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2016年12月18日 (日)

コスモス寺花だより   12・18

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪2~3分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りが境内に漂っています。

花期:12月~2月 お正月ころには満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙や 寒き都の ここかしこ」与謝野蕪村

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「限りある 身とな思そ 浮ね鳥」一茶

訳:限りがある辛い身だと思いなさるな、浮寝鳥。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》814

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『西大寺中興思円上人行業記』凝然著)

(さいだいじちゅうこうしえんしょうにんぎょうごうき)

(西大寺蔵『興正菩薩伝記一巻』)

 

◆【海湛智潮。騰無竭之教波。泉沸慧水。流靡窮之辨(辯)河。顕密二宗。捜賾無遺。金胎両部。奮底有験。上人自謂。菩提薩埵之妙行。興法利生為本。自行化他之悪業。止悪修善為先。故悲律教之廃替。】

 

〔海は智潮(ちちょう①)を湛(たた)えて、無竭の教波(むけつのきょうは②)を騰(あ)げ、泉(いずみ)は慧水(けいすい③)を沸(わか)して、靡窮の辨(辯ヵ)河(びきゅうのべんが④)を流す。顕密の二宗は、賾(さく⑤)を捜して遺(のこ)すこと無く、金胎の両部は、奮底(ふんてい⑥)の験(しるし)あり。上人みずから謂く、菩提薩埵の妙行は興法利生(こうぼうりしょう⑦)を本となし、自行化他(じぎょうけた⑧)の悪業(浄業ヵ)といえども止悪修善(しあくしゅぜん⑨)を先となす。ゆえに律教(りっきょう⑩)の廃替(はいたい⑪)を悲しんで、〕

 

 智潮=潮の如き智慧。

 無竭之教波=尽きることない波のような仏のおしえ。

 慧水=智慧の水。

 靡窮之辯河=弁説で道理を明らかにすることが川のようで窮まることがないこと。

 賾=奥深い道理。をさがし求めること。

 奮底=奥底をふるいたて、明らかにすること。

 興法利生=釈尊の正しい教えを興し、衆生を利益すること。

 自行化他=上求菩提、下化衆生。自らを高め、他者を教化する菩薩行。

 止悪修善=悪行を止め、善行を修すること。

 律教=釈尊の誡め、戒律の教え。律宗。

 廃替=すたれおとろえること。

 

◆【開受隨両相(之)畝。歎戒行之墜堕。分止作二持之衢。昔 人王第四十六代孝謙天皇御宇天平勝宝七年乙未。大唐揚州鑑真和尚。遠渡滄波。創伝戒律。其後法進。如宝。継踵秉御。道淨常詮。受(苟)弘持。八宗澤異。同沐戒水。二蔵路区。倶耀律燈律燈。然世漸澆漓。人稍淡薄。三学未必遍歴。二持厥跡如無。

 

〔受隨両相の(じゅずいりょうそうのうね①)を開く。戒行の墜堕(かいぎょうのついだ②)を歎(なげ)いて、止作二持の衢(しさにじのく③)を分つ。昔、人王第四十六代孝謙天皇御宇天平勝宝七年乙未(④)、大唐揚州鑑真和尚(⑤)、遠く滄波(そうは⑥)を渡り、創めて戒律を伝う。其の後、法進(ほうしん⑦)、如宝(にょほう⑧)、踵(きびす)を継いで秉御(へいぎょ⑨)す。道淨、常詮、受芍(苟ヵ不明な字)弘持す。八宗(はっしゅう⑩)の沢は異なるとも、同じく戒水に沐す。二蔵(にぞう⑪)は路(みち)区(くぎ)るとも、倶に律燈(りっとう)を耀かす。然れば世は漸く澆漓(ぎょうり⑫)にして、人は稍(やや)淡薄(たんぱく⑬)なり。三学(さんがく⑭)は未だ必ずしも遍歴せず。二持(止持、作持)は厥(そ)の跡、無きが如し。〕

 

 受隨両相の畝=比丘が初めて戒体を受けて吾身に具えるを受といい、後にその戒体に随って如法に戒行を修するを隨という。受と隨の両方のかたちを畑の畝にたとえる。

 戒行の墜堕=戒の実行が墜落して行われなくなっていること。

 止作二持の衢=止持(悪をなさないこと)と作持(善をなすこと)の大道。

 天平勝宝七年乙未=西暦七五五年。

 鑑真和尚=日本律宗の祖。揚州大明寺の僧。戒師召請に入唐していた栄叡(ようえい)、普照の請いに応じて六度の航海を経て来日する。唐招提寺を建て戒律の根本道場とする。

 滄波=あおい波。大海原。

 法進=唐の僧、鑑真に随って来日。鑑真の東大寺戒壇院創建をたすけ、戒壇院、唐禅院をついだ。七〇九-七七八.

