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2017年3月23日 (木)

コスモス寺花だより  3・23

 

〔花ごよみ〕

○わびすけ:≪見ごろ≫

○紅梅:≪見ごろ≫

○豊後梅:≪見ごろ≫

○沈丁花:≪見ごろ≫

水仙:≪残り花≫寒水仙。

○黄水仙:≪見ごろ≫ラッパ水仙。

○山茱萸(サンシュ):≪見ごろ≫

○連翹(レンギョウ):≪見ごろ≫

 

○コスモス:夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

開花予定:夏咲=3万本。 67月  

     秋咲=15万本 911月 

     満開のピークは10月上旬です。

 

〔俳句〕

「梅さくや 地獄の門も 休み札」一茶

訳:梅が咲いているなあ。地獄の門も休み札がかかっている。 

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとがひに

       こさめながるる はるはきにけり」

(奈良坂の石の仏の頤に 小雨流るる春は来にけり)

*いしのほとけ=般若寺の南方500mにあり、京街道が「千坊坂」と呼ばれる急坂に沿って立つ大きな石造りの地蔵菩薩(室町時代)さま。夕陽がお顔を照らすので「夕日地蔵」と呼ばれている。

*おとがい=下あご。

 

〈奈良を去る時大泉生へ〉

「ならさかを じやうるりでらに こえむひは

       みちのまはにに あしあやまちそ」

(奈良坂を浄瑠璃寺に越えむ日は 道の真埴に足過ちそ)

*まはに=埴の美称。粘土質の黄赤色の土。奈良山一帯に多い。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》885  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『同願文』 

(どうがんもん) 

 

◆【夫塔婆者。三世諸仏之宗廟。一切衆生之福田。釈迦多宝之二如来分半座於虚空界之月。提謂波利之二長者搆崇基於摩竭国之雲。聚沙扶磶之功尚無量。遠塵離垢之益復広大。及于一鷹投下而旌其徳。】

 

〔夫れ塔婆といっぱ、三世諸仏の宗廟(そうびょう①)、一切衆生の福田(ふくでん②)。釈迦多宝の二如来(③)、半座を虚空界の月に分かち、提謂波利(だいいはり④)の二長者は崇基(すうき⑤)を摩竭國(まけつこく⑥)の雲に搆える。沙を聚め磶を扶く(すなをあつめせきをたすく⑦)の功は尚お無量。塵を遠ざけ垢を離れしむるの益はまた広大なり。一鷹の投下(いちようのとうか⑧)に及びて其の徳を旌(あらわ)す。

 

 宗廟=みたまや。仏の遺骨である仏舎利をまつる建物。

 福田=田が作物を生ずるように、供養することにより福徳を生ずる対象。

敬田(三宝)、恩田(父母など)、悲田(貧苦者)の三福田。

 釈迦多宝の二如来=『法華経‐見宝塔品』には釈尊が説法されるとき多宝塔の多宝如来が半座を譲られた故事。

 提謂波利=『提謂波利経』(だいいはりきょう)。仏が成道の後、商人の兄弟である提謂(梵・トラプシャ)と波利(梵・バッリカ)に五戒や十善の教えを説かれたのが在家に対する初説法であったとされる。中国撰述の経。

 崇基=高い基礎。

 摩竭国=摩竭提国(マガダ国)。釈尊の時代、中インドの十六大国中最も強大な国であった。ビンビシャラ王、アジャセ王が釈尊を外護した。

 沙を聚め磶を扶く=砂を集め建物のいしずえを作ること。

 一鷹の投下=菩薩行を一羽の鷹が降下することに例える。出典不詳。

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多

数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

仲川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

○京都の清水寺や奈良の東大寺、このすぐ横にごみ焼却場は建てられませんね。それでは同じ国宝の寺である浄瑠璃寺は価値が低いとでも言うのでしょうか。

奈良市民全体の知的レベルが問われている問題です。

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