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2025年7月

2025年7月31日 (木)

コスモス寺花だより

7・31

〔コスモスの生育状況〕

・花期:9月~11月
・種類と本数:15種類15万本

昨日は今までにない暑い日でした。
兵庫県で41,2度と新記録が出たようです。奈良でも39度と空気が熱かったです。
この暑さの中でもコスモスは順調に育ち50㎝くらいになってきました。元来、暑さや乾燥に強い花なんですね。
明日からは八月、お盆の月です。

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・コスモス花期=9月~11月

・アジサイ花期=6月

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。

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2025年7月28日 (月)

コスモス寺花だより

7・28

〔コスモスの生育状況〕

・花期:9月~11月
・種類と本数:15種類15万本

コスモスは種をまいて3か月たつと開花します。咲かせたい時期を設定して3か月前に種をまけばよいのですが、最近の猛暑の下では発芽しにくいです。
当寺では6月初めから一か月かけて苗床プランター600鉢に種をまき、一か月後に大きくなった苗を境内の花壇に植え付けています。早咲き品種を前列に、秋咲き品種を後列に配置しておき、早く咲いた花は途中で整理し新しい苗を補植します。そのため今現在、500鉢のプランターに新苗を育てています。こうすると9月から11月までの長期間花を咲かせられます。
秋のコスモスにとって台風が大敵です。どんなにきれいに咲いていても、台風が直撃したら一夜にして目も当てられない状態になります。
当山では50年以上の歴史の中で試行錯誤しながら台風でも倒れない方法を見つけました。その対策法をまた後日お知らせいたします。

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・コスモス花期=9月~11月

・アジサイ花期=6月

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。


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2025年7月27日 (日)

コスモス寺花だより

7・27

〔コスモスの生育状況〕

・花期:9月~11月
・種類と本数:15種類15万本

昔から夕立三日と言いますが、奈良では連日の雨で朝晩はひんやりと涼しくなり秋の気配を感じられます。
草花は自然環境の変化に敏感で、コスモスはぐんぐん背丈を伸ばし、50㎝近くなってきました。
コスモスは咲く時期で分けると、「早咲き品種」と「秋咲き品種」があります。
9月に咲く早咲き種は、センセーション、サイケ、シーシェル、ピコティなど。
10月に咲くのは秋咲巨大輪、イエローガーデン、イエローキャンパス、オレンジキャンパスなどです。
今年は種まきを1ヶ月早めているので花は、9月から見ごろになると思います。
〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。8月の後半になれば分かるかと思います。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。

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2025年7月24日 (木)

コスモス寺花だより

7・24

〔コスモスの生育状況〕

・花期:9月~11月
・種類と本数:15種類15万本

苗の植え付けはほぼ完成しました。草丈はまだ30㎝センチくらいですが、9月半ばには人の背丈ほどに成長し、花が咲きだします。猛暑にもめげずに成長してます。
今年のコスモスは早咲き品種の比率を高くしていますので9月半ばには見頃を迎えます。
秋咲き品種は10月に入ってから咲き出します。
〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。8月の後半になれば分かるかと思います。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。

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2025年7月21日 (月)

コスモス寺花だより

7・21

〔コスモスの生育状況〕

・花期:9月~11月
・種類と本数:15種類15万本

苗の植え付けはほぼ完成しました。草丈はまだ30㎝センチくらいですが、9月半ばには人の背丈ほどに成長し、花が咲きだします。

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。8月の後半になれば分かるかと思います。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。


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2025年7月20日 (日)

コスモス寺花だより

7・20

〔コスモスの生育状況〕

今年も15種類15万本の苗を育てています。
苗の植え付けはほぼ完成しました。草丈はまだ20㎝センチくらいですが、9月半ばには人の背丈ほどに成長し、花が咲いてくるとおもいます。
・花期:9月~11月
・種類と本数:15種類15万本

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。8月の後半になれば分かるかと思います。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。

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2025年7月19日 (土)

コスモス寺花だより

7・19

コスモスの苗植え付けは9割がた出来上がりました。
今年は6月に種まきをしたので9月半ばから咲き出すと思います。

「コスモス寺由来記」  
              2025・7・7改訂
 古都奈良の般若寺は飛鳥時代創建の古い歴史を持ち、
国宝・重要文化財など多くの古文化財を今に伝えている古刹です。

