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2016年12月15日 (木)

コスモス寺花だより   12・15

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ・1~2分咲き≫

観音石仏の足下が小さな白い花でかざられ

芳しい香りがあたりに漂っています。

花期:12月~2

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙の 花の高さの 日影かな」川井(河合とも)智月

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

*「除夜の鐘」中止のお知らせ

毎年1231日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」

が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。

 

〔俳句〕

「生残(いきのこ)り 生残りたる 寒(さむさ)かな」一茶

訳:しぶとく生き残っている証拠だ、なんともいえぬほどの寒さよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「びしやもんの ふりしころもの すそのうらに

        くれないもゆる はうそうげかな」

(毘沙門の古りし衣の裾の裏に 紅燃ゆる宝相華かな)

 

〈唐招提寺にて〉

「せんだんの ほとけほのてる ともしびの

       ゆららゆららに まつのかぜふく」

(栴檀の仏ほの照る灯火の ゆららゆららに松の風吹く)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》811

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【弘安六年。八十五歳。仏舎利神変天王寺。承貫主勅。行戒律儀。詣太神宮。三捧法味。毎度顕神威於神路山之梢。毎席浮冥感於御裳河之水。】

 

〔弘安六年(①)八十五歳。仏舎利、天王寺に神変(じんべん②)したまう。貫首(かんじゅ③)の勅を承り戒律儀を行ず。太神宮(だいじんぐう④)に詣し三たび法味を捧ぐ。毎度(まいたび)神威を神路山(かみちやま⑤)の梢に顕わし、毎席(まいせき)冥感を御裳河(みもすそがわ⑥)の水に浮かべる。〕

 

 弘安六年=こうあん。西暦一二八五年。

 神変=人間の知恵でははかり知ることのできない、不思議な変化。

 貫首=大寺の管主。四天王寺の別当職。

 太神宮=伊勢太神宮。

 神路山=伊勢内宮の南方の山、天照山(あまてるやま)とも言う。

 御裳河=御裳濯川。内宮神域内を流れる五十鈴川(いすずがわ)のこと。

 

◆【弘安四年後七月一日。異国億兆襲来九州時。同法(諸衆)八百群集八幡之剋。軍衆数万指西方発向。神火百千以子時飛去。境内神官歎未曽有。山上社司称不思議。即於其夜。速壊彼船】

 

〔弘安四年(①)後七月一日、異国の億兆(おくちょう②)九州に襲来の時、同法(どうほう③)〔諸衆〕八百、八幡(やはた④)に群集の剋(こく⑤)、軍衆数万西方を指して発向(はっこう⑥)す。神火百千、子の時(ねのとき⑤)を以って飛び去る。境内の神官、未曽有を歎く。山上の社司、不思議と称す。すなわち其の夜に於いて、速やかに彼の船を壊す。〕

 

 弘安四年=こうあん。西暦一二八一年。弘安の蒙古襲来。

 億兆=限りなく大きな数。人民、万民。

 同法=行法を同じくするもの。同門の僧衆。

 八幡=石清水八幡宮。

 剋=時刻。

 発向=出発して目的地に向かうこと。派遣。

 子の時=午後十二時。

 

◆【任天平年中行基菩薩亀鏡。降正安二年興正菩薩鳳詔。蓋此等之謂而已。外護木叉尸羅。持通受別受之戒。内凝水月禅那。証瑜伽瑜祇之観。是乃感応道交之妙徳。入我我入之作用也。

 

〔天平年中、行基菩薩の亀鏡(きけい①)に任せ、正安二年(②)興正菩薩の鳳詔(ほうしょう③)を降(くだ)さる。けだし此れ等の謂(いい④)ならく而已(のみ)。外に護るは木叉尸羅(ぼくしゃしら⑤)。持するは通受別受の戒。内に水月(すいげつ⑥)の禅那(ぜんな⑦)を凝らし、瑜伽瑜祇(ゆがゆぎ⑧)の観を証す。是れ乃(いま)し感応道交(かんのうどうこう⑨)の妙徳、入我我入(にゅうががにゅう⑩)の作用也。

 

 亀鏡=キキョウとも。よりどころとなる模範。亀鑑。

 正安二年=しょうあん。西暦一三〇〇年。

 鳳詔=天皇のみことのり。詔勅。

 謂=趣旨。

 木叉尸羅=波羅提木叉(戒本)と戒。

 水月=水面に映る月影。万物は実体がなく空であることをたとえる。

 禅那=心を安定統一させることによって覚りの英知に達しようとする修行法。禅定。

 瑜伽瑜祇=心の統一修行により仏と相応(合一)すること。瑜祇は瑜伽を有する観行の人をいう。

 感応道交=仏と衆生の心が通じ合うこと。衆生の機感と仏の応化とが相通じて融合すること。

 入我我入=真言密教の観法で、如来の三密(身口意の三密)が我に入り、我の三業(身口意の三業)が如来に入って、如来の三密と衆生の三業とが互いに観応し、摂入して、無二平等(衆生即仏)であると観ずる。

 

◆【先頌能所不二之経文。当諸衆一同伽陀。次可行礼拝。

 

能礼所礼性空寂 

感応道交難思儀 

我此道場如帝珠

十方三宝影現中

  我身影現三宝前

  頭面摂足帰命礼

 

   南無戒法弘通興正菩薩 】

 

〔先ず能所不二(のうしょふに)の経文(①)を頌し、諸衆一同の伽陀に当たる。次に礼拝を行ずべし。

 

能礼所礼性空寂(のうらいしょらいしょうくうじゃく) 

感応道交難思儀(かんのうどうこうなんしいぎ) 

我此道場如帝珠(がしどうじょうにょたいしゅ)

十方三宝影現中(じっぽうさんぼうようげんちゅう)

  我身影現三宝前(がしんようげんさんぼうぜん)

  頭面摂足帰命礼(ずめんせっそくきみょうらい)

 

 南無戒法弘通興正菩薩(なむかいほうぐつうこうしょうぼさつ) 〕

 

 能礼所礼・・・=この「礼拝偈」は天台の荊溪湛然の『法華三昧行事運想補助儀』に出る偈文。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

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