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2018年2月23日 (金)

コスモス寺花だより   2・23

 

〔いま咲いている花〕

〇水仙:≪花の盛りはこえました≫

種類:日本水仙、寒水仙。

白一重咲、白八重咲。

本数:数万本

花期:12月~2月下旬

冬枯れの庭に、清楚な白い花が咲き、

西国三十三所観音石像の足下には

水仙の花と香がお供えされています。

 

「方丈は まだ水仙や うめの花」鈴木道彦

 

〇蠟梅(ろうばい):≪見ごろ≫

〇福寿草:≪見ごろ≫

〇山茶花:≪見ごろ≫

〇白梅:≪咲きはじめ≫

 

〔四季の花暦〕

・春:山吹(4月中旬~下旬)

・夏:初夏咲きコスモス(6月上旬~7月上旬)

   紫陽花(6月上旬~6月下旬)

・秋:コスモス(9月中旬~11月上旬)

・冬:水仙(12月上旬~2月上旬)

 

その他、山茱萸、梅、蠟梅、侘助、桜、椿、紫雲蘭、射干、金鳳花、真弓木、樒、梅花空木、烏瓜、唐種小賀玉木、枇杷、定家葛、酔葛、黄菖蒲、山紫陽花、未草、百日紅、秋海棠等が咲いて四季を彩ります。

 

〔小林一茶の俳句〕

「梅さくに 鍋ずみとれぬ 皺手哉」

訳:梅が咲く季節なのに、相変わらず鍋の墨がとれないままの皺の手よ。

 

〔秋艸道人会津八一歌集『鹿鳴集』。奈良愛惜の名歌〕

〈奈良坂にて〉

「ならさかの いしのほとけの おとかひに

       こさめなかるる はるはきにけり」

(奈良坂の石の仏の頤に 小雨流るる春は来にけり)

 

≪ニュース≫

◇参詣入口の変更:当寺の入口は、昨年8月までは旧道(京街道)に面して開かれた北門(裏口)でしたが、9月より県道754号線に面した東参道「東口」を入って、かつての中大門跡近くの「南入口」に変わりました。なお、駐車場の場内安全管理のため従来の「西口」は閉鎖されています。旧道より来られた場合、ご足労ですが「たねや」さんの角を東へ曲がり、100メートルあまりの「東口」へお越しください。バス停「般若寺」からはまっすぐ北へ50mです。

 

◇参詣駐車場ご利用について:ご参詣の方の駐車は1時間まで無料。

 

《真言律宗の祖、叡尊(えいそん)興正菩薩一代記を読む》979

『西大勅謚興正菩薩行実年譜附録』巻の下

(さいだいちょくしこうしょうぼさつぎょうじつねんぷふろく)

如意輪精舎後裔苾芻慈光 編録

『京師報恩教寺佛牙舎利縁起』

(けいしほうおんきょうじぶつげしゃりえんぎ)

 

*報恩教寺は現在、京都市上京区小川町寺之内下射場五七九にある浄土宗知恩院末「報恩寺」として由緒を残します。明応三年(一四九四)、慶誉明泉(?―一五二一)によって開創され、元は一条の地、御所の東北に位置していましたが、再三移転を余儀なくされ、天正十三年(一五八五)に現在地に移っています。

 

◆【第一生。生斉朝。名僧護。住越州剡溪石城山隠嶽寺。遂発願鐫弥勒石像高一百尺。至今見存。年一百二十歳而終。広有名行。具如僧伝。〈朱「高僧伝十三十一紙」〉】

 

〔第一生は斉(せい①)朝に生まれる。名は僧護(そうご②)、越州(えつしゅう③)剡溪(せんけい)石城山隠嶽寺(せきじょうざんいんがくじ)に住す。遂に発願して弥勒石像高一百尺を鐫(ほ)る。今に至るも見存(けんぞん④)せり。年一百二十歳にして終える。広く有名なる行は、具(つぶさ)には僧伝の如し。〈朱「高僧伝十三十一紙」(⑤)〉〕

 

① 斉=南斉。中国、南北朝時代の南朝の王朝(四七九~五〇二)

② 僧護=高僧伝によれば、「本会稽人。少出家。便剋意常苦節戒行厳浄。後居石城山隠嶽寺。」

③ 越州=越州は中国、浙江省の別称。

④ 見存=現存。

⑤ 高僧伝=『梁高僧伝』

(つづく)

 

《古都奈良の宗教的文化遺産とそれを取り巻く環境を守るために》

 

古都奈良は1300年の歴史と仏教伝来以来の宗教的、文化的伝統があります。仏教という宗教文化抜きには奈良の歴史は語れません。しかし長い歴史の中では人間の無知と欲望のため貴重な文化遺産が壊されてきました。現在を生きる私たちには、先祖から受け継いだ人類の宝としての宗教的文化遺産を未来へつなぐ責任があります。日本の文化遺産は世界に誇れる高度な精神文化のあかしです。古きよきものを大切にしましょう。

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