう②)は、諸解(しょげ③)を括(くく)って二つ無し。衆釈(しゅうしゃく④)を貫いて一に帰す。通別の二受(つうべつのにじゅ⑤)は賾(さく⑦)を教綱(きょうこう⑥)に極め、化制の両轍(けせいのりょうてつ⑧)は旨を律綱(りっこう⑨)に盡す。義林一章(ぎりんいちじょう⑩)は詳体(しょうたい⑪)の珍葉(業)を栄う。青丘(せいきゅう⑫)の数軸は、輔行(ふぎょう⑬)の妙蕚(みょうがく⑭)を散らす。受隨(じゅずい⑮)の法事は唯茲に在り。智解(ちげ)抜群にして、是れ生知の才(しょうちのさい⑯)也。〕

 

 菩薩律蔵=菩薩戒(大乗戒)。

 不共の戒宗=小乗戒そのままではなく(不共)、独自に大乗の教えに則り解釈された戒律の宗。南山律宗。

 諸解=諸の解釈。諸師の説。

 衆釈=多くの注釈。

 通別二受=通受と別受。三聚浄戒(菩薩戒)を総じて受戒する方法と三聚のうち摂律儀戒をを単独で受戒する方法。

 教綱=教えのおおもと。

 賾=おくぶかい道理。

 化制の両轍=南山律宗の教相判釈。化教と制教。化教は衆生の性質、能力に応じて教化することで、定と慧にもとづく教義をさす。制教は戒律を説く律蔵の教え。

 律綱=律宗の大綱。基本、大本。

 義林一章=『大乗法苑義林章』(大正蔵45)。唐の慈恩大師窺基の著。法相唯識の教学書。第11の「表無表章」に戒律の問題を説く。

 詳体=興正菩薩撰の『表無表章詳体文集』。『義林章』の「表無表章」を注釈する。「表無表」を解釈し、戒体の得捨、律儀を詳解する。古来、律学の基薩戒本宗要』に『菩薩戒本宗要輔行文集』を再注釈した。

 妙蕚=著作を花の蕚に例える。

 受隨=受体随行。比丘が初めて戒を身に受けることを受といい、それ以後戒体に随って如法に戒行し身心を慎んで行動するを随という。

 生知=生まれながらの知的能力。

 

◆【識量絶倫。乃天与の徳也。兼包之性。無並肩之人。貫括之能。無参肘之者。開敷不懈。講通無輟。終南虬文累遍数。而講弘諸師別章。対衆縁而宣演。昼聚徒属説法。夜坐静室凝慮。聴徒成市。帰族如林。】

 

〔識量(しきりょう①)は絶倫(ぜつりん②)、すなわち天の与えたる徳也。兼包(けんぼう③)の性は肩を並ぶるの人無し。貫括(かんかつ④)の能、参肘(さんちゅう⑤)の者無し。開敷(かいふ⑥)を懈(おこた)らず、講通(こうつう⑦)するに輟(とど)むること無し。終南の虬文(しゅうなんのきゅうぶん⑧)は遍数を累(かさ)ねて講弘し、諸師の別章(べっしょう⑨)は衆縁に対して宣演(せんえん⑩)す。昼は徒属(とぞく⑪)を聚(あつ)めて法を説き、夜は静室に坐して凝慮(ぎょうりょ⑫)す。聴徒は市を成し、帰族(きぞく⑬)は林の如し。〕

 

 識量=識見と度量。

 絶倫=人なみはずれてすぐれている。群を抜いている。

 兼包=あわせつつむ。

 貫括=人々を束ねる。

 参肘=同等の能力をもつ。

 開敷=教えを説きひろめること。

 講通=講義してあまねく行き渡らせる。

 終南の虬文=道宣律師の戒律書。

 別章=律宗諸師の個別の著作物。

 宣演=のべひろめる。

 徒属=弟子たち。

 凝慮=深く考える。

 帰族=帰依する人々

 

◆【受十戒具戒之者。幾二千人。受一分全分輩。将十万人。十重六八菩薩蔵。珠瓊煥爛。日月明朗。故戒行清潔。超雪霜之状。律徳皎徹。勝氷玉之体。】

 

〔十戒具戒(じゅっかいぐかい①)を受くるの者は二千人に幾(ちか)し。一分、全分を受くる輩は将(まさ)に十万人にならんとす。十重六八(じゅうじゅうろくはち②)の菩薩(戒)蔵は、珠瓊煥爛(しゅけいかんらん③)たり、日月明朗(めいろう④)たり。故に戒行清潔にして雪霜の状を超え、律徳皎徹(りっとくきょうてつ⑤)して氷玉(ひょうぎょく)の体に勝りたり。〕

 

 十戒具戒=十戒は沙弥、沙弥尼が受ける戒。具戒は具足戒、比丘が受ける二百五十戒、比丘尼が受ける三百四十八戒。

 十重六八=梵網経の十重戒と四十八軽戒。

 珠瓊煥爛=珠玉のように光り輝いている。

 日月明朗=日や月の光のようにあかるくさっぱりしている。

 律徳皎徹=戒律を守る徳が清らかで明るいこと。

 

◆【開遮持犯識解。已秀上古。制聴軽重証悟。不耻大国。威高憬融。価遇演亮。昭々焉懸白日于一天。蕩々乎湛青潮于四海。人天感動作弾指之勢。冥顕驚揺示稽首之粧。】

 

〔開遮持犯(かいしゃじぼん①)の識解(しきかい②)は已に上古に秀でたり。制聴軽重(せいちょうけいじゅう③)の証悟(しょうご④)は大国(たいこく⑤)に耻(は)じず。威(いきおい)は憬融(けいゆう⑥)よりも高く、價(あたい)は演亮(えんりょう⑦)に邁(まさ)れり。昭昭焉(しょうしょうえん⑧)として白日を一天に懸け、蕩蕩乎(とうとうこ⑨)として青潮を四海に湛う。人天惑動して弾指(だんし⑩)の勢を作し、冥顕驚揺(めいけんきょうよう⑪)して稽首(けいしゅ⑫)の粧いを示す。〕

 

 開遮持犯=開は行為を許すこと、遮は禁ずること。持は持戒、悪業を制止する止持戒と善業につとめる作持戒がある。犯は犯戒で、善業をつとめない止犯と悪業をおかす作犯がある。

 識解=知識と理解。

 制聴軽重=軽重の戒を制することと許すこと。

 証悟=さとっていること。

 大国=中国。当時は南宋国。

 憬融=人名、不詳。

 演亮=人名、不詳。

 昭昭焉=明らかに輝くさま。

 蕩蕩乎=広々としているさま。

 弾指=指をはじいて音をたて、敬虔、歓喜の意をあらわす。

 冥顕驚揺=暗と明の世界がおどろき揺らぐ。

 稽首=うやうやしく礼をすること。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

| | コメント (0)

2016年12月18日 (日)

コスモス寺花だより   12・18

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪2~3分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙や 寒き都の ここかしこ」与謝野蕪村

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「限りある 身とな思そ 浮ね鳥」一茶

訳:限りがある辛い身だと思いなさるな、浮寝鳥。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》814

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著)

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【海湛智潮。騰無竭之教波。泉沸慧水。流靡窮之辨(辯)河。顕密二宗。捜賾無遺。金胎両部。奮底有験。上人自謂。菩提薩埵之妙行。興法利生為本。自行化他之悪業。止悪修善為先。故悲律教之廃替。】

 

〔海は智潮(ちちょう①)を湛(たた)えて、無竭の教波(むけつのきょうは②)を騰(あ)げ、泉(いずみ)は慧水(けいすい③)を沸(わか)して、靡窮の辨(辯ヵ)河(びきゅうのべんが④)を流す。顕密の二宗は、賾(さく⑤)を捜して遺(のこ)すこと無く、金胎の両部は、奮底(ふんてい⑥)の験(しるし)あり。上人みずから謂く、菩提薩埵の妙行は興法利生(こうぼうりしょう⑦)を本となし、自行化他(じぎょうけた⑧)の悪業(浄業ヵ)といえども止悪修善(しあくしゅぜん⑨)を先となす。ゆえに律教(りっきょう⑩)の廃替(はいたい⑪)を悲しんで、〕

 

 智潮=潮の如き智慧。

 無竭之教波=尽きることない波のような仏のおしえ。

 慧水=智慧の水。

 靡窮之辯河=弁説で道理を明らかにすることが川のようで窮まることがないこと。

 賾=奥深い道理。をさがし求めること。

 奮底=奥底をふるいたて、明らかにすること。

 興法利生=釈尊の正しい教えを興し、衆生を利益すること。

 自行化他=上求菩提、下化衆生。自らを高め、他者を教化する菩薩行。

 止悪修善=悪行を止め、善行を修すること。

 律教=釈尊の誡め、戒律の教え。律宗。

 廃替=すたれおとろえること。

 

◆【開受隨両相(之)畝。歎戒行之墜堕。分止作二持之衢。昔 人王第四十六代孝謙天皇御宇天平勝宝七年乙未。大唐揚州鑑真和尚。遠渡滄波。創伝戒律。其後法進。如宝。継踵秉御。道淨常詮。受(苟)弘持。八宗澤異。同沐戒水。二蔵路区。倶耀律燈律燈。然世漸澆漓。人稍淡薄。三学未必遍歴。二持厥跡如無。

 

〔受隨両相の(じゅずいりょうそうのうね①)を開く。戒行の墜堕(かいぎょうのついだ②)を歎(なげ)いて、止作二持の衢(しさにじのく③)を分つ。昔、人王第四十六代孝謙天皇御宇天平勝宝七年乙未(④)、大唐揚州鑑真和尚(⑤)、遠く滄波(そうは⑥)を渡り、創めて戒律を伝う。其の後、法進(ほうしん⑦)、如宝(にょほう⑧)、踵(きびす)を継いで秉御(へいぎょ⑨)す。道淨、常詮、受芍(苟ヵ不明な字)弘持す。八宗(はっしゅう⑩)の沢は異なるとも、同じく戒水に沐す。二蔵(にぞう⑪)は路(みち)区(くぎ)るとも、倶に律燈(りっとう)を耀かす。然れば世は漸く澆漓(ぎょうり⑫)にして、人は稍(やや)淡薄(たんぱく⑬)なり。三学(さんがく⑭)は未だ必ずしも遍歴せず。二持(止持、作持)は厥(そ)の跡、無きが如し。〕

 

 受隨両相の畝=比丘が初めて戒体を受けて吾身に具えるを受といい、後にその戒体に随って如法に戒行を修するを隨という。受と隨の両方のかたちを畑の畝にたとえる。

 戒行の墜堕=戒の実行が墜落して行われなくなっていること。

 止作二持の衢=止持(悪をなさないこと)と作持(善をなすこと)の大道。

 天平勝宝七年乙未=西暦七五五年。

 鑑真和尚=日本律宗の祖。揚州大明寺の僧。戒師召請に入唐していた栄叡(ようえい)、普照の請いに応じて六度の航海を経て来日する。唐招提寺を建て戒律の根本道場とする。

 滄波=あおい波。大海原。

 法進=唐の僧、鑑真に随って来日。鑑真の東大寺戒壇院創建をたすけ、戒壇院、唐禅院をついだ。七〇九-七七八.