 如宝=唐の僧、胡の人。鑑真に随って来日し、東大寺戒壇院で受戒。鑑真の跡を継いで唐招提寺長老となる。

 秉御=しっかりと手にとり、たくみに操ること。

 八宗=法相、華厳、三論、俱舎、成実、律の南都六宗に天台、真言の新渡の二宗を加える。

 二蔵=経蔵、論蔵。

 澆漓=世が末となって道徳が衰え、人情が薄くなること。

 淡薄=淡くうすいこと。

 三学=戒(戒律)学、定(禅定)学、慧(智慧)学

 

◆【自爾已来三百余年。律水枯竭。無受隨之潤。戒燈滅已。増業惑之暗。罪障不簡軽重。苦果定無所疑。闡提悲願。由此而発。興法誓約。所以而立。至鳥羽天皇御宇保安三年壬寅。実範大徳新造戒壇法式。順徳天皇御宇建暦元年辛未。解脱上人更敷律蔵講席。学解漸昌。而持行未全。談吐頻興。而専精難得。】

 

〔しかるより已来、三百余年。律水(りっすい①)枯竭(こけつ②)して受隨(じゅずい③)の潤い無し。戒燈(かいとう④)滅已(きえはてて)、業惑(ごうわく⑤)の暗を増す。罪障は軽重を簡ばず。苦果は定めて疑う所無し。闡提の悲願(せんだいのひがん⑥)、此れに由って発(おこ)り、興法の誓約、所以(ゆえん)にして立てり。鳥羽天皇の御宇、保安三年壬寅(⑦)に至って、実範大徳(じっぱんだいとく⑧)新たに戒壇法式(かいだんほっしき⑨)を造る。順徳天皇御宇、建暦元年辛未(⑩)に洎(およ)んで、解脱上人(げだつしょうにん⑪)更に律蔵の講席(こうせき)を敷く。学解(がくげ⑫)漸く昌んなれども、持行(じぎょう⑬)は未だ全きからず。談吐(だんと⑭)頻りに興れども、専精(せんせい⑮)は得難し。

 

 律水=律宗の命脈。

 枯竭=枯れてなくなる。

 受隨=戒を受けることと戒行を修すること。

 戒燈=戒のともし火。

 業惑=悪業と煩悩。

 闡提の悲願=大悲心を以って一切衆生を救おうとする菩薩は己の成仏は期さない。

 保安三年=西暦一一二二年。みずのえとら。

 実範大徳=参議藤原顕実の第四子。興福寺へ入寺し、法相宗、真言宗、天台宗、律宗のほか、晩年は浄土教をも兼学した。中川寺成身院を開基す。

 戒壇法式=『東大寺戒壇院受戒式』

 建暦元年=西暦一二一一年。かのとひつじ。

 解脱上人=藤原通憲(信西)の孫。興福寺へ入寺し法相宗を学び戒律の復興をめざした。晩年は笠置寺、海住山寺に住した。解脱房貞慶。

 学解=学問上の深い知識や見識。

 持行=戒律の保持と実行。

 談吐=談論のときの口から出すことばや、そのおもむき。

 専精=一つのことに精神を集中し深めること。

 

◆【于時。四條天皇御宇嘉禎二年丙申九月四日。四人律匠。依大乗三聚通受之法。自誓受戒。上人即其一也。厥時如法律師不異仏世更興。如説戒儀。不耻聖代重起。四人法匠。各有所栖。】

 

〔時に、四条天皇(①)御宇、嘉禎二年(かていにねん②)丙申九月四日、四人の律匠(よにんのりっしょう③)、大乗三聚通受(だいじょうさんじゅうつうじゅ④)の法に依って、自誓受戒(じせいじゅかい⑤)す。上人即ち其の一(ひとり)也。厥(そ)の時、如法の律師は仏世(ぶっせ⑥)に異ならずして更(あらたま)り興り、如説の戒儀は、聖代(しょうだい⑦)に耻(は)じずして重ねて起こる。四人の法匠、各おの栖(す)む所有り。

