コスモス寺花だより 12・8
*今日はお釈迦さまが菩提樹の下で悟りを開かれた日で、成道会(じょうどうえ)と言います。また日本がアメリカを相手に無謀な戦争を始めた真珠湾攻撃の日でもあります。世の中平和であれ。
〔花ごよみ〕
○水仙:≪咲きはじめ≫
観音石仏の足元にも小さな白い花がちらほらと咲きだしています。
花期・12月~2月
種類・一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも
八重咲「チヤフルネス」
株数・2万本
「水仙を 遠ざかるとき 近づく香」稲畑汀子
○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。
〔俳句〕
「死にべたと 山や思はん 夕時雨」一茶
訳:上手に死なないと山は思うだろうね。夕方の時雨。
〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕
〈浄瑠璃寺にて〉
「かれわたる いけのおもての あしのまに
かげうちひたし くるるたふかな」
(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)
〈平城宮址の大黒芝にて〉
「はたなかの かれたるしばに たつひとの
うごくともなし ものもふらしも」
(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)
《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》804
『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上
(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)
如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録
『興正菩薩講式』
教興寺比丘阿一 謹草之
◆【所謂第一誕生出家門。第二戒律中興門。第三万行不二門。第四佛神感応門。第五廻向発願門。伏願興正菩薩哀愍納受。】
〔いわゆる、第一に誕生出家の門。第二に戒律中興の門(かいりつちゅうこうのもん①)。第三に万行不二の門(まんぎょうふにのもん②)。第四に仏神感応の門(ぶっしんかんのうのもん③)。第五に廻向発願の門。伏して願わくは興正菩薩、哀愍納受したまえ。〕
① 戒律中興の門=自誓受戒して比丘となったことを讃える段。この段以下、本文では「門」を「徳」に変えている。
② 万行不二の門=本文では、「万行一門の徳」となっている。万行は一切の仏道修行のこと。不二は平等に価値あること。
③ 仏神感応の門=行者の信心が仏と神に通じて、はたらきが示されること。
*『行実年譜』の編者慈光慧日師が奥書に記すように、この式文は写誤多く、句読不正なるを讎閲校正、添削繕写したもの。
◆【第一誕生出家門者。夫興正菩薩。土御門院建仁元年。和州箕田郷。以源家為慈父誕生。以藤氏為悲母出生。人相具足。及行人過容崇敬。根性柔和。致飛鳥走獣哀愍。五歳春。誦九條錫文。似羅什七歳而通数句之性。】
〔第一に誕生出家の門とは。夫れ興正菩薩は、土御門院建仁元年(つちみかどいんけんにんがんねん①)、和州箕田郷(わしゅうみたごう②)。源家(げんけ③)を以って慈父と為し誕生す。籐氏を以って悲母と為し出世(しゅっせい④)す。人相具足し、行人(ぎょうにん⑤)の過容(かよう⑥)は崇敬に及ぶ。根性柔和にして飛鳥走獣に哀愍(あいびん⑦)を致す。五歳の春、九絛錫文(くじょうしゃくもん⑧)を誦す。羅什(らじゅう⑨)の七歳にして数句に通ずるの性に似たり。〕
① 土御門院建仁元年=土御門天皇(院は誤り)の年号、建仁元年は西暦一二〇一年。
② 和州箕田郷=大和郡山市白土町。
③ 源家=木曽義仲の末裔と伝える。
④ 出世=衆生を救うために、仏がこの世に現れ出ることを言い、作者は興正菩薩を仏と同等に捉えている。
⑤ 行人=修行者。
⑥ 過容=すぐれたすがた、立ち居振る舞い。
⑦ 哀愍=仏が衆生をあわれんで情けをかけること。
⑧ 九條錫文=『九條錫杖』の文句。
⑨ 羅什=鳩摩羅什。中国南北朝時代の訳経僧。西暦三四四~四一三.
(つづく)
《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》
瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。
「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」
日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。
*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点
1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。
2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。
3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。
❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。
〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。
またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。
このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。
〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。
中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。
○膠着状態にある奈良市のゴミ工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。安上がりだし、あとあと便利で、全市民の利益になるのでは。」という意見です。
もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。
またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。
いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。
奈良市は歴史観光都市、古都奈良なんですから。
| 固定リンク | 0

コメント