 如宝=唐の僧、胡の人。鑑真に随って来日し、東大寺戒壇院で受戒。鑑真の跡を継いで唐招提寺長老となる。

 秉御=しっかりと手にとり、たくみに操ること。

 八宗=法相、華厳、三論、俱舎、成実、律の南都六宗に天台、真言の新渡の二宗を加える。

 二蔵=経蔵、論蔵。

 澆漓=世が末となって道徳が衰え、人情が薄くなること。

 淡薄=淡くうすいこと。

 三学=戒(戒律)学、定(禅定)学、慧(智慧)学

 

◆【自爾已来三百余年。律水枯竭。無受隨之潤。戒燈滅已。増業惑之暗。罪障不簡軽重。苦果定無所疑。闡提悲願。由此而発。興法誓約。所以而立。至鳥羽天皇御宇保安三年壬寅。実範大徳新造戒壇法式。順徳天皇御宇建暦元年辛未。解脱上人更敷律蔵講席。学解漸昌。而持行未全。談吐頻興。而専精難得。】

 

〔しかるより已来、三百余年。律水(りっすい①)枯竭(こけつ②)して受隨(じゅずい③)の潤い無し。戒燈(かいとう④)滅已(きえはてて)、業惑(ごうわく⑤)の暗を増す。罪障は軽重を簡ばず。苦果は定めて疑う所無し。闡提の悲願(せんだいのひがん⑥)、此れに由って発(おこ)り、興法の誓約、所以(ゆえん)にして立てり。鳥羽天皇の御宇、保安三年壬寅(⑦)に至って、実範大徳(じっぱんだいとく⑧)新たに戒壇法式(かいだんほっしき⑨)を造る。順徳天皇御宇、建暦元年辛未(⑩)に洎(およ)んで、解脱上人(げだつしょうにん⑪)更に律蔵の講席(こうせき)を敷く。学解(がくげ⑫)漸く昌んなれども、持行(じぎょう⑬)は未だ全きからず。談吐(だんと⑭)頻りに興れども、専精(せんせい⑮)は得難し。

 

 律水=律宗の命脈。

 枯竭=枯れてなくなる。

 受隨=戒を受けることと戒行を修すること。

 戒燈=戒のともし火。

 業惑=悪業と煩悩。

 闡提の悲願=大悲心を以って一切衆生を救おうとする菩薩は己の成仏は期さない。

 保安三年=西暦一一二二年。みずのえとら。

 実範大徳=参議藤原顕実の第四子。興福寺へ入寺し、法相宗、真言宗、天台宗、律宗のほか、晩年は浄土教をも兼学した。中川寺成身院を開基す。

 戒壇法式=『東大寺戒壇院受戒式』

 建暦元年=西暦一二一一年。かのとひつじ。

 解脱上人=藤原通憲(信西)の孫。興福寺へ入寺し法相宗を学び戒律の復興をめざした。晩年は笠置寺、海住山寺に住した。解脱房貞慶。

 学解=学問上の深い知識や見識。

 持行=戒律の保持と実行。

 談吐=談論のときの口から出すことばや、そのおもむき。

 専精=一つのことに精神を集中し深めること。

 

◆【于時。四條天皇御宇嘉禎二年丙申九月四日。四人律匠。依大乗三聚通受之法。自誓受戒。上人即其一也。厥時如法律師不異仏世更興。如説戒儀。不耻聖代重起。四人法匠。各有所栖。】

 

〔時に、四条天皇(①)御宇、嘉禎二年(かていにねん②)丙申九月四日、四人の律匠(よにんのりっしょう③)、大乗三聚通受(だいじょうさんじゅうつうじゅ④)の法に依って、自誓受戒(じせいじゅかい⑤)す。上人即ち其の一(ひとり)也。厥(そ)の時、如法の律師は仏世(ぶっせ⑥)に異ならずして更(あらたま)り興り、如説の戒儀は、聖代(しょうだい⑦)に耻(は)じずして重ねて起こる。四人の法匠、各おの栖(す)む所有り。

 

 四條天皇=在位、貞永元~仁治三年(一二三二-四二)。

 嘉禎二年=西暦一二三六年。ひのえさる。

 四人律匠=円晴、有厳、覚盛、叡尊。

 大乗三聚通受=大乗仏教の修行者である菩薩のたもつべき戒。摂律儀戒、摂善法戒、摂衆生戒の三種類の戒(三聚浄戒)を通じて(同時に)受けること。

 自誓受戒=十師(三師七証)による従他受に対して自らが誓いを立て仏菩薩から戒を受ける受戒方法。

 仏世=仏在世。

 聖代=聖なる帝の時代、すなわち鑑真和尚が来朝して如法授戒を伝えた孝謙天皇の時代。

 

◆【上人住西大寺。昌興戒法。四律五論之聖典。懸赫日而光朗。三大五部之祖文。瑩珠玉而色鮮。南山之峯。三観風涼。西湖之涯。十業月円。山東相州之義門。嵩嶽鎮国之理路。禅定弘法之戸。江東雙林之窓。】

 

〔上人は西大寺に住して、戒法を昌興(しょうこう①)す。四律五論(しりつごろん②)の聖典、赫日(かくじつ③)に懸って光朗(あきら)かなり。三大五部(さんだいごぶ④)の祖文は、珠玉を瑩(みが)いて色鮮やかなり。南山(なんざん⑤)の峯に三観(さんがん⑥)の風涼しく、西湖(せいこ⑦)の涯に十業(じゅうごう⑧)の月円(まど)かなり。山東相州(さんとうそうしゅう⑨)の義門、嵩嶽鎮国(すうがくちんこく⑩)の理路、禅定弘法(ぜんじょうこうぼう⑪)の戸、江東双林(こうとうそうりん⑫)の窓、〕

 

 昌興=さかんにおこす。

 四律五論=四律は十誦律、四分律、五分律、摩訶僧祇律。五論は毘尼母論、摩得勒伽論、善見論、薩婆多論、明了論。

 赫日=かがやく日。

 三大五部=道宣の著作。三大部は、『四分律刪繁補闕行事鈔』『四分律刪補随機羯磨疏』『四分律含注戒本疏』。五大部はこれに『四分律拾毘尼義鈔』『四分比丘尼鈔』

 南山=終南山。道宣律師が住した山。

 三観=「南山三観」。道宣律師の観法。性空観、相空観、唯識観。

 西湖=浙江省杭州市の西にある湖。景勝の地。

 十業=十善業。不殺生、不偸盗、不婬、不妄語、不両舌、不悪口、不綺語、不貪欲、不瞋恚、不邪見。

 山東相州=山東は中国崋山以東の地。相州は河南省臨漳県の西。

 嵩嶽鎮国=嵩山の鎮国寺に住した定賓律師のこと。法礪の相部宗を受け、その旧疏を宣揚す。

 禅定弘法=坐禅をして心を静めること、弘法は仏法を弘めること。

 江東雙林=江東は長江の下流南岸地方。雙林は沙羅双樹の林。

 

◆【凡厥疏鈔章記之所釈。図録集儀之所説。玄奘飜伝之体業。義浄訳持之教典。無不尋窮。皆悉学盡。】

 

〔凡そ厥の疏鈔章記(しょしょうしょうき①)の所釈、図録集儀(ずろくしゅうぎ②)の所説、玄奘飜伝(げんじょうほんでん③)の体業(たいごう④)、義浄訳持(ぎじょうやくじ⑤)の教典、尋窮(じんきゅう⑥)せずということ無し。皆悉く学び盡せり。〕

 

 疏鈔章記=疏は書籍の注釈。鈔は写し、抜き書き。章は首尾がそろい意義のまとまっている文章のひとくぎり。記は経書の注解。

 図録集儀=図を加えた記録、また資料として図を集めた書物。

 玄奘飜伝=唐の訳経三蔵、玄奘が翻訳せる。七十五部千三百余巻を飜ず。

 体業=業績、経典。

 義浄訳持=唐の訳経僧、義浄。五十六部三百三十余巻を翻訳。

 尋窮=たずねきわめること。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

| | コメント (0)

2016年12月17日 (土)

コスモス寺花だより   12・17

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪2~3分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りがあたりに漂っています。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙や 寒き都の ここかしこ」与謝野蕪村

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「鐘の声 水鳥の声 夜はくらき」一茶

訳:お寺の鐘の声、水鳥の鳴く声、夜の暗い闇。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》813

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著)

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

 (西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

*この行業記は、東大寺戒壇院の凝然大徳が興正菩薩御入滅後二十三日目にあたる、正応三年九月十八日に上梓したもの。文章は偈文に近い文体で、短い中に菩薩の御生涯を的確にまとめ、非常に格調高い歎徳文となっている。

凝然師(一二四〇~一三二一)は鎌倉時代の南都随一の学僧で、華厳・真言・律・浄土・禅等を研鑽し、自ら「華厳兼律金剛欣淨三経学士沙門」と名乗った。生涯に千巻を超える著作を記したが、大半が失われる中でも『八宗綱要』『律宗綱要』『内典塵露章』『三国仏法伝通縁起』など著名な書物が今に残る。

 

*原文は【】内に、読み下し文は〔〕内に入れ、注釈は①②③で標示した。

 

◆【西大寺思円上人行業記】

 

〔西大寺思円上人(しえんしょうにん①)の行業記(ぎょうごうき②)〕

 思円上人=叡尊師は房名(字・あざな、仮名・けみょう)を思円房という。上人は智徳を備え、仏道の修行に励み、深大な慈悲心をそなえている高僧。

 行業記=仏道修行の業績を記した文章。

 

◆【西大寺住持伝法沙門叡尊上人者。中興戒法之宏匠。弘通密教之雄首也。神機冲邈。識量明敏。志操雅正。行業高卓。聞一達十得少通多。】

 

〔西大寺思円上人の行業の記

西大寺の住持(じゅうじ①)、伝法沙門(でんぼうしゃもん②)叡尊上人(えいそんしょうにん③)は、中興戒法の宏匠(ちゅうこうかいほうのこうしょう④)、弘通密教の雄首(ぐつうみっきょうのゆうしゅ⑤)なり。神機冲邈(しんきちゅうばく⑥)にして、識量明敏(しきりょうめいびん⑦)なり。志操雅正(しそうがせい⑧)にして、行業高卓(ぎょうごうこうたく⑨)なり。一を聞いて十に達し、少を得て多に通ず。〕

