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2017年9月

2017年9月26日 (火)

コスモス寺花だより   9・26

 

〔コスモス開花情報〕

≪三分咲き≫「センセーション」、「秋咲大輪美色」、「オータムビューティ」が秋の主役となり大きな花を咲かせる準備をしています。朝夕の涼しさのおかげで背丈はぐんぐん伸びています。つぼみも目立って増えてきました。今月末から見ごろになります。ベルサイユ、ピコティ、サイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪見ごろ≫

〇彼岸花:≪満開≫曼殊沙華とも。今年の花は例年になく豪華に咲いています。数は少ないが白花もあります。

 

≪ニュース≫

◇大型バスの駐車が可能になりました。6台可能で、転回場もあります。

 

新しい駐車場と受付入口が完成して南から入山参詣していただけるようになりました。般若寺本来の参詣方法が何百年ぶりかに復活し、便利が良いと参詣者にも好評です。駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させます。

カーナビ案内ではまだ新駐車場は表示されませんので迷われている方もありますが、50メートル南の国宝楼門横の西口から入れます。

東口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、乗用車60台の駐車スペースがあります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くの般若坂には会津八一の歌で知られる夕日地蔵、鎌倉時代に忍性菩薩が建てた病者救済のために建てた療養施設、北山十八間戸があります。

920日より白鳳秘仏の金銅製阿弥陀如来立像、その体内仏三尊などの宝物の特別公開が始まりました。場所は本堂うしろの宝蔵堂です。9001600、拝観料は別途200円申受けます。

 

〔俳句〕

「秋の風 乞食(こじき)は我を 見くらぶる」一茶

訳:秋の風が吹いている。乞食が来てわが身とおれ(一茶)を見比べている。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈観仏三昧〉

「やまとには かのいかるがの おほてらに

       みほとけたちの まちていまさむ」

(大和には彼の斑鳩の大寺に 御仏たちの待ちて居まさむ)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

940

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【行道一匝。先左方経池北。楽屋後作輪。廻楽屋北。至舞台東階際。左右同時昇舞台東階。自西階降。左方通北廻廊中。経池北楽屋後。渡橋北頬。廻孤島塔北東南西。折返渡橋南頬。経楽屋後池南阿弥陀堂後。通北廻廊中。至舞台西階際。】

 

〔行道は一匝(いっそう①)、先ず左方は池の北を経て、楽屋の後ろに輪を作る。楽屋の北を廻って舞台東階の際に至り、左右同時に舞台の東階を昇る。

西階より降り、左方は北廻廊の中を通り、池の北、楽屋の後ろを経て、橋の北頬(きたほほ②)を渡り、孤嶋の塔の北東南西を廻る。

折り返り、橋の南頬(みなみほほ)を渡り、楽屋の後ろ、池の南、阿弥陀堂の後ろを経て、北廻廊の中を通り、舞台の西階の際に至る。〕

 

 一匝=一めぐり。

 北頬=ホオとも。橋の北側の渡り部分。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を省略します。

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2017年9月25日 (月)

コスモス寺花だより   9・25

 

〔コスモス開花情報〕

≪三分咲き≫「センセーション」、「秋咲大輪美色」、「オータムビューティ」が秋の主役となり大きな花を咲かせる準備をしています。朝夕の涼しさのおかげで背丈はぐんぐん伸びています。つぼみも目立って増えてきました。今月末から見ごろになります。ベルサイユ、ピコティ、サイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪見ごろ≫

〇彼岸花:≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇大型バスの駐車が可能になりました。6台可能で、転回場もあります。

 

新しい駐車場と受付入口が完成して南から入山参詣していただけるようになりました。般若寺本来の参詣方法が何百年ぶりかに復活し、便利が良いと参詣者にも好評です。駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させます。

カーナビ案内ではまだ新駐車場は表示されませんので迷われている方もありますが、50メートル南の国宝楼門横の西口から入れます。

東口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、乗用車60台の駐車スペースがあります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くの般若坂には会津八一の歌で知られる夕日地蔵、鎌倉時代に忍性菩薩が建てた病者救済のために建てた療養施設、北山十八間戸があります。

920日より白鳳秘仏の金銅製阿弥陀如来立像、その体内仏三尊などの宝物の特別公開が始まりました。場所は本堂うしろの宝蔵堂です。9001600、拝観料は別途200円申受けます。

 

〔俳句〕

「日の暮や 人の顔より 秋の風」一茶

訳:一日が暮れてゆくよ。ぼんやりした人の顔から秋風が吹いてくる。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈観仏三昧〉

「やまとには かのいかるがの おほてらに

       みほとけたちの まちていまさむ」

(大和には彼の斑鳩の大寺に 御仏たちの待ちて居まさむ)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

940

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【行道一匝。先左方経池北。楽屋後作輪。廻楽屋北。至舞台東階際。左右同時昇舞台東階。自西階降。左方通北廻廊中。経池北楽屋後。渡橋北頬。廻孤島塔北東南西。折返渡橋南頬。経楽屋後池南阿弥陀堂後。通北廻廊中。至舞台西階際。】

 

〔行道は一匝(いっそう①)、先ず左方は池の北を経て、楽屋の後ろに輪を作る。楽屋の北を廻って舞台東階の際に至り、左右同時に舞台の東階を昇る。

西階より降り、左方は北廻廊の中を通り、池の北、楽屋の後ろを経て、橋の北頬(きたほほ②)を渡り、孤嶋の塔の北東南西を廻る。

折り返り、橋の南頬(みなみほほ)を渡り、楽屋の後ろ、池の南、阿弥陀堂の後ろを経て、北廻廊の中を通り、舞台の西階の際に至る。〕

 

 一匝=一めぐり。

 北頬=ホオとも。橋の北側の渡り部分。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を省略します。

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2017年9月24日 (日)

コスモス寺花だより   9・24

 

〔コスモス開花情報〕

≪三分咲き≫「センセーション」、「秋咲大輪美色」、「オータムビューティ」が秋の主役となり大きな花を咲かせる準備をしています。朝夕の涼しさのおかげで背丈はぐんぐん伸びています。つぼみも目立って増えてきました。今月末から見ごろになります。ベルサイユ、ピコティ、サイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪見ごろ≫

〇彼岸花:≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇大型バスの駐車が可能になりました。

 

新しい駐車場と受付入口が完成して南から入山参詣していただけるようになりました。般若寺本来の参詣方法が何百年ぶりかに復活し、便利が良いと参詣者にも好評です。駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させます。

カーナビ案内ではまだ新駐車場は表示されませんので迷われている方もありますが、50メートル南の国宝楼門横の西口から入れます。

東口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス6台、乗用車60台の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くの般若坂には会津八一の歌で知られる夕日地蔵、鎌倉時代に忍性菩薩が建てた病者救済のために建てた療養施設、北山十八間戸があります。

920日より白鳳秘仏の金銅製阿弥陀如来立像、その体内仏三尊などの宝物の特別公開が始まりました。場所は本堂うしろの宝蔵堂です。9001600、拝観料は別途200円申受けます。

 

〔俳句〕

「笛の家や 猫も杓子も 秋の雨」一茶

訳:祭り笛を代々担当している家よ。猫も杓子も来て練習中。外は秋の雨。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈観仏三昧〉

「やまとには かのいかるがの おほてらに

       みほとけたちの まちていまさむ」

(大和には彼の斑鳩の大寺に 御仏たちの待ちて居まさむ)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

939

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次楽人出楽屋前。吹調子。調子畢散花師発音。楽人発楽〈鳥向楽〉

 舞人楽人左右相分。経衆僧中央。降舞台西階。】

 

〔次 楽人、楽屋の前に出で、調子を吹く。調子畢って、散華師、発音(ほっとん①)す。楽人、楽を発す。〈鳥向楽(ちょうこうらく②)。〉舞人楽人、左右に相分れる。衆僧の中央を経て、舞台の西階を降る。〕

 

 発音=散華声明で頭人(とうにん)が最初の句の頭(とう)を出すこと。

 鳥向楽=雅楽、唐楽盤渉調の曲。現在の雅楽曲の中には含まれていない。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月23日 (土)

コスモス寺花だより   9・23

 

〔コスモス開花情報〕

≪三分咲き≫「センセーション」、「秋咲大輪美色」、「オータムビューティ」が秋の主役となり大きな花を咲かせる準備をしています。朝夕の涼しさのおかげで背丈はぐんぐん伸びています。つぼみも目立って増えてきました。今月末から見ごろになります。ベルサイユ、ピコティ、サイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪見ごろ≫

〇彼岸花:≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇大型バスの駐車が可能になりました。

新しい駐車場と受付入口が完成しました。南から入山するという般若寺本来の参詣方法が何百年ぶりかに復活しました。便利が良いと参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させます。

カーナビ案内ではまだ新駐車場は出ませんので、従来の西入口が表示されます。

しかし、こちらは閉じていますので50メートル南の国宝楼門横の西口から入ってください。

東口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス6台、乗用車60台の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くの般若坂には会津八一の歌で知られる夕日地蔵、鎌倉時代に忍性菩薩が建てた病者救済のために建てた療養施設、北山十八間戸があります。

920日より白鳳秘仏の金銅製阿弥陀如来立像、その体内仏三尊などの宝物の特別公開が始まりました。場所は本堂うしろの宝蔵堂です。9001600、拝観料は別途200円申受けます。

 

〔俳句〕

「笛の家や 猫も杓子も 秋の雨」一茶

訳:祭り笛を代々担当している家よ。猫も杓子も来て練習中。外は秋の雨。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈観仏三昧〉

「やまとには かのいかるがの おほてらに

       みほとけたちの まちていまさむ」

(大和には彼の斑鳩の大寺に 御仏たちの待ちて居まさむ)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

939

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次楽人出楽屋前。吹調子。調子畢散花師発音。楽人発楽〈鳥向楽〉

 舞人楽人左右相分。経衆僧中央。降舞台西階。】

 

〔次 楽人、楽屋の前に出で、調子を吹く。調子畢って、散華師、発音(ほっとん①)す。楽人、楽を発す。〈鳥向楽(ちょうこうらく②)。〉舞人楽人、左右に相分れる。衆僧の中央を経て、舞台の西階を降る。〕

 

 発音=散華声明で頭人(とうにん)が最初の句の頭(とう)を出すこと。

 鳥向楽=雅楽、唐楽盤渉調の曲。現在の雅楽曲の中には含まれていない。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月22日 (金)

コスモス寺花だより   9・22

 

〔コスモス開花情報〕

≪三分咲き≫「センセーション」、「秋咲大輪美色」、「オータムビューティ」が秋の主役となり大きな花を咲かせる準備をしています。朝夕の涼しさのおかげで背丈はぐんぐん伸びています。つぼみも目立って増えてきました。今月末から見ごろになります。ベルサイユ、ピコティ、サイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪見ごろ≫

〇彼岸花:≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇大型バスの駐車が可能になりました。

新しい駐車場と受付入口が完成しました。南から入山するという般若寺本来の参詣方法が何百年ぶりかに復活しました。便利が良いと参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させます。

カーナビ案内ではまだ新駐車場は出ませんので、従来の西入口が表示されます。

しかし、こちらは閉じていますので50メートル南の国宝楼門横の西口から入ってください。

東口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス6台、乗用車60台の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くの般若坂には会津八一の歌で知られる夕日地蔵、鎌倉時代に忍性菩薩が建てた病者救済のために建てた療養施設、北山十八間戸があります。

920日より白鳳秘仏の金銅製阿弥陀如来立像、その体内仏三尊などの宝物の特別公開が始まりました。場所は本堂うしろの宝蔵堂です。9001600、拝観料は別途200円申受けます。

 