 寺名の起こりは奈良時代、聖武天皇が平城京の鬼門鎮護として奉納された『大般若経』にあります。「般若」はインドの言葉(梵語)である「プラジュニャー」、「パンニャー」が音写されたもので、仏様が悟りを得られた際に生じた智恵、仏智を意味します。
 室町時代、奈良で始まったお能の面「般若」が作られたことから、鬼女の面を想像される方も多いとおもいますが、本来は仏様の智恵のことです。
それゆえ、般若寺は智恵の寺として学問寺の伝統を守ってきました。

この歴史と由緒ある般若寺が、現代的な「コスモス寺」と呼ばれるようになった由来は、今から50数年前にさかのぼります。
 先代住職が春の法要「文殊会式」を彩るため、「山吹」の苗を育てていたところ、庭の片隅にあったコスモスが自然と広がり、秋には花の群落となって咲き出しました。
以来、年々花数が増え今では15種類15万本の花園となります。 まるで仏様のお心に導かれるようにコスモスの花が咲きだしたと言えます。
また今は、ボランティアグループ「美咲会」のご奉仕に依り、花のお世話をして頂き、美しく咲かせていただいております。

明治の廃仏毀釈の嵐以来さびれていた般若寺は伽藍の復興もすすみ、誰言うともなく「コスモス寺」の愛称で呼ばれるようになりました。
ギリシャ語の「コスモス」と言う言葉には、「宇宙」「調和」「美しいもの」と言う意味があり、仏教でいう仏が遍満し調和のとれた世界、「曼荼羅」と共通するものがあります。
般若寺の古びたお堂、石塔、石仏のモノトーンな景色と赤白ピンク、黄色のカラフルな花の色彩がうまく調和し、一幅の絵を見るようだと愛好されています。

《花の見ごろ》  9月~11月

日本最古のコスモス名所
花と仏の浄刹
  般若寺

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。8月の後半になれば分かるかと思います。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。


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2025年7月18日 (金)

コスモス寺花だより

7・18

昨日は久しぶりの雨でした。
雨の中をコスモス苗の植え付けをしましたが、仕事が捗りほぼ9割程度の移植が出来たので一安心でした。
苗は皆すくすくとそだっており、予定通り9月開花が実現できそうです。
去年の1か月遅れの失敗に学び、種蒔きを早めたのが今のところうまくいっているようです。

般若寺がコスモス寺と呼ばれるようになった由来をご案内いたします。

「コスモス寺由来記」  
              2025・7・7改訂
 古都奈良の般若寺は飛鳥時代創建の古い歴史を持ち、
国宝・重要文化財など多くの古文化財を今に伝えている古刹です。

 寺名の起こりは奈良時代、聖武天皇が平城京の鬼門鎮護として奉納された『大般若経』にあります。「般若」はインドの言葉(梵語)である「プラジュニャー」、「パンニャー」が音写されたもので、仏様が悟りを得られた際に生じた智恵、仏智を意味します。
 室町時代、奈良で始まったお能の面「般若」が作られたことから、鬼女の面を想像される方も多いとおもいますが、本来は仏様の智恵のことです。
それゆえ、般若寺は智恵の寺として学問寺の伝統を守ってきました。

この歴史と由緒ある般若寺が、現代的な「コスモス寺」と呼ばれるようになった由来は、今から50数年前にさかのぼります。
 先代住職が春の法要「文殊会式」を彩るため、「山吹」の苗を育てていたところ、庭の片隅にあったコスモスが自然と広がり、秋には花の群落となって咲き出しました。
以来、年々花数が増え今では15種類15万本の花園となります。 まるで仏様のお心に導かれるようにコスモスの花が咲きだしたと言えます。
また今は、ボランティアグループ「美咲会」のご奉仕に依り、花のお世話をして頂き、美しく咲かせていただいております。

明治の廃仏毀釈の嵐以来さびれていた般若寺は伽藍の復興もすすみ、誰言うともなく「コスモス寺」の愛称で呼ばれるようになりました。
ギリシャ語の「コスモス」と言う言葉には、「宇宙」「調和」「美しいもの」と言う意味があり、仏教でいう仏が遍満し調和のとれた世界、「曼荼羅」と共通するものがあります。
般若寺の古びたお堂、石塔、石仏のモノトーンな景色と赤白ピンク、黄色のカラフルな花の色彩がうまく調和し、一幅の絵を見るようだと愛好されています。

《花の見ごろ》  9月~11月

日本最古のコスモス名所
花と仏の浄刹
  般若寺

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。9月になれば決められるかと思いますが。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。

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2025年7月16日 (水)