 

 住持=寺を統括する役をつとめる僧のこと。住持職(じゅうじしき)、住職。

 伝法沙門=法門(法灯)を相伝する僧。沙門は勤息(ごんそく)と訳され、善をすすめ悪をやめる意。

 叡尊上人=上人の敬称は通常、房名(仮名)につけられることが多く、浄土宗の源空を法然上人と称するように、叡尊師は「思円上人」と呼称されることもあり、どちらも正しいと思われる。

 中興戒法の宏匠=嘉禎二年の東大寺における自誓受戒に始まり、家原寺での別受受戒などの戒律復興の大導師であることをいう。

 弘通密教の雄首=菩薩流(西大寺流)の真言密教を広めた雄々しくすぐれたる頭首であることをいう。

 神機冲邈=不思議霊妙なはたらきは深遠で広大であること。

 識量明敏=学識と心の広さがあり、賢くてさとりの早いこと。

 志操雅正=志はかたく気高く正しいこと。

 行業高卓=仏道修行のおこないは崇高ですぐれていること。

 

◆【幼年落髪之後。隨師早入法林。壮齢染衣以来。尋友久遊教海。遂開秘蔵備見霊宝。】

 

〔幼年に落髪(らくはつ①)の後、師に隨って早く法林(ほうりん②)に入り、壮齢に染衣(ぜんね③)以来、友を尋ね久しく教海(きょうかい④)に遊ぶ。遂に秘蔵(ひぞう⑤)を開き、備(つぶさ)に霊宝(れいほう⑥)を見る。〕

 

 落髪=剃髪。出家得度して仏門に入ること。十七歳のとき、上醍醐金剛王院で円明房恵操の下で剃髪出家した。

 法林=仏の教え、仏法の林。

 染衣=僧衣、法衣を着ること。ここでは密教の修行を始めること。

 教海=真言密教の教えを海にたとえる。

 秘蔵=秘めたる宝蔵。ここでは密教の法蔵・経蔵のこと。

 霊宝=霊妙な宝物。密教の奥義・教法。

 

◆【然間六大法性之体。仰帰路而深解。三密瑜伽之業。開入門而大獲。即身大悟者。上人之内行也窮契合於法界之宮。当体頓証者。和上之眞杲也罄冥合(会)於仏智之都】

 

〔然る間、六大法性(ろくだいほっしょう①.)の体は、帰路を仰いで深く解(さと)り、三密瑜伽(さんみつゆが②)の業は、門を開き入りて大いに獲(え)たり。即身大悟は上人の内行(ないこう③)なり。契合(けいごう④)を法界の宮(ほっかいのみや⑤)に窮(きわ)む。当体頓証(とうたいとんしょう⑥)は和上の真果(しんか⑦)なり。冥合(みょうごう⑧)を仏智(ぶっち⑨)の都に罄(つく)す。〕

 

 六大法性=六大は宇宙の万象を形づくるとされる六種の根本要素。地・水・火・風・空・識をいう。法性は一切の存在、現象の真の本性、万有の本体。不改不変の真理。

 三密瑜伽=行者の三密が如来の三密と相応融和すること。また真言の行法をいう。

 内行=習熟するもの。

 契合=ぴったりと合うこと。統一融合すること。

 法界の宮=全宇宙を法の現れと見る。真如そのもの。

 当体頓証=あるがまま、そのままの本性がたちどころに悟りに達すること。

 真果=真の覚り。仏果。

 冥合=冥々のうちに合一すること。

 仏智=仏の智慧。真正で円満な智慧。無上正智。

 

◆【四曼両界(之)薗。開始覚修生之華。三部五智之林。結本有平等之菓。十住心之高梢。栄塵数眷属之枝葉。四重釈之沈室。輝無尽(量)交映之珠玉。遮情山峯。払三妄之惑塵。表徳洞内。顕四身之智財。】

 

〔四曼両界(しまんりょうがい①)の薗には始覚修生(しかくしゅしょう②)の華を開き、三部五智(さんぶごち③)の林には本有平等(ほんうびょうどう④)の果を結び、十住心(じゅうじゅうしん⑤)の高き梢に塵数眷属(じんすうけんぞく⑥)の枝葉を栄う。四重釈(しじゅうしゃく⑦)の深き室に無尽(量ヵ)交映(むりょうこうえい⑧)の珠玉を輝かす。遮情(しゃじょう⑨)の山の峯には三妄の惑塵(さんもうのわくじん⑩)を払い、表徳(ひょうとく⑪)の洞の内には四身の智財(ししんのちざい⑫)を顕わす。〕

 

 四曼両界=曼荼羅のこと。曼荼羅は輪円具足の意で、一切の相を色相、形象、名称、動作の四つによって示したことから「四曼」という。両界は金剛、胎蔵の両界曼荼羅。

 始覚修生=始覚は発心修行し、次第に迷いを捨て悟りをひらくこと(本覚に対する語)。修生は修行によって得ること(自然法爾に対する語)。

 三部五智=三部は胎蔵曼荼羅における蓮華部、金剛部、仏部の総称。仏の大定、大智、大悲の三徳を表す。五智は大日如来が備え持つ五種の智慧の総称。法界体性智、大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智。

 本有平等=本有(ほんぬ)は本来固有の性徳。本来的に平等であること。

 十住心=心の十種の在り方を段階づけたもの。凡夫の心から始まり密教の心を最高のものとする。

 塵数眷属=ちり、ほこりの数ほど多くの仏の教えを受ける者。

 四重釈=四重秘釈。顕教の六合釈に対する密教の解釈法。第一重浅略釈、第二重深秘釈、第三重秘中深秘釈、第四重秘秘中深秘釈。

 無量交映=無量の光が照り輝く。

 遮情=迷情、つまり誤ったものの見方を遮遣(否定)することによって、消極的に真智に導くのを遮情という。

 三妄の惑塵=三つの妄執から生じる大きな煩悩、修行のさまたげ。

 表徳=真如にそなわる功徳、つまりものの真実の相、状態などを直接に表現することによって、積極的に真智を得させるのを表徳という。

 四身の智財=四種法身の智慧のたから。金剛頂経等に説く、自性身、受用身、変化身、等流身。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

 

| | コメント (0)

2016年12月16日 (金)

コスモス寺花だより   12・16

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪2~3分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りがあたりに漂っています。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙や 寒き都の ここかしこ」与謝野蕪村

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「鐘の声 水鳥の声 夜はくらき」一茶

訳:お寺の鐘の声、水鳥の鳴く声、夜の暗い闇。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》812

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【第五。廻向発願者。

願廻先師恋慕之詞。全当時興法之運。三聚戒場。経三災而無動。両部密壇。送四劫而無壊。中宗戒儀。超羅漢摂神通之時。南天法流。至慈氏施仏化之暁。】

 

〔第五に.廻向発願とは。

願わくは先師恋慕の詞を廻らし、当時興法の運(うん①)を全うす。三聚戒場(さんじゅうかいじょう②)は三災(さんさい③)を経ても動(みだれ)ること無し。両部(りょうぶ④)の密壇は四劫(しごう⑤)を送りても壊れること無し。中宗(ちゅうしゅう⑥)の戒儀、羅漢(らかん⑦)を超え神通(じんずう⑧)を摂するの時。南天(なんてん⑨)の法流、慈氏(じし⑩)に至り仏化(ぶっけ⑪)の暁を施す。〕

 

 運=めぐり。めぐりあわせ。機会。

 三聚戒場=菩薩戒である三聚浄戒を授ける戒壇。

 三災=三つのわざわい。水災、火災、兵災。

 両部=金剛界と胎蔵界。

 四劫=一つの世界が成立し、継続し、破壊し、次の世界が成立するまでの経過を四期に分類したもの。成劫(じょうごう)、住劫、壊劫(えごう)、空劫。

 中宗=中道の宗、法相宗のこと。

 羅漢=阿羅漢。小乗仏教での最高の覚りに達した聖者。

 神通=無碍自在で超人的な不思議な力。

 南天=南天竺。龍樹のこと。空の思想を基礎づけて大乗仏教を宣揚し、八宗の祖師と言われる。

 慈氏=弥勒菩薩。法相宗の根本論書『瑜伽師地論』の作者とされる。

 仏化=仏の教化。

 

◆【興正菩薩因縁果満。遺法苾蒭令法久住。三千大千耀戒光。天上天下潤法雨。乃至法界平等利益。

 

先頌尸羅大梵願文。当廻向発願伽陀。

次可行礼拝。

 

願以此功徳 普及於一切 我等与衆生 皆共成仏道】

 

〔興正菩薩の因円果満(いんねんかまん①)、遺法の苾蒭は令法久住して、三千大千の戒光を耀かし、天上天下に法雨を潤す。乃至法界平等利益。

 

先ず尸羅(しら②)大梵(だいぼん③)の願文を頌し、発願の伽陀を廻向すべし。次に礼拝を行ずべし。

 

願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道(がんにしくどく、ふぎゅうをいっさい、がとうよしゅじょう、かいぐじょうぶつどう)〕

 

 因円果満=因果円満。因円かにして果満ず。

 尸羅=梵・シーラ。清涼、戒と訳す。身口意三業の罪悪は行人を梵焼し、熱悩するが、戒は熱悩を消息するから清涼という。

 大梵=天神の名。また観音の名。

 

◆【 時元亨二年八月日        教興寺遺弟比丘阿一謹草之

斯式文。星霜歴久。展転流伝。写誤尤多。句読不正。故今讎閲校正。

添削繕写。以録于茲矣。後之覧者莫疑議焉。

                遠孫頭陀慈光日謹誌  】

 

〔 時に元亨二年(げんこうにねん①)八月日   教興寺遺弟比丘阿一(あいち②) 謹んで之を草す

 

 斯の式文、星霜歴(ふ)ること久しくして、展転流伝(てんてんるでん③)す。写誤尤も多からん。句読も正しからず。故に今、讎閲(しゅうえつ④)校正し、添削繕写(てんさくぜんしゃ⑤)す。以って茲を録す。後の覧者、疑議すること莫れ。

 

 遠孫(えんそん⑥)頭陀(ずだ⑦)慈光日(じこうじつ⑧)謹誌〕

 

 元亨二年=後醍醐天皇朝の年号。西暦一三二二年。興正菩薩の滅後三十三回忌に当たる。

 阿一=如縁房。叡尊興正菩薩の弟子。

 展転流伝=ころがるように広がり伝わること。

 讎閲=比べよく調べる。

 添削繕写=書き加えたり削ったりして改め、写し直すこと。

 遠孫=遠く間をおいた子孫。興正菩薩の法孫であることを言う。

 頭陀=梵・ドゥータ。修治、棄除と訳す。衣食住に対する貪着を棄てて身心を修練すること。生活規律に十二の頭陀行がある。

 慈光日=慧日房慈光。

(終わり)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

| | コメント (0)