〔俳句〕

「牛の子が 旅に立也 秋の雨」一茶

訳:牛の子どもが旅に立つのだ。冷たい秋の雨。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈観仏三昧〉

「やまとには かのいかるがの おほてらに

       みほとけたちの まちていまさむ」

(大和には彼の斑鳩の大寺に 御仏たちの待ちて居まさむ)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

939

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次楽人出楽屋前。吹調子。調子畢散花師発音。楽人発楽〈鳥向楽〉

 舞人楽人左右相分。経衆僧中央。降舞台西階。】

 

〔次 楽人、楽屋の前に出で、調子を吹く。調子畢って、散華師、発音(ほっとん①)す。楽人、楽を発す。〈鳥向楽(ちょうこうらく②)。〉舞人楽人、左右に相分れる。衆僧の中央を経て、舞台の西階を降る。〕

 

 発音=散華声明で頭人(とうにん)が最初の句の頭(とう)を出すこと。

 鳥向楽=雅楽、唐楽盤渉調の曲。現在の雅楽曲の中には含まれていない。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月21日 (木)

コスモス寺花だより   9・21

 

〔コスモス開花情報〕

≪三分咲き≫見ごろが続いていた「美色混合」という品種は終わりを迎え、これからは秋本番に咲く「センセーション」、「秋咲大輪美色」、「オータムビューティ」が主役となり大きな花を咲かせます。朝夕の涼しさのおかげで背丈はぐんぐん伸びています。つぼみも目立って増えてきました。

他にベルサイユ、ピコティ、サイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪見ごろ≫

〇彼岸花:≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇大型バスの駐車が可能になりました。

新しい駐車場と受付入口が完成しました。南から入山するという般若寺本来の参詣方法が何百年ぶりかに復活しました。便利が良いと参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させます。

カーナビ案内ではまだ新駐車場は出ませんので、従来の西入口が表示されます。

しかし、こちらは閉じていますので50メートル南の国宝楼門横の西口から入ってください。

東口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス6台、乗用車60台の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くの般若坂には会津八一の歌で知られる夕日地蔵、鎌倉時代に忍性菩薩が建てた病者救済のために建てた療養施設、北山十八間戸があります。

920日より白鳳秘仏の金銅製阿弥陀如来立像、その体内仏三尊などの宝物の特別公開が始まりました。場所は本堂うしろの宝蔵堂です。9001600、拝観料は別途200円申受けます。

 

〔俳句〕

「夕暮や 鬼の出さうな 秋の雲」一茶

訳:夕暮れ時のあやうさよ、鬼が出てきそうな秋の雲。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈観仏三昧〉

「やまとには かのいかるがの おほてらに

       みほとけたちの まちていまさむ」

(大和には彼の斑鳩の大寺に 御仏たちの待ちて居まさむ)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

939

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次楽人出楽屋前。吹調子。調子畢散花師発音。楽人発楽〈鳥向楽〉

 舞人楽人左右相分。経衆僧中央。降舞台西階。】

 

〔次 楽人、楽屋の前に出で、調子を吹く。調子畢って、散華師、発音(ほっとん①)す。楽人、楽を発す。〈鳥向楽(ちょうこうらく②)。〉舞人楽人、左右に相分れる。衆僧の中央を経て、舞台の西階を降る。〕

 

 発音=散華声明で頭人(とうにん)が最初の句の頭(とう)を出すこと。

 鳥向楽=雅楽、唐楽盤渉調の曲。現在の雅楽曲の中には含まれていない。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月20日 (水)

コスモス寺花だより   9・20

 

〔コスモス開花情報〕

≪三分咲き≫見ごろが続いていた「美色混合」という品種は台風のあと盛りを越え収束に向かっています。

これからは「センセーション」、「秋咲大輪美色」、「オータムビューティ」が主役となり大きな花を咲かせます。「みごろ」から「三分咲き」に戻ったのは主役が交代したためです。

他にベルサイユ、ピコティ、サイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の見ごろは 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪見ごろ≫

〇彼岸花:≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇新しい駐車場と受付入口が完成し、ご利用いただけるようになりました。南から入るという般若寺本来の参詣の仕方が何百年ぶりかに復活いたしました。ご参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が皆様に喜ばれています。

カーナビ案内ではまだ訂正されていませんので、西側入口が表示されますが、

こちらは閉じられています。(国宝楼門横からは入れますが)

これまで狭い旧街道からの入山でしたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス・乗用車の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くには会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた病院施設、北山十八間戸がある般若坂です。

◇本日より白鳳秘仏の金銅製阿弥陀如来立像、その体内仏三尊などの宝物が特別公開されます。場所は本堂うしろの宝蔵堂です。9001600、拝観料は別途200円申受けます。

 

〔俳句〕

「馬の子の 故郷はなるる 秋の雨」一茶

訳:馬の子が故郷を離れて行く。冷たい秋の雨の日に。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「いかでかく ふりつぐあめぞ わがともがら

       わせだのこらの ものいはぬまで」

(いかで斯く降り継ぐ雨ぞ吾が輩 早稲田の子等の物言わぬまで)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

938

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次大行道。〈預二人居舞台。昇階左右。衆僧欲登之時。次第賦花籠。〉

 先散花師二人出自左右幄屋。各経池南〈右〉〈左〉

自東階登舞台上。並立西端。

次左右引頭率衆僧相従。】

 

〔次 大行道。〈預二人は舞台の昇階の左右に居り、衆僧之を登らんとする時、次第に花籠(けこ①)を賦(ふ②)す。〉

 先ず散花師(さんげし③)二人、左右の幄屋より出で、おのおの池の南〔右〕北〔左〕を経て、東階より舞台の上に登り、西の端に並立す。

次に、左右の引頭、衆僧を率いて相従う。〕

 

 華籠=法会のとき、散華の仏具として用いる、花を容れる器。竹製、金属製で飾りの紐をつける。はなざら、はなかご、けろうと言う。

 賦=配る。与える。

 散華師=法会で散華をつかさどり、声明の頭を出す役割の僧。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月19日 (火)

コスモス寺花だより   9・19

 

〔コスモス開花情報〕

≪三分咲き≫二日前まではコスモスの「美色混合」という品種の花が盛りを迎えていました。そこへ台風が来たため花は散ってしまいました。

これからはセンセーション、秋咲大輪美色が主役となり大きな花を咲かせます。「みごろ」から「三分咲き」に戻ったのは主役の交代期に当たるからです。他にサイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇新しい駐車場と受付入口が完成し、ご利用いただけるようになりました。南から入るという般若寺本来の参詣の仕方が何百年ぶりかに復活いたしました。ご参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が皆様に喜ばれています。

カーナビ案内ではまだ訂正されていませんので、西側入口が表示されますが、

こちらは閉じられています。(国宝楼門横からは入れますが)

これまで狭い旧街道からの入山でしたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス・乗用車の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くには会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた病院施設、北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「秋風や ともしびうつる 膝頭(ひざがしら)」一茶

訳:外では冷たい秋の雨が降っているよ。行燈の灯が映る自分の膝頭を抱いている。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「いかでかく ふりつぐあめぞ わがともがら

       わせだのこらの ものいはぬまで」

(いかで斯く降り継ぐ雨ぞ吾が輩 早稲田の子等の物言わぬまで)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

938

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次大行道。〈預二人居舞台。昇階左右。衆僧欲登之時。次第賦花籠。〉

 先散花師二人出自左右幄屋。各経池南〈右〉〈左〉

自東階登舞台上。並立西端。

次左右引頭率衆僧相従。】

 

〔次 大行道。〈預二人は舞台の昇階の左右に居り、衆僧之を登らんとする時、次第に花籠(けこ①)を賦(ふ②)す。〉

 先ず散花師(さんげし③)二人、左右の幄屋より出で、おのおの池の南〔右〕北〔左〕を経て、東階より舞台の上に登り、西の端に並立す。

次に、左右の引頭、衆僧を率いて相従う。〕

 

 華籠=法会のとき、散華の仏具として用いる、花を容れる器。竹製、金属製で飾りの紐をつける。はなざら、はなかご、けろうと言う。

 賦=配る。与える。

 散華師=法会で散華をつかさどり、声明の頭を出す役割の僧。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月18日 (月)

コスモス寺花だより   9・18

 

〔コスモス開花情報〕

≪みごろ≫台風18号は兵庫県を経て日本海へ出ました。奈良でも強い風が吹き荒れ、境内のコスモスは背の高いものは倒されました。それでも背が低い「秋咲き大輪美色」の種類は無事でこれから10月にかけて立ち上がって花を咲かせます。今日は復旧と養生の作業に明け暮れそうです。

コスモスの花は「美色混合」という種類が見ごろを迎えています。花は小ぶりですが、花数が多い昔懐かしい品種です。他にサイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇新しい駐車場と受付入口が完成し、ご利用いただけるようになりました。南から入るという般若寺本来の参詣の仕方が何百年ぶりかに復活いたしました。ご参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が皆様に喜ばれています。

カーナビ案内ではまだ訂正されていませんので、西側入口が表示されますが、

こちらは閉じられています。(国宝楼門横からは入れますが)

これまで狭い旧街道からの入山でしたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス・乗用車の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「ほつほつと 馬の爪切る 野分哉s」一茶

訳:ほつほつと音を立てて馬の爪を切っている。折しも吹き荒れる野分の風よ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「いかでかく ふりつぐあめぞ わがともがら

       わせだのこらの ものいはぬまで」

(いかで斯く降り継ぐ雨ぞ吾が輩 早稲田の子等の物言わぬまで)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

938

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次大行道。〈預二人居舞台。昇階左右。衆僧欲登之時。次第賦花籠。〉

 先散花師二人出自左右幄屋。各経池南〈右〉〈左〉

自東階登舞台上。並立西端。

次左右引頭率衆僧相従。】

 

〔次 大行道。〈預二人は舞台の昇階の左右に居り、衆僧之を登らんとする時、次第に花籠(けこ①)を賦(ふ②)す。〉

 先ず散花師(さんげし③)二人、左右の幄屋より出で、おのおの池の南〔右〕北〔左〕を経て、東階より舞台の上に登り、西の端に並立す。

次に、左右の引頭、衆僧を率いて相従う。〕

 

 華籠=法会のとき、散華の仏具として用いる、花を容れる器。竹製、金属製で飾りの紐をつける。はなざら、はなかご、けろうと言う。

 賦=配る。与える。

 散華師=法会で散華をつかさどり、声明の頭を出す役割の僧。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

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2017年9月17日 (日)

コスモス寺花だより   9・17

 

〔コスモス開花情報〕

≪みごろ≫昨夜は台風が来たと思わせるような強風が吹きました。台風18号はまだ九州上陸寸前のところにいるようです。境内のコスモスは少し倒されたものがありましたが、さほど影響を受けていません。今夜あたりが台風本番かなと思われます。

コスモスの花は「美色混合」という種類が見ごろを迎えています。花は小ぶりですが、花数が多い昔懐かしい品種です。他にサイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇新しい駐車場と受付入口が完成し、ご利用いただけるようになりました。南から入るという般若寺本来の参詣の仕方が何百年ぶりかに復活いたしました。ご参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が皆様に喜ばれています。

カーナビ案内ではまだ訂正されていませんので、西側入口が表示されますが、

こちらは閉じられています。(国宝楼門横からは入れますが)

これまで狭い旧街道からの入山でしたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス・乗用車の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「苦の娑婆(しゃば)や 虫も鈴ふる はたをおる」一茶

訳:苦しい世の中だなあ。虫さえも鈴をふり、機をおるのだから。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「いかでかく ふりつぐあめぞ わがともがら

       わせだのこらの ものいはぬまで」

(いかで斯く降り継ぐ雨ぞ吾が輩 早稲田の子等の物言わぬまで)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

938

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次大行道。〈預二人居舞台。昇階左右。衆僧欲登之時。次第賦花籠。〉

