コスモス寺花だより
10・12
「般若櫃うつろの秋のふかさかな」
阿波野青畝
青畝さんは奈良県高取町の生れで、高濱虚子先生に師事され、高弟4Sの一人に数えられました。
本句は大塔宮護良親王が笠置山の城が落ちた後、般若寺の大般若経の唐櫃(からひつ)に身を隠し、敵難を逃れられた出来事を詠んだものです。「空ろ」は宮様が追っ手の再度の探索の際、機転を利かし身を移し替えられ、空の櫃を調べさせたたことを。そして「秋のふかさ」は歴史の深さを指しています。
〔コスモス(秋桜)〕:≪五分咲き≫
満開まじかになってきました。
晴天が続いているので日に日に花数が増えています。
「山内のいずこも顔施秋桜」
伊丹三樹彦
「コスモスや二戸相倚(あいよ)れるこけら葺」
阿波野青畝
般若寺のコスモスは54年の歴史を持っています。
現在、草丈は170cmになり、青々と茂った葉っぱのいただこけらきに花を咲かせています。
今年のコスモスは背が高いので豪華なお花畑になっています。
いま咲いている種類は、センセーション、シーシェル、ピコティ、サイケ、ダブルクリック、イエローガーデン、イエローキャンパス、ソナタ、ベルサイユなどです。
見ごろ:10月上旬~11月中旬
本数:15万本
《花暦》
・春:梅(2~3月)、椿・桜(3~4月)、
山吹(4月)、菜の花(4~5月)
梅花うつぎ(5月)
・夏:紫陽花・初夏咲きコスモス(5月~6月)
未草・百日紅・秋海棠(6月~9月)
・秋:萩・彼岸花(9月)
コスモス(10月~11月)
お茶(10月~12月)
・冬:水仙(1月~2月)
≪般若寺年代記≫前編
(『般若寺歴代相続記』『般若寺文殊縁起』『金剛仏子感身学正記』等による)
① 舒明天皇元年(西暦629)
高句麗僧慧灌(けいかん、えかん)が般若寺(古称では般若台)を創建す。慧灌は隋に留学し、日本に「三論宗」(さんろんしゅう、般若経の空の教えを理論化した三つの理論書に基づく中観仏教)を初めて伝えた学僧。飛鳥の法興寺に住した。
般若寺はあと三年で創建千四百年を迎えます。
② 天平七年(西暦735)
聖武天皇が七堂伽藍を整備する。十三重宝塔の地下に御宸筆の大般若経六百巻を埋納し、平城京の鬼門鎮護とされる。爾後、当寺の本願天皇と敬称される。現存する白鳳秘仏の閻浮檀金(えんぶだごん)の阿弥陀如来像は聖武天皇が奉納されたと伝える。
③ 貞観五年(863)
大和国添上郡般若寺近側の山十町歩の伐損を禁じる下知(げぢ、命令。下知状の略)あり。(『三代実録』による)
④ 延喜元年(西暦901)
真言宗の高僧観賢(かんげん)僧正が般若寺を復興し、学侶千人が集まり寺が栄えたと伝う。観賢師は「般若寺僧正」の名が有名で、南都六宗の三論宗を兼学されたとも。般若寺には、弘法大師が高野山に御入定された後、伸びていた髪の毛を観賢師が剃髪され、その御遺髪(ごゆいはつ)を保存した堆朱の容器が残されている。
⑤ 保元元年(西暦1156)
左大臣藤原頼長、保元の乱で流矢にあい奈良で没し、般若野五三昧(はんにゃのごさんまい、寺の南方にあった奈良の惣墓)に葬られる。(『保元物語』による)
〔駐車場ご利用の御案内〕
《駐車料金》:乗用車・大型バイク
*当寺の参拝専用駐車場は「般若寺護持会」によって運営されています。護持会の取り決めにより、
◎ 1時間500円
を拝受致しております。
(バスは1時間2000円)
*般若寺駐車場は一般駐車場では御座いません。
あくまで般若寺参拝のために設けられた駐車場なので、
本駐車場に駐車して刑務所、牧場、奈良公園等、外へ出かけることは固くお断りいたします。
(尚、この駐車場用地は明治維新で国に没収された旧境内地三万六千二百五十余坪の一部七百三十五坪を、ほかの全てを犠牲にして、二度に亘り二億円を投じて失地回復したものです。日本の名刹般若寺を護持するため、皆さまのご協力をお願い致します。 般若寺護持会。