2016年12月15日 (木)

コスモス寺花だより   12・15

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ・1~2分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りがあたりに漂っています。

花期:12月~2

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙の 花の高さの 日影かな」川井(河合とも)智月

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「生残(いきのこ)り 生残りたる 寒(さむさ)かな」一茶

訳:しぶとく生き残っている証拠だ、なんともいえぬほどの寒さよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》811

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【弘安六年。八十五歳。仏舎利神変天王寺。承貫主勅。行戒律儀。詣太神宮。三捧法味。毎度顕神威於神路山之梢。毎席浮冥感於御裳河之水。】

 

〔弘安六年(①)八十五歳。仏舎利、天王寺に神変(じんべん②)したまう。貫首(かんじゅ③)の勅を承り戒律儀を行ず。太神宮(だいじんぐう④)に詣し三たび法味を捧ぐ。毎度(まいたび)神威を神路山(かみちやま⑤)の梢に顕わし、毎席(まいせき)冥感を御裳河(みもすそがわ⑥)の水に浮かべる。〕

 

 弘安六年=こうあん。西暦一二八五年。

 神変=人間の知恵でははかり知ることのできない、不思議な変化。

 貫首=大寺の管主。四天王寺の別当職。

 太神宮=伊勢太神宮。

 神路山=伊勢内宮の南方の山、天照山(あまてるやま)とも言う。

 御裳河=御裳濯川。内宮神域内を流れる五十鈴川(いすずがわ)のこと。

 

◆【弘安四年後七月一日。異国億兆襲来九州時。同法(諸衆)八百群集八幡之剋。軍衆数万指西方発向。神火百千以子時飛去。境内神官歎未曽有。山上社司称不思議。即於其夜。速壊彼船】

 

〔弘安四年(①)後七月一日、異国の億兆(おくちょう②)九州に襲来の時、同法(どうほう③)〔諸衆〕八百、八幡(やはた④)に群集の剋(こく⑤)、軍衆数万西方を指して発向(はっこう⑥)す。神火百千、子の時(ねのとき⑤)を以って飛び去る。境内の神官、未曽有を歎く。山上の社司、不思議と称す。すなわち其の夜に於いて、速やかに彼の船を壊す。〕

 

 弘安四年=こうあん。西暦一二八一年。弘安の蒙古襲来。

 億兆=限りなく大きな数。人民、万民。

 同法=行法を同じくするもの。同門の僧衆。

 八幡=石清水八幡宮。

 剋=時刻。

 発向=出発して目的地に向かうこと。派遣。

 子の時=午後十二時。

 

◆【任天平年中行基菩薩亀鏡。降正安二年興正菩薩鳳詔。蓋此等之謂而已。外護木叉尸羅。持通受別受之戒。内凝水月禅那。証瑜伽瑜祇之観。是乃感応道交之妙徳。入我我入之作用也。

 

〔天平年中、行基菩薩の亀鏡(きけい①)に任せ、正安二年(②)興正菩薩の鳳詔(ほうしょう③)を降(くだ)さる。けだし此れ等の謂(いい④)ならく而已(のみ)。外に護るは木叉尸羅(ぼくしゃしら⑤)。持するは通受別受の戒。内に水月(すいげつ⑥)の禅那(ぜんな⑦)を凝らし、瑜伽瑜祇(ゆがゆぎ⑧)の観を証す。是れ乃(いま)し感応道交(かんのうどうこう⑨)の妙徳、入我我入(にゅうががにゅう⑩)の作用也。

 

 亀鏡=キキョウとも。よりどころとなる模範。亀鑑。

 正安二年=しょうあん。西暦一三〇〇年。

 鳳詔=天皇のみことのり。詔勅。

 謂=趣旨。

 木叉尸羅=波羅提木叉(戒本)と戒。

 水月=水面に映る月影。万物は実体がなく空であることをたとえる。

 禅那=心を安定統一させることによって覚りの英知に達しようとする修行法。禅定。

 瑜伽瑜祇=心の統一修行により仏と相応(合一)すること。瑜祇は瑜伽を有する観行の人をいう。

 感応道交=仏と衆生の心が通じ合うこと。衆生の機感と仏の応化とが相通じて融合すること。

 入我我入=真言密教の観法で、如来の三密(身口意の三密)が我に入り、我の三業(身口意の三業)が如来に入って、如来の三密と衆生の三業とが互いに観応し、摂入して、無二平等(衆生即仏)であると観ずる。

 

◆【先頌能所不二之経文。当諸衆一同伽陀。次可行礼拝。

 

能礼所礼性空寂 

感応道交難思儀 

我此道場如帝珠

十方三宝影現中

  我身影現三宝前

  頭面摂足帰命礼

 

   南無戒法弘通興正菩薩 】

 

〔先ず能所不二(のうしょふに)の経文(①)を頌し、諸衆一同の伽陀に当たる。次に礼拝を行ずべし。

 

能礼所礼性空寂(のうらいしょらいしょうくうじゃく) 

感応道交難思儀(かんのうどうこうなんしいぎ) 

我此道場如帝珠(がしどうじょうにょたいしゅ)

十方三宝影現中(じっぽうさんぼうようげんちゅう)

  我身影現三宝前(がしんようげんさんぼうぜん)

  頭面摂足帰命礼(ずめんせっそくきみょうらい)

 

 南無戒法弘通興正菩薩(なむかいほうぐつうこうしょうぼさつ) 〕

 

 能礼所礼・・・=この「礼拝偈」は天台の荊溪湛然の『法華三昧行事運想補助儀』に出る偈文。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

| | コメント (0)

2016年12月14日 (水)

コスモス寺花だより   12・14

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ・1~2分咲き≫

観音石仏の足元に小さな白い花が咲きだしました。

花期:12月~2

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙の 花の高さの 日影かな」川井(河合とも)智月

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「合点(がてん)して 居ても寒いぞ 貧しいぞ」一茶

訳:十分に承知していても寒いぞ貧しいぞ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》810

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【将又覚了心源故。不為因果隔歴。終南山高祖釈道行云。一切無染着是也。雲々万行皆入五篇七聚大海。万善悉成二転四徳高嶽。不動心際建立諸法。是菩薩之用心也。応無所住而生其心。】

 

〔はたまた、心源を覚了(しんげんをかくりょう①)するが故に、因果は隔歴(いんがかくれき②)と為さず。終南山の高祖(道宣く)は道行(どうぎょう③)を釈して云う、一切の無染着(むぜんちゃく④)は是也。雲雲たる万行(うんうんたるまんぎょう⑤)は皆な五篇七聚(ごひんしちじゅ⑥)の大海に入る。万善は悉く二転四徳(にてんしとく⑦)の高嶽と成る。不動心際(ふどうしんさい⑧)は諸法(しょほう⑨)を建立す。是れ菩薩の用心(ようじん⑩)也。まさに無所住(むしょじゅう⑪)にして其の心を生ずべし。〕

 

 心源を覚了=万法の根源である心を明らかに知る(覚悟了知)こと。

 因果隔歴=因と果ははっきりと隔たること。

 道行=仏道の修行。

 無染着=執着を離れている心。

 雲雲万行=雲がわくように多い修行は。

 五篇七聚=比丘比丘尼が受持すべき具足戒を罪の軽重により分類。篇門(ひんもん)と聚門(じゅもん)に分ける。細かな戒条を波羅夷(はらい)、僧残(そうざん)、波逸提(はいつだい)、波羅提提舎尼(はらだいだいしゃに)、突吉羅(ときら)の五つに分けたのが五篇、その五篇に偸蘭遮(ちゅうらんじゃ)と悪説(あくせつ)を加えて七聚となる。

 二転四徳=二転は二転依。迷悟の所依(第八識又は真如)を転じて菩提と涅槃の二果を得るを二転依という。四徳は涅槃の四つの徳、常・楽・我・浄。

 不動心際=ゆるぎないこころぎわ。

 諸法=一切の有形、無形の事物。万法。

 用心=仏道修行の心がけ。

 無所住=住する所に執着しないこと。

 

◆【即和上之已証也。依之正応第三天八月廿五。俗年満九十。僧臘五十四。心住無所不至。口誦秘明。身着僧伽梨衣。手結秘印。身心不動。如入禅定。奄然遷化。忽爾円寂。于時彩雲垂覆。及夜不移。三日安床。五体色鮮。】

 

〔即ち和上の已証(いしょう①)也。之に依りて正応第三天(②)八月二十五、俗年満九十、僧﨟(そうろう③)五十四。心は無所不至(むしょふし④)に住し、口に秘明(ひみょう⑤)を誦す。身に僧伽梨衣(そうぎゃりえ⑥)を着し、手には秘印を結ぶ。身心不動にして禅定に入るが如し。奄然(えんぜん⑦)として遷化す。忽爾(こつじ⑧)として円寂。時に彩雲垂覆し、夜に及んでも移らず。三日床に安んずれども五体(ごたい⑨)色鮮(あざ)やかなり。〕

 

 已証=すでに悟りを得ている境地。

 正応第三天=しょうおう。第三年。西暦一二九〇年。

 僧﨟=法﨟、夏﨟ともいう。具足戒を受戒してから参加した夏安居の回数を夏数と数え僧としての年齢とする。

 無所不至=大日如来の最極秘印の一つで、大日如来の音声は法界に遍満して至らぬところが無い意。その真言を『大日経』「悉地出現品」には、「一音声をもって四処に流出して一切法界に普遍す」と説く。

 秘明=秘密の真言。

 僧伽梨衣=三衣の一つ。説法や托鉢のために、王宮や集落に入る時には、必ずこれを付ける。重衣、大衣、雑砕衣ともいう。

 奄然=にわかに。

 忽爾=たちまちに。急なさま。

 五体=からだ全体。

 

◆【二十七日。葬于寺西。徒衆號慟。若喪考妣。異香薫風。妙音満天。奇花忽零。在火不萎。翌日拾遺骨。香気猶芬馥。一朝勅使撿校最後之戒。七寺高僧。隨喜臨終之体。本無生死妙徳忽顕。元是菩提大用速現者歟。先頌万行不二経文。当一会称揚伽陀。次可行礼拝。

 

仏以一音演説法 衆生隨類各得解 皆謂世尊同其語 斯則神力不共位。

 

南無戒法弘通興正菩薩】

 