コスモス寺花だより

7・16

般若寺がコスモス寺と呼ばれるようになった由来をご案内いたします。

「コスモス寺由来記」  
              2025・7・7改訂
 古都奈良の般若寺は飛鳥時代創建の古い歴史を持ち、
国宝・重要文化財など多くの古文化財を今に伝えている古刹です。

 寺名の起こりは奈良時代、聖武天皇が平城京の鬼門鎮護として奉納された『大般若経』にあります。「般若」はインドの言葉(梵語)である「プラジュニャー」、「パンニャー」が音写されたもので、仏様が悟りを得られた際に生じた智恵、仏智を意味します。
 室町時代、奈良で始まったお能の面「般若」が作られたことから、鬼女の面を想像される方も多いとおもいますが、本来は仏様の智恵のことです。
それゆえ、般若寺は智恵の寺として学問寺の伝統を守ってきました。

この歴史と由緒ある般若寺が、現代的な「コスモス寺」と呼ばれるようになった由来は、今から50数年前にさかのぼります。
 先代住職が春の法要「文殊会式」を彩るため、「山吹」の苗を育てていたところ、庭の片隅にあったコスモスが自然と広がり、秋には花の群落となって咲き出しました。
以来、年々花数が増え今では15種類15万本の花園となります。 まるで仏様のお心に導かれるようにコスモスの花が咲きだしたと言えます。
また今は、ボランティアグループ「美咲会」のご奉仕に依り、花のお世話をして頂き、美しく咲かせていただいております。

明治の廃仏毀釈の嵐以来さびれていた般若寺は伽藍の復興もすすみ、誰言うともなく「コスモス寺」の愛称で呼ばれるようになりました。
ギリシャ語の「コスモス」と言う言葉には、「宇宙」「調和」「美しいもの」と言う意味があり、仏教でいう仏が遍満し調和のとれた世界、「曼荼羅」と共通するものがあります。
般若寺の古びたお堂、石塔、石仏のモノトーンな景色と赤白ピンク、黄色のカラフルな花の色彩がうまく調和し、一幅の絵を見るようだと愛好されています。

《花の見ごろ》  9月~11月

日本最古のコスモス名所
花と仏の浄刹
  般若寺

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。9月になれば決められるかと思いますが。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。

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2025年7月14日 (月)

コスモス寺花だより


7・14

般若寺がコスモス寺と呼ばれるようになった由来をご案内いたします。

「コスモス寺由来記」  
              2025・7・7改訂
 古都奈良の般若寺は飛鳥時代創建の古い歴史を持ち、
国宝・重要文化財など多くの古文化財を今に伝えている古刹です。

 寺名の起こりは奈良時代、聖武天皇が平城京の鬼門鎮護として奉納された『大般若経』にあります。「般若」はインドの言葉(梵語)である「プラジュニャー」、「パンニャー」が音写されたもので、仏様が悟りを得られた際に生じた智恵、仏智を意味します。
 室町時代、奈良で始まったお能の面「般若」が作られたことから、鬼女の面を想像される方も多いとおもいますが、本来は仏様の智恵のことです。
それゆえ、般若寺は智恵の寺として学問寺の伝統を守ってきました。

この歴史と由緒ある般若寺が、現代的な「コスモス寺」と呼ばれるようになった由来は、今から50数年前にさかのぼります。
 先代住職が春の法要「文殊会式」を彩るため、「山吹」の苗を育てていたところ、庭の片隅にあったコスモスが自然と広がり、秋には花の群落となって咲き出しました。
以来、年々花数が増え今では15種類15万本の花園となります。 まるで仏様のお心に導かれるようにコスモスの花が咲きだしたと言えます。
また今は、ボランティアグループ「美咲会」のご奉仕に依り、花のお世話をして頂き、美しく咲かせていただいております。

明治の廃仏毀釈の嵐以来さびれていた般若寺は伽藍の復興もすすみ、誰言うともなく「コスモス寺」の愛称で呼ばれるようになりました。
ギリシャ語の「コスモス」と言う言葉には、「宇宙」「調和」「美しいもの」と言う意味があり、仏教でいう仏が遍満し調和のとれた世界、「曼荼羅」と共通するものがあります。
般若寺の古びたお堂、石塔、石仏のモノトーンな景色と赤白ピンク、黄色のカラフルな花の色彩がうまく調和し、一幅の絵を見るようだと愛好されています。

《花の見ごろ》  9月~11月

日本最古のコスモス名所
花と仏の浄刹
  般若寺

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。9月になれば決められるかと思いますが。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。

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2025年7月12日 (土)

