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2017年3月28日 (火)

コスモス寺花だより  3・28

 

〔花ごよみ〕

○紅梅:≪散り始め≫

○沈丁花:≪見ごろ≫

水仙:≪残り花≫寒水仙。

○黄水仙:≪見ごろ≫ラッパ水仙。

○山茱萸(サンシュ):≪見ごろ≫

○連翹(レンギョウ):≪見ごろ≫

○椿:≪咲きはじめ≫

 

○コスモス:夏(6~7月)と秋(9~11月)に咲きます。

開花予定:夏咲=3万本。 67月  

     秋咲=15万本 911月 

     満開のピークは10月上旬です。

 

〔ニュース〕

昨日お知らせした新しい境内地は、奈良県道754号線に面しています。この道は般若寺門前の旧道「京街道」のバイパスとして昭和初期に開削されたもので、昭和50年代までは国道24号線でした。道から新境内地へは間口17mもあり、大型の観光バスがらくに入れます。また以前に買い上げていた国宝・楼門横の旧「妙光院」跡の駐車場とつながり、全長150mの参詣道兼駐車場が出来上がります。

なお、十三重石宝塔の真南は中大門の跡と考えられ、この場所に立つと、かつての伽藍配置がよくわかります。

今までの拝観入口は本堂の裏側にあり、北から南を望む形で入っていただいていましたが、南側の駐車場整備に合わせて入口を「南正面口」として石塔のすぐ横に開く予定です。秋のシーズンには他の二カ所(北口と楼門口)の受付と共に三カ所の入口になると思います。

駐車場の整備工事は今春の予定ですが、電柱移動との兼ね合いで6月までかかるかもしれません。いずれにしても今年の秋には完成しているでしょう。

 

〔俳句〕

「咲く花の 中にうごめく 衆生哉」一茶

訳:咲く花の中でもごもごと動く人々よ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとがひに

       こさめながるる はるはきにけり」

(奈良坂の石の仏の頤に 小雨流るる春は来にけり)

*いしのほとけ=般若寺の南方500mにあり、京街道が「千坊坂」と呼ばれる急坂に沿って立つ大きな石造りの地蔵菩薩(室町時代)さま。夕陽がお顔を照らすので「夕日地蔵」と呼ばれている。

*おとがい=下あご。

 

〈東京にかへるとて〉

「あをによし ならやまこえて さかるとも

       ゆめにしみえこ わかくさのやま」

(青丹よし奈良山越えてさかるとも 夢にし見えこ若草の山)

*さかる=離れる。遠ざかる。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》889  

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

 

『同願文』 

(どうがんもん) 

 

◆【聰明高弟布滲漉於八荒。文武臣僚全福禄於千載。重請扶桑州静。悉帰驪栗上世風。菜葉基堅。遥期龍花下生暁。伏願営斯法会。奉酬先霊。覚月弥耀於般若之域。慧日鎮照於真如之境。】

 

〔聰明なる皇帝は滲漉(しんろく①)を八荒(はっこう②)に布(し③)き、文武の臣僚は福禄(ふくろく④)を千載(せんざい⑤)に全うす。重ねて扶桑州(ふそうしゅう⑥)の静かなるを請う。悉く驪栗(りりつ⑦)上世(じょうせい⑧)の風に帰し、菜葉(さいよう⑨)は基(もとい)堅くして、遥かに龍花下生(りゅうげげしょう⑩)の暁を期す。伏して願わくは、斯の法会を営み先霊に酬い奉る。覚月は彌(いよいよ)般若の域に耀き、慧日は鎮(とこしな)えに真如の境を照らす。〕

 

 滲漉=水がしたたり落ちるさま。

 八荒=国の八方の果て。全世界。

 布く=治める。しろす。

 福禄=幸いと封禄。

 千載=千年。長い年月。

 扶桑州=日本。

 驪栗=黒栗毛の馬。名馬とされる。

 上世=かみつよ。上古、上代。

 菜葉=青菜の葉。盛んなさま。

 龍樹下生=弥勒菩薩がこの世にくだって龍華樹の下で説法し衆生を済度すること。

(つづく)

 

《古都奈良と浄瑠璃寺・岩船寺の文化財、歴史的自然環境を守るために》

 

瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○膠着状態にある奈良市のゴミ焼却工場建て替えについて、最近よく聞く市民の声は、「今あるゴミ工場で建て替えるのがベストです。便利のいい場所だし、安上がりですよ、全市民の利益になるのでは。」という意見です。

もともと現工場には建て替え用地(4.5ha.)も確保されているそうです。

またこんな声も聞こえてきます。「工場周辺の土地はたいへん安く売りだされていたんですよ。工場があることを承知で後から来た人が立ち退きを求めるのは住民エゴではないのか、公害もないのに。」という、辛辣な意見を述べる人も多

数あります。

いずれにしても浄瑠璃寺の文化財と歴史的自然環境、中川寺跡の遺構を破壊するような開発行為を公共の名においてすることは許されないことです。

仲川市長さん、移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。

○京都の清水寺や奈良の東大寺、このすぐ横にごみ焼却場は建てられませんね。それでは同じ国宝の寺である浄瑠璃寺は価値が低いとでも言うのでしょうか。

奈良市民全体の知的レベルが問われている問題です。

 

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