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2016年12月 3日 (土)

コスモス寺花だより 12・3

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪咲きはじめ≫

つぼみがたくさん出てちらほらと咲きだしました

花期・12月~2

    種類・一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも

        八重咲「チヤフルネス」

    株数・2万本

 

「真中の小さき黄色のさかづきに

    甘き香もれる水仙の花」木下利玄

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

〔俳句〕

「義仲寺へ いそぎ候 はつしぐれ」一茶

訳:芭蕉翁の眠っている義仲寺の時雨会に間に合うように急ぎます。折しも初時雨。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈浄瑠璃寺にて〉

「かれわたる いけのおもての あしのまに

       かげうちひたし くるるたふかな」

(枯れ渡る池の面の芦の間に 影打ち浸し暮るる塔かな)

〈平城宮址の大黒芝にて〉

「はたなかの かれたるしばに たつひとの

       うごくともなし ものもふらしも」

(畠中の枯れたる芝に立つ人の 動くともなしもの憶うらしも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》798

 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩傳』  出元亨釈書明律篇

            (『元亨釈書』巻第十三明戒六)

*『元亨釈書』は三十巻からなる日本仏教の通史、一三二二年(元亨二年)成立。

臨済宗南禅寺の僧、虎関師錬(こかんしれん、一二七八~一三二六)の著。

 

◆【賛曰。吾甞患之不自樹立矣。偶見興正師之起律流於既倒之後。益固我前言焉。何也。招提数世之後。使人々如興正之志。豈有今日寝微之患乎。】

 

〔賛に曰く。吾(①)嘗(かつ)て士(し①)の自ら樹立せざることを患(うれ)う。偶(たまたま)興正師の律流(派)を既倒(きとう②)の後に起こすを見て、益(ますます)我が前言を固くする。

何ぞや。招堤(しょうだい③)数世の後、人々をして興正の志の如くならしめば、あに今日寝微(しんび④)の患い有らんや。〕

 

 士=仏道に志す人。

 吾=虎関師錬

 既倒=すでにたおれたこと。顛倒。

 招堤=唐招提寺開山の鑑真和上。

 寝微=病気で床につくようにおとろえること。

 

◆【繇此視之。興正之出中人者宜矣。加之。興福放生幽明頼之。今世其家者。皆勤於此矣。於戯其塵垢粃糠猶或陶鋳善人乎。】

 

〔此れに繇(よ)って之を視るに、興正の中人(ちゅうにん①)に出でたること宜(むべ)なるかな。

加之(しかのみならず)興福と放生(こうふくとほうじょう②)とは幽明(ゆうめい③)之を頼(さいわい)し、今其の家を世(つ)ぐ者皆此れに勤む。於戯(ああ)、其の塵垢粃糠(じんくひこう④)は、猶(なお)あるいは善人を陶鋳(とうちゅう⑤)するかな。〕

 

 中人=人のあいだ。世の中。

 興福と放生=興福は福徳を興隆すること、放生は生類を放ち命を全うさせること。

 幽明=暗いことと明るいこと。幽界と顕界。

 塵垢粃糠=塵垢はちりとあか。粃糠は米の殻やぬか。どちらもつまらないもの。

 陶鋳=焼き物や鋳物のように作りあげること。

(おわり)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。安上がりだし、あとあと便利で、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

奈良市は歴史観光都市、古都奈良なんですから。

 

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