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2025年1月

2025年1月31日 (金)

コスモス寺花だより

1・31

〇スイセン(水仙):≪見ごろ≫

「水仙を小町が哥の姿かな」十丈(じゅうじょう、竹内氏、?―1723、越中の人)
「水仙や誰がおもざしを忍ぶべき」荊口(けいこう、宮崎氏、?―1725、美濃大垣藩士、蕉門)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇ロウバイ(蠟梅):≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪満開≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫
妙蓮寺椿が咲き出しています。侘助椿はまだです。
〇ウメ(梅):≪つぼみ≫
〇フクジュソウ(福寿草):≪つぼみ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。


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2025年1月30日 (木)

コスモス寺花だより

1・30

〇スイセン(水仙):≪見ごろ≫

「水仙や誰がおもざしを忍ぶべき」荊口(けいこう、宮崎氏、?―1725、美濃大垣藩士、蕉門)
「水仙や江戸の辰巳のかぢけ坊」小林一茶(こばやしいっさ、1763-1827、信濃の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇ロウバイ(蠟梅):≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪満開≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫
妙蓮寺椿が咲き出しています。侘助椿はまだです。

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月29日 (水)

コスモス寺花だより

1・29

〇スイセン(水仙):≪見ごろ≫

「水仙や江戸の辰巳のかぢけ坊」小林一茶(こばやしいっさ、1763-1827、信濃の人)
「水仙やうき世小路の玉すだれ」暁台(きょうたい、加藤氏、1732-1792、名古屋の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇ロウバイ(蠟梅):≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪満開≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫
妙蓮寺椿が咲き出しています。侘助椿はまだです。

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。


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2025年1月28日 (火)

コスモス寺花だより

1・28

〇スイセン(水仙):≪見ごろ≫

「水仙やうき世小路の玉すだれ」暁台(きょうたい、加藤氏、1732-1792、名古屋の人)
「水仙の霜やあみだの爪はじき」露川(ろせん、沢氏、1661-1743、伊賀の人、蕉門)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇ロウバイ(蠟梅):≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪満開≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫
妙蓮寺椿が咲き出しています。侘助椿はまだです。

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月26日 (日)

コスモス寺花だより

1・26

〇スイセン(水仙):≪見ごろ≫

「水仙の霜やあみだの爪はじき」露川(ろせん、沢氏、1661-1743、伊賀の人、蕉門)
「水仙の台(うてな)に三世のほとけ哉」吾仲(ごちゅう、渡辺氏、1673-1733、京の仏画師)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇ロウバイ(蠟梅):≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪満開≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫
妙蓮寺椿が咲き出しています。侘助椿はまだです。

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月25日 (土)

コスモス寺花だより

1・25

〇スイセン(水仙):≪見ごろ≫

「水仙の台(うてな)に三世のほとけ哉」吾仲(ごちゅう、渡辺氏、1673-1733、京の仏画師)
「水仙の世を見済して咲にけり」三宅嘯山(みやけしょうざん、1718-1801、京都の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇ロウバイ(蠟梅):≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪満開≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫
妙蓮寺椿が咲き出しています。侘助椿はまだです。

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月24日 (金)

コスモス寺花だより

1・24

〇スイセン(水仙):≪見ごろ≫

「水仙の世を見済して咲にけり」三宅嘯山(みやけしょうざん、1718-1801、京都の人)
「水仙や筒の工夫に日のくるる」成田蒼虬(なりたそうきゅう、1761-1842、金沢の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇ロウバイ(蠟梅):≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪満開≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫
妙蓮寺椿が咲き出しています。侘助椿はまだです。

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。


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2025年1月23日 (木)

コスモス寺花だより

1・23

〇スイセン(水仙):≪見ごろ近づく≫

「水仙や筒の工夫に日のくるる」成田蒼虬(なりたそうきゅう、1761-1842、金沢の人)
「水仙やものにさはらぬ身のひねり」乙由(おつゆう、中川氏、1675-1739、伊勢の人、蕉門)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月22日 (水)

コスモス寺花だより

1・22

〇スイセン(水仙):≪見ごろ近づく≫

「水仙やものにさはらぬ身のひねり」乙由(おつゆう、中川氏、1675-1739、伊勢の人、蕉門)
「水仙は名さへつめたう覚えけり」千代尼(1703-1775、加賀の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。


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2025年1月21日 (火)

コスモス寺花だより

1・21

〇スイセン(水仙):≪見ごろ近づく≫

「水仙は名さへつめたう覚えけり」千代尼(1703-1775、加賀の人)
「水仙や花好な子の手もつけず」田川鳳朗(たがわほうろう、1762-1845、熊本の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月20日 (月)