 先散花師二人出自左右幄屋。各経池南〈右〉〈左〉

自東階登舞台上。並立西端。

次左右引頭率衆僧相従。】

 

〔次 大行道。〈預二人は舞台の昇階の左右に居り、衆僧之を登らんとする時、次第に花籠(けこ①)を賦(ふ②)す。〉

 先ず散花師(さんげし③)二人、左右の幄屋より出で、おのおの池の南〔右〕北〔左〕を経て、東階より舞台の上に登り、西の端に並立す。

次に、左右の引頭、衆僧を率いて相従う。〕

 

 華籠=法会のとき、散華の仏具として用いる、花を容れる器。竹製、金属製で飾りの紐をつける。はなざら、はなかご、けろうと言う。

 賦=配る。与える。

 散華師=法会で散華をつかさどり、声明の頭を出す役割の僧。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月16日 (土)

コスモス寺花だより   9・16

 

〔コスモス開花情報〕

≪みごろ≫台風18号は16日に九州に接近中、上陸後、四国中国地方を抜けて。近畿中部か北部へやって来そうです。雨風が強まらないことを願います。

コスモスの花は「美色混合」という種類が見ごろを迎えています。花は小ぶりですが、花数が多い昔懐かしい品種です。他にサイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇新しい駐車場と受付入口が完成し、ご利用いただけるようになりました。南から入るという般若寺本来の参詣の仕方が何百年ぶりかに復活いたしました。ご参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が皆様に喜ばれています。

カーナビ案内ではまだ訂正されていませんので、西側入口が表示されますが、

こちらは閉じられています。(国宝楼門横からは入れますが)

これまで狭い旧街道からの入山でしたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス・乗用車の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「野ばくちや 銭の中なる きりぎりす」一茶

訳:野原で博打(ばくち)をしているよ。銭が飛び交う中に逃げまわるきりぎりす。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「いかでかく ふりつぐあめぞ わがともがら

       わせだのこらの ものいはぬまで」

(いかで斯く降り継ぐ雨ぞ吾が輩 早稲田の子等の物言わぬまで)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

937

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次打金〈伝供畢 即打。〉

  次発楽。〈宗明楽 盤。〉

  次唄師左右登舞台。敷坐具三礼〈中礼〉著座。

  次打金。〈唄師著座位。即打。〉

 

〔次 金を打つ。〈伝(奠)供(てんぐ①)畢り、即打つ。〉

次 楽を発す。〈宗明楽(そうめいらく②)、盤(ばん③)。〉

次 唄師(ばいし④)、左右より舞台に登り、坐具(ざぐ⑤)を敷き三礼〈中礼〉し、著座す。

次 金を打つ。〈唄師、座位に著せば、即打つ。〉

 

 伝供=奠供とも。法会の最初に導師の洒水を見て発音(ほっとん)四智梵語、大日讃、本尊の讃を唱えながら本尊聖衆に供物を捧げるのでこの名がある。三讃を唱えるのが本義であるが、略の時は四智梵語一讃とする。

 宗明楽=唐楽、盤渉調、中曲、新楽、舞なし。

 盤=盤渉調。

 唄師=大法会で、四箇の法要の一つである梵唄の任に当り、如来唄などを歌詠する役の僧。

 坐具=僧の所持すべき六物の一つ。坐臥する時に敷く、長方形の麻布製の敷物。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月15日 (金)

コスモス寺花だより   9・15

 

〔コスモス開花情報〕

≪みごろ≫台風18号は16日に九州へ接近、上陸か。近畿地方へは17日、影響が出そうです。秋雨前線と重なり大雨の恐れがあります。

コスモスの花は「美色混合」という種類が見ごろを迎えています。花は小ぶりですが、花数が多い昔懐かしい品種です。他にサイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇新しい駐車場と受付入口が完成し、ご利用いただけるようになりました。南から入るという般若寺本来の参詣の仕方が何百年ぶりかに復活いたしました。ご参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が皆様に喜ばれています。

カーナビ案内ではまだ訂正されていませんので、西側入口が表示されますが、

こちらは閉じられています。(国宝楼門横からは入れますが)

これまで狭い旧街道からの入山でしたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス・乗用車の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「涼風や 力一ぱい きりきりす」一茶

訳:涼しい風が吹いているよ。力いっぱい鳴くきりぎりす。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「いかでかく ふりつぐあめぞ わがともがら

       わせだのこらの ものいはぬまで」

(いかで斯く降り継ぐ雨ぞ吾が輩 早稲田の子等の物言わぬまで)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

937

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次打金〈伝供畢 即打。〉

  次発楽。〈宗明楽 盤。〉

  次唄師左右登舞台。敷坐具三礼〈中礼〉著座。

  次打金。〈唄師著座位。即打。〉

 

〔次 金を打つ。〈伝(奠)供(てんぐ①)畢り、即打つ。〉

次 楽を発す。〈宗明楽(そうめいらく②)、盤(ばん③)。〉

次 唄師(ばいし④)、左右より舞台に登り、坐具(ざぐ⑤)を敷き三礼〈中礼〉し、著座す。

次 金を打つ。〈唄師、座位に著せば、即打つ。〉

 

 伝供=奠供とも。法会の最初に導師の洒水を見て発音(ほっとん)四智梵語、大日讃、本尊の讃を唱えながら本尊聖衆に供物を捧げるのでこの名がある。三讃を唱えるのが本義であるが、略の時は四智梵語一讃とする。

 宗明楽=唐楽、盤渉調、中曲、新楽、舞なし。

 盤=盤渉調。

 唄師=大法会で、四箇の法要の一つである梵唄の任に当り、如来唄などを歌詠する役の僧。

 坐具=僧の所持すべき六物の一つ。坐臥する時に敷く、長方形の麻布製の敷物。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

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2017年9月14日 (木)

コスモス寺花だより   9・14

 

〔コスモス開花情報〕

≪みごろ≫中国大陸へ向かっていた台風18号が大きく進路を変え、日本列島を縦断しそうです。大きな影響がなければいいのですが。

コスモスの花は「美色混合」という種類が見ごろを迎えています。花は小ぶりですが、花数が多い昔懐かしい品種です。他にサイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇新しい駐車場と受付入口が完成し、ご利用いただけるようになりました。南から入るという般若寺本来の参詣の仕方が何百年ぶりかに復活いたしました。ご参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が皆様に喜ばれています。

カーナビ案内ではまだ訂正されていませんので、西側入口が表示されますが、

こちらは閉じられています。(国宝楼門横からは入れますが)

これまで狭い旧街道からの入山でしたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス・乗用車の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「猫の飯 打ちくらひけり きりぎりす」一茶

訳:猫の飯をくっているよ。きりぎりすが。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「いかでかく ふりつぐあめぞ わがともがら

       わせだのこらの ものいはぬまで」

(いかで斯く降り継ぐ雨ぞ吾が輩 早稲田の子等の物言わぬまで)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

937

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次打金〈伝供畢 即打。〉

  次発楽。〈宗明楽 盤。〉

  次唄師左右登舞台。敷坐具三礼〈中礼〉著座。

  次打金。〈唄師著座位。即打。〉

 

〔次 金を打つ。〈伝(奠)供(てんぐ①)畢り、即打つ。〉

次 楽を発す。〈宗明楽(そうめいらく②)、盤(ばん③)。〉

次 唄師(ばいし④)、左右より舞台に登り、坐具(ざぐ⑤)を敷き三礼〈中礼〉し、著座す。

次 金を打つ。〈唄師、座位に著せば、即打つ。〉

 

 伝供=奠供とも。法会の最初に導師の洒水を見て発音(ほっとん)四智梵語、大日讃、本尊の讃を唱えながら本尊聖衆に供物を捧げるのでこの名がある。三讃を唱えるのが本義であるが、略の時は四智梵語一讃とする。

 宗明楽=唐楽、盤渉調、中曲、新楽、舞なし。

 盤=盤渉調。

 唄師=大法会で、四箇の法要の一つである梵唄の任に当り、如来唄などを歌詠する役の僧。

 坐具=僧の所持すべき六物の一つ。坐臥する時に敷く、長方形の麻布製の敷物。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月13日 (水)

コスモス寺花だより   9・13

 

〔コスモス開花情報〕

≪みごろ≫今日は秋晴れです。しかし、昼間は暑くなりそうです。

コスモスの花は「美色混合」という種類が見ごろを迎えています。花は小ぶりですが、花数が多い昔懐かしい品種です。他にサイケ、コラレット、シーシェル、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 10月上旬に開花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇新しい駐車場と受付入口が完成し、ご利用いただけるようになりました。南から入るという般若寺本来の参詣の仕方が何百年ぶりかに復活いたしました。ご参詣者にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに望め、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が皆様に喜ばれています。

カーナビ案内ではまだ訂正されていませんので、西側入口が表示されますが、

こちらは閉じられています。(国宝楼門横からは入れますが)

これまで狭い旧街道からの入山でしたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこはバス停「般若寺」からも近く、バス・乗用車の駐車場があります。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「蛬(きりぎりす) さがし歩くや 庵の棚」一茶

訳:きりぎりすが探しまわるよ。庵の棚の間を。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「いかでかく ふりつぐあめぞ わがともがら

       わせだのこらの ものいはぬまで」

(いかで斯く降り継ぐ雨ぞ吾が輩 早稲田の子等の物言わぬまで)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

937

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次打金〈伝供畢 即打。〉

  次発楽。〈宗明楽 盤。〉

  次唄師左右登舞台。敷坐具三礼〈中礼〉著座。

  次打金。〈唄師著座位。即打。〉

 

〔次 金を打つ。〈伝(奠)供(てんぐ①)畢り、即打つ。〉

次 楽を発す。〈宗明楽(そうめいらく②)、盤(ばん③)。〉

次 唄師(ばいし④)、左右より舞台に登り、坐具(ざぐ⑤)を敷き三礼〈中礼〉し、著座す。

次 金を打つ。〈唄師、座位に著せば、即打つ。〉

 

 伝供=奠供とも。法会の最初に導師の洒水を見て発音(ほっとん)四智梵語、大日讃、本尊の讃を唱えながら本尊聖衆に供物を捧げるのでこの名がある。三讃を唱えるのが本義であるが、略の時は四智梵語一讃とする。

 宗明楽=唐楽、盤渉調、中曲、新楽、舞なし。

 盤=盤渉調。

 唄師=大法会で、四箇の法要の一つである梵唄の任に当り、如来唄などを歌詠する役の僧。

 坐具=僧の所持すべき六物の一つ。坐臥する時に敷く、長方形の麻布製の敷物。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月12日 (火)

コスモス寺花だより   9・12

 

〔コスモス開花情報〕

≪みごろ≫今朝がたザッと雨が降りました。今日の天気予報では一日雨模様です。植物にとっては恵みの雨、成長には欠かせない要素です。仏教で言う五大、地水火風空の二番目に数えられます。

コスモスの花は「美色混合」という種類が見ごろを迎えています。花は小ぶりですが、花数が多い昔懐かしい品種です。他にサイケ、コラレット、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 1010日頃が花のピークを迎えます。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇新駐車場と新受付入口がオープンしました。般若寺の入口が西から東へ移動してお参りの仕方が南正面からとなりました。お客様にも好評で、駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに見え、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が皆様に喜ばれているようです。

カーナビ案内はまだ訂正されていませんから西側入口が表示されますが、

今までの西入口は閉じられています。(国宝楼門横からは入れますが)

これまでは狭い旧街道から入っていただきましたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこにはバス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただきます。入口が分かりやすく便利になりました。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「小便の 身ぶるひ笑へ きりきりす」一茶

訳:小便したあとの身ぶるいを笑え、きりぎりすよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「ゆくとして けごん三ろん ほつさうの