〔二十七日、寺の西に葬す。徒衆号慟(こうとう①)すること考妣(こうひ②)を喪えるが若し。異香(いこう③)風に薫り、妙音天に満つ。奇花忽ち零(お)ち、火に在(あ)っても萎(な)えず。翌日遺骨を拾うに、香気猶芬馥(ふんふく④)たり。一朝(いっちょう⑤)の勅使は最後の戒を撿挍(けんこう⑥)す。七寺の高僧は臨終の体を随喜す。本より生死無き妙徳は忽ちに顕わる。元は是れ、菩提の大用は速やかに現れる者か。先ず万行不二の経文を頌し、一会称揚の伽陀に当たり、次に礼拝を行ず可し。

 

仏は一音演説法を以って、衆生隨類は各(おのおの)解を得。皆、世尊は其語と同じと謂う。斯れ則ち神力不共の位。(⑦)

 

南無戒法弘通興正菩薩 〕

 

 号慟=歎き泣き叫ぶ。

 考妣=父と母。

 異香=よいかおり。

 芬馥=かんばしい良い香り。

 一朝=その日の朝。

 撿挍=調べ考え合わせる。

 仏以一音演説法・・・=『維摩詰所説経』に出る偈文。

 

◆【第四。仏神感応徳者。一月高晴。万水宿影。爰先師興正菩薩。捨名利心。住興法思。離憍嫉失。専利生徳。是故神明垂一陰一陽之応。仏陀顕大慈大悲之瑞。所謂建長元年。仏舎利顕現西大寺。】

 

〔第四.仏神感応(ぶっしんかんのう①)の徳とは。一つの月高く晴れ、万水影を宿す。ここに先師興正菩薩、名利(みょうり②)の心を捨て、興法(こうぼう③)の思に住す。憍嫉(きょうしつ④)の失を離れ、利生(りしょう⑤)の徳を専らとす。是の故に神明(しんめい⑥)は一陰一陽の応(おう⑦)を垂れる。仏陀は大慈大悲の瑞(ずい⑧)を顕わす。いわゆる建長元年(⑨)、四十九歳。仏舎利、西大寺に顕現す。〕

 

 仏神感応=仏の応化と神祇の霊威が相通じて融合すること。

 名利=名聞利養。有名になることと財産を作り生活を享楽すること。

 興法=釈尊の正法(戒定慧の三学)を興隆すること。

 憍嫉=おごりとねたみ。

 利生=利益衆生。

 神明=神、神祇。天照大神の特称。

 応=仏が衆生を救うために時機に応じて、いろいろなものに姿を変えて現れること。応現、応化。

 瑞=めでたいしるし。瑞兆。

 建長元年=けんちょう。西暦一二四九年。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

| | コメント (0)

2016年12月13日 (火)

コスモス寺花だより   12・13

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ・1~2分咲き≫

観音石仏の足元に小さな白い花が咲きだしました。

花期:12月~2

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙の 花の高さの 日影かな」川井(河合とも)智月

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「寒き夜や 我身をわれが 不寝番(ねずのばん)」一茶

訳:寒い夜だなあ。寝ないで自分でわが身の番をしていないと凍えてしまいそう。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》809

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【於戯戒徳難思。四心三性。不藉縁辨。戒功難量。微塵刹土。無非戒善。念々未曽。得刹那倍増。至仏果初念之善根也。於覚位二念。始称曽得善根也。悦哉。十万余里之外。会此金言。】

 

〔於戯(ああ)戒徳(かいとく①)は思い難し。四心三性(ししんさんしょう②)は縁辨(えんべん③)を藉(かり)ず。戒功(かいこう④)は量り難し。微塵刹土(みじんせつど⑤)も戒善(かいぜん⑥)に非ざること無し。念々未曽得の刹那(ねんねんみそうとくのせつな⑦)に倍増して、仏果初念(ぶっかしょねん⑧)に至るの善根(ぜんこん)なり。覚位二念(かくいにねん⑨)に於いて、始めて曽得の善根と称すなり。悦ばしき哉、十万余里の外に此の金言(こんげん⑩)に会うこと。〕

 

 戒徳=戒をたもつことによる功徳。

 四心三性=四心は慈悲喜捨の四無量心。三性は法相唯識で説く存在の三種の見方。偏計所執性、依他起性、円成実性。三性は無自性空であるので三無性であると説く。

 縁辨=不詳。

 戒功=戒をたもつことによる結果。

 微塵刹土=細かいちりのような国土。

 戒善=戒をたもつことで得られる善根功徳。

 念々未曽得刹那=今までにないような瞬時に。かつてない短い時間に。

 仏果初念=悟りへの初志。

 覚位二念=覚位は正覚(さとり)の位にあること。念は心、または短い時間。

 金言=仏の金口(こんく)から出た不滅の法語。釈迦の言葉。

 

◆【幸哉。二千余年之後。受此木叉。思之。則菩薩発願恩。高自白山千里之峯。按之。則和尚弘誓徳。深自蒼海三千之底。今当三十三回遠忌。泣憶八十七歳往事。先頌菩薩戒経文。当尸羅讃歎偈。次可作礼拝。】

 

〔幸いなる哉。二千余年の後、此の木叉(もくしゃ①)を受け、之を思うに、則ち菩薩発願の恩は白山千里(はくさんせんり②)の峯より高し。之を按(あん③)ずるに、和尚弘誓の徳は蒼海三千の底より深し。今、三十三回遠忌(さんじゅうさんかいおんき)④に当り、泣(なくな)く八十七歳の往事(おうし⑤)を億い、先ず菩薩戒経(ぼさつかいきょう④)の文を頌し、尸羅(しら⑤)讃歎の偈に当たる。次に礼拝を作す可し。〕

 

 木叉=波羅提木叉(はらだいもくしゃ)。戒律の条文。比丘・比丘尼が守るべき戒本のこと。別解脱律儀と訳す。

 白山千里=雪の消えない高くて千里もある遠い山。

 按=おさえる。考える。

 三十三回遠忌=元亨二年(西暦一三二二年)に当たる。

 八十七歳の往時=過ぎ去った事柄。昔のこと。八十七歳は本講式の作者阿一の年齢か。

 菩薩戒経=梵網経。

 尸羅=梵・シーラ。戒。

 

◆【戒如明日月 示(亦)如瓔珞珠 微塵菩薩衆 由是成正覚

 

南無戒法弘通興正菩薩 】

 

〔戒は明るい日月の如し、また瓔珞の珠の如し。微塵の菩薩の衆は、是に由りて正覚を成ぜん。

 戒法を弘通せる興正菩薩に南無(なむ)す。〕

 

◆【第三。万行一門徳者。菩薩朝夕諺云。仏以一音演説法。衆生隨類各得解。常屢言之。上自上根上乗之徒。下至下根下智之輩。毫釐不隔之。繊芥不捨之。是故七十二人僧尼老少遂入檀灌頂素懐。】

 

〔第三に、万行一門(まんぎょういちもん①)の徳とは。菩薩朝夕の諺(ことわざ)に云う。仏は一音を以って法を演説したもう。衆生は類に隨って各(おのおの)解を得る。(②)常に屢(しばしば)之を言う。上は上根上乗の徒より、下は下根下智の輩に至るまで、毫釐(ごうり③)も之を隔てず。繊芥(せんかい④)も之を捨てず。是の故に七十二人(⑤)の僧尼は老いも少(わか)きも入壇灌頂の素懐(そかい⑥)を遂ぐ。〕

 

 万行一門=一切の行は一つの同じ法門にある。

 仏は~解を得=維摩経仏国品に出る文。

 毫釐=きわめて小さい数量。

 繊芥=細かいちり。

 七十二人=伝法灌頂を授けた人数。比丘六十四人、比丘尼六人、院家二人。

 素懐=かねてからの望み。

 

◆【一千三百七箇所成放生白業。密行薫修四万一千三百八座。顕教開講一万七百二十一座。於南都般若寺。盡際始無遮会。於山城宇治河。永代救有命鱗。搆五朝第一石塔台於河上。施四身無三金剛益於水中。】

 

〔一千三百七箇所に放生の白業(はくぎょう①)を成ず。密行の薫修、四万一千三百八座。顕教の開講、一万七百二十一座。南都般若寺に於いて、際(かぎり)を盡(つく)し無遮会(むしゃえ②)を始む。山城宇治河に於いて永代に有命の鱗(りん③)を救い、五(吾ヵ)朝第一の石塔基(せきとうき④)を河上に構え、四身無三(ししんむさん⑤)の金剛益(こんごうえき⑥)を水中に施す。〕

 

 白業=きよらかな行い。浄業。

 無遮会=さえぎりなく大勢の人々に布施をする法会。印度以来、国王の所業とされてきた。西大寺一門による文永六年(西暦一二六六年)の無遮大会。

 鱗=うろこ。魚のこと。

 石塔台=十三重石塔のこと。

 四身無三=四身は法身、報身、応身、化身。無三は不詳。

 金剛益=十三重塔は金剛界十三大院を顕わすとされ、五智如来をはじめとする金剛界曼荼羅の諸尊がもたらす御利益。

 

◆【造寺起塔。自作教他。不可数之。書経図仏。隨喜讃歎。不可量之。寛元三年。始毎年三十日最勝講。以祈四海泰平国土安穏。文永元年。創毎歳七箇日光明会。以訪一切衆生法界群類。建治三年。啓仁王会。毎歳正五九月成百僧群。】

 

〔寺を造り塔を起てることは、自ら作ると他に教えると、之を数うべからず。経を書し仏を図して隨喜讃歎すること、之を量るべからず。寛元三年(①)、毎年三十日の最勝講(さいしょうこう②)を始めるは、以って四海泰平国土安穏を祈る。文永元年(③)、毎歳七箇日光明会(こうみょうえ④)を創(つく)るは、以って一切衆生法界群類を訪(とぶら)う。建治三年(⑤)、仁王会(にんのうえ⑥)を啓く。毎歳正五九月(しょうごくがつ⑦)に百僧の群(ひゃくそうのぐん⑧)を成ず。〕

 

 寛元三年=かんぎ。西暦一二三一年。

 最勝講=護国経典とされる金光明最勝王経を講説する法会。興正菩薩は西大寺の正式名称「金光明最勝王護国之寺」にちなみ最勝講を復興した。

 文永元年=ぶんえい。西暦一二六四年。

 光明会=西大寺で現在も続けられている「光明真言土砂加持法会」。

 建治三年=けんじ。西暦一二七七年。

 仁王会=天下泰平鎮護国家を祈願するため仁王般若経を講讃する法会。国土が乱れたり災害や賊の難があったとき、この経を受持読誦すると五穀が豊かにみのり、人民が栄えると説かれる。

 正五九月=一月、五月、九月。

 百僧の群=仁王会には百人の職衆とともに修法した。

 

◆【或時踏道照道賀轍。造立宇治橋。或時追聖武聖后之昔。再興法華寺。東大興福造営。遣門弟佐助之。西海宇佐破壊。語宿老修理之。闘諍軍陳庭。率衆僧誘之。酒肉濫吹処。引諸経誡之。図知朗然大悟故。不分事理差別。】