コスモス寺花だより

7・12

今秋のコスモスがいつごろ咲くのか早く知りたいところですが、苗を植え付けているものから見ると、今年は去年に比べて1か月早く育てているので、遅くとも9月中頃から開花するのではと思われます。まだ確かなことは分かりませんが。

般若寺がコスモス寺と呼ばれるようになった由来をご案内いたします。

「コスモス寺由来記」  
              2025・7・7改訂
 古都奈良の般若寺は飛鳥時代創建の古い歴史を持ち、
国宝・重要文化財など多くの古文化財を今に伝えている古刹です。

 寺名の起こりは奈良時代、聖武天皇が平城京の鬼門鎮護として奉納された『大般若経』にあります。「般若」はインドの言葉(梵語)である「プラジュニャー」、「パンニャー」が音写されたもので、仏様が悟りを得られた際に生じた智恵、仏智を意味します。
 室町時代、奈良で始まったお能の面「般若」が作られたことから、鬼女の面を想像される方も多いとおもいますが、本来は仏様の智恵のことです。
それゆえ、般若寺は智恵の寺として学問寺の伝統を守ってきました。

この歴史と由緒ある般若寺が、現代的な「コスモス寺」と呼ばれるようになった由来は、今から50数年前にさかのぼります。
 先代住職が春の法要「文殊会式」を彩るため、「山吹」の苗を育てていたところ、庭の片隅にあったコスモスが自然と広がり、秋には花の群落となって咲き出しました。
以来、年々花数が増え今では15種類15万本の花園となります。 まるで仏様のお心に導かれるようにコスモスの花が咲きだしたと言えます。
また今は、ボランティアグループ「美咲会」のご奉仕に依り、花のお世話をして頂き、美しく咲かせていただいております。

明治の廃仏毀釈の嵐以来さびれていた般若寺は伽藍の復興もすすみ、誰言うともなく「コスモス寺」の愛称で呼ばれるようになりました。
ギリシャ語の「コスモス」と言う言葉には、「宇宙」「調和」「美しいもの」と言う意味があり、仏教でいう仏が遍満し調和のとれた世界、「曼荼羅」と共通するものがあります。
般若寺の古びたお堂、石塔、石仏のモノトーンな景色と赤白ピンク、黄色のカラフルな花の色彩がうまく調和し、一幅の絵を見るようだと愛好されています。

《花の見ごろ》  9月~11月

日本最古のコスモス名所
花と仏の浄刹
  般若寺

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。9月になれば決められるかと思いますが。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。


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2025年7月10日 (木)

コスモス寺花だより

7・10

般若寺がコスモス寺と呼ばれるようになった由来をご案内いたします。

「コスモス寺由来記」  
              2025・7・7改訂
 古都奈良の般若寺は飛鳥時代創建の古い歴史を持ち、
国宝・重要文化財など多くの古文化財を今に伝えている古刹です。

 寺名の起こりは奈良時代、聖武天皇が平城京の鬼門鎮護として奉納された『大般若経』にあります。「般若」はインドの言葉(梵語)である「プラジュニャー」、「パンニャー」が音写されたもので、仏様が悟りを得られた際に生じた智恵、仏智を意味します。
 室町時代、奈良で始まったお能の面「般若」が作られたことから、鬼女の面を想像される方も多いとおもいますが、本来は仏様の智恵のことです。
それゆえ、般若寺は智恵の寺として学問寺の伝統を守ってきました。

この歴史と由緒ある般若寺が、現代的な「コスモス寺」と呼ばれるようになった由来は、今から50数年前にさかのぼります。
 先代住職が春の法要「文殊会式」を彩るため、「山吹」の苗を育てていたところ、庭の片隅にあったコスモスが自然と広がり、秋には花の群落となって咲き出しました。
以来、年々花数が増え今では15種類15万本の花園となります。 まるで仏様のお心に導かれるようにコスモスの花が咲きだしたと言えます。
また今は、ボランティアグループ「美咲会」のご奉仕に依り、花のお世話をして頂き、美しく咲かせていただいております。

明治の廃仏毀釈の嵐以来さびれていた般若寺は伽藍の復興もすすみ、誰言うともなく「コスモス寺」の愛称で呼ばれるようになりました。
ギリシャ語の「コスモス」と言う言葉には、「宇宙」「調和」「美しいもの」と言う意味があり、仏教でいう仏が遍満し調和のとれた世界、「曼荼羅」と共通するものがあります。
般若寺の古びたお堂、石塔、石仏のモノトーンな景色と赤白ピンク、黄色のカラフルな花の色彩がうまく調和し、一幅の絵を見るようだと愛好されています。