      あめのいとまを せうだいにいる」

(行くとして華厳三論法相の 雨の暇を招堤に居る)

・ゆくとして=どの寺へ行くとしても。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

936

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次振鉾。〈三節。〉

  次打金。〈引頭着座 已後打之。〉

  次発楽。〈十天楽 一越調〉

  次供花。〈左右舞人伝之。十弟子取之。備仏前。〉

 

〔次 振鉾(しんぼう①)。〈三節(せつ②)。〉

次 金(きん③)を打つ。〈引頭著座し、已後之を打つ。〉

次 楽を発す。〈十天楽(じってんらく④)、一越調(いちこつちょう⑤)。〉

次 供花。〈左右の舞人之を伝え、十弟子之を取り仏前に備(そな)う。〉

 

 振鉾=矛(ほこ)を振る。

 節=歌曲の調子、音調、ふし。

 金=磬。「きん」は「磬(けい)」の唐宋音。読経などで桴(ばち)で打ち鳴らす仏具。

 十天楽=唐楽で、曲名の由来は東大寺の講堂供養の日に、十人の天人が舞い降りて仏前に花を供えたことと伝える。

 一越調=雅楽六調子の一つ。壱越の音、すなわち洋楽の「ニ」の音(D)を主音とした音階。いちおつちょう、いちこちちょう、とも言う。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

 

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2017年9月11日 (月)

コスモス寺花だより   9・11

 

〔コスモス開花情報〕

≪みごろ≫朝晩の涼しさは秋の到来を、日中の暑さはまだ夏の名残りを感じさせる季節の変わり目となっています。

コスモスの花は「美色混合」という種類が見ごろを迎えています。花は小ぶりですが、花数が多い昔懐かしい品種です。他にサイケ、コラレット、ダブルクリックという珍しい種類も咲いています。

〇コスモス秋桜の満開は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 例年10月10日頃に花のピークを迎えます

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

 

≪ニュース≫

◇新駐車場と新受付入口がオープンして般若寺の入口が西から東へ移動しました。お参りの仕方が南正面からとなり、お客様にも好評です。駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに見え、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が参詣者に喜ばれているようです。

カーナビ案内はまだ訂正されていませんから西側入口が表示されますが、

今までの西入口は閉じられます。(国宝楼門横からは入れますが)

これまでは狭い旧街道から入っていただきましたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこにはバス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただきます。入口が分かりやすく便利になりました。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「蛼(こほろぎ)の ふいと乗(のり)けり 茄子(なすび)馬」一茶

訳:こおろぎがふっと飛び乗ったよ、茄子馬に。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「ゆくとして けごん三ろん ほつさうの

      あめのいとまを せうだいにいる」

(行くとして華厳三論法相の 雨の暇を招堤に居る)

・ゆくとして=どの寺へ行くとしても。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

936

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次振鉾。〈三節。〉

  次打金。〈引頭着座 已後打之。〉

  次発楽。〈十天楽 一越調〉

  次供花。〈左右舞人伝之。十弟子取之。備仏前。〉

 

〔次 振鉾(しんぼう①)。〈三節(せつ②)。〉

次 金(きん③)を打つ。〈引頭著座し、已後之を打つ。〉

次 楽を発す。〈十天楽(じってんらく④)、一越調(いちこつちょう⑤)。〉

次 供花。〈左右の舞人之を伝え、十弟子之を取り仏前に備(そな)う。〉

 

 振鉾=矛(ほこ)を振る。

 節=歌曲の調子、音調、ふし。

 金=磬。「きん」は「磬(けい)」の唐宋音。読経などで桴(ばち)で打ち鳴らす仏具。

 十天楽=唐楽で、曲名の由来は東大寺の講堂供養の日に、十人の天人が舞い降りて仏前に花を供えたことと伝える。

 一越調=雅楽六調子の一つ。壱越の音、すなわち洋楽の「ニ」の音(D)を主音とした音階。いちおつちょう、いちこちちょう、とも言う。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

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2017年9月10日 (日)

コスモス寺花だより   9・10

 

〔コスモス開花情報〕

≪みごろ≫今日も晴れて秋のおとずれを感じさせる気候となりそうです。コスモスの花は「美色混合」という種類が見ごろを迎えています。花は小ぶりですが、花数が多く咲く品種です。

〇コスモス秋桜の見頃は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 満開は10月上旬です。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

〇夾竹桃(きょうちくとう):≪見ごろ≫

 

≪ニュース≫

◇昨日、新駐車場と新受付入口がオープンしました。般若寺の入口が西から東へ移動しました。初日は何の支障もなくお客様にも好評でした。駐車場から十三重石塔や本堂の大屋根がまじかに見え、花に囲まれた堂塔伽藍を予感させる景色が参詣者に喜ばれているようです。

カーナビ案内はまだ訂正されていませんから西側入口が表示されますが、

今までの西入口は閉じられます。(国宝楼門横からは入れますが)

これまでは狭い旧街道から入っていただきましたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこにはバス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただきます。入口が分かりやすく便利になりました。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「遠山が 目玉にうつる とんぼ哉」一茶

訳:遠くの山が目玉に映っている、とんぼの姿よ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「ゆくとして けごん三ろん ほつさうの

      あめのいとまを せうだいにいる」

(行くとして華厳三論法相の 雨の暇を招堤に居る)

・ゆくとして=どの寺へ行くとしても。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

935

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次引頭引両師。経楽屋左右。登舞台東階。並立舞台上。〈引頭此時迎両師。立舞台左右角。十弟子自両師退。立右左縁道。〉

左右一者各立還。向両師。奏台奚婁。奏畢。引頭引両師。降西階立両高座左右。待両師登高座。両師就礼盤三礼〈中礼〉之後。各登高座。〈十弟子置法具於前机。群立高座辺。〉

引頭両師登高座後。入幄屋着座。楽人止楽入楽屋。】

 

〔次 引頭、両師を引き、楽屋の左右を経て舞台の東階を登り、舞台の上に並び立つ。〈引頭、此の時両師を迎え、舞台左右の角に立つ。十弟子(じゅうでし①)は両師より退いて、右左の縁道に立つ。〉

左右の一者はおのおの立ち還り、両師に向かう。臺奚婁(だいけいろう②)を奏す。奏畢って、引頭、両師を引き、西の階を降り両高座(こうざ③)の左右に立ち、両師の高座に登るを待つ。両師、礼盤に就き三礼〔中礼〕の後、おのおの高座に登る。〈十弟子、法具を前机に置き、高座の辺りに群立す。〉

引頭は両師が高座に登りて後、幄屋(あくや④)に入りて著座す。楽人、楽を止め楽屋に入る。〕

 

 十弟子=釈迦如来の十大弟子にならって、大法会では導師に十人の従者がつく。人数が省略されることもある。

 臺奚婁=奚婁は奚婁鼓(けいろうこ)のことで、雅楽の楽器。首からひもで釣り下げ、バチで鼓面を打ち鳴らす。現在は舞楽の「一曲」だけに使用。台奚婁は台の上に置く形式のものであろうか。

 高座=釈尊が成道したとき坐っていたとされる金剛宝座にならい、法会の導師などが坐す一段高い座席。

 幄屋=天幕を張った仮屋。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

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2017年9月 9日 (土)

コスモス寺花だより   9・9

 

〔コスモス開花情報〕

≪みごろ≫この週末は晴れて秋を感じさせる気候となりそうです。コスモスの花は「秋咲美色」という種類が見ごろを迎えています。花は小ぶりですが、数が多く咲く花です。

〇コスモス秋桜の見頃は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 満開は10月上旬です。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

〇夾竹桃(きょうちくとう):≪見ごろ≫

 

≪ニュース≫

◇本日99日に、般若寺の入口が西から東へ移動します。

カーナビ案内はまだ訂正されていませんから西側入口が表示されますが、

今までの西入口は閉じられます。(国宝楼門横からは入れますが)

これまでは狭い旧街道から入っていただきましたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこにはバス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただきます。入口が分かりやすく便利になりました。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「蜻蛉(かげろふ)も 起てはたらく 夜川哉」一茶

訳:蜻蛉さえも起きてはたらいているよ夜中の川だよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈これよりさき奈良の諸刹をめぐる〉

「ゆくとして けごん三ろん ほつさうの

      あめのいとまを せうだいにいる」

(行くとして華厳三論法相の 雨の暇を招堤に居る)

・ゆくとして=どの寺へ行くとしても。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

935

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次引頭引両師。経楽屋左右。登舞台東階。並立舞台上。〈引頭此時迎両師。立舞台左右角。十弟子自両師退。立右左縁道。〉

左右一者各立還。向両師。奏台奚婁。奏畢。引頭引両師。降西階立両高座左右。待両師登高座。両師就礼盤三礼〈中礼〉之後。各登高座。〈十弟子置法具於前机。群立高座辺。〉

引頭両師登高座後。入幄屋着座。楽人止楽入楽屋。】

 

〔次 引頭、両師を引き、楽屋の左右を経て舞台の東階を登り、舞台の上に並び立つ。〈引頭、此の時両師を迎え、舞台左右の角に立つ。十弟子(じゅうでし①)は両師より退いて、右左の縁道に立つ。〉

左右の一者はおのおの立ち還り、両師に向かう。臺奚婁(だいけいろう②)を奏す。奏畢って、引頭、両師を引き、西の階を降り両高座(こうざ③)の左右に立ち、両師の高座に登るを待つ。両師、礼盤に就き三礼〔中礼〕の後、おのおの高座に登る。〈十弟子、法具を前机に置き、高座の辺りに群立す。〉

引頭は両師が高座に登りて後、幄屋(あくや④)に入りて著座す。楽人、楽を止め楽屋に入る。〕

 

 十弟子=釈迦如来の十大弟子にならって、大法会では導師に十人の従者がつく。人数が省略されることもある。

 臺奚婁=奚婁は奚婁鼓(けいろうこ)のことで、雅楽の楽器。首からひもで釣り下げ、バチで鼓面を打ち鳴らす。現在は舞楽の「一曲」だけに使用。台奚婁は台の上に置く形式のものであろうか。

 高座=釈尊が成道したとき坐っていたとされる金剛宝座にならい、法会の導師などが坐す一段高い座席。

 幄屋=天幕を張った仮屋。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

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2017年9月 8日 (金)

コスモス寺花だより   9・8

 

〔コスモス開花情報〕

≪咲きはじめ≫:秋咲コスモスの早い種類が咲いています。昨日は久しぶりにまとまった量の雨が降りました。これでコスモスは生き返り、グイっと背を伸ばしました。

〇コスモス秋桜の見頃は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 満開は10月上旬です。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

〇夾竹桃(きょうちくとう):≪見ごろ≫

 

≪ニュース≫

99日に般若寺の入口が西から東へ移動します。

カーナビ案内はまだ訂正されていませんから西側入口が表示されますが、

今までの西入口は閉じられます。(国宝楼門横からは入れますが)

これまでは狭い旧街道から入っていただきましたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこにはバス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただきます。入口が分かりやすく便利になりました。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「蜻蛉(とんぼう)」の 尻でなぶるや 角田川」一茶

訳:とんぼの尻でからかっているのだろうか。隅田川。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈東大寺にて〉

「あまたたび このひろまへに めぐりきて

       たちたるわれぞ しるやみほとけ」

(数多度この広前に巡り来て 立ちたる我ぞ知るや御仏)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

935

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次引頭引両師。経楽屋左右。登舞台東階。並立舞台上。〈引頭此時迎両師。立舞台左右角。十弟子自両師退。立右左縁道。〉

左右一者各立還。向両師。奏台奚婁。奏畢。引頭引両師。降西階立両高座左右。待両師登高座。両師就礼盤三礼〈中礼〉之後。各登高座。〈十弟子置法具於前机。群立高座辺。〉

引頭両師登高座後。入幄屋着座。楽人止楽入楽屋。】

 