 

〔或る時、道照(どうしょう①)道賀(どうが②)の轍(あと)を踏み、宇治橋を造立す。或る時は、聖武聖后(しょうむせいこう③)の昔を追い、法華寺を再興す。東大興福の造営には門弟を遣り之を佐助(さじょ④)す。西海の宇佐(うさ⑤)の破壊には宿老に語りて之を修理す。闘諍軍陳(とうじょうぐんちん⑥)の庭には、衆僧を率いて之を誘う。酒肉濫吹(らんすい⑦)の処、諸経を引いて之を誡める。図知朗然大悟(ずちろうぜんたいご⑧)の故、事理差別(じりしゃべつ⑨)を分かたず。〕

 

 道照=道昭とも。法相宗の僧で元興寺(飛鳥寺)に住した。『続日本紀』には宇治橋を造営したとする。しかし橋寺放生院の現存の「宇治橋断碑」には道登の名を記す。そして興正菩薩建立の石塔基台の銘文には「最初元興寺僧侶道登、道昭建立」と刻されるという。

 道賀=不詳。

 聖武聖后=光明皇后。

 佐助=たすける。補佐する。

 宇佐=大分県にある宇佐八幡宮。

 闘諍軍陳=闘諍はあらそい。軍陳は軍勢の陣立て。ここでは蒙古襲来のこと。

 濫吹=乱暴。

 図知朗然大悟=はかり知ることがあきらかである。

 事理差別=現象と真理の違い、区別。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

| | コメント (0)

2016年12月12日 (月)

コスモス寺花だより   12・12

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ・1~2分咲き≫

観音石仏の足元に小さな白い花が咲きだしました。

花期:12月~2

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙の 花の高さの 日影かな」川井(河合とも)智月

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「寒き夜や 我身をわれが 不寝番(ねずのばん)」一茶

訳:寒い夜だなあ。寝ないで自分でわが身の番をしていないと凍えてしまいそう。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》808

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【行年三十六。嘉禎二年九月一日。成近事戒。同以二日。受勤策戒。同第四日。得大苾蒭戒。是則本朝通受菩薩戒之元始也。是則末代自誓苾蒭戒之最初也。自而以降。出家五衆一千六百九十四人。在家二衆九万六千十六人。】

 

〔行年三十六、嘉禎二年(①)九月一日。近事戒(ごんじかい②)を成ず。同二日を以って勤策戒(ごんさくかい③)を受く。同第四日、大苾蒭戒(だいびっしゅかい④)を得。これ則ち本朝通受菩薩戒(つうじゅぼさつかい⑤)の原始也。是れ則ち末代(まつだい⑥)の自誓苾蒭戒(じせいびっしゅかい⑦)の最初也。しかるより以降、出家五衆(しゅっけごしゅう⑧)一千六百九十四人。在家二衆(ざいけにしゅう⑨)九万六千十六人。〕

 

 嘉禎二年=かてい。西暦一二三六年。

 近事戒=近事は三宝に近づき仕える者の意で、優婆塞、優婆夷と呼ばれる在俗信者が守るべき五戒をいう。

 勤策戒=沙弥のことで、出家得度した七歳から二十歳までの、比丘になる前の準備段階の人が守るべき十戒。息慈戒とも。

 大苾蒭戒=苾蒭は比丘の異訳。具足戒とも。四分律の二百五十戒(比丘尼は三百四十五戒)を受けて正式の僧となるので大僧戒ともいう。

 通受菩薩戒=菩薩の戒である三聚浄戒(さんじゅじょうかい、摂律儀戒・摂善法戒・摂衆生戒)を通じて受ける受戒法。総受とも。

 末代=末法の世。

 自誓苾蒭戒=自ら誓いを立てて受戒すること。十師(三師七証)に依らずに、仏菩薩から受けて比丘となる受戒法。

 出家五衆=比丘、比丘尼、沙弥、沙弥尼、式叉摩那。

 在家二衆=優婆塞、優婆夷。

 

◆【俱薫三聚戒香。同満七衆徳瓶。戒日耀玉殿兮。照五畿七道。法水灑金楼兮。潤四海八挻。東関北陸。皆踏五乗之䡄轍。九州二嶋。悉浮三乗之舟航。】

 

〔倶に三聚戒香(さんじゅかいこう①)を薫じ、同じく七衆徳瓶(しちしゅうとくびょう②)に満つ。戒日(かいじつ③)は玉殿(ぎょくでん④)を耀(かがや)かし、五畿七道(ごきしちどう⑤)を照らす。法水は金楼に灑(そそ)ぎ、四海八埏(しかいはちえん⑥)を潤す。東関北陸は皆な五乗(ごじょう⑦)の軌轍(きてつ⑧)を踏む。九州二嶋は悉く三乗(さんじょう⑨)の舟航(しゅうこう⑩)に浮かぶ。〕

 

 三聚戒香=菩薩戒である三聚浄戒はお香のように周囲に薫修していくこと。

 七衆徳瓶=出家衆と在家衆双方の徳をたくわえる瓶。。

 戒日=戒を日の光にたとえる。

 玉殿=玉ををちりばめた美しい宮殿。

 五畿七道=日本全国のこと。五畿は山城、大和、河内、和泉、摂津の五国。七道は東海、東山、北陸、山陰、山陽、南海、西海道。

 四海八埏=四海は須弥山をとりまく四方の外海。八埏は八方の地の果て。世界のこと

 五乗=人乗、天乗、声聞乗、縁覚乗、菩薩乗。

 軌轍=わだち、過去の事跡。

 三乗=声聞乗(四諦の行法に乗じて阿羅漢果に到る)、縁覚乗(十二因縁の行法に乗じて辟支仏果に到る)、菩薩乗(六度の行法に乗じて仏果に上る)。

 舟航=舟で航行すること。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

 

| | コメント (0)

2016年12月11日 (日)

コスモス寺花だより   12・11

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ・1~2分咲き≫

観音石仏の足元に小さな白い花が咲きだしました。

花期:12月~2

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙を 遠ざかるとき 近づく香」稲畑汀子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止といたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がった暁には再開できると思います。悪しからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「捨てられし 姥(うば)の日じややら 村時雨」一茶

訳:今日が棄てられた姥の日だというのだろうか。冷たくひとしきり降る時雨。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》807

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【建保六歳。生年十八。習十八印明。承久三年。二十一歳。受九会金剛。後堀河御宇元仁元年之春。登高野山伝教相法門。攀醍醐寺行胎蔵次第。同二年。修護摩於東大寺。同九夏。受印可於霊山院。】

 

〔建保六歳(①)。生年十八。十八印明(じゅうはちいんみょう②)を習う。承久三年(③)、二十一歳。九会金剛(くえこんごう④)を受く。後堀河御宇元仁元年(⑤)の春、高野山に登り教相法門(きょうそうほうもん⑥)を伝(さず)かる。醍醐寺に攀(よ)じ胎蔵次第(たいぞうしだい⑦)を行ず。同二年(⑧)、護摩(ごま⑨)を東大寺に修す。同九(⑩)夏。印可(いんか⑪)を霊山院(れいざんいん⑫)に於いて受く。〕

 

 建保六歳=けんぽ。西暦一二一八年。

 十八印明=伝法灌頂を受ける前に行う密教の修行である四度加行の最初に行う十八道念誦次第に出る印契と真言。

 承久三年=じょうきゅう。西暦一二二一年。

 九会金剛=金剛界念誦次第。金剛界を九会曼荼羅という。

 元仁元年=げんにん。西暦一二二四年。

 教相法門=密教の威儀、行法などの実践的修法を行う事相法門に対して、教義を組織的に解釈研究する方面を教相法門と言う。

 胎蔵次第=胎蔵界念誦次第。

 同二年=元仁二年。西暦一二二五年。

 護摩=不動法護摩次第。

 同九=元仁九年。西暦一二二九年。

 印可=印は印信(いんじん)、伝法灌頂を遂げた弟子が伝授阿闍梨より法脈伝授を証明するために発給される文書。可は許可(こか)、聴許印可の意。阿闍梨が弟子に相伝修学を許すこと。

 霊山院=現天理市柳本の釜口山長岳寺にあった子院。

 

◆【安貞二年。二十八歳。於同道場具支灌頂。寛喜三年。春秋卅一。卜閑居地。法花暗誦。凡厥出世入道化儀。顕教密宗鑽仰。祖跡既慇懃也。遺弟盍随喜乎。先頌和上発願偈文。当菩薩称揚伽陀。次可行礼拝。

 自然憶衆生 皆是我父母 設種々方便 漸々令離苦

  南無戒法弘通興正菩薩】

 

〔安貞二年(①)、二十八歳。同道場に於いて具支灌頂(ぐしかんじょう②)。寛喜三年(③)、春秋三十一。閑居(かんきょ④)の地を卜し、法華を暗誦す。およそその出世入道(しゅっせにゅうどう⑤)の化儀(けぎ⑥)たるや、顕教密宗を鑚仰す。祖跡(そせき⑦)既に慇懃(いんぎん⑧)也。遺弟なんぞ隨喜せざらんや。先ず和上発願の偈文を頌し、菩薩称揚の伽陀に当り、次に礼拝を行ずべし。

 

自然に、衆生は皆な是れ我が父母なりと憶(おも)い、種々の方便を設け、漸漸に苦を離れしめむ。

 

南無戒法弘通興正菩薩  〕

 

 安貞二年=あんてい。西暦一二二八年。

 具支灌頂=伝法灌頂。

 寛喜三年=かんぎ。西暦一二三一年。

 閑居=世間との交わりをやめ、煩わされることなく心静かに住むこと。その住まい。

 出世入道=出家して仏道に入ること。

 化儀=衆生を教導し感化する形式、方法。

 祖跡=祖師の事跡、業績。

 慇懃=念入りにこと細かにすること。

 

◆【第二。戒律中興徳。四條院御宇。生年三十四。於密教修学之時。発戒律凌廃之疑。所謂慧果和尚依四分秉法。以三密灌頂。弘法大師二十歳十戒。二十二受具。又遺告云。若不護顕密戒者。非我弟子。是魔之眷属也〔云々〕。】

 

〔第二に。戒律中興の徳とは。四條院御宇(しじょういんぎょう①)、生年三十四。密教修学の時に於いて、戒律凌廃(りょうはい②)の疑いを発す。所謂慧果(けいか③)和尚は四分(しぶん④)に依りて法を秉(と)り、三密灌頂を以ってす。弘法大師は二十歳にて十戒。二十二にて受具(じゅぐ⑤)す。又遺告(ゆいごう⑥)に云う、若し顕密の戒を護らざれば我が弟子に非ず、是れ魔の眷属(けんぞく⑦)也。〔云云〕 〕

