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2017年12月 6日 (水)

コスモス寺花だより   12・6

 

〇水仙:≪咲きはじめ≫

日本水仙、寒水仙。白一重咲、八重咲。

花期は12月~2月。数万本。

ちらほらと咲き出しました。

 

「水仙や 古鏡の如く 花をかかぐ」松本たかし

 

〇コスモス:≪終わり近し≫

日曜日(3日)に、ボランティア「美咲会」の例会活動で枯れたコスモスを一掃していただきました。おかげで観音石仏を飾るように咲いているコスモスの花が引き立ちました。この時期としてはたいへん珍しい花であり、葉も青々としていて秋の名残りを感じさせます。

「コスモスの 花群がりて はつきりと

       光をはじく つめたき日ぐれ」木下利玄

 

(初夏咲コスモス:6月~7月)

 

〇山茶花:≪咲きはじめ≫

〇いま境内で一番背の高い木、銀杏(いちょう)の黄葉がきれいです。

 

〔小林一茶の俳句〕

「合点(がてん)して 居ても寒いぞ 貧しいぞ」

訳:十分に承知していても寒いぞ貧しいぞ 

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈秋篠寺にて〉

「まばらなる たけのかなたの しろかべに

       しだれてあかき かきのみのかず」

(疎らなる竹の彼方の白壁に 枝垂れて赤き柿の実の数)

 

≪ニュース≫

 

◇御本尊文殊菩薩様は今月21日から1210日まで、山口県立美術館で開催中の『西大寺展』に出開帳されています。今月16日ご帰還の予定。

 

◇当寺の入口は「東口」に変わりました。従来の「西口」は閉鎖されています。東口は幹線道路の県道754号線に面しており、またバス停「般若寺」からも近いです(50mほど)。

旧京街道から来られる方は100メートル東の「東口」までお越しください。

 

◇参詣駐車場ご利用について:ご参詣の方の駐車は1時間まで無料。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》951

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の上

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『興正菩薩三百年忌舞楽曼荼羅供表白』

(こうしょうぼさつさんびゃくねんきぶがくまんだらくひょうはく)

 

 西大寺圓秀律師作

 

◆【伝聞当寺者称徳天皇之御願。行雅僧正之旧跡。粤叡尊上人者。依御遺告之金言。既絶再興三聚円満之戒法。開瑜伽論之真文。将則成就自誓受具之大願。是以忝得一天四海之大導師。濁世末代之生身仏之詔詞。】

 

〔伝え聞く、当寺は称徳天皇(しょうとくてんのう①)の御願にして行雅僧正(ぎょうがそうじょう②)の旧跡なり。粤(ここ)に叡尊上人は御遺告(ごゆいごう③)の金言(きんげん)に依り、すでに絶えたる三聚円満の戒法(さんじゅうえんまんのかいほう④)を再興し、瑜伽論の真文(ゆがろんのしんもん⑤)を開き、将に則ち自誓受具(じせいじゅぐ⑥)の大願を成就せんとす。是を以って、忝(かたじけな)くも一天四海の大導師(いってんしかいのだいどうし⑦)、濁世末代の生身仏(じょくせまつだいのしょうしんぶつ⑧)、の詔詞(しょうし⑨)を得る。〕

 

 =称徳天皇。孝謙天皇が重祚された御名。聖武天皇と光明皇后の間に生まれられた女帝。

 行雅僧上=不詳。

 御遺告=弘法大師の遺告。弟子たちに戒律を重視することを告げられた。

 三聚円満の戒法=摂律儀戒、摂善法界、摂衆生戒(饒益有情戒)の三種からなる菩薩戒。

 瑜伽師地論=瑜伽行唯識を説く論書。弥勒または世親の作とされる。この論の「菩薩地」には菩薩戒が説かれる。

 自誓受具=自誓して菩薩戒を受け、その上で摂律儀戒として「四分律」(具足戒)を別受すること。

 一天四海の大導師=天下、全世界の教導者。仏と同等の導師。

 濁世末代の生身仏=濁り汚れた人間の世、五濁悪世の末法の世における生き仏。

 詔詞=亀山法皇の院宣。後伏見天皇の綸旨に依る興正菩薩号勅諡の詞。

(つづく)

 

《古都奈良の文化遺産とそれを取り巻く環境を守るために》

奈良市クリーンセンター問題について、7月の市長選後の動き

 奈良市の連合自治会の現地視察:高の原地区にあるゴミ工場の老朽化を視察、大阪府下の最新設備を見学

 新たな候補地の公募:11月末までに、幹線道路(4車線)に面し、5ha程度の空き地を条件に候補地を募集した。結果はまだ公表されていないが、恐らく応募はなかったでしょう。あっても買収費用(100億近い巨額)で行き詰る。

 連合自治会による市民への説明会:1216日に市庁舎で市民に向けた説明会と意見聴取がある予定。参加は自由。

 公害調停を根拠に移転を求めた「調停申請人の会」、およびそれに基づく「策定委員会」の動きはありません。

委員会は自分たちの結論である「中ノ川、東鳴川への移転」が市長により否定されたのに、なんら対抗手段をとっていないのが不思議です。過去11年にわたり、57回もの会議を開いた意味は何だったのか、また市議会は税金を使っての会議費用のむだ使いについて議論すべきです。


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