〔次 引頭、両師を引き、楽屋の左右を経て舞台の東階を登り、舞台の上に並び立つ。〈引頭、此の時両師を迎え、舞台左右の角に立つ。十弟子(じゅうでし①)は両師より退いて、右左の縁道に立つ。〉

左右の一者はおのおの立ち還り、両師に向かう。臺奚婁(だいけいろう②)を奏す。奏畢って、引頭、両師を引き、西の階を降り両高座(こうざ③)の左右に立ち、両師の高座に登るを待つ。両師、礼盤に就き三礼〔中礼〕の後、おのおの高座に登る。〈十弟子、法具を前机に置き、高座の辺りに群立す。〉

引頭は両師が高座に登りて後、幄屋(あくや④)に入りて著座す。楽人、楽を止め楽屋に入る。〕

 

 十弟子=釈迦如来の十大弟子にならって、大法会では導師に十人の従者がつく。人数が省略されることもある。

 臺奚婁=奚婁は奚婁鼓(けいろうこ)のことで、雅楽の楽器。首からひもで釣り下げ、バチで鼓面を打ち鳴らす。現在は舞楽の「一曲」だけに使用。台奚婁は台の上に置く形式のものであろうか。

 高座=釈尊が成道したとき坐っていたとされる金剛宝座にならい、法会の導師などが坐す一段高い座席。

 幄屋=天幕を張った仮屋。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載しますので

しばらくは長い文章を削除します。

 

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2017年9月 7日 (木)

コスモス寺花だより   9・7

 

〔コスモス開花情報〕

≪咲きはじめ≫:秋咲コスモスの早い種類が咲いています。全体としてはまだ1・2分咲ていどです。少雨干天が生育を遅らせています。

〇コスモス秋桜の見頃は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 満開は10月上旬です。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

〇夾竹桃(きょうちくとう):≪見ごろ≫

 

≪ニュース≫

◇9/9より般若寺の入口が西から東へ移動します。

カーナビ案内はまだ訂正されていませんので西側入口が表示されますが、

今までの西入口は閉じられます。(ただし、国宝楼門横からも入れます)

これまでは狭い旧街道から入っていただきましたが、新入口は県道754号線(旧国道24号線)に面しているので、そこにはバス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただきます。入口が分かりやすく便利になりました。

 

旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

 

〔俳句〕

「そば所と 人はいふ也 赤蜻蛉(とんぼ)」一茶

訳:信濃は蕎麦の名産地ですねと人は言うのだなあ。赤蜻蛉よ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈東大寺にて〉

「あまたたび このひろまへに めぐりきて

       たちたるわれぞ しるやみほとけ」

(数多度この広前に巡り来て 立ちたる我ぞ知るや御仏)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

934 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次引頭引両師。経楽屋左右。登舞台東階。並立舞台上。〈引頭此時迎両師。立舞台左右角。十弟子自両師退。立右左縁道。〉

左右一者各立還。向両師。奏台奚婁。奏畢。引頭引両師。降西階立両高座左右。待両師登高座。両師就礼盤三礼〈中礼〉之後。各登高座。〈十弟子置法具於前机。群立高座辺。〉

引頭両師登高座後。入幄屋着座。楽人止楽入楽屋。】

 

〔次 引頭、両師を引き、楽屋の左右を経て舞台の東階を登り、舞台の上に並び立つ。〈引頭、此の時両師を迎え、舞台左右の角に立つ。十弟子(じゅうでし①)は両師より退いて、右左の縁道に立つ。〉

左右の一者はおのおの立ち還り、両師に向かう。臺奚婁(だいけいろう②)を奏す。奏畢って、引頭、両師を引き、西の階を降り両高座(こうざ③)の左右に立ち、両師の高座に登るを待つ。両師、礼盤に就き三礼〔中礼〕の後、おのおの高座に登る。〈十弟子、法具を前机に置き、高座の辺りに群立す。〉

引頭は両師が高座に登りて後、幄屋(あくや④)に入りて著座す。楽人、楽を止め楽屋に入る。〕

 

 十弟子=釈迦如来の十大弟子にならって、大法会では導師に十人の従者がつく。人数が省略されることもある。

 臺奚婁=奚婁は奚婁鼓(けいろうこ)のことで、雅楽の楽器。首からひもで釣り下げ、バチで鼓面を打ち鳴らす。現在は舞楽の「一曲」だけに使用。台奚婁は台の上に置く形式のものであろうか。

 高座=釈尊が成道したとき坐っていたとされる金剛宝座にならい、法会の導師などが坐す一段高い座席。

 幄屋=天幕を張った仮屋。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題については新しい動きがあれば掲載します。

しばらく長い文章は省略します。

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2017年9月 6日 (水)

コスモス寺花だより   9・6

 

〔コスモス開花情報〕

≪咲きはじめ≫:秋咲コスモスの早い種類が咲いています。全体としてはまだ1・2分咲ていどです。少雨干天が生育を遅らせています。

〇コスモス秋桜の見頃は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 満開は10月上旬です。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

〇夾竹桃(きょうちくとう):≪見ごろ≫

 

≪ニュース≫

◇「般若寺表参詣道」の整備工事は完成いたしました。酷暑と表現された炎天下の下、日々工事を担当された大勢の方々のおかげと感謝いたします。この参道および駐車場ができたことにより般若寺の将来は大きく発展するものと確信しております。

ただし、受付建物と案内標識の準備の都合から、ご利用は99日(土)からといたします。

県道754号線(旧国道24号線)に面した「東口」から入っていただきますと、バス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただけます。以前にくらべ、入口が分かりやすくなり便利になりました。

また「西口」から旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

従来の「北口」は一応閉鎖しますが、秋のコスモスシーズンには臨時に開きます。

 

〔俳句〕

「日短かは 蜻蛉(とんぼ)の身にも 有にけり」一茶

訳:日が短いのは、蜻蛉のようにすぐ帰る身にも同じようにあるものだなあ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈東大寺にて〉

「あまたたび このひろまへに めぐりきて

       たちたるわれぞ しるやみほとけ」

(数多度この広前に巡り来て 立ちたる我ぞ知るや御仏)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

934 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次衆僧降西階。入阿弥陀堂前幷左右廻廊。着座。次楽人止楽。入楽屋。

  次迎両師。〈行時引頭舞人楽人。引時舞人楽人引頭導師十弟子。〉

  引頭率舞人楽人。向両師所。発楽。〈秋風楽。左右一奏一曲〉】

 

〔次 衆僧、西の階を降りて、阿弥陀堂の前、幷に左右の廻廊に入り、着座す。

次 楽人、楽をやめ楽屋に入る。

次 両師(①)を迎える。〈行く時、引頭、舞人、楽人。引く時、舞人、楽人、引頭、導師、十弟子。〉

引頭、舞人楽人を率いて、両師の所に向かう。楽を発す。〔秋風楽(しゅうふうらく②)。左右一奏一曲。〕

 

 両師=導師 西大寺長老、慈朝唯覚上人。呪願師 放生院住持、本芿坊深泉大徳。

 秋風楽=雅楽の唐楽。盤渉調の曲。四人舞。現在廃曲。長殿楽、寿春楽とも。

(つづく)

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2017年9月 5日 (火)

コスモス寺花だより   9・5

 

〔コスモス開花情報〕

≪咲きはじめ≫:秋咲コスモスの早い種類が咲いています。全体としてはまだ1・2分咲ていどです。少雨干天が生育を遅らせています。

〇コスモス秋桜の見頃は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 満開は10月上旬です。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

〇夾竹桃(きょうちくとう):≪見ごろ≫

 

≪ニュース≫

◇「般若寺表参詣道」の整備工事は完成いたしました。酷暑と表現された炎天下の下、日々工事を担当された大勢の方々のおかげと感謝いたします。この参道および駐車場ができたことにより般若寺の将来は大きく発展するものと確信しております。

ただし、受付建物と案内標識の準備の都合から、ご利用は99日(土)からといたします。

県道754号線(旧国道24号線)に面した「東口」から入っていただきますと、バス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただけます。以前にくらべ、入口が分かりやすくなり便利になりました。

また「西口」から旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

従来の「北口」は一応閉鎖しますが、秋のコスモスシーズンには臨時に開きます。

 

〔俳句〕

「うろたへな 寒くなる迚(とて) 赤蜻蛉」一茶

訳:うろたえるなよ寒くなっても燃えるような赤い衣の赤蜻蛉。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈東大寺にて〉

「あまたたび このひろまへに めぐりきて

       たちたるわれぞ しるやみほとけ」

(数多度この広前に巡り来て 立ちたる我ぞ知るや御仏)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

934 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次衆僧降西階。入阿弥陀堂前幷左右廻廊。着座。次楽人止楽。入楽屋。

  次迎両師。〈行時引頭舞人楽人。引時舞人楽人引頭導師十弟子。〉

  引頭率舞人楽人。向両師所。発楽。〈秋風楽。左右一奏一曲〉】

 

〔次 衆僧、西の階を降りて、阿弥陀堂の前、幷に左右の廻廊に入り、着座す。

次 楽人、楽をやめ楽屋に入る。

次 両師(①)を迎える。〈行く時、引頭、舞人、楽人。引く時、舞人、楽人、引頭、導師、十弟子。〉

引頭、舞人楽人を率いて、両師の所に向かう。楽を発す。〔秋風楽(しゅうふうらく②)。左右一奏一曲。〕

 

 両師=導師 西大寺長老、慈朝唯覚上人。呪願師 放生院住持、本芿坊深泉大徳。

 秋風楽=雅楽の唐楽。盤渉調の曲。四人舞。現在廃曲。長殿楽、寿春楽とも。

(つづく)

 

 

 

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

 

*仲川奈良市長は再選後、ごみ焼却場の「東部移転断念」を公言しました。

私たちはその英断を歓迎します。あとは移転推進派の一部市民との和解を

はかり、再建候補地を早期に決定していただきたいです。

市長の「断念」が確定するまで、これまでの経緯をここに記しおきます。

 

〇瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。奈良市民は『市民憲章』、『文化財保護条例』で文化財を護ることを誓っているのです。

〇奈良の未来に禍根を残すことになる、ゴミ焼却工場移設計画が根拠とする公害無き『公害調停』は見直されるべきです。奈良の行政を呪縛し身動き取れなくしている「調停」を廃棄し、新工場を最新の設備にして「地元」への還元策を図るべし。これしか解決法はありません。立地条件(収集の効率)からみて現在地が最適地。ここに工場を創設した当時の鍵田忠三郎市長(故人)は先見の明があり偉大でした。7月の選挙で選ばれる新市長は早期再建を断行すべし。

7/11の奈良新聞記事によると、新市長の仲川氏は当選後の記者取材に応じ、クリーンセンター問題で「今までは公害調停順守の立場で移転ありきのスタンスだったが、市全体の利益を考えれば現地建て替えを選択肢から除外するのは非現実的」と述べた。これは重大な方針転換の発言ではありますが、正論です。奈良市の厳しい財政事情をまじめに考えるならば移転など不可能なことです。現実を見据えた仲川市長の新提案が実現されるよう応援したいです。

〇東京都武蔵野市のクリーンセンターが今年(2017)の春に再建され、全国の注目を集めています。まず建設場所が驚くなかれ、市庁舎の道向かい、町の中心地です。周囲は住宅地が広がり、幼稚園、小学校、中学校があり、陸上競技場、体育館など市民の集まる施設の集中する、市の中心地です。行政と市民の間で十分な議論をしたうえで決めたそうですが、ゴミを減量化するためには全市民にごみ問題に関心を持ってもらわなければならないから、隠すのではなくわざと目につく中心地に作ったと言います。完成した今、いつでも誰でも見学可能で、ゴミがどのように処理され、リサイクルされているのかが目の当たりに見られるそうです。そして温水利用だけではなく発電設備も完備し、大震災にも復興の中心となる電気は止まらないのです。最新の環境設備を導入し、建物も一見美術館のようなデザイン性を持っています。奈良市民も武蔵野の先進例を見習ってほしいです。

