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2016年12月31日 (土)

コスモス寺花だより   12・31

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪満開≫

冬の庭に咲く稀少な花、水仙は見ごろを迎えました。

観音石仏の足下が清浄な純白の花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

 

花期:12月~2月 お正月には満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙や 白き障子の とも移り」松尾芭蕉

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

*今年は今日でおしまいになります。一年間「花だより」をご愛読たまわりましてありがとうございました。明年も続けてまいりますのでよろしくご指導ご鞭撻をお願いいたします。

「法門無辺誓願学 菩提無上誓願証」

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「冬枯や 親に放れし 馬の顔」一茶

訳:冬枯れの淋しい風景よ。親馬に放れた子馬の心細げな顔。 

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》821  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

【思圓上人度人行法結夏記】(鏡慧記)

(しえんしょうにんどにんぎょうぼうけつげき)

 

〔思円上人(しえんしょうにん①)度人(どにん②)行法(ぎょうぼう③)結夏(けつげ④)の記〕

 

 思円上人=叡尊師の仮名(房名)が思円房(しえんぼう)であることから敬称とされた。

 度人=人を教化(きょうけ)すること。衆生済度。

 行法=仏道修行。修法。

 結夏=夏安居を結ぶこと。度人行法の日数、年数。

 

◆【授菩薩通受戒座数幷人数

自嘉禎二年丙申。至正応三年庚寅。一化五十五年也。自初至文永四年丁卯七月。九百二十六座三万百五十八人。

 右記録。奉納般若寺文殊御身。】

 

〔菩薩通受の戒(ぼさつつうじゅのかい①)を授ける座数(ざすう②)ならびに人数。

嘉禎二年(③)丙申より、正応三年(④)庚寅に至る、一化(いっけ⑤)五十五年也。

初めより文永四年(⑥)丁卯七月に至る。九百二十六座三万百五十八人。

 右記録を、般若寺文殊の御身(おんみ⑦)に奉納す。〕

 

 菩薩通受戒=菩薩の戒(大乗戒)は三聚浄戒(摂律儀戒、摂善法戒、摂衆生戒)であり、その受戒法には摂律儀戒(四分律に依る。比丘は二百五十戒を具足戒、満分戒とする。)のみを単受する別受と、三聚戒を総受する通受の方法がある。興正菩薩は菩薩戒を授けるのに通受を用いた。

 座数=授戒会を開いた回数。

 嘉禎二年=かてい。一二三六年。ひのえさる。

 正応三年=しょうおう。一二九〇年。かのえとら。

 一化=一生涯における化導、教化。

 文永四年七月=ぶんえい。一二六七年。ひのとう。

『感身学正記』によれば、この年に般若寺本尊丈六文殊像が完成し、七月二十五日から二十八日まで開眼供養が行なわれた。それに先立つ二十二日に、本尊が坐る蓮華座の中に菩薩七衆三万百五十八人の受戒名帳と所々殺生禁断等状五十六通が納められた。

 般若寺文殊御身=『感身学正記』によれば、七月廿日、四角三重厨子(黒漆者。金銅金物。棟居宝形。)を構え、その上層に仏舎利、妙法蓮華経、阿弥陀経、般若心経、最勝王経、梵字心経一千巻、宝筐印陀羅尼一千遍、五字八字等真言一万遍、炎光所安十六尊真言各一千遍、漢字般若理趣経が納入され、下二層には大般若経六百巻が納入された。二十二日、本尊を獅子座に本居し、厨子を御身の内に納め、御身の前裏に五字八字両界等種字曼荼羅を図し奉った。(種字は予が書き奉る。一字三礼。)そのほか比丘比丘尼発菩提心願文七十五通、本尊造営の間の奉加帳等、結縁の緇素貴賎面々奉納の仏像経巻も胎内に納められた。

 

◆【自文永四年八月朔日。至正応三年七月廿四日。一千四百五十三座六万七千五百五十二人。

首尾都合二千三百七十九座九万七千七百十人之内。出家五衆一千六百九十四人之内。比丘七百八十四人。比丘尼四百四十二人。式叉尼百人。沙弥二百五十人。沙弥尼百十八人。在家二衆九万六千十六人。】

 

〔文永四年八月朔日(①)より、正応三年七月廿四日(②)に至る、一千四百五十三座六万七千五百五十二人。

首尾都合(しゅびつごう③)二千三百七十九座九万七千七百十人之内。出家五衆(しゅっけごしゅう④)一千六百九十四人之内。比丘(びく⑤)七百八十四人。比丘尼(びくに⑥)四百四十二人。式叉尼(しきしゃに⑦)百人。沙弥(しゃみ⑧)二百五十人。沙弥尼(しゃみに⑨)百十八人。在家二衆(ざいけにしゅう⑩)九万六千十六人。〕

 