 

 四條院御宇=文暦(ぶんりゃく)元年。西暦一二三四年。四條天皇代。

 凌廃=しだいにすたれる。

 慧果=唐代の僧(七四六-八〇五)。真言宗付法八祖の第七祖。長安青龍寺に住し、不空三蔵の弟子、空海の師である。

 四分=四分律

 受具=具足戒を受けること。比丘の満分戒。

 遺告=弘法大師御遺告。

 眷属=一族。うから。従者。

 

◆【加之。最初梵網大乗。説衆生受仏戒即入諸仏位。最後涅槃終窮。談欲顕仏性順持浄戒。曰顕。曰密。不可不仰。仍行年三十五。嘉禎元年之春。移住西大寺。依学南山宗。爰有一恨。即無両師。謹披瑜伽論決擇分第五十三巻。】

 

〔くわうるに、最初に梵網大乗(ぼんもうだいじょう①)は、衆生受仏戒即入諸仏位(しゅじょうじゅぶっかいそくにゅうしょぶっち②)と説く。最後は涅槃(ねはん③)にてついに窮まる。談じて仏性を顕わさんと欲して浄戒を順持(じゅんじ④)す。顕と曰い、密と曰い、仰がざるべからず。仍ち行年三十五、嘉禎元年(⑤)の春、西大寺に移住す。学を南山宗(なんざんしゅう⑥)に依る。ここに一つの恨み有り。即ち両師(りょうし⑦)無し。謹んで瑜伽論決択分第五十三巻(ゆがろんけったくぶんだいごじゅうさんかん⑧)を披(ひら)く。〕

 

 梵網大乗=梵網経に説かれる大乗戒、菩薩の戒。

 衆生受仏戒即入諸仏位=梵網経の序説部に出る偈文の中の二句。「衆生、仏戒を受くれば、即ち諸仏の位に入る。」

 涅槃=『大般涅槃経』

 順持=すなおにたもつ。従順にまもる。

 嘉禎元年=かてい。西暦一二三五年。

 南山宗=唐国終南山の道宣師が開いた南山律宗。四分律を菩薩戒に依用する。

 両師=戒師、羯磨師、教授師の三師と七人の証明師。

 瑜伽論決択分第五十三巻=弥勒菩薩の作とされる『瑜伽師地論百巻』中の戒律に関する部分。  

◆【説曰。諸戒容自誓受唯声聞律儀不応自受〔云々〕。得此文。如登崐崘。見彼義。似入宝山。終得好相告。於東(大)寺仏像前。果任自誓戒於中宗法相文。】

 

〔説いて曰く、諸戒(しょかい①)は自誓受を容(ゆる)すに、声聞律儀(しょうもんりつぎ②)は自受(じじゅ③)に応(こた)えず、云云。此の文を得るは崑崙(こんろん④)に登るが如し。彼の義を見るは宝山に入るに似たり。ついに好相(こうそう⑤)の告を東大寺仏像(とうだいじぶつぞう⑥)前に於いて得たり。果して自誓戒(じせいかい⑦)を中宗法相(ちゅうしゅうほっそう⑦)の文に任す。〕

 

 諸戒=梵網経など菩薩戒を説く戒経では。

 声聞律儀=菩薩戒である三聚浄戒中の摂律儀戒で用いられる四分律は元来声聞(小乗)の戒であることをいう。

 自受=自誓受戒。

 崑崙=中国の伝説的地名。黄河の源であり、不死の仙女、西王母が住むという西方の楽土。

 好相=仏の姿が現れること。天から花が降ったり仏が頭頂をなでたりする奇瑞があること。

 東大寺仏像=自誓受戒をともに誓った覚盛師など三人はすでに好相を得ていたが、未得の叡尊師はひとり東大寺大仏殿に参詣し、好相を通夜祈請、その夜に戒禅院で好相を得た。そして四人そろって東大寺羂索院(法華堂、三月堂)において自誓受戒を成就する。(興正菩薩寿像の体内に込められていた『自誓受戒記』に依る)

 自誓戒=自誓受戒。

 中宗法相=中道の宗旨である法相宗のこと。『解深密経』『瑜伽師地論』などを所依とする。唯識宗とも。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

| | コメント (0)

2016年12月10日 (土)

コスモス寺花だより   12・10

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ・1~2分咲き≫

観音石仏の足元に小さな白い花が咲きだしました。

花期:12月~2

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙を 遠ざかるとき 近づく香」稲畑汀子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止といたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がった暁には再開できると思います。悪しからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「むら時雨 山から小僧 ないて来ぬ」一茶

訳:ひとしきり激しく降って通り過ぎる時雨、山から小僧が泣いて来たのだ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》806

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【建保五歳。生年十七。以無相心祈有縁法。以真言乗為灯明。以凡身体成日月。如是耀国家。冥応是新。照天下。霊夢是験。方今五朝稽顙。儼十善之龍顔。四輩叉手。欽三毒之虎性。】

 

〔建保五歳。生年十七、無相心(むそうしん①)を以って有縁の法(うえんのほう②)を祈り、真言乗(しんごんじょう③)を以って灯明と為す。凡身の体を以って日月と為す。是の如く国家を耀かし、冥応(みょうおう④)是れ新たに天下を照らす。霊夢は是れ験(げん⑤)なり。方に今、五朝(ごちょう⑥)稽顙(けいそう⑦)し、十善(じゅうぜん⑧)の龍顔(りゅうがん⑨)を儼(うやうやし)くす。四輩(しはい⑩)は叉手(さしゅ⑪)し、三毒(さんどく⑫)の虎性(こせい⑬)を欽(つつし)む。〕

 

 無相心=無相は姿、形の無いこと。現象世界を離れた究極的境地。ここでは無想かも。何の計らいのない無念無想の心。

 有縁の法=仏法の中で自分にふさわしい有縁の教法。

 真言乗=真言密教、真言宗の教え。

 冥応=目には見えないけれど神仏が感応して御加護を与えること。

 験=仏道修行や祈祷に報いられた結果。応報。御利益。

 五朝=五代の帝。

 稽顙=稽首。額づいてお辞儀する。

 十善=十善の君。前世において十善戒(不殺生戒以下の十戒)を良く守り善業を積んだ功徳により天子と生まれることができたとされる。

 龍顔=天子の顔、天顔。

 四輩=人、天、龍、鬼。

 叉手=両手を組み合わせる。

 三毒=貪(むさぼり)、瞋(いかり)、癡(おろか)の三大煩悩。

 虎性=虎のようにたけだけしいこと。

◆【薫南山戒香於四荒之風。灑青龍法水於八極之流。以後測前。豈此非為灯明除闇之瑞相。作日月施明之霊夢乎。是以。興正菩薩蹬醍醐山。剃髪染衣。於東大寺登壇受戒。】

 

〔南山(なんざん①)の戒香を四荒(しこう②)の風に薫じ、青龍(せいりゅう③)の法水を八極(はっきょく②)の流れに灑ぐ。後を以って前を測る。豈此れは灯明除闇の瑞相と為すに非ずや。日月施明の霊夢を作すや。

是を以って、興正菩薩、醍醐山に蹬(とう)し、剃髪染衣し、東大寺に於いて登壇受戒(とうだんじゅかい)す。〕

 

 南山=終南山。南山大師道宣が住した寺。南山律宗のこと。

 四荒=四方の果ての戎が住む地。北方は觚竹(こちく)、南方は北戸(ほくと)、西方は西王母、東方は日下(じつか)。

 青龍=青龍寺。中国西安にあった寺。弘法大師空海が恵果阿闍梨に学んだ寺。真言密教のこと。

 八極=八方の遠方の地、八方の地の果て。四荒八極。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

| | コメント (0)

2016年12月 9日 (金)

コスモス寺花だより   12・9

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ≫

観音石仏の足元にも小さな白い花がちらほらと咲きだしています。

花期・12月~2

    種類・一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数・2万本

 

「水仙を 遠ざかるとき 近づく香」稲畑汀子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

〔俳句〕

「死にべたと 山や思はん 夕時雨」一茶

訳:上手に死なないと山は思うだろうね。夕方の時雨。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》805

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【七歳秋。葬三旬嫏嬢。同圭峰早年而失二親之思。亡悲母添風樹哀。八歳。出旧里。離慈父。懐雪霜悲。十一。入僧坊。登高嶺而摘美花。住行基菩薩観行。降深谷而結冷水。追弘法大師理供。】

 

〔七歳秋、三旬(さんじゅん①)の娜嬢(だじょう②)を葬(そう③)す。圭峰(けいほう④)の早年にして二親を失うの思いと同じ。悲母を亡(うしな)い、風樹(ふうじゅ⑤)哀れを添う。八歳、旧里を出で、慈父を離れ、雪霜の悲しみを懐く。十一、僧坊に入り、高嶺に登りて美花を摘む。行基菩薩の観行(かんぎょう⑥)に住し、深谷に降りて冷水を結び、弘法大師の理供(りく⑦)を追う。〕

 

 三旬=三十年。

 娜嬢=娜はなよなよとして美しい、たおやかな。嬢は母。かけがえのない存在であった母。

 葬=ほうむる。

 圭峰=圭峰大師宗密(しゅうみつ)。澄観の弟子、華厳第五祖。華厳と禅に詳しく教禅一致を唱える。(780840

 風樹=死んでしまった親を思う気持ち。風木。

 観行=心に真理を観ずる行法。

 理供=理供養。事供養の対。印明と観念による供養。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。安上がりだし、あとあと便利で、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

奈良市は歴史観光都市、古都奈良なんですから。

 

| | コメント (0)

2016年12月 8日 (木)

コスモス寺花だより   12・8

 

*今日はお釈迦さまが菩提樹の下で悟りを開かれた日で、成道会(じょうどうえ)と言います。また日本がアメリカを相手に無謀な戦争を始めた真珠湾攻撃の日でもあります。世の中平和であれ。

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ≫

観音石仏の足元にも小さな白い花がちらほらと咲きだしています。

花期・12月~2

    種類・一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数・2万本

 

「水仙を 遠ざかるとき 近づく香」稲畑汀子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

〔俳句〕

「死にべたと 山や思はん 夕時雨」一茶

訳:上手に死なないと山は思うだろうね。夕方の時雨。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》804

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【所謂第一誕生出家門。第二戒律中興門。第三万行不二門。第四佛神感応門。第五廻向発願門。伏願興正菩薩哀愍納受。】

 

〔いわゆる、第一に誕生出家の門。第二に戒律中興の門(かいりつちゅうこうのもん①)。第三に万行不二の門(まんぎょうふにのもん②)。第四に仏神感応の門(ぶっしんかんのうのもん③)。第五に廻向発願の門。伏して願わくは興正菩薩、哀愍納受したまえ。〕