8/7「浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会」は「浄瑠璃寺南にごみ焼却場を建設する計画の撤回を求める署名」9,608筆(前回分を合わせて24859筆)を奈良市長あてに提出しました。

当会の役員他、「呼びかけ人」の聖護院門跡宮城泰年師、橘大学学長細川涼一先生、臨済宗僧侶関川鶴祐師をはじめ総勢8人参加で、市の担当部局責任者である環境部長に手渡しました。新クリーンセンタ―は古都奈良にふさわしいものをと要望し、建設が決まるまで我々の活動を継続するとの意思を伝えました。これは、もう一つの「見直しを求める奈良市民の会」の要望に続く、奈良市長の英断への励ましのメッセージになりました。

8/26奈良新聞によると、クリーンセンタ―策定委員会が94日に非公開の「準備会」形式で開かれ、仲川市長が「市主導」による建設を提案するという。

8/28奈良新聞。現工場周辺の住民らによる集会があり、市長の「東部断念」、「現地建て替えも含め検討する」とした発言に対し、「公害調停申請人の会」(吉田隆一会長)、弁護士らからは「約束反古」であり、「訴訟も視野に対応を諮る」ことを確認した、と。4日の準備会に向けた決起集会のようなものでした。

しかし、裁判をすれば第一に公害はあったのか、無かったのか、が問われることになります。また調停から12年も経っていて、市側からは全国の都市部の先例、とくに武蔵野市のクリーンセンターなどが例証として出されるでしょう。裁判の行方はいかに。

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2017年9月 4日 (月)

コスモス寺花だより   9・4

 

〔コスモス開花情報〕

≪咲きはじめ≫:秋咲コスモスの早い種類が咲いています。全体としてはまだ1・2分咲ていどです。少雨干天が生育を遅らせています。

〇コスモス秋桜の見頃は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 満開は10月上旬です。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

〇夾竹桃(きょうちくとう):≪見ごろ≫

 

≪ニュース≫

◇「般若寺表参詣道」の整備工事は完成いたしました。酷暑と表現された炎天下の下、日々工事を担当された大勢の方々のおかげと感謝いたします。この参道および駐車場ができたことにより般若寺の将来は大きく発展するものと確信しております。

ただし、受付建物と案内標識の準備の都合から、ご利用は99日(土)からといたします。

県道754号線(旧国道24号線)に面した「東口」から入っていただきますと、バス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただけます。以前にくらべ、入口が分かりやすくなり便利になりました。

また「西口」から旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

従来の「北口」は一応閉鎖しますが、秋のコスモスシーズンには臨時に開きます。

 

〔俳句〕

「夕日影 町一ぱいの とんぼ哉」一茶

訳:夕日が赤々と町を照らし、町中いっぱいに飛んでいる赤とんぼたちよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈東大寺にて〉

「あまたたび このひろまへに めぐりきて

       たちたるわれぞ しるやみほとけ」

(数多度この広前に巡り来て 立ちたる我ぞ知るや御仏)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

933 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次先楽人舞人。次引頭率衆僧。従惣門〈放生院〉出。経橋従平等院不開門入。

  右方廻本堂幷阿弥陀堂後。左方通本堂前釣殿。左右舞人楽人衆僧経楽屋左右。昇舞台東階楽人舞人列立舞台左右縁道。衆僧於舞台上向西折立。此時止楽。誦伽陀二頌。〈敬礼天人大覚尊等 願以香花雲等頌文。〉

唱訖。三礼。〈中礼。先引頭。次衆僧。〉

 

〔次 先ず楽人舞人。

次 引頭、衆僧を率い惣門〔放生院〕より出づ。橋を経て平等院不開門(ふかいもん①)より入る。

右方は本堂幷に阿弥陀堂(②)の後ろを廻る。左方は本堂前の釣殿(つりどの③)を通る。左右の舞人楽人衆僧は楽屋の左右を経て、舞台の東階(とうかい④)を昇る。楽人舞人は舞台の左右の縁道(えんどう⑤)に列立(れつりゅう⑥)す。衆僧は舞台上において西に向いて折立つ(⑦)。此のとき楽やむ。伽陀(かだ⑧)二頌を誦す。〈敬礼天人大覚尊等、願以香花雲等の頌文(じゅぶん⑨)〉

唱え訖って三礼。〈中礼(ちゅうらい⑩)。先ず引頭、次ぎ衆僧。〉

 

 不開門=あかずの門。ふだん使用していない門であろう。現在の存否は不明。

 本堂幷に阿弥陀堂=阿弥陀堂は鳳凰堂であろうと思われるが、本堂については不詳。

 釣殿=寝殿造りの場合、池の水辺にせり出した建物。

 東階=東の階段。

 縁道=舞台に沿って作られた縁の道。むしろを敷き、上に白い布を敷く場合もある。

 列立=列に並んで立つ。

 折立つ=狭い場所に大勢が立つ場合、列ではなく屏風折れに立ち並ぶ。

 伽陀=梵・ガーター。仏徳を讃嘆し教理を述べたもので、韻文で表される。諷誦、偈頌。

 誦文=「舎利講式」(高弁作)「往生講式」(永観作)の総礼伽陀か。

 中礼=起居せずに、立ったまま小揖(しょうゆう、腰を少し折って敬礼)すること。

(つづく)

 

 

 

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

 

*仲川奈良市長は再選後、ごみ焼却場の「東部移転断念」を公言しました。

私たちはその英断を歓迎します。あとは移転推進派の一部市民との和解を

はかり、再建候補地を早期に決定していただきたいです。

市長の「断念」が確定するまで、これまでの経緯をここに記しおきます。

 

〇瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。奈良市民は『市民憲章』、『文化財保護条例』で文化財を護ることを誓っているのです。

〇奈良の未来に禍根を残すことになる、ゴミ焼却工場移設計画が根拠とする公害無き『公害調停』は見直されるべきです。奈良の行政を呪縛し身動き取れなくしている「調停」を廃棄し、新工場を最新の設備にして「地元」への還元策を図るべし。これしか解決法はありません。立地条件(収集の効率)からみて現在地が最適地。ここに工場を創設した当時の鍵田忠三郎市長(故人)は先見の明があり偉大でした。7月の選挙で選ばれる新市長は早期再建を断行すべし。

7/11の奈良新聞記事によると、新市長の仲川氏は当選後の記者取材に応じ、クリーンセンター問題で「今までは公害調停順守の立場で移転ありきのスタンスだったが、市全体の利益を考えれば現地建て替えを選択肢から除外するのは非現実的」と述べた。これは重大な方針転換の発言ではありますが、正論です。奈良市の厳しい財政事情をまじめに考えるならば移転など不可能なことです。現実を見据えた仲川市長の新提案が実現されるよう応援したいです。

〇東京都武蔵野市のクリーンセンターが今年(2017)の春に再建され、全国の注目を集めています。まず建設場所が驚くなかれ、市庁舎の道向かい、町の中心地です。周囲は住宅地が広がり、幼稚園、小学校、中学校があり、陸上競技場、体育館など市民の集まる施設の集中する、市の中心地です。行政と市民の間で十分な議論をしたうえで決めたそうですが、ゴミを減量化するためには全市民にごみ問題に関心を持ってもらわなければならないから、隠すのではなくわざと目につく中心地に作ったと言います。完成した今、いつでも誰でも見学可能で、ゴミがどのように処理され、リサイクルされているのかが目の当たりに見られるそうです。そして温水利用だけではなく発電設備も完備し、大震災にも復興の中心となる電気は止まらないのです。最新の環境設備を導入し、建物も一見美術館のようなデザイン性を持っています。奈良市民も武蔵野の先進例を見習ってほしいです。

8/7「浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会」は「浄瑠璃寺南にごみ焼却場を建設する計画の撤回を求める署名」9,608筆(前回分を合わせて24859筆)を奈良市長あてに提出しました。

当会の役員他、「呼びかけ人」の聖護院門跡宮城泰年師、橘大学学長細川涼一先生、臨済宗僧侶関川鶴祐師をはじめ総勢8人参加で、市の担当部局責任者である環境部長に手渡しました。新クリーンセンタ―は古都奈良にふさわしいものをと要望し、建設が決まるまで我々の活動を継続するとの意思を伝えました。これは、もう一つの「見直しを求める奈良市民の会」の要望に続く、奈良市長の英断への励ましのメッセージになりました。

8/26奈良新聞によると、クリーンセンタ―策定委員会が94日に非公開の「準備会」形式で開かれ、仲川市長が「市主導」による建設を提案するという。

8/28奈良新聞。現工場周辺の住民らによる集会があり、市長の「東部断念」、「現地建て替えも含め検討する」とした発言に対し、「公害調停申請人の会」(吉田隆一会長)、弁護士らからは「約束反古」であり、「訴訟も視野に対応を諮る」ことを確認した、と。4日の準備会に向けた決起集会のようなものでした。

しかし、裁判をすれば第一に公害はあったのか、無かったのか、が問われることになります。また調停から12年も経っていて、市側からは全国の都市部の先例、とくに武蔵野市のクリーンセンターなどが例証として出されるでしょう。裁判の行方はいかに。

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2017年9月 3日 (日)

コスモス寺花だより   9・3

 

〔コスモス開花情報〕

≪咲きはじめ≫:秋咲コスモスの早い種類が咲いています。全体としてはまだ育生中の状態です。

〇コスモス秋桜の見頃は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 満開は10月上旬です。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

〇夾竹桃(きょうちくとう):≪見ごろ≫

 

≪ニュース≫

◇「般若寺表参詣道」の整備工事は完成いたしました。酷暑と表現された炎天下の下、日々工事を担当された大勢の方々のおかげと感謝いたします。この参道および駐車場ができたことにより般若寺の将来は大きく発展するものと確信しております。

ただし、受付建物と案内標識の準備の都合から、ご利用は99日(土)からといたします。

県道754号線(旧国道24号線)に面した「東口」から入っていただきますと、バス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただけます。以前にくらべ、入口が分かりやすくなり便利になりました。

また「西口」から旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

従来の「北口」は一応閉鎖しますが、秋のコスモスシーズンには臨時に開きます。

 

〔俳句〕

「秋蝉の 終(つひ)の敷寝(しきね)の一葉哉」一茶

訳:秋蝉が終の棲家として眠る一枚の葉よ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈東大寺にて〉

「あまたたび このひろまへに めぐりきて

       たちたるわれぞ しるやみほとけ」

(数多度この広前に巡り来て 立ちたる我ぞ知るや御仏)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

933 

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次先楽人舞人。次引頭率衆僧。従惣門〈放生院〉出。経橋従平等院不開門入。

  右方廻本堂幷阿弥陀堂後。左方通本堂前釣殿。左右舞人楽人衆僧経楽屋左右。昇舞台東階楽人舞人列立舞台左右縁道。衆僧於舞台上向西折立。此時止楽。誦伽陀二頌。〈敬礼天人大覚尊等 願以香花雲等頌文。〉

唱訖。三礼。〈中礼。先引頭。次衆僧。〉

 

