コスモス寺花だより 12・12
〔花ごよみ〕
○水仙:≪咲きはじめ・1~2分咲き≫
観音石仏の足元に小さな白い花が咲きだしました。
花期:12月~2月
種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも
八重咲「チヤフルネス」
株数:2万本
「水仙の 花の高さの 日影かな」川井(河合とも)智月
○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。
*「除夜の鐘」中止のお知らせ
毎年12月31日大みそかに行っていました除夜の鐘は、梵鐘に「音割れ」
が生じてきたため、文化財保存の観点から本年は中止いたします。将来、勧進により新しい梵鐘が出来上がれば再開できると思います。あしからずご了承くださいませ。
〔俳句〕
「寒き夜や 我身をわれが 不寝番(ねずのばん)」一茶
訳:寒い夜だなあ。寝ないで自分でわが身の番をしていないと凍えてしまいそう。
〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕
〈浄瑠璃寺にて〉
「かれわたる いけのおもての あしのまに
かげうちひたし くるるたふかな」
(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)
〈平城宮址の大黒芝にて〉
「はたなかの かれたるしばに たつひとの
うごくともなし ものもふらしも」
(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)
《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》808
『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上
(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)
如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録
『興正菩薩講式』
教興寺比丘阿一 謹草之
◆【行年三十六。嘉禎二年九月一日。成近事戒。同以二日。受勤策戒。同第四日。得大苾蒭戒。是則本朝通受菩薩戒之元始也。是則末代自誓苾蒭戒之最初也。自而以降。出家五衆一千六百九十四人。在家二衆九万六千十六人。】
〔行年三十六、嘉禎二年(①)九月一日。近事戒(ごんじかい②)を成ず。同二日を以って勤策戒(ごんさくかい③)を受く。同第四日、大苾蒭戒(だいびっしゅかい④)を得。これ則ち本朝通受菩薩戒(つうじゅぼさつかい⑤)の原始也。是れ則ち末代(まつだい⑥)の自誓苾蒭戒(じせいびっしゅかい⑦)の最初也。しかるより以降、出家五衆(しゅっけごしゅう⑧)一千六百九十四人。在家二衆(ざいけにしゅう⑨)九万六千十六人。〕
① 嘉禎二年=かてい。西暦一二三六年。
② 近事戒=近事は三宝に近づき仕える者の意で、優婆塞、優婆夷と呼ばれる在俗信者が守るべき五戒をいう。
③ 勤策戒=沙弥のことで、出家得度した七歳から二十歳までの、比丘になる前の準備段階の人が守るべき十戒。息慈戒とも。
④ 大苾蒭戒=苾蒭は比丘の異訳。具足戒とも。四分律の二百五十戒(比丘尼は三百四十五戒)を受けて正式の僧となるので大僧戒ともいう。
⑤ 通受菩薩戒=菩薩の戒である三聚浄戒(さんじゅじょうかい、摂律儀戒・摂善法戒・摂衆生戒)を通じて受ける受戒法。総受とも。
⑥ 末代=末法の世。
⑦ 自誓苾蒭戒=自ら誓いを立てて受戒すること。十師(三師七証)に依らずに、仏菩薩から受けて比丘となる受戒法。
⑧ 出家五衆=比丘、比丘尼、沙弥、沙弥尼、式叉摩那。
⑨ 在家二衆=優婆塞、優婆夷。
◆【俱薫三聚戒香。同満七衆徳瓶。戒日耀玉殿兮。照五畿七道。法水灑金楼兮。潤四海八挻。東関北陸。皆踏五乗之䡄轍。九州二嶋。悉浮三乗之舟航。】
〔倶に三聚戒香(さんじゅかいこう①)を薫じ、同じく七衆徳瓶(しちしゅうとくびょう②)に満つ。戒日(かいじつ③)は玉殿(ぎょくでん④)を耀(かがや)かし、五畿七道(ごきしちどう⑤)を照らす。法水は金楼に灑(そそ)ぎ、四海八埏(しかいはちえん⑥)を潤す。東関北陸は皆な五乗(ごじょう⑦)の軌轍(きてつ⑧)を踏む。九州二嶋は悉く三乗(さんじょう⑨)の舟航(しゅうこう⑩)に浮かぶ。〕
① 三聚戒香=菩薩戒である三聚浄戒はお香のように周囲に薫修していくこと。
② 七衆徳瓶=出家衆と在家衆双方の徳をたくわえる瓶。。
③ 戒日=戒を日の光にたとえる。
④ 玉殿=玉ををちりばめた美しい宮殿。
⑤ 五畿七道=日本全国のこと。五畿は山城、大和、河内、和泉、摂津の五国。七道は東海、東山、北陸、山陰、山陽、南海、西海道。
⑥ 四海八埏=四海は須弥山をとりまく四方の外海。八埏は八方の地の果て。世界のこと
⑦ 五乗=人乗、天乗、声聞乗、縁覚乗、菩薩乗。
⑧ 軌轍=わだち、過去の事跡。
⑨ 三乗=声聞乗(四諦の行法に乗じて阿羅漢果に到る)、縁覚乗(十二因縁の行法に乗じて辟支仏果に到る)、菩薩乗(六度の行法に乗じて仏果に上る)。
⑩ 舟航=舟で航行すること。
(つづく)
《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》
瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。
「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」
日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。
*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点
1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。
2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。
3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。
❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。
〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。
またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。
このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。
〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。
中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。
○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。
もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。
またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。
いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。
中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。
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