コスモス寺花だより

1・20

〇スイセン(水仙):≪見ごろ近づく≫
今年の花は昨年の気候異変の影響からか開花が遅れ、花数も少なめです。
でもようやく日当たりのよい場所では見ごろとなってきました。

「水仙や花好な子の手もつけず」田川鳳朗(たがわほうろう、1762-1845、熊本の人)
「水仙やもとより脛は雪の肌」素丸(そまる、溝口氏、1713-1795、幕臣書院番)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月19日 (日)

コスモス寺花だより

1・19

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙やもとより脛は雪の肌」素丸(そまる、溝口氏、1713-1795、幕臣書院番)
「是非さけと云るる顔や水仙花」露川(ろせん、沢氏、1661-1743、伊賀上野生、蕉門)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月18日 (土)

コスモス寺花だより

1・18

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「是非さけと云るる顔や水仙花」露川(ろせん、沢氏、1661-1743、伊賀上野生、蕉門)
「水仙ににつかぬ客や恵美須講」風国(ふうこく、伊藤氏、?-1701、京都の人、蕉門)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。


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2025年1月17日 (金)

コスモス寺花だより

1・17

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙ににつかぬ客や恵美須講」風国(ふうこく、伊藤氏、?-1701、京都の人、蕉門)
「水仙になを分行やほし月夜」其角(きかく、宝井氏、1661-1707、江戸の人、膳所藩御殿医、蕉門十哲)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月15日 (水)

コスモス寺花だより

1・15

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「きくほどにないが費の水仙花」成田蒼虬(なりたそうきゅう、1761-1842、金沢の人)
「水仙の寒きかぎりを咲にけり」田川鳳朗(たがわほうろう、1762-1845、熊本の人、天保三大家の一人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月14日 (火)

コスモス寺花だより

1・14

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙の寒きかぎりを咲にけり」田川鳳朗(たがわほうろう、1762-1845、熊本の人、天保三大家の一人)
「水仙の花の高さの日かげ哉」智月尼(川井姓、山城の人、元禄四俳女の一人、蕉門)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。


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2025年1月13日 (月)

コスモス寺花だより

1・13

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙の花の高さの日かげ哉」智月尼(川井姓、山城の人、元禄四俳女の一人、蕉門)
「水仙にあの火はゆかし障子越」支考(各務氏、1665-1731,美濃の人、蕉門十哲)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月12日 (日)

コスモス寺花だより

1・12

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙にあの火はゆかし障子越」支考(各務氏、1665-1731,美濃の人、蕉門十哲)
「むらさきの雪を待ばや水仙花」乙由(おつゆう、中川氏、1675-1739、伊勢の富商、蕉門)
「水仙に尤(もっとも)つけるさむさかな」長野野紅(やこう、1660-1741、豊後の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月11日 (土)

コスモス寺花だより

1・11

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「むらさきの雪を待ばや水仙花」乙由(おつゆう、中川氏、1675-1739、伊勢の富商、蕉門)
「水仙に尤(もっとも)つけるさむさかな」長野野紅(やこう、1660-1741、豊後の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇マユミ(檀、真弓)の実:葉は落ちたのに花のような赤い実が冬の景色に色どりを添えています。

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。


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2025年1月10日 (金)

コスモス寺花だより

1・10

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙に尤(もっとも)つけるさむさかな」長野野紅(やこう、1660-1741、豊後の人)
「おもひ出すたぐひやはやき水仙花」舎羅(榎並氏、江戸中期、大坂生れ、蕉門)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇マユミ(檀、真弓)の実:葉は落ちたのに花のような赤い実が冬の景色に色どりを添えています。

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月 9日 (木)

コスモス寺花だより

1・9

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「おもひ出すたぐひやはやき水仙花」舎羅(榎並氏、江戸中期、大坂生れ、蕉門)
「水仙に来るものひとへとしの明」服部土芳(どほう、1657-1730、伊賀藩士、蕉門、蓑虫庵創始)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇マユミ(檀、真弓)の実:葉は落ちたのに花のような赤い実が冬の景色に色どりを添えています。

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月 8日 (水)

コスモス寺花だより

1・8

水仙の名所として知られる越前海岸の花情報によると、今年の開花状況は3週間遅れているとのこと。
当寺の花の状態もよく似た感じで、見ごろは今月後半から2月になると思います。

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙に来るものひとへとしの明」服部土芳(どほう、1657-1730、伊賀藩士、蕉門、蓑虫庵創始)
「水仙に口髭さはるほとけかな」三浦樗良(ちょら、1729-1780、鳥羽の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇マユミ(檀、真弓)の実:葉は落ちたのに花のような赤い実が冬の景色に色どりを添えています。