〔次 先ず楽人舞人。

次 引頭、衆僧を率い惣門〔放生院〕より出づ。橋を経て平等院不開門(ふかいもん①)より入る。

右方は本堂幷に阿弥陀堂(②)の後ろを廻る。左方は本堂前の釣殿(つりどの③)を通る。左右の舞人楽人衆僧は楽屋の左右を経て、舞台の東階(とうかい④)を昇る。楽人舞人は舞台の左右の縁道(えんどう⑤)に列立(れつりゅう⑥)す。衆僧は舞台上において西に向いて折立つ(⑦)。此のとき楽やむ。伽陀(かだ⑧)二頌を誦す。〈敬礼天人大覚尊等、願以香花雲等の頌文(じゅぶん⑨)〉

唱え訖って三礼。〈中礼(ちゅうらい⑩)。先ず引頭、次ぎ衆僧。〉

 

 不開門=あかずの門。ふだん使用していない門であろう。現在の存否は不明。

 本堂幷に阿弥陀堂=阿弥陀堂は鳳凰堂であろうと思われるが、本堂については不詳。

 釣殿=寝殿造りの場合、池の水辺にせり出した建物。

 東階=東の階段。

 縁道=舞台に沿って作られた縁の道。むしろを敷き、上に白い布を敷く場合もある。

 列立=列に並んで立つ。

 折立つ=狭い場所に大勢が立つ場合、列ではなく屏風折れに立ち並ぶ。

 伽陀=梵・ガーター。仏徳を讃嘆し教理を述べたもので、韻文で表される。諷誦、偈頌。

 誦文=「舎利講式」(高弁作)「往生講式」(永観作)の総礼伽陀か。

 中礼=起居せずに、立ったまま小揖(しょうゆう、腰を少し折って敬礼)すること。

(つづく)

 

 

 

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

 

*仲川奈良市長は再選後、ごみ焼却場の「東部移転断念」を公言しました。

私たちはその英断を歓迎します。あとは移転推進派の一部市民との和解を

はかり、再建候補地を早期に決定していただきたいです。

市長の「断念」が確定するまで、これまでの経緯をここに記しおきます。

 

〇瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。奈良市民は『市民憲章』、『文化財保護条例』で文化財を護ることを誓っているのです。

〇奈良の未来に禍根を残すことになる、ゴミ焼却工場移設計画が根拠とする公害無き『公害調停』は見直されるべきです。奈良の行政を呪縛し身動き取れなくしている「調停」を廃棄し、新工場を最新の設備にして「地元」への還元策を図るべし。これしか解決法はありません。立地条件(収集の効率)からみて現在地が最適地。ここに工場を創設した当時の鍵田忠三郎市長(故人)は先見の明があり偉大でした。7月の選挙で選ばれる新市長は早期再建を断行すべし。

7/11の奈良新聞記事によると、新市長の仲川氏は当選後の記者取材に応じ、クリーンセンター問題で「今までは公害調停順守の立場で移転ありきのスタンスだったが、市全体の利益を考えれば現地建て替えを選択肢から除外するのは非現実的」と述べた。これは重大な方針転換の発言ではありますが、正論です。奈良市の厳しい財政事情をまじめに考えるならば移転など不可能なことです。現実を見据えた仲川市長の新提案が実現されるよう応援したいです。

〇東京都武蔵野市のクリーンセンターが今年(2017)の春に再建され、全国の注目を集めています。まず建設場所が驚くなかれ、市庁舎の道向かい、町の中心地です。周囲は住宅地が広がり、幼稚園、小学校、中学校があり、陸上競技場、体育館など市民の集まる施設の集中する、市の中心地です。行政と市民の間で十分な議論をしたうえで決めたそうですが、ゴミを減量化するためには全市民にごみ問題に関心を持ってもらわなければならないから、隠すのではなくわざと目につく中心地に作ったと言います。完成した今、いつでも誰でも見学可能で、ゴミがどのように処理され、リサイクルされているのかが目の当たりに見られるそうです。そして温水利用だけではなく発電設備も完備し、大震災にも復興の中心となる電気は止まらないのです。最新の環境設備を導入し、建物も一見美術館のようなデザイン性を持っています。奈良市民も武蔵野の先進例を見習ってほしいです。

8/7「浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会」は「浄瑠璃寺南にごみ焼却場を建設する計画の撤回を求める署名」9,608筆(前回分を合わせて24859筆)を奈良市長あてに提出しました。

当会の役員他、「呼びかけ人」の聖護院門跡宮城泰年師、橘大学学長細川涼一先生、臨済宗僧侶関川鶴祐師をはじめ総勢8人参加で、市の担当部局責任者である環境部長に手渡しました。新クリーンセンタ―は古都奈良にふさわしいものをと要望し、建設が決まるまで我々の活動を継続するとの意思を伝えました。これは、もう一つの「見直しを求める奈良市民の会」の要望に続く、奈良市長の英断への励ましのメッセージになりました。

8/26奈良新聞によると、クリーンセンタ―策定委員会が94日に非公開の「準備会」形式で開かれ、仲川市長が「市主導」による建設を提案するという。

8/28奈良新聞。現工場周辺の住民らによる集会があり、市長の「東部断念」、「現地建て替えも含め検討する」とした発言に対し、「公害調停申請人の会」(吉田隆一会長)、弁護士らからは「約束反古」であり、「訴訟も視野に対応を諮る」ことを確認した、と。4日の準備会に向けた決起集会のようなものでした。

しかし、裁判をすれば第一に公害はあったのか、無かったのか、が問われることになります。また調停から12年も経っていて、市側からは全国の都市部の先例、とくに武蔵野市のクリーンセンターなどが例証として出されるでしょう。裁判の行方はいかに。

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2017年9月 2日 (土)

コスモス寺花だより   9・2

 

〔コスモス開花情報〕

≪咲きはじめ≫:秋咲コスモスの早い種類が咲いています。全体としてはまだ育生中の状態です。

〇コスモス秋桜の見頃は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 満開は10月上旬です。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

〇夾竹桃(きょうちくとう):≪見ごろ≫

 

≪ニュース≫

◇「般若寺表参詣道」の整備工事は完成いたしました。酷暑と表現された炎天下の下、日々工事を担当された大勢の方々のおかげと感謝いたします。この参道および駐車場ができたことにより般若寺の将来は大きく発展するものと確信しております。

ただし、受付建物と案内標識の準備の都合から、ご利用は99日(土)からといたします。

県道754号線(旧国道24号線)に面した「東口」から入っていただきますと、バス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただけます。以前にくらべ、入口が分かりやすくなり便利になりました。

また「西口」から旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

従来の「北口」は一応閉鎖しますが、秋のコスモスシーズンには臨時に開きます。

 

〔俳句〕

「日ぐらしや 急に明(あかる)き 湖(うみ)の方」一茶

訳:日ぐらし蝉が鳴き始めたよ。急に明るくなった湖の方で。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈東大寺にて〉

「あまたたび このひろまへに めぐりきて

       たちたるわれぞ しるやみほとけ」

(数多度この広前に巡り来て 立ちたる我ぞ知るや御仏)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

932

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次迎衆僧。舞人楽人左右相分渡橋。向僧集会所。〈放生院惣門。〉

発楽。〈萬秋楽破。〉

次左右一者。奏一曲。】

 

〔次 衆僧を迎え、舞人楽人左右に相別れ橋(①)を渡り、僧の集会所に向かう。〈放生院惣門(そうもん②)〉楽を発す。〈萬秋楽(まんじゅうらく③)、破(は④)。〉

次 左右の一者(いちのもの⑤)、一曲(いっきょく⑥)を奏す。〕

 

 橋=宇治橋。

 放生院惣門=橋寺放生院の外構えの大門。正門。

 万秋楽=雅楽の曲名。唐楽、盤渉調の大曲。六人または四人で舞う。百済国から婆羅門僧正が伝えた。曼荼万秋楽。まんずらく、まんじゅらく、ばんしゅうらく、出世成道楽ともいう。

 破=雅楽の曲を、静から動へ、緩から急へ、の変化を「序・破・急」の三段階で表す。

 一者=楽所(がくそ)の職階の一つ。勾当の別称で、左楽と右楽にそれぞれ一人ずつ定めた最高の技芸者。

 一曲=雅楽の雑舞の一つ。諸寺勅会法事のときなどに、行列の道行に舞うもの。楽には鳥向楽(ちょうこうらく)や慶雲楽(きょううんらく)を用い、二人で舞う。

(つづく)

 

 

 

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

 

*仲川奈良市長は再選後、ごみ焼却場の「東部移転断念」を公言しました。

私たちはその英断を歓迎します。あとは移転推進派の一部市民との和解を

はかり、再建候補地を早期に決定していただきたいです。

市長の「断念」が確定するまで、これまでの経緯をここに記しおきます。

 

〇瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。奈良市民は『市民憲章』、『文化財保護条例』で文化財を護ることを誓っているのです。

〇奈良の未来に禍根を残すことになる、ゴミ焼却工場移設計画が根拠とする公害無き『公害調停』は見直されるべきです。奈良の行政を呪縛し身動き取れなくしている「調停」を廃棄し、新工場を最新の設備にして「地元」への還元策を図るべし。これしか解決法はありません。立地条件(収集の効率)からみて現在地が最適地。ここに工場を創設した当時の鍵田忠三郎市長(故人)は先見の明があり偉大でした。7月の選挙で選ばれる新市長は早期再建を断行すべし。

7/11の奈良新聞記事によると、新市長の仲川氏は当選後の記者取材に応じ、クリーンセンター問題で「今までは公害調停順守の立場で移転ありきのスタンスだったが、市全体の利益を考えれば現地建て替えを選択肢から除外するのは非現実的」と述べた。これは重大な方針転換の発言ではありますが、正論です。奈良市の厳しい財政事情をまじめに考えるならば移転など不可能なことです。現実を見据えた仲川市長の新提案が実現されるよう応援したいです。

〇東京都武蔵野市のクリーンセンターが今年(2017)の春に再建され、全国の注目を集めています。まず建設場所が驚くなかれ、市庁舎の道向かい、町の中心地です。周囲は住宅地が広がり、幼稚園、小学校、中学校があり、陸上競技場、体育館など市民の集まる施設の集中する、市の中心地です。行政と市民の間で十分な議論をしたうえで決めたそうですが、ゴミを減量化するためには全市民にごみ問題に関心を持ってもらわなければならないから、隠すのではなくわざと目につく中心地に作ったと言います。完成した今、いつでも誰でも見学可能で、ゴミがどのように処理され、リサイクルされているのかが目の当たりに見られるそうです。そして温水利用だけではなく発電設備も完備し、大震災にも復興の中心となる電気は止まらないのです。最新の環境設備を導入し、建物も一見美術館のようなデザイン性を持っています。奈良市民も武蔵野の先進例を見習ってほしいです。

8/7「浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会」は「浄瑠璃寺南にごみ焼却場を建設する計画の撤回を求める署名」9,608筆(前回分を合わせて24859筆)を奈良市長あてに提出しました。

当会の役員他、「呼びかけ人」の聖護院門跡宮城泰年師、橘大学学長細川涼一先生、臨済宗僧侶関川鶴祐師をはじめ総勢8人参加で、市の担当部局責任者である環境部長に手渡しました。新クリーンセンタ―は古都奈良にふさわしいものをと要望し、建設が決まるまで我々の活動を継続するとの意思を伝えました。これは、もう一つの「見直しを求める奈良市民の会」の要望に続く、奈良市長の英断への励ましのメッセージになりました。

8/26奈良新聞によると、クリーンセンタ―策定委員会が94日に非公開の「準備会」形式で開かれ、仲川市長が「市主導」による建設を提案するという。

8/28奈良新聞。現工場周辺の住民らによる集会があり、市長の「東部断念」、「現地建て替えも含め検討する」とした発言に対し、「公害調停申請人の会」(吉田隆一会長)、弁護士らからは「約束反古」であり、「訴訟も視野に対応を諮る」ことを確認した、と。4日の準備会に向けた決起集会のようなものでした。