 文永四年八月朔日=般若寺の丈六文殊開眼供養が文永四年(一二六七)七月二十七日に終わり、翌月八月一日から新たに菩薩戒を授けた人数を数える。

 正応三年七月二十四日=興正菩薩御入滅の正応三年(一二九〇)の八月二十五日の一月前まで授戒が行なわれた。

 首尾都合=初めから終わりまでの合計。

 出家五衆=出家得道した五種類の僧と尼。

 比丘=出家して具足戒(二百五十戒)を受けた男性。

 比丘尼=出家して具足戒(三百四十八戒)を受けた女性。

 式叉尼=式叉摩那(しきしゃまな)。比丘尼となるための準備の修行をしている沙弥尼。十八歳から二十歳までの二年間に、不婬、不偸盗、不非時食、不飲酒の六法戒を守る。

 沙弥=十戒は受けているがまだ具足戒を受ける年齢(二十歳)に達していない僧。

 沙弥尼=出家して十戒は守ってはいるが、まだ具足戒を受けていない女性。やがて比丘尼となる入門修行の者。

 在家二衆=梵語で優婆塞(うばそく、在俗の男性信者)と優婆夷(うばい、在俗の女性信者)、訳して近住(ごんじゅう)、近事(ごんじ)。五戒を守る。

 

◆【別受具足戒日数幷人数

戒壇六箇所。家原寺。西大寺。東大寺。招提寺。淨住寺。海龍王寺。自寛元三年。至正応二年。首尾四十五年也。都合七十三箇日之内。大僧四十六箇度(日ヵ)百八十三番。受者五百二十八人。和尚(上ヵ)百六十一度。羯磨百八十二番。大尼二十九箇日。一百三番。受者三百四人。和上四度一衆受之。羯磨四百五番。証明十九度。戒壇三箇所。西大寺。招提寺。海龍王寺。本法一向法華寺。

自建治元年。至正応二年。首尾十五箇年。新受重受都合八百三十二人。】

 

〔別受具足戒(べつじゅぐそくかい①)の日数幷(ならびに)人数。

 

戒壇六箇所(かいだんろっかしょ②)。家原寺(えばらじ③)。西大寺(さいだいじ④)。東大寺(とうだいじ⑤)。招提寺(しょうだいじ⑥)。淨住寺(じょうじゅうじ⑦)。海龍王寺(かいりゅうおうじ⑧)。

寛元三年より正応二年に至る。首尾四十五年なり。都合七十三箇日の内。大僧(だいそう⑨)は四十六箇度(日)百八十三番。受者は五百二十八人。和尚(上、わじょう⑩)は百六十一度。羯磨(こんま⑪)は百八十二番。大尼(だいに⑫)は二十九箇日。一百三番。受者は三百四人。

和上は四度、一衆これを受く。羯磨は四百五番。証明(しょうみょう⑬)は十九度。戒壇は三箇所。西大寺。招提寺。海龍王寺。本法(ほんぽう⑭)は一向に法華寺(ほっけじ⑮)。建治元年より正応二年に至る(⑯)。首尾十五箇年。新受重受(しんじゅじゅうじゅ⑰)は都合八百三十二人。〕

 

 別受具足戒=菩薩戒の三聚浄戒の内、摂律儀戒(四分律の七衆戒)だけを別して受ける受戒法。単受とも言う。

 戒壇六箇所=東大寺と唐招提寺の戒壇は奈良時代に設立。家原寺、西大寺、淨住寺、海龍王寺は新たに設立された。

 家原寺=大阪堺市。行基菩薩の生家を寺としたと伝える。

 西大寺=奈良市。真言律宗の本山。

 東大寺=奈良市。奈良時代に鑑真和尚が戒律を伝来し、戒壇院が国家公認の戒壇となった。三戒壇の中心。

 招提寺=唐招提寺。奈良市。鑑真和尚が戒壇を開設したと伝える。

 淨住寺=京都市。葉室定嗣が開基し興正菩薩が開山となった。

 海龍王寺=奈良市。興正菩薩が戒壇を開く。

 大僧=比丘。男性の正式の僧侶。比丘は具足戒(二百五十戒)を受ける。ここは比丘受戒のこと。

 和上=律宗の一山一寺の僧衆を率いる長老。受戒式で授戒師を勤める。

 羯磨=羯磨師。受戒者に代わって受戒の意思を表白し、承認を問う。白二羯磨、白四羯磨の形式がある。

 大尼=比丘尼。女性の正式の僧侶。比丘尼は具足戒(三百四十八戒)を受ける。ここは比丘尼受戒のこと。

 証明=証明師。受戒が成立したことを証明する七人の大僧(尼)。

 本法=比丘尼の受戒。

 法華寺=奈良市。総国分尼寺。

 建治元年より正応二年に至る=一二七五年から一二八九年まで。

 新受重受=初めて受戒する人と重ねて受戒する人。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

 

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