コスモス寺花だより
7・18
昨日は久しぶりの雨でした。
雨の中をコスモス苗の植え付けをしましたが、仕事が捗りほぼ9割程度の移植が出来たので一安心でした。
苗は皆すくすくとそだっており、予定通り9月開花が実現できそうです。
去年の1か月遅れの失敗に学び、種蒔きを早めたのが今のところうまくいっているようです。
般若寺がコスモス寺と呼ばれるようになった由来をご案内いたします。
「コスモス寺由来記」
2025・7・7改訂
古都奈良の般若寺は飛鳥時代創建の古い歴史を持ち、
国宝・重要文化財など多くの古文化財を今に伝えている古刹です。
寺名の起こりは奈良時代、聖武天皇が平城京の鬼門鎮護として奉納された『大般若経』にあります。「般若」はインドの言葉(梵語)である「プラジュニャー」、「パンニャー」が音写されたもので、仏様が悟りを得られた際に生じた智恵、仏智を意味します。
室町時代、奈良で始まったお能の面「般若」が作られたことから、鬼女の面を想像される方も多いとおもいますが、本来は仏様の智恵のことです。
それゆえ、般若寺は智恵の寺として学問寺の伝統を守ってきました。
この歴史と由緒ある般若寺が、現代的な「コスモス寺」と呼ばれるようになった由来は、今から50数年前にさかのぼります。
先代住職が春の法要「文殊会式」を彩るため、「山吹」の苗を育てていたところ、庭の片隅にあったコスモスが自然と広がり、秋には花の群落となって咲き出しました。
以来、年々花数が増え今では15種類15万本の花園となります。 まるで仏様のお心に導かれるようにコスモスの花が咲きだしたと言えます。
また今は、ボランティアグループ「美咲会」のご奉仕に依り、花のお世話をして頂き、美しく咲かせていただいております。
明治の廃仏毀釈の嵐以来さびれていた般若寺は伽藍の復興もすすみ、誰言うともなく「コスモス寺」の愛称で呼ばれるようになりました。
ギリシャ語の「コスモス」と言う言葉には、「宇宙」「調和」「美しいもの」と言う意味があり、仏教でいう仏が遍満し調和のとれた世界、「曼荼羅」と共通するものがあります。
般若寺の古びたお堂、石塔、石仏のモノトーンな景色と赤白ピンク、黄色のカラフルな花の色彩がうまく調和し、一幅の絵を見るようだと愛好されています。
《花の見ごろ》 9月~11月
日本最古のコスモス名所
花と仏の浄刹
般若寺
〔花暦〕
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花(5月~6月)
未草・百日紅・秋海棠(6月~8月)
・秋:萩・紫苑・彼岸花(9月)
コスモス(9月~11月)
お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)
〔拝観料〕
◆平常期拝観料:大人500円
◆花期特別拝観料;大人700円
・アジサイ花期=5月31日(土)~6月30日(月)
・コスモス花期=例年は9月下旬~11月上旬
が花期となりますが、近年の気候変動の影響でどう変わるか、現在のところ予測できません。9月になれば決められるかと思いますが。
〔駐車場ご利用について〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を申し受けます。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場ではございません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地3万6千坪の一部737坪を、ほかの全てを犠牲にして、2度にわたり2億円を投じて失地回復したものです)
〔文殊四郎包永(もんじゅしろうかねなが)と般若寺〕
鎌倉時代、鍛治屋町であった手貝町あたりに住んでいた包永が般若寺の文殊菩薩に良い刀が作れるようにと祈願したところ、一人の童子が現れ刀を鍛えるのを手伝ってくれたそうです。
その刀は大変よくできていて後世、「名刀包永」と称えられました。そして般若寺から「文殊四郎」の名を賜ったそうです。
寺には文殊家の家系図が残され、住んでいた町は今も包永町(かねながちょう)と呼ばれています。
〔お茶と奈良晒の名産地であった般若寺〕
・茶の産地を記した日本最古の文献『異制庭訓往来』(いせいていきんおうらい)によると、般若寺は鎌倉時代、お茶栽培の七名山(栂尾、仁和寺、醍醐、宇治、葉室、般若寺、神尾寺)の一つに数えられていました。当時、病者救済の活動をされた高僧、良観上人忍性菩薩が薬種用に植えられたのが始まりと伝わります。
・また般若寺は中世から近世にかけて奈良晒(ならざらし・麻織物)の産地としても有名でした。『大和名所図会』によると、佐保川の河原で大釜でゆでて柔らかくした麻布を川の水で曝し、さらに般若寺の山に干して製品化していたようです。江戸期の『般若寺寺領絵地図』には「曝干場」の記載があり、門前には晒屋が軒を連ね、高品質と日本一の生産量を誇ったと伝えます。
・般若寺にはこのほか「宮本武蔵の決闘」や「大塔宮御危難」、「本性房の武勇伝」「平家の南都焼き打ち」「北畠顕家の般若坂の合戦」「壬申の乱における奈良山の戦い」など歴史上名高い話があります。
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