 

 四條天皇=在位、貞永元~仁治三年(一二三二-四二)。

 嘉禎二年=西暦一二三六年。ひのえさる。

 四人律匠=円晴、有厳、覚盛、叡尊。

 大乗三聚通受=大乗仏教の修行者である菩薩のたもつべき戒。摂律儀戒、摂善法戒、摂衆生戒の三種類の戒(三聚浄戒)を通じて(同時に)受けること。

 自誓受戒=十師(三師七証)による従他受に対して自らが誓いを立て仏菩薩から戒を受ける受戒方法。

 仏世=仏在世。

 聖代=聖なる帝の時代、すなわち鑑真和尚が来朝して如法授戒を伝えた孝謙天皇の時代。

 

◆【上人住西大寺。昌興戒法。四律五論之聖典。懸赫日而光朗。三大五部之祖文。瑩珠玉而色鮮。南山之峯。三観風涼。西湖之涯。十業月円。山東相州之義門。嵩嶽鎮国之理路。禅定弘法之戸。江東雙林之窓。】

 

〔上人は西大寺に住して、戒法を昌興(しょうこう①)す。四律五論(しりつごろん②)の聖典、赫日(かくじつ③)に懸って光朗(あきら)かなり。三大五部(さんだいごぶ④)の祖文は、珠玉を瑩(みが)いて色鮮やかなり。南山(なんざん⑤)の峯に三観(さんがん⑥)の風涼しく、西湖(せいこ⑦)の涯に十業(じゅうごう⑧)の月円(まど)かなり。山東相州(さんとうそうしゅう⑨)の義門、嵩嶽鎮国(すうがくちんこく⑩)の理路、禅定弘法(ぜんじょうこうぼう⑪)の戸、江東双林(こうとうそうりん⑫)の窓、〕

 

 昌興=さかんにおこす。

 四律五論=四律は十誦律、四分律、五分律、摩訶僧祇律。五論は毘尼母論、摩得勒伽論、善見論、薩婆多論、明了論。

 赫日=かがやく日。

 三大五部=道宣の著作。三大部は、『四分律刪繁補闕行事鈔』『四分律刪補随機羯磨疏』『四分律含注戒本疏』。五大部はこれに『四分律拾毘尼義鈔』『四分比丘尼鈔』

 南山=終南山。道宣律師が住した山。

 三観=「南山三観」。道宣律師の観法。性空観、相空観、唯識観。

 西湖=浙江省杭州市の西にある湖。景勝の地。

 十業=十善業。不殺生、不偸盗、不婬、不妄語、不両舌、不悪口、不綺語、不貪欲、不瞋恚、不邪見。

 山東相州=山東は中国崋山以東の地。相州は河南省臨漳県の西。

 嵩嶽鎮国=嵩山の鎮国寺に住した定賓律師のこと。法礪の相部宗を受け、その旧疏を宣揚す。

 禅定弘法=坐禅をして心を静めること、弘法は仏法を弘めること。

 江東雙林=江東は長江の下流南岸地方。雙林は沙羅双樹の林。

 

◆【凡厥疏鈔章記之所釈。図録集儀之所説。玄奘飜伝之体業。義浄訳持之教典。無不尋窮。皆悉学盡。】

 

〔凡そ厥の疏鈔章記(しょしょうしょうき①)の所釈、図録集儀(ずろくしゅうぎ②)の所説、玄奘飜伝(げんじょうほんでん③)の体業(たいごう④)、義浄訳持(ぎじょうやくじ⑤)の教典、尋窮(じんきゅう⑥)せずということ無し。皆悉く学び盡せり。〕

 

 疏鈔章記=疏は書籍の注釈。鈔は写し、抜き書き。章は首尾がそろい意義のまとまっている文章のひとくぎり。記は経書の注解。

 図録集儀=図を加えた記録、また資料として図を集めた書物。

 玄奘飜伝=唐の訳経三蔵、玄奘が翻訳せる。七十五部千三百余巻を飜ず。

 体業=業績、経典。

 義浄訳持=唐の訳経僧、義浄。五十六部三百三十余巻を翻訳。

 尋窮=たずねきわめること。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

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