しかし、裁判をすれば第一に公害はあったのか、無かったのか、が問われることになります。また調停から12年も経っていて、市側からは全国の都市部の先例、とくに武蔵野市のクリーンセンターなどが例証として出されるでしょう。裁判の行方はいかに。

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2017年9月 1日 (金)

コスモス寺花だより   9・1

 

〔コスモス開花情報〕

≪咲きはじめ≫:秋咲コスモスの早い種類が咲いています。全体としてはまだ育生中の状態です。

〇コスモス秋桜の見頃は 9月下旬~11月上旬。

15万本。20種類。 満開は10月上旬です。

 

〇ヒツジ草・姫スイレン:≪見ごろ≫

〇秋海棠(しゅうかいどう):≪満開≫

〇百日紅(さるすべり):≪満開≫

〇夾竹桃(きょうちくとう):≪見ごろ≫

 

≪ニュース≫

◇「般若寺表参詣道」の整備工事は完成いたしました。酷暑と表現された炎天下の下、日々工事を担当された大勢の方々のおかげと感謝いたします。この参道および駐車場ができたことにより般若寺の将来は大きく発展するものと確信しております。

ただし、受付建物と案内標識の準備の都合から、ご利用は99日(土)からといたします。

県道754号線(旧国道24号線)に面した「東口」から入っていただきますと、バス・乗用車の駐車場があり、南面して開いた「正面口」から入山拝観していただけます。以前にくらべ、入口が分かりやすくなり便利になりました。

また「西口」から旧道の京街道へ出ると、南西300mには今年、重要文化財になった「旧奈良監獄(少年刑務所)」の赤レンガ造りの明治建築があり、その近くは会津八一の歌で知られる夕日地蔵、忍性菩薩が建てた北山十八間戸がある般若坂です。

従来の「北口」は一応閉鎖しますが、秋のコスモスシーズンには臨時に開きます。

 

〔俳句〕

「松陰に おどらぬ人の 白き哉」一茶

訳:松の陰でも踊らない人の清らかな白さよ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈東大寺にて〉

「あまたたび このひろまへに めぐりきて

       たちたるわれぞ しるやみほとけ」

(数多度この広前に巡り来て 立ちたる我ぞ知るや御仏)

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》を再開します。

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『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『宇治孤嶋石塔供養式』

(うじことうせきとうくようしき)

 

*康応元年(一三八九)三月廿五日に、宇治橋寺放生院住持の深泉大徳が勧化して行った、興正菩薩一百年忌追賁(追善供養)と十三重石塔修復落慶を兼ねた石塔供養式の式次第と法会記録。衆僧六百人の舞楽大法会である。

 

◆【次巳一点。打集会鍾。〈四十下二反〉

 次集会乱声。〈摧楽屋乱声〉

 次衆僧七百口取香炉。群立集会所。〈引頭以手文挍人数〉

  次楽人立楽屋前。吹調子。〈盤渉調〉

 

〔次 巳一点(みいってん①) 集会の鐘を打つ。〈四十下(しじゅうげ②) 二反。〉

次 集会乱声〈楽屋(がくや③)を催し乱声。〉

次 衆僧七百口、香炉を取り、集会所に群立(ぐんりゅう④)す。〈引頭(いんとう⑤)、手文(てぶみ⑥)を以って人数を挍(はか)る。〉

次 楽人楽屋の前に立ち、調子(ちょうし⑦)を吹く。〈盤渉調(ばんしきちょう⑧)。〉〕

 

 巳一点=今の午前九時から九時半まで。

 四十下=喚鍾の叩き方。

 楽屋=楽人の奏楽所。

 群立=行道するために並び立つ。

 引頭=法会の時、衆僧を先導する役の者。

 手文=法会に参列する衆僧の名簿帳。

 調子=音律の高低を調える。

 盤渉調=雅楽の唐楽、六調子の一つ。盤渉(洋楽のロ音)の音高を宮(きゅう、主音)とする律旋の調子。冬の調子といわれる。

(つづく)

 

 

 

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く自然環境を守るために》

 

*仲川奈良市長は再選後、ごみ焼却場の「東部移転断念」を公言しました。

私たちはその英断を歓迎します。あとは移転推進派の一部市民との和解を

はかり、再建候補地を早期に決定していただきたいです。

市長の「断念」が確定するまで、これまでの経緯をここに記しおきます。

 

〇瀬戸内寂聴さんは〈浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会〉に次のような賛同のことばを寄せられました。

「はじめて、歩いて浄瑠璃寺を訪れた時の感激を忘れません。寺を包みこむように静かに息づいていた美しい環境にも感動したものです。それらを守り続けるのは日本人としてのつとめです。」

 

日本中の、世界中の古都奈良を愛する人たちは、奈良市ごみ焼却場(クリーンセンター)を浄瑠璃寺南隣の「中ノ川・東鳴川」地区に移設することに怒りをもって反対しています。奈良市は非常識だと。

*奈良市クリーンセンター建設計画の問題点

1.奈良市クリーンセンター建設計画について、現環境清美工場からの排ガス等による科学的に立証される健康影響がなかったこと、公害調停に至る経過と公害調停自体に問題があること、候補地選定過程において歴史的・文化的遺産の保全等についての重要な議論がいっさいなされていないこと。

2.平安期の高僧、中ノ川実範(じつはん)上人開基の中川寺成身院跡など中ノ川地域の歴史的文化的、及び宗教的観点からの重要性を認識せず、その保全を全く考慮していないこと。

3.石仏の里として有名な当尾、平安時代の浄土式庭園(特別名勝及び史跡)、九体阿弥陀仏堂(本尊九体仏と本堂ともに国宝)、三重塔(国宝)など多数の国宝重要文化財を有する浄瑠璃寺、平安時代の丈六阿弥陀仏(重文)、木造三重塔(重文)、石造十三重塔(重文)、石龕不動明王(重文)など豊富な文化財を残す岩船寺を保存し後世に伝えるためには、周辺の自然生態系を含め、焼却施設からの有害ガス等による影響からこれらを保全する必要があること。

❍奈良市クリーンセンター建設予定地に隣接する当尾地区、数百メートルの距離にある浄瑠璃寺・岩船寺は、京都府の条例で「歴史的自然環境保全地域」に指定され、大切に保護されています。かつてこの地は南都仏教の奥ノ院的な聖地で山間修行の場でした。今も自然豊かな野山に巡礼者が歩いた石仏の道が残っています。

〇中ノ川町の山林には、平安時代の高僧実範(じっぱん)上人開基の「中川寺成身院」(なかがわじじょうしんいん)址があります。この寺は奈良における最古の本格的な密教寺院でありました。最近の研究では「灌頂堂」の指図(図面)が発見され高野山に匹敵するものであったことが判明。

またここは仏教音楽、声明(しょうみょう)の発祥の寺です。現在、高野山をはじめとする全国の真言寺院で唱えられる「南山進流」(なんざんしんりゅう)声明の流祖、大進(だいしん、宗観)上人は実範の弟子でした。さらに中世を通じて宗派を超えた総合的な仏教研究機関の役割を担っていました。浄土真宗の学僧、存覚上人(親鸞聖人のひ孫、覚如の長男)もここで修学されています。日本文化史上有数の、重要なお寺があったのです。

このような貴重な日本の歴史遺産を消滅させる権利が奈良市民(一部の)に許されているのでしょうか。

〇予定候補地の地元、東鳴川町には浄土真宗大谷派の「応現寺」があり、平安時代の重要文化財・木造不空羂索観音菩薩座像が安置されています。奈良県企画「巡る奈良 祈りの回廊」によると、興福寺南円堂御本尊の摸刻といわれ、地元観音講の方々により大切に守られてきたもので日本最古の尊像です。毎月第1日曜日(9時~16時)に特別公開されています。奈良はどんな山の中にも宝物が残されています。

中ノ川寺址、応現寺、浄瑠璃寺、岩船寺。ごみ焼却施設の移転推進者たちはこれだけの歴史文化遺産があっても「なにもないところ」と言い張るのでしょうか。策定委員会の先生方の見識が疑われます。応現寺は奈良市のHPでも、奈良市トップページ>観光>文化財>お知らせ>東鳴川町「木造不空羂索観音坐像」の公開、として出ています。

○移転を求める一部住民の皆さん、奈良市は歴史観光都市、古都奈良であることを忘れておられませんか。奈良市民は『市民憲章』、『文化財保護条例』で文化財を護ることを誓っているのです。

〇奈良の未来に禍根を残すことになる、ゴミ焼却工場移設計画が根拠とする公害無き『公害調停』は見直されるべきです。奈良の行政を呪縛し身動き取れなくしている「調停」を廃棄し、新工場を最新の設備にして「地元」への還元策を図るべし。これしか解決法はありません。立地条件(収集の効率)からみて現在地が最適地。ここに工場を創設した当時の鍵田忠三郎市長(故人)は先見の明があり偉大でした。7月の選挙で選ばれる新市長は早期再建を断行すべし。

7/11の奈良新聞記事によると、新市長の仲川氏は当選後の記者取材に応じ、クリーンセンター問題で「今までは公害調停順守の立場で移転ありきのスタンスだったが、市全体の利益を考えれば現地建て替えを選択肢から除外するのは非現実的」と述べた。これは重大な方針転換の発言ではありますが、正論です。奈良市の厳しい財政事情をまじめに考えるならば移転など不可能なことです。現実を見据えた仲川市長の新提案が実現されるよう応援したいです。

〇東京都武蔵野市のクリーンセンターが今年(2017)の春に再建され、全国の注目を集めています。まず建設場所が驚くなかれ、市庁舎の道向かい、町の中心地です。周囲は住宅地が広がり、幼稚園、小学校、中学校があり、陸上競技場、体育館など市民の集まる施設の集中する、市の中心地です。行政と市民の間で十分な議論をしたうえで決めたそうですが、ゴミを減量化するためには全市民にごみ問題に関心を持ってもらわなければならないから、隠すのではなくわざと目につく中心地に作ったと言います。完成した今、いつでも誰でも見学可能で、ゴミがどのように処理され、リサイクルされているのかが目の当たりに見られるそうです。そして温水利用だけではなく発電設備も完備し、大震災にも復興の中心となる電気は止まらないのです。最新の環境設備を導入し、建物も一見美術館のようなデザイン性を持っています。奈良市民も武蔵野の先進例を見習ってほしいです。

8/7「浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会」は「浄瑠璃寺南にごみ焼却場を建設する計画の撤回を求める署名」9,608筆(前回分を合わせて24859筆)を奈良市長あてに提出しました。

当会の役員他、「呼びかけ人」の聖護院門跡宮城泰年師、橘大学学長細川涼一先生、臨済宗僧侶関川鶴祐師をはじめ総勢8人参加で、市の担当部局責任者である環境部長に手渡しました。新クリーンセンタ―は古都奈良にふさわしいものをと要望し、建設が決まるまで我々の活動を継続するとの意思を伝えました。これは、もう一つの「見直しを求める奈良市民の会」の要望に続く、奈良市長の英断への励ましのメッセージになりました。

8/26奈良新聞によると、クリーンセンタ―策定委員会が94日に非公開の「準備会」形式で開かれ、仲川市長が「市主導」による建設を提案するという。

8/28奈良新聞。現工場周辺の住民らによる集会があり、市長の「東部断念」、「現地建て替えも含め検討する」とした発言に対し、「公害調停申請人の会」(吉田隆一会長)、弁護士らからは「約束反古」であり、「訴訟も視野に対応を諮る」ことを確認した、と。4日の準備会に向けた決起集会のようなものでした。

しかし、裁判をすれば第一に公害はあったのか、無かったのか、が問われることになります。また調停から12年も経っていて、市側からは全国の都市部の先例、とくに武蔵野市のクリーンセンターなどが例証として出されるでしょう。裁判の行方はいかに。

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