 

 戒律中興の門=自誓受戒して比丘となったことを讃える段。この段以下、本文では「門」を「徳」に変えている。

 万行不二の門=本文では、「万行一門の徳」となっている。万行は一切の仏道修行のこと。不二は平等に価値あること。

 仏神感応の門=行者の信心が仏と神に通じて、はたらきが示されること。

*『行実年譜』の編者慈光慧日師が奥書に記すように、この式文は写誤多く、句読不正なるを讎閲校正、添削繕写したもの。

 

◆【第一誕生出家門者。夫興正菩薩。土御門院建仁元年。和州箕田郷。以源家為慈父誕生。以藤氏為悲母出生。人相具足。及行人過容崇敬。根性柔和。致飛鳥走獣哀愍。五歳春。誦九條錫文。似羅什七歳而通数句之性。】

 

〔第一に誕生出家の門とは。夫れ興正菩薩は、土御門院建仁元年(つちみかどいんけんにんがんねん①)、和州箕田郷(わしゅうみたごう②)。源家(げんけ③)を以って慈父と為し誕生す。籐氏を以って悲母と為し出世(しゅっせい④)す。人相具足し、行人(ぎょうにん⑤)の過容(かよう⑥)は崇敬に及ぶ。根性柔和にして飛鳥走獣に哀愍(あいびん⑦)を致す。五歳の春、九絛錫文(くじょうしゃくもん⑧)を誦す。羅什(らじゅう⑨)の七歳にして数句に通ずるの性に似たり。〕

 

 土御門院建仁元年=土御門天皇(院は誤り)の年号、建仁元年は西暦一二〇一年。

 和州箕田郷=大和郡山市白土町。

 源家=木曽義仲の末裔と伝える。

 出世=衆生を救うために、仏がこの世に現れ出ることを言い、作者は興正菩薩を仏と同等に捉えている。

 行人=修行者。

 過容=すぐれたすがた、立ち居振る舞い。

 哀愍=仏が衆生をあわれんで情けをかけること。

 九條錫文=『九條錫杖』の文句。

 羅什=鳩摩羅什。中国南北朝時代の訳経僧。西暦三四四~四一三.

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。安上がりだし、あとあと便利で、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

奈良市は歴史観光都市、古都奈良なんですから。

| | コメント (0)

2016年12月 7日 (水)

コスモス寺花だより   12・7

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ≫

観音石仏の足元にも小さな白い花がちらほらと咲きだしています。

花期・12月~2

    種類・一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数・2万本

 

「水仙を 遠ざかるとき 近づく香」稲畑汀子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

〔俳句〕

「死にべたと 山や思はん 夕時雨」一茶

訳:上手に死なないと山は思うだろうね。夕方の時雨。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》803

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【今披彼聖訓。聊誡此凡心。排律燈兮除罪闇者。興正菩薩之善功也。瑩戒珠兮拂業塵者。親教和上之方便也。今当三十三年遠忌。盍勵四弘六度弘誓。因開五段微志於滅後。泣契二利大願於生前。年々歳々子細之事。雖貽後見。歳々年々祖徳之行。欲語未聞。】

 

〔今、彼の聖訓(せいくん①)を披(ひら)き、聊(いささか)此の凡心(ぼんしん②)を誡める。律燈(りっとう③)を挑(かか)げ罪闇を除くは興正菩薩の善功(ぜんこう④)也。戒珠(かいしゅ⑤)を瑩(みが)き、業塵(ごうじん⑥)を払うは親教和上(しんきょうわじょう⑦)の方便也。今、三十三年遠忌に当り、盍(なん)ぞ四弘六度(しぐろくど⑧)の弘誓を励み、因りて五段の微志(ごだんのびし⑨)を滅後に開き、二利の大願(にりのたいがん⑩)を生前に契る(しょうぜんにちぎる⑪)。年々歳々の子細の事(しさいのこと⑫)は後見に貽す(こうけんにのこす⑬)と雖も、歳々年々の祖徳の行(そとくのぎょう⑭)は、未聞(みぶん⑮)を語らんと欲す。〕

 

 聖訓=聖人すなわち興正菩薩の訓誡、おしえ。

 凡心=煩悩に束縛され迷う凡夫の心。

 律燈=律宗、戒律の教えによるともし火。

 善功=善い結果を生み出す長い間の修練の効用。

 戒珠=戒を保つことによって、その身が清らかに飾られることから、戒を珠玉にたとえた。

 業塵=身口意の悪い行いが引き起こすけがれ、欲望は塵(ちり)のようなもの。

 親教和上=親しく教えを受ける和上(和尚)。親教師。興正菩薩のこと。

 四弘六度=四弘誓願と六波羅蜜

 五段の微志=本講式を五門で構成することをいう。微志は少しばかりの志(自分をへりくだって言う語)。

 二利の大願=自利(上求菩提)と利他(下化衆生)の二利をめざす菩薩の誓願。

 生前に契る=生前中の興正菩薩に固く約束する。

 子細の事=くわしいこと。

 後見に貽す=後世の人に遺す。

 祖徳の行=徳を積まれた祖師、すなわち興正菩薩の行業、行跡。

 未聞=だれもまだ聞いたことがないこと。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。安上がりだし、あとあと便利で、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

奈良市は歴史観光都市、古都奈良なんですから。

| | コメント (0)

2016年12月 6日 (火)

コスモス寺花だより   12・6

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ≫

観音石仏の足元にも小さな白い花がちらほらと咲きだしています。

花期・12月~2

    種類・一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数・2万本

 

「水仙を 遠ざかるとき 近づく香」稲畑汀子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

〔俳句〕

「さはつても 時雨さう也 ちちぶ山」一茶

訳:さわってみただけで時雨になりそうだなあ。秩父の山

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》802

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【敬白同体別体一切三宝戒法弘通興正菩薩。而言。夫利益無窮者仏法。一句能出三界苦。恩徳有余者師僧。曠劫難謝片時功。是以観音戴弥陀於頂上。弥勒安釈迦於冠中。薬王焼臂。香城投身。爰龍樹菩薩説曰。仮使頂戴経塵劫。身為牀座遍三千。】

 

〔敬って同体別体(どうたいべったい①)の一切三宝、戒法弘通の興正菩薩に白(もう)して言(もうさ)く。夫れ利益無窮(りやくむきゅう②)なるは仏法なり。一句にても能く三界の苦を出づ。恩徳余り有る者は師僧なり。曠劫(こうごう③)も謝し難きは片時(へんじ④)の功(こう⑤)。是を以って観音は弥陀を頂上に戴き、弥勒は釈迦を冠中に安んず。薬王は臂を焼き(⑥)、香城に身を投ず(⑦)。ここに龍樹菩薩は説いて曰く、仮使(たとい)頂戴して塵劫(じんこう⑧)を経るとも、身は牀座(しょうざ⑨)と為り三千(さんぜん⑩)に遍(あまね)し。若し法を伝えずして衆生を度(ど⑪)すことあらば、一分にも師の恩に報いること能わず。〔云云〕

 

 同体別体=三宝は仏、法(仏の教え)、僧(仏の教えを実行する行者)をいうが、三宝を仏と一体のものととらえるときは「同体の三宝」といい、個々に三つをさす場合は「別体の三宝」とする。

 利益無窮=衆生を利益する力がきわまりない。

 曠劫=広大な時間。永劫。

 片時=少しの間。かたとき。

 功=功業、功績。てがら。

 薬王は臂を焼き=薬王菩薩が過去世において臂を焼いて仏と法華経を供養した伝説。『法華経薬王菩薩本事品』に出づ。

 香城に身を投ず=香城は般若経に説かれる法涌菩薩の住所。常啼菩薩が香城で身を犠牲にして般若波羅蜜多を求めた話は『大般若経常啼菩薩品』に出づ。

『止観五上』には「香城粉骨。雪嶺投身。亦何足以報徳。」の文あり。

 塵劫=塵点劫のこと。永劫。はかり知れない長い年代。

 牀座=こしかけの座。椅子式の座席。

 三千=三千大千世界。ありとあらゆる世界。すべての世界。

 度=わたす。すくう。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。安上がりだし、あとあと便利で、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

奈良市は歴史観光都市、古都奈良なんですから。

 

| | コメント (0)

2016年12月 5日 (月)

コスモス寺花だより   12・5

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ≫

観音石仏の足元にも小さな白い花がちらほらと咲きだしています。

花期・12月~2

    種類・一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数・2万本

 

「水仙を 遠ざかるとき 近づく香」稲畑汀子

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

〔俳句〕

「さはつても 時雨さう也 ちちぶ山」一茶

訳:さわってみただけで時雨になりそうだなあ。秩父の山

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》800

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

 【  先総礼

帰命釈迦尊 願我於未来 受生善悪処 下(不ヵ)忘菩提心

   南無戒法弘通興正菩薩   】

 

〔先ず総礼(そうらい①)

釈迦尊に帰命(きみょう②)す。願わくは、我れ未来に生を受ける善悪処(ぜんなくしょ③)に於いて、菩提心を忘れざらんことを。 

戒法を弘通(ぐつう④)せる興正菩薩に帰命したてまつる。〕

 総礼=法会において参列者全員がいっせいに仏に礼拝すること。

 帰命=身命をささげて仏に帰依すること。南無。

 善悪処=人は輪廻により未来には六道世界に生まれ変わる。六道のうち、天・人は善処。阿修羅・餓鬼・畜生・地獄は悪処。

 弘通=教えを広めること。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。安上がりだし、あとあと便利で、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

奈良市は歴史観光都市、古都奈良なんですから。

| | コメント (0)

2016年12月 4日 (日)

コスモス寺花だより   12・4

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ≫

観音石仏の足元にも小さな白い花がちらほらと咲きだしています。

花期・12月~2

    種類・一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数・2万本

 

「真中の小さき黄色のさかづきに

    甘き香もれる水仙の花」木下利玄

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

〔俳句〕

「三度くふ 旅もつたいな 時雨雲」一茶

訳:三度の飯を食う旅は何とももったいないことだ。折しも時雨を告げる雲。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》799

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

〔興正菩薩講式(こうしき①)

教興寺(きょうこうじ②)比丘阿一(あいち③) 之を謹(つつし)みて草(そう④)す。〕

 

 講式=仏菩薩、先徳などを讃嘆した和文の声明。漢語調の散文で、拍節にはまらない唱法。

 教興寺=真言律宗末寺。大阪府八尾市教興寺に所在。

 阿一=如縁房。興正師の弟子で教興寺長老。

 草=下書きをする。原稿を作る。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。安上がりだし、あとあと便利で、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

奈良市は歴史観光都市、古都奈良なんですから。

 

 

| | コメント (0)

2016年12月 3日 (土)

コスモス寺花だより 12・3