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。


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2025年1月 7日 (火)

コスモス寺花だより

1・7

水仙の名所として知られる越前海岸の花情報によると、今年の開花状況は3週間遅れているとのこと。
当寺の花の状態もよく似た感じですので、見ごろは今月後半から2月になると思います。

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙に口髭さはるほとけかな」三浦樗良(ちょら、1729-1780、鳥羽の人)
「水仙のこころは水に咲合点」各務支考(かがみしこう、1665-1731、美濃の人、蕉門十哲)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月後半~2月末

〇マユミ(檀、真弓)の実:葉は落ちたのに花のような赤い実が冬の景色に色どりを添えています。

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪見ごろ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月 6日 (月)

コスモス寺花だより

こ1・6
今日は一日雨のようです。久しぶりの雨なので全てに潤いをもたらしてくれます。

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙のこころは水に咲合点」各務支考(かがみしこう、1665-1731、美濃の人、蕉門十哲)
「水仙にあたる朝日の廻りかな」長野野紅(やこう、1660-1741、豊後の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月~2月

〇マユミ(檀、真弓)の実:葉は落ちたのに花のような赤い実が冬の景色に色どりを添えています。

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪咲きはじめ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。


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2025年1月 5日 (日)

コスモス寺花だより

1・5

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙にあたる朝日の廻りかな」長野野紅(やこう、1660-1741、豊後の人)
「行燈とれ水仙に月うけて見ん」三宅嘯山(しょうざん、文人、1718-1801、京都の人)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月~2月

〇マユミ(檀、真弓)の実:葉は落ちたのに花のような赤い実が冬の景色に色どりを添えています。

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪咲きはじめ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月 4日 (土)

コスモス寺花だより

1・4

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「行燈とれ水仙に月うけて見ん」三宅嘯山(しょうざん、文人、1718-1801、京都の人)
「縁壁やわれて日のもる水仙花」菅沼曲翠(きょくすい、1659-1717、膳所藩士、蕉門)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月~2月

〇マユミ(檀、真弓)の実:葉は落ちたのに花のような赤い実が冬の景色に色どりを添えています。

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪咲きはじめ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。

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2025年1月 3日 (金)

コスモス寺花だより

1・3

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「縁壁やわれて日のもる水仙花」菅沼曲翠(きょくすい、1659-1717、膳所藩士、蕉門)
「此こころ一すじやさし水仙花」岩田凉菟(りょうと、1659-1717、伊勢の神官、蕉門)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月~2月

〇マユミ(檀、真弓)の実:葉は落ちたのに花のような赤い実が冬の景色に色どりを添えています。

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪咲きはじめ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。これから冬になればゆっくり調べられますので、おいおいご紹介していきます。


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2025年1月 2日 (木)

コスモス寺花だより

1・2
朝晩は少し冷え込みますが、日中は晴れて温かいお天気が続き,
今日も穏やかなお正月になりそうです。

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「此こころ一すじやさし水仙花」岩田凉菟(りょうと、1659-1717、伊勢の神官、蕉門)
「水仙の花たてまつる仏かな」各務支考(かがみしこう、1665-1731、美濃の人、蕉門十哲)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月~2月

〇チョコレートコスモス:≪見ごろ≫
花の色、香りがチョコレートに似ている不思議なコスモス。

〇マユミ(檀、真弓)の実:

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪咲きはじめ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。これから冬になればゆっくり調べられますので、おいおいご紹介していきます。

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2025年1月 1日 (水)

コスモス寺花だより

1・1

明けましておめでとうございます。
本年もよろしく。

〇スイセン(水仙):≪咲きはじめ≫

「水仙の花たてまつる仏かな」各務支考(かがみしこう、1665-1731、美濃の人、蕉門十哲)

・種類:一重咲の寒水仙と複弁咲のチャフルネス。
水仙は白一色ですが辺りに芳香を漂わせます。
・花期:1月~2月

〇チョコレートコスモス:≪見ごろ≫
花の色、香りがチョコレートに似ている不思議なコスモス。

〇マユミ(檀、真弓)の実:

〇チャ(茶)の花:≪見ごろ≫
〇サザンカ(山茶花);≪咲きはじめ≫
〇寒椿;≪咲きはじめ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:初夏のコスモス・紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆11/11より「アジサイ花期」(5月下旬~6月末)までは「平常期拝観料」(大人500円)となります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話がいっぱいあります。これから冬になればゆっくり調べられますので、おいおいご紹介していきます。

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