《花の見ごろ》  9月~11月

日本最古のコスモス名所
花と仏の浄刹
  般若寺

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。9月になれば決められるかと思いますが。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、

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2025年7月 7日 (月)

コスモス寺花だより

7・7

般若寺がコスモス寺と呼ばれるようになった由来をご案内いたします。

「コスモス寺由来記」  
              2025・7・7改訂
 古都奈良の般若寺は飛鳥時代創建の古い歴史を持ち、
国宝・重要文化財など多くの古文化財を今に伝えている古刹です。

 寺名の起こりは奈良時代、聖武天皇が平城京の鬼門鎮護として奉納された『大般若経』にあります。「般若」はインドの言葉(梵語)である「プラジュニャー」、「パンニャー」が音写されたもので、仏様が悟りを得られた際に生じた智恵、仏智を意味します。
 室町時代、奈良で始まったお能の面「般若」が作られたことから、鬼女の面を想像される方も多いとおもいますが、本来は仏様の智恵のことです。
それゆえ、般若寺は智恵の寺として学問寺の伝統を守ってきました。

この歴史と由緒ある般若寺が、現代的な「コスモス寺」と呼ばれるようになった由来は、今から50数年前にさかのぼります。
 先代住職が春の法要「文殊会式」を彩るため、「山吹」の苗を育てていたところ、庭の片隅にあったコスモスが自然と広がり、秋には花の群落となって咲き出しました。
以来、年々花数が増え今では15種類15万本の花園となります。 まるで仏様のお心に導かれるようにコスモスの花が咲きだしたと言えます。
また今は、ボランティアグループ「美咲会」のご奉仕に依り、花のお世話をして頂き、美しく咲かせていただいております。

明治の廃仏毀釈の嵐以来さびれていた般若寺は伽藍の復興もすすみ、誰言うともなく「コスモス寺」の愛称で呼ばれるようになりました。
ギリシャ語の「コスモス」と言う言葉には、「宇宙」「調和」「美しいもの」と言う意味があり、仏教でいう仏が遍満し調和のとれた世界、「曼荼羅」と共通するものがあります。
般若寺の古びたお堂、石塔、石仏のモノトーンな景色と赤白ピンク、黄色のカラフルな花の色彩がうまく調和し、一幅の絵を見るようだと愛好されています。

《花の見ごろ》  9月~11月

日本最古のコスモス名所
花と仏の浄刹
  般若寺

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。9月になれば決められるかと思いますが。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。

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2025年7月 3日 (木)

コスモス寺花だより

7・3

〇コスモス
(9月下旬~11月上旬)
今年のコスモスの種類一覧表を作りました。

般若寺 2025 秋咲きコスモスの種類
2025・7・1作成
15種類 15万本を育成しています
① 秋咲き巨大輪
② センセーション
③ ピコティ
④ シーシェル
⑤ サイケ
⑥ ベルサイユ
⑦ ソナタ・プレミアムミックス
⑧ スウィート・シックスティーン
⑨ カップケーキ・ブラッシュ
⑩ ダブルクリック・ローズボンボン
⑪ イエロー・ガーデン
⑫ イエロー・キャンパス
⑬ オレンジ・キャンパス
⑭ アプリコット・レモネード
⑮ サルフレアス(黄花コスモス)

〔今咲いている花〕
〇ヒツジグサ(未草):≪見ごろ≫
〇チョコレートコスモス:≪見ごろ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=10月1日~11月9日(日)
*コスモスの花期は夏の猛暑に影響され遅れる場合があります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。


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2025年7月 1日 (火)

コスモス寺花だより

7・1
七月、文月となりました。
紫陽花は6月の異例の暑さとともに終わりました。
これからの三か月は秋のコスモスを育てる期間になります。
苗は充分に育っているので早く境内の花壇へ植えてやらなければなりません。
人も花も猛暑とどう付き合っていけるかです。

〇コスモス(9月下旬~11月上旬)
コスモスの花は15種類、15万本を育てます。

〔花だより〕
〇ヒツジグサ(未草):≪見ごろ≫
〇チョコレートコスモス:≪見ごろ≫

〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
   未草・百日紅・秋海棠(6月~8月) 
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
   コスモス(9月~11月)
   お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)

〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=10月1日~11月9日(日)
*コスモスの花期は夏の猛暑に影響され遅れる場合があります。

〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)

〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。

〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。

・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。

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