« コスモス寺花だより   1・15 | トップページ | コスモス寺花だより   1・16 »

2017年1月15日 (日)

コスモス寺花だより   1・15

 

〔花ごよみ〕

水仙:≪満開≫

冬の庭に清らに咲く花、水仙は見ごろを迎えました。

観音石仏の足下が真っ白な花でかざられています。

今、境内は甘くかぐわしい香りに満ちています。

 

花期:12月~2月 お正月には満開になります。

    種類:一重咲「日本水仙」、「寒水仙」とも言います。

        八重咲「チヤフルネス」

    株数:2万本

 

「水仙に 掃き寄せつ 癖の胸張りぬ」種田山頭火

 

○来年のコスモスは初夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

 

〔俳句〕

「君が世や よ所(そ)の膳にて 花の春」一茶

訳:ありがたい君の世だなあ。よそ様のお宅の食事に呼ばれて、迎えるめでたい春。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良より東京なる某生へ〉

「あかきひの かたむくのらの いやはてに

       ならのみてらの かべのゑをおもへ」

(朱き日の傾く野良の弥果てに 奈良の御寺の画を想え)

 

〈奈良を去る時大泉生へ〉

「のこりなく てらゆきめぐれ かぜふきて

       ふるきみやこは さむくありとも」

(残りなく寺行き巡れ風吹きて 古き都は寒くありとも)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》833  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『興正菩薩講式』

(こうしょうぼさつこうしき) 

教興寺比丘阿一 謹草之

 

◆【第五。廻向発願者。

願廻先師恋慕之詞。全当時興法之運。三聚戒場。経三災而無動。両部密壇。送四劫而無壊。中宗戒儀。超羅漢摂神通之時。南天法流。至慈氏施仏化之暁。】

 

〔第五に.廻向発願とは。

願わくは先師恋慕の詞を廻らして、当時興法の運(うん①)を全うせん。三聚戒場(さんじゅうかいじょう②)は三災(さんさい③)を経るとも動(みだれ)ること無くて、両部(りょうぶ④)の密壇は四劫(しごう⑤)を送るとも壊すること無し。中宗(ちゅうしゅう⑥)の戒儀は羅漢(らかん⑦)、を超え神通(じんずう⑧)を摂するの時を超え、南天(なんてん⑨)の法流は慈氏(じし⑩)仏化(ぶっけ⑪)を施すの暁に至る。〕

 

 運=めぐり。めぐりあわせ。機会。

 三聚戒場=菩薩戒である三聚浄戒を授ける戒壇。

 三災=三つのわざわい。水災、火災、兵災。

 両部=金剛界と胎蔵界。

 四劫=一つの世界が成立し、継続し、破壊し、次の世界が成立するまでの経過を四期に分類したもの。成劫(じょうごう)、住劫、壊劫(えごう)、空劫。

 中宗=中道の宗、法相宗のこと。

 羅漢=阿羅漢。小乗仏教での最高の覚りに達した聖者。

 神通=無碍自在で超人的な不思議な力。

 南天=南天竺。龍樹のこと。空の思想を基礎づけて大乗仏教を宣揚し、八宗の祖師と言われる。

 慈氏=弥勒菩薩。法相宗の根本論書『瑜伽師地論』の作者とされる。

 仏化=仏の教化。

 

◆【興正菩薩因縁果満。遺法苾蒭令法久住。三千大千耀戒光。天上天下潤法雨。乃至法界平等利益。

 

先頌尸羅大梵願文。当廻向発願伽陀。

次可行礼拝。

 

願以此功徳 普及於一切 我等与衆生 皆共成仏道】

 

〔興正菩薩の因円果満(いんねんかまん①)、遺法の苾蒭は令法久住して、三千大千に戒光を耀かし、天上天下に法雨を潤さん。乃至法界平等利益。

 

先ず尸羅(しら②)大梵(だいぼん③)の願文を頌して、廻向発願の伽陀に当たり、次に礼拝を行ずべし。

 

願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道(がんにしくどく、ふぎゅうをいっさい、がとうよしゅじょう、かいぐじょうぶつどう)〕

 

 因円果満=因果円満。因円かにして果満ず。

 尸羅=梵・シーラ。清涼、戒と訳す。身口意三業の罪悪は行人を梵焼し、熱悩するが、戒は熱悩を消息するから清涼という。

 大梵=天神の名。また観音の名。

 

◆【 時元亨二年八月日        教興寺遺弟比丘阿一謹草之

斯式文。星霜歴久。展転流伝。写誤尤多。句読不正。故今讎閲校正。

添削繕写。以録于茲矣。後之覧者莫疑議焉。

                遠孫頭陀慈光日謹誌  】

 

〔 時に元亨二年(げんこうにねん①)八月日   教興寺遺弟比丘阿一(あいち②)謹んで之を草す

 

 斯の式文、星霜歴(ふ)ること久しくして、展転流伝(てんてんるでん③)し、写誤尤も多く、句読も正しからず。故に今、讎閲(しゅうえつ④)校正し、添削繕写(てんさくぜんしゃ⑤)して以って茲に録す。後の覧る者、疑議すること莫れ。

 

 遠孫(えんそん⑥)頭陀(ずだ⑦)慈光日(じこうじつ⑧)謹誌〕

 

 元亨二年=後醍醐天皇代の年号。一三二二年。興正菩薩の滅後三十三回忌に当たる。

 阿一=如縁房。叡尊興正菩薩の直弟子。

 展転流伝=ころがるように広がり伝わること。

 讎閲=比べよく調べる。

 添削繕写=書き加えたり削ったりして改め、写し直すこと。

 遠孫=遠く間をおいた子孫。興正菩薩につながる法孫であることを言う。

 頭陀=梵・ドゥータ。僧が修行のため托鉢しながら行脚すること。遊行僧。

 慈光日=慧日房慈光。

(おわり)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

中川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

 

 

|

« コスモス寺花だより   1・15 | トップページ | コスモス寺花だより   1・16 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« コスモス寺花だより   1・15 | トップページ | コスモス寺花だより   1・16 »