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2017年1月11日 (水)

コスモス寺花だより   1・11

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪満開≫

冬の庭に清らに咲く花、水仙は見ごろを迎えました。

観音石仏の足下が真っ白な花でかざられています。

今、境内は甘くかぐわしい香りに満ちています。

 

花期:12月~2月 お正月には満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙に 掃き寄せつ 癖の胸張りぬ」種田山頭火

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

〔俳句〕

遊民(いうみん)遊民とかしこき人に叱られても今更せんすべなく

「又ことし 娑婆塞(しゃばふさ)ぎぞよ 草の家」一茶

訳: また今年もこの娑婆を塞いでいるだけだなあ。この草の家もおのれも。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良より東京なる某生へ〉

「あかきひの かたむくのらの いやはてに

       ならのみてらの かべのゑをおもへ」

(朱き日の傾く野良の弥果てに 奈良の御寺の画を想え)

 

〈奈良を去る時大泉生へ〉

「のこりなく てらゆきめぐれ かぜふきて

       ふるきみやこは さむくありとも」

(残りなく寺行き巡れ風吹きて 古き都は寒くありとも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》829

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』

(こうしょうぼさつこうしき) 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【造寺起塔。自作教他。不可数之。書経図仏。隨喜讃歎。不可量之。寛元三年。始毎年三十日最勝講。以祈四海泰平国土安穏。文永元年。創毎歳七箇日光明会。以訪一切衆生法界群類。建治三年。啓仁王会。毎歳正五九月成百僧群。】

 

〔寺を造り塔を起てることは、自ら作ると他に教えると、之を数うべからず。経を書し仏を図して隨喜讃歎すること、之を量るべからず。寛元三年(①)、毎年三十日の最勝講(さいしょうこう②)を始めて、以って四海泰平国土安穏を祈る。文永元年(③)、毎歳七箇日光明会(こうみょうえ④)を創(はじ)めて、以って一切衆生法界群類を訪(とぶら)う。建治三年(⑤)、仁王会(にんのうえ⑥)を啓いて、毎歳正五九月(しょうごくがつ⑦)に百僧の群(ひゃくそうのぐん⑧)を成ず。〕

 

 寛元三年=かんぎ。一二三一年。

 最勝講=護国経典とされる金光明最勝王経を講説する法会。興正菩薩は西大寺の正式名称「金光明最勝王護国之寺」にちなみ最勝講を復興した。

 文永元年=ぶんえい。一二六四年。

 光明会=西大寺で現在も続けられている「光明真言土砂加持法会」。

 建治三年=けんじ。一二七七年。

 仁王会=天下泰平鎮護国家を祈願するため仁王般若経を講讃する法会。国土が乱れたり災害や賊の難があったとき、この経を受持読誦すると五穀が豊かにみのり、人民が栄えると説かれる。

 正五九月=一月、五月、九月。

 百僧の群=仁王会には百人の職衆とともに修法した。

 

◆【或時踏道照道賀轍。造立宇治橋。或時追聖武聖后之昔。再興法華寺。東大興福造営。遣門弟佐助之。西海宇佐破壊。語宿老修理之。闘諍軍陳庭。率衆僧誘之。酒肉濫吹処。引諸経誡之。図知朗然大悟故。不分事理差別。】

 

〔或る時、道照(どうしょう①)道賀(どうが②)の轍(あと)を踏んで、宇治橋を造立し、或る時は、聖武后(しょうむこう③)の昔を追って、法華寺を再興す。東大興福の造営には門弟を遣り之を佐助(さじょ④)す。西海の宇佐(うさ⑤)の破壊には宿老に語りて之を修理す。闘諍軍陳(とうじょうぐんちん⑥)の庭には、衆僧を率いて之を誘(いざな)い、酒肉濫吹(らんすい⑦)の処には、諸経を引いて之を誡む。図り知る、朗然大悟(ろうぜんたいご⑧)の故に、事理の差別(じりのしゃべつ⑨)を分かたず。〕

 

 道照=道昭とも。法相宗の僧で元興寺(飛鳥寺)に住した。『続日本紀』には宇治橋を造営したとする。しかし橋寺放生院の現存の「宇治橋断碑」には道登の名を記す。そして興正菩薩建立の石塔基台の銘文には「最初元興寺僧侶道登、道昭建立」と刻されるという。

 道賀=不詳。

 聖武聖后=光明皇后。

 佐助=たすける。補佐する。

 宇佐=大分県にある宇佐八幡宮。

 闘諍軍陳=闘諍はあらそい。軍陳は軍勢の陣立て。ここでは蒙古襲来のこと。

 酒肉濫吹=戒を無視して飲酒肉食し乱暴狼藉をする。

 朗然大悟=あきらかにさとる。

 事理の差別=現象と真理の違い、分別。

 

◆【将又覚了心源故。不為因果隔歴。終南山高祖釈道行云。一切無染着是也。雲々万行皆入五篇七聚大海。万善悉成二転四徳高嶽。不動心際建立諸法。是菩薩之用心也。応無所住而生。】

 

〔はたまた、心源を覚了(しんげんをかくりょう①)するが故に、因果は隔歴(いんがかくれき②)と為さず。終南山の高祖(道宣く)は道行(どうぎょう③)を釈して云う、一切の無染着(むぜんちゃく④)は是也。雲雲たる万行(うんうんたるまんぎょう⑤)は皆な五篇七聚(ごひんしちじゅ⑥)の大海に入る。万善は悉く二転四徳(にてんしとく⑦)の高嶽と成る。不動心際(ふどうしんさい⑧)は諸法(しょほう⑨)を建立す。是れ菩薩の用心(ようじん⑩)也。まさに無所住(むしょじゅう⑪)にして其の心を生ずべし。〕

 

 心源を覚了=万法の根源である心を明らかに知る(覚悟了知)こと。

 因果隔歴=因と果ははっきりと隔たること。

 道行=仏道の修行。

 無染着=執着を離れている心。

 雲雲万行=雲がわくように多い修行は。

 五篇七聚=比丘比丘尼が受持すべき具足戒を罪の軽重により分類。篇門(ひんもん)と聚門(じゅもん)に分ける。細かな戒条を波羅夷(はらい)、僧残(そうざん)、波逸提(はいつだい)、波羅提提舎尼(はらだいだいしゃに)、突吉羅(ときら)の五つに分けたのが五篇、その五篇に偸蘭遮(ちゅうらんじゃ)と悪説(あくせつ)を加えて七聚となる。

 二転四徳=二転は二転依。迷悟の所依(第八識又は真如)を転じて菩提と涅槃の二果を得るを二転依という。四徳は涅槃の四つの徳、常・楽・我・浄。

 不動心際=ゆるぎないこころぎわ。

 諸法=一切の有形、無形の事物。万法。

 用心=仏道修行の心がけ。

 無所住=住する所に執着しないこと。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

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